資料1 今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ中間報告(案)

はじめに

 スーパーコンピュータによるシミュレーションは,理論,実験と並ぶ科学技術における第3の手法として,我が国の国際競争力を強化し,国民生活の安全・安心を確保していくために不可欠な基盤となっている。
 こうしたことから,文部科学省においては,従来より計算科学技術を積極的に振興してきている。平成18年度に,スーパーコンピュータ「京」の開発を開始するとともに,「京」を中核として,多様なユーザニーズに応える革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築とその活用による成果創出,社会への還元に向けた取組を推進してきている。
 一方,スーパーコンピュータの性能は非常に速いスピードで進展しており,計算科学技術を巡る国内外の状況は常に変化している。既に「京」の計算能力を上回るスーパーコンピュータが米国において開発整備されるとともに,米国,欧州等においては2020年頃に「京」の100倍の計算能力を持つエクサスケールコンピューティングの実現に向けた研究開発が進められている。また,従来我が国と米国のみが開発をしていたプロセッサについて,最近では中国においても自主開発を行うようになっている。さらに,米国においてはINCITE,欧州においてはPRACEなど,複数のスーパーコンピュータを一つの研究基盤として研究者が効果的・効率的に利用するための枠組みが整備されてきている。
 このように,国際的にスーパーコンピュータの整備・利用が大きく進んでいる中で,我が国が激しい国際競争を勝ち抜いていくためには,HPCIを構成するシステムを戦略的に高度化し,世界最高水準の計算環境の実現とその利用により新たなイノベーションを創出していくことが重要となっている。
 このような状況を踏まえ,今後10年程度を見据えた我が国のHPCI計画の推進の在り方について新たな戦略を調査検討するため,文部科学省研究振興局では,平成24年2月にHPCI計画推進委員会のもとに「今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ」(以下「ワーキンググループ」という。)を設置し調査検討を開始した。以降,本ワーキンググループでは15回にわたり議論を積み重ねてきたところである。
 また,この政策的な調査検討に加え,文部科学省においては,5年から10年後におけるHPC技術等の技術的知見の獲得を目的として,平成24年度から「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」を開始し,この調査研究の内容についても適時・適切にワーキンググループの調査検討に反映してきた。
 本ワーキンググループでは,まず,スーパーコンピュータ利用の必要性,意義,重要性について産業界を含む有識者からのヒアリングや,HPC技術の動向に関する有識者からのヒアリングなどを行い,「今後の調査・検討課題」を平成24年5月にとりまとめ,引き続き,その調査・検討課題にしたがって議論を進めてきた。この議論の中で,委員の共通認識が得られたものや引き続き検討を行う必要があるものを整理し,平成25年3月に論点整理をとりまとめた。
 その後,検討項目とされた事項のうち,早急に方向性を示す必要がある「我が国における計算科学技術インフラの在り方」や「研究開発の方向性」について重点的に議論を進め,今般中間報告書としてとりまとめを行った。
 今後,残された検討課題である利用環境や産業利用促進等の利用の在り方,人材育成などについても本ワーキンググループで更に調査検討を進め,平成25年度末を目途に最終的な報告書をとりまとめる予定である。

第1章 計算科学技術を巡る状況

1.計算科学技術の意義

 計算科学技術は,計算科学(コンピュータを活用して科学技術上の問題を解決する学問)及びこれに係る計算機科学(情報処理に関する基礎理論とそのコンピュータ上への実装に関する学問),並びにそれらに関連する科学技術である。中でもスーパーコンピュータを用いたシミュレーションは,理論,実験に並ぶ科学技術の第3の手法として,科学技術の様々な分野において不可欠な研究開発基盤となってきている。
 例えば,シミュレーションにより,気象・気候や地震・津波といった自然現象のように実際には実験できないような現象,高温・高圧・高速・微少スケールといった極限環境での現象,生命現象のような様々な要素が関わる複雑な現象,星や銀河の形成といった実時間では再現できない現象などを計算機上に再現することにより,その現象を支配する理論を理解したり,未来や未知の状況を予測したりすることができる。最先端の科学研究では,こうした現象を取り扱うことが多くなっており,シミュレーションの活用により,新たな知の発見や創出が期待されている。
 また,最近の計算機の能力の進展に伴い,様々な物質における原子や分子の挙動,電子の状態などを量子力学などの基本的な法則(第一原理)をベースにシミュレーションすることが可能となりつつある。これにより新しい材料の性質や薬候補物質の効果などを詳細に予測する,いわゆる「予測の科学」が現実のものとなってきており,その活用により新たなイノベーションの創出などが期待されている。
 さらに,最近ではものづくりの現場において試作・試験・評価のプロセスをシミュレーションで代替することにより,効果的・効率的に新しい製品の開発を進めたり,また,地震や津波による被害をあらかじめシミュレーションを用いて予測することにより,国及び地方自治体等において効果的な防災・減災対策を講じることができるようになっている。
 加えて,ビッグデータのような膨大なデータの処理・解析やデータ同化などについても,様々な分野の共通基盤技術として計算科学技術の重要な分野となってきている。
 このように,スーパーコンピュータを利用したシミュレーションを中心とした計算科学技術は,科学技術の振興のみならず,産業競争力の強化や安全・安心な国作りの観点からも重要な手法となっており,今後更にその重要性は高まっていくと考えられる。特に,これからの社会的・科学的課題はますます複雑化していくと考えられ,その解決は極めて広い範囲の科学技術を総合的に活用していくことが必要になってくる。スーパーコンピュータは様々な分野や産学官の間を横串的に結びつけ,統合させていくことのできるツールでもあり,こうした観点からも計算科学技術は今後ますます重要になっていくと考えられる。

2.国際的な状況

 このように計算科学技術の重要性が増加している中で,国際的にもスーパーコンピュータの開発・利用が積極的に進められている。2012年11月のTOP500スーパーコンピュータランキングでは,1位から500位までのスーパーコンピュータの総計算能力(ピーク値)は229.28ペタFLOPSで,この10年間で毎年約2倍になっている。また,高性能のスーパーコンピュータを整備する国も増えており,2012年11月の同ランキングでは27か国のスーパーコンピュータがエントリされており,このうち1ペタFLOPS以上のスーパーコンピュータが1年前は4か国10システムであったものが,7か国23システムに拡大している。

【米国の状況】
 各国の状況を見てみると,米国においては1991年に策定されたHPC法(High Performance Computing Act)のもと国家的投資により計画的にスーパーコンピュータの開発利用が進められ,世界のスーパーコンピュータの総計算能力の約半分をコンスタントに米国のシステムが占めるようになっている。
 また,米国は世界トップのシステムを数多く開発してきている。2012年にLLNL(Lawrence Livermore National Laboratory)のSequoia(20ペタFLOPS),ORNL(Oak Ridge National Laboratory)のTitan(27ペタFLOPS)など,20ペタFLOPSを超えるスーパーコンピュータを世界に先駆けて開発・利用するとともに,最近では米国エネルギー省(DOE)を中心に,IBM,Intel,NVIDIA等の主要なスーパーコンピュータベンダを巻き込んで,2022年のエクサフロップスシステムの整備を目指して研究開発を進めている。
 さらに,最先端のスーパーコンピュータを幅広い研究者が利用するための枠組みとして,INCITE(Innovative and Novel Computational Impact on Theory and Experiment)が実施されており,Titan,Mira(10ペタFLOPS)等の計算資源を地球気候変動,生命科学,新物質探求,代替エネルギーなどの課題に配分している。

【欧州の状況】
 欧州でも着実にスーパーコンピュータの整備・利用が進められており,世界のスーパーコンピュータの総計算能力に対する割合では日本を超える20%前後を常に確保している。特に2008年には,欧州各国のスーパーコンピュータを欧州全体の計算基盤として利用するPRACE(Partnership for Advanced Computing in Europe)を開始し,その枠組みの中で複数のペタフロップス級のスーパーコンピュータについても整備を行っている。
 また,2020年頃のエクサスケールコンピューティング実現を目指し,FP7(The Seventh Framework Programme)によるMontBlanc,DEEP,CRESTAの三つのプロジェクトを開始しており,ハードウェアとソフトウェアの研究開発を実施している。
 さらに,FP7に続くHORIZON 2020(2014~2020,the EU framework programme for research and innovation)ではHPC関連予算を倍増し,取組を強化することとされている。

【中国ほか各国の状況】
 中国は近年急激にスーパーコンピュータの整備・利用を進めており,世界のスーパーコンピュータ総計算能力の10%程度を占めるとともに,2010年11月のTOP500では天河1Aが1位となっている。プロセッサの自主開発も進めており,既に申威1600 (Shenwei)や龍芯(Loongson)などのプロセッサが開発されている。
 また,中国の国家科学技術重大プロジェクト(第12次,第13次5か年計画:2011年から2020年)では,HPC関連に重点的な投資をし,2015年までに100ペタFLOPS級コンピュータを開発,2020年にはエクサスケールの実現に向けて計画的に研究開発を推進することが発表されている。
 さらに,ロシアやインドにおいてもスーパーコンピュータの自主開発を含め,その整備・利用が積極的に進められている。また,韓国ではHPC法(National Supercomputing Promotion Act)を制定し,超高性能コンピュータを国家レベルで重点育成するための中長期計画(第1次国家最高性能コンピュータ育成基本計画)を策定している。

【その他の動向】
 このように各国がスーパーコンピュータの整備・利用を強化している中で,国際協力の動きも拡大している。先に述べたように,欧州ではこれまで各国が個別にスーパーコンピュータの整備・利用を行っていたが,各国の協力により欧州全体の計算基盤として整備・利用を行うPRACEプロジェクトを開始している。また,2009年から2012年に実施された日米欧中の研究者によるIESP(International Exascale Software Project)において,エクサスケールコンピューティングの実現に向けた課題の抽出とロードマップの作成が行われた。

3.国内の状況

 我が国としても,計算科学技術の重要性や海外のスーパーコンピュータ整備・利用の動向を踏まえ,計算科学技術の振興を積極的に図ってきている。平成23年に策定された第4期科学技術基本計画においても,世界最高水準のハイパフォーマンスコンピューティング技術を国家安全保障・基幹技術と位置づけ,国として強力に推進していくこととされているとともに,シミュレーションを含む高度情報通信技術を科学技術の共通基盤として位置づけ,その研究開発を推進していくこととされている。
 文部科学省では,平成18年度から「京」の開発・整備と,「京」を中核として国内の大学等の計算機やストレージを高速ネットワークで結び,多様なユーザニーズに応えるHPCIの構築とその利用促進を図ってきた。「京」は平成23年11月に世界に先駆けてLinpack10ペタFLOPSを達成するとともに,計算速度のみならず優れた実行効率,信頼性等を有し,我が国の技術力を世界に発信したところである。既に,「京」及びHPCIは平成24年9月末に運用を開始し,多くの研究者の利用が進んでいるところである。
 このHPCIの構築により,世界最高水準のスーパーコンピュータやその他の計算資源を,ユーザがそれぞれの多様なニーズに応じて容易に利用できる環境が整備されたことは,スーパーコンピュータの利用の促進,さらには成果の創出という観点から大きな意義を有しており,引き続きその維持・強化をしていくことが重要である。また,様々な研究分野にまたがる計算機ユーザの意見をとりまとめ,HPCIの構築・運用をユーザニーズをもとに先導していくために,計算科学技術に関わるすべての者に開かれた計算コミュニティ代表組織としてHPCIコンソーシアムが設立されたことは大きな意味を持つものであり,我が国の計算科学技術の発展に向けて,今後とも活発な活動が期待される。

【国内の総計算能力の推移】
 こうした中で,我が国の総計算能力は着実に増加しており,平成24年10月時点では20ペタFLOPS超となっている。また,国内主要スーパーコンピュータの計算資源の使用量もコンスタントに増加しており,2001年から2012年の間毎年平均1.75倍の伸びとなっている。これまでの傾向として,システムの増強が行われるとそれに伴い使用量が急激に増加していることから,現在の計算能力は利用者のニーズを完全には満たしていないと考えられ,また,計算科学技術が今後ますます重要になってくるという状況を踏まえると,計算資源に対するニーズは引き続き増加していくものと考えられる。
 一方,世界の総計算能力に対する我が国の計算能力を見ると,我が国の総計算能力の割合は「地球シミュレータ」や「京」などの大規模システムが整備されると一時的に上昇するものの,長期的な傾向としては緩やかに減少してきている。特に,近年は状況が改善しつつあるものの,大学情報基盤センターにおけるスーパーコンピュータの能力が世界に比較して相対的に低くなっていると考えられ,今後,我が国の計算科学技術インフラを全体としてどのように維持・発展させていくかが重要な課題と考えられる。

【国内のスーパーコンピュータシステム】
 国内のシステムは大きく分類すると,特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(以下「共用法」という。)に基づく特定高速電子計算機施設のシステム,全国共同利用・共同研究を進めている北海道大学,東北大学,筑波大学,東京大学,東京工業大学,名古屋大学,京都大学,大阪大学,九州大学の情報基盤センター等(以下「9大学情報基盤センター等」という。)のシステム,附置研・大学共同利用機関法人の共同利用システム,独立行政法人のシステム等に分類される。これらの現状を表1にまとめている。

【「京」の開発による効果】
 既に述べたように,我が国は平成18年度からスーパーコンピュータ「京」の開発・整備を進め,平成24年度にシステムが完成し,共用を開始したところである。
 「京」は10ペタFLOPSという高い演算性能のみならず,Linpackの計算において実行効率93%,また全プロセッサフル稼働時の連続実行時間が29時間以上を達成し,高い実行効率や信頼性を誇っている。これにより世界のスーパーコンピュータランキングで1位を獲得したほか,より多角的な性能指標であるHPCC Awardの4項目でも最高性能を達成するなどの成果をあげている。さらに,水冷システムや効率的なプロセッサにより,消費電力についても,汎用性の高いシステムとしては優れた性能(12.7MW)を達成している。
 また, 「京」はハードウェアの成果のみならず,利用研究の面でも戦略分野を中心に成果を上げつつある。平成23年にはシリコン・ナノワイヤの第一原理計算で,平成24年にはダークマター粒子の宇宙初期における重力進化の計算で,2年連続ゴードン・ベル賞を受けているほか,創薬,医療,ものづくりの分野においても,新たなアイディアに基づく新製品開発への貢献や開発コストの削減,開発期間の短縮などの成果や,地震・津波の被害予測などの成果が創出されつつあり,社会的課題解決やイノベーション創出による産業競争力強化への貢献も期待されている。
 「京」の運用については,共用法に基づいて施設の運転を独立行政法人理化学研究所が,利用者選定・支援を登録施設利用促進機関である一般財団法人高度情報科学技術研究機構が互いに協力しながら行っており,産業界を含め幅広い分野の研究者・技術者による「京」の利用が行われている。
 「京」を国内で開発したことの波及効果としては,高性能・低消費電力のプロセッサや,8万個以上のプロセッサ間を相互に接続する超並列システムを高い信頼性のもと効率的に運用できるTofuインターコネクト(6次元メッシュ/トーラス結合)といった最先端の技術を獲得するとともに,獲得した技術,人材,ノウハウ等をスーパーコンピュータやサーバの新製品開発や,汎用半導体の設計・開発・製造に活用し,我が国の情報科学技術の発展や産業競争力の強化に貢献している。また,こうした「京」の開発実績によるブランド力の向上を通して,外国における環境問題の解決へのIT活用など,スーパーコンピュータのみならずITを活用した幅広いビジネスで,諸外国のプロジェクトに参画するなどの波及効果も生じている。
 さらに,様々な分野の研究者が利用できる汎用性の高いシステムとして利用の枠組みを構築することにより,産業界も含めた様々な分野の計算科学の研究者が「京」の開発・利用に参画することができ,我が国全体の計算科学技術の底上げに大きく貢献している。

【スーパーコンピュータ開発の動向】
 国内のスーパーコンピュータ関連企業を巡る状況も変化している。将来のスーパーコンピュータ開発に向けて,プロセッサも含めた技術開発を継続する企業がある一方で,PCクラスタのようなコモディティの技術をベースにしたシステムが普及するにつれて,プロセッサの開発は行わずコモディティベースのシステムを開発する企業があるなど,異なった方向性での展開になりつつあると考えられる。また,国内資本による半導体製造については,ファブライト,ファブレス化が進展し,その結果最先端プロセスでの半導体の量産がほぼ不可能な状況であり,また,プロセスと一体となった設計能力の維持についても極めて困難になりつつある。
 一方,国際的には,最先端のスーパーコンピュータの開発を加速することにより,社会の発展に不可欠なインフラとなる研究開発基盤を構築するため,各国によりスーパーコンピュータの自主開発が拡大してきている。社会的・科学的課題の解決と豊かで活力のある国づくりにおける今後の計算科学技術の重要性を踏まえると,我が国としても,「京」の開発により獲得した高性能なプロセッサやネットワーク,優れた省電力機構などの技術や,その開発を通じて蓄積された人材や経験を生かしながら,スーパーコンピュータの開発に必要な技術を適切に維持・発展させていくことが重要である。

表1 国内システムの現状

 

  特定高速電子計算機施設のシステム
(スーパーコンピュータ「京」)

  全国共同利用・共同研究を進めている9大学(注)情報基盤センターのシステム

 位置付け

特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(共用法)に基づき理化学研究所に設置

学校教育法及び同施行規則に基づき,全国共同利用を目的として大学に設置された施設に置かれるシステム

 役割

産業界も含めた幅広い分野の研究者等に共用

学術利用を中心に幅広い分野の研究者に共同利用

 能力

極めて高度な演算処理を行う能力を有する電子計算機(浮動小数点演算を毎秒10ペタ回以上実行する能力)
※「京」の理論演算性能は11.28PF,TOP500(H24年11月)において3位(10.5PF)

H24年10月現在,全体で24システム,総理論演算性能:6,315TF(平均性能:約700TF/センター)。各センターのシステムの総演算性能は31.2TF~2,400TF
TOP500(H24年11月)内に10システム;東工大(1,192TF),東大(1,043TF/ 102TF),九大(460TF/167TF),筑波大(422TF/77TF),京大(252TF/135TF),北大(122TF)

 運用

・共用法に基づき,理化学研究所が維持管理等,登録施設利用促進機関(登録機関)が中立・公正の立場から利用者選定・利用者支援を行う
・計算機資源の約85%を共用に供し,うち約50%分を戦略プログラムが利用し,約35%分を一般公募利用に割当て

・各センターにおいて学内外の研究者等を対象に利用者の公募・選定を実施
・資源の一部をHPCIに提供し,国の委託により高度情報科学技術研究機構が9大学共通の公募・課題選定を実施

 その他

 

・研究開発機能として,新しく開発された技術を実践する場としての役割や,人材育成,学内の支援等の役割があることにも留意
・7大学と東工大の情報基盤センターは学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN)として認定
・筑波大は単独で共同利用・共同研究拠点として認定

(注)北海道大学,東北大学,筑波大学,東京大学,東京工業大学,名古屋大学,京都大学,大阪大学,九州大学

表1 国内システムの現状(続き)

 附置研において共同利用しているシステム 

 大学共同利用機関法人のシステム

 独立行政法人のシステム
(「京」を除く)

学校教育法及び同施行規則に基づき,全国共同利用を目的として大学に設置された施設に置かれるシステム

国立大学法人法に基づき設置された大学共同利用機関に置かれるシステム

独立行政法人の設置目的の研究を実施するために設置

特定分野の研究者を対象に共同利用

特定分野の研究者を対象に共同利用

主として設置法人の研究者に計算資源を提供。ただし,機関の研究開発業務の遂行に支障がない範囲で外部にも提供している例がある

TOP500(H24年11月)内に3システム
・東北大 金属材料研究所(244TF)

・東大 物性研究所(162TF)
・東大 医科学研究所(101TF) 

TOP500(H24年11月)内に5システム
・高エネルギー加速器研究機構(518TF×2システム)
・核融合科学研究所(253TF)
・分子科学研究所(117TF)
・国立遺伝学研究所(83TF)

TOP500(H24年11月)内に4システム
・日本原子力研究開発機構(191TF)
・海洋研究開発機構(地球シミュレータ: 122TF)
・宇宙航空研究開発機構(111TF)
・理化学研究所情報基盤センター(98TF)

・各機関において学内外の特定分野の研究者等を対象に利用者の公募・選定を実施

・各機関において機関内外の特定分野の研究者等を対象に利用者の公募・選定を実施

・主として設置機関の研究者に対し,所定の手続に沿って計算資源を提供
・地球シミュレータは計算資源の30%を一般公募枠,30%を特定プロジェクト枠,40%を機構戦略枠とし,機構戦略枠の中で有償利用を実施

 

 

 

 

 

 

※上記の他,大学等に設置された様々なシステムがある(理論性能合計:国立大学 1204.12TF,公立大学 141.44TF,私立大学 82.30TF(平成24年5月調べ))

4.利用技術の動向

(1)自然科学分野

 自然科学分野においては,研究推進のために従来からスーパーコンピュータの利用が盛んに行われており,物質科学,地震・津波,気象・気候,素粒子・宇宙,生命科学,医療・創薬といった様々な分野でシミュレーションが活用されてきている。

【HPCI戦略プログラムなどの状況】
 シミュレーションによる研究を高度化し,ペタスケールコンピューティングを実現するため,文部科学省においては「京」の開発・利用と並行して,ナノテクノロジやライフサイエンス分野で「京」を利用する先導的なアプリケーション開発を行うグランドチャレンジアプリケーションの開発や,「京」を中核とするHPCIを最大限に活用し,画期的な成果の創出,人材の育成及び最先端のコンピューティング研究教育拠点の形成を目指したHPCI戦略プログラムを推進してきている。
 HPCI戦略プログラムでは,社会的・科学的に大きなブレークスルーが期待できる分野として,「予測する生命科学・医療及び創薬基盤」(戦略分野1),「新物質・エネルギー創成」(戦略分野2),「防災・減災に資する地球変動予測」(戦略分野3),「次世代ものづくり」(戦略分野4),「物質と宇宙の起源と構造」(戦略分野5)を選定し,グランドチャレンジなどで開発した最先端のアプリケーションソフトウェアを活用しつつ,戦略的な研究を推進している。
 これら戦略分野における研究では,「京」の能力をフルに活用することにより,以下のようにこれまで困難であった世界初のシミュレーションを実現し,我が国発のイノベーション創出に貢献している。

・心臓の難病の一つである肥大型心筋症の病態をサルコメア・タンパク質という分子レベルの変異から,細胞,心臓の動きまでを計算して解析することに成功し,医療に貢献。
・数万原子からなるシリコン・ナノワイヤ中の電子状態をまるごと計算。これにより,ワイヤ中の電流分布の断面形状や結晶方位依存性を解明し,次世代半導体デバイスの性能向上に貢献(2011年のゴードン・ベル賞の最高性能賞を受賞)。
・全球雲解像モデル(NICAM)を用いた熱帯季節内変動の延長予測実験において,現状は約2週間先が限界であったところを,約1か月先の有効な予測に成功。
・宇宙初期(約137億年前の宇宙誕生から約200万年後から1億年後まで)の数兆個に及ぶダークマター粒子の重力進化のシミュレーションにより,ダークマターの密度分布を計算。星や銀河の形成など,宇宙の構造形成過程に関する科学的成果の創出に貢献(2012年のゴードン・ベル賞を受賞)。

 また,産業応用という観点でも,以下のようなシミュレーションを実現している。項目(3)でも述べるように,産業界でのシミュレーションの活用も進んでおり,こうした研究開発の成果は,我が国の産業競争力の強化に貢献できるものと期待されている。
・創薬応用シミュレーションにおいては約300種類の新規化合物について,病気の原因となるタンパク質の働きを妨げる強さを高精度で計算。新薬の候補となる可能性の高い化合物をその中から見いだすことに成功し,「京」を利用することにより医薬品の開発期間を大幅に短縮。
・ものづくりのシミュレーションでは,自動車,船舶,ターボ機械などについて,これまでにない精度でのシミュレーションを実施し,風洞実験の補完という段階から,風洞実験では解析できない現象をシミュレーションにより解析。

【シミュレーションにより解決が期待される社会的・科学的課題】
 このように「京」の利用によりイノベーション創出に向けた成果が創出されつつある一方で,「京」の能力をもってしても解決困難な社会的・科学的な課題も多く残されており,具体的には,以下のような例が考えられる。

○創薬・医療分野の例
 画期的な創薬・医療技術の創出のために,その基盤として分子から人体までの多階層にわたる生命現象の理解が不可欠である。しかしながら,生命現象は余りに多くの要素が絡む複雑な現象であり,疾病因子の解明といった医療への応用や新しい創薬,医療機器の開発のためには,細胞スケールを越えて,組織さらには人体に近い状況を再現した大規模な計算が必要となる。
 例えば,より効果的で副作用の少ない最適な新薬開発のためには,標的タンパク質(病気の原因物質)に対する薬候補化合物の結合強度の評価や,細胞環境内における化合物の作用等を解明する必要があり,「京」において,数百種類の化合物を対象とした標的タンパク質への高精度な結合シミュレーションによる新薬候補化合物の絞り込みの実現や,分子動力学シミュレーションによる細胞内環境でのタンパク質の安定性や機能ダイナミクスの解析が行われている。今後, SACLA(X線自由電子レーザー施設)を始めとする実験技術の進展により,これまで対象とすることができなかったタンパク質の立体構造解析が加速されることが期待されており,それに呼応して副作用の少ない画期的な新薬を世界に先駆けて開発するためには,より複雑な細胞環境下でのタンパク質の挙動の解析や,標的タンパク質並びに標的タンパク質以外のタンパク質と数万種類の化合物との相互作用を網羅的かつ短期間に調べるといった,細胞環境を考慮した複数のタンパク質と薬剤の関係を解明する必要があり,そのためには,「京」の100倍から1,000倍程度の性能が必要となる。
 医療への実用化のためには,より具体的に病態の解明や治療法の改善を検討する必要があり,「京」では,心疾患や脳血管疾患を対象に,心筋細胞の集合体を均質化法により粗視化した心臓シミュレーションや,血栓生成シミュレーション等といった,分子,細胞レベルから,血管さらには臓器レベルまでの連成シミュレーションにより,生体に近い状態での病態予測を行うための研究を行っている。しかしながら,臨床現場への応用や適切な治療法に向けた検討のためには,様々な条件下,症例に対しての影響を評価する必要や,病理に関わる長時間にわたる血栓生成プロセスの解析が必要であり,例えば,心臓シミュレーションにおいて,現状,1拍動に1日程度かかる計算を10分程度で実行するためには「京」の150倍程度の性能が必要である。
 また,ヒトゲノムのシークエンスのコストが激減し,米国・カナダなどを中心にして,個々人のゲノム情報や遺伝子発現情報等に基づく個別化医療の実施体制が急速に整備されつつあり,病院のスーパーコンピュータ及び大規模ストレージの利用が各所で進んでいる。一方,我が国の死因の第1位はがんであり,国民の二人に一人が人生の中でがんと直面する。そのがんの複雑さの理解の第一歩はゲノムシークエンス及び遺伝子発現情報解析であり,現状「京」では,遺伝子ネットワークを解析して,遺伝子のシステム異常を把握することで,がんの悪性度や治療応答性,副作用の出やすさ等を解明する手法の開発が行われているが,複雑ながんの病態を理解し,臨床に応用するためには,臨床データの解析が不足しており,現在急速に発展を遂げている最先端のシークエンサから出力されるがんに関する膨大な量のビッグデータの解析が必要であり,恒常的に現在の1,000倍程度のデータ量を解析する計算需要が想定される。様々ながんの病態の遺伝子ネットワークを網羅的に解析することにより,病気の予防や,効かない薬の使用や重篤な副作用の回避,不必要な治療法を避ける精度の高い医療が可能になり,個人にフィットした効果的な治療法戦略にもとづく個別化医療の潮流に乗ることができる。また,このようなビッグデータ解析においては,演算性能だけではなく,ストレージの容量やネットワーク速度,メモリ容量などのデータ関連の充実も必要である。

○総合防災分野の例
 東日本大震災では,広い地域にわたる地震・津波の直接的な被害のほか,倒壊物や漂流物による被害の拡大など,広域複合災害が発生した。今後,このような大規模自然災害に対し適切に対応していくためには,想定される様々な地震発生シナリオについて,広域にわたり高精度な構造物と都市全体のシミュレーションにより被害予測を行い,それを踏まえて適切な防災・減災対策を講じていくことが重要である。
 「京」においては,こうした高精度の被害予測を目指して,地震の発生,地震の伝播,都市全体の震動,構造物への被害,津波の発生,津波の伝播,津波の遡上といったそれぞれのパーツごとに高精度のシミュレーション手法を開発するとともに,一つの都市という限られた地域を対象に,それらのシミュレーションを統合し,高精度な被害予測手法を確立することを目指している。
 一方で,被害の予測を更に精度良くするためには,例えば「京」では5m程度の解像度である津波の遡上の広域シミュレーションを,津波の遡上経路となる道路を適切に再現できる2m以下の解像度まで細かくするなど,さらなる高精度化を図るとともに,シミュレーション間のデータ交換に伴う精度の低下を防ぐため,全体を統合して地震の発生から広い地域にわたる被害の予測を一つのシミュレーションとして行うことが必要である。その上で,1,000程度のシナリオについて計算し,想定される大小の地震・津波の災害データベースを構築することにより,それらのデータをもとに効果的な防災・減災対策に貢献することが可能となる。そのためには,一つのケースのシミュレーションの計算時間を数時間程度とする必要がある。また,この程度の短期間で統合的なシミュレーションができるようになれば,地震の発生の際に実際のデータをもとに再計算を行うことにより,被害状況の推定が行えるようになり,効率的・効果的な救援活動に貢献できるようになる。
 全体を統合した詳細な広域シミュレーションを仮に「京」で計算したとすると数百時間以上かかることが見込まれ,それを数時間で行うようにするためには,「京」の100倍以上の性能が必要となる。
 また,近年増加している集中豪雨や局地的大雨のような気象現象の高精度予測も大きな課題である。このため,「京」では1kmから2kmの解像度で積乱雲の大まかな表現を行い,積乱雲の発生やそれに伴う集中豪雨の発生メカニズムの解明と集中豪雨予測システムの開発を目指して研究開発を進めている。
 しかしながら,実際に集中豪雨の精度良い予測を行うためには,積乱雲の内部構造を適切に表現する必要がある。また,最近大きな問題となっている竜巻などの予測をするためには,メソサイクロン(スーパーセルと呼ばれる発達した積乱雲において発生する小規模な低気圧性の循環構造)等の現象を初期値に取り入れてシミュレーションを行う必要がある。このためには100mオーダーの解像度が必要であり,「京」の100倍以上の性能が必要になる。

○クリーンエネルギー創出・環境問題解決分野の例
 クリーンエネルギー創出,環境問題,資源問題の解決に向けて,自然エネルギーによる発電の高効率化,エネルギー貯蔵,省エネルギー,排熱の回収と再利用等を実現するため,高効率のエネルギー変換システムとエネルギー変換材料の開発が急務となっている。その開発のための基礎研究として計算科学的手法への期待が高まっており,高効率の太陽電池,希少金属元素を使わない強力永久磁石(発電機),安価で高性能な燃料電池電極材料,安全性の高い大容量二次電池,光合成をモデルとした光エネルギー変換システム,省電力で高速動作する半導体デバイス,排熱を使って発電する熱電材料,優れた強度・じん性,耐熱性をもつ構造材料等,様々な材料特性の解明のために,電子状態理論に基づく大規模な計算機シミュレーションが使われ始めている。同時に新しい触媒や環境浄化触媒,窒素や二酸化炭素固定化反応,メタン変換反応なども,地球環境問題の解決に向けた開発でシミュレーションの利用が不可欠である。
 例えば,次世代デバイスの研究開発においては,有力な次世代デバイス候補であるシリコン・ナノワイヤにおける10万原子レベルの信頼性の高い静的な電子状態計算が「京」において初めて実現され,デバイス特性の解明に貢献している。今後,様々な新しいデバイス材料の動作特性や効率の予測,熱力学的な安定性の検証,新材料や新しいナノ構造の系統的探索を可能とするためには,異種材料界面特性の考慮や動作時の時間的変化等も考慮した“まるごと計算”を行う必要があり,そのシミュレーションにおいては,計算する原子数を10万原子から100万原子以上に,時間的変化を数ピコ秒から数ナノ秒のオーダーに増やす必要がある。
 電池電極反応過程の解明においては,上記と同じシミュレーション技術を活用して,様々な仮定のもとに数千原子レベルでの時間発展シミュレーションが行われ,電極材料に対する電解質の影響を見ることができるようになってきている。今後,より複雑・大規模なエネルギー変換材料等の新規材料発見につなげるためには,仮定をおかずに実際の状態により忠実なモデルでの計算を行う必要があり,そのシミュレーションにおいては,計算する原子数を数千原子から数万原子以上に,時間的変化を数ナノ秒から数マイクロ秒のオーダーに増やす必要がある。
 また,新規触媒による効率的な反応の開発や石油にかかわるメタンの分離,貯蔵,輸送,化学原料としての利用技術の確立にも数万原子の高精度量子化学計算と数百万原子のマイクロ秒オーダーのMDシミュレーションを融合させ,数百から数千の全反応経路の網羅的・総合的探索が不可欠である。
 このように,空間スケールや時間スケール,パラメータサーチの枠を広げたシミュレーションを実現するためには,「京」の100倍から1,000倍程度の性能が必要となる。
 さらに,高度な実験装置から得られるサイエンスビッグデータの解析とマルチスケール計算手法を連動させることで,材料開発の加速も期待される。

○ものづくり分野の例
 我が国の今後のものづくりにおいては,強みである製品の高品質性・高機能性に加え,国際的な価格競争に打ち勝つための低コスト化を実現していくことが課題となっている。そのため,その両方を可能とする効率的かつ効果的な製品開発手段として,スーパーコンピュータによる高精度なシミュレーションにより,ものづくりの過程における様々な試作試験を代替していくことが重要になっている。
 例えば,「京」においては,空調機などの産業用ファンや自動車など空気の流れの渦スケールが大きな製品については,100マイクロメートルの解析メッシュを用いた直接シミュレーションにより極めて高精度な空気の流れの予測が可能となっており,製品開発期間の短縮や低コスト化に貢献している。具体的には,スーパーコンピュータによる自動車の高精度の空力解析シミュレーションにより,風洞実験の置き換えや低燃費車体形状の解明が可能となっている。
 一方,こうした空力解析シミュレーションは,航空機やタービンなど,空気の流れの渦スケールが小さい製品開発への貢献も期待されているが,20マイクロメートルの解析メッシュでの直接シミュレーションが必要とされており,「京」の能力をもってしても解析が困難である。これは,「京」の100倍程度の性能のスーパーコンピュータを利用することにより,航空機(機体,エンジン等)やタービンをはじめとした工学的に重要なほぼ全ての製品の空気の流れの直接シミュレーションが可能となり,我が国の産業競争力の強化に著しく寄与するものと期待される。また,大量にエネルギーを消費する航空機においては,高性能で高効率な航空機エンジンの開発により,省エネルギーへの貢献も期待される。
 さらに,社会的にニーズの高い自動車の衝突安全性の評価についてもシミュレーションによる試作試験の代替が進んでおり,車体自体のクラッシュ解析(衝突時圧力,変形,破損)が可能になっている。今後は乗員への影響(骨や内臓等の損傷)を含めた解析が求められており,このためには多数の人体モデルを車体に載せて,様々な条件下で衝突から車体変形,インパクト,人体損傷までをトータルにシミュレーションし,総合的に評価を行う必要がある。これらのシミュレーションを現実的な時間内で実施するには,「京」の100倍から200倍程度の性能が必要とされている。

○基礎科学分野の例
 素粒子物理学においては,「京」を上回る計算能力のスーパーコンピュータを利用し,これまでは計算能力の制限から取り入れることが困難であったボトムクォークやトップクォーク,電弱相互作用の効果を取り入れた精密計算を実施することにより,スーパーKEKB(電子・陽電子衝突型加速器)やJ-PARC(大強度陽子加速器施設)で行われる精密実験との比較が可能となり,新たな物理法則の発見,新理論の構築に貢献することが期待される。例えば,バリオン間相互作用の計算においては,メモリ容量の要求は少ないものの「京」の250倍程度の性能のスーパーコンピュータで計算しても約8,000時間の計算が必要になる。
 物性物理学においては,エネルギー損失のない送電線や最先端医療機器に必要な高温超伝導材料,革新的な電子デバイスやエネルギー変換デバイスの材料として期待されるマルチフェロイックス材料といった,いわゆる強相関量子多体系の新物性・新機能に関する基礎研究が,実験,理論,計算科学の協働により進められている。
 例えば,「京」では1,000格子点規模のシミュレーションにより鉄系超伝導特性の物質依存性が明らかにされつつあるが,更に優れた新しい超伝導材料の設計指針を確立するためには,より高い精度での理論予測の検証や実験系との定量的な直接比較による新機能発現機構の解明が必要である。そのためのシミュレーションには,多軌道効果や格子歪効果を取り入れた数万格子点規模の計算が必要であり,「京」の100倍程度の性能が必要となる。
 また,宇宙環境の理解においては,「京」では11年の太陽黒点周期の磁場変化を行っているが,今後は100年以上の太陽活動の長周期変化のメカニズムと巨大フレアの発生条件を明らかにし,地球環境に影響を及ぼす宇宙環境の変動予測に貢献することが期待される。地球の磁場変化のシミュレーションにおいては,「京」の100倍程度の性能があれば十分な精度で計算が可能となり,宇宙天気予報の実用が視野に入ると考えられる。

○社会科学分野との連携・融合
 これらの様々な分野における成果を連携・融合させ,課題を社会現象や人間活動を含めたシステムとして理解し,持続的な社会,安全・安心な社会構築に貢献しイノベーション創出につなげていくことも今後の計算科学技術に求められている。例えば,「京」では地震・津波の被害予測に基づく避難予測のシミュレーションに社会科学から推定される個々人の動きを取り込むことにより,災害発生時に避難がスムーズに行われるような都市計画,避難誘導の在り方等を明らかにし,人の動きを考慮に入れたより現実的な避難計画の策定への貢献を目指している。さらに「京」の能力を超えるスーパーコンピュータを活用することにより,最近社会科学の分野で行われている人の動きや経済のシミュレーションなども取り込み,想定される被害に対する経済的な影響や防災・減災対策の経済評価,また実際に災害が発生した際の被害を受けた地域の効果的な復旧・復興対策を明らかにすることも可能になると期待されている。

 このようなことを実現していくためには,それぞれの分野で研究開発を進めていくのはもちろんのこと,それに加えてビッグデータ処理技術,可視化技術,データ同化技術,知識処理といった共通基盤的な技術開発にも横断的に取り組むことが必要である。
 また,スーパーコンピュータとSPring-8(大型放射光施設),SACLA(X線自由電子レーザー施設),J-PARC(大強度陽子加速器施設)など,我が国が誇る世界最高水準の大規模実験施設との連携により,それらの施設から得られる膨大な実験データの処理やシミュレーションと精密実験との比較等を可能とし,他国が追随できない画期的成果の創出を目指すことも重要である。

(2)社会科学分野

 スーパーコンピュータの利用は自然科学分野が先行してきたが,最近では自然科学以外の分野においてもスーパーコンピュータが必要とされる場面が増えており,その利用が進んできている。例えば,社会科学分野では人間が織りなす様々な社会現象についても,その再現,理解,予測を目指して研究が進められており,金融市場,伝染病の流行,交通流の研究などがスーパーコンピュータを用いて進められている。

【金融,流通等での利用】
 金融市場の分析では,為替市場について市場価格を統計学的に分析することにより,確率微分方程式によってモデル化し,様々な様相の変動を持つ現実の市場を的確に記述することが可能となっている。現在の為替市場はコンピュータ端末による自動取引が中心となっており,そのシステムにはミリセカンドオーダーでの取引に対応するためのリアルタイム性と,精度のよいリスク推定などを行う大規模計算の両面が求められている。
 一方,社会で発生する様々なデータを蓄積し,解析することも重要な社会科学の手法である。社会全体が電子化されたことにより,スーパーやコンビニの小売データの解析による需要予測シミュレーションや,ブログ上のデータを用いることにより1日ごとの景気判断を行うことも可能になりつつある。そのためには,膨大なデータを蓄積し解析できる大きなリソースが必要であり,このような分野でもスーパーコンピュータの利用が進みつつある。

【社会システムのシミュレーション】
 SARS(重症急性呼吸器症候群)や鳥インフルエンザ等,伝染病は国境を越えた大規模な流行の拡大が懸念されており,国際的にも緊急かつ長期の取組が必要となっている。この伝染病の流行についても,伝染病流行の基礎モデルであるSIRモデル(S:未感染の個体数,I:感染した個体数,R:回復した個体数の時間発展を表した常微分方程式系)を基本として,スーパーコンピュータによる解析により伝染病の拡大予測や有効な拡散防止策の政策立案へ貢献が可能となりつつある。複雑な社会構造,空間構造,環境の時空間変動や,病原体の形質の進化などの要因を取り入れた伝染病研究はまだ緒についたばかりであり,今後,より高性能なスーパーコンピュータの活用により更なる発展が期待される分野である。
 また長期的には,社会現象をその構成要素のふるまいのモデルに基づいてシミュレーションする統計物理学的モデルが,次世代のブレークスルーとして期待されている。例えば,個々の人間を基本最小要素としてモデル化したエージェントに基づいて社会システムをシミュレートすることにより,社会の多様な課題に柔軟に対応できるシステムが実現し,イノベーション創出に貢献することが期待されている。ここでは,社会システム全体を客観的に議論し,また寸秒を争う意志決定及び実現する手段を構築することも可能になると期待されている。

 このように,社会科学分野においては自然科学分野で求められるものとは異なるスペック,例えば,浮動小数点演算性能以外のリアルタイム性や膨大なデータを処理するためのビッグデータの処理技術などが必要となる可能性があり,このような点にも留意しつつ,今後の我が国の計算科学技術インフラの整備を進めていくことが必要である。

(3)産業利用

 産業界におけるスーパーコンピュータの利用は,まさにイノベーション創出に直結しており,自動車のまるごとシミュレーションのような,より現実に近い状態での解析やものづくりにおける製品の設計など,大規模計算へのニーズや重要性は高まっているものと考えられる。
 例えば,民間企業では航空機の設計にシミュレーションを用いることにより,YS-11以来2機目となる国産旅客機の開発に成功し,他の同サイズの旅客機に比べ20%の燃費改善と圧倒的低騒音の実現にも貢献している。また他の民間企業では,タイヤ用ゴム内部を分子・ナノレベルで忠実に再現し解析する大規模分子シミュレーションが行われており,得られる成果を活用し,高性能・高品質タイヤの新材料開発技術を更に進化させ,新商品の開発につなげていくこととしている。
 そのほかにも,先に述べたような「京」の利用により,高効率な二次電池・太陽電池や優れた強度・じん性,耐熱性をもつ構造新材料の設計や,自動車・船舶・飛行機などの開発・設計における製品試作をシミュレーションで代替することにより,これまでの実験では解析が困難であった領域の研究が可能となり,新たなアイディアに基づく新製品開発への貢献や,開発コストの削減,開発期間の短縮が期待されている。
 その一方,産業界でスーパーコンピュータの利用を進めていくためには,幾つかの課題も明らかになっている。大企業ではシミュレーションそのものは普及しているものの,実際のものづくりの現場で活用できる企業はまだ少なく,特に中小の企業では人材の育成,技術やノウハウの継承が求められているのが現状である。
 また,産業界での利用は,高精度で時間のかかる計算よりも,パラメータサーベイのように多くのパターンで計算する要求もあり,大学・研究機関での大規模計算とはスーパーコンピュータ利用の在り方が異なっている。利用するソフトウェアに関しても,企業では商用ソフトウェアを利用することが多いため,利用したいソフトウェアがサポートされていることも利用の条件となる。
 さらに,同じ産業界でも業種によりスーパーコンピュータの利用状況やスーパーコンピュータに対する要求が異なるとともに,研究開発部門で必要とされる用途と,ものづくりの現場とでは求めるものが異なるなど,様々な利用パターンが考えられる。
 このような多様な産業界のニーズに対応し,産業利用の裾野を広げ,イノベーション創出につなげていく上では,適切な利用料設定の在り方にも留意しつつ,利用環境の整備や支援体制構築など,産業利用促進策が重要になると考えられる。

5.システム技術の動向

 世界的な技術動向としては,近年のPCクラスタの普及などに見られるように,大型計算機の技術をコモディティに活用する流れから,市場の大きなコモディティの技術をスーパーコンピュータの技術に統合・活用する流れ(スピン・アウトからスピン・インへ)がある。こうした流れの中で,従来からあるIBM,Cray,SGIといったシステムベンダに加え,Intel,NVIDIA,AMD,ARMなどのプロセッサベンダやプロセッサIPライセンサ,更にハイエンドネットワークやストレージ等の各社が,スーパーコンピュータ開発の重要なプレーヤとして台頭してきている。
 また,Intel Xeonに代表されるコモディティサーバ向けプロセッサの採用が中位から下位のスーパーコンピュータにおいて一般的である一方で,最先端の大規模スーパーコンピュータシステムでは,性能電力比を追求するために,「京」やBlueGene/Qのようなスーパーコンピュータ専用のプロセッサを持つシステムや,GPUやメニーコア型の新型プロセッサにより演算性能を向上させているシステムも多く見られるようになっている。
 スーパーコンピュータで用いられるIT技術は,多くの場合最先端のものであり,今後はスーパーコンピュータ技術主導のスピン・アウトとスピン・インの機能的な連動が重要性を増す。特に,スーパーコンピュータからの派生技術が,よりマーケットの大きなクラウド・モバイル・ビッグデータ等の分野で活用され,それらの技術的発展が再びスーパーコンピュータ側にフィードバックされることにより,IT全体の進化をけん引していく技術的なエコシステムの構築が重要となる。

【プロセッサ技術】
 過去には半導体プロセスの微細化とそれに伴うクロック周波数の向上,さらに,増加するトランジスタを高度な演算処理などに用いることで,プロセッサコアの単体性能を急激に向上させてきた。しかしながら,消費電力や発熱等の関係から,既にクロック周波数や単体コアの性能向上は困難になってきており,複数コアによる性能向上を目指したマルチコアプロセッサが一般的になっている。
 スーパーコンピュータにおいては,これらのプロセッサを多数用いてシステムを構成するため,個々のプロセッサやメモリの消費電力,電力性能比がシステム全体の消費電力や電力性能比に大きな影響を与える。そのため近年では,多数の比較的単純な構造のコアと高速メモリを用いることで,電力性能比に優れたGPUやメニーコア型のプロセッサを用いたシステムも増えてきている。しかし2018~2020年頃までに,これまでと同じペースでスーパーコンピュータの性能向上を維持していくためには,その時点で最新の半導体プロセス技術を使用した上で,電力当たりの性能を更に現在の数十倍程度以上にまで高める必要がある。そのためには,コア中の演算器の高効率化のみならず,プロセッサとインターコネクト機能との統合による高効率化,メモリ階層制御の高効率化などの検討が必要である。加えて,コンパイラ開発と一体となった効率の良いプログラミング言語の支援機構,より高度な信頼性確保のための機能などの検討も必要である。さらに,それだけでは大幅な電力性能比の向上は容易ではないため,限られた電力を最大限有効に活用するために,未使用ノードやインターコネクト,あるいは未使用のコアやメモリなどへの電力供給の停止や,動作速度を制限して供給電圧を落とすなど,システム全体でバランスを取った省電力技術も重要になる。

【メモリ技術】
 メモリ技術については,将来は計算に費やされる電力より,相対的にデータを動かす電力の方が支配的になるため,結果として,既存技術の延長ではソケット当たりのメモリバンド幅はそれほど大きな性能改善が期待できない。一方で,ソケットに含まれるコア数は増加するため,B/F値は相対的に低下していくと見込まれる。この状況を打破する技術として,3次元実装又はシリコンインターポーザを用いた2.5次元実装技術による,スタックメモリを用いたメモリバンド幅の改善が期待されており,今後の動向が注目される。例えば,米Micron社はHMC(Hybrid Memory Cube)を提案しており,また標準化団体のJEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)においては既にWide I/O 2,更に高性能プロセッサ用のHBM(High Bandwidth Memory)の規格化が進んでいる。
 このほかにも,大容量と低コスト・低電力を両立させるための不揮発性メモリをメモリ階層の一部のレイヤに導入する研究開発も進んでいる。

【インターコネクト技術】
 スーパーコンピュータシステムのノード数は飛躍的に増加しており,現在のスーパーコンピュータシステムは,数万ノードから構成されている。これらのノード間における高速通信を実現するインターコネクトが,スーパーコンピュータシステムやアプリケーションプログラムの実効的な性能を決定する上で大きな役割を担っており,影響力が大きくなってきている。InfiniBand QDR/FDRや10/40Gbイーサネットなど汎用の超高速・低レイテンシネットワーク技術が広く用いられ,それらが今後100ギガビット級以降に進化していく一方,トップクラスのシステムでは大規模に多次元トーラス結合やHigh-Radixネットワークを実現するためのTofu,Cray Aries等の独自ネットワーク技術が用いられ,システムを特徴付けていることが多い。また,これまでインターコネクトは別チップで構成されることが多かったが,プロセッサ-インターコネクト間のレイテンシ削減・バンド幅向上や消費電力削減,ひいては部品点数減少による信頼性の向上を狙って,コモディティプロセッサを含めBlueGene/Qのようにインターコネクトがプロセッサチップに統合される方式が主流になりつつある。同様に,特定のアプリケーションの加速を行うハードウェアを,SoC(System on a Chip)技術でメインのプロセッサの近くに統合する方向性もある。さらに,今後はノード間のみならずノード内のボード間,チップ間でも信号伝送速度が電気による伝送の限界を超える可能性もあり,光による信号伝送も重要な技術になってくる。

【ストレージ技術】
 ストレージに関しては,高信頼性の確保(チェックポイント等のDefensive I/O),大規模データの計算中(in-situ)の視覚化,シミュレーションの結果データや観測データの大規模化,さらには社会的なデータの解析など,アプリケーションの多様化や需要の増大から,大規模データ(ビッグデータ)の処理にストレージの高速化・高容量化と低電力・低コスト化が必要である。しかしながら,従来のHDDの並列化及びその上の並列ファイルシステムでは,物理的な制約からHDDの高速化に限界があるため,不揮発性メモリを有効に活用するアーキテクチャへの転換が求められている。

【信頼性,省電力技術】
 スーパーコンピュータは多数のコンポーネントからなるシステムであるため,少なくとも1日程度のアプリケーションの実行を阻害しないために高い信頼性や耐故障性が必要であり,ソフトウェアと一体化した耐故障技術が重要である。また,スーパーコンピュータシステムのスケーラビリティの律速は今や電力であり,スーパーコンピュータ自身の電力の高効率化から先進的な冷却や電力伝送まで,種々の高度な省電力技術やその制御技術も重要となる。

【システムソフトウェア技術】
 今後のスーパーコンピュータを有効に利用するためには,100万を超えるようなプロセッサコアを協調して動作させるだけでなく,各コア中でのメモリ階層の有効利用,SIMD演算ユニットの有効利用が必要であり,アクセラレータを持つシステムでは更にその演算器とホストプロセッサとの通信インタフェースの有効利用が必要となる。並列化のためのプログラミングモデルとして,分散メモリ環境ではMPIによるメッセージ通信,共有メモリ環境ではOpenMPが広く使われている。しかし,大規模並列に対応するためには,ノード内はOpenMPを用いた並列化,ノード間はMPIによる明示的なメッセージ通信,さらにアクセラレータ向けには異なるプログラミング言語,といったように複数の手法を組み合わせる必要に迫られており,メモリ階層やSIMDユニットへの対応が必要なことと合わせ,アプリケーション開発者の負担が極めて大きくなっている。これらを解決するためのアプローチとして,全ノードで共通のグローバルメモリ空間を提供するPGAS言語や,様々なアクセラレータ向けの指示文を用いたプログラミングを統一化するOpenACCなどが実用化されつつある。また,ドメイン特化言語(DSL)やアプリケーションフレームワーク,さらにそれらの自動チューニングにより,抽象度の高い記述から個別システムに最適化された実行コードを生成するアプローチも注目されている。
 このような枠組みを用いて記述されたアプリケーションが高い性能を発揮するためには,優れた最適化を実現するコンパイラ技術のみならず,システム内の多数のコアをアプリケーションが有効に使用するために,そのバックエンドで用いられる高性能ノード間通信ライブラリや,メニーコア対応のオペレーティングシステムといったシステムソフトウェアの支援が必要不可欠である。また,スーパーコンピュータのアーキテクチャに最適化された使いやすい数値計算ライブラリや並列アルゴリズムライブラリも,アプリケーション開発には極めて重要である。また,スーパーコンピュータ上でのアプリケーション実行に欠かせないデータやファイルを入出力するための並列ファイルシステム,並列I/O,不揮発性メモリに適したI/Oミドルウェアやメモリ階層の制御技術も,特にビッグデータ向けの処理において重要性を増している。一方,数十万を超える並列性を持つ超並列のプログラムでは,わずかな性能のばらつきでも並列性が低下し,性能が大幅に低下する要因になる。加えて,多数のプロセッサコアや各ノードに分散されたメモリを複雑に組み合わせて利用するアプリケーションにおいては,従来のツールではデバッグが困難であるため,超並列に対応した性能解析やモデリング,デバッグなどのツールも重要となる。
 さらに,システムを有効に活用するためのミドルウェアとして,ユーザのジョブをシステム上のノード群に有効に割り当てるためのジョブスケジューリングシステム,ハードウェアが備える省電力機能に対応してシステム全体で高度に電力を制御する電力管理機能,ハードウェア故障に即時対応できるような,耐故障性・故障回復機能も求められており,またそれらが有機的に連動してシステム利用を最適化する必要がある。特に省電力と耐故障性は今後の超並列システムの鍵となる技術であり,今後はハードウェアやOS,ミドルウェアなどのシステムソフトウェアだけでなく,アプリケーション側からの寄与も含めて,システム全体で対応する技術や枠組みの構築が求められている。

6.今後の方向性

 これまで述べてきたように,計算科学技術は現代の科学技術の発展,イノベーションの創出等を通じた産業競争力の強化や安全・安心の国づくりの実現に不可欠な国家の基幹技術となっている。
 実際に「京」及びこれを中核としたHPCIの活用により,戦略5分野に代表される科学技術の個々の課題を解明し,我が国の科学技術の進展と国際競争力の向上に貢献しつつある。さらに,能力の高いスーパーコンピュータによるシミュレーションを行うことにより,様々な社会的・科学的課題の解決に貢献することが期待されている。
 一方で,本分野での技術の進展は速く,スーパーコンピュータシステムの超並列化の流れに対応し,プロセッサやシステム全体の省電力化,ネットワーク技術の高度化,信頼性の向上,システムソフトウェアやアプリケーションの高度化などの技術に関し,様々な研究開発が進められつつある。
 こうしたことを踏まえ,今後とも我が国の計算科学技術を発展させていくためには,諸外国のスーパーコンピュータ開発利用の動きや技術的な動向にも留意しつつ,計算科学技術インフラの維持・発展とそれを支えるハードウェア及びアプリケーションの研究開発,利用の促進,人材育成等の取組を着実に進めていくことが必要である。
 特にトップレベルのシステムについては,研究開発の基盤という位置づけばかりではなく,サイエンスやテクノロジを切りひらく最先端の装置という位置づけもある。今後シミュレーションで期待される最先端の研究を実施し,社会的・科学的課題の解決や画期的なイノベーションの創出を図っていくためには,我が国が有している最先端のスーパーコンピュータ技術を適切に維持発展させつつ,利用するアプリケーションの研究者とシステムの研究者が共同して,必要な経費にも留意しつつ,新しいシステムを開発していくことが有効と考えられる。
 こうした中で,これまでそれぞれの分野で行われていたシミュレーション研究を統合し,更に自然科学系のみならず社会現象や人間活動等の人文社会系研究の中で行われていたシミュレーション研究や,最近重要性が高まっているビッグデータの処理なども統合し,様々な社会的・科学的な課題の解決に適用するとともに,「京」の利用で培った様々なペタスケールのシミュレーション技術を医療,防災対策,ものづくりなど実際の社会の現場に実装し,国民生活の向上に貢献することにより,スーパーコンピュータが「研究開発の基盤」であるとともに「社会の基盤」へと発展していくことが期待されている。

第2章 我が国における計算科学技術インフラの在り方

1.総論

 第1章で論じてきたように,我が国の計算科学技術インフラは「京」の開発やHPCIの構築により着実に整備されているが,世界の総計算能力に占める我が国の割合でみると,「地球シミュレータ」や「京」などの最先端のスーパーコンピュータの開発により一時的に増加するものの,長期的には低下傾向となっている。
 一方で,利用者の計算資源量に対するニーズは高く,今後ともそのニーズは増加していく見通しであるとともに,利用の分野や形態は多様化しており,大規模な計算を行うための最先端のシステムから,比較的小規模な計算を手軽に行えるシステム,また大規模なデータ処理を高速にできるシステムなど様々なシステムが求められている。また,今後の計算科学技術の発展のためには,利用者の裾野の拡大や若手人材の育成が不可欠であるが,そうした点にも留意が必要である。

【グランドデザイン】
 このようなことから,我が国の計算機科学技術インフラ全体のグランドデザインとしては,必要な予算にも留意しつつ,世界トップレベルのスーパーコンピュータやその次のレベルのスーパーコンピュータを複層的に配置し,全体として多様なユーザニーズに対応できる世界最高水準の計算科学技術インフラを維持・強化するという考え方が重要である。そして,その基本的な考え方のもと大学,附置研・共同利用機関法人及び独立行政法人の有するシステムの役割・位置付けを明確にしつつ,戦略的に計算科学技術インフラの整備を進めることが重要である。
 その際,各システムの配置については,リスク分散の観点からある程度の地理的な分散も必要であるが,ネットワーク経由で利用できることから,むしろ電力や設置スペースなどの設置条件が整備されていることがより重要である。このためにも,スーパーコンピュータの性能に応じた高速ネットワークの整備を今後も着実に進めていくことが必要である。
 また,ユーザ窓口や研究拠点となる組織については,地理的な分散も重要であり,利用の促進という観点から,その体制・機能の在り方についてはより具体的な検討が必要である。
 なお,システムを整備するに当たっては,性能目標としてLinpackによる性能評価を完全に無視するわけにはいかないが,より重要なのは,そのシステムで何を達成するのかであることに留意が必要である。

2.リーディングマシンの必要性

【リーディングマシンの必要性】
 上記の基本的考え方に基づき,我が国の計算科学技術インフラを全体として維持・強化する中で,我が国の計算機科学及び計算科学全体をけん引し,科学技術の新たな展開を切りひらいていくシステムとして,世界トップレベルの高い性能を持ち,最先端の技術を利用して開発されるシステムを,リーディングマシンとして整備していくことが必要である。
 このリーディングマシンの整備は,我が国の計算科学技術を発展させ,世界における当該分野の優位性を維持すること,またそれにより我が国の科学技術の発展や産業競争力の強化に貢献できるものであり,国として戦略的に整備を進めていくことが重要である。

【リーディングマシンの在り方】
 リーディングマシンは我が国の最先端システムとして,様々な分野における先端・大規模計算を効率的に実施するために,幅広い分野における高い実効性能とメモリ容量を有していることが求められる。また,産業界も含め幅広い分野のユーザが利用できるシステムであれば,当該システムを中核に研究交流が促進され,我が国の計算科学技術全体の発展に貢献することが期待できる。
 一方,計算科学の発展に伴い演算性能,メモリ容量,メモリ帯域に対する要求には幅があり,一つのシステムだけでは全て分野の様々な計算ニーズに的確に対応することは難しくなりつつあり,複数の特徴あるリーディングマシンを求める意見もある。また,平均の実行効率が高ければ単一のシステムよりも複数のシステムの方が全体としての計算量が高くなるということも期待される。しかしながら,高い実効性能とメモリ容量を有するシステムを複数開発・運用するのはコストが高くなるというデメリットもある。
 こうしたメリット・デメリットを総合的に勘案し,また,HPCIコンソーシアムでとりまとめられたコミュニティの意見も踏まえ,リーディングマシンとしては,高い計算性能を持ち,幅広い分野をカバーするシステムを我が国のフラッグシップシステムとして一つ整備・運用するとともに,当該システムでは実行効率が低いアプリケーションの一定程度の実効性能の確保や重要な社会的・科学的課題の解決に資するアプリケーションの実効性能を向上させることができるシステムを,フラッグシップシステムを支える特徴あるシステムとして開発・整備することも視野に入れて具体的に検討する。

3.各機関のシステムの位置付け・役割

 我が国の計算科学技術インフラを全体として維持・強化していくためには,リーディングマシンのみならず,大学,附置研・大学共同利用機関法人,独立行政法人等の有するシステムが,それぞれの目的・役割に応じて適切に整備され,人材育成や利用の裾野拡大も含め,様々な計算ニーズに対応できるようにしていくことが必要である。
 これら各機関のシステムの役割・位置づけは,以下の(a)から(f)のように考えられ,このような方向性に沿って整備・運営していくことにより,我が国の計算科学技術インフラ全体の底上げを図っていくことが望ましい。

(a)特定高速電子計算機施設のシステム
 特定高速電子計算機施設のシステムは,共用法に基づき整備されるものであり,引き続き世界トップレベルの演算処理能力を有する我が国のフラッグシップシステムとして,産業界も含め幅広くその計算資源を共用に供していくことが適当である。このため,計算機技術の発展を先導する研究開発を行い,その能力を高度化していくととともに,幅広い分野で利用できるシステムとすることが必要となる。

(b)全国共同利用・共同研究を進めている9大学情報基盤センター等のシステム
 全国共同利用・共同研究を進めている9大学情報基盤センター等は,今後ともHPCの分野において,適切な規模の利用者支援機能・研究開発機能を維持しつつ,我が国のトップレベルの演算処理能力(例えば世界トップレベルのシステムの数分の1から数十分の1程度)を,先端又は大規模な計算を行う幅広い分野の研究者に提供する役割を果たしていくことが必要である。
 また,その計算資源の一定割合はHPCI一括課題選定の対象とする計算資源(以下「9大学情報基盤センター等が担うHPCI資源」という。)として,大規模な計算や多様なユーザニーズに応えるための我が国全体の計算基盤として運用を行うことが適当である。
 このため,国は大学の自主性・自立性に配慮しつつ将来の我が国における計算科学技術インフラの整備・運用に関する計画を策定し,各情報基盤センターはその計画に沿って,9大学情報基盤センター等が担うHPCI資源を戦略的に更新・整備していく。システム導入に当たっては,各機関が抱えているユーザ層に考慮しながら,大学内におけるシステムの集約や複数機関での共同導入・運用などについても検討していく。
 こうした計算資源提供や研究開発実施の役割を十分に担える体制・システムを整備し,各情報基盤センターがそれぞれの得意分野を強化しつつ,これらのセンターが協力し学際的なグランドチャレンジ的な課題を解決するための共同研究・拠点事業の推進や,計算科学技術全体の発展に資する人材育成の役割も果たしていくことが重要である。

(c)附置研において共同利用しているシステム
 附置研において共同利用しているシステムは,特定研究領域の研究の実施のために整備しているものであることから,基本的にその目的に沿った能力の計算機を整備し,運用を行うことが適当である。ただし,このような考え方を基本としつつも,学術研究は,関係分野が相互の連携を通じて発展していく方向性にあり,従来のような個別分野的なシステム整備ではなく,関係分野が連携して最先端のシステム整備を行う方向性についても検討が必要である。
 また,これらのシステムについても,リーディングマシンとして国の戦略に沿って開発・整備する場合や,対象としている研究分野が横割り的な分野(例えば統計数理学など)などの場合は,自らの研究の遂行に支障のない範囲で,HPCI一括課題選定の対象とする計算資源として,我が国全体の観点からHPCIへの資源提供も検討していくべきと考えられる。(※)

※附置研の場合は,当該研究施設の目的たる研究と同一の分野の研究を目的とすることが求められ,運用上ある程度の制限がある可能性を考慮する必要がある。

(d)大学共同利用機関法人のシステム
 大学共同利用機関法人のシステムは,附置研において共同利用しているシステムと同様,特定研究領域の研究の実施のために整備しているものであることから,基本的にその目的に沿った能力の計算機を整備し,運用を行うことが適当である。ただし,このような考え方を基本としつつも,学術研究は,関係分野が相互の連携を通じて発展していく方向性にあり,従来のような個別分野的なシステム整備ではなく,関係分野が連携して最先端のシステム整備を行う方向性についても検討が必要である。
 また,これらのシステムについても,リーディングマシンとして国の戦略に沿って開発・整備する場合や,対象としている研究分野が横割り的な分野(例えば統計数理学など)などの場合は,自らの研究の遂行に支障のない範囲で,HPCI一括課題選定の対象とする計算資源として,我が国全体の観点からHPCIへの資源提供も検討していくべきと考えられる。(※)

※大学共同利用機関法人の場合は,当該研究施設の目的たる研究と同一の分野の研究を目的とすることが求められ,運用上ある程度の制限がある可能性を考慮する必要がある。

(e)独立行政法人のシステム
 独立行政法人のシステムは,基本的に設置者の自らの目的に使用するものであるため,それぞれの必要性と予算に応じて必要な能力のシステムを整備し,それぞれ運用を行うことが適当である。ただし,このような考え方を基本としつつも,研究開発は,関係分野が相互の連携を通じて発展していく方向性にあり,従来のような個別分野的なシステム整備ではなく,関係分野が連携して最先端のシステム整備を行う方向性についても検討が必要である。
 一方,自らの研究開発業務の遂行に支障がない範囲で,積極的に外部の利用に供することも求められており,その際には利用者の利便性も考え,HPCIの共通運用の計算資源として提供することも検討すべきである。
 また,リーディングマシンとして国の戦略に沿って開発・整備する場合は,HPCI一括課題選定の対象とする計算資源として,我が国全体の観点からHPCIへの資源提供を検討することが適当である。(※)

※独立行政法人の場合は,設置法で定められた業務の範囲での利用となるため,運用上ある程度の制限がある可能性を考慮する必要がある。

(f)大学等のシステム((b)及び(c)を除く)
 9大学情報基盤センター,及び附置研を除く大学等のシステムは,基本的に設置者の自らの目的に使用するものであるため,それぞれの必要性と予算に応じて必要な能力のシステムを整備し,それぞれ運用を行うことが適当である。
 また,大学等においては,それぞれのシステムを活用し,我が国の計算科学技術の発展に向け,多様な計算機科学及び計算科学を発展させるとともに,人材育成やユーザの裾野拡大等の役割を果たすことも期待できる。そうした中で,これらの大学等において,リーディングマシンの開発や比較的大規模なシステムの整備・運用が行われる可能性も視野に入れておくことも必要である。

4.開発・整備の戦略的推進

 我が国の計算科学技術インフラを適切に維持・強化していくためには,1.から3.に示したグランドデザインにもとづいて,長期的な見通しを明らかにしつつ,戦略的にシステムの開発・整備を進めていく必要がある。
 そのため,文部科学省は今後10年程度を視野に,

・リーディングマシンの計画について,ハードウェア技術の動向やアプリケーション分野のニーズ,我が国全体の計算資源の状況等を踏まえ,どのようなスペックのシステムをどのようなスケジュールで整備・運用するか
・9大学情報基盤センターも含めたHPCI一括課題選定に計算資源を提供しているシステムの更新計画(各大学等のシステム更新計画をベースにした全体の整合性を見る観点から,ユーザコミュニティの意見を聴きつつ,必要に応じて調整)

などの内容を盛り込んだ計画を策定し,数年ごとに見直しを行いながら,計算科学技術インフラの整備を進めていくことが必要である。
 また,我が国の計算科学技術インフラの整備を計画に基づき適切に進めていくためには,各機関の取組を定期的に評価する枠組みを含め,国として必要な関与を行っていくことが適当である。

第3章 研究開発の方向性

1.研究開発の進め方

 我が国の計算科学技術を今後とも発展させ,科学技術の振興やイノベーションの創出に貢献していくためには,第2章で述べたように我が国の計算科学技術インフラを全体として維持・強化していくことのみならず,技術的な動向や諸外国のスーパーコンピュータ開発・利用の動きも見据え,ハードウェアとアプリケーションの両者のバランスをとりつつ,計算科学技術に係る研究開発を着実に進めていくことが必要である。
 その際,計算科学技術により具体的な社会的・科学的課題に対応するという観点から,システムの研究者とアプリケーションの研究者の共同(Co-design)により,アプリケーションのニーズをハードウェアの研究開発に反映するとともに,ハードウェアの技術動向を踏まえたアプリケーションの研究開発を行っていくことが重要となってきている。
 また,研究開発を効果的・効率的に行うとともに,開発した技術を国際標準にしていくなどの観点から,国際協力的にも戦略的に進めていくことが重要である。

2.リーディングマシンの研究開発

 第2章で述べたように,リーディングマシンは世界最高水準の能力を有し,最先端の技術を利用し新たに開発されるシステムである。その開発に当たっては,最先端の技術開発により新たな社会的・科学的ニーズに対応して今後の計算科学技術をリードすることや,アプリケーション開発者と計算機開発者との密接な連携によりアプリケーションを効率的・効果的に実行可能な計算環境の構築が可能となり,早期の画期的な成果創出が可能となるとともに,我が国におけるIT全般の技術進化等を通じ国内産業への波及効果が期待できることなどから,国内で実施することが重要である。
 また,リーディングマシンの開発については,我が国の計算科学技術インフラの継続的な発展及び我が国のスーパーコンピュータ開発技術の維持強化,さらにその技術を水平展開・下方展開することにより我が国のIT技術全般の発展への貢献が期待できることなどから,技術動向やニーズの状況を踏まえ,その時々において適切な目標設定を行いつつ,継続的にリーディングマシンを開発していくことが重要である。

 なお,リーディングマシンをフラッグシップシステム,及びそれを支える複数の特徴あるシステムとした場合,それぞれの研究開発の在り方として以下のものが考えられる。

【リーディングマシンの研究開発の方向性】

(1)フラッグシップシステム

 フラッグシップシステムは,我が国が直面する社会的・科学的課題を解決するため,世界トップレベルの高い計算性能を持ち,多くの分野のアプリケーションが高い実効性能で利用できるシステムであり,我が国トップのシステムとして,我が国全体の計算科学技術の発展に貢献することが期待されている。
 このため,フラッグシップシステムの計算性能については,第1章において述べた社会的・科学的課題の解決,諸外国の動向や技術的な動向を踏まえ,2020年頃までにエクサスケールコンピューティングの実現を目指すことが適当である。
 その際,開発主体候補において,開発するシステムによってどのような社会的・科学的課題を解決するのか,どのような成果が期待されるのか,それを実現するために必要なスペック,スケジュール,要素技術,コストはどのようなものか等に関するイメージを明らかにした上で,具体的な方向性について検討を行うことが有効である。

(2)フラッグシップシステムを支える複数の特徴あるシステム

 これらのシステムは,フラッグシップシステムを支え,フラッグシップシステムでは実行効率が低いアプリケーションの一定程度の実効性能の確保や重要な社会的・科学的課題の解決に資するアプリケーションの実効性能を向上させることにより,我が国の計算科学技術インフラを補強し,我が国全体の計算科学技術の発展に貢献していくことが期待されている。
 そのため,これらのシステムの開発については,フラッグシップシステムの特徴を踏まえ,どの分野のアプリケーションをターゲットとするかなどのスペックやスケジュール等を国で定めた上で,具体的な計画については,HPCI一括課題選定の対象となる計算資源を提供している機関,若しくは提供する意思のある機関の中から公募し,必要性,将来性,経済性等を適切に評価し定めることが適当である。

(3)研究開発の留意事項

 リーディングマシンの研究開発に当たっては,以下の点にも留意が必要である。

・フラッグシップシステム及びそれを支える特徴あるシステム,いずれのシステムについても,社会的・科学的課題の解決という観点から,その必要性やスペックについて適切に判断していくことが必要である。
・フラッグシップシステムを開発・整備する主体は,当該システムをなるべく多くの分野のアプリケーションが効率よく利用できるものとし,全体としてのアプリケーションの実効性能を大きくするとともに,企業機密等を適切に管理しつつ,計算科学技術コミュニティ全体が当該システムの開発・整備・利用に参画できるようにする。
・フラッグシップシステムを支える特徴あるシステムの開発に当たっては,その必要性,将来性,経済性を適切に評価するとともに,HPCI資源への提供等を通じ,ある特定の分野の研究者に閉じたシステムにならないようにする。
・それぞれの計画にメリハリをつけて,「京」に要した経費にも留意しつつ,全体としてのコスト縮減を目指して費用の精査をする。

【要素技術開発の方向性】
 リーディングマシンの開発に当たって,どのような技術を国内開発するかは重要な検討事項である。一般的にスーパーコンピュータの開発に必要とされる要素技術を分類すると,表2のようになる。


表2 スーパーコンピュータ開発に必要とされる要素技術

 カテゴリ

 要素技術

ハードウェア

ノード内

半導体プロセス
プロセッサ
メモリ
3次元実装
チップ間/プロセッサコア間光配線
ボード間光配線
ホスト・デバイス間インタフェース
信頼性

ノード間

インターコネクト

ストレージ

不揮発メモリ(SSDなど)
HDD
アーカイブ装置
ストレージシステム

電力

省電力制御

冷却

冷却システム

 システムソフトウェア

OSカーネル
通信ライブラリ
耐故障機能
コンパイラ
ファイルシステム
スケジューラ
数値計算ライブラリ&アプリフレームワーク
デバッガ・チューニングツール等

 ※要素技術にはビッグデータ対応への観点もある

 

 これらの要素技術のうち,インターコネクト,省電力制御,冷却システム,システムソフトウェアは,それぞれ,100万コアを超えるような超並列システムの時代に大量のプロセッサ間やノード間を高信頼・高速につなぐ技術,大量のコンポーネントによって構成されるシステムの消費電力を効率よく制御する技術,大量のプロセッサ等から放出される熱を効率よく取り除く技術,大量のプロセッサ等を一つのシステムとして動かす技術で超並列の時代にいずれもキーとなる技術であることから,一般的にスーパーコンピュータの開発において開発すべき技術である。
 これら以外の要素技術については,どのようなスペックのものを,どの程度のコストで開発するかにより判断が異なることから,一般論での議論は困難である。
 このため,まずは開発主体候補において,開発するシステムによってどのような社会的・科学的課題を解決するのか,どのような成果が期待されるのか,それを実現するために必要なスペック,スケジュール,要素技術,コストはどのようなものか等に関するイメージを明らかにした上で,要素技術開発に係る方針を検討していくことが有効である。
 その際,海外のベンダ等の技術動向も踏まえつつ,

・我が国として強みを持てる技術かどうか
・技術安全保障上保持すべき技術かどうか
・当該システムでキーとなる技術かどうか
・当該システムが目指す社会的・科学的課題を解決に必要なアプリケーションの効率的・効果的な実行のために必要な技術かどうか
・民間への展開も含め,発展性,波及性がある技術かどうか

などの観点から,検討を行うことが適当である。
 なお,プロセッサの開発には経費も必要であるが,

・我が国は高性能プロセッサを開発できる数少ない国の一つであり,高い信頼性技術を有しており,その貴重な技術の維持という視点
・コンパイラ,システムソフトウェア,インターコネクト,アプリケーションソフトウェアの研究開発の加速が期待されるという視点
・システムの中枢であり,競争力の高いシステムを計画通りに開発するためには,その特性を熟知していることが有効であるという視点
・国内のスーパーコンピュータ関連企業を巡る状況

等にも留意して検討することが適当である。

3.アプリケーション開発の在り方

(1)共通基盤としてのソフトウェア開発の在り方

 今後のアプリケーションソフトウェアの開発に当たっては,分野横断的に利用できる共通基盤となるライブラリやミドルウェアの整備が重要であり,その開発をシステムの開発と並行して行うべきである。
 ライブラリ等の開発には,開発しているシステムの知見が不可欠であるとともに,計算機科学の研究者とアプリケーション開発者の連携が重要である。また,特定の分野のみではなく,分野横断的に活用できるものであることから,様々な分野の研究者の意見を聞きつつ実施することが重要である。
 このようなことから,リーディングマシンを開発・整備する主体が,ライブラリ等の整備の中核拠点として,9大学情報基盤センターや大学等とも連携しつつ,計算科学と計算機科学の研究者が共同して開発していくことが効率的・効果的であると考えられる。

(2)各研究分野におけるソフトウェア開発の在り方

 次期リーディングマシンのアプリケーション開発に向けて,新たな課題や社会的ニーズにも対応していくことが必要であり,戦略5分野以外の新たな分野を対象に,次期リーディングマシンのアプリケーション開発に向けた準備研究や,戦略プログラムで実施している既存の5分野における次期リーディングマシンに向けた新たなアルゴリズム開発などの準備研究が重要である。なお,これらの研究開発は,幅広く様々なアイディアを募り,シーズを育てるという観点から,公募により行うことが考えられる。
 その際,リーディングマシンのアプリケーション開発については,新たな分野のアプリケーション開発やアルゴリズム開発に向けた準備研究の成果を踏まえた上で,着手する必要がある。また,産業界での利用を進めるためには,開発者の視点のみではなく,ユーザである産業界やさらには社会のニーズを反映して開発すべきであり,ユーザから開発者にフィードバックする体制の構築にも留意すべきである。

(3)ソフトウェアの利用促進について

 開発したアプリケーションを広く普及し活用していくためには,維持管理を個人に頼るのではなく,コミュニティとして維持管理する体制,若しくは企業との連携も含めた体制を構築することが必要である。
 このため,基盤となる重要なアプリケーションソフトウェアの将来を見据えた上で選定し,それらのソフトウェアについてユーザへの提供,バグの修正,バージョンアップ等を行う機能を有する体制を構築し,その運営についてはユーザ等から何らかの料金をとることなどにより,効率的に行えるようにすることが必要である。
 また,対象となるアプリケーションソフトウェアについては,開発終了後の利用状況や得られた成果等について,一定期間ごとに評価していくことが必要である。

(4)その他

 上記(1)及び(2)で述べたライブラリ等の開発や公募研究開発を行うに当たっては,平成24~25年度に実施している「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」を活用し,それぞれの分野におけるライブラリ等へのニーズや新規アルゴリズムの必要性,新しい分野として立ち上げるべき分野について,あらかじめ調査・研究しておくことが,円滑なアプリケーション開発の観点から重要である。
 また,アプリケーションソフトウェアを開発する人材については,サイエンスとしての成果だけではなく,ソフトウェア開発に対する評価もコミュニティとして考えていく必要がある。

4.計算科学技術に関する国際協力

 今後のスーパーコンピュータの開発・利用については,解決すべき多くの技術的課題があり,我が国が強い分野は自国で開発を行い,海外が強い分野は協力して開発することにより,効果的,効率的な開発ができるため,国際協力を積極的に進めていくことが重要である。
 国際協力を進めるに当たっては,まず我が国として他国との協力に必要な技術力を保持していることが重要であり,その上でどの部分を協力し,どの部分を競争するのかなど,我が国の競争力を維持するための戦略が必要である。こうした点に十分留意しつつ国際協力を進めていく必要がある。
 国際協力の分野としては,ハードウェア,システムソフトウェア,アプリケーションの開発及びその利用研究等が考えられるが,スーパーコンピュータのハードウェアについては,主として民間企業が商業ベースで開発を行っていることなどから,現時点で国際協力のニーズは明らかではない。
 他方,システムソフトウェアについては,システムのさらなる超並列化に対応するための解決すべき研究開発課題も多く,一国で実施することは効率的ではないことや,国内外のベンダ間で基本的な部分は共通化されていることが,ユーザにとってもメリットがあることなどから,日米の国際協力について日米科学技術協力協定の枠組みの中で検討が進められており(平成25年6月に日米合同ワークショップを開催予定),具体化に向けて議論が進められていくことが期待される。
 さらに,アプリケーションの共同開発やスーパーコンピュータを利用した共同研究などについても,欧米に限らずアジアの国々との連携も視野に入れ,国際協力の推進方策について検討していくことが重要である。

第4章 利用の在り方,人材育成等

1.利用の在り方

 計算科学技術により我が国の科学技術の一層の発展,産業競争力の強化を図っていくためには,計算科学技術インフラの整備・運用のみならず,利用手続の簡素化,使いやすいアプリケーションの提供,ユーザサポートなどの利用環境を整備し,利用者がより効果的・効率的に成果を創出できるようにするとともに,利用者の裾野の拡大を図っていくことが重要である。
 また,我が国の計算科学技術インフラの整備・運用を今後とも継続的に進めていくため,適切な利用料金の考え方について検討していくことも必要である。特にスーパーコンピュータの産業利用は,イノベーション創出等を通じた我が国の産業競争力の強化や,計算科学技術の成果の社会への還元などの観点から重要であり,その利用の促進を図ることが重要である。
 そのためには,試験利用から本格利用まで,企業の利用段階にあわせた枠組みの構築,地理的バランスも含めた利用支援の実施,産業界が利用するアプリケーション環境の整備等が有効と考えられる。
 こうしたことも踏まえ,産業利用も含めたスーパーコンピュータの利用促進の方策については,今後のシステム整備の方向性や企業の利用状況にも留意しつつ,更に具体的な検討が必要である。

2.人材育成等

 我が国の計算科学技術を今後とも継続的に発展させていくためには,それを支える人材をいかに育成していくかが重要である。特に,超並列化などのスーパーコンピュータ技術の進展に伴い,それに対応できる人材の確保が困難になっており,そうした人材の育成が大きな課題になっている。
 また,人材育成の方策を検討する際には,育成する人材を

・HPC技術の研究開発をする人材(計算機科学と計算科学そのものを研究対象としている人材)
・HPC技術を利用する人材
・産業界で求められる人材

に分け,それぞれの目的に応じた育成策を実施することが適当である。その際,アカデミアの研究者を育てるための人材育成とともに,企業の人間がアカデミアに戻って更に深い教育を受けられるような機会を作ることも重要である。
 また,特定の分野だけではなく,分野を越えて高度なアプリケーションを開発できる人材の育成が求められており,評価の在り方やキャリアパスも含めて,研究コミュニティとしても考えていく必要がある。
 こうしたことも踏まえ,今後の人材育成の方策について今後更に具体的な検討が必要である。

 今後とも計算科学技術の各施策を着実に進めていくためには,スーパーコンピュータの開発・利用について国民の理解と支持が不可欠である。このため,国,スーパーコンピュータ運用組織,関係研究者は,積極的に広報や情報発信等のアウトリーチ活動を行い,スーパーコンピュータ利用や研究開発の状況,得られた成果や今後期待される成果等について適切に国民に説明していくことが必要である。

 なお,この章で示した利用の在り方,人材育成などについては,本ワーキンググループで更に調査検討を進め,平成25年度末を目途にとりまとめる最終報告に反映していくこととする。

 

参考資料

参考1 ワーキンググループの設置について

 

HPCI計画推進委員会
今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループの設置について

平成24年2月10日
HPCI計画推進委員会

1.趣旨
 現在,文部科学省では,計算科学技術政策の柱として,京速コンピュータ「京」を中核とし,多様なユーザーニーズに応える革新的な計算環境を実現するHPCI計画を推進している。
 一方,計算科学技術を巡る国内外の情勢は変化してきている。来年度には,「京」を中核としたHPCIの共用が始まり,システム整備からシステム活用による成果の創出が求められる段階に入るとともに,スーパーコンピュータ技術の今後の進展も見据え,HPCIシステムを戦略的に高度化していくことも求められている。また,世界的には平成30年頃の実現を目指して,エクサスケールコンピューティングに向けた検討が本格化している。
 こうした状況を踏まえ,今後10年程度を見据え,我が国のHPCI計画の推進の在り方について必要事項を調査検討するために,HPCI計画推進委員会のもとに,今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ(以下「ワーキンググループ」という。)を設置する。

2.調査検討事項
・ 国内外の計算科学技術の動向
・ HPCIに対する利用者のニーズの把握
・ HPCIの活用で実現する科学的・社会的成果
・ 我が国において将来必要となる計算資源量の把握
・ HPCIシステム構成の在り方
(HPCIを構成する計算機資源,ストレージ等の1(まる数字)配置についての地域特性,2(まる数字)規模特性,3(まる数字)利用に応えるシステム特性の在り方など)
・ HPCI全体のネットワークや利用体制の在り方
・ 今後の研究開発の在り方
・ 必要となるコスト,費用対効果

3.設置期間
 平成24年2月10日から調査事項の終了までとする。

 

参考2 ワーキンググループ委員一覧

 

HPCI計画推進委員会
今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ委員一覧

主査  小柳義夫  神戸大学特命教授
   青木慎也  筑波大学計算科学研究センター教授
   秋山 泰  東京工業大学大学院情報理工学研究科教授
   天野吉和  富士通株式会社常勤監査役
   石川 裕  東京大学情報基盤センター長
   宇川 彰  筑波大学副学長・理事
   加藤千幸  東京大学生産技術研究所教授
   金田義行  海洋研究開発機構地震津波・防災研究プロジェクトリーダー
   小林広明  東北大学サイバーサイエンスセンター長
   坂内正夫  情報・システム研究機構理事/国立情報学研究所所長
   関口和一  日本経済新聞社論説委員兼産業部編集委員
   関口智嗣  産業技術総合研究所副研究統括
   善甫康成  法政大学情報科学部教授
   高田 章  旭硝子株式会社中央研究所特任研究員/スーパーコンピューティング技術産業応用協議会
   常行真司  東京大学大学院理学系研究科/物性研究所教授
   富田浩文  理化学研究所計算科学研究機構複合系気候科学研究チームチームリーダー
   中島 浩  京都大学学術情報メディアセンター長
   中村春木  大阪大学理事補佐/大阪大学蛋白質研究所筆頭副所長
   平尾公彦  理化学研究所計算科学研究機構長
   牧野淳一郎 東京工業大学大学院理工学研究科教授
   松尾亜紀子 慶應義塾大学理工学部教授
   松岡 聡  東京工業大学学術国際情報センター教授
   村上和彰  九州大学大学院システム情報科学研究院教授
   室井ちあし 気象庁予報部数値予報課数値予報班長
   渡邉國彦  海洋研究開発機構地球シミュレータセンター長

(50音順,平成24年4月18日現在)

参考3 ワーキンググループの検討経緯

 

ワーキンググループの検討経緯


第1回(平成24年4月18日(水曜日)17時~19時)
・ ワーキンググループの今後の進め方
・ HPCIに関わるこれまでの取組等
・ スパコン利用の必要性,意義,重要性に関するヒアリング(東京大学物性研究所,海洋研究開発機構,スーパーコンピューティング技術産業応用協議会)
・ 意見交換

第2回(平成24年5月14日(月曜日)17時~19時)
・ 合同作業部会の報告
・ HPC技術の動向に関するヒアリング(東京工業大学,科学技術政策研究所)
・ 今後の調査・検討課題について

第3回(平成24年5月30日(水曜日)15時~17時)
・ HPC技術の動向に関するヒアリング(東京工業大学,日本電気株式会社,株式会社日立製作所,富士通株式会社)
・ 国内の計算資源について
・ 今後の調査・検討課題について

第4回(平成24年7月4日(水曜日)17時~19時)
・ スパコン利用に関するヒアリング(統計数理研究所,東京工業大学)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(国内外の動向,計算科学技術の利用状況,今後の必要性)

第5回(平成24年8月10日(金曜日)10時~12時)
・ 将来のHPCIシステムのあり方の調査研究からの報告
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(将来の我が国における計算科学技術システムの在り方)

第6回(平成24年9月11日(火曜日)17時~19時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(将来の我が国における計算科学技術システムの在り方)

第7回(平成24年10月10日(水曜日)17時~19時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(計算科学技術に係る研究開発の方向性)

第8回(平成24年10月31日(水曜日)15時~17時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(計算科学技術に係る研究開発の方向性)

第9回(平成24年11月21日(水曜日)15時~17時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(計算科学技術に係る研究開発の方向性,利用の在り方)

第10回(平成24年12月6日(木曜日)17時~19時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(利用の在り方,その他)

第11回(平成25年1月25日(金曜日)17時~19時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(将来の我が国における計算科学技術システムの在り方)

第12回(平成25年2月18日(月曜日)17時~19時)
・ 今後の調査・検討課題について意見交換(アプリケーション開発の在り方)
・ これまでの議論の論点整理(案)について

第13回(平成25年3月11日(月曜日)17時~19時)
・ 「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」のヒアリング(アプリチーム)
・ HPCIコンソーシアムの提言についてヒアリング

第14回(平成25年3月27日(水曜日)16時~19時)
・ 「将来のHPCIシステムのあり方の調査研究」のヒアリング(システム設計研究チーム)
・ 「京」の波及効果に関するヒアリング(富士通株式会社)
・ リーディングマシンについて

第15回(平成25年4月19日(金曜日)10時~12時)
・ スーパーコンピュータ「京」の事後評価について
・ 中間報告案の取りまとめに向けた検討

第16回(平成25年5月8日(水曜日)17時~19時)
・ 中間報告(案)の取りまとめ
・ HPCIシステムの利用についてヒアリング(高度情報科学技術研究機構)

 

用語集

アクセラレータ

主プロセッサを補助して演算速度を加速する装置。

確率微分方程式

偶然が支配する現象の記述に用いられる微分方程式。

均質化法

マルチスケール構造(細胞から心臓)の力学を解くための数理的手法。具体的には,心臓全体のモデルを形作る要素数分だけ内部構造まで模擬した細胞のモデルを用意して,すべての細胞モデルと心臓モデルを同時に解くことを行う。

結晶方位依存性

固体の物性が原子配列の方向に応じて異なるという性質。

格子歪効果

同一の結晶構造を持つ物質群で,原子の種類ごとに大きさが異なることで,結晶構造が歪むことにより異なる物性が生じる効果。

コンパイラ

プログラムをプロセッサコアが実行する機械語に翻訳するソフトウェア。

サルコメア

サルコメア(筋節)は,筋細胞における筋繊維の最小単位。モータータンパク質であるミオシンが連なってできるミオシンフィラメントとアクチンフィラメントが互いに入れ子のように重なり合い,規則的に繰り返した構造になっており,この二つのフィラメントが滑り運動することが筋繊維の収縮のもととなっている。

サルコメア・タンパク質

サルコメア(=>「サルコメア」参照)を構成するタンパク質(ミオシン,アクチンなど)の総称。

疾病因子

疾病の発症要因で,特定が可能な場合は疾病を引き起こすタンパク質(標的タンパク質)にまで絞られる。がんなどに代表される生活習慣病は多因子によるもので,個人の持つ遺伝的要因と生活習慣などが複雑に関係して発症すると考えられ,関連する一群のタンパク質として同定される。

重力進化

自然界に存在する四つの相互作用のうち,重力相互作用による時間発展の効果。

シリコン・ナノワイヤ

直径数~数十ナノメートルのワイヤ状に加工したシリコン。トランジスタとして応用する際,通常は電極を平板状のシリコンに積み重ねて形成するのに対し,シリコンナノワイヤでは,円筒形の周囲を囲むように電極を形成する。次世代半導体として有望視されている。

シリコンインターポーザ

複数の半導体チップを取り付け,それらの電気信号を相互接続する回路を持つシリコン基板。

スタックメモリ

メモリチップを複数積層したもの。

ダークマター粒子

ダークマターは宇宙全体の物質エネルギーのうち約2割を占め,重力以外にはほとんど相互作用がない物質であり,素粒子としての正体は解明されていない。ダークマターを質量を持った粒子として表現したものがダークマター粒子。

多軌道効果

電子が入る軌道が複数あることにより,異なる物性が生じる効果。

多次元トーラス結合

トーラス結合(=>「トーラス結合」参照)の次元を3次元以上に増やしたもの。3次元では立方体を構成する。BlueGene/Qでは5次元トーラス,「京」では6次元トーラスを基本としたTofuネットワークを使用している。

強相関量子多体系

電子間の複雑な相互作用で,高温超伝導などの多彩な物性を示す物質群。

低レイテンシ

主にノード(=>「ノード」参照)間の通信において,通信を開始してから相手に届いて完了するまでの遅延時間(レイテンシ)が短いこと。

データ同化

シミュレーションに実測データを取り込み,現実で起こっていることをより精密に再現する手法。例えば,気象気候分野では初期値の作成のほか,過去数十年間の全球大気運動の時系列を作成するのに用いられる。手法自体は他分野への応用が可能で,今後期待される手法の一つ。

テラ,ペタ,エクサ

テラ=10の12乗 ,ペタ=10の15乗 ,エクサ=10の18乗を表す。

電弱相互作用

電磁気力と弱い力を統合した相互作用。この理論を電弱統一理論という。 弱い力は電磁気力と比較して力が非常に弱いことから名付けられ,素粒子レベルの非常に近い範囲にしか作用しない。

トーラス結合

ノード(=>「ノード」参照)間の結合方式の一つ。二次元の場合,平面格子上で格子点にノードを配置し,4本の腕(リンク)で水平方向,垂直方向を相互に接続する。さらに上端と下端,左端と右端を接続し端のない構造になる。

熱帯季節内変動

熱帯大気中には,季節変化より短い30~60日程度の周期で対流活動活発域が強弱を繰り返す変動が見られ,これを熱帯季節内変動と呼んでいる。特に,赤道に沿って対流活動活発域が東進する現象をマッデンジュリアン振動と呼ぶ。熱帯季節内変動に伴う対流活動活発域からしばしば台風が発生する。

ノード

計算を実行する一つの基本単位。一つの基本ソフト(OS)が動作しているプロセッサとメモリの組を指し,1台の独立した計算機として振る舞う。

バリオン

素粒子であるクォーク三つから構成される複合粒子。陽子,中性子など。

肥大型心筋症

高血圧,心臓弁膜症などの明らかな原因がないにも関わらず,心臓の壁が局所的に厚くなる(肥大)疾患で心不全や若年の突然死の原因ともなる。家族性に発症することが多いため遺伝子解析が進められミオシンを中心としたサルコメア・タンパク質の遺伝子異常が発症と関係していることが同定されているが,心肥大や突然死に至るメカニズムについてはいまだ不明の点が多い。

標的タンパク質

疾病の原因に関わっているタンパク質で,創薬の対象(標的)となるタンパク質のこと。このタンパク質の働きを制限する(化合物を使ってその機能を阻害する)ことで疾病の治療が可能となる。

不揮発性メモリ

電源を供給しなくても記憶を保持できるメモリ。フラッシュメモリなどがある。

浮動小数点演算

コンピュータ内部で実数を表現するための形式である浮動小数点数を用いた演算を言う。一般に,整数演算より演算に時間がかかるため,整数演算とは区別して扱うことが多い。

分散メモリ,共有メモリ

ある計算ノードから別の計算ノードのメモリを直接参照することができないのが分散メモリであり,参照可能なのが共有メモリである。メモリを参照できない場合は,参照する前にデータ通信が必要となる。

分子動力学シミュレーション

原子一つ一つに対するニュートンの運動方程式を数値的に解いて,物質の構造や動きを研究するシミュレーションの方法。

マルチコアプロセッサ

一つの半導体チップの中に数個から十数個程度の演算コア(演算装置)が含まれているもの。各コアはそれぞれ異なる処理を行うことができる。現在は組み込み用からサーバ用までマルチコアプロセッサが広く使われている。

マルチスケール計算手法

ナノスケール,メゾスケール,マクロスケールを組み合わせた計算を行う手法。

マルチフェロイックス材料

電場をかけると磁石になったり,磁場をかけると電子の分布が変化する材料。

ミドルウェア

オペレーティングシステム(OS)とアプリケーションとの中間に位置し,アプリケーションとは別のプログラムとして動作するソフトウェア。

メッセージ通信

ある計算ノード(=>「ノード」参照)のデータを他の計算ノードに送るための機能。

メニーコアプロセッサ

1つの半導体チップの中に50個程度以上の演算コア(演算装置)が含まれているもの。各コアはそれぞれ異なる処理を行うことができる。マルチコアプロセッサ(=>「マルチコアプロセッサ」参照)に比べると,単純なコアを多数搭載することでより高い性能,電力効率を実現する。

メモリ階層

プログラムやデータはメモリ上に置かれ,プロセッサが次々に読み込んで処理をしていく。このとき,プロセッサコアに最も近い方から,最も高速なレジスタ,キャッシュメモリ(高速小容量から中低速大容量までの複数のレベルを組み合わせる),低速な主記憶(メインメモリ,いわゆる「メモリ」と言うとこの部分を指す)のような複数の階層から構成される。

メモリバンド幅

プロセッサとメモリとの間で単位時間当たりにやりとりできるデータ量。

ライブラリ

ソフトウェアを部品化し,ユーザがよく使う機能をまとめたもの。例えば行列演算など線形代数ライブラリとしてBLAS (Basic Linear Algebra Subprograms)などが広く使われている。

理論演算性能

プロセッサ中の演算器の総数と各演算器が単位時間あたりに処理できる演算数などを元に計算した理想的な条件での性能値。

B/F値

Byte per Flop値
システムが提供できる理論メモリバンド幅(=>「メモリバンド幅」参照)と理論浮動小数点演算性能(=>「浮動小数点演算」「理論演算性能」参照)の比。B/F値が小さいということは,演算能力に比べてプロセッサ-メモリ間のデータ転送能力が低いことを意味する。頻繁にメモリを参照しながら計算を進めるアプリケーションでは高いB/F値が要求される。

DSL

Domain Specific Language
特定分野のアプリケーションに向けたプログラミング言語の一種で,プログラム開発を容易にしたり,高い性能を得やすくするなどの利点がある。

GPU

Graphics Processing Unit
元々は画像表示の際に必要な様々な処理を行うために設計された半導体チップ。近年は汎用の計算にも使えるように工夫されている。汎用プロセッサに比べて理論性能が高く,コストパフォーマンス,電力効率に優れている。

High-Radixネットワーク

ノード(=>「ノード参照」)間の結合方式の一種で,ノードからトーラス結合(=>「トーラス結合」参照)などよりも多数の腕(リンク)を出す(= High-Radix)ことによって,相手ノードにたどり着くまでの距離(中継ノード数)を短くすることができる。Cray社AriesチップによるDragonflyネットワークがある。

HPC

High Performance Computing
大規模かつ非常に高い処理性能を要求する計算やデータ処理。

HPCC Award

HPC Challenge Award Competition
年1回,HPCシステムを様々な性能指標で評価し,上位のシステムを表彰する。Global HPL (Linpackの一種),Global Random Access(メモリのランダムアクセス),EP STREAM Triad(メモリバンド幅),Global FFT(高速フーリエ変換)の4部門がある。

Linpack

米国のテネシー大学のJ. Dongarra博士らによって開発された行列計算による連立一次方程式の解法プログラムで,スーパーコンピュータの世界的な順位を示すTOP500リスト(毎年6月と11月に発表)を作成するために使われている。

MPI

Message Passing Interface
分散メモリ型の計算で必要なメッセージ通信を行うための標準規格ライブラリ(=>「ライブラリ」参照)。

OpenACC

アクセラレータを持つシステムにおいてプログラム記述を容易にするための記法。OpenMPに似た指示文でアクセラレータへのプログラムを指定する。

OpenMP

マルチコアプロセッサなどにおいて並列プログラムを記述するための標準化された記法。指示文を使って簡易に並列化を指示できる。

PGAS言語

Partitioned Global Address Space言語
分散メモリ環境において,実際にはノード(=>「ノード」参照)ごとに異なるメモリを,システム全体で単一のメモリとして扱う記法を取り入れたプログラミング言語。

SIMD演算ユニット

Single Instruction Multiple Data
プロセッサに内蔵され,一つの命令で複数のデータを同時に処理する演算器からなる。同時処理数を増やすことで高い理論演算性能を得られ電力効率も高いが,有効に活用するには優れたコンパイラが必要になる。

SoC技術

System on a Chip技術
一つの半導体チップ上にシステムとして必要な一連の機能を集積する技術。

2.5次元実装

複数の半導体チップ(プロセッサとDRAMなど)をシリコンインターポーザ(=>「シリコンインターポーザ」参照)を使って一体化すること。3次元実装(=>「3次元実装」参照)と違い,チップ内を貫通する配線を作る必要がない。

3次元実装

半導体チップを複数(プロセッサとDRAMなど)積層すること。チップ内に上下層間を貫通する配線を作る必要がある。

お問合せ先

研究振興局情報課計算科学技術推進室

電話番号:03-6734-4275
メールアドレス:hpci-con@mext.go.jp

(研究振興局情報課計算科学技術推進室)