資料1 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループ報告書(案)

序章 はじめに

 スーパーコンピュータを用いたシミュレーションは,理論,実験に並ぶ科学技術の第3の手法として,科学技術の様々な分野において不可欠な研究開発基盤である。最近ではものづくりの現場において試作・試験・評価のプロセスをシミュレーションで代替することにより,効果的・効率的に新しい製品の開発を進めている。また,最近の計算機の能力の進展に伴い,様々な物質における原子や分子の挙動,電子の状態などを量子力学などの基本的な法則をベースとしたシミュレーションが可能となり,新しい材料の性質や薬候補物質の効果などを詳細に予測することが現実のものとなってきている。この際,シミュレーションをはじめとして,産業界等におけるスーパーコンピュータの利活用が進む中で,それによる新たなイノベーションの創出が期待されている。
 このような背景のもと,今後とも産業界におけるスーパーコンピュータの利活用を促進し,イノベーションの創出を加速していくためには,産業界が利用するアプリケーション・ソフトウェア(以下「アプリケーション」という。)の検討が欠かせない。産業界におけるスーパーコンピュータの利活用とは,スーパーコンピュータ上で実行するアプリケーションの利活用と言い換えても過言ではなく,したがって,アプリケーションのあり方を踏まえ,スーパーコンピュータの利用促進方策を検討する必要がある。このため,産業界が利用するアプリケーション(以下「産業利用アプリケーション」という。)の利用の現状及び将来の見通し並びにそれに対する開発計画などについて調査検討し,「今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ」の議論に反映するべく,当該ワーキンググループの下に「産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループ」(以下「サブWG」という。)が設置された。
 本サブWGでは,エクサスケール時代(2020年頃)に実用化されている,あるいは,実用化のための実証研究が実施されていることが想定される,市販ソフトウェア,国のプロジェクトで開発されたアプリケーション(以下「国プロ開発アプリケーション」という。),オープンソース・ソフトウェア(OSS)のそれぞれに関して,現状ではどのような使われ方をしているか,エクサスケール時代におけるそれらの使われ方に関するビジョン及びこれらのアプリケーションの開発者がどのような将来展望や開発計画を持っているかを調査し,アプリケーションが実用化されるまでの過程を見通した上で,支援のあり方を提言としてまとめた。

第1章 スーパーコンピュータの産業利用の位置付け

1.1 産業利用を推進する理由

 「序章 はじめに」で述べた背景の中で,国全体としてスーパーコンピュータの産業利用を積極的に推進する理由としては,以下のことが挙げられる。

  • スーパーコンピュータの高度な利用により,我が国の国際的な産業競争力の強化が期待される。
  • 産業界でのスーパーコンピュータ利用が進むことにより,スーパーコンピュータ本体事業,アプリケーション事業及び利用に関連する事業(HPCクラウドなど)が進展し,全体として,我が国のスーパーコンピューティング技術の競争力の強化に資することが期待される。
  • スーパーコンピュータの産業利用が進むことで将来的な社会的・科学的課題が明確になり,それをアカデミアへフィードバックをかけることによって,大学等における研究のさらなる進展が期待される。

1.2 リーディングマシンの産業利用

 産業界では,基本的にその時代の世界トップの計算機の能力の1/10から1/100程度の能力(リソース)を用いた計算に対する実証研究が行われ(「京」の産業利用を例にとると,1,000ノードから1万ノードを利用した実証研究),実証研究が成功した場合には,数年後の実用化を目指した実用化研究が実施される。あるアプリケーションが実用化された場合,企業の直接的な生産活動のためのアプリケーションの実行には,民間のHPCクラウドサービスや企業が自前で整備した計算機が使われることになる。なお,リーディングマシン(現時点では「京」を頂点としたHPCI資源がこれに類似するが,エクサスケール時代のリーディングマシンについては今後議論される。)は基本的には上記の実証研究に対して供されるべきものであるが,創薬スクリーニング等のバルクジョブを利用した実証研究においては,実証研究の過程において得られた成果が直ちに実用化されることも期待される。
 そのような実証研究と実用化の関係を踏まえると,実証されたアプリケーションが大幅な変更を加えなくても実用化されるためには,実証研究に供されるリーディングマシンのアーキテクチャは,実用化された際に使用される計算機のアーキテクチャと親和性の高いものであることが必須である。
 さらに,上記の構造を踏まえると,リーディングマシンの能力を向上させることが実証研究を高度化させることになり,それは数年後に実用化されるアプリケーションの高度化を通して産業競争力の強化につながることとなる。その意味では,我が国として世界トップレベルのリーディングマシンを開発・整備することは,アカデミアと産業界の両者にとって将来の競争を勝ち抜くための先行投資である。また,ハードウェアの開発だけで終わることなく,同時に,世界トップレベルのリーディングマシンを活用して,競争力に資する我が国発のアプリケーションを開発していくことが重要である。

第2章 スーパーコンピュータの産業利用の現状と将来展望

2.1 産業利用の現状

 現在,産業界では市販ソフトウェアが最も多く利用されているが,その理由は,これらのソフトウェアは検証が十分に行われており,また,プリ・ポスト処理等の機能やサポートが充実しているからである。スーパーコンピュータの利用形態としては, 64コア程度の並列計算によるバルクジョブ的な利用が多く,今後,並列規模は大きくなるが,この傾向は将来的にも続くものと思われる。
 一方,大規模並列化による,シミュレーションの高速化・高精度化やマルチフィジックス・マルチスケール現象のシミュレーションの実用化にも大きな期待が集まっている。しかし,市販ソフトウェアの大半は使用コア数に比例したライセンス数を要求するので,実際の使用が困難なことも多く,32コア程度の並列計算にとどまっており,マルチフィジックス・マルチスケール現象のシミュレーションもまだ実用的に利用されている状況にはない。そこで,このような大規模並列化によるシミュレーションの高度化・新展開の目的のためには,アカデミアの協力の下で,国プロ開発アプリケーションやオープンソース・ソフトウェア(以下「国プロアプリ等」という。)を利用して,1,000コアから数万コアを使用した大規模並列計算が実証研究として実施されている。このための計算機リソースとしては,京を頂点としたHPCI計算機資源の利用が進んでいる。
 上記のいずれの使い方をする場合も,企業内で実務としてシミュレーションを利用するためには,解析のためのデータ作成,解析の実行,結果の処理も含めてシミュレーションの利用に伴う時間を長くても1ケース数日内に抑える必要がある。
 オープンソース・ソフトウェアに関しては利用サービスなどのビジネスが展開され始めている一方で,国プロ開発ソフトウェアを実用化するためにはしばらく時間がかかるものと予想され,開発済みのソフトウェアの維持や改良,普及のための努力を継続する必要がある。
 また,産業界では実務で使用しているソフトウェアを乗り換える場合,検証計算の実施,所定の精度を確保するためのノウハウの蓄積,設計データからシミュレーションの入力データの作成,シミュレーション結果の後処理と設計への反映方法の検討などに関して相当なコストがかかる点にも留意する必要がある。

2.2 産業利用の将来展望

 2020年頃のエクサスケール時代には,現在の「京」の1/10程度の能力を有するスーパーコンピュータが産業界でも自社で設備整備されたり,あるいは,HPCクラウドサービスなどを利用したりして,実務に供されているものと予想される。この時代には,以下のような利用がされているものと予想される。

  • 現在と同じ規模の計算を多数(数千から数万)同時に実行して,設計最適解を探索するためのバルクジョブ的な利用が進展する。
  • 大規模並列計算により,高精度(高解像度メッシュ)計算や高速化された計算が実行されている。
  • 現状できていない全系を対象とした,マルチフィジックス・マルチスケール現象を解析するような高度なシミュレーションも実用化,あるいは,実証研究フェーズにある。

第3章 産業界で利用されるアプリケーションの将来展望

3.1 技術的な課題と将来動向

 産業界で利用されるアプリケーション・ソフトウェアは,市販ソフトウェア,国プロ開発アプリケーション,オープンソース・ソフトウェア及びインハウス・ソフトウェアに大別されるが,そのいずれにも共通する,エクサスケール時代に想定される技術的な課題を整理する。
 まず,エクサスケール時代のスーパーコンピュータは大規模並列化とともに,ノード(CPU)のメニーコア化が進み,相対的にメモリ性能は悪化すると考えられ,このためアプリケーションの実効性能を担保することがますます困難となる。特に,現在産業界で最も多く用いられている熱・流体・構造解析等の解析分野では,ピーク性能比で1%~5%程度の計算速度を実現することが限界と予想される。また,MD計算などのように,長時間のシミュレーション(膨大な数の時間積分計算)を行う要求もあるシミュレーションでは,大規模並列によって空間スケールを大きくすることはできても,時間スケールを大きく取ることは一般に難しい。さらに,現在使用されているアルゴリズムによっては基本的に大規模並列化に適していないものもあり,アプリケーションによっては大規模並列化に向かえないものも出てくるものと考えられる。すなわち,向き・不向きの観点から,アプリケーションごとにある程度の選択が行われていくことになる。
 エクサスケール時代のアプリケーションに対するニーズとしては,マルチフィジックスに対応したソフトウェアの整備や,設計パラメータの最適化に対する自動化といった事柄がある。また,シミュレーションで扱うデータ量が膨大化することから,プリ・ポスト処理機能,ユーザインタフェース,大規模データの可視化機能の整備への要望が更に強まるものと予想される。アプリケーションの研究開発状況としては,上記のニーズに対応するためのソルバーの改良が引き続き行われるとともに,コンピュータ支援設計(CAD)といったツールへの集約が進むものと考えられる。

3.2 市販ソフトウェアの将来展望

 現在,産業界で最も利用されているアプリケーションは市販ソフトウェアであり,多くの企業ユーザが,現在利用している市販ソフトウェアを大規模並列計算環境でも使用することを望んでいる。その理由として,国プロアプリ等に乗り換えるためのコストがかかることが挙げられる。
 シミュレーションの全体的な動向としては並列化が進むことは自明なので,市販ソフトウェアもそのような方向に向かい,エクサスケール時代には,数百コアから数千コアを利用した中規模な並列計算まではカバーすると予想されるが,前述のように,全ての市販ソフトウェアが大規模並列化に向いているわけではなく,また,大規模並列化に対応したライセンス形態なども定着している状況とは言えない。
 このように,現状との親和性という観点で市販ソフトウェアへの期待が大きいが,大規模並列化の問題やライセンスの問題,ソフトウェアの提供方法(バイナリで提供される場合が多い)の問題を解決する必要がある。一方で,ソフトウェアベンダはユーザのニーズに敏感であり,そのニーズに応えて上記問題が解決されることも期待されるが,そのスピードを上げるための取組が必要となる。

3.3 国プロ開発アプリケーションの将来展望

 大規模並列計算を実行する場合や新規機能を利用する必要がある場合,それに対応していない市販ソフトウェアの利用は考えにくいため,アカデミアの協力の下で,国プロアプリ等が使われる。しかし,これまでに蓄積された知見を簡単には捨てることができないため,業務に浸透したソフトウェアを変えることは難しい。例えば,数倍速度が速くなった程度では,乗り換えないとの声がある。
 一方で,市販ソフトウェアは直近の産業界のニーズを重視して開発を進める傾向にあるのに対して,国プロ開発アプリケーションはその時代のリーディングマシンへの対応などといった研究課題への挑戦が可能であり,当該リーディングマシンレベルのスペックを活用する市販ソフトウェア開発の機運が高まらない間は,国プロ開発アプリケーションの担う役割は大きい。また,国プロ開発アプリケーションは,得られた成果の公表には著作権者記載が求められるなどの条件はあるが,自由なライセンス形式をとっており,市販化につなげることができるなど,他のプロジェクトや企業との共同研究に利用が可能になっている。これらに加えて,先端的なスーパーコンピュータでアプリケーションが効率的に実行可能であるかどうかの見極めも,国のプロジェクトに求められている役割であると考えられる。
 市販ソフトウェアは堅ろう性の向上や多機能化,高速化など,ユーザのニーズに応じた改良をして産業界の信頼を獲得しているため,国プロ開発アプリケーションを普及していくためには,市販ソフトウェアと差別化しつつ先導するべく,マルチフィジックス化などの複数ソフトウェアの統合や,より現実に近い新規な物理モデルの導入など,市販ソフトウェアにはない画期的な機能,先導的な機能を優先的に研究開発し,独自性をもたせることが必須となる。
 研究課題になるとはいえ,国プロ開発アプリケーションをその時代のリーディングマシンに移植することは開発者にとっても大変な労力を要することになるので,ハードウェアに詳しい専門的な技術者のサポートが必要となる。さらに,開発者へのサポートだけでなく,国プロ開発アプリケーションをはじめとしたオープンソースのソフトウェアの場合,普及のために,ソフトウェアを使うユーザの技術向上のためのサポートも必要となる。

3.4 オープンソース・ソフトウェアの将来展望

 オープンソース・ソフトウェアは,ソースコードを公開し,営利・非営利の区別なく自由な利用,及び自由な再配付や派生物の作成を認めているソフトウェアである。このような形態をとることで,多数の有志が開発,検証,サポートを行うことで透明性の保証,開発や知識共有のスピードアップがはかれるという開発側の利点がある。このこととともに,目的に合わせたカスタマイズ(コードの最適化・大規模並列化・大規模化,独自の機能拡張や設計・解析システムへの組み込みなど)が自由であり,多くの場合,無償での利用が可能という利用者への利点もある。これらのため,産業界でも市販ソフトウェアの代替としてオープンソース・ソフトウェアの利用が期待されている。一方で,ユーザによる開発や検証,サポートが加速すれば,オープンソース・ソフトウェアの強みとなりうるが,市販ソフトウェアと比較したときのサポート不足,堅ろう性の低さなどによる導入・トレーニング・検証コストの高さもあり,産業界にとってまだ容易に乗換えができるものとはなっていないのが現状である。また,独自改良版として商品化されているアプリケーションの中には,元のオープンソース・ソフトウェアのブランチとなってしまい,ユーザによる開発や検証,サポートが行われなくなってしまうものがある。
 今後,ハードウェアのアーキテクチャが発展していく中で,それを活用できるソフトウェアの開発・利用を続けるには,ソースが公開されたソフトウェアの発展が求められることから,国プロ開発アプリケーションと同様に,オープンソース・ソフトウェアへの期待感は高い。その一方で,オープンソース・ソフトウェアは,成果をオープンにしていくことが基本姿勢として求められることや,ソフトウェア産業の国際的な競争力を育てるのは難しいことなどの課題があるとともに,開発者や有志による自由なカスタマイズが特徴であることから,その開発や普及を国が主導することは難しいことに留意が必要である。

第4章 アプリケーションの観点からのスーパーコンピュータ利用の推進

 第1章から第3章までの議論を踏まえ,エクサスケール時代に向けて産業界におけるスーパーコンピュータの利活用を推進するため,産業利用アプリケーションの開発はどうあるべきか,さらに,そのために国等は何をすべきかを検討した。その際,単にアプリケーション開発に関する議論だけではなく,アプリケーションの移植の考え方や市販ソフトウェアのライセンス形態等についても検討した。以下に検討結果をまとめる。

4.1 市販ソフトウェアと国プロアプリ等との関係

 市販ソフトウェアはユーザニーズに基づくベンダの経営・開発戦略に従って改良・高度化され,国プロ開発アプリケーションは政策的な要求(例えば大規模並列化や産業利用促進)に従って改良・高度化され,オープンソース・ソフトウェアは開発者やユーザコミュニティの意向に従って改良・高度化されていくことが基本である。その中で,特に国プロ開発アプリケーションについては,市販化される,市販ソフトウェアに取り込まれる,あるいはオープンソース・ソフトウェアに移行することなどによって,ある時点以降は自立化していくものもある。
 以上のような発展の状況を踏まえ,市販ソフトウェアと国プロアプリ等のターゲットを使われるフェーズで整理すると,

  • 実用化後や実用化の手前のフェーズでは主に市販ソフトウェアや一部の普及した国プロアプリ等が使われる。
  • 実証研究のフェーズでは主に国プロアプリ等が使われ,このフェーズで産業界に受け入れられて普及すると,実用フェーズでも使われる。

こととなる。なお,実証研究より以前のフェーズでは,産学連携のプロジェクト(基礎基盤的な研究開発)等において,基本的には数年後の実証を目指したより先進的な国プロアプリ等が開発される。
 また,同ターゲットをエクサスケール時代において各アプリケーションがカバーする並列コア数で整理すると,

  • 数百コアから数千コアを利用した中規模な並列計算までは主に市販ソフトウェアがカバーする。
  • 数万コア以上の大規模並列計算や連成解析などは主に国プロアプリ等がカバーする。

こととなる。
 すなわち,市販ソフトウェアは直近の産業界のニーズ(実用フェーズのニーズ)を重視して開発を進めるため,国プロ開発アプリケーションは,市販アプリケーションを先導する観点も含め,その時代のトップレベルのスーパーコンピュータ,すなわち数年後の産業界において実用に供される規模のスーパーコンピュータを利用した実証研究に資するアプリケーションとするべきである。
 そのため,国は,上記の役割分担を踏まえ,画期的・先導的なアプリケーションを開発していく必要がある。
 以下,上記のようなフェーズにある各アプリケーションに対して,国等がどのような支援をすべきかを議論した結果をまとめる。

4.2 市販ソフトウェアに対する支援

 市販のソフトウェアは既に検証も十分に行われており,産業界においてもその利用のための豊富なノウハウが蓄積されているため,市販ソフトウェアを高並列環境で利用したいというニーズは大きく,この傾向は今後ますます強まることが予想される。しかしながら,現状では市販のソフトウェアの開発者やベンダが大規模並列環境にソフトウェアを移植したり,チューニングしたりする環境が十分に整っているとは言いがたい。
 そのため,「京」の産業利用枠の確保及び利用支援を引き続き確実に実施するとともに,新たなハードウェアの開発に当たっては,国やハードウェアベンダは,アプリケーションの大規模並列化・大規模化の実現やその新規のハードウェアへの移植作業の負担軽減のための機会として,テストベッド(アプリケーションの性能測定や移植ができる環境)を設け,希望するアプリケーション開発者やそのアプリケーションを利用するユーザがそれを利用できる環境を整える必要がある。また,アプリケーションの高度化を目指して移植を希望する者に対しては,国やベンダが協力した技術的支援体制も必要である。
 上記のテストベッド環境はリーディングマシンを含むHPCIシステムに構築することが考えられるが,高並列環境に移植された市販のアプリケーションが実際に産業利用される際には,第1章で述べたとおり,民間のHPCクラウドサービスや企業が独自に整備した計算機が利用されることになるため, HPCIシステムとこれらの計算機とは同一あるいは類似のアーキテクチャでなければ市販ソフトウェアの高並列化の大きな障害となる。このことは,スーパーコンピュータの産業利用を推進するための,HPCIシステムの構築の際の重要な留意事項である。
 一方,上記の支援等により市販ソフトウェアの高並列化が進展したとしても,大規模並列化に対応したライセンス形態が定着している状況とはいえず,例えば百倍のノード数を利用する際にライセンス料が百倍必要になるとすると,リーディングマシンによる大規模並列化された実証研究では,ばく大なライセンス料が必要になることが懸念される。しかし,ソフトウェアのライセンス料は,開発コスト等を回収するための原資であり,また,市場原理に基づいて決定されるものなので,開発コストを軽減することや大規模並列化アプリケーションの市場を拡大することにより,中長期的にライセンス料の問題は解決されることが期待される。

4.3 国プロアプリ等の普及促進

 産業界では国プロアプリ等に対する期待が大きい一方で,その利用が進まない理由としては,産業界においては伝統的な市販ソフトウェアの利用が大部分を占めており,蓄積されているデータも当該ソフトウェアを利用して作成されたものなので,国プロアプリ等を利用するには多大な乗換えコストが発生することや,国プロアプリ等の中には必ずしもユーザの要望や使いやすさを意識していないものもあるので,乗換えコストばかりが際立ってしまうことが考えられる。
 しかしながら,国プロアプリ等については,市販ソフトウェアとの役割分担の点や市販ソフトウェアにはない画期的・先導的な機能を有する点で,スーパーコンピュータの産業利用の促進及び高度化には不可欠なものなので,開発までで終わることなく,責任を持って普及させていくべきである。それにより,産業界の研究開発を大規模並列化へと誘導することとなり,ひいては将来的な市販ソフトウェアの高度化にも資することとなる。
 そのため,国は,国プロ開発アプリケーションについて,画期的・先導的な機能を重視して計画的な開発を行うとともに,使いやすくするための機能の導入,ユーザサポート体制の構築,継続的な維持・管理などの利用支援を充実させることで,市販ソフトウェアとの住み分けを意識しながら,その普及を加速する必要がある。その際,国プロ開発アプリケーションの商用化も含めて考えていく必要がある。
 また,オープンソース・ソフトウェアについても,画期的・先導的な機能を有するものに対しては,国やユーザ等が国プロ開発アプリケーションと同様の支援を行うことを検討する必要がある。
 計画的な開発や利用支援の充実を図るに際しては,ユーザニーズを把握するためにユーザと開発者が情報共有できる場を設けるとともに,開発者のみによるサポートには限界があるので,それを補完するためにユーザ同士で情報交換できる場を設けることが望まれる。そのため,既に,一部の国プロアプリ等でもユーザコミュニティが形成されているが,産業利用の更なる促進のためには,そのほかの国プロアプリ等についても,例えば開発者を主体として,ユーザを含めたコミュニティを形成し,両者が一体となってその充実を図ることが重要である。また、そのようなコミュニティの活動を支援する方策について検討する必要がある。

4.4 産業利用アプリケーションの中長期的高度化

 産業界では,基本的にその時代の世界トップの計算機の能力の1/10から1/100程度の能力(リソース)を用いた計算に対する実証研究が行われ,数年後の実用化を目指すことは第1章で述べたが,その際,同時代に,数年後の実証研究に利用されるアプリケーションに資する基礎基盤的な研究開発が,当該計算機の数分の1程度の能力(リソース)を用いて進められていることも重要である。
 すなわち,産業利用アプリケーションの中長期的な発展のためには,実証研究フェーズ以降にあるアプリケーションだけに着目するのではなく,プリ・ポスト処理も含めて,産業上の課題をシミュレーションによって解決することに資する,その時代の世界トップの計算機を活用した基礎基盤的な研究開発にも着目し,当該研究開発の成果が普及されることで次世代の実証研究に利用されるアプリケーションが質的に高度化される,という流れを創り出す取組を行うべきである。
 そのため,国は,HPCI戦略プログラムやいわゆるポスト「京」に向けたアプリケーション開発プロジェクト等の基礎基盤的な研究開発を推進し,その成果を普及するとともに,画期的・先導的な機能を持続的に生み出すため,アプリケーションの基礎となる理論(モデル,解法)を精緻化する研究や人材育成を支援していく必要がある。

第5章 おわりに

 スーパーコンピュータの産業利用は,イノベーション創出等を通じた我が国の産業競争力の強化や,計算科学技術の成果の社会への還元などの観点から重要であり,その利用の促進を図ることが重要である。
 そのため,本サブWGでは,これまでにない取組として,産業利用アプリケーションに注目し,アプリケーションの観点からスーパーコンピュータの利用促進を調査・検討した。その中で,産業利用の状況と現時点での将来展望を正確に把握するため,産業利用の支援組織,アプリケーションユーザとしての産業界及び産学連携研究者並びにアプリケーションプロバイダとしてのハードウェアベンダ,市販・OSSソフトウェアベンダ及び国プロ開発アプリケーションの開発者からヒアリングを行い,その結果,第4章に示した6つの提言を含む報告書を取りまとめた。
 この報告書に関しては,国に対する提言を中心としつつベンダやユーザに対する問題提起も含まれており,また,提言4.3や提言4.4のように直ちに実行できること,提言4.2のようにいわゆるポスト「京」の開発に当たって今後重要になること,提言4.6のように検討が必要なことが複層的に含まれている。
 国(国プロアプリの開発者を含む。)及びベンダ並びにユーザは,この報告書を踏まえ,実証研究と実用化,さらには実証研究の前段階の基礎基盤的研究開発という連続的なフェーズと,技術的・金銭的な乗換えコスト,利用支援の不足,ライセンス料等という市販・国プロ・OSSごとの隘路を意識し,各々が適切に役割分担することで,全員野球で,我が国全体の産業利用アプリケーションを高度化し,そしてスーパーコンピュータの産業利用を促進していく必要がある。
 本サブWG及びこの報告書が,スーパーコンピュータの産業利用を促進するための一助になれば幸いである。

参考資料 

参考1 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループの設置について

HPCI計画推進委員会
今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ
産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループの設置について

平成25年7月22日
検討WG決定

1. 趣旨
 今後とも産業界におけるスーパーコンピュータの活用を促進し,イノベーションの創出につなげていくためには,産業界が利用するアプリケーション・ソフトウェアの在り方を踏まえ,その利用促進方策を調査検討する必要がある。
 このため,産業利用アプリケーションの開発・利用の現状及び将来の見通し等について調査検討し,今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループの議論に反映するべく,当該ワーキンググループの下に産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループを設置する。 

2. 調査検討事項
 ・産業界において利用されているアプリケーションの現状及び見通し
 ・今後の産業利用アプリケーションの開発・利用のあり方
 ・ポスト「京」時代における産業界のスーパーコンピュータ利用

3. 設置期間
 平成25年7月22日から調査検討の終了までとする。

参考2 委員一覧

HPCI計画推進委員会
今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググル―プ
産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループ 

 

秋山 泰

東京工業大学大学院情報理工学研究科教授

 

天野吉和

株式会社富士通システムズ・ウエスト取締役会長

 

伊藤 聡

理化学研究所計算科学研究機構コーディネーター

 

奥野恭史

京都大学大学院薬学研究科教授

 

笠 俊司

株式会社IHI技術開発本部技術企画グループ部長/スーパーコンピューティング技術産業応用協議会

主査

加藤千幸

東京大学生産技術研究所教授

 

塩原紀行

高度情報科学技術研究機構神戸センター産業利用推進室長

 

善甫康成

法政大学情報科学部教授

 

常行真司

東京大学大学院理学系研究科・物性研究所教授

 

吉村 忍

東京大学工学系研究科教授

 

渡邉國彦

独立行政法人海洋研究開発機構地球シミュレータセンター長

(50音順)

参考3 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループ検討経緯

産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループ検討経緯

第1回 8月21日(水曜日)17時~19時

  • 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループの今後の進め方について
  • 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループの共通認識の確認
  • 産業界におけるアプリケーションの利用の現状についてのヒアリング

第2回 9月3日(火曜日)10時~12時

  • 前回の議論について
  • 産業界におけるスーパーコンピュータの将来的な利用方法に関するヒアリング
  • シミュレーションの産業利用に関する調査報告の紹介

第3回 9月17日(火曜日)17時~19時

  • 前回までの議論について
  • 市販ソフトウェアの産業利用に対する将来展望についてヒアリング
  • 国のプロジェクトで開発されたアプリケーションの実証・実用化についてヒアリング
  • オープンソース・ソフトウェアの産業利用についてヒアリング

第4回 9月30日(月曜日)14時30分~16時30分

  • 国やソフトウェアベンダの支援のあり方について
  • 報告書取りまとめ

今後のHPCI計画推進のあり方に関する検討ワーキンググループ(第21回)9月30日(月曜日)17時~19時

  • 産業利用アプリケーション検討サブワーキンググループからの報告

お問合せ先

研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室

電話番号:03-6734-4275
メールアドレス:hpci-con@mext.go.jp

(研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室)