平成24年5月○日
<目次>
1.はじめに
2.東北メディカル・メガバンク計画全体について
(1)事業計画について
(2)推進体制について
3.各論
(1)健康調査、コホート調査、バイオバンク構築について
ア 健康調査、コホート調査
イ 生命倫理、インフォームドコンセント
ウ 住民への広報、リクルートに当たっての留意点
エ 生体試料・生体情報の取り扱い
(2)ゲノム情報・診療情報等の集約、解析研究
ア 解析研究の手法
イ 解析結果の協力者への回付
ウ 解析研究から得られた成果の共有
(3)本事業に携わる人材
ア 医師の育成、循環型医師派遣
イ コメディカルスタッフ、バイオインフォマティシャンの育成
(4)産学連携、知的財産
4.将来的に検討が必要な課題について
参考資料(略)
「東北メディカル・メガバンク計画」は、東日本大震災で未曾有の被害を受けた被災地において、総務省、厚生労働省の支援によって構築される地域医療情報連携基盤と密接に連携しながら、被災地の方々の健康・診療・ゲノム等の情報を生体試料と関連させたバイオバンクを構築し、創薬研究や個別化医療の基盤を形成、将来的に得られる成果を被災地の住民の方々に還元することを目指す事業であり、平成23年6月の東日本大震災復興構想会議等において、村井宮城県知事から政府に対して要望があったものである。その結果、被災地の復興に必要な事業として「東日本大震災からの復興の基本方針」(平成23年7月29日東日本大震災復興対策本部)、「日本再生の基本戦略」(平成23年12月24日閣議決定)に掲げられた。
本事業を開始するにあたり、東北大学、岩手医科大学が実施する被災地域を対象とした15万人規模の住民ゲノムコホート、ゲノム情報等の解析の実施計画案について検討し、文部科学省や実施機関等へ提言を行うことを目的として、文部科学省に「東北メディカル・メガバンク計画検討会」を設置した。本検討会は、平成24年4月、5月に計5回開催され、東北大学、岩手医科大学等の実施主体の実施計画案についてヒアリングした後、その内容について検討、評価を行い、今後実施計画の更なる具体化を進める上で今後留意すべき事項について、提言としてとりまとめた。
また、解析研究等の成果として実現する個々人の特質に対応した個別化医療等の次世代医療の効果は、東北地方に留まらず、我が国全体に波及することが期待される。そのため、文部科学省をはじめとする関係者が、我が国としての次世代医療体制を構築するために研究開発を推進していく上で、今後検討を継続するべき事項についても、『将来的な検討が必要な課題』として、併せて記載している。
今般、未曾有の大震災により、我が国は甚大な被害を受けるとともに、数多くの尊い人命が失われ、未だ仮設住宅での避難生活を余儀なくされている方々もいるという痛ましい経験をすることになった。本事業では、被災地への医療関係人材の派遣、健康調査の結果の回付による健康管理への貢献により、被災地の復興に貢献することが喫緊の課題である。また、地震・津波により甚大な災害を受けた地域を対象とし、その影響を本計画のごとく大規模に追跡するコホート調査は世界でも類を見ない取組であり、特色あるプラットフォームが他地域に先駆けて整備されることで、我が国における将来的な次世代医療の実現や新産業創出のために貢献しうるものである。この他にも、本事業の実施を通じて、次世代医療の実現に向けた倫理的な問題の検討、ゲノムメディカルコーディネーターやバイオインフォマティシャン等の人材育成等の副次的効果も期待される。
東北大学、岩手医科大学等の実施機関や文部科学省は、本事業の持つ意義と担うべき大きな役割を自覚しつつ、本提言の内容を活かしながら我が国の叡智を結集して実施計画を具体化し、未曾有の災害を経験された被災地の方々に最大限の敬意と配慮を払って着実に実行することによって、本事業の最大の目的である被災地の復興と医療イノベーションを牽引する確固たる基盤形成の実現に貢献することを、強く期待する。
【本事業計画の概要】 本事業では、被災地に医療関係人材を派遣して地域医療の復興に貢献するとともに、15万人規模の地域住民コホートと三世代コホートを形成し、そこで得られる生体試料、健康情報、診療情報等を収集してバイオバンクを構築する。また、ゲノム情報、診療情報等を解析することで、個別化医療等の次世代医療に結びつく成果を創出する。さらに、得られた生体試料や解析成果を匿名化等の適切な処理を施した上で外部に提供することや、コホート調査や解析研究を行うための多様な人材を育成することも本事業の実施内容に含まれる。
被災地におけるコホート調査は、宮城県内を東北大学が、岩手県内を岩手医科大学が実施主体となって行うが、得られた生体試料は東北大学内のバイオバンクに集約される。解析研究は、それぞれの機関で役割分担した上で推進する。 |
本事業は様々な困難が予想されるが、その成果は被災地の復興や次世代医療の実現に向けて大きく貢献するものであり、東北大学を中心とした体制の元、全力で取り組むことを期待する。その他、事業計画を策定するに当たって留意すべき点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の推進体制の概要】 東北大学においては、「東北メディカル・メガバンク機構」(平成24年2月設置)が事業全体の運営を行う。また、事業に関するアクションプランを作成し、本事業を推進する段階において、課題ごとに有識者を集めたワーキンググループを立ち上げて推進方策を検討するとともに、同機構と独立して外部評価委員会、倫理委員会を設置する。岩手医科大学においては、「いわて東北メディカル・メガバンク機構(仮称)」を今後設置し、岩手県内の事業の運営を行う。 |
本事業は、大規模かつ長期に渡るものであるため、推進体制については、長期的な視点を含め、しっかりとした体制を構築すべきである。また、先行して実施されている様々なコホート調査やゲノム解析事業の知見を活用するために、課題ごとに有識者を集めたワーキンググループの設置は望ましいことと考えられる。その他、推進体制を構築するに当たって留意すべき点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 地域住民コホートについては、実施機関から医師、ゲノムメディカルリサーチコーディネーター等を地域医療機関、保健所、支援センター等に派遣し、対象となる地方自治体で実施する特定健診と連動した形、あるいはボランティアベースで協力者をリクルートし、詳細な健診、採血等を実施する。また、三世代コホートについては、産科医療機関を受診した妊婦に対してリクルートを実施し、妊婦健診を活用して採血、健康情報の収集等を行う。父親、祖父母については、産科医療機関を訪問した際にリクルートや採血を行い、詳細な健診は対象地域の支援センターで別途行う。なお、健診の結果は協力者に回付し、生活指導、こころのケア、受診勧奨を併せて行うことで健康増進に貢献する。 |
7万人規模の三世代コホートを含む15万人規模の前向きゲノムコホートは類を見ない取組であり、世界でも最先端のバイオバンクの構築が期待できることから、着実な実行が求められる。その一方で、コホート調査を今後実施していくために、まずは地域医療の安定が必須となることや、コホート調査の実施には地域住民や地方自治体の理解が必要不可欠であり、特に本事業は被災地を対象地域としていることに十分留意しなければならない。そういった意味で、健康調査の結果が協力者の方に回付され、また健康管理に関する様々な取組が行われることは評価できる。このような観点から、健康調査、コホート調査を実施する際に留意すべき点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 インフォームドコンセントについては、将来想定され得る提供や研究を含む同意取得、個別化医療等も含みうるゲノム情報等の利用に対する同意取得、医療情報ネットワークを通じた診療情報収集に対する同意取得等の考え方について、先行して実施されているコホートの事例を踏まえて早急に暫定版を作成し、パイロットスタディーを通じて見直した後、確定する。また、個人情報、生体試料の保存方法、対応表の管理、遺伝情報の開示等については、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の内容も踏まえつつ、先行して実施されているコホート事業の例も参考にしながら具体化する。 |
最終的なインフォームドコンセントは、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針
」の内容を踏まえつつ、パイロットスタディーの結果も踏まえて具体化される予定だが、本格的な調査が開始された後にインフォームドコンセントを変更することは困難である一方、収集された生体試料や各種情報を用いた研究内容やその実施機関等についてはインフォームドコンセントの内容に大きく左右されるため、本格的なインフォームドコンセントについては、先行しているコホート調査の事例を参考にしつつ、十分に検討された上で作成されるべきである。このような観点から、生命倫理、インフォームドコンセントに関して留意すべき点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 本事業の目的、意義、成果等を対象地域の住民の方に幅広く理解いただくため、サイエンスコミュニケーション能力を持つ人材を活用して、対象地域においてシンポジウム・説明会等の実施、各種印刷物の発行・頒布、映像の作成・供覧、ウェブサイトの構築と運用、メディアと協力した周知活動、展示会等への出展、各種ソーシャルメディアの運用等を行う。また、地方自治体や地方医療機関等とも連携し、イベントにも相乗りや出展等、一体的な活動を行う。 |
本事業を実施するに当たって、対象地域の住民の方に本事業の持つ様々な意義を理解いただくことは重要な意味を持つため、実施機関は、対象地域への広報活動に積極的に取り組むべきである。そうした観点から、実施機関が予定している地方自治体や地方医療機関等との連携、サイエンスコミュニケーション能力を持つ人材の活用は評価できる。一方、現場で住民の方に説明し、同意取得を行う現場の医療系スタッフへの教育についても同様に重要であり、取組内容を早急に具体化することが求められる。このような観点から、住民への広報、リクルートを行うに当たっての留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 東北大学のバイオバンクに収集された生体試料と関連情報は、試料分配審査委員会で研究計画等の審査を経て、匿名化等の適切な処理を経た上で原則として提供される。試料分配審査委員会は実施機関を中心として有識者によって構成される。また、岩手医科大学にバックアップ施設を設置することも検討する。 |
本事業で収集される生体試料・生体情報については、被災地の復興につながる研究開発を推進する上で貴重な資源となるのみならず、我が国の次世代医療を目指す研究を推進する上で基盤的な役割を果たすことも期待されているため、実施機関が予定している公平な審査を経た上で分配される体制は望ましいと考えられる。その他、生体試料、生体情報の取り扱いに関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 東北大学においては、震災の影響を受けて今後被災地で増加することが懸念され、発生頻度の高いPTSD、うつ病等の精神疾患、感染症等について、健康調査の結果やゲノム情報等の解析を行い、それらの疾患に関連する環境要因や遺伝要因を探索するとともに、発症の寄与度を決定する。また、数千人の全ゲノムを解読し、遺伝子多型リストを作成して、日本人にどのような頻度でどのような遺伝子多型が存在するかを明らかにした上で他の研究機関と共有することで、疾患関連遺伝子の抽出に対する対象配列とすることが可能となり、我が国における次世代医療を実現する研究を推進するための基盤を構築する。さらに、子どもへの健康影響が大きく発生頻度の高いアトピー性皮膚炎、ADHD、喘息、自閉症の発症が予測される参加者を中心としたゲノム情報等の解析を行い、それらの疾患に関連する遺伝子を探索するとともに、曝露された環境要因も併せて解析することで、それらの発症への寄与度を決定していく。さらに、成長に伴って遺伝子発現が変化することを考慮に入れ、小児疾患を対象に、疾患関連遺伝子、環境要因との相互作用によって惹き起こされる血清中に分泌されるタンパク質等の変化をゲノム、トランスクリプトームと併せて解析することで、診断マーカーの特定等を行い、次世代医療の実現に資する成果を創出することを目指す。 |
本事業は、被災地を対象とした大規模な三世代コホートを含む前向きゲノムコホートであり、今まで実施されてきたコホートにはない特徴をいくつも含んでいるため、それらを最大限に活かせるような戦略をもって解析研究を実施していくことが望まれる。その中でも、実施機関が予定している被災地特有の疾患や小児期に発症する疾患に関するゲノム情報等の大規模な解析は今まであまり取り組まれてこなかったテーマであり、ゲノム情報等を追跡して得られる診療情報、健康情報と併せて解析されることで何らかの成果が創出されることが期待できる。一方で、我が国では様々なゲノム情報等の解析研究が実施されており、これらの先行して実施されている事例と連携しながら推進していくことが求められる。このような観点から、解析研究の手法に関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 ゲノム情報等の解析結果の協力者への回付については、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の改正内容も踏まえつつ、先行して実施されているコホート事業の例も参考にしながら具体化する。 |
ゲノム情報に関する解析結果の協力者への回付については、疾患の兆候を検知した場合に協力者に情報提供できるというメリットがある反面、協力者の生命、身体、財産その他の権利利益を害する恐れがある場合も想定される。そのため、本格的な解析研究を実施する前に、専門家によって慎重に検討される必要がある。このような観点から、解析結果の協力者への回付に関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 遺伝子解析の結果得られたデータについては、一部はバイオバンクに収納し、生体試料と同様に扱われる。ゲノムの解析から得られた基盤的情報等については、公開に関するルールを作成した上でその公開を検討する。生体試料・データのカタログと集団として解析した結果については、原則として広く公開する。 |
遺伝子解析の結果得られるデータについては、被災地の復興につながる研究開発を推進する上で貴重な資源となるのみならず、我が国の次世代医療を目指す研究を推進する上で基盤的な役割を果たすことも期待されているため、実施機関が予定しているように、匿名化等の適切な処理を経た上で公開されることが望ましいと考えられる。このような観点から、解析研究から得られた成果に関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 医師は、全国の大学等に様々なネットワークを通じて支援を依頼するとともに、全国規模の公募で確保する。東北大学から対象地域に派遣される医師は、例えば1年のうち4ヶ月は地域においてリクルート活動を行うとともに、医療者として地域医療機関を支援し、残りの8ヶ月を東北大学で研究や教育を行う(循環型医師派遣)。対象地域の医療機関にアンケートを実施し、地域のニーズに基づいた配置を行う。 |
被災地域である東北地方の沿岸部は、被災前から医師不足が大きな課題となっていた地域であり、循環型医師派遣によってこれらの地域に短期的に医師が派遣されることは地域医療支援の観点から評価できる。一方で、地域医療を支える医師が長期的に当該地域に定着することが将来の医療復興には必要不可欠であるため、将来的な医師の育成に関する取組についても求められる。このような観点から、医師の育成、循環型医師派遣に関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 看護師、ゲノムメディカルリサーチコーディネーター等については、採用後、必要な教育、研修を行った後、地域医療の支援、コホート調査等に従事する。平成24年度より、東北大学に「臨床研究支援者育成コース」を開設し、ゲノムリサーチコーディネーター等の人材の育成を行う。将来的には公衆衛生大学院を開設し、遺伝カウンセラー等の養成を行うことを目指す。さらに、「オープン教育センター」を開設し、外部に開放した形での短期間の教育・研修も実施することで、本事業で獲得された知識、技術を広く共有することを目指す。 |
本事業には、医師の他にも、看護師、保健師、ゲノムリサーチコーディネーター、サイエンスコミュニケーター、バイオインフォマティシャン等、多様な人材の参画が必要となる。特に、ゲノムリサーチコーディネーターやバイオインフォマティシャンは、我が国全体から見ても不足しており、本事業を通じた育成が不可欠となることは明白であるため、実施機関が主体的に取り組んでいくことが求められる。このような観点から、コメディカルスタッフ、バイオインフォマティシャンの育成に関する留意点として、以下のような事項が挙げられる。
【実施機関の取組内容の概要】 インフォームドコンセントについては、産業界の利用も含みうるゲノム情報等の利用に対する同意取得の考え方について、先行コホートの事例を踏まえて早急に暫定版を作成し、パイロットスタディーを通じて見直した後、確定する。また、知的財産の帰属等については、先行コホート事業の例も参考にしながら具体化する。 |
本事業のようなバイオバンク事業を長期的に継続していくためには、将来的な民間企業の参画が想定されるため、産業界の利用も含みうる方向でインフォームドコンセントを検討していくことは望ましいと考えられる。今後実施される検討の中で、産学連携、知的財産について留意すべき点として以下のような事項が挙げられる。
本事業は、我が国で最大規模の住民(前向き)コホートとなることが想定される。住民コホートと疾患コホートでは、後者では疾患関連遺伝子を効率的に同定出来る一方、前者では疾患発症前の詳細な健康情報を併せて解析することが可能であるなど、それぞれの特徴と長所が存在する。将来的に個別化医療等の次世代医療を実現するためには、疾患コホートによって疾患関連遺伝子候補を同定し、次に住民コホートでその疾患関連遺伝子候補と環境要因の関係を検証するという、それぞれの特徴を活かした役割分担に基づいて両者が推進されるような我が国全体のコホート研究のグランドデザインが必要となる。また、そのようなグランドデザインを描いていくためにも、すでに様々な機関で実施されているコホート調査、ゲノム等解析研究の連携方策等のあり方をオールジャパンで議論し、方向性を決める場を設定することが必要と考えられる。さらに、本事業も含め、今後様々な事業で得られることが想定される低頻度変異の解析研究から、いかにして個別化医療等の次世代医療を実現していくかについて、その道筋を明確にしていく必要がある。
本事業を含めた我が国全体のコホート調査、ゲノム等解析研究の成果を集約できる体制を構築することで、限りある資源を有効に活用しつつ次世代医療の実現につなげていくためにも、これらの事項については、将来的に検討が必要な課題として引き続き文部科学省をはじめとする政府関係者によって検討されることが望まれる。
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