(資料3-1)岩手医科大学提出資料(実施計画骨子案)

いわて「東北メディカル・メガバンク」 実施計画骨子案

平成24年4月25日

1.概要

(1)本計画の実施に当たっての前提と本計画の目的
  東北大学作成の全体計画骨子案と同じ
(2)事業計画全体の要点
  東北大学作成の全体計画骨子案と同じ
(3)岩手医科大学の推進体制
  岩手医科大学内に『いわて「東北メディカル・メガバンク」機構(仮称)』を立ち上げ、岩手県内の事業の運営を行う。事業全体の運営は、東北大学の「東北メディカル・メガバンク機構」と共同で執り行う。

2.地域医療支援とコホート調査の実施

(1)目的と概要

 「東日本大震災・大津波」に被災した岩手県の死者・行方不明者は6,035人で、沿岸地域の人口の2.5%に及ぶ。平成24年1月現在、沿岸部の人口は、25万9千人であり、1万4千人(5%)が減少し、平成23年3月以来、累計で5,643人の転出超過となっている。また3月現在、医療機関(病院、診療所、歯科診療所で自院を再開している施設、新規施設及び被害のない施設の合計)は202か所で、被災前(平成23年3月)に比し87.8%に減少している。また、調剤薬局(自院で再開している施設、新規施設及び被害のない施設)は83か所で、被災前の83%の回復に留まっており、保険診療の実施率はおよそ8割である。したがって、岩手の医療復興には、被災地域26万人の住民に対して、速やかに健康調査を実施し、適切な医療指導がなされ、また、医療情報ネットワークと連動した確かな健康保全が図られる体制づくりが求められている。すなわち、医療と被災地を「健康」という絆で結ぶのが本事業の目的である。
 岩手県の被災地域健康調査として、「こころのケア」事業(厚労省基金)、「こどものこころのケア」事業(平成25年度より実施予定)(厚労省基金)、「被災者コホート」(厚労省科研)が、並行して開始されている。岩手県における「東北メディカル・メガバンク」実施に際しては、これらの事業の連携が不可欠であり、十分に連携した方式で実施されなければ、被災地住民への負担が増えるばかりで、適切な形態での医療支援とはなりえない。こころと身体の保全に関する広域で正確な健康調査を実施し、個々の被災住民と地域医療機関、さらに二次医療圏中核病院へと、被災住民との繋がりを構築することにより、復興に資する被災者の「健康」を目指した医療ネットワークの構築が可能となる。
 一般的に考えれば、ゲノムコホートを構築する意義は一般住民・地域を対象とするところにあり、被災地に限定する意義は薄いとも思われる。また、被災地域の住民にその趣旨を説明し、協力を求めても理解を得ることは、負担がかかっている住民にさらなる負担を強いる可能性もあり、社会通念上妥当と言えるかは疑問の余地が残ろう。しかし、被災地住民の「こころと身体の保全」に向けた健康調査を実施することで、ゲノムコホートが副次的に構築できるのであれば、将来「健康寿命」を享受できる可能性も被災地に届けることができ、夢のあるプロジェクトとなると考えられる。従って本事業は、今後我が国で同様の大災害が起った際のモデル事業としての意義も大きい。

A.地域住民ゲノムコホート

 上記の理由により、岩手県内での「東北メディカル・メガバンク」のコホート調査は、2段階に分けて行う。第1段階で、広域健康調査事業を実施し、大型の一般コホートを構築する。その際、介入が必要な事例に対しては、適切な医療機関で適切な健康指導を実施する。広域健康調査では、同時にゲノムコホートへの参加協力を求め、二次医療圏中核病院のメガバンク・サテライトでICを実施、ゲノムコホートへのリクルートを行う。このように、本事業を2段階で実施することで、地域医療支援と地域住民ゲノムコホートの構築を両立させることが可能となる。
 すなわち、本事業では、「いわて地域医療・災害医療情報連携システム」(後述)と連動した被災地域を中心とする大規模『岩手県民コホート研究』と、 数万人規模の『地域住民ゲノムコホート研究』を実施する。このことは、肌理の細かい地域医療ネットワークの実質的な構築に繋がる。また、これら事業を担当する人材として、地域の住民から積極的に育成・採用し、地域の雇用創出に貢献する。

B.三世代ゲノムコホート

 岩手県では、周産期医療情報ネットワークシステム「いーはとーぶ」に全周産期医療施設および市町村が参加しており、周産期医療情報の集積、解析体制が構築されおり、母子手帳交付時において「いーはとーぶ」参加への同意を取っている。三世代ゲノムコホートを実施することで、母子を中心に震災・大津波のストレスを正しく評価することは、児の健康保全に必要な手段である。現在、岩手県で行われている「母体メンタルヘルス調査」、「早産予防対策プロジェクト」と連動して、母子のメンタルヘルス調査、ストレス要因、環境因子等を評価すると同時に、早産の遺伝的要因解明と遺伝的因子、感染因子やストレス要因等との相互作用による早産発症リスクへの影響を解析することも可能である。新たな早産予防への治療管理戦略を構築することは県民の福祉に繋がる。

(2)目的を達成するための具体的な実施内容

A.実施内容

1.  大規模岩手県民コホート研究の実施

 岩手医科大学は、県北地区で大規模の脳卒中、心血管疾患のコホート研究を長年実施してきた実績がある。岩手県北地域コホート研究は、岩手県北部の宮古・久慈・二戸の3 保健医療地区の住民約2万6千名を対象に、脳卒中、心疾患をエンドポイントとした大規模コホートであり、実施には岩手医科大学、岩手県、市町村、岩手県医師会、岩手県予防医学協会、二次医療圏の中核病院、国立循環器センター予防検診部が共同して行っている。ベースライン調査は平成14-16年度に実施され、生活習慣や健康診断の結果が循環器疾患発症や要介護状態にどのように影響を及ぼすかを明らかにする予定である。
 また、岩手医科大学は、厚生労働省の「東日本大震災被災者の健康状態等に関する調査」研究班(研究代表者:林謙治・国立保健医療科学院院長)の一員として、昨年度より、18歳以上の被災者健康健診を実施し、受診者に同意を得て1万人規模のコホートの立ち上げを行っているところである。
 これらの経験に基づき、被災に伴い破綻した地域医療ネットワーク再構築のためには、大規模コホートを立ち上げることは有効であり、被災地住民の健康保全に繋がるものと確信する。本事業では、被災住民コホート調査と、こころのケア調査を組み合わせた健康調査を、被災地全域(4つの二次医療圏;久慈・宮古・釜石・気仙)と被災者が移住している内陸部(2つの医療圏;二戸、中部)まで拡大し、実施する予定である。尚、最も被害の甚大な地区である陸前高田の場合、人口2万人に対して、 4分の1の5千名が被災者健診を受診し、そのうち90%以上の方から上記コホート研究への同意が得られている。また、健康調査を予定している6つの医療圏の人口の合計は、3月現在、55万人である(健康調査の実施数については文科省、東北大学と調整中)。
 一方、岩手県では、岩手医科大学を含む、全ての臨床研修病院が「いわてイーハトーヴ臨床研修病院群」を形成し、臨床研修プログラム責任者が集まって、「ワーキンググループ」を構成し、県と共同して指導医講習会を開催するほか、臨床研修医に質の高い地域医療・地域保健・予防医療研修の場を提供する仕組みづくりを行っている。この「いわてイーハトーヴ臨床研修病院群」で研修する初期研修医(約140名)、岩手医科大学の社会人大学院生(約160名)、加えて岩手県修学生(55名/年)がこの大規模健康調査に参加できるようなプログラムを形成し(岩手県と検討中)、地域医療の現場と臨床研究の意義を理解できる機会を付与する。また、彼ら若手医師を指導する専従の医師を5名確保する。
 以上のような大規模健康調査を実施することで、介入が必要な事案を速やかに医療指導できることになり、被災地を中心とする県民の医療支援が可能となる。また、大規模のベースライン調査を行うことで、人類史上これまでにない震災ストレス後の大規模コホート調査が可能となる。この際のエンドポイントは精神疾患(うつ病・不安障害・PTSDなどの感情障害)、脳卒中、心疾患、がん等を予定している。

2.  地域住民ゲノムコホート

 岩手県の地域住民のゲノムコホートを構築することにより、将来の「健康寿命」を実現できることを期待して、その基盤を整備する。
 大規模一般コホートのベースライン調査を実施する際に、ゲノムコホートへの協力を依頼し、同意を得られた住民に対して、基幹病院に設置したサテライトでゲノムコホートへのリクルートを実施する。二次医療圏の中核病院でリクルートすることにより、いわて医療情報ネットワークに同意者を直接リンクすることが可能となる。岩手医大はこれまで一般コホート研究に加えて、バイオバンクジャパンのバンク構築にも多大の貢献を果たしてきた。その経験から、前述の岩手県民コホートの同意者の30~50%がゲノムコホートに参加して頂けるものと考えている。したがって、岩手県内に数万人規模のゲノムコホートを構築することが可能となる(リクルート目標数については文科省、東北大学と調整中)。
 岩手県民に対して、起こりうる疾患の早期発見を目指し、中間形質を重点的にモニタリングすることによって、被災地住民へのインセンティブとする。また、もともと低い病院受診率を上げ、フォロー・アップ体制が構築できることも住民の健康保全にとってメリットである。
 対象疾患は罹患率の高い脳卒中、心疾患、がんと5大疾患とされた精神疾患等であるが、例えば、欧米での心血管イベント発症をエンドポイントとした住民コホート研究では、6,000~10,000人程度の住民コホートで、種々の臨床指標が心血管イベントの独立因子であることが報告されており、本邦での心血管イベントの発症率が、欧米の1/5程度と推測されるため、素因の解明には最低でも30,000~50,000人規模の住民ゲノムコホートの構築は必要であろう。
 一方、本事業は大規模かつこれまでに例のない『震災ストレスコホート研究』と位置付けられ、人類への貢献は大なるものがある。本震災・大津波に伴うストレスの評価指標となりうる中間形質の評価は本事業に必須であり、定期的な追跡調査を実施する。

3.  三世代ゲノムコホート

 岩手県の年間の出生数はおよそ1.0万児である。そのうち、ネットワークがある遠野・大船渡・釜石地区と宮古地区を中心にリクルートを行う。この地区の年間出産数は1,500児であり、その80%程度のリクルートを見込んでいる(リクルート目標数については文科省、東北大学と調整中)。「いーはとーぶ」参加同意確認時にメガバンクの説明を行うが、ICは各分娩施設で実施する。

B.リクルートの方法

1.  大規模岩手県民コホートのベースライン調査の実施

 岩手県、市町村、地域医師会との連携体制を構築し、実施主体を岩手医大とする。調査は、被災特別検診、市町村の特定健診、社保健診の機会を利用し、18歳以上の住民を対象として実施する。
 調査項目は一般的な特定健診の項目に被災状況、対人関係や支援体制、精神健康度に関する調査項目(SQD、GHQ12)を加えて、災害ストレスによる精神健康度をスコア化できる内容の調査を実施する。健診1会場・対象100人当り調査チームは医師、保健師、看護師を含む10名で編成し、巡回する。(前項で述べた陸前高田地区では、およそ1日2会場、25日間で5千人に対応した。)健診の実施に際しては、地域の保健推進委員と十分な連携を図ることで受診率の向上が期待できる。24年度、25年度でベースライン調査を完了させる。
 尚、岩手県の予防医学協会が実施している特定健診の受診者は年7万人であり、それに見合った規模のコホートの立ち上げは可能である。

2.  地域住民ゲノムコホート

 沿岸地区を中心に6か所の二次医療圏の中核病院である県立病院にサテライトを設立し、リクルートを行う。各サテライトには医師、看護師、CRC(或いはGMRC)、検査技師を常在させ、1日15名程度のIC取得と検査を実施する。ICは東北大学と同一の文書を使用し、検査項目は、エンドポイントから、臨床指標の評価として、価値の高いものを予定している。また、サテライトでは医師による医療相談の実施など、被災者支援サービスに努める。

 ※臨床指標については東北大学と調整中である。

3.  三世代ゲノムコホート

 遠野・大船渡・釜石・宮古地区を中心に、「いーはとーぶ」に参加する周産期医療施設に、各サテライトよりCRC(或いはGMRC)を派遣し、現地のメディカルスタッフと連携して参加同意への説明を行う。

4.  介入について

 検査結果は同意者すべてに返還し、何らかの事象が生じた場合は、セルフケア或いは個別指導を、サテライトもしくは地域の医療機関との連携により実施する。ハイリスク者への対応は、中核病院、地域医師会と協議して設定する。

C.健康情報、診療情報等の追跡

 ゲノムコホート調査では、対象者の質の高い健康情報。診療情報等を定期的に収集することが重要である。定期的な調査と問診・健診の実施を行う予定である。また、いわて医療情報ネットワークによって、サテライトとのデータのリンケージが構築される予定であり、かかりつけ医との連携を密に行いながら、疾病を発症した協力者の診療情報の追跡が可能となる。また、久慈地区で行われている「自殺予防対策推進ネットワーク」のような仕組みを沿岸地区全域へ拡充することも検討し、協力者のフォロー・アップに努める。

D.地域医療情報基盤との連携

 平成24年度から岩手県では、被災以前より構築されていた「いわて医療情報ネットワーク」(岩手医科大学と9つの二次医療圏の中核病院を結ぶ)、「小児救急医療遠隔支援システム」(岩手医科大学と16の小児救急医療施設を結ぶ)、「周産期ネットワークシステム」(分娩を扱う医療機関と市町村による妊産婦の見守り)、さらに二次医療圏内の情報ネットワークを統合し、シームレスな地域連携医療を実現するための「いわて地域医療・災害医療情報連携システム」の構築を目指している。医療情報の正規化と標準化を図り、バックアップ機能を担保したクラウド型ストレージ「岩手県総合医療情報リポジトリ」で保存、管理し、これにより、中核病院間と二次医療圏内を結ぶ診療情報連携と遠隔医療の実施がなされることになる。このシステムをメガバンクの医療情報管理と収集に利用する予定である。

E.年次計画

平成24年度

  1. 大規模岩手県民コホートのベースライン調査の開始
  2. 被災沿岸地区サテライトの設置4か所(久慈・宮古・釜石・気仙);地域住民ゲノムコホートのパイロット事業の開始
  3. 三世代ゲノムコホートのパイロット事業の開始
  4. センター(岩手医科大学バイオバンク研究センター);生体試料保管施設の整備、パイロット研究の実施

平成25年度

  1. 10~15万人の岩手県民コホートのベースライン調査の登録完了
  2. 内陸地区サテライトの設置2か所(二戸・中部);地域住民ゲノムコホートの本調査の開始
  3. 三世代コホートの標準プロトコール策定

平成26年度

  1. 健康調査の実施
  2. 三世代コホートの本調査開始

平成27年度

  1. 地域住民コホートの登録完了(岩手県内分)

平成28年度

  1. 三世代コホートの登録完了

※登録完了は可能な限りの前倒しを図る。
※年次計画の実施項目は東北大学の実施項目と調整する予定である。

3.生体試料、診療情報の集約、解析とそれらデータの共有化

(1)目的と概要

 被災地住民を中心とする岩手県民の健康保全を目的とする解析研究を実施する。ゲノムコホート研究自体は、得られた研究結果の妥当性と信頼性の検証には長期間要することから、直接的な利益を短期間に県民に還元することは難しいが、その構築の過程で得られる研究成果とさまざまなネットワークが県民の健康保全ならびに増進に繋がる基盤となることが期待される。さらに、一般的な地域住民ゲノムコホートの目的である日本人の疾病素因の解析に役立つ研究、すなわち疾患の早期診断に係る研究を実施することは、県民への直接的なインセンティブとなりうる。
 以上の背景から、いわて「東北メディカル・バンク」では、ジェノタイプのみならず、発症前診断に繋がるdiagnostic testである「中間形質」(エピジェネティクス・テロメアとオミックス)の解析を重点化して実施する。発症前診断・予防治療法の開発基盤を確立することで、被災地住民は元より、より多くの国民の健康保全に貢献することを目的とする。そのための研究基盤(岩手医科大学バイオバンク研究センター)を岩手医科大学内に新設する。
 一方、本事業は地域住民・三世代大規模ゲノムコホートであると同時に、類例のない「震災ストレスコホート」でもある。平成24年3月から開始した「こころのケア」チームの活動で、約5,000人の被災者の36%に不眠、29%に不安恐怖と9%に抑うつ症状を確認している。岩手医科大学では、パイロットスタディとして被災地住民の健康への影響を解析し、さらにその研究を発展させる。
 収集した生体試料は東北大学のバイオバンクに保管管理するが、同時に岩手医科大学バイオバンクバックアップ施設(仮称、規模と機能は各方面の助言に従う)にても保管管理する。岩手医科大学で生体試料から得られたゲノムとオミックス情報と、健康情報・診療情報は、東北大学と共同して国内外と共有するシステムを構築する。

(2)網羅的解析の必要性

 ゲノムコホート研究は個人のゲノムを詳細に決定し、健康・疾患との相関性を議論する必要があるが、ゲノムの網羅的解析を東北大学と協力して行う。また、相関性を解析する目的で、岩手医科大学は独自にオミックス情報の網羅的な解析を行う。

(3)目的を達成するための具体的な実施内容(当面、平成24年度から平成28年度までの5年間の内容)

A.日本人の標準ゲノムセット作成

 東北大学と協力して、実施する。

B.疾患関連アレルの探索

 地域住民ゲノムコホート研究のエンドポイントは、ストレス関連疾患である精神疾患(殊に感情障害)、脳卒中、心疾患、自己免疫疾患、がん、さらに三世代ゲノムコホートでは、PTSD、ADHD等を考えている。発症例について、全ゲノムを解析する。東北大学と協力して特徴的なvariantの同定を行う。同時に、同一variantサンプル内での医療情報を基に、環境要因の発症への寄与度を決定する。

C.生命情報科学的解析;特にストレス関連遺伝子について

 我国においては、岩手医科大学も参加したバイオバンクジャパンを始めとして大規模疾患ゲノム研究が行われ、多くの国際的成果が得られている。しかしながらこれまで、震災ストレスに関連した大規模ゲノム研究は例がなく、本事業が最初のものとなる。ストレス関連遺伝子群には、ストレスにより直接応答する遺伝子群と二次・三次的に応答する遺伝子群があり、候補遺伝子は総計で500以上にのぼる。ストレス関連遺伝子群の代表例であるグルココルチコイド受容体遺伝子は、数種類のプロモーター領域を有し、エクソンに限らずイントロンにも多くのSNPの存在と数種類のスプライシングにより、多種類のグルココルチコイド受容体の出現と発現変化が知られている。ジェノタイプとストレス反応性との関連は不明であるが、ストレス応答性には個人差が大きい。本事業ではこれらストレス関連遺伝子群の多型を解析することで、個人レベルのストレス応答性のジェノタイプを解析する。

D.オミックス・テロメア解析

 ストレスなどの外的環境要因による遺伝子変化・修飾に関しては、エピジェネティクスとテロメア解析の報告が多い。両者ともに外的環境要因により著明な変化を受け、疾患発症に至る例が数多く知られている。

1.エピジェネティクス

 エピジェネティクス制御には、DNAメチル化とヒストンアセチル化・メチル化・リン酸化などがある。このエピジェネティクス制御異常により、生活習慣病、精神神経疾患(感情障害・薬物中毒・統合失調症・自閉症など)、心疾患、がん、自己免疫疾患発症との関連が報告されている1)。ストレスに伴うエピジェネティクス制御異常に関しても、多くの例が知られている2)。パイロットスタディを実施し、ストレス関連遺伝子群のエピジェネティクス制御異常と上記疾患発症との相関を解析し、候補遺伝子を絞り込む。特に、三世代ゲノムコホートによるゲノム解析は、体質・素因の遺伝子伝搬解明に重要な意義を持つと期待される。しかしながら震災ストレスコホートとして見る時、周産期に被災した母親から出生した児が、成長後に次世代の児を出産することで、初めて世代を経た(transgenerational)震災ストレスのゲノムレベルでの瘢痕伝搬を解析することが可能となり、経世代的ゲノム解析は大きな意義を持つことになる。事実、動物モデルにおいては数種類の遺伝子のエピジェネティクス制御異常(DNAメチル化)が、経世代的に伝搬されることが明らかになっている3、4)。 この意味では、本研究計画が30年余に渡り継続されて始めて、ゲノムコホートとしての重要性が認識されるものと考えられる。本事業では、将来の経世代的ゲノムコホート研究への基礎データを集積する。

1) Nature Rev。 Genetics 12、 529、 2011
2) Nature Rev。 Genetics 11、 806、 2010
3) Nature Neurosci。 7、 847、 2004
4) Endocrinology 151、 7、 2010

2.テロメア解析

 テロメアは全染色体の両端に存在し、細胞分裂に伴い短縮化することが知られており、細胞老化(加齢)のマーカーとされている。このテロメア短縮化と心血管障害、精神疾患(感情障害など)、糖尿病、肥満、がんの発症との相関については、多くの知見が得られている1)。また近年、ストレスとストレスホルモン(グルココルチコイドなど)曝露により、テロメア短縮化の増強が明らかにされている2)。但しこれら報告は、比較的少数例の解析あるいは動物モデルでの解析である。染色体別のテロメア脆弱性の解析も限られている。本事業ではパイロットスタディを立ち上げ、テロメア短縮化と上記疾患発症との関連、さらに染色体別の脆弱性テロメアと疾患発症の相関を解析し、疾患別にテロメア脆弱性を示す染色体を同定し、疾患発症と関連するテロメア短縮化に関与する遺伝子を探索する、テロメアはTTAGGGの繰り返し配列であり、現時点でテロメア長の正確な解析は次世代シークエンサーによる解析対象となりにくく、TRF法・STELA法に依存している。これらテロメア長解析の2法に加え、新たな簡便解析法の開発を行う。併せて染色体別テロメア解析による上記疾患発症予測の可能性を検討、発症前診断法の確立を目指す。

1) Nature Rev。 Cancer 11、 161、 2011
2) Proc。 Natl。 Acad。 Sci。 USA 108、 E513、 2011

3.マイクロRNA解析

 慢性ストレスは気分障害の原因となるばかりか免疫系(炎症抑制)、血管系、代謝系(糖新生)などの様々な生体の機能に影響を与え、高血圧および糖尿病といった生活習慣病発症の原因となる。その中で、血管イベントのマーカーとして、血中マイクロRNAに着目している。マイクロRNA とは、進化において保存されている21塩基程度の1本鎖のsmall noncoding RNAで、翻訳レベルにおいて様々な遺伝子発現を制御していると考えられている。このマイクロRNAは生命現象で重要な役割を果たすほか、細胞障害性に血中に存在することが、脳卒中・心血管疾患で報告されている1)。すなわち、血中に存在するマイクロRNAを測定することで、脳卒中・心血管疾患の診断や予後予測が可能であると考える。
 そこで、次世代シーケンサーを用いて、マイクロRNAを含む血中small noncoding RNA群の発現を網羅的に解析し、プロファイリングを作成する。さらに、これらのプロファイリング結果を心血管等のライブラリーと照合し、早期発見に係る新たなバイオマーカーとして有用と思われるsmall noncoding RNAとその標的候補遺伝子を同定する。

1) Circulation Research 110、 483、 2012

4.がん関連遺伝子解析

 臓器を構成する細胞の一部のDNAが血中に遊離していることは古くから知られていたが、近年のDNAシーケンシング技術の進歩によりそのわずかなDNAから得られる情報も飛躍的に増加してきた。体内に“がん”がある状態では血中遊離DNAに癌由来のものが含まれる可能性は高く、新たな高感度腫瘍マーカーとしての役割が期待されている。本事業では血漿中の遊離DNAから、次世代シーケンサーを用いて癌関連遺伝子(378種類)の変異検出を行う。癌の好発年齢が70歳代であり。癌の発育期間が20-30年と推定されることから。40-50歳代以降を主な対象とする。既に発症している場合も対象としフォロー・アップ支援を行う。
 ただし、がんについての詳細なゲノム解析は、第二段階から本格的な検討を開始する予定である。

 以上、岩手医科大学は、ストレス関連遺伝子群を中心にゲノム多型、エピジェネティクスとテロメア解析および、ストレス関連遺伝子群の制御下に発現変動するRNA、マイクロRNA、蛋白質・脂質など網羅的なオミックス解析を行い、疾患発症との相関を解析する。

(4)生体試料、データ、成果の共有と公開

 東北大学と同様の方式で、共同で実施する。

(5)対象とする疾患

A.地域住民ゲノムコホート

 精神疾患、脳卒中、心疾患、自己免疫疾患、がん
 上記に付いては、(3)項で詳しく記載済み。

B.三世代ゲノムコホート

 精神疾患、自己免疫疾患。また、長期的な観察を実施することで、早産、ストレスの遺伝子修飾等の評価解析する。

4.実施に必要な環境整備

(1)目的と概要

 一人でも多くの医療人が岩手県内に定着し、本事業に参画することが重要である。出来る限り地元とその関連の人材を育成することが、地域貢献として望まれる。そのための方策を準備する。

(2)目的を達成するための具体的な実施内容

A.人材の確保・育成

 医師、薬剤師、看護師は、岩手医大の医学研究科、附属病院の高度看護研修センターが中心となり、必要な人材の育成を行う。また、医師を含めて県内の医療人については、岩手県と協議し、地域の人材のリクルート、育成の方策を検討する。必要なバイオインフォティシャン、生物統計家は多施設からの支援を得るとともに、公募で採用を図る。将来的には岩手医大で育成できる体制を整える。

B.倫理的課題の検討

 東北大学と共同で検討する。

お問合せ先

研究振興局ライフサイエンス課

根津、泉、中村
電話番号:03-5253-4111(内線4377,4378)
ファクシミリ番号:03-6734-4109
メールアドレス:life@mext.go.jp

(研究振興局ライフサイエンス課)