基礎科学力強化に向けた提言(平成21年8月4日、基礎科学力強化委員会)

平成21年8月4日
基礎科学力強化委員会

 目次

[1]基礎科学力強化の基本的考え方
1.基礎科学の意義
2.基礎科学の特徴を踏まえた独創的創造的な研究風土の醸成

[2]基礎科学力強化の進め方
1.人材の育成
1‐1.研究人材養成システム
(1)当面の資質向上
(2)研究人材のキャリアパス
1‐2.大学院教育等の抜本的改革
(1)大学院改革
(2)大学の在り方
1‐3.未来の創造的人材の育成
(1)初等中等教育
(2)高等教育
(3)科学技術リテラシーの向上
2.公的資金の抜本的拡充
(1)公的資金の確保
(2)研究費の配分
3.研究推進システム
(1)研究体制
(2)研究拠点の整備
(3)グローバル化

【結語】

[1]基礎科学力強化の基本的考え方

 現下の金融経済危機の下、世界規模での価値観の変革が進行し、人類の将来に対する不透明感が漂っている。こうした状況下において、我が国として、科学の知見に基づいて持続的発展を図るとともに、人類の未来に貢献するため、国是としての科学技術創造立国の意義を再認識し、国家の最重要戦略として科学技術の振興に「社会総がかり」で強力に取り組むべき。

 また、多極化する国際情勢の中で、我が国が今後とも世界をリードする主要国として発展し、国民生活の一層の向上を図るには、世界水準にある科学技術の一層の振興を政治の重要課題として積極的に推進すべきである。その際、特にトップのリーダーシップの果たす役割は極めて大きく、強力な取組がなされることを期待する。

 特に、基礎科学は、真理の探求により人類の根源知としての文化的価値を生み出し、人類の存続に係る諸課題を解決するとともに、イノベーションにより新たな価値や技術を創造し社会経済の発展の源泉として大きな役割を果たすものであり、基礎科学力の強化の重要性はますます増大している。

 このため、必要となる公的投資を抜本的に拡充し、大学院の抜本的改革や初等中等教育における理数教育の充実等による人材育成、研究環境の整備、研究拠点の整備、研究システムの改善、さらには創造的な研究風土の醸成とその確実な定着までを包括した総合的かつ体系的な基礎科学力強化策の展開を図るべき。

 その際、第4期科学技術基本計画期間最終年度の平成27年度までの科学技術関係経費の総額の投資目標を設定するとともに、高等教育に対する公財政投資がOECD加盟国平均で対GDP比1.1%であるのに対し我が国はOECD加盟国最低の対GDP比0.5%であることを踏まえ、高等教育の投資目標を設定すべき。

 また、科学技術創造立国を国是とし、その振興に社会総がかりで取り組むためには、国民の理解と協力が不可欠であり、科学技術の意義や役割についての理解を深める「科学技術リテラシー」を高めていくことが必要である。

  • 経済効果をもたらし社会に役立つ応用面での研究開発が極めて重要であることは言をまたない。厳しい経済情勢などから短期的な成果を期待する傾向が続いたが、近年は、基礎なくして応用発展はあり得ないとの認識が高まりつつあり、この認識の下、基礎科学の更なる強化が必要である。
  • 昨年の4名のノーベル賞受賞は我が国の基礎科学の水準の高さを世界に示したが、現在の我が国の状況は十分な世界水準にあるとは言えない。また、近年の先進諸国の高等教育投資をはじめとする積極的な科学技術投資の状況を踏まえれば、我が国の基礎科学が将来にわたり世界的な水準にあるためには、抜本的に基礎科学力を強化するため、投資水準の一層の向上が必要である。

1.基礎科学の意義

 基礎科学の意義は、主として人類の英知の創出と蓄積、さらに、イノベーションを創出することにあり、人類活動の基盤となるすべての科学技術の源として重要な役割を担っている。急激かつ大規模に社会経済の革新が進む国際情勢の中で、科学技術創造立国を目指す我が国にとって、基礎科学の振興は諸外国以上に重要な国家的課題である。

 「人類の英知の創出と蓄積」と「イノベーションの創出」は、ときに対立的な概念として捉えられる場合があるが、両者は対立的な構造ではなく、むしろ多様な連続性の中で包括的に捉えられるべきである。また、具体的な推進方策については、それぞれの特質や関係を踏まえて検討することが重要である。

2.基礎科学の特徴を踏まえた独創的・創造的な研究風土の醸成

 科学の可能性は、自然原理の枠組みの中で無限である。基礎科学の進展には、現在主流となっている領域や課題の研究の継続発展とともに、他方、既成概念との決別、そのための前衛的な個人の発想などが不可欠である。

 基礎科学は、一般に高度に専門性が高く、検証に長い年月を要するなど成果が直ちに見えにくいなどの特徴がある。このため、研究活動の展開にあたっては、短期的な成果を求めることなく、じっくりと考え継続的に研究に専念することも必要である。

 また、基礎科学は新しい発見や価値を生み出す。その担い手たる科学者には高い「志」が不可欠であり、優れた研究遂行力に加えて、高い責任感、倫理観が求められる。

 さらに、若手研究者の研究の方向性や進め方について、厳しさだけではなく、寛容の精神も持ち、見守る姿勢が求められる。各研究機関において真摯で徹底的な議論がなされることが望まれる。刺激があり、創造性豊かな若い人たちの自由な発想が具体化するような研究風土が必要である。困難に挑戦する姿勢が大切である。研究評価については、成果だけではなく「努力すること」も評価し、研究をやり抜く力や努力を重視する研究風土を醸成することが重要である。そうした風土を徹底させるため、研究者の社会だけでなく、我が国の社会全体の意識改革が重要である。

 このような認識に基づき、我が国全体に独創的かつ創造的な研究風土を確固たるものとすることが重要である。

  • 基礎科学には、自由な発想、創造性が不可欠である。このため、特に基礎科学分野においては、研究者、研究内容、研究機関などについて多様性の確保が重要であり、その中から新たな貴重な価値が創出される。
  • 知の蓄積、集積、伝承には継続が重要であり安定的な研究基盤が必要である。
  • じっくり研究に専念することが重要であり、それを可能とする研究環境が必要である。
  • 創造的成果を上げるためには、自由闊達な環境とともに優れた指導者との触れ合いが重要である。特に研究立案、遂行、発表に至るまで研究姿勢に対する指導者の影響力は大きく、基礎研究の特徴を十分に踏まえた指導が行われることが極めて重要である。
  • 研究の新領域の開拓は、しばしば学際的連携、融合によって生まれる。個人、個々のグループでできることは限られる。「競争的」風土のみならず、「協奏的」風土の醸成と、それを推進するリーダーの養成が不可欠である。
  • 基礎科学は、成果の具現化に長期間を要し、短期的な成果が見えにくいことが多い。評価の基準設定が難しいが、非連続的飛躍をもたらす萌芽を摘み取ってはならず、多数決評価、数値的評価が常に適切とは限らない。一定の論文数を求めることは望ましくない。「発見は計画できない」との認識が必要である。
  • 応用の目処が立たない研究でも、的確な「目利き」の存在と技術開発とのマッチングによってイノベーションの創出は可能である。

[2]基礎科学力強化の進め方

1.人材の育成

1‐1.研究人材養成システム

 研究体制は博士号取得者を主体として構成することを基本とする。その一環として、企業として博士号取得者に求める研究能力・水準を明確に示すことが必要である。

 個性的で豊かな創造性を有し、挑戦し、「やりぬく力」のある基礎科学を担う人材の養成が必要である。そのためには、単にその人材の出現を待つのではなく、独創性や創造性等の能力を見出すための機会を提供することにより、「出る杭を最大限に伸ばし育てる」ことを基本として人材を見出し養成すべき。

 特に、国際的な頭脳獲得競争の激化による人材の流動性が高まる中、我が国が研究者にとって国際的に魅力ある国でなければならない。そのためにも、まず、国内の研究人材養成について創造性を伸ばす新たなシステムに転換すべき。

 新たな人材養成システムにおいては、研究活動をリードする優秀で創造的な人材の養成に社会総がかりで取り組むことが必要である。特に、大学院における教育においては、専門分野を核として包括的な基礎科学力を身につけることを通じて研究能力の涵養を図りつつ、自らの力で独創的な博士論文のテーマを開拓し、研究活動を実行すること等により、自立して創造的研究を行える人材を育成すべき。

 また、教養豊かなイノベーション人材の養成システムにおいては、人材育成の優れた取組や実績を適正に評価する視点が重要。

 さらに、大学における人員構成を若手が多いピラミッド型に改善し若手研究者のポストの確保に努めるとともに、企業、行政分野等へのキャリアパスについても国際的な知識基盤社会の動向を見据えなければならない。また、能力主義が徹底されるべき。そして、企業等のニーズを踏まえ、修士課程修了後、博士課程修了後、ポスドクの各段階で柔軟に就職できるシステムを構築すべき。  

  • 博士号取得後の進路については、代表的なものとして、大学や研究機関等において研究に従事するか(研究従事型)、また、企業等においてイノベーションの創出に従事するか(イノベーション従事型)、さらに、教育分野において後継者の育成に従事するか(教育従事型)などが想定される。
  • どの進路においても、それぞれ独創的・創造的研究成果が期待されており、そのための能力としては、専門に関する知識やスキルとともに、関連分野を俯瞰する力や洞察力等が共通して必要である。また、業務の本質的な内容は、自らの研究の位置づけ等を確認しつつ研究を進めることや、適切に研究をマネージすることであり、養成すべき能力は各進路共通である。
  • 後継者の育成に対する取組や実績を適正に評価することも必要である。
  • 多様な視点や発想を取り入れた研究活動を活性化するためにも、女性、外国人などの多様性が不可欠であり、そのような人材が働きやすい環境が必要である。
  • 特に女性研究者の活躍促進にあたっては、研究と出産・育児等を両立できる環境の整備はもとより、女性研究者支援に係る数値目標の設定など具体的な計画を示し、一層の取組に努めるべき。
(1)当面の資質向上 
  • 他文化に接して視野を広げることは、新たな知識やスキルを身に付けるとともに、思考方法や発想の転換に非常に有益である。また、人脈等を通じた国際的情報ネットワークを拡げるためにも、海外の大学、研究機関への若手研究者の派遣を促進する。さらに、海外経験の有形無形の成果は、世界的水準の研究活動に不可欠な要素であり、海外経験を任用や帰国の際に適切に評価する仕組みが必要である。
  • リンダウ・ノーベル賞受賞者会議などにおいて、ノーベル賞受賞者等の「憧れ」の研究者に会わせ、格調高いアカデミックな文化に触れさせるなど、研究意欲の触発のためにも優秀な若手研究人材等の海外研鑽機会を拡充すべき。
  • プロジェクト等の牽引力に優れた研究開発のリーダーを育成するためには、企業研究者が教育に関与することが有効である。また、企業等の先端的な研究拠点において、企業研究リーダー、大学教員と博士課程学生等がチームを組んで実践的課題演習等を行うなどの取組を支援すべき。
  • 創造性を磨くとともに、研究の「ひらめき」や知的触発が得られるよう異分野交流の促進を図るべく、各研究機関においては、若手研究者に対する産学官による研修コースの設置等の知的触発の場を設定すべき。
  • 世界最先端の実験施設を若手研究者の触発の場として活用すべき。
  • 海外研鑽や異分野交流、知的触発等を通じて若手研究者のコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力を培うことが必要。
(2)研究人材のキャリアパス
  • 基礎科学力の有用性は多岐にわたるが、基礎科学を学んだ若者が積極的にさらなる可能性を拓くことが望まれる。
  • 博士号取得後の若手研究者を対象とし、公正で透明性の高い選抜により、早期に自立して切磋琢磨しつつ研究できる環境を提供し、独創的な研究活動を通じて素質を伸ばす研究人材養成システムをより一層普及・定着させるべき。なお、選抜に当たっては、横並び評価や相対的評価を避け、創造的研究計画を有するなど自立心や「志」の高い若手研究者に機会を提供し養成することが肝要である。また、独自の発想を重視すべきで、博士課程、ポスドク時の研究の単なる継続は避けなければならない。
  • 「人材流動化」と「頭脳循環」は社会を活性化させるとともに、研究者の能力向上に資するところ大である。
  • より多くの優秀な学生を博士課程に進学させるため、アカデミアとノンアカデミアなど多様な場を見据えて、博士号取得後のキャリアパスを明確に示すとともに、ノンアカデミアからアカデミアへの異動やアカデミアからノンアカデミアへの異動といった進路の多様化・柔軟化・双方向化を図ることが必要である。
  • 特に、大学においてはポスドクに何を求めているか、研究活動におけるポスドクの位置づけを明確にし、ポスドクが自覚を持って研究活動に従事することが必要である。また、学生が安心して学習や研究に打ち込めるためには、将来の経済的な見通しを予め立てられることが必要である。このため、進学に係る「ファイナンシャルプラン」を計画できるようにすることも重要である。
  • イノベーション従事型の研究者には、経済的価値を生む能力が要求され、経済社会のニーズを重視したより柔軟性のある研究活動や、研究分野以外の者とのコミュニケーションが求められる。したがって、イノベーション従事型を志向する若手研究者に対しては、特に、1.企業研究者と一体となったチーム構成の共同研究への参加、2.外部の優秀な研究者や他大学の研究者による異分野のセミナーへの参加などにより、より広い視野や素養を身に付けるよう指導することが重要である。
  • 企業として博士号取得者に求める研究能力・水準を明確に示すことが必要である。企業研究者が大学教授になる、大学教員を企業へ派遣するなど産学の人事交流を活発化し、企業側の基礎科学に対する理解を高め、併せて博士号取得者の実践力向上を図り、基礎科学力とイノベーション創出力を相互に強化することが必要である。
  • 研究開発型独立行政法人(以下「研究開発独法」という。)は、企業や大学と比べ、研究者数は少ないが、国の科学技術政策に直結した研究開発や、国・アカデミーと社会・企業との間をつなぐ重要な役割を果たしている。大学が個人知を最大限に尊重するのに対し、組織知、機関知をはぐくむのに適している。今後も、これらの特長を活用して研究人材のキャリアパスの開拓に積極的に取り組み、目標達成型ないし領域設定型の研究プロジェクトのプロジェクトリーダー、高い専門性を有するエンジニア、研究開発の実施に必要なフロント人材など、研究開発を直接行う者だけでなく、幅広い人材のキャリアパスの構築に注力することが必要である。

1‐2.大学院教育等の抜本的改革

 科学技術に基づくグローバルな知識基盤社会の時代に、志ある最も優れた若者たちを、最高の知の府たる大学院で、世界水準で最高の基礎科学研究者及び関連知識人に育成しなければならず、万難を排してこの実現に邁進すべき。

 アジア諸国は博士課程を中心に大学院生の抜本的拡充を図っている。少子高齢化が進む中、我が国の将来を支える人材を育成する上で、大学院の役割は極めて重要であり、その質の向上を図るとともに、新しい教育システムの下で国際的に遜色ない量的な水準を目指し、国際競争力を高めることが必要不可欠である。その意味で、大学院が負っている責任は重い。

 必要な公的財政支援を抜本的に拡充し、国の基本的な方針の下に、修士課程、博士課程の在り方を検討し、経済的な支援も含め「学生の立場に立った」抜本的な大学院改革を実行し、併せて必要な大学側の意識改革を進めるべきである。

(1)大学院改革
  • 高等教育の格段の充実が不可欠であり、大学院改革、大学人の意識改革、財政支援を一体的に進める方策を検討すべき。
  • 我が国の大学においては、世界に誇れる教育研究拠点の裾野の拡大を図るべきであり、特に世界水準の教育研究拠点たるべき国立大学においては、大学院に人的、物的資源の集中投資を行い、国内外の優秀な学生・研究者に開かれた国際競争力のある大学院を目指し、学問の変化に柔軟に対応できる体制を構築すべき。例えば、同一校、同一分野の学生は最大限3割程度、外国人学生は2割以上など、多様性のある環境を目指すべき。
  • 我が国の研究環境は年々改善され、一定の評価ができるが、他方、米国で Ph.Dを取得する学生は、1 年間に中国で4,300人、韓国も1,200人であるが、日本は僅か220人程度であり、各国の国際ネットワークに対抗するためにも、我が国の大学院の格段の国際化を図るとともに、海外の大学、研究機関への若手研究者の派遣を促進すべき。
  • 大学院のコースワークの在り方、Comprehensive Exam(包括的基礎力の確認)とQualifier(論文着手前審査)の導入など新しい教育研究システムを検討すべき。特に博士課程の再構築が必要である。
  • 欧米の研究者はすべて博士であるが、日本では博士は2割弱程度で、ほとんどは修士である。博士課程を中心に、大学院教育の質の向上を図るとともに、新しい教育システムの下で国際的に遜色ない量的な水準を目指す。その際、イノベーション従事型の研究者としてのキャリアパスの観点から、大学と産業界との交流を促進するとともに、規模を含めた産業界のニーズを的確に把握することが重要である。
  • 分野(ディシプリン)の深化は重要である。しかし、新たな学問の潮流、人類の直面する地球規模の課題にかかわる教育研究については、分野別の大学院体制で対処することは困難である。重要問題に焦点を合わせた課題設定型の柔軟な教育プログラムの構築が求められる。
  • 教育理念と目標、教育内容、さらに経済支援の具体的内容を国の内外の学生に対して、「入学試験前」に開示するとともに、大学院の選考方法の見直しに取り組むべき。
  • 高度の人材育成の観点から、修士課程・博士課程共に、TA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)等を活用した実質的給与型の経済的支援の拡充を図るべき。具体的には,特別研究員事業の拡充、大学院に対する競争的資金において、TAやRAの雇用を義務づけることや、優秀な人材に対してフェローシップ型の RA として支援することが考えられる。その際、給付者と受給者の間には契約関係が生じ、奨学金とは異なり、TA や RA には十分な職業的義務の遂行が求められる。また、国民の税金を充当した個人への経済的支援が、将来社会への投資であることを銘記すべきである。何のための公的支援か理念及び目的を明確に示し、経済的支援を通じて学生に社会との関係を学ばせ自覚を促すことが重要である。
  • また、教育の機会均等を図る観点から、授業料や入学金の負担軽減を図るとともに、奨学金貸与人員の増を図るなど、家計の負担軽減策を講ずることが必要である。その際には、低所得世帯への配慮など家計に応じたきめ細やかな負担軽減策を講ずることが重要である。
  • 世界水準の学位を授与すべきである。「論文博士」については、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討すべき。
  • 企業等における研究能力の強化とともに産学間の人材交流を促進するため、企業や研究開発独法などの社会人研究者が、博士課程において研究能力を向上させ、博士号を取得するとともに、必要な経済的支援を受けられる社会人コースの普及を図り、あわせて、産業界との連携による実践的・体系的カリキュラム開発などの大学と産業界の密な連携を図る取組を支援することが必要である。  
(2)大学の在り方
  • 大学の使命は本来的に1.学生に対する高い教養と専門的能力の賦与、2.新たな知見の創造、3.成果の社会への提供である。学問的後継者育成もこの観点で行われるべきである。大学関係者は自らの権益維持に固執するのではなく、時代が必要とする大学の社会的存在意義を再認識の上、自ら意識改革を図るべき。
  • 各大学の機能については、各大学自らがその機能を明確にし、分化していくことも検討すべき。その際、国立大学については、地域における役割に留意しつつ、各大学の自主的な取組を促進すべき。
  • 各大学における教員評価については、論文の数などの研究面の評価のみではなく、教育活動の適正な評価を実施することが必要であり、その際、教員の教育活動の客観的把握を行うとともに、可視化を図ることが重要である。
  • 基礎科学においては、自然科学に留まらず、人文、社会、芸術などの異分野を学ぶことが自身の専門分野で一層の力の発揮に繋がることから、学問分野間の様々な連携が重要である。
  • 優秀な研究人材の育成のためには、入学段階における学生の基礎的な能力を確認するとともに、国内外からの優秀な学生を獲得するための受入れ方策及びそのための環境作りについて検討すべき。
  • 外国人ポスドクの受入れや外国人の教員ポストを拡充するとともに、大学院への進学や教員採用時における自校比率を一定割合に制限するなど、国内外の研究組織間の人材の流動性を高めることが必要である。
  • 外国の優秀な学部の留学生、大学院生の我が国への受入れを促進するため、留学生の生活環境の整備や支援、英語の授業の導入や日本語指導の充実、ダブルディグリー、短期履修コースの導入、博士課程の教育の改善を図るべき。また、日本企業への採用等、日本で活躍できる方法を考える必要がある。
  • 教員に職位別定年制や再雇用制を導入するなど大学等の年齢構成を若手が多いピラミッド型に改善し、切磋琢磨する環境とするとともに、若手研究者の登用ポストの拡充を図ることが必要である。
  • 大学と社会との関わりがより深くなっていることから、大学のフロントオフィス機能を強化するよう必要な人材の確保を図り、教員は、本来業務である教育研究に専念させるべき。
  • 大学入学者選抜方法の改善を図るべき。

1‐3.未来の創造的人材の育成

 小学校から大学まで各学校段階における理数教育等の充実を図るとともに、それぞれの取組を社会全体で関連づけて創造性豊かな人材を育成する仕組みを構築すべき。

 また、創造性豊かな人材を育成するためには、社会において科学技術に関する関心が共有されていることが重要であることから、科学技術に関する社会のリテラシーの向上を図ることが必要である。

(1)初等中等教育
  • 青少年自然の家を活用し自然を探求することなどを通じ、子ども達に科学技術に興味を抱かせることが重要であり、地域の指導者や関係者の科学技術に対する理解を一層深めるとともに、保護者をもっと啓発することが必要である。
  • 小中高大における知的好奇心の醸成、想像力の伸長、科学的素養や科学的な疑問を持ち考え抜く力の育成、科学に携わることへの関心と意欲の喚起など、将来の研究者たる若者を育成する仕組みを構築すべき。その際、広い基礎知識の教授と自学自習のバランスをとることが重要であり、知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成のバランスのとれた指導法の充実を図るべき。
  • 子どもたちの理科離れが問題との指摘もあるが、イマジネーションや構想力も重要であり、人文も含めて広く捉えることが必要である。特に、人材の育成には文化的教養が不可欠であり、文化的教養と科学的教養のバランスのとれた教育の充実を図るべき。
  • 「出る杭を見出し、伸ばし、育てる」ためには、科学者や技術者などの外部人材を学校で活用することによって、理数好きの子ども達の裾野を広げつつ、才能豊かな子どもに高度な内容を学ぶ機会を提供することなどによって、その才能をさらに伸ばす取組を充実すべき。その際、特に「出る杭を見出す」工夫が重要であることから、科学技術コンテストや科学部活動などに対する支援を充実していくべきである。
  • 科学に興味を持つ子どもが、その個性に応じて、大学等の進路を適切に選択する能力を育成することが必要であり、キャリア教育の一層の推進を図るべき。さらに、子どもの進路選択に保護者の与える影響は大きいことから、進路選択に関する保護者の理解の促進を図るべき。
  • 企業や研究開発独法等の研究者で初等中等教育段階の学校で教えることを希望する者に対し特別免許状制度の活用を促すとともに、現職教員が最先端の科学技術と、それらの社会との関連に関する知識を得る研修の機会の充実を図るべき。
  • 子どもの教育に意欲のある優秀なポスドク等を教育界に招き入れるため、理科教育人材の発掘を行うとともに、教員の理科教育の指導力向上につながるカリキュラムの開発を行うべき。
  • 数学、理科の教育は世界標準を満たさねばならないが、実情は必ずしも十分ではないため、教科書の充実や、観察・実験の充実を図るなど、早急な改善が求められる。
  • 「スーパーサイエンスハイスクール」の拡充や研究開発学校制度の活用、あるいは専門学科・総合学科や中高一貫教育制度の活用などにより、初等中等教育における理数教育を促進すべき。
(2)高等教育
  • 高等教育段階の人材育成は、多くの学問分野や異分野への接触を深めるとともに、異分野の人材との交流を図る中で行われるべき。
  • 研究が先端化し、大学院生になってから広く興味を持つよう促すのは困難である。早い段階から新しい知識を身に付けさせることが必要であり、特に社会を支える科学技術を俯瞰的に理解させる能力を身につけることが重要である。
  • 科学技術に対する意欲のある学生が、その能力を十分に伸ばせるような取組を強化するべき。
  • 大学においては、意欲ある優れた理学・工学分野の博士課程修了者やポスドクが初等中等教育段階の教員として活躍できるような機会の充実、理数系科目の教材、指導方法の開発やこれを行う施設・設備の充実などの理数教育の支援機能の強化を図るべき。
  • 魅力ある理科授業を行うことができる理数系教員を養成するための取組を強化するべき。
(3)科学技術リテラシーの向上
  • 科学技術と社会との橋渡しを行い、社会におけるリテラシーを高める「科学技術コミュニケーター」の養成や確保、活躍の促進が必要である。
  • 論文や報告書を学会誌などで発表するだけでなく、科研費による研究成果を中高生にわかりやすく説明するような取組を強化することが必要である。
  • 子どもたちが育つ中で、自然に科学技術に対して興味や関心を抱くようになることが重要であることから、日本科学未来館や科学館など地域の身近な場で行われる科学技術コミュニケーション活動の充実や、科学技術に関する親子フォーラムの開催など、保護者の科学技術に対する興味・関心や素養を高めていくことが重要である。

2.公的資金の抜本的拡充

 近時の未曾有な経済危機の中、「経済危機だからこそ未来に投資すべき」との考え方に立ち、高等教育及び基礎科学を含めた科学技術への政府投資の抜本的拡充が必要である。

 資金配分については、研究者を優先した柔軟性のある制度改善が必要である。具体的には、年度をまたぐ予算執行、評価や提出書類の簡素化による研究者の負担軽減等の執行の柔軟化を図ることが必要である。特に競争的資金については制度の趣旨や目的に応じて、基金化を図ることを検討すべき。

(1)公的資金の確保
  •  国際水準を凌ぐ科学技術、高等教育なくして、日本再生の道はないことの認識を徹底するべき。そのために国民の科学技術リテラシーを向上することが重要である。
  • 高等教育への公的投資、基礎科学を含めた科学技術への政府研究開発投資の抜本的拡充が必要である。国立大学法人等、私立大学、研究開発独法の基盤的経費を確保した上で各種競争的資金を拡充することが必要である。
  • 国立大学法人等の運営費交付金、私学助成等については、年々削減が進んでおり限界となりつつあることから、総人件費の抑制を含め、1%削減の方針を撤回すべき。
  • 研究開発独法は、大学や企業では行えないプロジェクトなど国の戦略目標を実現する重要な役割を果たしている。また、研究開発は創造的な活動であり、定型業務ではないにもかかわらず、現在は国から民間への事業移管を目指す他の事業型独立行政法人と同様に扱われ、国立大学法人等と同様に運営費交付金が削減されてきている。大学等で得られた人材や研究成果をきちんと活用するためにも、総人件費の抑制を含め、削減の方針を撤回すべき。
  • 研究者の自由な発想に基づく研究を支援する科研費は、基礎科学力強化に極めて重要な役割を果たしているが、近年、伸び率が鈍化し、結果として直接経費が減っていることから更なる拡充を図るべき。
  • 政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究についても、基礎科学力強化に極めて重要な役割を果たしており、更なる拡充を図るべき。
  • 大学等や研究開発独法における基盤的資金と競争的資金については、政府投資全体の拡充を図る中で、基盤的資金を着実に確保した上で、両者の有効な組合せを検討すべき。
  • 日本の大学は税制の問題から寄付講座を設立する魅力が薄い。また、同様の理由により、研究開発独法に対する共同研究の魅力も薄い。寄付金の一層の活用を図るため、税制上の優遇措置を進めるべき。
(2)研究費の配分
  •  競争的資金について、研究者に着目した配分制度、きらりと光る若手研究人材を発掘し思い切って配分する制度、中堅の研究者への配分など、バランスとメリハリを両立した制度改善を図るべき。
  • 自然科学系と人文社会系、ビッグサイエンスとスモールサイエンス等について、その性格の違い、研究の多様性等を考慮したきめ細かなファンディングの仕組みを構築すべき。
  • 応用可能性とともに将来的な発展可能性を重視した評価を行いつつ、研究期間の長期化や切れ目のない研究支援を可能とする仕組みを構築すべき。
  • 研究課題の採択に当たっては、短期的な成果主義や過去の論文数などによる形式的評価に拘われないような評価システムが必要である。特に、将来の発展可能性を積極的に評価する姿勢が重要である。

3.研究推進システム

 基礎科学力は、すべての科学技術の礎であり、我が国が得意な分野や相対的優位にある分野に加え、不得意な分野や相対的劣位にある分野についても、当該分野の研究の振興を戦略的に進めることが必要である。特に、我が国が不得意であるが重要な分野については、早急に計画的な取組に着手すべきである。

 研究者への支援機能が欧米と比べ著しく劣っており、研究支援機能の抜本的強化が必要である。

 実験系の基礎科学力の成果は、大型研究施設等の研究インフラに大きく依存するものであり、国際協力等を活用しつつ、国内研究活動との一体的戦略の下、整備を進めることが重要である。

 オープンイノベーションが進む中、基礎科学分野における大学等と産業界との連携・協働を「次」の段階に進めることが重要である。

 研究ポテンシャルの糾合など研究拠点の整備、また、真に優秀な外国人研究者を受入れ、定着させるなどグローバル化が必要である。

(1)研究体制
  • 教員や研究者が教育研究により一層専念できるよう、研究資源・時間を最大限効率的に活用できる教育研究支援体制(研究支援者、技術支援者等の育成・確保を含む)を抜本的に強化すべき。
  • 基礎研究の成果について、研究データベースの構築、ネットワークの整備等を通じて広く研究者間で情報共有するとともに、特に産業界との関係においては、産業界の現場での問題意識を基礎研究に反映する仕組みとして、共同研究、研究人材の交流の促進を図るべき。
  • 大学においては、学術研究の新領域、新たな学際領域への発展が重要であり、社会的課題等について異分野交流を促進するための仕組みが必要である。
  • 研究開発独法においては、国の戦略目標を効果的に達成するため、研究人材の大胆な活用、柔軟なマネジメントなど、研究開発体制やシステム改革に先陣を切って取り組み、新たな研究開発モデルを提示していくことが必要である。
(2)研究拠点の整備
  • 世界の第一線の研究者が結集する優れた研究環境と高い研究水準を誇る世界トップレベルの研究拠点の形成を推進するため、拠点数の拡充を図るとともに、先進的な拠点のシステム改革の持続・発展を図るべきである。
  • 先端的研究には大規模な研究インフラの整備が不可欠であり、その効率的な整備には、研究施設の共同設置を含め国際協力が必要。また、我が国が得意とする分野については国内研究活動と一体的に研究を進展させるため、また、強化すべき分野については関連する研究活動を総合的に振興するため、必要な研究インフラの整備は国内整備を基本として取り組むべき。
  • 研究基盤施設については、施設の整備後も、技術支援者の適切な配置や運営費の確実な確保、共用の促進等、施設の能力を最大限活用し、画期的な成果が得られるようにすべき。
  • ボトムアップとして個人単位の研究とは異なる、国家として取り組むべき基礎研究の推進のための研究ポテンシャルの結集、研究課題に応じた柔軟な研究体制の構築、優れた中心研究者のみならず、有能な責任者(マネージング・ディレクター)の登用を促進する仕組みを構築すべき。
(3)グローバル化
  • 不確定要素の多い研究人材の養成だけではなく、踏み込んで世界最高水準の人材を積極的に「確保」すべく、優れた外国人研究者の招聘制度を拡充すべき。
  • 大学等研究機関における国際専門スタッフの養成・確保及び外国人研究者の生活環境や家族のケアなど周辺環境の国際化が必要である。

【結語】

  • 国是としての科学技術創造立国の意義を認識の上、基礎科学力の抜本的強化が必要である。政治の強力なリーダーシップの下、国家の最重要戦略として科学技術の振興に「社会総がかり」で取り組まねばならない。
  • 人類社会における科学の本質的な価値に鑑み、我が国は世界の信頼に足る貢献をしなければならない。
  • 加えて、世界水準を凌ぐ基礎科学力なくしては我が国の未来はないことは明白である。しかしながら、現下の状況は現実に逃避するばかりで、危機意識が希薄である。欧米先進国のみならず、急速に発展するアジア諸国の状況を直視すべきである。国際競争力維持に科学技術の果たす役割、重要性に関する国民の十分な理解の下、先進諸国と同水準以上の十分な公的資金の投入が不可欠である。
  • そのためには、まず、リーダーたるべき創造的人材の育成が喫緊かつ本質的な課題である。そのためには、初等中等教育から高等教育まで各段階の取組と、社会との各取組を関連付けた人材の育成の仕組みが重要である。特に、大学人のみならず産業界を含め社会全体の意識改革によって大学院教育の抜本的改革を進めること及び新たな「研究人材養成システム」を構築することが極めて重要である。
  • 基礎科学は、個人的な研究、組織を挙げて行う研究、様々な連携を図って進める研究など、多様な研究の進め方により優れた成果が生み出されている。個人の発想のみならず、目標管理が重視されるべき課題も多く、そうした多様性を十分に考慮した評価システムへ改善が求められる。
  • 創造的人材及び科学的知識を如何に活用するかがイノベーションに向かう「21世紀型」の科学技術振興の鍵である。優秀な研究者の活躍の促進のため、創造的な研究風土の醸成、先端的な研究のインフラの整備、研究者優先の研究システムへの改革など、政府の取組の方向をアクションプランとして明確にするとともに、確実に実行していくことが必要不可欠である。

(以上)

参考資料

お問合せ先

研究振興局振興企画課

Get ADOBE READER

PDF形式のファイルを御覧いただく場合には、Adobe Acrobat Readerが必要な場合があります。
Adobe Acrobat Readerは開発元のWebページにて、無償でダウンロード可能です。