量子ビーム研究開発・利用の推進方策について(中間とりまとめ)概要 -中性子・RIビームによる物質・生命・環境分野の課題解明・産業応用の新地平開拓に向けて-

平成17年7月
文部科学省研究振興局


本検討会では、広範な量子ビーム利用のうち、重要な側面である応用研究・産業利用の領域に焦点を当てた検討を実施。中間とりまとめでは、今後2,3年に本格ビーム供給開始を予定する大強度陽子加速器施設(J-PARC)及びRIビーム発生施設(RIBF)を中心に、当面取り組むべき課題に係る検討結果を整理した。今後、最終とりまとめに向け、中長期的課題についても検討を進めていく予定。

1.科学技術政策における量子ビーム研究開発・利用の重要性
  1.我が国の量子ビーム研究開発・利用の現状・動向
     我が国はBファクトリー(KEKB)、大型放射光施設(SPring-8)や重粒子線がん治療施設(HIMAC)等世界最高水準の量子ビーム施設を有し、さらに世界最高性能のJ-PARC及びRIBFの整備が進められている。一方、利用対象となる研究分野のより多様な領域への拡大に伴い、既設の量子ビーム施設の利用に対する需要はいずれも継続的増加傾向にあり、ビーム供用能力の限界に達しつつある状況。

  2.各分野における量子ビームの利用状況・課題
     我が国の量子ビーム利用研究は、基礎から応用まで世界の第一線にあるが、産業分野での先端的利用は最近議論され始めたところ。他方、欧米では、近年産学連携の下に量子ビームを活用したタンパク質構造解析やナノテクプロジェクト等を国家的に推進。また、最先端量子ビーム施設の整備についても我が国と同様な計画が進められ、我が国でも国際的な競争環境下で早期の施設稼動と成果創出を図るとともに、関係研究者等の海外流出防止に留意すべき状況。

  3.科学技術政策上の量子ビーム研究開発・利用の重要性及び位置付け
     原子力委員会「新原子力研究開発長期計画」原案において、基礎的・基盤的研究開発の柱の一つとして量子ビームテクノロジーが位置づけられるとともに、科学技術・学術審議会による第3期科学技術基本計画「重要政策」に係る中間とりまとめにおいて、量子ビームは重点領域の例示の中で、ナノテク及びライフサイエンスの「融合領域」の一つとして位置づけられている。

2.量子ビーム研究開発・利用のうち重点を置くべき分野及び利用課題
  1.重点研究分野におけるビーム利用の方向性及び主要課題
     最先端の量子ビームは、基礎科学研究分野での利用に加え、産業界を中心とした先端応用技術の開発を支える重要なツールとして、広範な利用を進めるべきもの。
(1)  ライフサイエンス・医療分野
 イオンビームによるがん治療及び植物の品種改良技術の普及・高度化の進展に加え、中性子ビームによるタンパク質の構造・機能解析が期待される。今後は前者について各地域への本格的普及や基盤技術の確立、後者について結晶サイズの微小化、X線を含む複数ビームの相補的利用が重要。
(2)  環境関連分野
 イオンビームによる高環境耐性植物の育種、中性子による環境微量分析技術開発等が進展。今後は中性子ビームによる燃料電池等の水素利用エネルギーシステムの構築が期待される。その際ビームの高強度化・収束技術向上による分解能向上、放射光との相補的利用の確立、施設利用の簡便化が重要。
(3)  材料・ナノテク分野
 イオンビームによる半導体の不純物添加や量子ドット材料の創製等の進展に加え、中性子ビームによるハードディスクの記録密度向上や大型構造物の非破壊残留応力の解析等が期待される。後者については、データ取得時間の短縮と自動解析手法の確立、高精度解析用ソフト開発等が課題。

  2.産業界での新たな利用可能性及びビーム利用の国際展開
   
(1)  産業界での新たな利用可能性の開拓
  中性子ビーム:材料・加工品内部の残留応力測定、電池・高分子材料の開発、水素・磁性検出能力を活かした燃料電池・磁気記録材料の開発、薬物設計、タービン翼検査、放射化元素分析等に期待。
  RIビーム:新規トレーサー活用による環境物質の循環プロセス解明や植物等利用による環境修復開発、有用RIによる放射性医薬品の探索、偏極ビームによる物性研究・材料開発等に期待。
  こうした産業利用の効果的推進を図るためには、産業界が利用しやすい体制の構築と、最新の技術成果の情報交換の場、さらに国際競争力ある料金設定の必要あり。
(2)  ビーム利用の国際展開の可能性
 主要なビーム施設については、「国際公共財」的視点に立ち、海外の実験装置設置及び一般利用について、所要の受入れ態勢を整備する必要あり。一方、国内の産業振興の観点から、海外から産業利用専用ビームラインへのアクセス制限についても留意が必要。

3.広範な科学技術分野との連携による利用促進及び利用者コミュニティ拡大に向けた諸課題
  1.各種ビーム源の相互補完性と包括的・横断的利用のあり方
     中性子、レーザー、X線(放射光)、イオン等各種ビームが本来持つ波長・エネルギーレベルに加え、各々の感受特性、強度、指向性等により計測・分析・加工等の得意分野が決まり、相補的利用が可能。利用計画立案に当たり、最も相応しいビーム選択、組合せ利用が極めて重要。

  2.外部利用のあり方と支援・サービス体制の構築
   
 外部利用のあり方
   J-PARCについては、施設運営者たる日本原子力研究所と高エネルギー加速器研究機構(高エネ機構)のミッションを基本に据えつつ、柔軟な外部利用システムの構築が望まれる。RIBFについては、理化学研究所の「RIBF共用促進検討委員会」の提言を踏まえた外部利用システムの構築が望まれる。
 産業利用支援体制の考え方
 SPring-8等の取組みを参考に、産業利用促進に向け、以下のような支援・サービスが期待される。その際、専用ビームライン設置までのリードタイムを考慮し、産学官関係者による研究会等を通じ、利用者ニーズの吸い上げ、ビームラインの設計・運用形態の掘り下げた検討を早期に進める必要あり。特に、中性子ビームについては、産業界での利用実績の不足に鑑み、各利用分野で早い段階に顕著な成功事例が出るよう具体的な課題設定及び推進体制の構築を行うことが望ましい。
産業利用枠の確保等柔軟なビームラインの設計・運用形態
アドバイザー、コーディネータ、オペレーター等の支援者の配置
試料郵送方式による実験代行・分析業務の実施(mail-inサービス)
トライアルユース・研究会開催等の利用促進プログラムの創設

  3.コスト回収の考え方と運転経費の確保
   
成果公開の場合は無償、成果非公開の場合は有償とすることが考えられる。無償の場合、経費は基本的に施設所有機関が措置。有償の場合、施設所有機関と利用者の間の適切な分担を検討する必要あり。(但し、成果非公開であっても研究・利用促進や産業競争力強化の観点から、国が利用料の一部を負担し、国際的に比較優位性ある料金設定を図っていく等の仕組みも要検討)
一方、自由な発想による優れた研究課題について、大学等に対する共同利用制度も重要。

  4.小型先進加速器技術開発による利用高度化と地域展開
     粒子線がん治療装置の地域展開に象徴されるように、量子ビーム利用の普及促進に向け、先進的な小型加速器技術開発による低コスト化、これによる全国各地域への普及加速化が期待される。当該取組みにおいて、大学・公的研究機関の果たすべき役割は大きい。

  5.専門研究者・支援者の育成のあり方
     技術の進展、利用可能性の拡大に鑑み、専門性の高い研究者・支援者の育成方策として以下が重要。
専門人材の育成・確保に向けた大学・大学院教育の充実・強化及びポスドク制度(海外への派遣を含む)の活用(例:総合研究大学院大学における高エネルギー加速器科学研究科の大学院教育プログラムの活用、修士の学生を対象としたCERN夏期セミナーの活用等)
量子ビーム利用を支える専門技術者を対象とした研修・訓練プログラムの充実(例:粒子線医療のための医学物理士育成等)
先端的な量子ビームの活用により、高校生・大学生を対象とした教育・研修ができるような仕組みの創設(例:高校生サマースクール等)
高エネ機構における「加速器科学総合支援事業」の活用(大学での加速器科学の推進、民間への技術移転 [含・インターンシップ])
産業界の加速器技術者の技術承継のための大学・公的機関との人事交流、専門家向け講習会開催 等

4.量子ビーム研究開発・利用推進に当たって当面採るべき方策
  1.未着手ビームラインの機器・利用系構築
   
(1)  J-PARCビームラインの整備及び利用系構築
 J-PARC中性子ビームラインに設置すべき実験装置については、2005年3月の国際諮問委員会の報告において、10台程度の装置を整備する必要ありと指摘されている。
 これを踏まえ、高エネ機構においては、液体間の界面等の研究を行う「高性能試料水平型中性子反射率計」、機能性材料の階層構造を解明する「高強度汎用全散乱装置」、強相関電子系や磁性体等の物質機能を解明する「高分解能型チョッパー分光器」等について、つくばキャンパスでの既設実験機器の改造・再活用を図りつつ、2007年度を目途に整備を進めていく方針としている。
 原研においては、自動車・原子力材料・精密機器等の内部残留応力評価を行う「残留応力解析用パルス中性子回折装置」、生体タンパク質等の運動・機能を解明する「生物用非弾性散乱装置」、磁性材料・超伝導材料等の動的構造を解明する「冷中性子ダブルチョッパー型分光器」等について、利用者側のニーズを踏まえ、ビーム本格供用開始予定の2008年度を目途に整備を進めることが望まれる。
 茨城県においては、産業利用促進を目的とした「生命物質構造解析装置」及び「材料構造解析装置」について、原研・高エネ機構等の協力の下、2007年度を目途に整備を進める予定。これら装置の利用は、企業ニーズに根差した本格利用への道筋を拓くものと期待される。
 この他、「中性子スピンエコー装置」や「4次元空間中性子探査装置」の研究開発のように、競争的資金の積極活用による機器開発や利用系の高度化研究を進めることも極めて有効な手法といえる。
 これらビームライン機器及び利用システムの整備に当たっては、産業界等の具体的利用ニーズ、技術面・制度面の要請を適確に捉え、設計段階からこれを参酌、反映していくことが重要。
(2)  RIBF実験設備の整備及び利用系構築
 RIBF計画では、各種実験を行うための設備整備は未着手。ゼロ度スペクトロメータ(元素質量測定等)や偏極RIビーム発生装置(材料解析)等の基幹実験設備を2006年度より整備し、元素起源の解明、新しい産業利用の開拓等、基礎・応用両面での潜在能力の利活用が望まれる。
 併せて、外部利用可能性や国際動向、外部資金含む多様なリソースの確保を留意する必要がある。

  2.ビーム利用に係る各種促進プログラムの導入
   
ライフサイエンス・ナノテク等広範な分野での量子ビーム利用促進に向け、SPring-8の事例も参照し、以下の利用促進プログラム導入を検討すべき。
量子ビーム利活用コーディネータ・アドバイザーの設置
量子ビーム利活用トライアルユース制度の創設
量子ビームのパブリシティ向上及び産業利用促進に向けた広報活動の展開
本プログラムの一体的・体系的推進には、プラットフォームを支える中核機関の設置が望ましい。その際、行政改革の流れを踏まえ、専門的知識を有する既存の機関の改組・活用の検討が必要。


(研究振興局基礎基盤研究課量子放射線研究推進室)