平成10年3月30日
目 次 はじめに 1 大学の研究成果の活用に係る現状と課題について (1)背景 〇近年における産学連携・協力に係る施策の進展 〇大学の研究成果の活用に対する期待の高まり (2)現状 〇大学における研究成果(特許等)の権利の帰属 〇発明に係る手続等 〇研究成果の産業界による活用状況 (3)課題と改革の方向 〇大学における研究成果の特許化の促進に向けて 〇特許の流通・活用の促進に向けて 〇技術移転機関の整備の促進に向けて 2 技術移転促進に向けての具体的方策 (1)研究成果の特許化の促進 〇特許に対する意識改革等 〇特許取得に向けてのインセンティブと支援体制 〇技術ニーズへの大学の機敏な対応 〇発明委員会の運営改善 (2)特許の流通・活用の促進 〇技術評価の重要性 〇技術移転コーディネータの育成 〇中小企業等への積極的な技術移転 〇実施料収入等の大学・研究者への還元 (3)技術移転機関の整備の促進 〇技術移転機関の機能と在り方 〇技術移転機関の運営 〇地域社会等との連携・協力 〇公的支援の必要性 3 技術移転に関連する今後の検討課題 (1)産学の連携・協力に係る諸制度の活用・改善に向けて (2)技術移転促進のための環境整備に向けて 〇知的所有権の取扱いの見直し等 〇私立大学の知的所有権に対する保護・尊重等 〇共同研究等の拡充について (3)大学からのベンチャー企業群の創出促進に向けて <注釈等に記載されている資料等は、本ページでは省略されておりますことをあらかじめご了承願います。> はじめに 我が国における基礎研究の中心的な担い手である大学教員による発明は、研究活動による知的な創造の成果の一つであり、広く学術文化の向上に資するとともに、学術研究の成果が特許等の知的所有権として結実し、その知識・技術が広く社会において活用され、産業の発展や国民生活の充実に寄与することは極めて有意義である。 大学における学術研究は、研究者の自由闊達な発想と研究意欲、高度な研究能力を源泉として展開されることによって、初めて優れた成果を期待できるものである。 また、その成果は、大学における基本的な役割である次代を担う人材養成・教育を通じて社会の発展に資するとともに、民間企業等ではリスクが高いためなどから取組み難い基礎的・独創的な研究に挑戦することにより、広く社会や人類全体の発展の基礎となる知見を生み出しており、学術研究を推進することは我が国にとって真に未来への先行投資といえる。 むろん学術研究は、研究活動の遂行上特許につながるような研究成果を上げることを直接的な目的としているものではないし、また、大学の全ての研究者に発明を求める性格のものではないが、学術研究が有用性を目的とする科学技術への基盤を提供する使命を有している以上、学術研究振興の観点から、研究者の優れたアイデアや原理的な発想が発明や特許に結実し、産業界等における社会的活用を促進することにより、大学の研究活動自体を触発・推進し、更に発明を盛んにして広く波及効果を社会に及ぼすことが期待される。 このような期待は、平成7年の科学技術基本法の制定を契機として、21世紀に向けて我が国が科学技術創造立国をめざす上で、今日益々高まってきている。本協力者会議においては、大学教員による発明が、上記のような意義を有することを踏まえ、昨年6月以来、大学における研究成果の社会への還元方策について検討を進め、去る12月に中間まとめを作成・公表し、各界各層の意見を求めたところである。此度これらを踏まえ、これまでの審議内容を取りまとめることとした。まず第一に大学の研究成果の活用に係る現状を述べるとともに、基本的な課題について問題点を分析し、新たな施策展開の方向性を示している。次いで第二に大学の研究成果の社会における有効活用を図るため、企業等への技術移転を促進するための具体的な方策について述べ、特に特許等を中心とした新しい技術移転システムの在り方を提示している。最後に第三として技術移転に関連する諸課題について、今後の検討方向も含め整理したところである。 また、別紙においては、具体的な技術移転システムのイメージを明らかにするため、ワーキング・グループにおいて検討されたそれらの参考例を示すとともに、本協力者会議の提言に基づく新たな制度改善等の進捗状況についてもその主なものを参考として添えた。 なお、本協力者会議では技術移転に果たす私立大学の役割の重要性に鑑みワーキング・グループを設け、私立大学と民間企業等が共同研究等の個々の契約等を交わす際の参考となる諸規程の参考例について精力的に検討を重ねてきたところ、関係者の利便のためその審議過程として本協力者会議に報告されたものを付属資料として作成した。 1 大学の研究成果の活用に係る現状と課題について (1) 背景 ○近年における産学連携・協力に係る施策の進展 21世紀に向け、我が国がより豊かで潤いある社会を実現していくためには、新たな知見や技術を生み出すことにより、新規産業や雇用を創出していくとともに、環境や人口等地球規模の問題の解決に貢献することが必要であるとの認識が社会の各方面から高まってきており、大学(大学共同利用機関、高等専門学校を含む。以下同じ)における学術研究に対し、産業界との連携・協力により、これらの課題に積極的に対応することが求められてきている。 このような要請に対し、大学がその今日的な使命として積極的に対応していくことは、外部からの新鮮な知的刺激を通じて、教育活動の活性化、学術研究における萌芽の発見や新たな展開につながることが期待され、大学にとっても極めて有意義である。 文部省においては、産業界のみならず、社会の各方面から大学に寄せられる期待と要請に応えるべく、平成8年2月に「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議」を設け、同年7月に策定された「科学技術基本計画」を踏まえつつ検討を進め、昨年3月に「新しい産学協働の構築を目指して」と題して、産学の連携・協力に係る具体的な推進方策のとりまとめを行い、兼業の規制緩和や共同研究等休職制度の活用等主として企業に対する大学教員による研究協力の拡充に係る諸制度の改善を実施したところである。 ○大学の研究成果の活用に対する期待の高まり 各大学においては、これらの諸制度の改善を踏まえ、共同研究の増大等 (注1) 産学の連携・協力の推進への気運が急速に高まってきているが、大学が求められる役割を果たし、国際的にも評価されるためには、大学における教育研究の質的向上が求められている (注2) 。 大学の教育研究活動においては、卒業生の就職、企業からの研修生の受入れなど人の交流、日常的な接触など様々な形態での交流を通じて、大学から産業界への技術移転は行われてきたし、今後もこのような技術移転による研究成果の活用は重要である。 しかし、現在の社会の期待に応えていくためには、とりわけ大学における知的創造活動の成果の一つである発明を特許という知的所有権の形で国民の知的資産として保護し、それらを社会経済の活性化に活かしていくことが重要である。 一国の知的資産としての特許については、過去10年間(1986〜1995年)に我が国は米国の4倍以上の特許出願を行っているにもかかわらず、約4兆円の技術貿易赤字となっており、また外国出願件数も国内出願の約半分に過ぎない (注3) 。これは、我が国の特許出願の範囲の運用が狭いこともさることながら、国際競争力を有し、ブレイクスルーを生む基本的な特許が相対的に少ないためであるとされており、基礎研究の担い手である大学の研究成果の特許化とその活用に対する期待が高まってきている。 具体的には、昨年8月に改訂された教育改革プログラムにおいて、「国立大学等から生じた研究成果が、産業界へ円滑に技術移転されるよう、研究成果についての特許権の取得、及びその流通の促進のための方策等について検討を行い、平成10年度を目途として所要の措置を講ずる」とされたところである (注4) 。 これらを受けて、大学と産業界を特許等を媒介として結びつける新しい技術移転のシステムを構築していくことが重要であり、そのための諸条件の整備の在り方について検討を進める必要がある。 (2) 現状 ○大学における研究成果(特許等)の権利の帰属 国立大学における特許等(特許権及び実用新案権並びにそれらを受ける権利)は、学術審議会答申等により、各大学の発明規程に基づいて取り扱われている (注5) 。 教官の発明に係る「特許等を受ける権利の帰属」の基準については、 1)原則として、発明者(教官)個人に帰属するが、 2)発明者から譲渡の申出があった場合並びに応用開発を目的とする特定の研究課題の下に、(a)国から特別の研究経費を受けて行った研究の結果生じた発明及び(b)国により特別の研究目的のために設置された特殊な研究設備を使用して行った研究の結果生じた発明の場合は国に承継するとされているところであり、現状(平成8年度実績)は下表のとおりである。
公立大学では、公立試験研究機関における扱いと同様に職務発明として地方公共団体に特許等を受ける権利を帰属させる取扱いをしている大学もあるが、国立大学に準じた取扱いとなっている大学もある。 また、私立大学では、職務発明として学校法人に特許等を受ける権利を帰属させる取扱いをしている大学もあるが、発明規程そのものが整備されていないために結果的に個人に帰属している大学も多い。 また、国立大学においては、実用新案権及び実用新案登録を受ける権利は特許権及び特許等を受ける権利に準じて取り扱う (注6) こととされており、データベース及びコンピュータプログラムの著作権の帰属についても著作権法の規定を踏まえつつ、同じような考え方がとられている (注7) 。 ○発明に係る手続等 「特許等を受ける権利の帰属」の決定手続きについては、国立大学の場合、 1)教官等が発明を行った場合には、大学長にその旨を届け出ることとなっており、 2)「国が特許等を受ける権利を承継するか否か」については、大学に設置された「発明委員会」の審議結果に基づき大学長が決定することとなっている。 国に帰属及び特許等を受ける権利を教官等から国が承継したものについては、日本学術振興会が大学長からの依頼に基づき、出願等の事務を処理している。 また、日本学術振興会から科学技術振興事業団に対し、委託開発、開発あっせんによる企業での実施や実施料徴収等を依頼 (注8) している。 その際、国から発明者へ補償金(登録補償金及び実施補償金)が支払われ、その限度額は一人につき通算して年額600万円となっている。 公私立大学において、発明規程が整備されている大学は多くはないが、特許の帰属の決定のため発明委員会等が置かれている場合がある。なお、職務発明として自治体や学校法人に権利が承継された場合は、発明者に補償金等が支払われる。 ○研究成果の産業界による活用状況 大学の研究成果による特許が実際にどの程度企業で活用されているかについては、大学の研究者が発明人となっている特許全てについて調査することが困難なため、全体像を正確に把握することはできないが、バイオ分野の特許出願(C−12分類)に限っていえば、大学の研究者が発明人となっている特許出願件数(出願人はほとんど企業)はバイオ分野全体の約4割に相当することが、推定されている (注9) 。 また、科学技術振興事業団が収集した平成8年度の日本を代表する創造的な新技術の実績のうち約65%、委託開発の実績(平成7年度末)のうち約61%、開発あっせんの実績(平成7年度末)のうち約48%の各々を大学の研究者の提供する発明が基になった新技術が占めている (注10) 。 ちなみに、東京大学生産技術研究所の教官に対して、当該教官が発明して個人帰属とされた特許等が企業等に譲渡されている件数をアンケート調査した結果、アンケート回答教官12人の特許等は、197件(累計)であり、そのうちの185件が企業に譲渡されている(そのほとんどは無償)。また、東北大学大学院工学研究科の教授に対するアンケートにおいては、過去5年間に個人有の特許出願に至る発明を行った研究者58人の出願件数は359件(教官が発明人)であり、そのうち317件(88%)が企業により出願(企業が出願人)されている。 以上のことから、現状においても大学が我が国の知的資産の創出と活用の主要な供・給源となっているといえるが、我が国の公的な研究資源の多くが大学に集まり、・また、高い研究水準と技術革新を生み出すポテンシャルが存在するにもかかわらず、その成果が、大学が生みだしたものとして産業界において目に見える形で十分に活用されていない現状にあるのではないかとされている。 (3)課題と改革の方向 ○大学における研究成果の特許化の促進に向けて 我が国の大学における学術研究の水準については、学術論文数、引用回数等の実績によれば、総じて米国に次いでヨーロッパと肩を並べる状況にあり、その研究水準は着実に向上しているといわれている (注11) 。 また、各省庁の特殊法人等による新たな基礎研究推進制度に係る出資金事業の採択状況において、大学の研究者が主体となった研究プロジェクトが全体の採択件数の大部分に採用されていることからも、大学が次世代の知的資産を形成する基礎研究において重要な役割を担っていることが明らかである。 しかしながら、これらの高い研究水準が研究成果として特許化に必ずしも結びついているとはいえない状況にあるのではないかとの指摘がある。その原因は、大学における研究は基礎研究が主体であり、特許化しても産業化までには距離があり、また実施する適当な企業も見つけにくいという性格を有していることが主に考えられるが、その他以下のような点も考えられる。 例えば、 (1)大学において特許の取得が研究業績として評価されにくい実態があること。 (2)特許取得に対する関心の低さから、本来特許化が可能な発明が特許出願されないうちに学会発表や論文等の形で公表されること (注12) 。 (3)原則として個人に特許を受ける権利が帰属するため、研究者に対する発明相談、出願代行等の支援体制が十分でなく、出願等に際し、個人の金銭的・時間的負担が大きいこと。 (4)研究者から特許を受ける権利が企業に無償で譲渡される傾向があるため、企業においても企業の業務と無関係、或いはその特許の応用可能性が不明である場合には、企業が出願しても審査請求しなかったり、成立しても維持しようとしない場合があること。 (5)発明自体が、特許化を目指した目的を持った研究からではなく、研究者の研究のプロセスで偶然に生じた場合が多く、現実の市場ニーズとマッチしていないこと。等が考えられる。このため、大学の研究成果の特許化の促進に向けて、これらの点を踏まえた具体的な施策の推進が求められる。 ○特許の流通・活用の促進に向けて 大学の研究者から特許等を受ける権利が企業に譲渡され、特許化されたとしても、当該企業により実施されず、または、実施を希望する企業に対しても実施させない場合があるため、実態として特許が休眠状態となり、大学の研究成果が社会に活用されず、埋もれたままになっているのではないかとの指摘がされている。 これらの原因として、 1)特許の実施により期待される市場規模が当該企業にとって小さく、費用対効果が悪い場合があること。 2)企業の出願戦略が防衛的な目的であり、他社に特許をとられて自社のビジネスが将来妨げられないようにするため、或いは自己実施するよりはライバル企業の実施を防止するために企業が保有する場合があること。 3)当該企業が他の企業の特許を使う場合にクロスライセンス契約するために保有する場合があること。 等が考えられる。 また、企業と大学との関係においても、 4)特許について事業化・企業化の可能性を適切に評価して、企業や消費者のニーズとマッチングする機能が不十分であること。 5)特許の実施だけでなく、大学からの技術指導、ノウハウ等の提供等がなければ、事業化には必ずしも成功しないこと。 6)企業により事業化に成功しても、大学や研究者に正当な対価が得られない場合が多く、特許を実施させることにインセンティブを欠くこと。 等が考えられる。 このため、特許が休眠化することを防止するとともに、特許の流通・活用を促進する観点から、特に実施について意欲と能力を有する企業やベンチャー企業等に実施権が設定される等、大学において生じた特許の有効利用が図られるよう、必要な環境整備を進める必要がある。 ○技術移転機関の整備の促進に向けて 大学の研究成果の特許化を促進し、適切な企業に実施させていく技術移転システムを構築していくためには、大学の研究成果の特許化とその流通・活用の促進に加え、特許の実施により生じた利益の一部を大学や研究者に還元し、大学における研究開発へのインセンティブを高めることが必要である。 すなわち、大学の研究成果が、1)市場性の観点から特許化され、2)適切な企業により実施されることにより社会において有効に活用されるとともに、3)その対価(実施料収入等)が適切に大学や研究者に還元され、4)更なる大学の研究活動に充てられ、新たな研究成果を生み出すという循環(フィードバック・ループ)のメカニズムを有する技術移転のシステムを作り出すことが必要である (注13) 。 しかしながら、現状ではオープンで自由に経済活動ができる十分な規模の特許市場が成立していない状況があり、結果として発明に係る権利が大学の一研究者と一企業との閉じられた関係で取扱われている場合が多いために、特許と市場のマッチングを行うリエゾン機能 (注14) が現行の技術移転の仕組みの中で十分働いていないと指摘されている。 一方、米国においては、大学の研究成果について 1)大学内部の専門的な技術移転事務所、2)大学関連の研究助成等の後援財団、3)民間の技術移転会社等が中心となって大学の特許等を積極的に企業へ移転していく仕組みが整備されている (注15) 。 このため、我が国においても、特許等を中心とした新しい技術移転システムの中核として、このような大学と産業界を結びつけるリエゾン機能を果たす技術移転機関を積極的に整備していく必要がある。 2 技術移転促進に向けての具体的方策 (1)研究成果の特許化の促進
○特許に対する意識改革等 大学から生じた研究成果が十分権利化されていない現状を踏まえ、大学における研究成果が経済的価値を有する発明を創生し、特許化されることにより、新たな市場の創造、ひいては新産業の創出に貢献し得ることについて、大学の研究者のみならず産業界においてもその重要性が認識され、関係者の特許マインドを高めるような啓発活動の展開や増大する特許出願までの事務手続等を支援することが求められる。 具体的には、大学の教員等が特許セミナーへの参加等により日常の研究活動において特許に対する興味・関心を高める取組みや、知的所有権の主張を強化し、場合によっては慣習化しているといわれる企業への個人特許等の無償譲渡について正当な対価を企業に対し求めていくことも考えられる。また、研究者自身も、研究成果を公表する時期等について配慮すること (注16) や研究成果に含まれる大学のノウハウや企業のトレードシークレット(営業秘密)等を保護するため (注17) 情報管理を適切に行うこと等、発明を生み出す研究環境を提供する大学はもとより、特許を取得・実施する企業や技術移転機関の利益に対し、配慮する必要がある。 ○特許取得に向けてのインセンティブと支援体制 大学の研究者にとって、研究業績等の評価に論文だけでなく、特許の取得や実施の実績を考慮することは特許取得に向けて重要なインセンティブに成り得ると考えられる。平成9年12月の学術審議会建議「学術研究における評価の在り方について」において「評価の視点」の基準として「特許等の知的財産の形成」を考慮することが明示されたのを踏まえ (注18) 、研究者による特許に係る諸活動が各大学の自己点検・評価の実施マニュアルに評価指標として盛り込まれることが期待される。 また、各大学において、教員の採用及び昇任等にあたり、特許等についても研究業績の評価の対象とすることが望まれる。 今般、研究者の特許についての関心を高める工夫として、科学研究費補助金申請時の研究計画調書の作成記入要領に、研究業績として特許等の工業所有権についても、記入できる旨明示したところであるが、更に研究計画調書の業績欄にも例示することも検討する必要がある。 また、研究者個人に特許を受ける権利が帰属することが原則であるということは、個人に特許の取扱い先を選択する自由が与えられていると同時に、個人の負担責任が大きいものであるから、研究者個人に対する特許取得のための公的な支援サービスを充実する必要がある。例えば、科学技術振興事業団による有用特許取得制度等の特許化支援事業の活用、特許庁による特許流通アドバイザーや弁理士の大学への派遣、各・種の産学技術交流会や発明相談会等への研究者の参加を促すことも重要である (注19) 。 なお、研究者個人の権利処理の負担を軽減させるため、適正な契約の下に企業や技術移転機関へ「特許を受ける権利」の形で譲渡することや大学と技術移転機関との以下に述べるような「技術移転調査研究契約」 (注20) により権利処理を技術移転機関に委ねることも考えられる。 ○技術ニーズへの大学の機敏な対応 大学全体として発明・特許の創出、流通、活用の促進に取り組むため、例えば共同研究契約の一形態として技術移転の対象となる技術シーズを大学として調査研究すること等を技術移転機関と共同して行う「技術移転調査研究契約」制度を導入し、技術シーズの発掘やそれらの特許化により、産業界に大学の研究成果を利用しやすい形で提示していく必要がある。 また、その際、筑波大学の「科学技術相談委員会」や東海大学の「総合研究機構」のように、学内に例えば「技術移転協力委員会」などとして、技術移転に積極的に協力するための横断的な教員組織等を整備して行くことも考えられる。 更に、企業等に対し、より積極的に大学の研究活動や出願後の研究成果を情報発信していくため、各大学等による研究カタログやホーム・ページ等での研究紹介やマサチューセッツ工科大学によるテクノロジー・キャピタル・ネットワークのようにベンチャー・キャピタル等の興味・関心を引くような形態で、インターネットを活用した研究シーズのデータベース・サービス (注21) を行ったり、小樽商科大学や立命館大学のように商業地区でのサテライト・オフィスの展開も有効であると考えられる。 ○発明委員会の運営改善 今日、各国立大学の発明規程に基づき設けられている発明委員会の運営については、教官の研究活動により発明が生じた場合に、迅速かつ効率的な権利処理を行うという機能を十分発揮し得ていないのではないかとの指摘があり、発明委員会そのものを廃止すべきではないかとの意見もあるところである。 しかしながら、発明委員会は、その帰属の判断を学内組織において行うことにより、帰属の透明性、権利者の妥当性などを確立するものとして、重要なものと考えられる。なお、発明委員会の在り方等について、今後更に検討することも必要である。 このため、発明委員会の運営をより迅速に効率的、効果的に行うこととし、当面次のような方策により改善を図ることが考えられる。 例えば、 1)発明委員会を各部局・研究所単位に置くこと。 2)国に権利が帰属する場合をより具体的で特定可能な研究費及び研究設備・施設に、明確化するとともに、標準的な様式により帰属決定を簡便化、統一化すること。 3)発明委員会そのものを常時、学内LAN上に開催し、発明のタイトルが報告されると同時に審査が開始されるよう電子会議化すること。 4)緊急を要する場合は発明委員会への届出前に出願でき、事後の報告により、発明委員会で審査できるようにすること。 5)発明委員会に届出・報告後、一定期間内に発明委員会の委員から申立てがない限り、個人に帰属するものとみなすことができるようにすること。 など、今後これらに伴う発明委員会に関する取扱い等の見直しが必要である。 なお、国に権利が承継された場合においては、競争的な環境で積極的な活用を図るため、今後国立大学が技術移転機関や企業等に一定の手続きを経て特許等の譲渡や専用実施権を設定するなど、当該権利の管理実施方法を検討していくことが望ましい。 (2)特許の流通・活用の促進
○技術評価の重要性 大学の研究成果が特許化されたとしても、実際には、例えば国立大学等が管理している国有特許(1,105件:平成8年度末現在)のうち実施料収入を計上しているのは23件、約3,100万円(平成8年度の収入)にとどまっている状況にあるなど、その実施状況は必ずしも活発ではない。 これらの特許は特定の者が独占すべきでなく、国として保有すべき重要な基本的特許であるものの、市場が限定的であったり、更に開発研究を要する場合が多いことによるものと考えられるが、特許が市場において積極的に流通・活用されるためには、企業や消費者が必要としている技術シーズの発掘と、その応用可能性や市場的価値についての適切な評価がなされることが重要である。 ○技術移転コーディネータの育成 今日、大学に対しては広範な学術研究の基盤に立った、企業とは異なる大学ならではの基本的な特許の創出が一層期待されている。このため、基本的な特許を新技術等の創出に結びつける必要から、研究者に対しては単なる出願代行サービスではなく、研究過程において発明相談に応じ、市場性を考慮した適切なクレーミング(特許請求の技術的範囲を規定すること)により特許を出願する能力と大学の技術を事業化し得る特許実施企業へマーケティングを行う能力を有する者のサービスが必要である。すなわち、市場の眼で大学から革新的技術を発掘し、評価できる「技術の目利き」といわれる技術移転の専門家 (注22) による研究者に対する支援が不可欠である。 このような人材は我が国において絶対的に不足しているといわれているが、国公私立大学の共同研究センターの全国組織である全国大学産学連携センター協議会の発足(平成9年10月)や日本工学会における産学の技術移転に関する学会活動などの新たな取組みを契機として、日本弁理士会等知的所有権関係団体の協力を得ながら、産学間の技術移転のコーディネータ役を担い得る専門家を育成、研修、活用していくとともに、そのネットワーク化を図ることが期待される。また、(財)日本テクノマート (注23) や米国AUTM(米国大学技術管理者協会:Association of University Technology Managers ) (注24) との連携も望まれる。 ○中小企業等への積極的な技術移転 大企業等においては、有用な特許であってもその事業規模に合わないために実施されず死蔵(休眠化)されているケースが多いといわれている。大学から生じた特許についても実施先として大企業だけを念頭に置くと、同様に実施されないことが予想されるため、新規市場の創造に意欲の高い中小・中堅企業やベンチャー企業等に移転し、大学の特許の実施を促進することが求められる。 中小企業等の中には、ニッチマーケット(あまり注目されないすき間市場)や事業の新展開に意欲はあっても、技術力や情報収集能力等が伴わないことから、大学の研究成果へのアクセスが困難になっているケースも多い。大学は技術移転先について、このような受入れ側の実態をよく把握して、技術レベル、経営規模等に合った技術移転を図ることが必要である。このため、各大学の共同研究センターによる、このような企業のニーズ調査や研究開発コンソーシアム(複数の企業等による研究又は研究助成組織)の結成等、優先的に大学の特許を実施させるための工夫が必要である。 その際、特許の実施が事業化に円滑に結びつくよう、受け入れ企業に即した技術の紹介を行うとともに、必要に応じて大学からノウハウの提供や技術指導、更には製品化のための生産技術、製品技術、用途技術等の提案を行うことも重要である。 また、その際、技術移転機関等による市場調査や経営指導、フィージビリティー・スタディー(市場化可能性調査)も併せて期待される。 ○実施料収入等の大学・研究者への還元 大学の知的財産が権利化され、その実施により生じた経済的果実を大学や研究者に還元していくシステムを構築していくためには、上記のような適切かつ迅速な特許実施許諾が不可欠であるが、このような技術移転サイクルが恒常的に機能し、発展していくためには、発明の源泉となる大学の研究資源の充実を図ることが不可欠である。 このため、実施許諾に伴う企業からの実施料等、特許の活用により生じた利益を大学や研究者に還元していくことを担保することが重要であるが、例えば共同研究等から生じた共有特許の場合、1)相手方企業に国有分又は個人有分の優先的な買取オプションを与えたり、専用実施権を設定する代償として、実施料収入の一部を大学及び研究者に還元させること。2)相手方企業が一定期間に実施権を行使しない場合、第三者へ実施権を設定できること、また、個人有特許の場合、3)実施企業等に実施料収入の一部を大学及び研究者に還元させること等が考えられ、これらの場合には、特許等の権利を企業や技術移転機関に譲渡又は実施許諾(ライセンス)する際に契約上明示する必要がある。 特に、国有特許については、国立学校特別会計への実施料収入の貢献度に応じた共同研究等に係る校費の配分や、研究者への補償金の上限撤廃等、研究活動への運用果実の還元に関し、その取扱いの改善を図ることが重要である。 (3)技術移転機関の整備の促進
○技術移転機関の機能と在り方 大学の研究成果から生み出された知的財産の権利化、流通及び活用に関し、技術移転システムの中核として総合的な技術移転サービスの提供を行い得る技術移転機関の具体的な機能については、近年のベンチャーキャピタルや第三セクター等による様々な取組状況 (注25) とその問題点等を踏まえながら検討していく必要がある。 基本的には以下のような諸機能を果たすことを通じ、大学の研究成果を市場メカニズムを通じた適正な対価で産業界に移転し、かつ研究資金が大学や研究者に還元され、更なる研究を促す好循環を生み出すことが期待される。また、当該機関においては、技術評価について学内の発明委員会に対し助言することや、大学教員による専門機関への指導も期待される。 1)事業化しうる研究成果(発明)の発掘、評価、選別 ・技術移転コーディネータを大学に派遣 ・特許化可能性、市場性等の観点から技術シーズ評価(市場に対する格付けも含む) 2)当該発明に関する特許取得・維持 ・特許出願し権利化(海外出願等の戦略的な対応を含む) ・特許侵害に対する権利行使 3)当該特許に関する企業への実施許諾等 ・企業等に対する情報提供やマーケティング ・実施権等の設定等 4)実施料収入の管理 ・一定割合を研究費等として大学や研究者へ還元 5)事業化に向けての各種サービス ・大学との共同研究等の斡旋、技術指導の仲介、研究施設・設備の貸与、 情報サービスの提供等 なお、これらの全ての機能を必ずしも一つの技術移転機関が提供する必要はなく、複数の様々なタイプの技術移転機関等が相互に連携・協力しあって、これらの機能を提供することも考えられる。 また、具体的な設置の形態については、例えば、設置単位・規模、設置者、技術分野等については様々なパターンが考えられるが (注26) 、 1)自らの責任と判断で自由に経済活動が実施できること(より市場性を持つこと)が必要であること。 2)技術移転コーディネータを有する等、専門的な知見・能力が必要であること。 3)研究者や市場の動向に機敏に対応するため組織の柔軟性、意志決定の迅速化が必要であること。 4)特許だけでは初期運転資金の収入確保が困難なため、民間等からの資金を導入する必要があること。 等の理由から大学の教育・研究組織からは、独立した組織とすることが考えられる。 なお、その組織形態は、技術コンサルタントやベンチャーキャピタル等による株式会社、大学後援法人や第三セクター等の公益法人、投資事業組合 (注27) 等の組合、学校法人等、ケースバイケースであるが、産学間の技術移転事業に長年の実績を有する科学技術振興事業団とも連携を図りつつ、大学や地域等の実情に応じた多様な形態が考えられる ○技術移転機関の運営 技術移転機関の業務の中心が特許の実施許諾にある以上、取扱う特許権が実施料収入等の収益をもたらすまでには相当の運転資金と期間を要することが予想される (注28) 。また、国内で不足している技術移転コーディネータのような専門家の確保にも困難が予想される。 このため、東海大学、立命館大学や龍谷大学のように大学自らの経営戦略に基づき学内に「研究推進本部」や「リエゾン・オフィス」等の組織を整備したり、教員のイニシアチブにより自ら出資 (注29) して技術移転の会社を設ける等、大学や教員が主体となって技術移転機関の機能の一部を担おうとする動きもみられる。また、技術移転機関が取扱う特許の付加価値を高めるため企業からの実施料を待つだけでなく、特許のマーケティングにおいて、オプション契約 (注30) 、リース契約 (注31) やレター・オブ・インテント (注32) の導入など、多様な契約形態を開発していく工夫が必要である。 ○地域社会等との連携・協力 今日、地域社会における製造業の空洞化が深刻な問題となっており、大学の研究開発機能への期待が高まってきている。このため、大学の研究成果を地域社会において有効に活用する上で、技術移転機関が果たす役割は非常に大きく、その活動に当たっては地域社会との積極的な連携・協力が不可欠である。 従って、大学の研究成果を地域の企業へ円滑に移転するため、各地の共同研究センターの協力会 (注33) 等大学支援組織の活動、地方公共団体、第三セクター、地方通産局等が実施している各種技術移転支援事業 (注34) や、科学技術振興事業団が実施している地域研究開発促進拠点支援事業 (注35) との連携・協力を図りながら技術移転を進めることが地域企業の研究開発力の活性化にとって重要である。 例えば、各地の共同研究センターの地元協力会を発展的に解消させ、企業コンソーシアム (注36) を設立し、その入会金や会費により技術移転機関の運営費の一部を賄うとともに、地元会員企業への優先的な技術移転を促すことも考えられる。 また、技術シーズの安定的な確保と経常的な発掘・普及を進めるため、技術移転機関も単独の大学に依存することなく、地域内の各大学の共同研究センター、国公立や民間の試験研究機関等とのネットワークの構築を図ることが重要である。 ○公的支援の必要性 技術移転機関の活動については、今日において、その役割の重要性にも拘わらず、試験的な事業が一部で始められたばかりであり、事業者も少ないため、未だ十分な社会的認知を受けるに至っていない状況にある。また、取扱う特許が果実を生むまでに大きなコストと長い時間を要すること等から新規参入の困難性が指摘されている。 一方、技術移転機関が実施する事業は、大学における発明に連なる幅広い学術研究の進展に資するとともに、その研究成果を新技術・新産業に結びつけ、経済社会の活性化を図るという社会的意義を有し、科学技術創造立国を目指す我が国にとって極めて有益である (注37) 。このような高い公益性に鑑み、今後、技術移転機関の活動を各界各層から始動させ、全国各地に普及させていくためには、何らかの公的な支援措置が望まれる。 技術移転機関は、 1)知的創造サイクルの中核的存在であり、大学や研究者への研究資金をフィードバックするという性質を保有していること。 2)立ち上げ期のリスクが高く、果実を生むまでの懐妊期間が長いこと(米国の一流大学でも立ち上がりに10数年を要している)。 3)経済構造改革を緊急課題として推進する上で、短期間での育成が期待されること。 等の性格を有していることを踏まえつつ、 1)研究者の自立性や自由な発想に基づく研究の展開等、大学の研究の特性を最大限尊重すること。 2)安定的なシーズ(発明)供給能力(大学や相当数の研究者との提携関係)を有すること。 3)知的財産収益の配分ルールが明確であること(大学や研究者への還元の保証)。 4)実施候補企業からのアクセス機会が公平・広範であること(特に中小企業やベンチャー企業等からのアクセスの確保)。 5)民間からの資金導入が確実であること(自らのリスク負担含む)。 等を条件として、政策的な支援措置を講ずることについて、法的な整備を含め検討する必要があると考えられる。 また、公的支援に当たっては、関係省庁による技術移転に関連する事業を技術移転機関の活動に積極的に利用していくことが必要であるが、とりわけ大学の研究成果を主な対象として行われている科学技術振興事業団による新技術開発事業 (注38) との連携を図ることは重要である。科学技術振興事業団では、大学等の研究成果の活用を図るべく国民経済上重要な研究成果について、企業化開発を必要とするものについては「開発あっせん」、更に企業化が困難なものについては、企業等に委託して開発を実施し、その成果を普及する「委託開発」等の新技術開発事業を行っているが、技術移転機関が発掘した研究成果のうち、企業化に直ちに結びつかないものでも、社会的に重要な研究成果については、これら事業を積極的に活用し、実用化を推進していくことが望まれる。 また、大学においても技術移転機関の活動に積極的に協力し、連携を強化するため、大学自らリエゾン機能を有するとともに、共同研究等により試作品(プロトタイプモデル)の開発までを目指す新しいタイプの共同研究センターの整備を図る必要がある (注39) 。 3 技術移転に関連する今後の検討課題 前章までは、特許の取扱いを中心とした新しい技術移転システムの構築について検討してきたが、大学の研究活動の活性化やその成果の有効的な活用を通し大学がより主体的に社会に貢献していくため、大学から企業への技術移転に関連する以下のような諸課題についても学界や産業界等との連携を図りつつ、引き続き検討を進める必要がある (注40) 。 なお、政府全体として産学の連携・協力について取り組むために昨年6月に設けられた「産学の連携・協力の推進に係る関係省庁会議」 (注41) 等においても必要に応じ検討されることが期待される。 (1) 産学の連携・協力に係る諸制度の活用・改善に向けて 「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議まとめ」(平成9年3月)の提言等を受けて、昨年度より実施された産学間の人的交流の推進を中心とした研究協力に係る諸制度の改善措置を踏まえ (注42) 、これらの一層の活用と運用の改善を図っていく必要がある。 このため、これらの新しい諸制度の仕組みとその活用方法について大学事務職員のみならず、企業経営者や大学・企業の双方の研究者等に周知を図るため、各種会議・研修会等を通じて、啓発・広報活動を実施するとともに、その運用に際しての提案・助言等に速やかに対応する体制の整備を進める必要がある。 特に、大学における研究協力に係る窓口業務の改善や外部資金受入審査等学内手続き等の簡素化、迅速化を推進する必要があるとともに、これらの取組に対する民間企業等の積極的な協力が期待される (注43) 。 (2)技術移転促進のための環境整備に向けて 今後、多様な形態で技術移転を一層、深化・加速化するため、関連する諸条件の整備について必要な検討が望まれる。 ○知的所有権の取扱いの見直し等 これまでは、特許権及び特許等を受ける権利については、原則個人に帰属することを前提に技術移転システムの構築について検討されてきた。 このことは、「原則個人有・例外国有」の考え方 (注44) を採ることにより、特許の取扱いをどこに任せるかという選択の自由を研究者個人に保証するとともに、研究者自身に最も大きなインセンティブを与え、事業化に協力する意欲を持たせ得るというメリットがあるとされている。しかしながら一方で、仮に技術移転機関が設立されたとしても、技術移転機関に特許を移転することに魅力がない限り、従前どおり特定の企業を選考し、結果として休眠化現象を妨げることができないのではないか、また、個人帰属では大学の発明・特許を大学が組織的に一括管理することが困難ではないかとの指摘もある。このため、権利の帰属の在り方については、発明委員会の存廃についての検討も含め、中長期的に見直していく必要がある。 また、技術移転機関が扱う知的所有権は当面特許及び実用新案及びそれらを「受ける権利」であるが、この他に著作権法に規定されるデータベース及びコンピュータ・プログラムについても著作権の譲渡契約を締結すること等により、技術移転機関において取扱うことが可能であると考えられる。ただし、他の知的財産、例えば半導体集積回路の回路配置(マスク・ワーク)、意匠、商標、商号、植物品種、ノウハウ等の知的財産に係る知的所有権についての取扱いは、いずれも現在大学における取扱いの規程がない状況である。これらの権利についても、帰属関係が明確であれば原則として技術移転機関においても扱い得ると考えられるが、今後大学におけるこれらの知的所有権の取扱いの在り方について検討する必要がある。 ○私立大学の知的所有権に対する保護・尊重等 実施料収入等の大学への還元については、国立大学と企業との共同研究等の場合は文部省通知等の諸規程において担保されているが、一方で、私立大学が民間企業と共同研究契約等を締結する際には、現状においては、共同研究等から生じる知的所有権について大学や研究者の権利を主張できない、或いは権利を確保したとしても当該知的所有権を企業が実施した対価としての実施料等を徴収できないなどの問題が生じているとの指摘がなされている。 既に、欧米の大学、とりわけ米国の私立大学においては、大学で創出された知的財産を権利として経営戦略として行使し、得られた実施料収入等を大学の教育研究活動に再投資するメカニズムが確立していることとは対照的な状況にある。 もとより、私立大学と企業との知的財産に係る契約は、私的経済活動に属する事柄で、当事者間の合意の下に締結されることが当然であるのはいうまでもないが、私立大学において、産業界との共同研究等を推進するとともに、その際、知的所有権に対する保護・尊重の観点から、共同研究等の成果として私立大学が知的所有権の持分を確保するとともに、実施料等を企業から得ることが重要である。 このため、私立大学と企業が共同研究等の個々の契約等を規定する際の参考となるような諸規程についての参考例の作成を検討することが必要である (注45) 。 また、私立大学と企業等との共同研究等を促進するため (注46) 、企業等からの実施料収入や受託研究を行う場合の受託料収入を非課税としたり、外部からの寄附金の受入れを促進するなど、税制面での取組みも重要である。 ○共同研究等の拡充について 大学が企業に対し研究成果を移転していく上で、非常に効果的とされている大学と民間等との共同研究や受託研究等の制度については、その一層の活用を図るため、当該契約に当たり、例えば、進行状況報告の履行、営業秘密の保持、当該企業と第三者とのクロスライセンス契約への対応等の規定の導入等、企業側が大学を対等の研究パートナーとして位置付ける上で重要な課題について検討を進める必要がある。また、研究者個人が民間等からの技術相談を受ける場合等、民間側が営業秘密保持のための覚書(Non−Disclosure Agreement)等を要求した場合の対応についても検討が必要である。 更に、共同研究等の一層の拡充を図るため、高速ネットワークを活用した情報通信技術に係る共同研究への法人税の税額控除等企業に対する共同試験研究促進税制を拡充すること、国立大学に受け入れた研究費について、その経理及び執行手続の簡素化・迅速化を推進すること、共同研究や受託研究に至る以前の「技術指導」や「施設・設備等の利用サービス」や以後の「アフターサービス」等レベルに応じた多様なタイプの研究協力制度を導入すること、医療分野における臨床研究等服務の公正な遂行が強く求められる研究分野において、より高い透明性を確保するためのルール作り (注47) を図ること、大学と国立研究試験機関、公立や第三セクターの試験研究機関との有機的な連携・協力体制を確立すること、大学キャンパス内に民間等による共同研究施設の整備を推進すること、地方公共団体等の有する施設等を国立大学が活用する方策について検討すること、共同研究センターへの寄附研究部門の整備や外部評価の導入により、その運営の活性化を図ること等について引き続き検討を進め、すみやかに実現を図るよう努めることが重要である (注48) 。 また、企業においても共同研究等の手続きの窓口を一本化するなど簡素化が図られることが望まれる。 (3) 大学からのベンチャー企業群の創出促進に向けて 産学の連携・協力に係る施策の展開に関しては、共同研究等の推進、産学間の研究者の交流の拡大に続き、知的所有権の流通・活用を促進する技術移転システムの構築が進められることにより、今日、新しい局面を向かえつつあるといえる。 我が国が今後とも国際社会において知的共有財産の形成に主要な役割を果たしていくためには、知的資源の集積している大学こそが知識産業時代における新技術・新規事業・新産業の母体としての役割を果たすことが望まれており、シリコンバレーに見られるような大学の独創的な研究シーズを基にした新しい研究開発型のベンチャー企業群の創出とともに、大学における先端的な学術研究の飛躍的な進展が期待されている。 このため、教員や学生等によるスピンオフ企業 (注49) の創設等、ダイナミックな産業界への技術移転を促進する観点から、大学の教員が自らベンチャー企業を起こしたり、役員や顧問として技術移転機関やベンチャー活動等への経営活動に参加することや、国立大学の教員のベンチャー企業等への再就職制限の在り方について検討を進めることも必要である (注50) 。 更に創立間もないベンチャー企業や中小企業に対する技術指導、ノウハウの提供、共同研究等、大学ならではの支援は、自治体や産業界による資金提供や経営指導等の他のベンチャー支援策と同様に重要であると考えられる。 また、大学教育の面においてもインターンシップの導入・推進やベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの整備、連携大学院の展開、知的所有権に関する教育を含むベンチャー講座の充実 (注51) 等起業家精神を培い、ベンチャー・ビジネスを担い得る人材の育成を図ることも重要である。 ──────────────────────────────────── (注1) 参考資料P1「共同研究等の実績」(昭58〜平8) (注2) 参考資料P3〜5「21世紀の大学像と今後の改善方向について」大学審議会に対する文部大臣諮問理由(平9.10)、「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について」学術審議会に対する文部大臣諮問理由(平10.1) (注3) 参考資料P6「21世紀の知的財産権を考える懇談会報告書」(平9. 4特許庁) (注4) 参考資料P8〜9「教育改革プログラム」改訂版(平9. 8)参考資料P10「経済構造の変革と創造のための行動計画」(平9. 5)及び同第1回フォロ−アップ(平9.12) (注5) 参考資料P11〜14「大学教員等の発明に係る特許等の取扱いについて」(昭52.6学術審議会答申)、「国立大学等の教官等の発明に係る特許等の取扱いについて」(昭53.3文部省通知) (注6) 参考資料P13〜14「国立大学等の教官等の発明に係る特許等の取扱いについて」(昭53.3文部省通知) (注7) 参考資料P15「国立大学等の教官等が作成したデータベース等の取扱いについて」(昭62.5文部省通知)。なお、国立大学における受託研究制度においては、国に帰属した著作権について委託先の民間企業等へは特許の取扱い(研究交流促進法第7条参照)と異なり譲与できない。(財政法第9条参照) (注8) 参考資料P16「日本学術振興会における国立大学等の特許出願等事務の取扱い」 (注9) (財)バイオインダストリー協会の調査による。「大学等の研究成果をわが国のバイオインダストリーの振興に役立てるために(平10.3)」参照 (注10) 「科学技術振興事業団要覧」(平成9年度版)参照 (注11) 「平成9年度我が国の文教施策」第1部第4章第1節「我が国の研究水準」(文部省)参照、「科学技術指標平成9年版」第5章「研究開発の成果」(1997年5月科学技術庁科学技術政策研究所)参照 (注12) 参考資料P17「特許法(抄)」特許法30条の規定により6カ月までは新規性の喪失の例外とされ出願は可能、ただし第三者の出願には対抗できないとされている。(第三者も「公知の事実」のため新規性なしとして、特許不成立。)このため、企業は虫食い状態の特許出願しかできず、応用範囲の広い基本特許が成立しにくいとされている。 (注13) 参考資料P7「21世紀の知的財産権を考える懇談会報告書」(平9. 4特許庁) (注14) リエゾン機能:大学から生じる研究成果から知的財産を見い出し、権利化するとともに企業に技術移転させ、事業化に結びつける機能。具体的には発明の権利化、特許の維持管理並びに実施許諾等。「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議まとめ」(平9. 3)P20「リエゾン機能の整備」参照 (注15) 「米国における技術流通機関に関する調査」(平9. 3(財)日本テクノマート)参照 (注16) 「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議まとめ」(平9.3.31)P14、「研究成果公表に当たっての留意点等」参照 (注17) 参考資料P18「不正競争防止法(抄)」 (注18) 参考資料P19「学術研究における評価の在り方について」(平9.12学術審議会建議) (注19) 参考資料P20「各種特許化支援事業」参照。また、平成10年内に東京大学国際・産学共同研究センターにおいて全国の共同研究センターに対し特許情報サービスをオンラインで提供開始予定。 (注20) 「技術移転調査研究契約」とは、企業等における事業化に有効な戦略的基本特許を発掘、評価するため、大学に技術移転機関から技術移転コーディネータを受入れ、大学と技術移転機関が協力して、教員の研究活動や研究成果について市場性等の観点から技術シ−ズを調査し、必要に応じ試験研究も行う研究協力制度に伴う契約。 (注21) 平成10年内に学術情報センターにおいて「民間等との共同研究」の実績に関するDBサービスを開始予定。 (注22) 米国ではライセンシング・アソシエートと称し、通常、産業界と大学での研究や経営管理等の経験を有し、市場動向(顧客ニーズや国際標準等)に精通している知的所有権管理のプロフェッショナルをいう。 (注23) (財)日本テクノマート:技術情報を総合的に収集管理し、かつ、提供することによって、地域間、業種間及び企業間の技術交流を促進することにより、技術格差の是正及び技術基盤の拡充を図ることを目的とする公益法人(通商産業省所管) (注24) 参考資料P21「大学技術管理者協会」(出典:「米国における技術流通機関に関する調査報告書」平9. 3(財)日本テクノマート) (注25) 参考資料P22「技術移転機関整備に向けての各種パイロット・プロジェクト例」 (注26) 参考資料P23「技術移転事業主体の組織形態別メリット・デメリット(例)」 (注27) 投資事業組合:ベンチャーキャピタルが様々な投資家から資金を集め、未登録・未上場株式等への投資を行うための投資ファンドの一種(法人格がないため実際の事業主体は業務執行組合員) (注28) 参考資料P24「米国の大学における技術移転収入の事例」 (注29) 参考資料P25「国家公務員の株式の取扱いについて」(平7. 9事務次官等会議申合)国立大学等の教員が技術移転機関(株式会社等)に出資する場合には、閉鎖会社にする等職務との関係から国民の疑惑や不信を招くことのないよう工夫が必要。 (注30) オプション契約:実施権設定の予約契約 (注31) リース契約:専用実施権をリース会社や技術移転機関に設定し、企業に通常実施権を一定期間賃貸する契約 (注32) レター・オブ・インテント:他社への特許実施についての営業活動を一時停止し、特定企業に実施許諾の優先的交渉権を付与する契約 (注33) 共同研究センターの協力会:共同研究センターの活動を支援、援助する目的で地域の企業等が賛助会員として加入する組織。年会費は通常5〜10万円。 (注34) 参考資料P26「神奈川県地域研究プロモーター事業」 (注35) 地域研究開発促進拠点支援事業:各地域に設立された研究開発促進拠点(第三セクター等)への研究コーディネーターの派遣等により、地域における産官学の研究交流の促進、研究課題の探索等を支援する事業。 (注36) 会員制の企業組織:会員には、大学の研究・発明情報への優先的なアクセス権及び特許の優先的な実施許諾交渉権を付与 (注37) 参考資料P27「21世紀を切りひらく緊急経済対策」(平9.11経済対策閣僚会議) (注38) 参考資料P28「科学技術振興事業団による新技術開発事業」 (注39) 参考資料P29「キャンパス・インキュベーション」 (注40) 「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議まとめ」P7〜8「多様な形態による技術移転の促進」参照 (注41) 参考資料P30「産学の連携・協力の推進に係る関係省庁会議設置要領」 (注42) 参考資料P31「産学協力;10の改革」 (注43) 「産学の連携・協力の在り方に関する調査研究協力者会議まとめ」P17「産業界のアプローチの転換」参照 (注44) 参考資料P11「大学教員等の発明に係る特許等の取扱いについて」(昭和52.6学術審議会答申) (注45) 本協力者会議ワーキング・グループ ![]() (注46) 参考資料P32「学術フロンティア推進事業」 (注47) 参考資料P33「文部省本省職員倫理規程の制定について」(平8.12)教員についても各大学の大学管理機関において規定すべき点を通知 (注48) 参考資料P8〜9「教育改革プログラム」改訂版(平9. 8) (注49) 参考資料P34「米国の大学からのスピンオフ企業実績」大学からのライセンシングを基に設立された新規の事業会社 (注50) 参考資料P35「人事院勧告」(平9. 8) (注51) 参考資料P8〜9、36〜38「教育改革プログラム」改定版(平9. 8)、「ベンチャービジネス関連の授業科目を開設している大学の例」、「連携大学院(平成9年度)」、「ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの研究開発プロジェクト一覧」 |
-- 登録:平成21年以前 --