資料1 「議論のまとめ」(素案)

獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議「議論のまとめ」
 (素案)

 

0.これまでの議論の経緯

 平成20年12月に設置された「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(以下「第1期協力者会議」とする)は、平成23年3月、約3年間の議論を経て、報告書「獣医学教育の改善・充実について」(以下「第1期報告書」とする)をとりまとめ、文部科学省、大学、関係団体等に対して、以下の6項目にわたり今後の獣医学教育改革の方向性を示している。

(改革の方向性)
 丸1 モデル・コア・カリキュラムの策定等による教育内容・方法の改善促進
 丸2 自己点検・評価の実施や分野別第三者評価の導入等、獣医学教育の質を保証するための評価システムの構築
 丸3 共同学部・学科の設置等大学間連携の促進による教育研究体制の充実
 丸4 学内教育環境の充実や外部専門機関等との連携による臨床教育等の充実
 丸5 共用試験の導入
 丸6 新しい生命科学の発展に対応した教育研究の充実

 この第1期報告書は、教育改革に関して提言するとともに、その進捗状況等のフォローアップを行うことを求めている。このため、文部科学省では、教育改革の進捗状況等のフォローアップに加え、第1期協力者会議では十分に議論を行えなかった産業動物獣医師及び公務員獣医師の養成の在り方(入学定員の在り方を含む)についての検討や、大学院教育の在り方を含めた議論を行うこととし、平成24年3月に「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(以下「本会議」とする)を設置した。
 本会議では、冒頭3回の議論において、モデル・コア・カリキュラムの策定及びその後の状況等の項目について進捗状況の確認を行った。その結果については、同年8月に「獣医学教育改革の進捗状況と推進に向けた課題の整理」(以下「課題の整理」とする)として公表した。また、本会議では、こうした作業と並行して、モデル・コア・カリキュラムの導入や参加型実習の対応に向けた現状と課題を把握するとともに、獣医学部・獣医学科の学生の就業動向や応用系・臨床系分野における好事例の収集・分析を目的として、全国16 の獣医学系大学を対象とした調査を実施した。その成果については、教育改革の進捗状況のフォローアップに関する議論と、産業動物獣医師及び公務員獣医師の養成の在り方に関する議論の状況を併せて、平成25年4月に「これまでの議論の整理」として取りまとめた。
 本報告書は、その後に行われた教育改革の進捗状況のフォローアップや、獣医師の需要及び供給の増減要因にかかる整理のほか、大学院教育の在り方に関する検討の経緯などについて取りまとめたものである。このため、例えば各大学における教育改善に関する詳細な記述や、獣医師の養成規模に関する詳細な議論の紹介などには触れられていないことから、この部分については「これまでの議論の整理」を参照されたい。


1.教育改革の進捗状況のフォローアップと今後の推進方策について

 現在、国内16の獣医系大学は、第1期報告書に示した6項目を中心に、ライセンスの取得を目的とする学部段階の獣医学教育を国際基準に到達させることを目指して、教育内容の改善・充実に取り組んでいる。今後の獣医学教育の在り方を考える際、こうした取組を促進していくことは最優先の課題であり、国としてもそれを支援していくことが期待されているところである。

 獣医学教育の改善・充実に当たっては様々な論点があり、アドバンス教育の充実など大学の特色に直結するものもあるが、その中でも、モデル・コア・カリキュラム記載科目を着実に教育できる体制を整備すべく、獣医学系の教員の質・量両面での充実を図ることは、何よりも勝る課題である。特に、共同教育課程を編成している国立大学においては、構成大学間における担当分野の整理や臨床教育の機能分化など、一層の努力を進めることが急務である。併せて、獣医学コミュニティにおいては、モデル・コア・カリキュラムに対応した教科書や教材の作成をはじめとした教育環境の整備を進めることも急務である。
 こうして改善されつつある獣医学教育の内容が、個々の学生にしっかり定着しているかどうかを確認するとともに、後述する参加型臨床実習への学生の参加を円滑にすることを目的として、現在、平成28年度からの実施を目標に、獣医学教育に関する共用試験の準備が進んでいるところである。共用試験は、医学分野などと同様に、CBT(Computer Based Testing)部分とOSCE(Objective Structured Clinical Examination)部分によって構成されるものであるが、獣医学教育の質的向上に大きく貢献するものであると考えられることから、獣医学コミュニティの自助努力はもちろん、国による支援も期待されるところである。

 国立大学の共同教育課程については、先に教育体制のところでも触れた教員にかかる論点のほか、入学試験や成績評価・学生管理の面も含め、より一体的な運用による高度な教育の実現を目指すことが必要である。また、共同教育課程の教育効果・学習効果の両面について、遠隔授業の状況や、教員・学生が移動して行う科目の実施状況も踏まえつつ、完成年度に先立って積極的に検証を行うことが期待される。

 各獣医系大学においては、新規科目の開設、附属動物病院の増改築等を通じて臨床教育の充実に取り組んでいるところであるが、それでもなお、臨床系科目の開講数や開講時期にばらつきが大きい。また、実習場所の確保、実習施設の老朽化・狭隘化、設備の不足等の問題は、引き続き課題となっている状況である。特に、各大学において、外部の関係機関とのネットワークも活用しつつ、充実した産業動物臨床実習を行うことのできる体制を整えることは焦眉の急であり、例えばモデル・コア・カリキュラムに記載のある部分については、複数の大学で共有の実習センターを設けるというアイディアも披露されているところである。

 なお、社会のグローバル化の進展により、国境を越える人や物資の交流がますます盛んになる中にあって、家畜感染症・人獣共通感染症が国境を越えて拡大するリスクもまた大きくなっている。このため、単に動物の健康や食の安全の確保にとどまらず、人の健康を保証する意味でも、国際的な防疫体制の強化は極めて重要な課題となっている。その一方で、TPPをはじめとする新たな通商枠組にかかる議論の進展は、獣医学の知見が、畜水産品の質の保証、ひいては我が国の貿易の拡大という側面への応用の可能性を示すものでもある。

 このような状況も視野に入れつつ、獣医学教育を国際水準に到達させることを狙った取組も進行している。例えば、すでに平成22年9月からは、北海道大学を中心に、海外の獣医科大学の教育状況や教育体制、附属動物病院の実態、アクレディテーションの状況についての調査が進められている。また、平成24年度からは帯広畜産大学を基幹校とする「国立獣医系4大学群による欧米水準の獣医学教育実施に向けた連携体制の構築」が、国立大学改革強化推進補助金に採択されているところである。全ての獣医学教育関係者は、我が国の獣医師が引き続き国際的に信頼され、世界を牽引する存在であり続けることができるよう、こうした取組の成果を獣医学コミュニティとして共有しつつ、不断の教育改善に取り組むなど、国際通用性の確保に向けた歩みを進めるべきである。

 獣医学教育の改革は、まだまだ道半ばの状況にあると言わざるを得ない。ここで述べたような課題に対して、国内の獣医系大学がどのように対応していくのか、国としても継続的なフォローアップに努めるとともに、必要に応じてこれらの取組を誘導するような施策を行うなど、獣医学コミュニティの努力が着実に実を結ぶよう支援することが求められる。


2.今後の獣医系大学の入学定員の在り方について

 これまでも述べてきたとおり、教育改革の最大の眼目は、我が国の獣医学教育を国際基準へと到達させることにある。このことを踏まえ、かつ、特に学部段階の獣医学教育が獣医師免許の取得を主たる目的として行われるものであることに鑑みれば、「これまでの議論の整理」において確認したとおり、無制限な獣医師の養成規模の拡大は厳に避けるべきであり、獣医系大学全体として定員を管理していく仕組みは継続すべきである。また、定員管理が行われている一方で、入学定員を超える数の学生を入学させている現状について、各大学に対して一層の定員管理の厳格化の努力を求め、必要な支援も行いながら、これを改めていく必要がある。

 このような前提の下、本会議においては、今後の定員の在り方について更なる検討を行ってきたところである。

 まずはじめに、今後の診療獣医師に関する需要の増減要因について整理を試みた。
 具体的には、需要増の要因として、伴侶動物の高齢化、飼主の意識変化等を背景とする「伴侶動物診療の高度化・専門分化」、退職者の補充が困難であることや若手獣医師の離職率の高さ、待遇面での魅力の薄さを主たる背景とする「産業動物獣医師や公務員獣医師の人手不足」、そして、農畜水産品の輸出入量の増加に伴う「食の安全・安心の確保への要請」があると整理した。その一方で、需要減の要因としては、飼主の高齢化や住宅事情の変化を背景とする「伴侶動物の飼育頭数の減少」、動物看護師資格の高位平準化の動き等を踏まえた「診療現場におけるチーム獣医療の推進による診療効率の向上」といった伴侶動物診療に関する事情のほか、産業動物分野に関しても、畜産農家戸数の減少や畜産農家1戸あたりの飼育家畜頭数の増加を背景とする「診療効率の向上」を挙げた。また、これらに加え、我が国の人口がすでに減少期に入っていること、日本の方が米国よりも単位人口あたり獣医師数が多いことや、我が国の公務員獣医師比率が他国に比べて極めて高いこと、さらには国際的な通商の枠組にかかる議論が国内の畜産業に与える影響等についても十分に織り込んで議論すべきとの指摘もあった。
 次に、本会議では、人材供給の面においても今後の増減要因の整理を試みた。
 具体的には、その減要因として、先に述べた「定員管理の厳格化に伴う養成規模の縮小」を挙げた。他方、その増要因としては、「現在、獣医師免許を持ちながら獣医療行為に従事していない者の活用」、特に、結婚・出産を経て獣医療から離れてしまった女性の免許保持者(農林水産省の最新の調査によると、女性の免許保持者で、現在、職に就いていない者が約750名おり、その平均年齢は約40歳である)に対する現場復帰策が、日本獣医師会の主導で進められていることを挙げる、という整理を行ったところである。加えて、地域や職域における獣医師の偏在の解消を目指して、日本獣医師会をはじめとする関係団体により、各都道府県等に対して公務員獣医師の処遇改善の働きかけが行われてきている。すでに、これらの働きかけに応えて手当の上積み等に踏み切った地方公共団体もあることから、こうした努力を踏まえた獣医師の配置の是正の状況についても、十分に考慮する必要がある。

 一方で、獣医師免許を必要としない研究者・大学教員をはじめとする研究職の需要に関しては、診療獣医師を巡る状況とは異なる側面が認められる。具体的には、増要因として教育改善や研究機能の強化を図るための「大学教員(研究後継者)養成の拡充の要請」と「ライフサイエンス分野における獣医学の知見の有用性に対する理解の広がり」を、減要因としては「他の学問領域(生物学、農学、畜産学、薬学等)出身者とのライフサイエンス分野における競合」を挙げたところである。
 また、診療獣医師の養成とは異なる視点としては、獣医系大学が、その有する二次診療機能や高度医療機能で地域に対して貢献できるという点や、地域・近隣の現職獣医師に対する卒後教育拠点としての機能を果たしうること、感染症事案発生時における地方公共団体の支援等の機能を果しうることも挙げられる。獣医系大学の在り方について考える際は、単に定員の増減について検討するのみならず、その全国的な配置についても意を用いる必要がある。


 以上のとおり、本会議としては、今後の獣医系大学の定員の在り方を検討するに当たり考慮すべき要因を整理したところであるが、今後の獣医系大学全体の定員の在り方については、定員管理の仕組みは維持する一方で、具体的な定員数については、種々の増減要因等を総合的に勘案して決定することが望ましいと考える。また、獣医学教育をめぐる様々な社会環境は、今後とも絶えず変化することが予想されるところであり、定員の在り方については、その状況に応じ、適宜適切な時機に見直しが行われることが必要である。
 ただし、獣医師免許を必要としない研究者・大学教員をはじめとする研究職の分野については、その具体的な需要について数量的に把握することは極めて困難との見通しも示されている。また、現在の獣医系学部は獣医師養成を主たる目的とするものであることから、ライフサイエンス分野への展開についてその延長線上で考えることには自ずから限界があるものと考える。このため、この後に述べる大学院段階の教育も活用しながら、今後、ライフサイエンス分野をはじめとする新しいニーズに対応できる人材の育成に努めることも、獣医学教育の新たな展開として期待されるところであると考える。


3.獣医学分野における大学院教育の在り方について

 獣医学分野における教育者・研究者養成について、「これまでの議論の整理」の段階では集中して検討するだけの時間を確保できず、大学に対する調査の結果に基づいて大学院への進学動向に関する現状を整理するとともに、その充実の在り方に関するいくつかの意見を単発的に紹介するにとどまっていたところである。
 その後、平成25年9月以降に開催された協力者会議では、獣医学分野における教育者・研究者養成に関する検討から一歩進み、こうした人材を輩出しうる獣医系大学院の在り方について、獣医学によるライフサイエンス分野への貢献についても強く意識しながら議論が行われた。

 協力者会議で実施した調査によると、現在の大学院への進学者は、国内大学を卒業した者が全体の約4割、国内の社会人経験者が約3割強、外国からの留学生が約2割強という構成比となっている。この構成比の大学ごとの特徴は比較的顕著であり、多くの私立大学の大学院が国内大学からの進学者によって占められている一方、国立及び公立の大学の中には、社会人経験者を多く集めている大学や、留学生の構成比が高い大学も見受けられるところである。また、大学院進学者にとっては、自身が関心を持つ研究領域を深く追求することができるか否かが進学先決定に当たって最も重要であることから、自らが卒業した大学以外の大学に設置される大学院をその進路として選ぶ者も多い。このように、大学院は、獣医系学部を卒業した者を受け容れるだけでなく、現役の社会人の知識・技術の高度化を通じたステップアップの場であり、留学生に最先端の研究の機会を提供することを通じた国際貢献の現場でもあるなど、社会の中で多岐にわたる機能を果たしていると考えられる。

 大学院の充実に関する議論の際も、獣医師養成を目指す学部段階の教育を国際的な水準に到達させることが強く意識されることとなった。その関連で、大学院教育を充実させるべき理由としてまず第一に挙げられたのが、教育体制の整備、なかんずく十分な数の教員を確保することの重要性であった。
 具体的には、全ての大学において、モデル・コア・カリキュラムに記載のある全70の教科を自大学に所属する教員で教えられる体制を構築すべく、大学院における教員養成に一層力を注ぐべきとの指摘があった。特に、学部段階の教育の充実という観点から参加型臨床実習の展開が急務とされていることを踏まえ、適切に学生を指導できるよう、全国的に不足が叫ばれているこの分野の大学教員の養成と確保に取り組むことが求められる。
 また、各大学の教育体制の充実度を示す指標として頻繁に用いられる教員数と学生数の比率(S/T比)にも言及があった。現在の我が国の獣医系大学におけるS/T比は、国公立大学を中心に、欧米の大学における指標と大きな隔たりはないが、「獣医学教育に関する基準」(最終改訂:平成9(1997)年)において大学基準協会が示している水準(専任教員数は学生60人までで72人以上、うち18人は教授)と比べると、依然として差があると言わざるを得ない状況である。こうした現状を踏まえると、厳格な定員管理の履行と併せ、各大学における教員の確保は大きな課題であり、これを解決する最も重要かつ現実的な手段として、大学院への進学者の確保を通じた獣医学関連科目の教員の養成に、本格的に取り組む必要があると考えられる。
 ところで、先に述べた調査によると、大学院を修了(満期退学を含む)した者の数は、平成21年度からの4年間で477人にのぼり、このうち146人が大学の研究職として就職している。その研究領域を分野別にみてみると、臨床分野が42人(約29%)、応用分野が41人(約28%)、基礎分野が40人(約27%)、病態分野が23人(約16%)となっており、各分野に万遍なく研究後継者や大学教員となり得る者が輩出されている一方、委員からは、特に臨床分野における教員の層の薄さが繰り返し指摘されるに至っている。事実、大学院において臨床分野を専門とする者の大学院生全体に占める割合は、他の領域を専門とする者の割合よりも高い。しかし、彼らの多くは研究力の向上を目的として入学してくる現役の臨床獣医師であるため、学位取得後、元の臨床現場に戻っていくのが現状であって、後進となる獣医学生の育成や研究の継承といった業務に従事すべく、大学の教員へのキャリアチェンジを図ろうとするケースは少ない傾向がある。他方、現役の臨床獣医師で、卓越した知識と技術を持ちながら、研究業績が乏しいために大学の現場で常勤の教員として教えることのできない者が多いことも指摘されている。
 今後の大学院生の確保に当たっては、こうした状況を踏まえつつ、教員不足をいかにして解消するかという視点も持ちながら取り組んでいくことが期待されるが、大学院生の存在は、学部学生の教育の充実にも大きく寄与するものである。学部学生にとって最も身近な先輩である大学院生が、TA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)として教育に参画する中で、獣医師免許取得を目指す学部学生からの質問に対応したり、手技を指導するなどしてその理解度・習熟度を確認することは、授業内容の定着に役立つものと考えられる。このように、現場で使える知識や技術を確実に身につけた獣医師の養成という観点からも、大学院の充実を図る意義は大きい。
 なお、この調査については、大学院修了後の就職先として「その他」に分類されている者が4年間で120人にのぼるが、このうち多くの者がいわゆるポスドクとして大学に残って研究を続けていること、また、修了生のうち、外国の大学に職を得た者(多くの場合は、出身国または第三国の大学に職を得た外国人留学生である)についても、「大学の研究職」として分類されていることに留意が必要である。

 獣医学系の大学院を充実させるべき次なる理由として挙げられたのが、臨床獣医療の専門性の向上という社会的ニーズに対応し、先に述べたような二次診療拠点機能、高度診療拠点機能を通じた地域・社会への貢献を図る必要性である。特に伴侶動物診療の分野においては、臨床の専門知識や専門技術を身につけるために欧米の大学院へ留学するという道を選ぶ者も多い。このような中、国内にも大学の附属動物病院を質・量ともに上回る民間の二次診療施設が現れつつある状況を踏まえると、獣医師免許を取得した者を迎え入れ、彼らに十分な卒後教育を行うことで専門医に育て上げるという機能を大学院が果たしていくことも必要であろう。
 このような専門医養成システムは、獣医師免許の取得を目指す獣医学生の参加型臨床実習の充実にも大きく寄与するものである。彼らを、利用者の満足度向上を目指した診療の充実にとどまらず、学生の教育の充実にも関与させることは、大学の有する人的資源を最も効率的に活用する方法として考慮に入れる価値のある方策である。
 ただし、すでに社会で活躍する獣医師の卒後教育という観点に立った場合、大学院において研究成果に過大な比重が置かれている点や博士論文の執筆を求められるという点は、学習者にとってのハードルになると考えられる。学部レベルの教育資源の活用も視野に入れ、大学として、現場の獣医療ニーズや行政ニーズに応えうる卒後教育の在り方について構想することも必要である。

 獣医学には、成長著しいライフサイエンス研究への貢献も期待される。言うまでもなく、ライフサイエンス研究は我が国のお家芸のひとつであり、今後の我が国の成長の源ともなり得る分野である。特に人獣共通感染症領域を中心にした近年の獣医学研究者の努力と、めざましい研究成果の甲斐もあって、獣医学は、単に動物の健康の維持に役立つのみならず、疾病の防止・公衆衛生の進展など、人間の健康の確保に大きく寄与する学問であるとの認識が広く共有されるに至っている。こうした中、ライフサイエンス分野で活躍する研究者やライフサイエンスに強みを持つ研究機関からは、獣医学の研究に対する期待が益々高まっているほか、先に述べたように、地方公共団体からは、感染症事案が発生した場合における被害の抑止を目指す取組を学術の側面から支援することも期待されているところであるが、そうした多方面からの期待に応えるという視点からも、大学院の充実は喫緊の課題であると言える。
 獣医学を修めた者は、動物という生体をまるごと取り扱う中で、複雑な生命現象を総体的に把握する力を身につけている。そうした知見は、人間の疾病について考える際に、個別の化学成分の効果について分析できる薬学出身者や、分子・細胞レベルでの現象の分析に長けた生物学出身者とは異なる強みとなって現れる。特に、基礎研究の成果を実際の人間の疾病の治療に適用させる、いわゆるトランスレーショナル・リサーチのプロセスにおいては、適切に動物実験を行い、その結果とリスクを慎重に分析することが求められるが、獣医学出身者の持つ知識と技術は、その進展に大きく寄与するものと考えられている。
 今後、獣医学系の大学院は、こうした分野において活躍する人材の輩出も視野に入れて、その研究を進めていくことが必要となる。その際、ライフサイエンス分野の更なる高度化にも対応しうるよう、畜産をはじめとする隣接分野との協働など、互いの得意分野を補い合う形を模索することも、より大きな成果を導くためのひとつの方策であると考えられる。また、獣医学に限らず様々な分野から学生を集め、ライフサイエンスの担い手を育成する枠組みとして、4年間の学部教育を終えた後に入学でき、その修了後は現行の獣医学系の大学院(博士課程)にも進学が可能な大学院修士課程の活用についても、より広く検討されることが望まれる。

 このように、獣医系の大学院に対しては、単に研究の分野のみならず、我が国の成長というより広い視点からもその貢献とますますの伸張が期待される。そのためには、より多くの獣医系の学生に大学院への進学を促す等して、十分な量の大学院生を確保することが求められるところであるが、研究後継者や教育者となる人材の継続的な供給という面からは、いくつかの課題も見られるところである。
 例えば、平成23年度の獣医系の大学の修了者1,076人のうち、大学院へ進学した者は79人で、その構成比は7%強となっている。大学院への進学者数は、6年制移行後しばらくの間は着実な増加傾向にあったが、その後、平成10年頃からは80人前後で推移している状況である。このように、大学院への進学者数が伸びていない背景としては、獣医系の大学に進学してくる者の持つ強い臨床指向や、6年間の学部教育にライセンスの取得に向けた教育という性格が強いこと等が挙げられよう。
 このため、各獣医系大学においては、ライフサイエンス研究における獣医学の貢献度の高さや重要性をアピールするような機会を設けるなどの積極的な取組を通じ、学部段階からライフサイエンスに関する学生の興味をこれまで以上に喚起できるような教育を行ったり、ひいては大学院への進学者の確保に努めることが求められる。加えて、各大学が、まずは得意分野における教育・研究の質の向上に取り組む中で緩やかに役割分担を図り、当該分野に長けた大学院の育成を図っていくことも考えられる。
 また、獣医系大学の学部教育に採用されている6年制教育は、ライセンスの取得を強く指向する教育形態であるが、一方で、これが「学士の取得を目指す4年間の教育+修士の取得を目指す2年間の教育の積み上げ」から始まったという経緯から、現在でも多くの大学において卒業論文の執筆が求められているところである。言うまでもなく、卒業論文の執筆という作業は、自ら課題を設定し、その解決に向けた道筋を提示し、自らそれを検証するという問題解決型の教育として非常に重要な意義を有するものである。今後、各大学がそれぞれの特色を持ったアドバンス教育を推進する中で、例えば臨床獣医療に関連する知識・技術を集中的に身につけるためのコースを選択した学生に対しても、卒業研究の機会等を通じてライフサイエンスの深淵に触れさせることは、研究後継者の育成・確保に有効であると考えられる。

 併せて、先に述べたように、TA・RAとして学部教育に参画する機会を提供するなど、各大学は、国や関係機関とも共同歩調を取りながら、大学院生に対する経済的支援の在り方についても一層の充実を図っていくことが求められる。

 もちろん、自らの進路を決定するのは学生自身であり、その決定を安易に誘導できると想定して議論を進める態度は必ずしも正しくない。しかし、各獣医系大学の関係者は、学部学生の目が少しでも大学院での研究に向くよう、学生の進路決定に際しての働きかけを重ねることが重要である。

 なお、議論の過程では、獣医学に関する教育研究資源の地域偏在を解消するという観点に立ち、地域特性や既存大学の強みや特色も踏まえながら、将来的には、ブロックごとに大学院を集約的に整備することも考えられるとの意見もあった。その際、特に国立大学は、現行の共同獣医学課程の枠組といわゆる連合大学院の枠組との間にずれが存在することを認識しつつ、より効果的かつ効率的な教育の実現に向けた自律的な努力を行うべきとの指摘もあった。


4.おわりに

 以上のように本会議では、獣医学教育改革の進捗状況に関する更なるフォローアップを行うとともに、公務員獣医師・産業動物獣医師の育成に向けた今後の獣医師養成の在り方について、各職位機における獣医師や獣医療の需要及び供給の動向についても視野に入れながら検討を行ってきた。また、今後の獣医学に関する教育者・研究者の養成という観点も踏まえつつ、大学院における教育の充実の方向性についても議論を重ねてきたところである。

 獣医学教育改革については、これが道半ばにあることを全ての関係者が肝に銘じつつ、まずはモデル・コア・カリキュラムに記載のある科目の教育を万全に行うことを軸に、参加型臨床実習の充実、共用試験の確実な実施に向けた取組を進めるとともに、国際水準の獣医学教育の実現に向けたプロセスをしっかりと履行することが求められる。また、国としても息の長いフォローアップを行うとともに、必要に応じてこうした取組を後方支援することが重要であると考える。

 獣医系大学の入学定員の在り方については、協力者会議としてその検討に当たり考慮すべき要因の整理を行ったが、様々な要因が複雑に影響し合うことが想定され、また、獣医療や獣医学教育を巡る社会環境が絶えず変化することが予想されるところ、単純に増加する、あるいは減少すると判断することは難しい。このため、具体的な定員数については、種々の増減要因等を総合的に勘案して決定する必要があり、時々の状況に応じて適宜適切な時機に見直しが図られることが望ましいと考える。ただし、今般の獣医学教育改革の最大の眼目が我が国の獣医学教育を国際基準へと到達させることにあること、また、特に学部段階の獣医学教育が獣医師免許の取得を主たる目的として行われるものであることを踏まえると、少なくとも国による定員管理の仕組みは維持すべきとの立場に立つことが必要である。併せて、各大学による定員管理の厳格化に向けた継続的な努力もまた、欠くべからざるものである。

 大学院教育については、多くの時間を割いて検討を行うことができたが、まずは、学部段階で展開されているライセンス教育の水準の向上と国際的通用性の確保という大きな課題への貢献という視座から、大学院教育の充実は獣医学関連の各科目を教える教員の確保に有効であるとの議論が展開されたほか、獣医療の高度化を背景に、臨床獣医療に携わる獣医師の専門性の向上に寄与するという側面も強調された。さらに、獣医学を修めた者は、動物という生体をまるごと取り扱う中で、複雑な生命現象を総体的に把握する力を身につけているという共通理解に立ち、委員の間からは、発展著しいライフサイエンス分野への貢献という観点からも、獣医系大学院のさらなる機能強化を求める声が聞かれたところである。
 一方で、学生の強いライセンス指向の前に大学院への進学者の確保が十分ではない状況を改善するための提案もあったところであり、各大学の、学生に対する一層の働きかけや、大学院の魅力づくりに向けた取組の加速が期待されるところである。


 獣医学教育とは、獣医療知見を活かして社会の中で活躍したいと願う者を、力量と志を兼ね備えた一個のプロフェッショナルとして社会に送り出すプロセスである。そのプロセスの絶えざる改善を目指して、全ての獣医学教育関係者が心を一つにし、重大な覚悟と決心を持って大小様々な改善に取り組むことで、獣医療に対する社会からの信頼は揺るぎないものになるであろう。本会議は、このレポートをもってその検討にひとまずの区切りを付けるが、獣医学教育の改善・充実に向けた取組が、今後とも、着実に、かつ力強く続いていくことを心から祈念するものである。      

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