資料1 獣医学分野における教育者・研究者養成の在り方について

 「獣医学系大学院の在り方」に関する論点~ここまでの議論より抽出~

 

<進学者の確保に関連する論点>
●学部段階において、ライフサイエンス分野に対する学生の興味をこれまで以上に喚起したり、その重要性についてアピールするような教育を行うべき

●大学院の振興を考えるなら、学生に対する経済的支援についても考えておくことが必要

 

<研究後継者/大学教員の養成に関連する論点>
●今後より一層、大学教員の養成に取り組むべき。コア・カリキュラムの実施や、参加型臨床実習の展開、さらには教員と学生の比率の改善を想定すると、明らかに教員の層は薄い

●獣医学教育の改善充実の観点からも、TAやRAとなりうる大学院生の増加は重要である


<ライフサイエンス研究への貢献に関連する論点>
●ライフサイエンス研究は、今後の我が国の成長の源。単に動物の健康のみならず、人間の健康にも密接な関わりを持つ獣医学に対するライフサイエンス分野からの期待は大きく、そうした声に応えるためにも大学院の充実が必要。

●学部における6年間の獣医学教育では、ライセンスの取得に向けた教育という性格を強めざるを得ない。ライフサイエンスを視野に入れるならば大学院の活用が必要

●動物の体についての知見を持つ獣医学修了者は、人間の疾病予防の分野でも活躍できる素地を有している。

●獣医学からライフサイエンスにアプローチすることで、トランスレーショナル・リサーチの進展が期待できる

●ライフサイエンス分野の高度化に対応し、畜産をはじめとする隣接分野と共同して、互いの得意分野を補い合う形での教育を展開することが重要

 

○.獣医学分野における教育者・研究者養成の在り方について

 獣医学分野における教育者・研究者養成について、「これまでの議論の整理」の段階では集中して検討するだけの時間を確保できず、大学に対する調査の結果に基づいて大学院への進学動向に関する現状を整理するとともに、その充実の在り方に関するいくつかの意見を単発的に紹介するにとどまっていたところである。


 その後、平成25年9月以降に開催された協力者会議では、獣医学分野における教育者・研究者養成に関する検討から一歩進み、こうした人材を輩出しうる獣医系大学院の在り方についての議論が行われた。

 協力者会議で実施した調査によると、現在の大学院への進学者は、国内大学を卒業した者が全体の約4割、国内の社会人経験者が約3割強、外国からの留学生が約2割強という構成比となっている。この構成比の大学ごとの特徴は比較的顕著であり、多くの私立大学の大学院が国内大学からの進学者によって占められている一方、国立及び公立の大学の中には、社会人経験者を多く集めている大学や、留学生の構成比が高い大学も見受けられるところである。このように、大学院は、現役の社会人の知識・技術の高度化を通じたステップアップの場であるとともに、留学生に最先端の研究の機会を提供することを通じた国際貢献の現場でもあるなど、社会の中で多岐にわたる機能を果たしていると考えられる。

 大学院の充実に関する議論の際も、獣医師養成を目指す学部段階の教育を国際的な水準に到達させることが強く意識されることとなった。その関連で、大学院教育を充実させるべき理由としてまず第一に挙げられたのが、教育体制の整備、なかんずく十分な数の教員を確保することの重要性であった。
 具体的には、全ての大学において、モデル・コア・カリキュラムに記載のある全70の教科を自大学に所属する教員で教えられる体制を構築すべく、大学院における教員養成に一層力を注ぐべきとの指摘があった。特に、学部段階の教育の充実という観点から参加型臨床実習の展開が急務とされていることを踏まえ、適切に学生を指導できるよう、全国的に不足が叫ばれているこの分野の大学教員の養成と確保に取り組むことが求められる。
 また、各大学の教育体制の充実度を示す指標として頻繁に用いられる教員数と学生数の比率(S/T比)にも言及があった。現在の我が国の獣医系大学におけるS/T比は、国公立大学を中心に、欧米の大学における指標と大きな隔たりはないが、「獣医学教育に関する基準」(最終改訂:平成9(1997)年)において大学基準協会が示している水準(専任教員数は学生60人までで72人以上、うち18人は教授)と比べると、依然として差があると言わざるを得ない状況である。こうした現状を踏まえると、厳格な定員管理の履行と併せ、各大学における教員の確保は大きな課題であり、これを解決する最も重要かつ現実的な手段として、大学院への進学者の確保を通じた獣医学関連科目の教員の養成に、本格的に取り組む必要があると考えられる。

 ところで、先に述べた調査によると、大学院を修了(満期退学を含む)した者の数は、平成21年度からの4年間で477人にのぼり、このうち146人が大学の研究職として就職している。その研究領域を分野別にみてみると、臨床分野が42人(約29%)、応用分野が41人(約28%)、基礎分野が40人(約27%)、病態分野が23人(約16%)となっており、各分野に万遍なく研究後継者や大学教員となり得る者が輩出されている一方、委員からは、特に臨床分野における教員の層の薄さが繰り返し指摘されるに至っている。事実、大学院において臨床分野を専門とする者の大学院生全体に占める割合は、他の領域を専門とする者の割合よりも高い。しかし、彼らの多くは研究力の向上を目的として入学してくる現役の臨床獣医師であるため、学位取得後、元の臨床現場に戻っていくのが現状であって、後進となる獣医学生の育成や研究の継承といった業務に従事すべく、大学の教員へのキャリアチェンジを図ろうとするケースは少ない傾向がある。他方、現役の臨床獣医師で卓越した知識と技術を持ちながら、研究業績が乏しいために大学の現場で常勤の教員として教えることのできない者が多いことも指摘されている。
 今後の大学院生の確保に当たっては、こうした状況を踏まえつつ、教員不足をいかにして解消するかという視点も持ちながら取り組んでいくことが期待されるが、大学院生の存在は、学部学生の教育の充実にも大きく寄与するものである。学部学生にとって最も身近な先輩である大学院生が、TA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)として教育に参画する中で、獣医師免許取得を目指す学部学生からの質問に対応したり、手技を指導するなどしてその理解度・習熟度を確認することは、授業内容の定着に役立つものと考えられる。このように、現場で使える知識や技術を確実に身につけた獣医師の養成という観点からも、大学院の充実を図る意義は大きい。
 なお、この調査については、大学院修了後の就職先として「その他」に分類されている者が4年間で120人にのぼるが、このうち多くの者がいわゆるポスドクとして大学に残って研究を続けていること、また、修了生のうち、外国の大学に職を得た者(多くの場合は、出身国または第三国の大学に職を得た外国人留学生である)についても、「大学の研究職」として分類されていることに留意が必要である。

 獣医学系の大学院を充実させるべき次なる理由として挙げられたのが、臨床獣医療の専門性の向上という社会的ニーズへの対応である。特に伴侶動物診療の分野においては、臨床の専門知識や専門技術を身につけるために欧米の大学院へ留学するという道を選ぶ者も多い。このような中、国内にも大学の家畜病院を質・量ともに上回る民間の二次診療施設が現れつつある状況を踏まえると、獣医師免許を取得した者を迎え入れ、彼らに十分な卒後教育を行うことで専門医に育て上げるという機能を大学院が果たしていくことも必要であろう。
 このような専門医養成システムは、獣医師免許の取得を目指す獣医学生の参加型臨床実習の充実にも大きく寄与するものである。彼らを、利用者の満足度向上を目指した診療の充実にとどまらず、学生の教育の充実にも関与させることは、大学の有する人的資源を最も効率的に活用する方法として考慮に入れる価値のある方策である。

 獣医学系の大学院には、成長著しいライフサイエンス研究への貢献も期待される。言うまでもなく、ライフサイエンス研究は我が国のお家芸のひとつであり、今後の我が国の成長の源ともなり得る分野である。特に人獣共通感染症領域を中心にした近年の獣医学研究者の努力と、めざましい研究成果の甲斐もあって、獣医学は、単に動物の健康の維持に役立つのみならず、疾病の防止・公衆衛生の進展など、人間の健康の確保に大きく寄与する学問であるとの認識が広く共有されるに至っている。こうした中、ライフサイエンス分野で活躍する研究者やライフサイエンスに強みを持つ研究機関からは、獣医学の研究に対する期待が益々高まっているが、そうした期待に応えるという視点からも、大学院の充実は喫緊の課題であると言える。
 獣医学を修めた者は、動物という生体をまるごと取り扱う中で、複雑な生命現象を総体的に把握する力を身につけている。そうした知見は、人間の疾病について考える際に、個別の化学成分の効果について分析できる薬学出身者や、分子・細胞レベルでの現象の分析に長けた生物学出身者とは異なる強みとなって現れる。特に、基礎研究の成果を実際の人間の疾病の治療に適用させる、いわゆるトランスレーショナル・リサーチのプロセスにおいては、適切に動物実験を行い、その結果とリスクを慎重に分析することが求められるが、獣医学出身者の持つ知識と技術は、その進展に大きく寄与するものと考えられている。
 今後、獣医学系の大学院は、こうした分野において活躍する人材の輩出も視野に入れて、その研究を進めていくことが必要となる。その際、ライフサイエンス分野の更なる高度化にも対応しうるよう、畜産をはじめとする隣接分野との協働など、互いの得意分野を補い合う形を模索することも、より大きな成果を導くためのひとつの方策であると考えられる。

 このように、獣医系の大学院に対しては、単に研究の分野のみならず、我が国の成長というより広い視点からもその貢献とますますの伸張が期待される。そのためには、より多くの獣医系の学生に大学院への進学を促す等して、十分な量の大学院生を確保することが求められるところであるが、研究後継者や教育者となる人材の継続的な供給という面からは、いくつかの課題も見られるところである。
 例えば、平成23年度の獣医系の大学の修了者1,076人のうち、大学院へ進学した者は79人で、その構成比は7%強となっている。大学院への進学者数は、6年制移行後しばらくの間は着実な増加傾向にあったが、その後、平成10年頃からは80人前後で推移している状況である。このように、大学院への進学者数が伸びていない背景としては、獣医系の大学に進学してくる者の持つ強い臨床指向や、6年間の学部教育にライセンスの取得に向けた教育という性格が強いこと等が挙げられよう。
 このため、各獣医系大学においては、学部段階からライフサイエンスに関する学生の興味をこれまで以上に喚起できるような教育を行ったり、ライフサイエンス研究における獣医学の貢献度の高さや重要性をアピールするような機会を設けるなどの積極的な取組を通じ、進学者の確保に努めることが求められる。また、各大学が、まずは得意分野の大学院における教育・研究の質の向上に取り組む中で、緩やかに役割分担を図っていくことも考えられる。
 併せて、先に述べたように、TA・RAとして学部教育に参画する機会を提供するなど、各大学は、国や関係機関とも共同歩調を取りながら、大学院生に対する経済的支援の在り方についても一層の充実を図っていくことが求められる。
 例えば、前述のように6年制教育はライセンスの取得を強く指向する教育形態であるが、一方で、これが「学士+修士の積み上げ」から始まったという経緯から、現在でも多くの大学において卒業論文の執筆が求められているところである。言うまでもなく、卒業論文の執筆という作業は、自ら課題を設定し、その解決に向けた道筋を提示し、自らそれを検証するという問題解決型の教育として非常に重要な意義を有するものである。今後、各大学がそれぞれの特色を持ったアドバンス教育を推進する中で、例えば小動物診療に特化した知識・技術を身につけさせるコースと並んで、こうした研究の機会も提供することで、学生をライフサイエンスの深淵に触れさせることも、研究後継者の育成・確保に有効であると考えられる。
 もちろん、自らの進路を決定するのは学生自身であり、その決定を安易に誘導できると想定して議論を進める態度は必ずしも正しくない。しかし、各獣医系大学の関係者は、学部学生の目が少しでも大学院での研究に向くよう、学生の進路決定に際しての働きかけを重ねることが重要である。

 なお、議論の過程では、獣医学に関する教育研究資源の地域偏在を解消するという観点に立ち、地域特性や既存大学の強みや特色も踏まえながら、将来的には、東北、中四国、九州などのブロックごとに大学院を集約的に整備することも考えられるとの意見もあった。その際、特に国立大学は、現行の共同獣医学課程の枠組といわゆる連合大学院の枠組との間のずれを十分に自覚し、その解消に向けた自律的な努力を行うべきとの指摘もあった。

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