平成23年3月11日(金曜日)午前10時から午後0時30分まで
文部科学省3F1特別会議室
安西 祐一郎、今井 浩三、片峰 茂、黒岩 義之、桑江 千鶴子、坂本 すが、妙中 義之、竹中 登一、丹生 裕子、中川 俊男、中村 孝志、西村 周三、濵口 道成、森 民夫、矢崎 義雄、山本 修三(敬称略)
鈴木文部科学副大臣、磯田高等教育局長、新木医学教育課長、茂里視学官、玉上大学病院支援室長
(厚生労働省医政局)村田医事課長
【安西座長】 時間でございますので、ただいまから今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会の第4回を開催させていただきます。ご多忙のところをお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。
会議に入ります前にご報告でございますけれども、この会議は冒頭から公開とさせていただきます。ご了承、お願い申し上げます。よろしくお願いします。
今日は、前回に引き続きまして有識者の方からヒアリングを行わせていただきます。今日は東京大学医学系研究科長・医学部長の清水孝雄先生、淀川キリスト教病院常任理事の福島公明先生、福島県立医科大学理事長兼学長の菊地臣一先生の3名の先生方にお忙しいところお集まりいただいております。ご協力、まことにありがとうございます。よろしくお願い申し上げます。
今日の進め方といたしましては、3人の先生方から20分ずつお話をいただいて、その後で1時間程度の自由討議とさせていただきたいと思っております。発表者への質問につきましては、まとめて自由討議の間に受けつけるということにさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
鈴木副大臣がお忙しい中いらしていただいておりますので、まず、鈴木副大臣からごあいさつをお願い申し上げます。よろしくお願いします。
【鈴木副大臣】 おはようございます。皆様方には大変お忙しい中、本日もお集まりをいただきましてありがとうございました。それからまた、今日は清水先生、福島先生、菊地先生、大変お忙しいところヒアリングに来ていただきまして、ありがとうございました。今、国会等々でも議論がございますけれども、やはり社会保障、とりわけ医療の在り方、それから、これはライフイノベーションともかかわりますけれども、日本の発展のためにも大変重要な課題になっておりますので、今日もご熱心なご討議を賜ればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
【安西座長】 ありがとうございました。
それでは、事務局から配付資料の確認をお願いします。
【茂里視学官】 ありがとうございます。配付資料、全部で6点ご用意させていただきました。まず、清水研究科長からいただきました資料としまして資料1、続きまして福島理事から2点、資料2と資料2-参考、そして菊地学長からは資料3。そして矢崎委員から参考資料1、そして参考資料2、これは後ほど自由討議の中で矢崎委員からご説明いただけるかと思います。
以上6点でございます。不足等ございましたら、お申しつけください。
【安西座長】 何かご質問ありますでしょうか。よろしいですね。それでは、ヒアリングに入らせていただきます。まず、東京大学医学系研究科長・医学部長の清水孝雄先生からご意見を伺わせていただきます。20分程度で恐縮でございますけれども、よろしくお願い申し上げます。
【清水孝雄氏】 おはようございます。本日は、この重要なワーキンググループにお招きいただきまして、まことにありがとうございます。入学定員をどうするかということ、あるいは医大の新設をどう考えるかということと私の話は直接に結びつくものではありませんが、今まで何回かのこのワーキンググループでも基礎医学研究者の話というものが出ていると思いますので、実際に基礎医学の研究者の1人といたしましても、また、医学部長会議のこの対策委員の1人といたしましても、現状についてできるだけ正確にお話しし、また、その対策に関して私どもの提案を申し上げたいと思います。今日は、研究医の果たす役割とは一体何なのかということと研究医減少の実態、その原因解析。その原因解析に基づく対策という、こういう順番でお話しいたしたいと思っております。
私の経歴を簡単にご紹介しますと、東大医学部を出て呼吸器内科を中心に、内科の臨床研修をやりまして、その後、京都大学に7年間おりました。海外の留学を経て東大医学部の助教授、教授となって、2007年、4年ほど前からは医学系の研究科長を務めております。この間、国立大学医学部長会議、あるいは国の研究医養成の取り組みというのを少し並べてみますと、2007年10月に医学部長会議では東大のデータが出されまして、これがかなり衝撃的なデータ、後でお見せしますが、研究医養成に向けて何らかの活動をする必要があるのではないかということがございました。ちょうどこの頃というか、この2007年5月に鈴木現副大臣と私がたまたま東大の五月祭でお会いする機会があって、鈴木さんの講演に私は非常に感銘を受けましたし、その後色々何度かお話をさせていただき、その後も研究医増に関してご尽力頂いております。
2008年ぐらいから医学生増員という方向にはっきりしたかじ取りがとられました。1年後に医学部長会議の調査、提言が発表され、研究医不足の実態が明らかになったと。2009年になりますと、私が朝日新聞に、阪大の平野先生が読売新聞に提言を出しましたし、今日いらしている竹中様、あるいは第一三共の庄田会長などが製薬企業、製薬業界としても研究医が必要だという発言をしてくださいました。また、基礎医学系の4学会、解剖、生化、生理、薬理は非常に危機的な状況であるという申し入れを文科省に行いました。政権交代の後に医学生の増員、研究医枠というのが認められ、本年度の予算、来年度の予算では基礎医学者の育成プログラムというものができてきたという、ある意味では着実な進展を進めてきているように思っております。
医学部のミッションというのは一体何かといいますと、やはり教育でありまして、次世代を担う医師、医学研究者、医学教育者を育てるということが一番大切なことです。同時に研究をして病気のメカニズムを明らかにし、治療法を開発するということによって、将来、発生するであろう大きな病気の危機を事前に防ぐこと、そういうようなことが可能になるわけで、この医学研究をどのように進めるかということが2番目に重要なこと。3番目はやはり社会への展開ということでありまして、それは診断・治療法の開発、あるいは創薬とか医療機器の開発などを医学部というのは積極的に進めていかなくてはいけない。さらに国際貢献とかいうこともございますし、例えば医工連携とか、医療経済論とか、医療政策論とか、つまり、学際的分野の人材を養成する上でも医学というのはかなり中心的なものの1つになっていると私どもは考えております。
医学研究者、医学部の教育を受けると一体何がよいのかということをよく聞かれることなのですが、私自身も自分のことを振り返って考えてみても、医学教育というのはやはり非常に大きな利点があります。他学部卒との違いというのは、分子から細胞、最後は個体、しかも、形態学から生理機能、あるいは分子生物学とか、こういう今の生命科学の学問体系に合う教育をそのままやっている。つまり、人体解剖学、病理学、組織学、生理、薬理から公衆衛生に至るまで、生命科学や人の科学の基本的な学問体系を自然に勉強しているわけですし、こういう中で人の体の仕組みや病気を知るということもありますし、集団としての人を学ぶという学問というものはやはり他学部の教育では得られない重要な点かと思っています。また、医学部には潜在的に優秀な学生、これはどのように育ってくれるかというのは私たちの重要な関心ですが、優秀な学生が集まっております。
また、工学、薬学を初め、経済、社会政策、教育、心理学など各種の学問分野との融合の1つの中心になれると思っていますし、さっき副大臣のお話がありましたが、メディカルイノベーションとか、ライフイノベーション、こういった生命科学の発展の中心に研究医というものは役割を果たしていかなくてはいけないと思っております。実際、ここに4名の方を挙げてありますが、医学の教育を受け、医学の研究をした方々で、山極勝三郎先生から始まって、もっと非常にたくさんの方がいらっしゃいますが、故人の4名を挙げるとしたら、この方かと思いますが、ノーベル医学賞をもらってもおかしくないという十分な業績を上げた方がこういった医学の分野からは出ていましたし、また、これらの先生が次の世代の医学研究者を育て、現在も次々に輩出しています。
しかし、このような潜在力を持った医学教育者というのが減っている。研究医が不足しているということは、これが十分今まで認識されていなかったことです。医師不足だとか、医師の偏在、あるいは色々な周産期医療の不足だとか、救急医の不足だとか、そういうことの陰に隠れてわかりにくかったものなのですが、実は非常に大きな医療危機を起こします。研究医が不足すれば医学教育者が不足するだろうし、それは生命科学全体へ、あるいは橋渡し、臨床研究、様々な分野に大きな問題を引き起こすだろうと考えています。次のページは、朝日新聞に書きました「私の視点」でありますが、これはまた後でお時間のある時にお読みいただければと思います。
研究医が不足するとどうなるかというと、数年後ということはないにしても、10年後、20年後に基礎医学教員がほとんどいなくなってしまいます。繰り返しになりますが、こういった各種の臨床研究、橋渡し研究の活力が低下する。これは我が国の創薬産業、医療機器産業への負の効果をもたらしますし、我が国の健康、長寿社会実現に大変な深刻な影響を与えると思っています。
では、研究医、大学院生はどのくらい減少しているかという、その実態をお示ししたいと思います。これは、私が最初に学部長になった時に東大医学部同窓会の名簿を見て非常に衝撃を受けたデータでありますが、昭和62年の頃には100名のうち20名が基礎研究に行っていた。この方たちは大学の教授になったり、研究所の所長になったり、あるいは色々な社会科学の分野でリーダーとなっているわけですが、それが急激に減ってきているという、こういったデータを見たわけです。
これは東大だけの問題なのかどうなのかというので、阪大を見てみました。13ページにございますが、阪大でもほとんど同じような傾向でございます。京都大学でもやはり昭和60年の終わりから平成に一番多いのですが、この数年間はほとんどゼロという状態が続いている。名古屋大学は全体として数は少ないですが同じような傾向ですし、私立の雄と言われる慶應大学で見ましても多い時には10人を超える人が研究に行っていたのが、最近は本当に数えるしかいないということを聞いていますし、東海大学でも同じような例でございます。
全国的に調べてみて、では、大学院の数がどのように減っているのかというのを2008年までに調べてみますと、大学院の重点化が2000年ぐらいから起こりましたから、大学院総数は増えているのですが、基礎系の大学院総数の中で、MDは大学院に行く数が減っている。特に基礎系の大学院のMD率というのが、1998年には70%あったのが今は30%である。このように時間をかけて減ってきているということが実態としてわかってきたわけです。学生はこのような状態なのですが、それでは、教員はどうかということですが、これは具体的な名前は出しませんが、ある大学では解剖教授の応募者がない。解剖教育は今、准教授が必死になって頑張ってやっているけれども、その方がやめたら解剖教育ができないということが現実にある大学で起きています。
それから、別の大学では生理学、あるいは病理の教授を募集してもその応募がない。または全国的に法医学者が不足している。一方で、行政解剖、司法解剖は大幅に増えているのにこういう現象もある。法医学の例だけを示しますと、法医学解剖は最近25年間で倍増しているけれども、法医学者というのは法医学の教室にいる医師というのは160名しかいない。教授が80名ですから2人に1名が教授という、こういうような非常に極端な、これは、もはや、現在の危機です。
もう少し広く教授から助手にかけて教員の数がどのように変化しているのかというのを見たのがその次のページですけれども、この8年間で調べてみますと、基礎系の教員が1,700から1,550と10%減っている。国立大学は定員削減というものをやむなくされているということで、そのしわ寄せは基礎系の教員を減らすということにいっている。これでは学生が将来の希望を持てるはずがないと思います。
それで、さらに教授、准教授、講師、助教と分けていって、Non-MDが占める率というのを見ていきますと、教授は現在、Non-MDが20%ぐらいですから、80%ぐらいがMDであるということがありますが、准教授になりますとこれが60%、助教になりますと80%近くがNon-MD、こういう方たちが10年後、20年後に教授になっていくわけですから、この先、MDの教員というのは大幅に減っていくだろうというのは、このデータからも十分予想がつくということになります。これらが単に基礎研究だけでなく臨床研究にも様々な影響を与えているというのは、これは文科省のデータにもございますが、世界全体で臨床の医学論文というのは平均すると毎年10%増えているのに対して、国立大学、マイナス6.5%、日本全体でもマイナス8%と臨床系の論文が減少してきているということがあります。
各大学ごとで、これはたまたま東大、京大、阪大、九大のデータがそろいましたので、附属病院から出ている論文数というものを比較してみますと、このように決して増えてはいない。2009年のデータは、ちなみにこれは11月までですので、もう少し数は多いと思いますが、このように全体としては伸び悩んでいるということがよくおわかりになると思います。
次の27ページは、これは論文の質をあらわす1つのメジャーであります引用件数ですけれども、これに関しましても各大学が、これは普通にいい論文を出していけばだんだん増えていく数字であるはずですが、これがやはり伸び悩んでいるということが起きています。単に基礎系の教員が減っているというだけの問題ではありませんが、臨床医学の方にも、今、ゆっくりだけれども、色々な問題を引き起こしてきているということです。
さて、なぜ研究者が減ってきたかということですが、これは様々な原因があるということで、単一の理由ではないと私は考えております。しかし、大きな理由というのは、やはり基礎医学者の待遇が悪い。研究ポストが少ない。研究費の将来が不安である。基礎研究には研究費が来なくなるかもしれないという不安がございます。また、医療現場が忙し過ぎて、若手医師に研究の機会を与えにくい。本来、臨床をやって色々な病気で問題意識を持った人たちが研究に入るというのは、これは医学の研究としては非常に理想的なものであるはずですが、そういうことができなくなってきている。もう一つは、初期臨床研修制度が義務化され、その後、後期臨床研修、学会認定医、専門医という1つのレールができ上がっているということがあり、この中で研究をする時間というものが、あるいはタイミングを逸するということがあります。
実際、医学生のアンケートをとってみました。これは東大医学部の3回生から6回生まで70%の回収率で見ます。今、考えている将来のキャリアを教えてください。これは東大の学生の例ですが、13%は基礎医学研究者になりたい。30%が大学病院の勤務医になりたい。27%が一般病院で働きたい。予想以上に多かったのが、開業医になりたいという数で、10%いる。それから、行政にかかわる仕事というのが8%、そのほか国際保健にかかわる仕事がしたい、起業したい、様々な分野の学生がいます。
自分がどのような研究に興味があるかというのがその次のものになります。時間があまりありませんので少し端折りますが、33ページに研究者を志す医学生が減っているけれども、それが考える理由、その理由は何だろう。将来のキャリアパスが描けず不安であるというのが26%。19%が収入面で他に魅力的なキャリアがあるからということがあります。どのようにしたら増えるだろうかということで、学生たちの提案は「大学院進学後の生活に対する財政支援」をしてほしい。それから、しっかりと「ポストを確保」してほしいということです。
それで、初期臨床研修制度と専門医制度について少しお話ししますと、研修医2年間の後に進路を再検討する年齢が26歳です。この後、約数年間かけて後期研修が行われ、ここで専門医、指導医、さらにsubspecialityの専門医というので30代後半になってしまう。このころ臨床上の問題に突き当たっても既に年齢や社会的バリア、どこで何を研究したらよいかわからないということになっていくということになっております。こういうようなことを考えると、解決のために残りの時間で簡単にお話ししますと、大学ですべき活動、学術会議、医学界などですべきこと、国がすべきことと3つに分けて考えた方がよいと思います。大学では大学のミッションに合わせた教育改革をすべきでありますし、実験とか臨床実習を評価すべきですし、研究心涵養のための制度設計をしたいと考えております。
実際、東大の教育改革の試案をそこに書いておりますが、主体性と多様性と統合性を組み合わせたようなもので、屋根瓦方式、上級生による下級生の指導であるとか、自由時間を大幅に増やして他学部聴講とか、他大学、あるいは医療現場とか外国へ行くとか、そのような機会を増やすようなことを考えております。また、京都大学ではこのようなMD-PhDコースというものを進めていますし、東京大学は新たなMD研究者育成プログラムというので学年から10名から30名が参加するとなっております。
学会レベルでぜひ改善していただきたいのは、日本学術会議、あるいは日本医学会などのレベルで専門医の数と質の規制というものをしてほしい。これは42ページに書いてあるのは、広告可能専門医の数というのが2002年の8資格から2009年に55資格と急激に増えている。55資格が全て認められているわけではありませんので、残り35の専門医で見ますと、医師数はこの間、1.1倍にしか増えていないのに専門医が1.6倍になっている。専門医にならなくてはいけないという過度な要求、あるいは過度な思い込みというものが研究をする機会を失っているということがあります。
すみません、時間を少しオーバーしました。最後に国の施策として私がお願いしたいのは、その1点です。全国の基礎系の教員数は約6,000名です。教員の平均活動期間を30年とすると、毎年200名の教員を生み出さなくてはいけないということになります。全員がMDである必要はないので、基礎教員の半数がMDだとした場合、毎年100名の基礎研究者を育成する。大学の基礎医学に残る者が50%、研究所、あるいは製薬の研究、臨床の場、あるいは産業界で活躍する人を残りというふうに仮定すると毎年200名を特別コースで育成する。この育成するのに必要な費用というのは、大体年間50億程度あればやれるのではないかと考えております。アメリカでは現実にこのようなプログラムを40年以上も前にスタートしていますし、韓国でも2年ほど前からこのようなプログラムをスタートしています。この意味でも日本が乗り遅れないように進めたいと思います。
時間をオーバーしまして申しわけありませんでした。これでお話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
【安西座長】 ありがとうございました。色々ご質問、ご意見あるかと思いますが、後ほどまとめてにさせていただきます。清水先生、ありがとうございました。
それでは、続きまして、淀川キリスト教病院常任理事の福島公明先生にご意見を伺わせていただきます。やはり20分で申しわけございませんが、お願いします。
【福島公明氏】 淀川キリスト教病院の福島と申します。私は非医師としての立場より少し雑駁なお話になりますことをお許しいただきまして、日ごろ感じていることを少しお話しさせていただきたいと思います。お手元の資料の原稿を中心としてお話しさせていただきます。
私は非医師ですけれども、医師の採用試験とか研修医の採用試験はもちろんですけれども、面接試験に立ち会いを致します。そして、いつも楽しみで色々とお話を聞かせていただくのですけれども、その時に私の方から必ず、私自身の興味もあってお話しする内容があります。「先生はどうして医師を志したんですか」という質問をいつもさせていただきます。そうしますと、皆さん方が大体共通して言われるのが、「病気で困っている人たちを治してあげたい。」そして、「患者さんたちのために役に立つことをしたい。」そういうことを志して、医師になることを志しましたというのがほとんどの方です。高校生の時、受験の時に成績が良かったとか、親御さんが医療関係者などという前提があるかもしれませんけれども、このような志しがあります。
病院の現場は大変厳しい状況です。暴力とか暴言というのは日常茶飯事でして、救急車も毎日何十台と来ます。そして、困っている症例があれば必死で勉強されてきます。だけど、私がそばで見ていて、そういう先生たちの思いの根底に何があるのかな、といいますと、その時に歯を食いしばれる1つの気持ちというのは、若い時に医師を志したあの気持ち、本当に患者さんのために役に立ちたい、患者さんの病気を治してあげたいということですね。そういう観点で歯を食いしばってでも頑張っておられるのではないかなという気が致します。これは現場の感覚です。
そして、このすさんだ時代、非常に人の心がすさんできた時代にこのような志を持って必死で勉強して、多額のコストをかけて医師となっていく、それらの若い人たちのことも考えていただきたいな、と思っています。ビジネスの世界でよく言われている言葉に「見識」と「志」という言葉があります。見識、まあ、我々経営者はどういう見識で病院を経営しているんですかとよく質問で言われるんですけれども、ここでも色々ご議論していただいていますけれども、そういう見識というのは大体理解できます。だけれども、そこで医療スタッフも含めた職員はどのような志を持って病院で勤務をしているかということもひとつ考慮する必要があるのではないか、このように思っております。
私は、色々な議論がありますけれども、少し大雑把な話をさせていただきますと、何かをやるから、それが少し効果がダイレクトに上がってくる。つまり、y=ax+bという1つの直線の中で効果が出てくるということだけでは済まないのではないかと思っています。すなわち、悉無律、ということです。何かをずっとやっていく、やっていきながら、ある時から1つの効果が出てくる。そして、それまでは効果は出てこないかもしれませんけれども、ある時から効果が出てきて色々なものが立ち上がっていく、こういう考え方ですね。こういう考え方でいかなくてはならないのではないかと思っています。
例えば原稿から離れた話になりますけれども、我々は看護師さんの募集に大変苦労しています。従来はよく応募に来ましたけれども、最近は苦労しています。だけれども、我々はこの悉無律でやっています。つまり、何でもやっていきます。面接会場のブラインドの色も変えました。ブラインドの色も変えて、椅子の色も変えていく。若い看護師さん、または若い看護学生の方の心をつかむことは何でもやっていきます。そうすると、今年ぐらいからやはりその効果が一気に出てきているんですね。だから、色々な議論をする時、y=ax+bみたいに直線に効果が出るという議論ではいかないのではないか。すぐに効果は出なくても、ここはやることは何でもやっていこうと。まあ、お金と時間の戦いはありますけれども、やっていこうという考え方でいくべきではないかと思っております。
それから、地域のことですけれども、私どものいる病院は大阪市内の東淀川にありまして、657床持っておりますけれども、正規のドクターは180名おられます。研修医も含めて180名です。非常勤まで入れますと230名のドクターが働いておられまして、その出身の大学は様々です。九州の方もおられますし、ただ、そういう方たちのほとんどは地方の医学部を卒業して京阪神の医学部の医局に入局して、そこから派遣や、または直接私どもの所にお見えになっています。そういう時に志望動機をお尋ねしますと、若い医師は、こういうノウハウを持っている病院に勤めたいと言われます。それから、認定医・専門医の資格を取りたいなどと答える方が多いです。私どもの病院はもともと外資系の病院でして、アメリカの長老教会派という所が建てた病院です。戦後、貧しい、後からまた申し上げますけれども、初代の院長先生以下、最初の頃は全て英語で手術をやっていた時代があります。
従いまして、アメリカから留学して帰ってこられる先生が急に日本の病院で日本語で働けないという時に我々みたいな病院に来て、そして少し英語と日本語をチャンポンにしながら慣れてきて、日本の国内に散って行ったそうです。逆にアメリカに留学したい先生が我々の所に来て勉強してアメリカへ行ったという、そういう歴史的な経過がありまして、したがいまして、研修医制度があるずっと昔から研修医を育てるノウハウというのを持っていたわけです。そのような所でやっていますので、研修のノウハウを持っている病院で働きたいとおっしゃる方は多いです。しかしながら、大抵何人かの先生は無医村で将来働きたい。また、貧しい人のために働きたいという方が少なからずおられます。やはり若い先生方は、給料とか待遇だけではなくて、色々なことの、評価の基準を持っておられるのではないか。
例えば症例ということで言わせていただきますと、北米のER型救急室を私たちは持っていまして、24時間対応して若い研修医を指導していますけれども、ERの時間内だけで経験すべき頻度の高い症例数、これは研修医に決まっている症例数ですけれども、35症例ですが、そのうち29症例、つまり、83%がやれます。それから、経験すべき緊急を要する病態、これは76%、それから、経験すべき基本手技、これは68%をたった半年間の当直だけでやっています。たった半年間の当直でほとんどの症例を、やらないといけない症例をマスターしているということです。したがいまして、先ほど申しましたように40年以上のスーパーローテーションの歴史がありますから、プログラムの中に出てこないような必須プログラムというんですか、そういうことが脈々と受け継がれていまして、たくさんの症例が集まります。
そういう病院で働くということからいきますと、もしかしたら地区、地方の病院などで症例を積むということは少し難しいと思われて、魅力がないということも思われるかもしれません。したがいまして、現在のシステムでは、こういうことがどこまで達成できるかなということを危惧しております。したがいまして、私が提言したいことは、地方枠、地域枠ということも勉強させていただきましたけれども、やはりその地域枠で、卒業してすぐに地方で働かれるというよりも、数年間、そういう症例を集めたり、それから、学会認定の資格を取られたりして、その後に地域の方に行くことを義務づける。最初の何年かは、もしお許しいただけるのでしたら、色々な所で研鑚する仕組みをとられたらどうかなと思うんですね。そして、その間に、研鑚を積んでいる間に5年だったら5年、6年だったら6年の間に地域でラブコールといいますか、励ましをして地域から名産を贈るとか、夏休みぐらいは地域にまた来てもらって一緒に過ごすとか、そういう仕組みの中で置かれたら、6年ぐらい研鑚をしたら必ず地域へ戻ってきて一生懸命働けるのではないかなと確信をしております。
次に3つ目ですけれども、国際協力の問題を少しお話しさせていただきたいと思います。最近、国際協力、医療教育のカテゴリー、問題が色々話されていますけれども、私はここに書いてある5つのカテゴリーに分けることができると思っています。その中で貧しい地域への医療提供ということも少しお話しさせていただきたいと思います。皆さんご存じのようにアメリカのピッツバーグメディカルセンターが既に中国に進出するということを決めておりますし、それから、色々な病院がアジアでは活躍しております。私たちは、キリスト教病院はアジアで比較的結びつきを強く持っていまして、年に1回は国持ち回りでアジア、キリスト教病院、最高経営者会議というのを持っておりまして、そこで色々なことを討議しています。そうしますと、彼らがやっているのは自分たちの病院だけのことではなくて、さらに貧しい地域に対してすごく医療をバックアップしているんですね。そういうことに気がつきます。
少しこのスライドをご覧いただきますと、これは少し余談になりますけれども、私たちの病院ができる時に、1955年にできましたけれども、その直後からアメリカの宣教師たちが我々の病院をバックアップするためにたくさんの方がお見えになりました。その時の記念写真です。私はこの写真を見ますと涙が出そうな気がします。家族全員でこの地域のためにと来られたんですね。左下の写真は、その当時の淀川キリスト教病院の置かれている、そういう当時の写真です。右の方が現状の写真です。新大阪駅ができましたから、もう昔の面影は全くありませんけれども、そういう形でやっております。私たちはこれを非常に大事にしています。
少しエピソードを申し上げますと、最近、バングラデシュのチッタゴンという所から、また車で3、4時間行ったチャンドラゴーナという所に医療団、医療派遣をしました。このような貧しい地域で、左上の写真は、こういう所に住んでおられる人達ですね。これはその途中の近くの道路です。患者さんなんか絶対来ないよと言われて行きました。コーディネーターも入れてドクター4人とナースが2人、6人のチームで行きました。こういう時、現場は大変なんですね。そういう方を出そうと思いますと。だけど、皆で協力して出しました。誰も来ないよと言われたところ、183人、外来の方がお見えになりました。このような患者さんです。手術は30例行いました。左下のこういう待合室にたくさん集まられました。私たちが感激したのは、近くの人でも3時間歩いて来られて、遠くは3日間歩いて来られたそうです。
お金持ちの方はどこでも行けるんですよ。手術することもできます。だけど、こういう方たちは人生最後のチャンスだ。失明するか否かの最後のチャンスだ、ということで、聞く所によるとニワトリなど財産を売って旅費に充てて来られた方もたくさんおられたということです。そして、日本から、たくさんの薬や診療材料や医療機器を持っていきましたけれども、ほとんど使い物にならなかったと聞いています。結局、亡くなられた前院長がその場所で使っておられた古い機械を使って外来をしていった。手術もそうです。真ん中のこういう手術、時々停電になって真っ暗な中で手術をやっていた。こういう状況ですね。こうして手術した後、本当に皆さん感謝されたということです。
私がびっくりしたのは、皆ひれ伏して、足元の土の上でひれ伏して、「本当にありがとう」、「ありがとう」と言って感謝されたということを聞きます。これはその後のご苦労さん会を廊下で皆でやっている写真です。私もここに行ったことがありますが、本当に田舎です。こういう海外医療の実態を持っていただきますと、私たちはやはりこういう所の若い、賢い子供さんたちを呼んで医学教育をやったらどうかなと。それで、地元にいて金持ちになることを欲している人たちではなくて、そういう人たちを呼んで医学教育をやられたらどうかなと、そういうふうに思うんですね。そして、今、メディカルツーリズムとかいうお話をされていますけれども、バランスが悪過ぎると思うんですね。そういうことは関係なく、我々の方に患者さんを呼ぶことだけを考えていっているような、こういう社会の風潮が全ての風潮だと思います。
それから、次に、あちこち飛びますが、3つ目の提言になりますけれども、医療工学、ここにも国循の妙中先生、専門の先生がお見えになっていますけれども、私は国循の理事を兼ねておりますけれども、やはり国循を見ていますと、本当に日本の宝だと思っています。医療工学の面では日本経済の浮沈にかかわる研究センターだと思っています。その中で地域の東大阪を中心として、物づくりの会社がたくさんある。企業がありますけれども、そこと一体となってやられたらいいかと思います。または神戸の、医療産業都市構造等もコラボできると思っています。
ところが、研究医の方がどうしても、やはり先ほどの話にもあったように、Non-MDの方が多いんですね。国循では正職員の研究医が89名おられますけれども、そのうちでMDの方はたった32名だけです。あとはNon-MDの方がやっておられます。それも悪くはないんですけれども、色々難しいことも起こるのではないかと思いますし、このようにMDの方と一緒にやるということになりますと、今のカリキュラムでは私は到底無理だと思っております。今の医学部のカリキュラム、私もインターネットで大分調べさせてもらいましたけれども、そうではなくて他学部に行って、色々授業を受けて、他学部での授業をカリキュラムの基礎科目として認めていただけるような思い切ったシステムを考えないと、こういう問題は解決しないのではないかということで、この3つ目の提言をさせていただいています。
従いまして、私はここに書いてある4つ目、私は新たな観点で医学部を創設せざるを得ないのではないかというのが、今日の最後の提言です。つまり、これは簡単なことでないかもしれませんけれども、今の時代の医学部でも色々な問題が起こっている時に、そのようなことを一朝一夕に解決できることは難しいのではないかと思います。従いまして、新しい発想の医学部の創設に関心を持っていただいたらどうかなと思っています。例えば1学年100名のうちの定員で50名はそういう人たちが地域に赴任する、拘束しないで地域に赴任する人たちを採るとか、ここに書いているような内容で採っていただければどうかと思っています。
私が最後に申し上げたいことは、今、日本の場合はイノベーションが非常に必要とされると思います。医療の世界も例外ではないと思います。日本は、例えば企業の世界で言いますと、100年以上、300年以上続いた企業はたくさんありますけれども、それは全て顧客中心のイノベーションを起こしているのですね。私は京都に住んでいますけれども、京都の和菓子屋さん1つとっても、この100年間のうちにどれだけ味を変えたか。見た目は変わらなくてもどれだけの味を変えていったのだろうと思っています。顧客に合わせた、顧客の味覚や感性に合わせたイノベーションを起こしてきたと思うんですね。それが私たちには必要ではないかと思います。非常に短絡的な言い方でお許しいただけるのでしたら、ドラッガーさんが言うような新たな発想での顧客創造ということの観点が必要ではないかと思います。
雑駁ですけれども、繰り返しになりますけれども、まとめると次のようになります。(1)志を持つ医師を育てるために、いわゆる悉無律の法則にのっとってあらゆることをやっていただきたいと思います。(2)そして、地域の医師を育てるために卒後すぐ地域に勤務するのではなくて、あらゆる過程で優秀な医師が地域に戻ってきやすい環境を整えていきたいと思っています。(3)医療はグローバル化しておりますので、国際的に活躍できる医師教育を片方で目指さないと日本は取り残されるのではないかと思います。(4)そして、4つ目には、既存の大学の医学部では解決しないということであれば、顧客の創造ができるような医学部を創設してイノベーションを起こす必要があるのではないかと思っております。
大変雑駁なお話でしたけれども、以上です。ありがとうございました。
【安西座長】 ありがとうございました。
それぞれ貴重なお話をいただいております。後でぜひ質問、ご意見をいただければと思います。ありがとうございました。
それでは、3番目に福島県立医科大学理事長兼学長の菊地臣一先生からご意見を伺わせていただきます。やはり20分でお願い申し上げます。
【菊地臣一氏】 菊地です。私から大学の取り組みについてご紹介いたします。福島医大型地域医療支援システムと名付けてあります。そのコンセプトは地域住民、自治体、大学の三者の連携に尽きます。まず福島県の医師不足状況を簡単に紹介して、それに対して、我々が現在までにとってきた内容を紹介して、最後にまとめたいと思います。
まず、福島県における医師不足の状況ですが、数の上からも本県では絶対的医師不足です。では、医療機関従事者数で見てみるとどうかというと、やはりこれも本県は低位に推移しております。もちろん都市部も医師不足であり、全国との格差は約2倍です。
次に、福島県というのは戊辰戦争以来、非常に広い地域、文化の違う地域が集まっていますので、地域差が非常に極端に出ます。これを見ると会津という奥羽山脈から日本海沿いと太平洋側で医師数が伸び悩んでおります。では、これを診療科別に見てみると、内科は会津地方といわき地方、いわき地方というのは太平洋岸の南ですが、ここが大幅に減少しております。外科を見ると、これも南会津という尾瀬の近くですが、それと新幹線沿線の中通り、浜通り、これも太平洋岸沿いですが、全部落ちています。小児科はどうかというと、これを見るとやはり会津と太平洋岸、つまり、新幹線の通っていない所は減少傾向が続いております。福島県は県立大野病院事件という歴史に残る事件を起こしたところです。それはこの浜通りというところです。これを見るとやはり浜通り、それから、会津で、あの事件をきっかけに大幅に減少して、現在、南会津という栃木県沿いのところでは産婦人科医はゼロです。
このような状態の中で医療崩壊危機が2003年に現実化し、これは全国紙、あるいはマスメディアで大々的に取り上げられたことで、皆さんご存じかもしれません。これが県と大学との連携のきっかけになりました。このきっかけになった只見町というのはどこにあるかというと、非常に小さい町で、しかも、南会津で、新潟県沿いで、人口は約5,000弱、診療所は1つしかない。一番近い、会津若松市という会津藩があったところですが、そこまで2時間、冬は全くの陸の孤島、少子高齢化、人口減少は日本のトップ集団を走っております。そこで直ちに手を打たなければならないということで、県の上層部と話してへき地医療支援システムを誕生させました。これは大学が地域の拠点病院、そしてさらには診療所へと支援する玉突き方式が一つ、もう一つは緊急時には直行便方式でダイレクトに診療所に行くという応援システムです。これについては後から詳しく述べます。
この福島方式の背景にある理念をご紹介いたします。一つは地域とのかかわりを持とうということで、旧来はどちらかというと大学と地域、あるいは我々は公立大学ですから大学と県は話をしないのが美徳というような雰囲気がありました。ところが、今は地域と大学は融合する必要があるということです。2番目に医師の派遣の形態です。旧来は講座単位で派遣をしていたのが実情だと思います。でも、今、これは社会から求められる大学は大学が窓口を一本化して、一体となった支援システムが必要ではないかということで、大学で全部一本化をしました。それから、派遣される医師自身に支援体制が必要だという思いから、旧来の短期、単発、大学の組織の視点からの派遣システムに、医師個人の視点を導入し、卒前、卒後、生涯教育を一つの組織で完全にカバーしようということで、新たに医療人育成・支援センターというのを設立しました。これについても後からご紹介いたします。
では、まず最初につくったへき地医療支援システムを紹介します。これは2004年から始まって、定員は15名です。福島県が人件費を全て持ってくれています。後期研修終了後で助教前の若手医師を対象としています。つまり、日雇いのお医者さんを日雇いでなくそうということです。県との交渉では、人は身分の保障があって初めて他人のために働ける、身分の保障をくださいということを言って快諾していただきました。
先ほどのへき地医療支援システムを細かく示しますと、まず玉突き方式が1つあります。これは月4回程度の拠点センター病院への支援で、次に、今度はその拠点センター病院から拠点病院、さらに小さいところ、そこからさらに診療所に派遣するという方式です。もう一つは直行便方式といって、診療所閉鎖の危機がある場合に直接大学から応援をします。実際、からむし織で有名な昭和村ではドクターががんになり、この間、大学で直ちに応援してしのぎました。会津総合病院の本学附属病院化の後、人員規模を現状維持するか、玉突き方式をどうするか等について、充実の方向に向けて検討しております。
次に、今、崩壊の危機に立っている公的病院の支援担当教員を2006年から33名をつけていただきました。2011年からは43名になります。この支援対策は県内の公的病院、医療法の21条に基づく公的病院ですから済生会、厚生連、日赤も入ります。月4日程度の医療協力です。次に2007年度からは政策医療等支援教員、やたらと名前を色々つけますが、定数枠をもらうためにはこういう手も必要です。定員は20名です。支援策としては地域医療や小児周産期、救命救急などの政策医療に関与している民間病院への派遣です。福島県は非常に特異な県で、1,000床以上の民間病院が多数ありますので、このような支援も必要です。これも月4回程度の医療協力です。2010年からは地域医療再生支援教員制度を採用しました。これは地域医療再生基金を活用したものです。定員は12名、支援策は県の地域医療再生計画に基づいて相双医療圏、これは太平洋側の北側、宮城県側の所です。そこの中核的医療機関へ派遣しています。これも月4回程度の医療協力です。
このような様々な支援教員システムの結果、全教員定数は8年間で138名増えました。支援教員数は8年間で90名増え、そのほか、入学定員増等要因による教員数、さらに小児科、それから、ICU、高次救急などの政策医療によって8年間で48名増やしていただきました。
以上の制度をまとめると、少し小さいですが、このようになっています。あくまでも中心は大学で、それを側面から県が応援する。つまり、大学と県の一体的連携による人事の一元的管理運営と言えます。支援教員制度の概要は、まとめますと、一つは福島県自体が人件費を支援する。それから、後期研修終了後で日雇いになっている医師を常勤にする。そして、後期研修医も含めた社会人を大学院に入れて、同時に専門医と学位の取得を両立可能にする。月4回程度の公的・政策医療等の病院を支援する。あくまでも主たる勤務は大学での臨床研究・研修です。
もう一つの特徴は、講座の壁を超えた一元的派遣調整です。中小病院には各講座から行っていませんので、消化器のない所には消化器の講座からお願いしています。任期は1年として、毎年見直します。さぼって行かない者もいますので、そういう者を外したり、ニーズに応じて診療科の調整をいたしております。
この支援教員制度、各立場から見ると、様々な利点があります。若手教員にとっては、まず生活が安定します。それから、社会人大学院で医学博士が取れます。同時に専門医、今非常に欲しがる専門医の研修も大学に入ってもやめないで続けられます。そして、大学に残る魅力があります。一方、大学にとっても地域医療への貢献をアピールできます。そして、医師をプールできます。また、それによって派遣機能を強化できます。さらには診療、教育、研究機能も強化できます。ひいては将来的には医師の県内定着が促進されることが見込まれます。
一方、地域の医療機関にとってはマンパワー増強になります。そして、県から安定的に人材を供給していただけます。これがひいては医師の県内定着促進につながります。そして、この結果、病診連携、病病連携が一挙に進みました。これは、県にとっては地域医療の充実で、知事さんにとって非常にいい話です。医師のプール及び派遣機能の強化も可能になります。それから、県民にわかる透明な財政負担で、これは全部オープンになっています。また、派遣数、支援先も全部オープンになっています。そして、医師の県内定着促進が可能です。つまり、今までは教育機関としての大学と医療支援組織としての大学は必ずしも融合しているとは言えず相反するところがありましたが、このような仕組みを導入することによって一体的な融合が可能になりました。
以上、述べたような支援教員制度の総括は、県と医大との確固たる信頼関係に基づく連携が背景にあります。地域とは、我々の場合は県ですが、県と医大の双方が工夫という知恵と、時間という汗と、そして税金という血を出し合うことによって成立した制度です。そして、県と医大の財政的な一体性です。電話1本で人事を決めていただけます。それから、医大自身が強力なリーダーシップをとって、派遣先にも関与しています。少ない医師数で効率のよい即時の対応が必要ですから、そのために既に県立の2つの病院を統合して、大学附属病院のセンター化することが実現しました。もう一つは、全く設立母体の違う県立病院と厚生連の病院について、たった15分しか離れていないので一緒にしてほしいという要請をうけまして、これも4月1日付で統合になります。
一方、長期的な医師確保対策も必要です。これについて最後にご紹介いたします。まずは医学部入学定員増です。現在、我々は110名ですが、一応、上限の125名を目指して、これは知事や副知事と約束をしていますが、現実には文部科学省に認めていただけないとだめなのですが。それから、臨床系講座教授のポスト増が2010年に行われました。定員5名、複数診療科を抱える講座、内科三科と外科二科の教授を1名ずつ全部増員しました。これにより、医学部入学定員増に対応した教育力の強化を図ることができます。無論、地域医療支援のための体制も強化できます。
そして、これは全国的に行われている地域枠の活用で、我々もこれを積極的に活用しています。ただ、ここで非常に深刻な問題が本学では起こっています。それは修学資金をもらっている学生ともらっていない学生との間に微妙な亀裂があるというものです。私はもらっていないのだから、こんなことに関わらなくてもいいということをはっきり言う学生もいます。そのため、私は全学生を昼食会に招いて、修学資金をもらっている者ともらっていない者を差別せず、一緒に地域医療、あるいは高度先進医療について話しております。
それから、今までのような地域医療研修では決して学生、あるいは研修医はそこには行かないと思っています。それは地域医療研修には三重苦というものがあるからです。一つは生活者としての苦痛、もう一つは研修医としての苦痛、そして医師としての苦痛。その苦痛の理由は資料のとおりです。そこで我々がつくったシステムがホームステイ型研修です。これは現代GPにも採用されました。その結果、県もこの研修のシステムの優秀さをを認めて、国庫補助がなくなっても県がその後、補助金を出して継続ということになり、現在に至っています。
では、ホームステイ型プログラムというのはどういうことかというと、その心は「地域で生きる医師の定着」、つまり、現代版下宿です。学生は地域の中に入り、そこで下宿をして、そこから診療所に通います。診療所には常勤医のほかに大学から家庭医の教官を送っており、そこで定期的に指導を行います。もちろん、緊急の場合に備えてドクターヘリ、緊急支援体制、テレビカンファレンスを常備しております。
このホームステイ型の特徴は、まず地域、家庭でのホームステイです。このことは既に最近出たAmerican Journal of Public Healthで意欲のある学生、あるいは地域で実習をした学生は、地域医療に携わる可能性が高いことが期待できるということが発表されていますので、本学の取り組みの方向性は間違っていないのではないかと思います。それから、医療従事者はこんなに大変なのだというような、住民の医療従事者に対する理解が進んだことが実感されます。ホームステイ型研修は、資料のように非常に多くの学生が希望して学んでおります。
ただ、問題はこれをどう管理、運営するかで、我々は医療人育成・支援センターという組織を立ち上げました。これは学長直属の組織で、卒前教育、卒後教育、女性医師支援センターの3本柱で成り立っています。スタッフは合計30名で、専任准教授2名、それから、助教、助手専任が11名、県も入れて合計30名です。医学教育部門と臨床医学教育研修部門があり、女性医師支援を含めて様々な支援体制を組んでいます。センターの中にはスキル・ラボがあり、驚くほど利用件数が高いことがおわかりいただけると思います。もう一つは女性医師支援センターが開設され、2011年4月からは、「どうぞ休んでください。講師が休んだら同じ職である講師を補充します」という制度をつくって、安心して休んでもらえるようにしました。
最後に会津医療センターをご紹介いたします。これは県立の2病院を統合して附属化するものです。ここでは、福島モデルが全国に普遍的な形で提供できるのかどうか、さらに政策医療的に検証することとしております。これは国の力もお借りしてぜひ進めていきたいと考えております。
それから、医師の負担軽減について、一つは事務補助体制の充実です。医師には医師の仕事をさせる。また、病診連携の推進であり、本学附属病院では完全予約制を基本としております。その結果、後期研修医が少しずつ増えてきており、他大学卒の福島医大の定着者も増えております。
以上をまとめると、福島医大の定着策は、このような教育、研究、診療、医学部入学定員増と地域医療支援教員制度によって成り立っています。ただ、県立病院立地市町村と公立病院のない市町村の財政負担の格差が問題となっております。今後、この総合的調整が必要で、これは来年をめどに協議を進め、大学内に指令塔を置くつもりでおります。
2003年に起きた、いわゆる只見町の事件、そして県立大野病院事件、なぜか本学が発端となっておりますが、その結果、次々とこのような手を打ってきました。今後も状況に応じ、必要な時に必要な措置を講じるつもりです。以上です。
【安西座長】 ありがとうございました。
それぞれに大変貴重なご意見をいただきました。清水先生、福島先生、菊地先生に改めて感謝を申し上げたいと思います。これからの時間につきましては、全て質疑応答または意見交換の時間に当てさせていただきます。今の3人の先生方のヒアリング、ご意見に対して、まず、ぜひご質問、ご意見をいただければと思います。どうぞ。
【片峰委員】 質問というか、コメントをさせていただきたいと思います。1つは研究医枠、研究医の不足の問題ですけれども、私自身は基礎医学の出身でございまして、現在の研究医の減少というのは非常に深刻に受けとめています。その中で長崎大学では本学の特徴を生かしまして、今年度から医学部に熱帯学研究医枠というのを5名とりまして、インセンティブを与えながら何とか養成することを始めるのですが、ポイントは、医学部の学生を見ていまして、研究マインドを持って、研究に志を持っている学生たちが結構おります。そういった学生たちが、その新しい卒後臨床研修システム等々の中で、その志を失ってしまうんですね。
要は、その志を継続させるようなシステムが必要だろうと思っております。その中で、研究医枠の話をふくめて、大学院までの過程、そこを何とかシステム化した方がいいのではないかと思いまして、今、アンダーグラディエートで大学院の単位を先取りできるという仕組みを導入しようと思っています。その中で、最初の臨床研修の2年間、これも大学院の年限の中に組み込むということで、要するにその4年間、臨床研修の2年も含め、4年間で博士号が取れる。その後、海外に行くなり、PDになるなり、そういった形で学生が持っている研究への志みたいなものを継続させるような仕組みが要ると考えています。
それともう一つ、福島先生、国際貢献の話をされましたので、その件に関しても少しコメントさせていただきたいと思うのですが、ご承知のとおり、世界の死因の半分、これは感染症なんです。しかも、ほとんど途上国の子供たちが感染症で死んでいるということなんですね。そういった中で国際医療分野、これは母子保健も含めまして、我が国が果たすべきものすごく重要な国際貢献分野になると思うんですね。そういった意味では、福島先生が言われましたように、そういった国際貢献マインド、志を持った医師をたくさんつくっていく。国境なき医師団等々、あるいは福島先生の所もそうだと思います。それも当然、1つの重要なポイント。
もう一つは、今の優秀な医学部の卒業生の中からWHOを含めまして、国際機関のヘッドクオーターに送り込んで、そこで活躍できる、そこでリーダーシップをとれるような人材を大学は養成していかなければいけないと思うんですね。もう一つ重要な観点は、医療における国際貢献の最終的な到達目標は、その国自身が保健医療行政によって自立する。これを支援するということだと思うんです。そういった意味で、途上国の人材をいかに育成する、そのことに日本がいかに貢献できるかというところが僕は最終的に最大のポイントだと思っています。そういった意味では、長崎大学の熱帯学研究所には、たくさんアフリカから学生が来まして帰っていく。あるいはもう一つ、放射線医学の研究所もございまして、ここにはもチェルノブイリ事故に遭った地域の周辺からたくさん学生が来て帰っていきます。
彼らは確実に母国に帰った時にリーダーになります。そういった意味では非常に大きな貢献になっているのだろうなと思いますが、やはり数が足らないんです。最近、この2年間だけでも長崎大学に2つの国から新しく大学病院をつくるから手伝ってくれという打診がございました。1つはインドネシア、もう一つはケニアなのですけれども、残念ながら大学病院を一から立ち上げて全てをやるためには年オーダーで数十名規模の医師を赴任させなければいけないですね。なかなか今、現行の大学病院をめぐる状況の中でこれはできないんですよ。その中で例えばケニアのケニヤッタ大学の大学病院、これは中国が持っていった。中国が全部やるという形で非常に残念な思いをしたことがあるんですけれども、そういった意味ではやはり大学病院、地域医療の最後の砦と言われましたけれども、国際貢献の面でもこれは砦機能というのは絶対あるわけで、そういった意味では、大学病院というのはやはり国策、国益の観点からぜひ充実させていただきたいなと思っています。
以上です。
【安西座長】 ありがとうございました。
地域、国際等々、もちろん基礎も含めまして多様なテーマが出てきておりますので、ぜひご意見をいただければと思います。順番に回ります。山本委員。
【山本委員】 3人の先生方には大変よいお話をありがとうございました。清水先生にお聞きしたいのでございますけれども、特に基礎の研究者が少ないという実態もよくわかりましたし、環境はこういうふうにつくっていくべきだというところも、今日のお話に出ました。私、お話を伺っていてふと思い出したのは、沼正作先生のお写真がここに出てきましたが、それよりずっと前の加藤元一先生、1918年に慶應の医学部が始まった時に初代生理學の教授として招聘して来ていただいて、私が医学生の時に直接、加藤元一先生の神経伝導の不減衰学説というものを、実験設備を教室に持ち込んで、それを使いながら講義をしてくれて、これは非常に私ども学生にとっては感動的で、インパクトが強いものでした。
その時に、研究者も夢見ましたが私はできが悪かったので最終的には臨床を選びました。ただ、こういうことはやはり将来の研究につながる講義だなと思って聞いていたのですが、それと関連しまして、ほぼ40年前ですけれども、リサーチフェローでアメリカへ行った時にスタンフォードに出入りをする機会がございまして、その時に少し驚いたのは、スタンフォードの基礎の医学者や、臨床の教授たちが交代で、月2回、金曜日に、夜8時から10時の2時間、アメリカで言うと3年、4年の医学生、日本で言うと5年、6年生を対象に講義をして講演をするんですね。講演の内容は全部研究に関することで、参加は自由なんですが、有名なプロフェッサーが、自分はこういうことを考えて、こういう仮説を立てて、こういう実験をしてこういう結果を得た。そして、将来、こういうことをやっていくのだという話をするわけです。そこには少ない日で50人ぐらい、多いと80人ぐらい学生が集まりまして、質問はというと二、三十人の手がパッと挙がって、質問をし、意見を言って、ディスカッションする。こういうことを既に40年前にやっていて、恐らくこの中からいい研究者が出てくるんだろうなということを感じたことがございます。
そういった意味で、今日のお話のような研究しやすい環境を整えるということは非常に重要ですけれども、今現在、日本で基礎や臨床の研究者の先生方が研究に挙身を持たせるために、そして医学生に研究に対するモチベーションを与えるという点に関して、今、実際にはどういうことをおやりになっているのか、あるいはどういうシステムがあるのか。片峰先生がその一片をお話しなさいましたけれども、そういう点について、もし何かあればお教えいただきたいと思います。
【清水孝雄氏】 非常に貴重なご意見、ありがとうございます。私どもも研究者を増やすということで、やはり一番大切なのは、まず自分がよい研究をして、研究というのはこれだけおもしろいものであると。それで、その研究者の生活というのは非常に大変だけれども、これは楽しいものであるということをやはり学生にどういうふうに伝えるか、そこが一番の基礎だろうと思っています。その上でやはり医学教育も大きな改革を進めていまして、ある意味で、教科書で習う生化学とか生理学とか、そういうのは教科書を見てもらったらいいのではないか。そのかわり試験はやらないと学生は勉強しませんから、一応試験はやりますけれども、それで週に1回、質問受けつけ時間というのに教授が待機していまして、学生たちに、色々質問を持った人に来てもらう。そこで色々話を聞く。
それ以外の時間は教員たちが、自分たちが今やっていること、おもしろいこと、最先端のこと、どういう失敗からどういう成果を得たかというようなことを自分たちの大学の先生、あるいはほかの大学の先生を呼んでお話ししていただく。そういう方式を取り入れたいと思っていますし、その時にもう一つ大切なことだと私たちが思っているのは、医学部が医学の話だけにとどまるのではなくて、やはりそこで経済の先生のお話とか、心理の先生のお話とか、そういうのを聞く時間というのをつくっております。そういうようなことで幅広い多様な興味を持った学生をいかに育てていくか。そういう教育改革を今スタートしたところです。
【安西座長】 ありがとうございました。
それでは、どうぞ。
【妙中委員】 皆さん、非常にすばらしいお話をいただいたと思うのですけれども、先ほど言われた片峰先生の国際貢献も含めて少しお話をさせてもらいたいと思います。
医療イノベーションというのが、今、内閣にもそういう室ができて推進しておりまして、関係しているんですけれども、米国などでこれのコンセプト、ベーシックなコンセプトとして言われているのは、人を救うのは勿論ですが、今後は国を救うのだという考え方、医療で、そういうような考え方というのが基礎になっていると思っています。そういう意味で、先ほど言われた、本当に若いお医者さん方の国際への貢献というのはものすごく大事なんですけれども、一方、産業として考えてみたらどうかという点がもう一つあります。例えば日本の医療従事者というのは非常に優秀で、お医者さんも含めて、私、機器がメーンですけれども、外国で出てきた機器でも最終的に日本で治療法として標準化される。そのぐらい日本のお医者さんというのは優秀なわけです。
産業として、例えば医療機器を外へ売っていくというようなことを考えた時に、病院での貢献というのはもちろん大事なのですけれども、人と、あるいはサービスと機器など医療技術をパッケージとして売っていくということの大事さというのはあるのではないかなと思うわけです。例えば色々な透析機器、透析なんかまだ普及していないところがたくさんあるわけですけれども、中国はアメリカに先を越されているところはあると思いますけれども、今言われたアフリカであるとか、東南アジアであるとか、そういうところにやっぱり日本で教育を受けた方々をそういう機器も含めて出していく、あるいは日本の医者が先頭切って、福島先生がやられているように技術を持っていって、それを産業として売っていく。そういうような考え方というのはものすごく重要で、そういう意味でも医学部の今後の充実というのがものすごく重要なポイントになってくると思います。
そんな中で清水先生が本当に危機的なお話をされまして、私も全くそのとおりだと思うんですけれども、教育、研究、それからもう一つ、私が関係しているところは展開というところがやっぱりありまして、社会への還元とか、産業界との連携とか国際貢献というところがあると思います。そういう意味でやっぱり、今言われたように仕組みとか、コストとか、そういうことがすごく大事ですけれども、清水先生、すごく立派にまとめられておられますけれども、キャリアが描けること、それから、こういうところに入ってきた人たちがハッピーになるというような仕組みをどうやってつくるかということ、ものすごく大事だと思っています。私は循環器病センターの中で産学連携とかをやらせてもらっていますけれども、私たちが考えているのは知的財産ではなくて、知的資産をどうやって運用していくのかということ、ものすごく重要なポイントで、その知的資産のメーンのところは優秀な人材やと思っていまして、それをどうやって活用していくかということがものすごく大事です。
産学連携、私、やらせてもらっていますけれども、私、国循を中心に始めましたけれども、大阪周辺ではもう我々の所にすごく賛同してくれている方がたくさん来ておられて、本当に産学連携が進んできています。そこの中でキーパーソンになっているのは、医学教育を受けた方々というのがすごくキーパーソンになって動いています。1つはニーズを非常によく知っているということ。そこからのスタートになりますけれども、もう一つはやっぱり教育の中での全人格的な、最初の方に言われたお話だと思いますけれども、そういう資質を持っておられる方がものすごく多くて、それで物が進んできて、最近では異業種の参入、例えばパナソニックさんをはじめとするような電子産業とか、半導体メーカーとか、自動車産業まで最近入ってきている。これをリードしているのは医学部を出た方々なんです。
だから、そういうことを本当に意識してやっていくことの大事さというのはすごくあると思って、福島さんが言われましたように顧客中心の新しいイノベーションというのを生み出すのは、そういう所から出てきていますし、それをやっていくのも悉無律という話をされましたけれども、それはものすごく大事な、何でもやれることはやらないといけないのではないかなと思っています。そういう意味で、イノベーションという立場と、それから、人材育成という、その2つの立場で少し意見を述べさせていただきました。ありがとうございました。
【安西座長】 ありがとうございました。
矢崎委員、どうぞ。
【矢崎委員】 まず、清水先生の研究医の養成ですけれども、インセンティブが大事だというお話と、それから、今お話のようにキャリアパスがなかなか描けない。先ほどの統計でも先の不安が基礎に行くとあるということなので、もう少し基礎と臨床が連携した仕組みをつくる必要があるのではないか。私ども国立病院機構には研究部と研究センターがあって、大学とは違って、もっと実地的な研究をするのですが、そこの医師は常に研究が終わったら臨床に戻るというようなことで、別にものすごい将来の不安ということではなくて、ですから、そういうような、今、理系のポスドクの問題も大きくなっていますけれども、そういうキャリアパスを考える必要があるのではないかということ。
それから、2番目に福島先生の、4番目のタイトルで新たな観点で医学部の創設というお話をされて、既存の大学の限界と新たな発想ということを触れられていまして、私も全く同感だと思うのですが、結局、中身がどうなのかというのが次に問われると思うのですが、文科省が許されるかどうかは別としまして、例えば新たな発想で新しい医学部をつくる、あるいは例えば東大とか京大の所でまた新たな発想で、従来とは違った医学部をつくるとか、そういう選択肢もあってもいいのではないか。だから、これからは内容、カリキュラムを含めて検討する必要があるのではないかということがあります。
それからもう一つ、福島県立みたいなお話で大変ありがとうございました。私ども地方で病院をやっている者として、やっぱり大学との密接な関係がないとやっていけません。その時にこういうような医療人材育成・支援センターみたいなものをつくっていただいて、今までは大学は医師の派遣というと教室ごとのお話になって、なかなか力関係とか難しいのですが、大学の窓口が一本になってやっていただければ、我々はすごく人事交流というのも非常にしやすいし、私どもは大学から来られた方は全部我々が人件費、給与を出していますし。
ただ、時々感じるのが、大学のセンター長となられる方が、この支援センターを超えて、我々は自治体病院と機構の病院と統合して、集約化して地域医療センターをつくるのですけれども、大学の先生は、大変恐縮ですが、例外的かもしれませんが、その上にセンターを置いて統合されたいという気持ちがすごく強くて、それは大学の先生には病院の経営は難しいのではないかと思いますので、ぜひ医療人材、そして支援センターということで、皆でそのコミュニティの中で、地域完結でコミュニティソリューションの視点で協力していただくと、これは我々にとっては極めてありがたい。これなくしては地域医療を完結できませんので、ぜひ頑張っていただければと。よろしくお願いします。
【安西座長】 ありがとうございました。
お話しいただいた先生方はよろしいですか。どうぞ。
【濵口委員】 清水先生に1点だけお伺いしたいのですけれども、先ほどお話にならなかった点で、アメリカのMD-Ph.D.制度は日本と比べると非常に成功しているように思うのですが、先生のお考えでは、その成功の理由というのはどういう点にあるかというのをお聞きしたいのですが。
【清水孝雄氏】 本当にかなり早い時期に危機感を持って、MSTP(Medical Scientist Training Program )という仕組みを始めたということだと思います。それで、年間、大体180名ですか、生活費を6年間保障する。さらに、その6年間で研究が完成しない場合がありますから、その場合は各大学でちゃんと責任を持てという仕組みで、全国の45の拠点にこのような環境の中で優秀な研究医を育て、彼らが、今、全国でかなり中心になっているということがありますし、それ以外に各大学で負担することになりますが、年間400名ぐらいの研究医を育てている。これはやはり相当大きなボリュームになっていると思っています。
【安西座長】 よろしいですか。ありがとうございました。
どうぞ。
【黒岩委員】 黒岩でございます。医学教育の立場から3人の先生方にコメントを少し述べさせていただきます。3人の先生方から非常に重要な問題点をご指摘いただいたと思います。まず、清水先生の研究医不足の問題、私たちが医療危機と申しますと「地域における医師の不足」ということだけに目を向けがちでございますけれども、医療危機というものは2つの柱から成り立っています。1つは地域における医師不足の問題で、もうひとつは研究医の不足であり、その2つを考えなければならない、そういう重要なご指摘だと思います。医学教育に携わっている立場から申し上げますと、今、基礎医学の教育が4年生の時にございますCBTという試験の準備のために影響を受けています。基礎医学を勉強する学生のモチベーションというか、そういうものが制約を受けてしまうという心配があります。
したがいまして、4年生に受けるCBT、OSCEという試験と基礎医学教育が両立することが重要でありまして、それを念頭に置いた医学教育改革が必要かと思います。これはちょうど医師国家試験と、その前の臨床実習とが両立する形でなければいけないということと同じようなポイントではないかと思います。今回、文部科学省で最終的にまとまったモデル・コア・カリキュラム改革の最終案の所に「リサーチマインドの涵養」ということが大きな柱として入ってまいりました。これによりまして各大学において教室研究配属が推進されて、基礎医学を学ぶモチベーションや姿勢が学生に強化されていくことが期待されるのではないかと思います。
次に、現場でのもうひとつの問題といたしましては、卒業後、直ちに基礎医学に例えば助手であるとか、教員ポストで入っていく学生さんの中に初期研修をしばらくせず、マッチングの試験を受けないで基礎医学教室に直ちに入っていくという、そういう希望の方もいらっしゃいます。したがって、先ほど矢崎先生もおっしゃっていましたけれども、基礎医学においても卒後キャリアパスを考え、マッチングなどの制度との絡みで本人に不利益がないようなシステムといいますか、そういう配慮が今後必要になってくるのではないかと思っております。
淀川キリスト教病院の福島先生のご指摘、医療のグローバリゼーション、それから、イノベーションということは非常に重要なご指摘であると思います。特に医療のグローバリゼーションということにおきましては、現在、WFME、世界医学教育機構、World Federation for Medical Educationというのがございます。WFMEからは卒前教育と卒後教育と生涯教育と3つの部門からなっている、医師育成のガイドラインが出ております。そういうものと日本の医学教育との整合性を今後は検討していって、日本の医学部を出た医師が海外で医療ができる、あるいは逆に海外の医学部を出た医師が日本で医療ができる、そういう医療のグローバリゼーションというものを現在の大学医学部の中に構築すべきです。これから10年ぐらいのスパンで実現していくべき重要な課題ではないかと思います。
それから、他学部のカリキュラムの講義を聞けるようになる。これも非常に重要なご指摘でございます。医学教育をかなり前倒ししていくということが推進されたあまり、教養教育の時間が短くなってきたり、質、量ともに貧弱になってきているというところが問題だと思うんです。こういう教養教育をある意味、復活させていくといいますか、システムの中で可能な範囲内で復活させていくことが今の医学教育において重要かと思っております。
最後に福島県立医科大学の菊地先生のご指摘、私も横浜市立大学で、同じ公立大学でございますので、非常に共感を持つところが多いわけでございます。特に大学に医師紹介の窓口を一本化していくということは、私どもも行っているところでございます。県立の病院を福島県立医科大学の附属病院化していくという構想、大変興味深く聞かせていただきました。大学附属病院化していきますと、そのメリットとして考えられるのは、その中に働いている医師にアカデミックタイトルが与えられるということと、何かトラブルがあった時に大学が医師を守ってくれるというようなことですね。それから、通常の病院でしばしばあるような医師の引き上げとか、そのようなことも大学の附属病院化ということになりますと、基本的にはなくなります。現在ある公的な病院の一部が大学附属病院化していくという福島構想は、今の地域医療の崩壊に解決を与えるひとつのやり方で、効果的な方法のひとつではないかなと考える次第です。
主に医学教育という立場から、3人の先生方の貴重なお話にコメントさせていただきました。
【安西座長】 ありがとうございました。
今日を含め、少なくとも次回まではヒアリングをさせていただいて、それぞれにご意見をいただいてまいりますけれども、前回も申し上げましたが、徐々に絞らせていただきますので、また、私も申し上げたい点がたくさんありまして、今まで一切それを控えてきているストレスがたまっているということは今申し上げておきたいと思います。もう少し我慢しておりますので、外野席でずっと医学部、病院、あるいは医療をずっと長いこと拝見しておりまして、そういうところに申し上げたいことは多々ございますので、またの機会に。今日は一応、黙っておきます。
では、竹中委員。
【竹中委員】 この会で今まで地域医療に限って申しますと、北海道の町長さんが困っていらっしゃるとか色々お話を伺ってきました。私ども、医療を直接やっている者ではございませんので、その細かいことはわからなかったです。今日、福島県立医科大学の菊地先生からこういう支援システムのお話を伺って、これだけうまくいったのは、状況に応じ、必要な時に必要な措置を講じるという先生の強いリーダーシップがあったと思います。先生の所の1つの特殊性が県立医科大学であり、文部科学省をすっ飛ばしてと言ったら怒られてしまいますが、総務省と県との関係でやられていることです。
地域医療だけに限って議論する時に、今回一番やりやすいシステムの一部分を先生の所が示されたのではないかなと思っております。鈴木副大臣もいらっしゃる時に大変失礼な、文部科学省の非難になるかもしれませんが、うまくいった所から私たちは学んでいくことが次の医学部の教育においても、それから、医学部を将来どうするかという時も大変大事だと思うものですから、菊地先生から勇気を持ってその辺のお話をもう少し強くお話しいただけたらと思いまして、お願いをいたします。
【菊地臣一氏】 ありがとうございます。昔は公立大学であることが、私が若い頃は非常に不利でした。なかなか国とのパイプもありませんし。ただ、今こういう時代になってくると、むしろ公立大学であることが強み、つまり、財源と人を握っているのは県ですから、県知事さんや副知事さん、議員さんとも膝を突き合わせてわかってもらう努力が必要だと思います。
それからもう一つ思いましたのは、我々がマスメディアを通じてでも地域住民に理解してもらう努力をすべきだったのにやってこなかった。それは県立大野病院のあの刑事事件の時に痛感しまして、私はその時をきっかけにマスメディアに手術室を公開しました。全員反対でしたが、結果的にはマスメディアの人たちは、地域に出ている医師の過酷な状況をわかってくれて、それで随分医師の環境が変わりました。もう少し我々自身をわかってもらう努力、それから、地域の自治体はもう少し自分も汗をかくという姿勢も必要なのではないかと思っております。ありがとうございました。
【竹中委員】 只今は、私は地域医療に絞らせていただきましたけれども、清水先生のおっしゃられたような研究になりますと、これは世界のトップサイエンスに対抗するためには、恐らく地域のやってこられたのと質の違うことではないかと思います。したがいまして、今後も議論をしていく時に、そういう所を分けながらやっていかないと、色々私たちどこかに乗り上げてしまうことが多いのではないかと思って、あえて余分なことを申し上げました。
【菊地臣一氏】 つけ加えさせていただきますと、今一番学生に人気の悪い言葉は地域医療、へき地医療という言葉です。入学試験の手段としては口頭試問では必ずそういうことを言いますが、皆言っているわりには誰も地域医療には行きません。私が見ていて一番気になるのは、やはり医師の大部分、学生の大部分は研究をやってみたいと思っているんですね。でも、現実には専門医制度があって、そこに乗らなくてはならない。また、稼がなくては食べていけない。それを両立するのがやはり大学院と後期研修医が同時にできる本学のシステムです。それで自分の思いの丈を研究なり、先端的な医療に向ける。つまり、グローカル的な発想がどうしても必要で、地域医療というと、どんどん学生はやる気をなくすということが、僕の今まで見てきた実感です。
【安西座長】 順番で、森委員にお願いします。
【森委員】 今日お話を伺って非常に鮮明にわかったことがありますが、私は長岡市長ですけれども、市長という職業というのは、本日お集まりのほとんどの皆さんと違って専門知識というのはあまりございません。ただ、専門と専門の縦割りを横につなぐ、縦割りと縦割りのすき間を埋めるのが私どもの仕事だと思っています。そのことで言えば、霞ヶ関というところが一番縦割りでありまして、今、文部科学省でこれをやっているけれども、厚生労働省との関係がどうだとかって言い出しますと、これは色々面倒な話になるので言いませんが、今日のお話を伺って、例えば福島県立医大のお話というのは、もう医療行政を超えて地域政策を県知事さんがやるからできる話。つまり、縦割りを超えた話だからできた。恐らく医療人育成・支援センターも、今日のお話だけではわかりませんけれども、色々な意味で市町村との連携とか、へき地医療の連携があって生きているのだろうと思います。
基礎医学は私は素人でありますが、やはりお話を伺っていると、待遇とかそういった問題が非常に大きいということですね。それから、福島さんのお話でも地域枠の自由度等に言及されているところも、単に医学行政、あるいは医学教育行政を超えたところに問題があるわけですね。ですから、今日の検討会の在り方等の「等」が非常に大事だということはよくわかりましたけれども、これを進めていってどうするのかなというのは、私は今すごく心配しています。そのことは私はやっぱり、鈴木副大臣がおられますので、いずれ、今日はやめておきますが、いずれそれは必要になってくるだろう。総合化といったようなことが非常に大きなテーマになるだろう。それは突き詰めていけば、今の医学教育行政、あるいは医学行政が霞ヶ関の縦割りを超えてどういうふうに展開していくかというところに行くだろうと思います。でも、これは今から言ってもしようがありません。非常にまじめに皆さん議論して、いい議論ができていて、今日も非常にいいテーマだったと思うがゆえに、これを無駄にしてほしくないという気持ちで申し上げています。
【安西座長】 もちろん、無駄にはできませんので、やはり委員の皆様、協力し合っていければと思います。地域の再生、自立も含めて、何も言わないと申し上げながら言って申しわけないのですけれども、医学、医療の世界だけにこもって、そこで問題を解決しようとしてもなかなかという時代にもちろん入ってきていると思いますので、ここでは広くご意見をいただいて、とにかくさっきありましたけれども、前からもありましたけれども、私自身は若手の医師が先が見えないというのでしょうか、そういうキャリアが見えない中で頑張っている若い人たちがたくさんおりまして、そういう人たちが浮かばれるように、地域等々とともに浮かばれるようにしていかなければいけないのではないかなとは思っております。
では、中川委員。
【中川委員】 菊地先生にお伺いしたいのですが、先ほど地域枠で奨学金をもらっている学生とそうでない学生との間に深刻な溝があるとおっしゃいました。日本医師会でも色々調査をして、地域枠とそうでない学生の間にカリキュラムまで違うという所も多いんですね。そういう場合にやっぱり差別感といいますか、格差といいますか、そういうことでかなり悩まれている大学も多いようです。将来的に見て、先生、深刻だと表現されたのはかなり深刻だと推察します。その辺の見通しはどのようにお考えですか。
【菊地臣一氏】 私は昔の状況については奨学金が日本育英会しかなかった時代しか知りませんが、その時にこのような地方の医師不足が起きていたかというと、必ずしもそうではないわけですね。それは医学の超専門化、細分化が1つの大きな理由ではあり、以前は起きていなかったが今は起きた、地域医師不足が起きた。起きたから奨学金で縛る。でも、奨学金で縛られた人の中には真に地域医療を最初から志してやっているとは思えない人が多々います。それから、貧しい人が奨学金をもらっているわけでもなさそうです。果たして本当に奨学金制度がいいのかどうか。それは既に自治医大でやっているわけですよね。ですから、自治医大方式を拡大するなり、各県でやるなり、何か奨学金で縛るということが本当にいいのかというのは、僕は今、深刻に疑問に思っています。
【中川委員】 おっしゃるとおりだと思います。奨学金で縛るというのは時代遅れですよね。そういうことでなくて、システムとして定着する、地元に定着するというか、偏在を少しでも解消するという政策が必要だと思うんですけれども、座長、ヒアリングと離れた質問でもいいですか。妙中委員のご発言で、私、少し考えるところがありまして、副大臣がいらっしゃいますからあえて申し上げますけれども、昨年の6月の新成長戦略の閣議決定の中に医療と介護と医療周辺産業を日本の成長牽引産業として位置づけるのだということを明記されました。
その中で妙中委員が先ほど、医療周辺産業のところに医師もパッケージとして商品化するというようなお話に聞こえたのですが、私、日本の医療のために医療の周辺産業が発展すること自体には何の異論もございません。ただし、今、医療本体と医療周辺産業の区分けというか、線引きが非常にあいまいになってきています。その一方で、地域医療において、医師不足と偏在が深刻化している中で、そういう成長産業の一翼を担うのに医師も必要なのだという議論は、どういう発想かなと思って、追加のご説明をいただきたいなと思うのですが。
【妙中委員】 何も地域医療といいますか、今の医師不足といいますか、そういうことを捨てておいてというのではなくて、どちらかというと私は5年、10年先の国の新しい分野への挑戦というか、そういうものもすごく重要なのではないかなということでお話をさせていただいたわけです。これは清水先生も同じように思っておられると思うんですけれども、研究医というのは先生のコメントにも書かれていますけれども、医師として育てたものをなぜ医療現場でなく医療に向けるのか、これを無駄な投資と見るか、将来に実を結ぶ施策と考えるかが最大のポイントだと。そういう点で私もお話しさせてもらったつもりで、何も医療崩壊を捨てておいてというわけではないということです。
【中川委員】 ありがとうございます。
もう一つ質問させてください。矢崎先生、前回のご発言と少し変わったような気がするんです。せっかくですから、今日参考資料1と2をお出しになっていて、その関連で、もう一度ご説明いただきたいのですが、さっきのご発言も含めて。
【矢崎委員】 よろしいですか。では、せっかく資料を配らせていただいたのでお話ししたいと思います。これは平成18年の医師需給に関する検討会の報告書ですが、その報告書は、医師は足りていると結論し、そのために今日の医師不足を来した、その元凶になっているということで大学の先生方や地域医療にご関係の方々から厳しい指弾を受けて、さきの事業仕分けでもこれを触れられたということを聞き及びました。しかし、こう読んでいただくとわかりますように、それは大きな誤解であって、この報告書が医師不足解消に向けた具体的な大変大きな第一歩になっていたということ、これは厚労省もそういうことを言われないんですけれども、しかも、今日、皆さん方が議論されている課題と対策のほとんどは詳しく記載されていることをおわかりいただくために、今後の議論の参考にしていただければと思い添付させていただきました。
最初に私の談話があって、その後に医師の需給に関する検討会の報告書概要があります。時間の関係で、その概要で説明しますと、医師の需給に関する現状に関しましては3つのポイントがありまして、1つは毎年3,500人から4,000人、当時、平成18年、2006年ですが、増加している。そこに「しかし」と書いてありますように、地域別診療科別の医師の偏在は必ずしも是正の方向にあるとは言えないこと。それからまた、病院、診療所間の医師数の不均衡が予想されることなどを指摘しております。2番目に、病院においては医師数が増加しているけれども、病院における勤務医の負担が経年的に強まっていることを医療現場から強く指摘されていることも述べております。
それから、診療科における状況で、当時問題になった小児科、産科、麻酔科のことの事情が書いてありまして、ポイントの医師需給に関する見通しに関しては、この2ページの欄は医師の推計が述べておりますが、次のページの上から2番目の医師の需給の見通しとしては、将来、需要と供給が均衡し、マクロ的には必要な医師数は供給されると書いてあるので、この部分だけを象徴的に取り上げて医師が余っていると言っているということなのですけれども、このさきに述べた医師数の推計でございますけれども、これは恣意的に医師数をかさ上げしたという非難があったのですが、それはそういうことではなくて、今あるデータで検討していった末でございます。
3番目のポイント、マクロ的に必要な医師数は供給されるけれども、しかし、病院の入院需要は高齢化によって現状の1.4倍ぐらいに増えるだろう。そこで病院に勤務する医師はわずかに増えるけれども、長期的に見て病院に大きな負担が生じる可能性があること、5万人以上不足するということを指摘しています。それには病院で勤務する医師の診療時間、外来が極めて時間をとられているので、病診連携を推進して病院が入院機能に特化して機能分担すべしということを書いております。
それから、4番目で今後の対応の基本的な考え方、地域に必要な医師の確保ということで、1番目に地域に必要な医師の確保の調整を行うシステムの構築が必要である。これは、そこではキャリアパスとか処遇といった、すなわち人材育成も含めた地域完結型のコミュニティソリューションの考え方で対策を練ることが大事だと書いてありますし、次には今問題になっています設立母体が、先ほどは県立と県立大学だったからよかったけれども、設立母体の異なる病院の間でも連携システムをつくることが必要だ。
それから、次のページには手術などについての中核的な医療を担う病院の位置づけということが重要である。それから、持続的な勤務が可能となる環境の構築と生産性の向上ということで、医師への負担を軽減することによって他職種との業務分担の見直し、チーム医療の推進なども短中期的には必要ではないかということを述べております。それから、女性医師の問題もここでもちゃんととらえていまして、やはりライフステージに合ったワークライフバランスを保った勤務体制をして女性医師にも活用されることが大切だと。
それから、4番目に地域における医師の確保に関する取り組みで、先ほども問題になった地域枠の特性とか、奨学金の設定などがありますし、それから、臨床研修制度の活用などがあります。それから、6番目に国民の期待する専門医制度の問題をここに取り上げております。医師の定数とは直接関係しませんが、やはり診療科でどんどん専門医が増えても、総合的な診療をできる人を育てないといけないのではないか。それから、診療科、領域別の医師数を検討する場合に行政とか学会からのトップダウンでやるのではなくて、地域の特性に合った、地域医療ニーズに合った人材、医師数、人材育成を含めた地域での色々な領域の医師数というのを算出して、地域医療計画をコミュニティで立てて、それをボトムアップして全体像をつくるということが重要であるということも述べています。
そして最後に医学部定員の暫定的な調整でございまして、ここは極めて医学部定数が少ないので、実効ある地域定着策、要するに数だけ増えるのではなくて実効性のある地域定着枠を前提とした定員、今問題になっていますけれども、定員の暫定的な調整を検討する必要があるということを述べています。最後にそのようなまとめで、マクロ的には必要な医師数は供給されるという結果になったが、これは短期、中期的に、あるいは地域や診療科といったミクロの領域での需要が自然に満たされることを意味するものではないということを指摘しております。そういうことで、国全体でそれを対応してほしい。最後に、特に国にあっては、今回の検討で示した方針、施策を適切な検討の場で速やかに具体化し、効果的な医師確保対策を不断に講じることと申し上げまして、これが私、座長で平成18年の7月28日、2006年に出したわけです。
それによってすぐ8月に4省庁の合同会議があって、平成19年、2007年からの医学部定員の増というのが実施されたわけでありまして、先ほど清水先生が2008年6月からそういう方向が打ち出されたというんですが、既に2007年4月から医学部の定員が増えている。この報告書は今までバッシングばっかり受けていて、厚労省は色々なことで言いわけでやって、自分たちが提言しているということを何も言わず、言われると、いや、それはこの統計は某学者さんの個人的なデータですとか、本質的なことを全く答えないですね。そういうことをやっていたので、僕は虫がおさまらなかったのですが、今日はこういう機会があって、本当に議論して、だから、安西先生が座長のこの会もぜひこういう、すぐ政策に結びつくような、これは実際に8月に4省庁の会議があって、医学部定員増を検討したわけです。この時も大学の先生は大賛成して、大賛成というか、9年には大賛成したんですけれども、この時はまだ態度を十分決めていなかったのですが、僕らはしっかりこれを出して検討してほしいということを言いました。
すみません、長くなりましたが、最後に中川委員のご質問ですが、新たな観点で医学部の創設ということに対してのご疑問で、もしかすると先生はメディカルスクールとか、そういうような観点で質問されているんですか。
【中川委員】 違います。新設のことを選択肢に入れられているのかなという意味です。
【矢崎委員】 はい。私は初回の時に申し上げましたように、やはりメディカルスクールというのは色々な点で課題があるのではないか、そういうことも指摘されています。私は、先ほど福島先生がおっしゃられた、従来の医学教育とは少し変わった――少し変わったというのではなくて抜本的に変わった医学部をつくれば、それをモデル事業にすれば、必ずしもこの報告書は医師不足の状況で出したのですが、今はやっぱり本当に診療科偏在とか地域の偏在というような問題も含めて、それを解決するような方策は、従来の医学部教育で色々考えても、先ほどのご指摘のように難しいので、何かそういう突破口があれば、今の既存の医学部もそういうように変わっていただけるのではないかということで申し上げたんです。
【中川委員】 ありがとうございます。今の説明いただいた暫定的な調整を検討する必要があるという、この報告書の流れを受けて2008年から1,300人、定員が増えているわけですね。そういう認識でいいと思うんですよ。私、矢崎先生とちょっと違うのは、新しい医学部をつくって、それを刺激にして既存の医学部も変わっていくことができるのではないかということではなくて、全国の医学部の先生方はものすごく努力されています。今、本改革ですごくエネルギッシュにやっておられますので、新しい医学部を新設するまでもなく、近い将来どんどん変わっていけるのだろうと思っています。
以上です。
【安西座長】 ありがとうございました。
矢崎委員が座長を務められました検討会の概要でありますけれども、ぜひ皆様、改めてお読みいただいて頭に入れていただければと思います。また、ぜひここでは本当に議論を尽くしていただいて、それでまとめさせていただければと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。
順番で、また、12時までだけれども、12時半までかもしれないというふうに伝わっているはずで、じゃあ、初めから12時半と決めておけばいいのになと思いますけれども、続けさせていただきます。
西村委員、どうぞ。
【西村委員】 大変リアルな話が出たので、その話はもう少し先と思っておりまして、話を戻りたいと思います。恐らく座長の安西先生が欲求不満でおられる、その一部だけをかわりに私がと考えております。
それは、私、実は京都大学で教育担当副学長をしておりまして、安西先生と国際交流の観点から色々、安西さんのお付きのような形で色々回らせていただきました。その中で、今ちょうど菊地先生が奨学金で縛るよりもとおっしゃったので、私、前から思っているのは、むしろ、仮に縛るとすれば、私は国際化で縛る。つまり、これは片峰先生の所に伺って色々外部評価をさせていただいて強く感じるわけですが、途上国という所へお医者さんが行くと、何もかもしないといけません。そういう所で短い間でも訓練されるということがあると、これはやっぱりすごい将来のキャリアを自分が考えるに当たって参考になると思います。
実は、せんだって菊地先生の所へ伺って、私、家庭医というのに大変興味を持っておりますので、そこのお話を伺いました。先ほど、これは失礼な言い方で、恐らくそういう言い方ではなかったと思いますが、一方で医学部はこれからの世界のトップサイエンスを支えるという気概をお持ちで、それはとても大事なことで、私、京都大学におりましたので、それは強く感じておりますが、同時に例えばビル・ゲイツはファウンデーションをつくりまして、世界のヘルスをどうやってこれから上げていくかという事業に大々的に取り組んでおります。ここで必要とされるサイエンスというのは、先ほどもお話にあったように少しサイエンスの性格が従来の生物医学的なものから恐らく拡大するのではないかという予感を持っております。「トップサイエンス」という概念も貧困除去といった社会的な視野を入れて変えないといけない。
実は、福島では家庭医の方に国際的なジャーナルにちゃんとした論文を書くというご指導をされているという話を伺いました。私はやっぱり、さっき菊地先生がおっしゃって、まさにグローカル、つまり、ローカルな場で色々なことをしながらグローバルに活躍するということを学生諸君にこれから植えつけるということが、これから少子化が進む日本にとっては大変大事なことだと思うので、それだけ少し、恐らく私よりも安西先生がおっしゃる方がずっと説得力があると思うのですが、かわりに先生の欲求不満の一部を申し上げました。
【安西座長】 かわりではなくて、責任を持って。ありがとうございました。
それでは、中村委員。
【中村委員】 中村です。清水先生のお話を伺っておりましたが、私は臨床医なのですけれども、基礎の先生方が常に基礎研究者の確保について苦労されるのを見ていて、このデータのとおりだろうと思います。僕がそれに少しつけ加えたいのは、清水先生が国内の状況を話されましたけれども、この臨床業績の落ち方は日本のみで韓国や中国では比べると10%を超える形で増えてきていて、アジアの中での日本の位置が非常に下がってくるという状況があって、そういう意味でも非常に危機的状況だろうという感じがします。それで、基本的には僕もキャリアパスをどうやってつくっていけるかということ、安心を持ってやれる形をつくらない限り、若手の基礎の研究者は育たないだろうと思っています。
京大ではMD-PhDコースで途中から大学に入ってPh.D.の勉強をして戻ってくるというのをやったんですけれども、今の学生気質から、最初から100%そっちに行くのはなかなか難しいので、途中でキャリアを勉強して、自信を持ったらもう1回そこで走っていくし、それから、自信がなかったら、もう1回MDの方に戻ってきてそこで医師免をとって臨床をやっていくというのが出てもいいだろうと思っているんですね。その時大学の中で教官が一番大きく悩んだことは、奨学金を払わなければならないことです。そうすると、毎年3名ずつ来て、4年で12名の方たちの奨学金を、大学の方から文科省に申請しても通らなかったので内輪で用意しようということに対してドネーションみたいのを集めるような形で学部長がほかの大きな病院の先生の所に行ってお願いしてくるような状況で、それではとても難しいだろうという印象をがありました。そういう意味で、今の学生の気質に合うような形のキャリアパスが要るのだろうという感じがしたのが1つです。
それから、菊地先生は以前から整形外科でご一緒していまして、私、京都におりますので、福島の県立医大の今の地域医療に対する貢献の勉強をしていなかったので、非常に目からうろこが落ちる感じがしました。それは私、京都にいますので、京都府立医大も公的病院なんですけれども、少し質が違う対策をとられている。菊地先生があたかも県知事のような形で活躍されている。その辺のところのリーダーシップが多分地域医療には非常に重要で、地域の医療の病院のコート自身を少し変えていくようなところまでやれるような形で、地域の公立大学がそこまでできるんだなという感じがしていて、僕は非常に感銘して聞いていました。それから、福島先生の方のお話で、地域枠ではなくて若手が研修できる、卒後5年ぐらいは研修が一番できる場所に動けるような形のチャンスを選べるような形でやってあげる必要があるというのに対しては僕も同感で、その後に地域に戻っていくかどうかという問題については幾つか工夫が要るとは思うのですけれども、教育というのはそういうものだろうと思っています。
ただ、僕が国際化のところで気になりましたのは、多分、大学の中で例えば福井医大の整形外科の先生で、アフリカと共同で医療をやっていまして、毎年、教授たちがアフリカのコンゴに行って手術をして帰ってくるんですね。それから、先ほど長崎大学の熱帯医学の話、それから、東北大学で私の同僚は今、南アフリカに行ってエイズの臨床をしているんですね。そういう意味で、新しい大学という話ではなくて、今、大学の中でそういうふうな芽が育ってきている所があって、例えば福島医大が地域で非常に先進的な役割をしているし、それから、長崎は熱帯医療で先進的にやっている。そういう芽が育つことを考えないと、多分、日本からは新しいものは、新しく全部ゼロからつくるという問題ではないのではないかなという感じがしています。
そういう意味で、先ほど竹中委員がおっしゃったとおり、大学によってかなり使命が違う点はやっぱり少し受け入れないと難しいのではないかなという感じがしています。そういう意味で、ある程度自分たちの大学の持つ使命に基づいて、リーダーシップを取っていくような教育体制をつくることが何か必要で、その辺を少し、あまり枠をかけないような形で地域ができるようにやれば、今の大学医学部の先生方は矛盾が生じていることを一番よく知っておられるので、そこから新しいのが出てくるのではないかなという期待はしています。そんな感じです。
【安西座長】 ありがとうございました。
それぞれ貴重なご意見をいただいております。桑江委員にお願いします。
【桑江委員】 都立多摩総合医療センター産婦人科におります桑江と申します。どの先生もすばらしいプレゼンテーション、ありがとうございました。中でお2人の先生にご質問させていただいて少しコメントも述べさせていただけたらと思います。
まず、菊地先生ですけれども、1つは、これが医学部の入学定員の問題も含んでいる会議でございまして、少しお聞きしたいのですが、最初に先生のスライドで絶対的医師不足で約600名というスライドがあったのですけれども、せんだって厚労省がなさいました2次医療圏への医師不足の数を聞いたところ、これが見ましたら福島県は555.9人、大体560人ということでした。これは以外と近い数字だなと感じましたが、先生の実感とされて、今、大変ご努力されて毎年50人ぐらい確保されていらっしゃるということですが、そうすると、ある程度おやめになる方がいるとしても大体十数年ぐらいすると福島県としてはある程度充足されるという見通しなのかなというので、それが1点目です。
あと、福島県立大野病院の話は、私は産婦人科ですので、もろに非常に衝撃的なこともあり、それから何年もずっと今までも引きずって、学会も現場も努力してまいっておりますが、その時の1つの問題が、県立病院であったということがあった。なぜかといいますと、産婦人科そのものはチーム医療ですので、できたら複数の医者がいないと帝王切開1つとってもうまくいかないのですが、県の意向で広く浅くということで、1県立病院には1人ないしは2人しか定数として認めんということがあったというふうに内々のお話で伺っております。それで、そういうこともあったんだなというふうに認識をしたわけなんですけれども、今回、玉突き方式にしても、直にしても、結局、県とのやりとりになるかと思うのですが、お聞きしていて気になったのは、例えば支援するにしても現場から申しますと、一番医師不足を実感している所というのは、救急の外科系なんですね。救急科のある程度の外科系です。
そうすると、支援が大体月に4回程度といいますと、恐らく外来中心の支援になるかと想像されるのでございますが、そうした場合、例えば外来だけですと外科系の医者が行って手術をするということは、倫理上、多分難しいであろう。術後管理も含めまして。そうした時に少し考えたのが、じゃあ、その県立病院の定数を増やして、そちらである程度賄うということが実際問題できているのかなというのが気になったものですから。というのは、やはり基幹病院の医師数というのは非常に低値に抑えられておりまして、それもあって現場としては非常に忙しく疲弊している状況なのですが、ところが、これ、県立病院の職員数を増やすということになりますと……。
【菊地臣一氏】 答えさせてくれますか。あまり長くて、私、答えられませんので。
【桑江委員】 ごめんなさい。
【菊地臣一氏】 最初はイエスです。2番目、それは地域の政治エゴが1人医長を敷いているのです。県も医療提供側も1人でやっていいなんて、誰も思っていません。それは政治の問題だと思います。それから、今の拠点病院は薄いといいますが、先ほど言ったように、今日は時間がなくて言いませんでしたが、福島県は、1,000床以上の病院は全部民間です。ですから、今、原子力発電所がある日本で一番原発の多い、あそこの県立大野病院近くがそうなので、県はそこに救急科と統合病院に60億円をかけて多目的ヘリを入れ、ドクターヘリとあわせて医師、看護師を運び、あるいは患者を運ぶという救急体制を整えることとしています。
【桑江委員】 ありがとうございました。
【安西座長】 多少、手短に。
【桑江委員】 はい。すみません。例えば医療事故ということは考えたくないのですが、実際問題あったとして、それに対して県側として何か医者に対して守ってくださるような仕組みがあるかどうかお聞きしたいのですが。
【菊地臣一氏】 今はありますけれども、当時はありませんでした。その理由は、刑法については自治体は介入できない、その一言で対応が非常に難しくなりました。その反省を受けて、刑法専門の弁護士を雇用しました。
【桑江委員】 ありがとうございます。すみません、長くなって。もう1方、清水先生に伺いしたいのですが、現場にいますとやはり、例えば解剖1つとってもまだ骨盤は十分わかっていないところがたくさんございまして、子宮頸がんの手術をしてもやはり術後合併症等々たくさんございます。ですので、多分、基礎の先生方が思っていらっしゃる以上に臨床の側は、そちらの進歩も得られてきたところもどんどん取り入れたいと思っているのですが、逆に臨床をやりながらそういうところに興味を持って、途中で研究をやりたいという方はいるのですが、実際問題、やはりキャリアパスの問題で、先ほどのどなたもおっしゃっているように、実際問題その定数を増やすということを強力に臨床側にアピールしていただくことで、もう少し確保できるのではないかと実感を持ちましたので。
【清水孝雄氏】 一言だけ。キャリアパスの問題は先ほど矢崎先生も言われたと思いますが、基礎と臨床がもっと行き来ができるようなシステムをつくるということが1つと、それから、かなり若い時期に研究の内容というものに触れておく。そうすると臨床で色々な問題にぶち当たった時に垣根が低くなる。この2点でございます。
【桑江委員】 以上です。
【安西座長】 よろしいですか。
【桑江委員】 はい。
【安西座長】 そろそろ巻いていければと思っておりますが、今までご発言のない……。
【今井委員】 今日は非常にいいお話をたくさん伺ったのですが、私、1つは国際医療と申しますか、そういうところに日本としても力を出していく必要があるというお話、それからもう一つは基礎的な研究というのが非常に国の研究を支えると申しますか、国の力を支えて、それが結局は臨床にも戻ってきますし、非常に重要である。清水先生がおっしゃったとおりだと思いますし、そこを伸ばしていく。
ですから、これは一言で言いますと非常に多様なニーズが、この10年ぐらいで出てきているわけですね。それに対応していく医学部づくりというものが必要になってくると思います。その点では、もちろん既存の医学部でやっていける部分もありますし、だんだんそういう機能的な分化、これは中教審でも大学の機能的な分化ということを安西先生座長のもとにそういった答申を出しておりますが、そういった流れの中でやっていく必要があると思います。これは新しい発想の医学部も含めて、色々な考えで日本の国をよくするための仕組みづくりを考えていかなければならないと私は思います。
【安西座長】 ありがとうございました。
坂本委員。
【坂本委員】 すみません、私は医師ではないのですけれども、一緒に働いてきた者として意見を述べさせていただきます。私は、福島先生の志というお話に感銘を受けました。医師の中には志を持って働いている人たちはたくさんいるわけですが、勤務医を見ていますと、医師のキャリアシステムといいますか、キャリアパスといいますか、ある程度のところまで行くと、これから先自分は医師としてどうしていったらいいのかというのを、迷っているような状況があります。
最初は大変高い志を持っているわけですから、この医師のキャリアパスをどうしていくかということは、大変重要なことだと思います。国民の側、医療の受け手側から考える医師養成の在り方も必要ですが、一度きりの人生で、医師の道を志し、選択した人たちのこれからの生きがいといいますか、働きがいというものを、やはりしっかりと原点として見据えて検討していくということも大事だと思います。
【安西座長】 ありがとうございました。
丹生委員。
【丹生委員】 兵庫県から来ました県立柏原病院の小児科を守る会の丹生でございます。今日は3人の方、お話しいただきありがとうございました。私自身、初めて聞くことが多く大変勉強になりました。ありがとうございました。
私たち守る会というのは住民の立場で地域医療を守っていこうという活動をしているのでございますが、今日は菊地先生の大学主導でのそのような地域医療の支援システムというのに、そういうことが構築されているということは本当に興味深く聞かせていただきました。私たちの暮らす丹波市の県立柏原病院においても、1か月交代で神戸大学の医局から研修医という形で若い先生を受け入れて柏原病院で研修するのですけれども、その月の最後の方に地元自治会主催の医療懇談会というのを自治会の方から開いておりまして、そこで医療講話をしたりとか、住民を呼んで医療講話をしていただいたりとかということで、地域住民との交流ということを図っているのですけれども、そこで丹波という地域に愛着を持っていただければという住民側からの願いで、病院の方もこたえてくださってそういう取り組みをしているのですけれども、今回、ホームステイ型の研修をされているということで、私たち丹波での取り組みのさらに上を行く取り組みなのかなというふうで、本当にうれしく聞いていたのですけれども、ピンポイントな質問で恐縮なのですけれども、そういう住民がかかわれる部分としてホームステイ型研修というのに興味があるのですけれども、それで学生の皆さん、とてもよかったという感想、そういう新聞記事も見せていただいているのですが、逆に反省点などあれば、またこれから私たち守る会としての活動にも生かせると思いますので聞かせていただければと思うのですが、よろしくお願いします。
【菊地臣一氏】 やはり無理やり行かせるのではなくて、自分が行きたいと思う学生を行かせることが1つのコツのような気がします。学生は1人でいることが好きな人ですと、田舎の人は寡黙で、ずっと1時間も黙っていますので、黙っている学生と黙っている住民では話になりませんので、積極的に話す人がよいと思います。ですから、性格、適性を見るのが大事かなと思っています。
【丹生委員】 ありがとうございます。
【安西座長】 よろしいですか。
【丹生委員】 はい。
【安西座長】 どうもありがとうございました。
それでは、そろそろと思いますが、最後に鈴木副大臣からお話しいただければと思います。
【鈴木副大臣】 今日は、とりわけ濃密なご議論をいただきまして、ありがとうございました。本当にいいご議論をしていただいていると思います。それで、幾つかの方々から縦割りのお話がございましたので付言をさせていただきますと、まさにこの政権交代の最大の意義というのは、政策形成過程、あるいは実施過程の中に「政」というプレイヤーが入ってきた。あるいは入っていくということだと思っております。官には官のファンクションがあるわけでありまして、ただ、それを今までは最終政策決定権限を付与し、そしてそこに実施責任を覆いかぶせてきたことに問題があるわけでありまして、これからはまさに最終的な政策形成過程の進行及び最終決定権限、その実施について私どもがこの責任をとる。こういうことに変えていくことが大事だと思います。
県政においては、これまでもまさに知事という「政」がプレイヤーとしてきちっと存在をし、そして今のようなファンクションを既に果たしていたことによって縦割りの弊害ということが中央政治においてはかなり解消されていたといいますか、県庁でも縦割りです。私も県庁におりましたけれども、しかし、それは最後は知事がまとめるということであって、縦割りがいけないのではなくて、縦をくし刺しにする横割り、あるいは包括する、縦、横、斜めに包括する、そういうオーガナイゼーション、ファンクション、そういうイニシアティブということが足らない。そこを補足するということであると思っております。
それで、医療問題は医師養成のこともはじめとして、ここで議論しているはじめとして、私は色々な所で申し上げていますが、少なくとも厚生労働省、文部科学省、そして総務省が、これはもう不可欠なプレイヤーであると思っています。もちろん、そこに財務省とか、あるいは経済産業省というのも文脈によってはかかわっていくのだと思いますけれども、というふうに思っています。したがいまして、この会も私のイニシアティブでやらせていただいていますけれども、厚生労働省、そして総務省には当初の段階から声がけをし、オブザーバーという形でフォローをしていただいております。
要は、大勢の方からお話が出ていますけれども、あらゆる関係者が持っているものをフルに総動員して、そしてまさにこの熟議を重ね、問題状況をより深く共有し、そしてそれに対するソリューションを考え、そしてそのソリューションをコラボレーションして実現していく、こういうことだと思います。医療問題に限りませんけれども、あらゆることが悪循環に陥っておりまして、別に誰が悪いわけではありませんけれども、他のプレイヤーが変わらないという前提で、それぞれのプレイヤーは最適行動をとる。しかし、そのことが合成の誤謬によって全体においては悪循環に陥っているという構造だと思っております。したがいまして、私どもの政権になりまして、特に文部科学省が関与させていただく政策過程においては、全ての当事者が関与し、そして皆が変わる。あらゆる人が変わる。その共通のビジョンのもとに。ということで全体の最適、好循環というのをつくっていく、こういうことではないかと思っております。
そうした総論のもとに、今日は医学部、あるいは医学部を設置している大学ということでございますが、確かに公立大学であるからやりやすいということは多々あると思っておりますし、そういう意味で、それは議論としては大学の設置形態についての色々なご議論というのは今後大いにしていただいたらいいと思いますし、それから、医学部類型も高度先進医療を主として担う医学部とか、国際医療を担う医学部とか、地域医療を担う医学部とか、色々な医学部のミッションとかいったものをぜひ、今も色々な所でグッドプラクティスが出ているというお話は片峰先生、中村先生のおっしゃるとおりだと思いますが、そういうことを促進しながら、また必要に応じて色々な展開も考えていったらいいと思っていますが、その基本に1つ、国立大学の例をとりますと、今では、国立大学は法人化をいたしておりますから、そういう意味での自由度というのは法律上はかなり、その自主独立性というものは担保されております。
しかしながら、法人化以前のイナーシャというのは残っていることは事実であります。私も先般、国立大学の国大協の総会に行って申し上げてきたのですけれども、もう文部科学省の顔色を伺う大学統治というのはしていただかなくて結構ですということを明言させていただきました。そういうことでこの1年半、ずっと私、色々な所で言い続けております。しかしながら、一方で、そのかわりにステークホルダーとのコミュニケーション、あるいは関係構築ということをしっかりやっていただきたい。医学部ということになれば、その地域の患者さんというのは最大のステークホルダーでありますし、その代弁者である地域行政というのは大変大事なステークホルダーであります。
したがいまして、国立大学におかれても、あるいは多額の私学助成金を交付させていただいております私立大学医学部においてもやはりステークホルダーとのコミュニケーションというのは大変大事にしていただきたい。そのことによって透明で、そして健全で、そして常に進化するガバナンスというのを実現していく。私どもはその枠組みをつくるということで、一々それぞれの大学の箸の上げ下ろしに介入するということは、どんどん撤収、撤退をしていきたい。そして、むしろ、そういったことのコミュニケーションのファシリテーションに役割を移していきたいと思っております。
そういう中で、もう少し象徴的に申し上げますと、国立大学を官立大学からまさにコミュニティ立大学にしていく、こういうことだと思っています。ただ、その時にコミュニティといった時に2つ大きな概念があって、1つはリージョナルコミュニティ、まさにリージョナルのコミュニティによって支えられている大学、あるいは医学部という観点と、もう一つはテーマコミュニティ、こういうコミュニティに支えられている、今日の文脈で言えば医学部、あるいは医学教育と、こういうことだと思います。
テーマコミュニティということになりますと、まさに日本中、あるいは世界中に広がる難病、難治性患者の皆様方の治療薬、あるいは治療方法の開発、そしてそのベースに不可欠な基礎医学研究というものが、このテーマコミュニティを担うわけでありますし、それはかなり疾患といいますか、難病の種類、カテゴリーということによって支えられるということになりますし、それから、今日大変にすばらしいプレゼンテーションをしていただきましたけれども、国際医療にどう貢献をしていくのか、こういうコミュニティ。これも1つの、まさにグローカルコミュニティだと思いますけれども、こうしたコミュニティ。
それぞれの大学は、この3分法で1に入れるのか、2に入れるのか、3に入れるのか、そういう単純法ではなくて、恐らくそれぞれの医学部が3つのミッションというものをそれぞれに負っておられるのだと思います。長崎大学は当然、長崎地域のコミュニティにも貢献をしておられますし、先ほどもご紹介がありました熱帯医療という、これはまさにある意味ではテーマコミュニティでありますけれども、かつ国際医療貢献のコミュニティでありますが、ただ、それをこの3つのフレームワークがあって、それぞれどういうふうなポートフォリオといいますか、ポーションでもってそれぞれの医学部がそれぞれのコミュニティとのコラボレーションを深めながら、よりよい知と人材の育成、発信、展開というものをしていくのかということではないかなと思っているところでございます。
したがいまして、このワーキンググループのご議論もぜひそういう枠組みの中で議論が深まっていただければ大変ありがたいなと思いますし、医療問題、医療の人材育成ということに限りましても、官ができること、あるいは官にできないこと、そして現場にできること、現場にできないこと。清水先生が奇しくも大学がやること、できないこと、それから、政府がやること、やらないこと、こういう整理をしていただいております。それから、もちろん地域にできることという、この可能性について菊地先生から大変明快なご示唆をいただいたと思いますけれども、そうした人たちがそれぞれのミッションを明確に理解し、それがうまくシンクロナイズして好循環を生んでいく。そのコーディネーションのお手伝いを私ども「政」がやっていく、こういうことではないかなというふうに聞かせていただきました。
いずれにいたしましても、この1年半で霞ヶ関の様相も大きく変わっておりまして、私、文部科学副大臣の部屋に白昼堂々厚生労働省や総務省や経済産業省や財務省や、各セクションの担当局の役人も出入りするようになりました。これは私も22歳からこの領域におりますけれども、明らかに行動として非連続な変容、変化が起こっているということは、ぜひ皆さんにもご理解をいただきたいと思いますし、それから、私はもちろん文部科学省の責任者でありますが、と同時に内閣、あるいは党にあってこの医療問題についての色々な担当もしてまいりましたし、今もそうした国民的、あるいは国際貢献的な視野で色々な各省庁との連携、政務三役との連携を深めさせていただいております。
厚生労働省の政務三役などとは毎週のように色々なコミュニケーションをさせていただいているところでございますので、その点はぜひそのようにご理解いただきたいと思いますし、それから、私個人的にも福島県立大野病院事件には大変深くかかわらせていただきまして、福島県立医大の先生方に大変お世話になり、また、福島県の大変深刻な状況等々について、先ほど桑江先生からもお話があったとおりですが、見させていただいて、本当に大変だなと。
ある意味で、私が医療政策に政治家としてのライフワークにいたしております原点の1つがこの福島県のことも大きな1つになっているということでもありますので、そうした意味で常にやはりあらゆる地域に住む、あらゆる疾患でお悩みの患者の皆様方に我々がプロフェッショナルとして何ができるのかということを、今日大変いいご議論をそういう観点から深めていただいたと感謝、感激いたしておりますが、引き続きこのワーキンググループがそうした観点での議論を引っ張っていただいて、そしてこれが日本中にシェアをされるということこそが大いなる好循環につながることと改めて確信をいたした次第でございます。委員の皆様方の大変なご尽力、ご貢献に心から感謝を申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。
【安西座長】 ありがとうございました。
副大臣に大変熱のこもったメッセージをいただきまして、特に委員のそれぞれの皆様が忌憚のないご意見をいただいて、今、副大臣も言われましたけれども、議論を重ねて、いい考え方を出していくべきだと。また、それを実行に移せるようにしていかなければいけないと思いますので、ぜひ今後ともご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
また、今日のご意見をいただきました3人の先生方、お忙しいところを本当にありがとうございました。貴重なご意見をいただきました。(拍手)
それでは、今日のところは、ここまでにさせていただきますけれども、ご発言がもっとあるという委員の方におかれましては、ご意見がありましたらぜひ事務局の方へメールでも結構でございますので、お寄せいただけますようにお願い申し上げます。
それでは、最後に事務局から日程等、連絡をお願いします。
【茂里視学官】 ありがとうございます。次回でございますが、次回、4月15日、金曜日、14時から16時30分、2時間半を予定してございます。よろしくお願いいたします。
【安西座長】 それでは、ここまでにさせていただきます。お忙しいところをお集まりいただきまして、ありがとうございました。
医師養成係
電話番号:03-5253-4111(代表)(内線3683)、03-6734-2509(直通)
-- 登録:平成23年05月 --