資料1 生坂氏ヒアリング資料

医師不足などの諸問題に対する総合医の有用性、および総合医の在り方とその課題

千葉大学医学部付属病院総合診療部
生坂政臣

1.医師不足などの諸問題に対する総合医の有用性

 近年、我が国では医師不足、地域偏在、診療科偏在に起因する地域医療崩壊を初めとし、医療費高騰や医学教育改革など様々な問題に直面しているが、そのかなりの部分が総合医養成によって解決できると考えられる。

 地域医療崩壊の主因は現場での医師不足であるが、そのような地域、特にへき地への赴任の障壁になるのは、生涯教育、配偶者のQOL、子弟の教育などの外部要因の他、医師自身の診療能力である(内部要因)。外部要因は派遣期間の調整で対応できるが、へき地医療で求められる広範囲の問題解決能力を持たない医師は赴任当日から診療で苦しむことになる。今回の震災でも総合医としての臓器の枠組みを超える診療に自信があれば、少なくとも診療面では躊躇せずに被災地入りできる。臓器専門医を揃えられず、また複数の持病を抱える高齢者の多い地域では、健康問題の9割以上に対処できる総合医の存在は貴重である。

 総合医派遣に際しての注意点は、診療に境界を設けられる臓器専門医と異なり、非選択的な診療をモットーにする総合医は、医療ニーズが大きいへき地において過重労働に陥りやすいことである。意欲のある総合医のバーンアウトを避けるために相談し仕事を分担できるチームでの派遣が重要となる。指導医と研修医をセットで派遣することにより、指導医は簡単な患者ばかり診るマンネリズムを回避し、かつ教育という新たな課題が得られ、研修医は引き続き教育を受けられるという双方のメリットも見逃せない。

 医学教育に関しては、卒後臨床研修の2年間が事実上短縮され、卒前教育に前倒しされたために、学生に基本的診療能力を身に付けさせる仕組みが必要となった。基本的臨床能力の教育は、症候学、全身の身体診察と基本的検査所見の見方が中心となるが、これらを日常的に利用しているのは総合医だけであり、日頃高度先進医療に専念している臓器専門医にとってこれらの指導は新たな負担になるうえに、研修医時代の記憶を頼りに指導を行うことになりかねず、その質も担保できない。カナダでは臓器専門医ではなく、地域の開業医(GP)がadvanced OSCE (clinical skill assessment)を担当しているが、我が国でも基本的臨床能力獲得を卒前に前倒しするのであれば、その教育と評価を担える総合医を大学内に十分数確保することが、その成否を決めると言える。

 この他、一定の水準を満たした総合医は、不要な検査、入院患者、ドクターショッパーを減らすことができ、医療費高騰に歯止めをかけるゲートキーパーの役割も担う。

2.総合医の在り方とその課題

 理想的な診療形態の実現には、国民が健康問題の大半を解決する能力のある診療所の総合医をゲートキーパーとし、専門医療を必要とする患者だけが病院へ紹介される仕組みが必要である。この総合医と専門医の分業体制は、それぞれの質を向上させるだけでなく、高額になりがちな専門医療を必要最小限に抑える効果も期待できる。しかしこのような分業体制獲得に成功した欧米諸国に於いても、質、アクセス、費用のすべてを満足のいく形で患者に提供するのは困難である。米国は豊富な医療従事者数を背景に、医療の質とアクセスは保証されているが、その費用は高額化した。一方、医療費を日本並みに抑制している英国では、専門医も総合医も不足しているが、医療へのアクセスを厳しく制限することでバランスを保っている。

 翻ってわが国では医者が不足・偏在したまま、欧米並みの先進医療を追求し、かつ患者のフリーアクセスを保証した結果、専門医によるジェネラリストの“兼業”が常態化した。病院の専門医がかかりつけ医となり、風邪などの日常病の診療に当たることはまれではなく、開業した皮膚科医や外科医が高血圧患者を管理し、内科医が子供を診るのも日常的な風景である。アンケート調査でも、内科系、外科系開業の約9割が総合診療を提供していると回答している(家庭医療2002;9:13-21)。OECDの統計で総合医に相当するGPやFPの医師数が空欄なのは我が国だけであるが、その質を問わなければ、総合医は充分数存在していることになる。つまり日本では専門医が総合医化し、一人二役をこなして安価なフリーアクセスを堅持し、世界トップクラスの健康指標を獲得してきたことになる。大学病院のナンバー内科のもとで、専門医として研修しつつ、複数の内科サブスペシャルティを学習するという古い教育形態も、この兼業を容易にした。しかし近年、患者の医療の質や安全に対する要求の高まりから、基幹病院の臓器別再編成が進み、わが国特有の兼業教育の仕組みが終焉を迎えつつある。最近の若い専門医は他領域の疾患を診ようともしない、という病院長の嘆きを耳にするのも、患者の専門医志向に加えて臓器別再編成が影響している。

 専門分化は医学の進歩に伴う自然な流れであるが、問題は何ら施策のないまま分業を進めると、ほとんどの研修医は高度化を具現化しやすいサブスペシャリティーを選択し、総合医を充分数確保できないことである。欧米でのサブスペシャリティー人気要因のひとつである収入面での優位性こそ我が国ではみられないものの、卒前教育で総合医の魅力やロールモデルを示すことができず、晩年になってからでも自由に総合医を名乗れる現状では、総合医を目指す若者の確保は至難の業と言わざるを得ない。とりわけ全医師の3分の一が総合医というOECDの平均値に到底するには、卒前・卒後教育の工夫だけでなく、各国で施行されているサブスペシャリスト数の制限や総合医優遇策などの政策が求められる。

 分業化にあたってのもうひとつの問題点は、分業が基本的により多くの人員を要する仕組みであるために医師不足が加速されることである。兼業は質を劣化させ、過重労働の温床にもなるが、不足したマンパワーを補う巧妙な仕組みである。提供される医療の質と量のバランスにおいて、質を優先するのであれば、フリーアクセスを制限して量をコントロールするしかないが、国民がこれを受け入れるのは容易ではない。そこで、専門医が開業前に短期研修と認定試験を課することによって、一定水準を満たした総合医として認可し、プライマリケアの量と質をある程度担保するという制度を検討する必要がある。

 専門医から総合医転向のための再研修プログラム作成にも指導医レベルの総合医は不可欠であり、指導者はすべて米国臨床留学経験者か招聘された外国人医師という現状は心許ないので、我が国でも生え抜きの総合医を養成しなければならない。若者が総合医としてのキャリアを選択する上で大きな阻害因子となっているのが、この分野の臨床的アイデンティティの曖昧さである。我々は総合診療が各科基本診療の集合体でなく、独自の臨床的専門性があることを学生や研修医に経験させることを最重要課題と捉え、そのための診療、教育、研究での工夫を日々重ねている。

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