資料2 福島公明氏ヒアリング資料

民間病院の経営者の立場からの四つの提言

2011年3月11日

淀川キリスト教病院 常任理事・事業統括本部本部長
(兼) 独立行政法人循環器病研究センター理事 福島公明

提言内容

  1. 地域枠の問題
  2. 国際医療協力の問題
  3. 他分野、特に医用工学の問題
  4. 新たな観点で医学部の創設

1.初めに

(1)医師の採用面接の時のエピソードから

地方の民間病院の経営者を行っている非医師としての、現場からの意見として以下述べる。

研修医の採用、後期研修医の採用、医局からの派遣や公募に対する医師等の採用面接に立ち会うが、面接の時に私が必ず質問する項目は、「何故医師になりたいと思いましたか?」という質問である。年配の医師は記憶をたどりながら、研修医の場合はすぐに返答がある。確かに高校の時や受験の時の成績が良かった、親が医療関係者、等の前提がある者もいるかもしれないが、全員に、共通しているのは、「病気で困っている人を治してあげたい、患者さんの役に立ちたい為に医師を志した」という発言である。私はこの発言にいつも気持ちがとても励まされる。

現在の厳しい医療の現場において、彼らを支えているものは何か、といえば、「病気で困っている人を治してあげたい、患者さんの役に立ちたい」という気持ちであると思う。

これは、看護師も同様で、あれだけの厳しい医療の現場において彼らを支えているのは、同じ思いである。医療の現場では、医師は患者さんの為に、いわば粉骨砕身して働いている。暴言・暴力は日常茶飯事で、救急車も毎日何十台と来る。病院だけで手に余るような難しい症例があれば、大学や全国の先輩や仲間に助言を求める等本当に努力している。

 まずは、人の心がすさんできたこの時代に、「病気で困っている人を治してあげたい、患者さんの役に立ちたい」という思いで必死に勉強し、多額のコストを掛けて、医師となっていく、それらの若者のことも考えていく必要がある

(2)「見識」と「志(こころざし)」

ビジネスの世界でよく言われる言葉に、「見識」と「志(こころざし)」という考え方がある。医療機関の経営者はどの様な「見識」で経営していくのかが常に問われており、医療スタッフも含めた職員はどの様な「志」をもって医療機関で働いているのか、がいつも問われている。 この検討会でのご議論も同じで、これまでの議論の記録を読んでいると、本件に対する「見識」は理解できたが、「志」という側面も考慮する必要があるのではないかということを最初に述べたい。

(3)本件の解決は悉無律(しつむりつ)によっている

医学部の入学定員の在り方を考えるときやこれからの医療の在り方を考えるときに、いわゆる、y=ax+bの直線のグラフにのっている考え方、すなわち、何かやれば効果がすぐに出てくる様な、そして少しずつ問題点への解決が前進する、という考えでは無い。そうではなく、「悉無律(しつむりつ)」の考え方で行くべきであると思う。すなわち、様々な方策を打っていけば、すぐには効果は出ないけれど、ある時点から急に効果が出てくる、そのような方法によるのではないか、と考える。もちろん、反応が起こるまでの時間・経費を極小にすることは必要であろう、でもなにか手を打てば、すぐにそれなりの効果があがるほど単純ではない。

2.地域枠の問題

(1)医師の志望動機から

私が勤務する、淀川キリスト教病院の紹介。

所在地;大阪市内、東淀川区

病床数;本院及び分院が2施設で計657床

医師数;研修医も含めた正職員が180名、非常勤まで含めると230名が勤務

その出身大学は様々で、九州等の地方の医学部を卒業して、京阪神の医学部の医局に入局し派遣、又は直接当院へ入職してくる医師が多い

志望動機は、やはり症例数が多い、若い医師を研修するノウハウを持っている、認定医・専門医の資格を取りたい、等と答える者が多い。そして、将来無医村で働きたい、貧しい人のために働きたい、という医師が必ず何名かいる。キリスト教病院という環境もあるのかもしれない。でも、そのような志を持っている医師は地方の大学にも多いと思われる。

でも、地方では研鑽を積む為の環境としては、彼らには魅力的には映らないのかもしれない。この様な場合、現在のシステムで各地域からの枠を確保しても、卒業後の進路が限定されてしまっている

(2)提言

卒後、数年は当該医師の希望をかなえてやるような制度仕組みが取れないだろうか?

すなわち、例えば数年間、学会認定医・専門医等の資格を取るまでは拘束しない、都会などで症例を積んで認定医・専門医の資格を取得した後、あるいは色々な医療機関で研鑽を積む、又は海外留学で研鑽を積む、そしてその後その地域枠の義務を果たす、という制度を構築することを提言する。

そうすると、地域枠の義務を果たすために、いずれ優秀な医師がそれぞれの地域に戻って来る事が出来る。

その研鑽を積んでいる間も、その地域より励ましのコールを行い、地域の名産の差し入れを行ったり、休暇時にはその地域に招待するなどして、心のつながりを強めることも可能である。資料などからは、地域枠で入学した後6年間の医学生の期間、その該当する医学生と結束を強めるためにどれだけの努力を地域が行っているか、が見えてこない。

3.国際医療協力の問題

(1)国際医療協力のカテゴリーについて

以下の5項目に分けることが出来る

  1. 海外での医療機関などの開設 (医療費の支払いができる階層が対象)
  2. 貧しい地域への医療提供
  3. 災害救助などの緊急派遣
  4. 来日、在日外国人への日常の医療(特に救急医療)
  5. メディカルツーリズム

(2)貧しい地域への医療提供、についての事例

地域医療の崩壊を話題にしている時に、海外での医療提供を議論する意味がどこにあるか、と思われるかもしれないが、私はこれも避けて通れない問題であると考える。

医療はグローバル化してきており、国際的に活躍できる医療協力を日本の強みを生かして行う事が急がれる。

  1. 淀川キリスト教病院は、戦後まもなく、アメリカの長老教会派の婦人会の誕生日献金によって設立された。その時、最も医療に恵まれない地域に、とこの地を選んで設立された歴史を持つ。
  2. 海外医療の実態の紹介

イメージを持ってもらうために、報告者の了解を得てスライドを提示する

私はこの様な報告を聞くとき、このスタッフの中に、現地の優秀な医師が一人でもいたら、といつも思う。逆に、東アジアの貧しい地区の貧しい住人の師弟を日本の大学で教育して、研鑽させて現地に戻すことは出来ないのだろうか、と日頃から考えている。現地に行くと、目がキラキラ光っていて、賢い子どもが沢山いる。子供たちの中には大きくなったら、医師になって、皆の命を助けたい、と思っている子どももいる。冒頭に述べた、研修医の子どもの時代と同じ希望を持っている子がたくさんいるのである。片方ではメディカルツーリズム、と言いながら、そのような海外の貧しい人達への医療提供には関心が薄い、というのはとてもバランスが悪いと思う。

(3)提言

貧しい地域からの外国人留学生に対しての医学教育を受け入れる。その場合経済的な援助を公費で行える仕組みを構築することを提言する。

3.他分野、特に医用工学の問題

(1)私は2010年4月に独立行政法人化した、国立循環器病研究センターの理事を兼任しているが、センターは民間の病院と大きく異なり、とても大きな研究組織を持っている。特に、医用工学、創薬の研究に大きな力を持っており、医用工学の面では、「日本の宝」で、これからの日本経済の浮沈に関わる研究センターであると言っても言い過ぎではない。特に関西では、東大阪市という、いわゆる「モノつくり企業」が多社集積する地域をバックに持っており、研究・製造が一体となり易い地域である。また、神戸医療産業都市構想ともコラボ出来る。しかし、研究員はどうしてもMD、特に臨床を経験した医師が少ないというのが実情である。臨床を経験したMDの存在の意義は大きいと考える。

また、逆に、総合大学などの、理学部・工学部・薬学部・農学部等の研究とも直結するとより大きく研究が発展する。

(2)提言

医学部のカリキュラムに、このような医用工学に関連ある分野のカリキュラムを、しかも専門的な分野のカリキュラムを選択出来るようにするか、又は他の学部学科の講義・研究を受講できるようにすることを提言する。

その事により、将来の進路がより明確になり、医学部学生の時から目的を持って将来の進路を選択できると思われる。

4.新たな観点で医学部の創設

(1)既存の大学の限界と新たな発想

以上3つの項目に絞って病院の経営の立場からの提言を行ったが、このような多様性を持った医師の養成、という観点からすると、果たして既存の大学の延長上で考えられるのか、といえば少し困難さを感じる。

聖書の言葉に、「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。(マタイによる福音書9章17節より)」というイエス様の有名な言葉がある。

(2)提言

現状を改善する、現状の一部を作り替えるのも一策であるが、やはり、従来と全く異なる発想の医学部を創設し、まずはその動きをみる、いわゆる、テストパイロットを募り新たな発想の医学部を創設することから初めて頂きたい、というのが最後の提言である。

新しい発想の教育、臨床、研究が行われる医学部の創設を提言したい。

現在の医学部を持たない私立大学の中には、そのような発想の医学部創設に関心を持ち、研究しているところもあるかもしれない。

例えば、1学年100名の定員とすれば、(1)50名は上記の2で述べた、すぐにその地域に赴任することを拘束しない地域枠の学生枠、(2)10名は上記の3で述べた海外の貧しい地域からの公費留学生枠、(3)15名は医用工学等、大学他学部と共通のカリキュラムを持つ事ができる学生枠、(4)そして残り25名は拘束されない大学独自の募集枠、という構成がその例である。

そして、それが可能なのは先進的な総合大学であるかもしれない。また、地域枠、医用工学の学生の確保を望むのであれば、各自治体・企業等は医学部の創設資金についても協力を行う、という条件も可能かもしれない。

5.最後に

(1)イノベーションが必要とされる日本、医療も例外ではない 

現在は、日本ではあらゆる分野でイノベーションが必要とされていると思われる。ガラパゴス島現象が起こっていると言う人もいる。しかし、日本の企業で100年以上続いている老舗が約2万社あるそうで、そのうち200年以上938社、300年以上は435社にのぼるといわれる。これらの企業がこれだけ長く生き残ったのは常に顧客中心のイノベーションを行って来たからである。例えば、京都の和菓子を例にとっても、決して何十年もの間同じ味で製造してきたのでなく、その時代時代の客の味覚・感性に合わせて来た。

(2)顧客の創造

少し短絡的な言い方をお許し頂けるなら、やはり、顧客である患者さん・利用者さん達のニーズを考え、顧客の創造をしなければ、このままではうまく行かなくなるとも限らない。医療の世界では当初「品質管理」という言葉に猛烈に反発があったが、今、「顧客」という言葉に反発があるということも理解した上であえて、医療の世界にも経営学者のドラッカー先生が言われた、「新たな発想での顧客創造 」という観点が必要である、と申し上げたい。その為に、医療の現場に最も近いものの一人として、民間の病院の経営者としての提言である。

以上で私の四つの提言を終る。繰り返しになるが、まとめれば次の通りとなる。

(1)「志」を持つ医師を育てるためには、いわゆる「悉無律(しつむりつ)」の法則にのっとって、あらゆる方策を行う。

(2)地域の医師を育てるためには、卒後すぐに地域に勤務するのではなく、あらゆる課程で、優秀な「志」のある医師が地域に戻って来る方策を考える。

(3)医療はグローバル化している。国際的に活躍できる医療協力を日本の強みを生かして行う。

(4)既存の大学における医学の延長では解決せず、新しい、<顧客の創造>が出来る医学部を創設し、医学・医療にイノベーションを起こす必要がある。

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