獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議(第3回) 議事要旨

1.日時

平成21年2月12日 木曜日 10時から12時

2.場所

文部科学省16F特別会議室

3.議題

  1. 教育内容・方法の在り方について
  2. 教育内容に関する小委員会の設置について
  3. その他

4.出席者

委員

唐木座長、酒井座長代理、石黒委員、加地委員、片本委員、廉林委員、小崎委員、境委員、田中委員、西原委員、政岡委員、矢ヶ崎委員、山崎恵子委員、山田委員、山根委員、吉川委員

文部科学省

戸谷高等教育局担当審議官、藤原専門教育課長、坂口専門教育課企画官、德岡専門教育課課長補佐、南野専門教育課課長補佐 他

オブザーバー

植田環境省自然環境局総務課動物愛護管理室長

5.議事要旨

(○:委員 ●:事務局)

 

(1)事務局から資料説明の後、資料5に基づき、徳力山口大学名誉教授から意見発表が行われ、それぞれの意見発表に基づき自由討議が行われた。意見発表の概要と主な発言は以下の通り。

 

<徳力山口大学名誉教授意見発表>

 

 ○ 人口100万当たりの獣医師数で見ると、米国、カナダ、英国、豪州と同程度である。

   諸外国における獣医師の初任給を比較すると、アメリカの産業動物獣医師の初任給が約6万1,000ドル、小動物獣医師が約5万6,000ドルであり、日本の獣医師と比べるとかなり高い。また、英国の獣医師の平均初任給は2万ポンドから2万8,000ポンド、豪州の獣医師の初任給の中央値は4万オーストラリアドルと、日本の獣医師の初任給と比べて高い。この差が、日本の臨床獣医学教育の現状を示唆しているように思われる。

   10年前の米国の獣医学部の入学者数はコロラド州立大学が最も多く130名、オレゴン州立大学が最も少なく36名(現在は72名)、平均入学者数は86名であった。また、米国の獣医学の修業年限は4年間であるが、学部の3年間を修了し規定の科目を修得した後に入学するため、さらに社会人の入学者が多いため、入学者の平均年齢は24.3歳と高い。また、多くの学生が銀行ローンを組んで学費をまかなっていることもあり、目的意識が明確でモチベーションが非常に高い。

   米国の入学試験は一般的に半年近く費やし、例えばGPAが30%、ペーパー試験の成績が30%、動物や獣医に関係する経験が20%、面接が20%、といったように多方面から学生を評価する。フランスでは、獣医学部に入学後の基礎教育期間においても試験があり、オランダの入学試験はくじ引きである。

   獣医師の資格試験については、米国では国家試験に合格した後、さらに各州の試験を受けてライセンスを取得する。ヨーロッパの場合は、大学の卒業資格で獣医師になれる国が多い。

   個々の大学の特徴を紹介すると、ペンシルバニア大学獣医学部では、例えば開業獣医師には経営の能力が必要とされることから、DVM(獣医学士)と同時にWharton SchoolのMBAを取れるコースがある。研究意欲に富む学生に対しては、獣医学士と獣医博士の両方の学位を取れるコースもある。また、臨床分野に就業する者に対して、DVMコースを修了後にインターンで1年間診療科を何ヶ月ずつ回るコースや、専門医になりたいという者に対しては、2年間ないし3年間かかって専門医の資格を取得できるレジデントのコースもある。このように学生の興味に対応した様々なコースがあり、卒業単位数に対する必修科目の占める割合は60%程度である。

   ノース・カロライナ州立大学は研究に特徴がある。まず、全ての臨床教員に研究室を与えテクニシャンを付けて、教育時間以外の時間をすべて研究に費やせるようにしている。さらに、附属家畜病院の収入から一定額を流用して、50人の教員に1万2,000ドルから1万4,000ドルの研究費を与えている。アメリカでは日本の国立大学のように国から研究費が交付されることはなく競合的資金に依存しているので、各教員が研究費を獲得するための条件を整備したことが、この獣医学部の躍進につながっている。

   コーネル大学は、複数の研究施設が設置されており、研究施設の教員は教育の時間を少なくして研究の義務を増やしている。それによって、獣医学では獲得が難しいとされるNIH(米国衛生研究所)の研究費を獲得しており、研究施設で獲得したNIHの研究費の間接経費を教育の充実に充てることで、常に高い教育水準を保っている。

   EUの場合は、原則として国立獣医大学あるいは国立大学の獣医学部であり、修業年限は5年、5.5年、6年と国によって異なっている。例えばケンブリッジ大学の獣医学部では6年間(英国の他の獣医学部は5年制)のうち、最初の3年間は基礎の解剖学や生理学を全寮制のカレッジで学習するため、後半の3年間は徹底した臨床教育を受けることができる。後半の3年間の教員と職員の数が190名(学生数は60名x3年間 =180名)、そのうち教育教員が60名、研究教員は年度によって数は変わるが以前は46名、事務職員が30前後、動物看護師が30名前後、研究補助者が20名前後いる。

   日本と欧米の獣医学教育研究体制で最も大きな相違点は、教育補助員及び研究補助員の有無である。欧米では教員と同数近くの補助員がいるところもあり、主として実習や研究を補助している。米国では任期制の教育者・研究者の下にも、助手や補助員が配置され、教育に携わっている。

   米国では教員の教育能力の評価結果を昇給と昇格に反映している。評価方法は学生による評価と教員による授業見学やシラバスの評価、さらにコーネル大学では設置した委員会による教育能力の評価を行っている。EUでは米国ほどの評価は行われておらず、学生による評価を考慮する大学もある。教員の研究能力は日本と同様に論文数により評価されるが、インパクトファクターも考慮されるようになってきており、例えば、世界一の獣医学部と認められているユトレヒト大学の獣医学部では、医学部のようにインパクトファクターの総計を用いて評価を行った結果、教授・准教授合計51人中、DVM取得者が29人になってしまい、オランダの9番目の医学部と揶揄されるようになってきている。

   諸外国における獣医学教育の内容については、コーネル大学の場合、最初の2年間は講義が中心であり、3年後半からローテーション形式の臨床実習が入ってくるが、何よりもPBLに多くの時間が割かれており、講義と実習とPBLの時間の割合は、3:4.5:6程度と非常にPBLが重要視されている。コーネル大学のPBLでは、6人でグループを編成して、問題提起、調査を行った上で、わからないことを教員のところに質問する仕組みになっている。学生には非常に評判がいいが教員は負担が大きく自分の研究時間がなかなかとれない。ハーバード大学の医学部では入学者数160~170人に対して、教育担当教員が2,000名を超え、研究・臨床教員も含めると1万人近い教員がいるが、このぐらいの教員がいればPBLは非常にうまくいく学習法だと言われている。また、PBLを実施するためにコーネル大学では徹底したコンピューター化も実施している。ケンブリッジ大学では、獣医学各分野の爆発的な知識の集積とその変化に対応できる能力の学習を教育目的としているため、1年生から徐々にPBLを導入していくことにしている。各教員にはそれぞれ独自の授業を展開するよう奨励して、学生には自習及び少人数グループによる学習を奨励している。そのため小規模な獣医学部にもかかわらず、イギリスの外部評価では満点を獲得していた。

   日本の臨床実習は、海外の臨床実習と比べて、コースの選択肢や臨床科の多様性が乏しく非常にシンプルである。また、欧米では最終学年はポリクリニック実習を中心とする臨床実習を履修することが中心になってくるのに対して、日本では最終学年は卒業論文作成に時間がとられていて、臨床実習が不十分であることが問題である。欧米では、獣医教育病院で患畜の簡単な手術などの実習ができるが日本ではできない。

   EUでは獣医大学の卒業資格を得ることによって獣医師資格が得られるため、最終学年の実習では将来の職種を見据えて、小動物コース、小動物と大動物コース、小動物と馬コース、大動物コース、馬コース、公衆衛生コース等に特化して応用・臨床実習を受けることができる大学もある。

   獣医学教育の質の保証という観点では、アメリカではAVMA(米国獣医師会)がアクレディテーションを1921年から始め、1946年からAVMAのCouncil on Educationという委員会が実施している。各獣医学部は7年ごとに評価され、アクレディテーションを取得していない獣医学部を卒業した学生には州政府が州の獣医師試験を受験させないため、各獣医学部は必死になってアクレディテーションを獲得する。AVMAはこのアクレディテーション制度を世界基準とするために、その内容を簡略化、抽象化してきており、現在、オランダのユトレヒト大学獣医学部を始め、イギリスの三大学、アイルランドのダブリン大学、豪州の三大学、ニュージーランドのマセー大学が米国以外でアクレディテーションを獲得している。

   EUでは1988年にEAEVE(欧州獣医学教育確立機構)が獣医学部の評価を開始した。これまで、EUの獣医大学・学部72校のうち60校がこの評価を受け、43校がアクレディテーションを獲得した。現在、EAEVEはFVE(ヨーロッパ獣医師連合)と共同でアクレディテーションを実施している。しかし、EUのアクレディテーション制度には罰則がないために、アクレディテーションを授与されなかった獣医大学・学部の改善努力はなかなか進まないのが現状である。

   以上のような状況に基づき獣医学教育の改善・充実について提言するならば、今、直ちに実施できる可能性のある改善・充実としては、国公立大学は獣医学教育に必須の最低限の教員数特に臨床教員数を満たすため、複数の獣医学科が連携してカリキュラムを充実させる努力をすべきである。また、私立大学の場合は、教員数に対して学生数が多くならないよう、学生定員をオーバーした入学者を出さない経営努力をすべきである。さらに学生による授業評価を実施・公表して、教員の給料の査定や昇格などに生かすような仕組みが必要である。

   日本の獣医学教育の改善すべき根本的事項として、第一に貧弱な臨床教育を改善する必要がある。第二に教員中心の授業から学生中心の授業へ移動していかなくてはならない。三番目に、諸外国の獣医学部並に獣医学教育改善・充実のための情報の収集やそのフィードバックを行わなければならない。最後にアクレディテーションの実施が必要である。

   臨床教育を改善させるためには、臨床教員数を増加させること、診療科を増やして少なくともポリクリニックが可能な臨床教育を確立することが必要。大学以外のクリニックにおける実習や他の大学の臨床教育を単位化するといったようなフレキシブルな臨床実習が必要。また、附属動物病院での実習において患畜の診断・治療に参加できるような法改正が必要である。また、医学病院並みにAHT(動物看護師)などの補助員を増やし、かつ臨床教員の研究時間を確保することも必要である。

   教員中心の授業から学生中心の授業への移動とは、講義・実習において学生のモチベーションを高めていくということを最重点課題として、PBLのような学生中心の授業を取り入れていく必要があるが、そのためには教員数やコンピューター化などに費用がかかるため、中長期的な視野で展開していく必要がある。

   情報収集とフィードバックとは、例えば学生による授業評価や卒業生への定期的なアンケート調査を行い獣医学教育に還元することであるが、諸外国の獣医学部に比べて日本の獣医学科・学部はこうした部分が欠けていると感じる。卒業生への生涯教育を実施すると同時に卒業生から獣医学教育に対する要望を調査したり、諸外国の獣医学部との積極的交流などから得た情報を還元して改革につなげることが必要である。

   アクレディテーションの実施については、獣医学教育の各国における多様性からAVMAが目指しているような世界統一的なアクレディテーションの実現は当分不可能だと思うが、日本はアジアの獣医学のリーダーシップを果たす義務があると考えるため、一日も早くアジアで通用するアクレディテーションシステムを構築すべきである。さらに、アジアは人獣共通感染症の大きな震源地でもあるので、公衆衛生分野においては、早急にアジアとしての統一したネットワークをつくる必要がある。

 

 ○ 海外の獣医学部を見に行くと、日本の医学部より立派であると思われる大学がたくさんある。逆に、日本の医学部を見て獣医学部を見ると絶望感に襲われるような状況である。

 

 ○ 動物病院での教育実習に関して、例えばオレゴン州立大学では愛護団体と共同してティーチングホスピタルを建設し、学生は必ず8週間そこでクリニックを回らなければならないことになっていて、そこで1人当たり50頭前後の避妊、去勢手術を行う。午前中に手術を行い、午後には愛護団体から保護された動物を引き取った里親と1対1の模擬患者的に対応する経験をするというように、愛護団体と協力して臨床教育を行っている。コロラド大学では、大学の動物病院に加え、地元の財団が建設した低所得者のための動物病院においても、避妊、去勢手術を含めて学生が出入りをして実習を行っている。ケンブリッジ大学では、王立虐待防止協会の虐待査察の専門家等が、必ず単位を担って教育を行っている。このように、日本と欧米を比較したとき、外部の施設や教員、エキスパートをどうやって活用するかが、大きな課題として浮き出てくる。

   また、アメリカでは獣医学部に入る前に3年間ないし4年間の学部教育があり、そこで論文の書き方やコンピューターの検索の仕方等、基礎的学習を終えるため、獣医学部は専門教育に専念できる点が我が国と異なる。

   さらに、アメリカでは高額な学費をまかなうための奨学金が充実しており、本だけの奨学金や寮だけの奨学金等、さまざまなバリエーションで必要に応じて貸与する制度がある。ただ、大学は学費だけで教員数を維持できないため、卒業生の寄付やNIHの研究費を獲得している。

 

 ○ 日本の場合には、診療に従事する獣医師が約5割、公務員獣医師が約25%となっているが、欧米ではどのような比率で獣医師が勤務しているか。

 

 ○ アメリカの場合は、70~80%が小動物、5%前後が馬、5%前後が産業動物に従事しており、それ以外が行政機関や会社で勤務している。アメリカの場合は、動物実験を行う施設ごとに獣医師がいなくてはならず、NIHでは実験計画書に対する獣医師のサインがないとアニマルセンターから実験動物が入ってこないシステムになっているが、行政機関は獣医師が不足している。ヨーロッパでは、やはり60~80%が小動物で、産業動物の獣医師は減ってきている。

 

 ○ 学生が臨床実習を行う際に、日本では実際に診療できないという説明があったが、医師の場合には、厚労省で検討会を行い患者や家族の合意のもとに可能な範囲が定められている。獣医師法も医師法に倣っているため、運用で診療行為の範囲を定めることは可能だと考えている。実際に欧米では、法律の中に学生の診療行為に関する規定はあるのか。

 

 ○ ほとんどの国では、獣医師資格を持っている者の指導の下で、学生は手術を行うことができるようになっている。そのため、附属家畜病院とクライアントとの交渉により、学生が手術を実施する場合には料金が安くなることなどを説明する。

   また、生きた動物を使って外科実習を行うことについては、アメリカではプラスチックのモデルを使うケースが増えてきた。ケンブリッジ大学では10年ほど前までは、研究用には犬を飼育していたが、現在では飼育を廃止している。また、外科実習用にはドッグレースを廃用になった犬を用いたりしていたが、現在では、獣医師資格を持っている獣医師の連続的監視下で病院の患畜を用いて実施する簡単な手術を外科実習としている。

 

 ○ EUで公衆衛生のコースを設けているという話があったが、実習だけがコース分化するのか、それとも入学時から公衆衛生分野を重点的に学びたい人を集めて全く違ったカリキュラムで教育するというようなシステムなのか。

 

 ○ 細かいところはわからないが、もともと公衆衛生は必修科目化している部分が大きいので、実習の部分でコース分岐することになると思う。大学によっては、もっと下のほうからコース分岐しているかもしれない。

 

 ○ 獣医学教育が6年制になったときに専門教育をきちんと教育できる教員が確保できなかったことが原因で、延長した時間を一番教員が少なくてもできる卒業論文で費すようになってしまった。これでは、年限を延ばしても教育の中身は決して充実をしない。

 

(2)事務局から資料6「獣医学教育における教育内容・方法の在り方に関する論点(案)」について説明の後、資料6に基づき自由討議が行われた。意見発表の概要と主な発言は以下の通り。

 

 ○ 教員数の話が出たが、実態としてその教員が持ち得る専門分野での教育が重要である。いくらコースや専門の科目を設置しても、それに見合う専門性を持った教員がいるかという視点がなければ、教員数だけが増えても教育は充実しない。教員の質をどのように担保するのかという点が重要。

 

 ○ まずカリキュラムをしっかりと決めて、そのカリキュラムの内容をきちんと教育できるような教員の在り方ということについても検討しなくてはいけない。

 

 ○ 獣医学教育に携わる団体が標準的カリキュラムを作成したが、その中で専門性を持って科目を担当している教員をそれぞれの大学では用意できていないというのが現状である。高等教育機関として社会のニーズに応えるためには、やはり専門性の高い教員を確保することが第1段階である。専門性の高い分野がそれぞれの大学にあれば、学生はそれに触発されてそれぞれの職種を選んでいくのではないか。

 

 ○ この数年間、各大学が自助努力で教員数を増やしたが、数値上は教員数は充実しても専門性を持った人材が確保できていない。募集をかけても適任者が集まらないのが現状である。特に臨床分野は開業医から大学の教員になろうと思う者が少ない。専門性を持った人材の育成・確保には、必要なポストを確保した上で、プロパーを充てることを時間をかけてもやっていかざるを得ない。

   例えば、高度医療センター等を設置して外部の臨床獣医師を招集し、大学の教員になれるような人材を育てていく等の取組をしなければ、いつまでたっても日本の動物医療は改革できない。体制づくりをして、少しでも適任者をそこに突っ込んでいくような形をとらなければならない。

 

 ○ 臨床の教員を小動物臨床獣医師からリクルートできない理由は、研究業績がないからか。それとも大学の待遇が悪いからか。

 

 ○ まず、研究業績が足りないということが大きな要因である。開業医でインパクトファクターとなりうるような雑誌に投稿する者はほとんどいない。研究実績のハードルを下げたり、他の観点で評価することが必要である。また、開業医から大学教員になると収入も数分の1に減ってしまうことも事実。国のため、社会のため、獣医学のために一肌脱ごうという開業獣医師がほとんどいなくなってきている。

 

 ○ 私の大学では、教員としての資格要件の中で、研究業績だけではなく臨床件数を業績として評価するようシフトしている。学位等の課題はあるが、臨床の業績のある教員を確保し、フィードバックをしてもらわなければ、いくら議論しても必要な臨床教育を担保できない。

 

 ○ 我々も手術例数や外来診療の件数による評価や診療事例のケースレポートも業績の一つにカウントすることを強く求めているが、結局はどの大学も論文数だけで教員を採用しているという状況が今でも続いている。

 

 ○ 公衆衛生の分野でも、研究機関や行政、民間から大学教員になる者は皆無で、臨床分野と同じように大きなハードルがある。任期付きでも良いので、外部講師や特任教授を活用しなければ必要な人材が確保できない。

 

 ○ 6年制になったときに各校が対応を誤り空白時間をつくってしまい、本来あるべき専門教育が担保できなかった。それを改めるために、共通のコアの部分を充実させて全ての大学に課そうという発想は間違いではないと思うが、本当にできるのかということを考えたときに、米国の27の獣医大学もそれぞれ特化しているように国内の大学全体でニーズに応えればよいという考え方もできる。例えば私立大学と国立大学、公立大学それぞれのミッションの違いや特性の違いを明確にした上で、ミニマム・リクワイアメントとともにミッションに応じた教育の部分といった柔軟性も考えなければ、全ての大学が同じスタイルを目指すことになり、人材の確保にも困難を来たし、全体として社会のニーズに応え切れないのではないか。全大学共通のミニマムな部分と各大学のミッションに応じた部分、さらには獣医教育を担う人材育成というような視点も含めて検討しなければならないのではないか。

 

 ○ 獣医学教育と現場が直結していないという課題を克服するために、私の大学は家畜保健衛生所の隣に移転することになった。産業動物関係に関しては、やはり行政と協力することが重要である。また、公衆衛生分野ではリスクの高い病原体を使うことがあるが、大学には対応した設備がない。教育に関する施設整備に関してもバックアップが必要である。食品衛生では分析機器を使用するが、現場で使用するレベルの高度な機器を全ての大学が所有することは不可能で、めり張りをつける必要がある。

 

 ○ 獣医師の職域には、獣医師でなければならない職域と、獣医師でもいい職域が混在している。その中で近年、獣医師でもいい分野での対応が求められるようになっている。しかし、獣医学教育はライセンス教育であるので、何を教育しなければならないのかというのは、6年間あるいは百八十二単位の中でおのずから決まってくる。そうすると、獣医学教育本来の姿と社会のニーズのギャップをどう埋めるのかというのが大きな課題になってくる。

 

 ○ 6年制になったときに、斉一教育、専修教育といって公衆衛生や臨床の教育を充実させたはずであるが、それがいつの間にか無くなってしまった。その原因をよく考える必要がある。

 

 ○ ある程度職域に特化したような人材を養成する場合にはコース制が有用であるが、獣医師は職域が非常に広く、様々な対応能力や解決能力を涵養していかなければならないことから、ある程度の幅広い分野にわたる教育も重要である。それぞれの大学の教育方針や、どういった人材を養成するかという方針等を考慮に入れて共通的な水準を設定していくことを考えていかなければいけない。

   また、全体とのバランスの問題にはなると思うが、問題解決能力や対応能力等を涵養していくためには主体的な取り組みができる研究も必要となるので、卒業研究は必要であると考える。

 

 ○ 多くの大学で一番困っていることは、動物愛護の問題から外科実習で実験動物をほとんど使えなくなってきていることである。動物を最後まで面倒をみる経験は、獣医師として必要であると考える。また、動物を使用した実習を拒否する学生も出てきており、実習の代わりに外来の診療や手術を見学したり、簡単な診療の補助をしてもらっている。そうなると、学生にどこまでの行為をさせて良いのか、獣医師法上はどのようになっているのか教えていただきたい。

 

 ○ 獣医師法上、学生の診療行為の範囲については、大学の実習で用いられる動物は実験動物であるという考え方をとっており、実験動物については免許がなくても取り扱えることになっている。また、大学によっては外来患畜についても、簡単な去勢手術等を教官の指示、監督のもとで学生にやらせるところもあるので、畜主の了解がとれれば、実験動物的な扱いをすることができると考える。

   近々、畜主の了解があれば、外来患畜を研究機関で実験動物として使用してデータを採取することができる旨の解釈を示すことも予定している。

 

 ○ 学生による実験動物や患畜の取扱いを明らかにして各大学に周知して欲しい。先ほどの話は、特に学用患畜の取扱いについては従来の理解と大きく異なるので、その点は是非お願いをしたい。臨床教育においては学生に生と死を体験させることが重要である。

   また、獣医学教育のグランドデザインができていなかったということが大きな問題である。6年制教育になった時に、グランドデザインがあまり議論されず教員の専門性のほうがクローズアップされたために、目指すべき教育とは異なったものになってしまった。今回の検討会ではグランドデザインを明確にして、そしてそれに対する教育を保障するための議論が必要であると思う。

   目標達成には段階的な達成度をスケジュール化することが必要であるが、学生に関心を持たせたりモチベーションを高めさせるために重要なことは教員の確保である。教員の確保のために、いかに教員を養成するかという議論も行っていきたい。

 

 ○ 4年制から6年制に移行する議論の中で、当然グランドデザインというのは大きな問題になり、臨床と公衆衛生の教育を充実させることになった。しかし、臨床や公衆衛生分野を教育できる適任者も教員数も確保できなかったため、仕方なく延長した時間を卒業論文でつぶしてしまったという事実がある。今日、もう一度グランドデザインを確認するということ重要である。

 

 ○ 産業動物診療に関する教育をほとんど行っていない大学がある中で、農林水産省では産業動物獣医師を確保するために、大学や開業獣医師の団体と協力して、産業動物の臨床研修を行っている。畜産分野については大学外の資源を取り込む必要があると考える。

 

 ○ 大学の立地により附属病院の患畜や学用患畜の種類や数が異なり、都市部の大学では小動物が多く、畜産県に位置している大学では産業動物の数が多い。そうした中で、畜産学や草地学といった獣医学以外の周辺の学問領域のための附属牧場等も、産業動物に関する実習の機会を確保する場となる。さらに、畜産県に位置した大学では地域の産業動物獣医師と連携を行っており、例えば宮崎大学では、1週間農業共済の研修センターに学生を送り、疾病についての講義を受けさせたり、獣医師とともに農家を回る実習を受けさせている。また近接する大学との、施設の補完的な利用なども検討している。

   また最近、農業共済から社会人大学院生として派遣されて博士学位を取得する獣医師が増えており、教員の養成に関して良い動きが出てきている。

   学外での教育病院の活用やインターンシップは、学生の将来の産業動物分野への進路決定に大きな影響があると感じる。宮崎大学では、入学時には野生動物に関わる仕事をしたいという学生が多いが、インターンシップ等で産業動物の現場を見ることによって、産業動物分野に就職を希望するようになる学生が増えている。

 

 ○ 現在、家畜共済と連携している大学と連携していない大学があるが、全ての大学が家畜共済と連携できるようになれば、産業動物の診療件数が増えて実習も充実してくるのではないか。

 

 ○ 家畜病院の患畜のうち産業動物数がゼロや1の大学もあるが、家畜共済の診療所や牧場で集中実習を受けたり、家畜共済から非常勤講師を大学に招いて、内科実習、外科実習、繁殖実習を行っているため、産業動物の教育を行っていないわけではない。

 

 ○ 今、EUやアメリカでは、学生から動物を殺めずに卒業したいという要望が出れば、それをできるように、交通事故死した動物の遺骸等を用いて単位を取らせる努力をしている大学もある。その背景には愛護団体の関係者が大学内部にいて様々な助言ができることや、実験動物の施設や実験に携わる教員が厳しい指定を受けなければならないことがある。グランドデザインを考えるのであれば、獣医学部には医学部以上にそういった体制が必要になってくると思う。

 

 ○ 公衆衛生分野は食品安全、感染症、疫学等、色々な分野を幅広く組み合わせた分野であるが、例えば食品安全にはリスク分析やレギュラトリーサイエンス、行政科学の考え方が必要である。ただ、食品安全は体系立った学問になっていないため研究者が育っていない。

 

 ○ レギュラトリーサイエンスは非常に重要で、例えばヨーネ病やブルセラ病等、一見健康に見える動物であっても人間が食べたときにどのように影響するかという危害評価は、学問的に不十分である。発がん性物質についても一定限度以下のものについてのリスク評価ができていない。リスク評価や毒性学を含めた公衆衛生学の分野の確立が必要。

   公衆衛生行政獣医師の育成確保については、大学教育の中で保健所や研究機関との連携などで、受け皿側からも協力をしたい。

 

 ○ 欧米の獣医学が食の安全や人畜共通伝染病の防止のために生まれたのに対し、日本の獣医学は全く違う形で生まれたことが、いまだに陰を引いている。

   獣医学教育は人件費の他にも、器具、機械、施設などの費用を要するが、授業料や研究費の間接経費の他にどのような手段で資金を獲得しているのか。

 

 ○ EUの獣医系大学は大半が国立大学であり国からの補助でまかなっているが、近年、競合的資金が増加している。また、獣医学の学位を持たなくても研究に長けた人材を招いて競合的資金を獲得している大学もある。

   アメリカでは、アニマルウェルフェアと関連した寄付金に頼っている大学もある。

 

 ○ 欧米の愛護団体が莫大な資金を集め動物病院を設立できた背景には、企業寄附や個人寄附に対する税制の違いがある。寄附が自由にできるような税金制度ができれば、動物病院は創意工夫次第では人間の病院よりも多くの資金を集められると思う。

 

 ○ 獣医学教育に限らず大学教育は、学生をどうやって集めるか、優秀な教員をどうやって集めるか、そしてお金をどうやって集めるかという3つがないと成り立たない。

 

 ● 寄附の問題については、獣医学部に限らず大学あるいは研究機関に対して寄附金を募れる体制をつくろうと毎年の税制改正の中で議論しているが、十分な税制の体制ができていない。ただ、寄付の実績自体が上がっていないのも事実で、日米の寄付に関する文化の相違も実態として存在する。

   学生の臨床実習について、医学教育分野では既に平成3年に、厚生労働省主催の臨床実習検討委員会において一定の結論が出ており、医師の診療行為と同程度の安全性が確保されるのであれば、学生が診療行為を行うことについて違法性はないという結論が出ている。ただ、その中でも、指導医の指導監督や事前の医学生の評価が要件づけられており、例えば、状況によって指導医の指導監視のもとに実施が許される行為の中に、緊急治療でよく問題になる気管内挿管等が例示されている。

   ただ、患者の同意の問題等もあり、実際にどの程度の臨床実習が行われているかという点は、今後十分検証した上で対応していかなくてはならない。

 

(3)事務局から資料7「教育内容に関する小委員会の設置について(案)」について説明があり、教育内容に関する小委員会の設置が承認された後、次回の日程について説明があり、閉会となった。

 

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高等教育局 専門教育課