資料5 教育内容に関する小委員会報告案

1.教育内容に関する小委員会の設置趣旨

  • 現在、獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議において、獣医学教育の在り方について議論が行われている。
  • 協力者会議において特に充実が必要との指摘がある臨床教育や公衆衛生教育を含めた獣医学教育が、実際に各大学において、どのような教育内容・教育研究体制で行われているかについて分析を行い、必要な改善方策を検討するために教育内容に関する小委員会を設置した。
  • 小委員会では、必要とされる教育内容を整理した上で、大学における教育内容(シラバス)との比較を行い、大学教育の現状について分析を行った。

2.比較のために整理した教育内容について

  • 食の安全に関する関心の高まり、鳥インフルエンザ等の人獣共通感染症の拡大、伴侶動物の疾病の多様化等により獣医師に求められる社会ニーズは高度化・多様化している。
  • またグローバル化に伴い獣医学教育の国際通用性の確保が求められるなかで、欧米諸国と比較して、教育内容や教育研究体制の充実が求められている。
  • このような課題に対応するため、我が国の獣医学教育において必要とされる教育内容を整理するにあたっては、獣医学教育の内容を導入教育・基礎獣医学分野・応用獣医学分野・臨床獣医学分野に分類した上で、社会ニーズの高まりや国際通用性の確保に対応するために全ての大学において共通的に最低限実施する必要があると考えられる科目を設定し、その履修内容について整理した。
  • その際、これまで関係団体の間で協議されてきた『標準的カリキュラム』を基に、抽象的であった科目名の具体化、分野間・科目間の単位数の見直し、必要とされる履修内容の精査を行った。

3.大学における獣医学教育の状況及び改善の方向性について

  • 大学における獣医学教育の分析にあたっては、平成20年度の16の獣医系大学のシラバスを基に、必要とされる教育内容がどの程度教育されているか、専門性を備えた教員が担当しているか、教員の担当単位数が過重になっていないかという観点について分析を行った結果、以下の点が明らかとなった。

(1)各分野の分析結果と改善方策

1.導入教育について

【現状と課題】

  • 獣医法規を除く導入教育(獣医学概論・獣医倫理)は教育内容・教育体制ともに不十分で、多くの大学で体系だった教育はなされていなかった。規模タイプ1の獣医師養成課程*1(専任教員45名~58名)と比べ、規模タイプ2の獣医師養成課程(専任教員24名~34名)においてその傾向が強い。
  • 獣医学概論では獣医師の職域や役割、関係する国際機関についての教育内容が不十分で、獣医倫理ではペットの安楽死や地球環境の保護に関する獣医師の役割についての教育内容が十分に取り扱われていない。このことは、社会の情勢を踏まえた獣医学を学生に学ばせる動機付け教育に課題があると言える。
  • また、導入科目の担当教員が非常勤講師であったり、教育内容が各研究室の紹介で終わっている場合が多く、当該大学での獣医学教育の理念を伝える機会が活用されていない。

【改善の方向性】

  • 導入教育の意義の明確化とともに、導入科目の幅広い教育内容を統括し、コーディネートができる教員が必要。

2.基礎獣医学について

【現状と課題】

  • 基礎獣医学分野の中でも古典的な講義科目(解剖学、生理学、病理学、薬理学等)はどの大学においても概ね教育されているが、動物行動学や免疫学等の比較的新しく必要とされるようになった科目は大学によっては教育内容が不十分である。
  • 実習科目は講義科目と比較して内容が不十分であり、特に生化学実習(脂質の定性・定量、RNA解析等)、薬理学実習(薬効判定の一部、消化吸収・血液・腎臓系の薬物作用等)、実験動物学実習は大学によっては教育内容が不十分である。
  • 動物育種学や動物行動学、免疫学においては専門性を備えた教員を確保できていない大学がある。

【改善の方向性】

  • 実習の充実を図ると共に、基礎分野の中で比較的新しい科目に対応できる教員の確保、教育体制の充実が必要。

4.応用獣医学について

【現状と課題】 

  • 応用獣医学分野も基礎分野同様、古典的な講義科目(微生物学、寄生虫学、家禽疾病学、魚病学)はどの大学でも概ね教育されている。比較的新しい科目や内容が高度化している科目(野生動物学(野生動物の疾病等)、環境衛生学(環境問題、環境衛生分析、環境アセスメント等)、獣医疫学(標本調査、臨床疫学等))は大学によって教育内容が不十分である。
  • 従来一括りであった公衆衛生関連科目は、教育内容の範囲が広いにもかかわらず教員数が少なく、多くの大学で微生物学又は感染症学を専門としている教員が担当しているため、環境衛生学や獣医疫学に関する教育内容が十分でない。本来は、毒性学、人獣共通感染症学、食品衛生学、環境衛生学、獣医疫学のそれぞれの分野における専門性を持った教員が必要である。
  • 応用分野の実習科目の教育内容の充実度は最も低く、寄生虫学実習以外の実習は、多くの大学で教育内容が不十分(環境衛生学実習(環境影響評価、環境汚染物質、施設見学等)、動物衛生学実習(飼育衛生、疾病予防等)、毒性学実習(急性毒性試験、解毒酵素誘導試験等)、獣医公衆衛生学実習(食肉の医薬品残留検査等)、食品衛生学実習(食品添加物検査、食中毒検査等))であり、公衆衛生等の社会的要求が高まっている分野における教育内容に課題がある。公衆衛生学関連の実習で重要な実際の現場(と畜場、食品工場等)での見学が衛生上・管理上等の問題から困難となっており、実務教育として不十分である。      
  • 毒性学や野生動物学や魚病学では専門性を持った教員を確保できていない大学が多く、その傾向は特に規模タイプ2の獣医師養成課程で顕著である。

【改善の方向性】

  • 公衆衛生関連科目を中心とした社会ニーズが高まっている分野の教員の確保、教育内容の充実が必要。特に実習科目の教育内容の改善や実務に関する教育の充実が必要。
  • 衛生上・管理上の問題から困難となっている公衆衛生関連施設の見学について、関係機関と連携して、実施方法や実施条件について検討することが必要。   

4.臨床獣医学について

 【現状と課題】

  • 臨床獣医学分野の講義は他の分野と比べて、教育内容が十分とは言えない。講義科目は内科学総論や外科学総論、臨床繁殖学と言った古典的な科目はどの大学においても概ね教育されているが、臨床薬理学や動物行動治療学、臨床栄養学(代謝プロファイル、食餌療法等)、産業動物臨床学(馬の疾病等)、臨床病理学といった基礎分野で学んだ理論を実践につなげる科目は、多くの大学で教育内容が不十分である。
  • 産業動物臨床学では、群管理の教育ができている大学とできていない大学に大きく分かれ、また、多くの大学で対象動物として牛以外の家畜が扱われていない。
  • 眼科学や歯科・口腔外科学、臨床腫瘍学といった高度な技能の習得を目的とする科目は、規模タイプ1の獣医師養成課程では概ね教育されているが、規模タイプ2の獣医師養成課程では教育内容が不十分である。
  • 放射線学実習はほとんどの大学で教育されていないため、獣医療法施行規則の一部改正に伴い今後必要となる核医学等がほとんど教育されていない。

 【改善の方向性】

  • 理論を実践につなげる教育の充実が必要。
  • 実習に際し取り扱う動物種について、可能な限り複数種の代表的な患畜に触れる機会を設けることが必要。
  • 特に規模タイプ2の獣医師養成課程は疾病の多様化・高度化に対応した科目の教育内容を充実させるため、専任教員の充実が必要。また、実習科目の教育内容を充実させるため、実習を行う専任教員(主として助教、講師等)の充実が必要。

5.分野間の比較

 【現状と課題】

  • 講義科目については、基礎分野は比較的充実しているが、応用分野、臨床分野は教育内容が不十分な科目が散見され、導入分野は不十分な科目が多い。
  • 実習科目については全分野を通して講義科目よりも教育内容が不十分であり、特に応用分野でその傾向が顕著である。
  • 教育体制は導入教育を除いては概ね専門性を持った教員が担当しているが、規模タイプ2の獣医師養成課程は専任教員一人あたりの担当単位数が多い。

 【改善の方向性】

  • 基礎分野で学んだ理論を実践につなげる臨床科目の充実や、応用分野における実習科目等、実務教育の充実が必要。

6.その他

 【現状と課題】

  • 専門家のいない授業科目を複数人で担当している科目の教育内容は、偏りがあり、全体的なバランスに欠けるケースが多い。それに比べて、他学科の教員あるいは外部からの非常勤講師であっても、専門 家による授業内容は履修項目のバランスがよく、教育体系もよく精査されている。
  • 応用分野において、国内における毒性学、疫学、環境衛生学などの研究者の絶対数が不足している。
  • 臨床分野の一部では教員(主として准教授)が不足している。    
  • 特に実習に関して、専任教員であっても専門分野の違いにより、専門分野を重点的に教育する一方で、専門外の分野では実習項目の教育がなされていないなど、教育内容に偏りがある。

 【改善の方向性】 

  • 研究者が不足している分野においては、研究者の計画的な育成が必要。
  • また、大学内、大学間、関係機関との連携・協力を促進し専任・兼任にかかわらず専門性を有する教員の確保が必要。
  • 共通的な教育内容(コア・カリキュラム)の整備や共通テキストの作成等の取組により、教育内容の平準化を図ることが必要。実習の在り方や実施方法についても検討が必要。

(2)大学ごとの分析結果

1.獣医師養成課程の規模による比較

 【現状と課題】

  • 規模タイプ1の獣医師養成課程の方が、兼任教員に依存する単位数が少ない。
  • 規模タイプ1の獣医師養成課程の方が、全ての分野において教育内容・教育体制が充実している。基礎分野の講義、応用分野の講義、臨床分野の実習は両者の差が比較的が小さく、導入教育、臨床分野の講義、応用分野の実習は差が大きい。全大学を通して教育内容が不十分である分野ほど、両者の差が大きい。
  • 規模タイプ1の獣医師養成課程においても、環境衛生学(講義、実習)、放射線実習など充実度が不十分な教育内容が見られた。
  • 教員の担当単位数については、規模タイプ1の獣医師養成課程に比べて規模タイプ2の獣医師養成課程は、講義が1.42倍、実習が1.19倍となっている。

 【改善の方向性】

  • 大学内及び関係大学の他分野等の教員の活用が必要。規模タイプ2の獣医師養成課程においては専任教員の充実が必要。

2.学生/教員比の高い大学と低い大学

 【現状と課題】

  • 教員一人当たりの学生数を見ると、5~8名が11学、10名が1大学、17~19名が4大学と三極化していた。
  • 学生/教員比の高い大学は、特に実習科目において複数回に分けて実施するなど教員にとって負担となっている。

 【改善の方向性】

  • 十分な教育、特に実習を行うのに適切な教員対学生の割合の検討も今後必要。

  (3)その他の分析

1.産業動物の患畜数の多い大学と少ない大学

 【現状と課題】

  • 産業動物の患畜数が全くいないところや十数頭に留まる大学があるなど、学生が産業動物に触れあう機会の確保に差がある。
  • 産業動物の患畜数の多い大学、又は大学立地の環境などと、卒業生の産業動物診療分野への就業割合は一定の相関関係が見られる。

 【改善の方向性】

  • 産業動物の患畜数の少ない大学は、産業動物の患畜数の多い大学や近隣都道府県の農業団体等と連携することによって、学生が産業動物に触れる機会を確保することが必要。

2.公衆衛生獣医師の就業者数の減少

  【現状と課題】

  • 公衆衛生獣医師の多くが加入する全国公衆衛生獣医師協議会の新規加入者数は、平成15年以降急激に減少している。この間、獣医系大学において制度改革等がなされたわけではなく、各大学における教育内容も大幅に変更があったとは考えられず、急減の要因は不明である。

  【改善の方向性】

  • 大学における教育以外に急減の要因がある可能性はあるが、学生が公衆衛生獣医師の職域と魅力を十分に理解するためには、獣医系大学においても公衆衛生関連の研究機関と密接に連携し、教育内容の充実や公衆衛生行政に明るい教員の確保等が必要。

4.今後の獣医学教育の改善に向けて

  • 今回の分析に用いた科目及び履修内容は、我が国の全ての獣医系大学において共通的に最低限実施する必要があると考えられる教育内容である。

     したがって、本報告で指摘する課題が該当する大学においては改善の方向性を参考に改善に取り組むとともに、大学の取組を促進するような国の支援策が求められる。

  • 獣医師養成課程の規模の比較で見ると、規模タイプ1の獣医師養成課程の方が、全ての分野で教育内容、教育体制ともに充実しており、とりわけ、導入教育、臨床分野の講義、応用分野の実習において差が大きく、教育内容と教育体制の充実度に相関性が見られる。しかし、規模タイプ1の獣医師養成課程においても全ての分野で教育内容・教育体制が充足しているというレベルには達していない。
  • 教育研究体制を充実するには、まずは専門性を有する専任教員の確保が必要であるが、学内の関係学科、関係大学、学外の関係機関との連携等により、専門性を有する教員の協力を得ることも考えられる。また、専門家が不足している分野においては、今後若手教員・研究者の育成を図ることが重要である。       
  • 今後、大学教育の質保証の観点からも、本小委員会の検討を踏まえ大学・関係学協会が中心となり共通的な教育内容(コア・カリキュラム)を整理するとともに、獣医学分野の質保証の在り方の具体的検討を併わせて行うことが必要である。
  • 同時に、各大学においては将来的な分野別第三者評価の実施を見据えつつ、授業内容をより具体的に記載したシラバスを作成し、学生や第三者に対して積極的に公開することによって教育状況の透明性を高めることが求められる。
  • その上で、各大学においては獣医師や獣医学教育に対する社会ニーズの高まりに対応していくためには、共通的な教育内容に加えて専門分野・職域別に特化した専修教育を大学の特色に応じて行い、即戦力として社会の期待に応えられる獣医師を輩出することが期待される。

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高等教育局専門教育課企画係

(高等教育局専門教育課企画係)