臨床研修制度の見直し等を踏まえた医学教育の改善について
医学教育カリキュラム検討会意見のとりまとめ
平成21年5月1日
我が国の医学教育については、学生が診療チームの一員として患者の診療に参加する「診療参加型臨床実習」の強化を目指したモデル・コア・カリキュラム1の作成、さらに、臨床実習を行う学生の能力・適性について全国的に一定水準を確保するための標準評価試験(共用試験2)の導入、これらを踏まえた各大学の弛まぬ改革努力により、着実な改善が図られ、現在、この新たな枠組みで医学教育を受けた者が、医師国家試験を経て臨床研修に進むに至っている。
一方、今日の医療を巡っては、小児科、産科などの診療科や地域の医師不足、救急医療の疲弊などの問題が極めて深刻であり、また、平成16年度に導入された臨床研修制度は、研修医の基本的な診療能力に一定の向上が見られるなど制度の基本理念は実現されつつあるが、地域における医師不足問題が顕在化・加速するきっかけとなったとの指摘がある。
医学部を有する大学は、明日の医療を担う優れた医師の養成、未来の医療を拓く優れた研究の推進と研究者の養成、地域の中核としての質の高い医療の提供の機能を融合し、社会的使命を果たすものである。しかし、より質の高い医療、安全性確保が求められる中、大学の若手医師の不足や関連事務作業の増大などから教員の診療業務が極めて多忙となり、診療参加型の臨床実習の充実に必要な指導体制にも格差が見られ、また、研究活動を行う十分な時間の確保が困難となり、研究活動の停滞、若手研究者の減少は深刻である。
こうした中、本年2月には、文部科学省・厚生労働省合同の「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」で見直しの方向性が示され、平成22年度から新たな臨床研修が開始されようとしている。卒前医学教育、卒後臨床研修、大学院教育、生涯教育を担う大学が、これらを一貫して見通し改善を図っていくことは極めて重要であることから、本検討会は、先の合同検討会の提言を踏まえ、卒前の医学教育の改善の方向性について検討を重ね、ここに一定の結論を得たので、意見のとりまとめとして公表するものである。
1 医学教育モデル・コア・カリキュラム。医学部学生が卒業までに最低限履修すべき教育内容と到達目標を定め、従来の専門分野別講座の枠にとらわれず基礎と臨床を統合する形で記載した教育内容ガイドライン。平成13年策定。平成19年改訂。
2 臨床実習を行うために必要な学生の能力の評価について、全国的に一定水準を確保するための共通の標準評価試験。コンピュータを用い総合的知識を評価するCBT(Computer Based Testing)と、実技試験により基本的診療技能と態度を評価するOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)で構成。平成17年度から正式実施。
平成13年のモデル・コア・カリキュラムの作成、平成17年度からの共用試験の本格実施を踏まえ、各大学において、患者の協力を得て診療参加型の臨床実習を充実させる様々な取組が着実に進んでいる。
しかし、臨床実習の内容・程度には大学間、診療科等間で格差があり、個々の診療科等で独立して実施されている状況も見られ、診療参加型臨床実習への転換は必ずしも十分ではない。また、共用試験の導入後も、医師国家試験で引き続き基礎的能力を含む知識・技能が問われ、特に6年次の教育が受験対策に追われ、臨床実習が形骸化し、基本的な診療能力が十分身に付かず、さらに、卒業後の将来像をしっかりと見通すことができないとの指摘がある。
臨床実習は、単なる技能の習得ではなく、直接に患者と接しながら診療に関する思考力(臨床推論)や判断力等の習得を目的とするものである。その基盤には、患者の全人的理解や、明日の医療を担う使命感、患者をはじめチーム医療の構成員とのコミュニケーション能力などが必要であるが、医療の高度化等に伴う教育内容の増大で、専門教育の早期化が生じている。
モデル・コア・カリキュラムは、生物学等の基礎科学教育に関する準備教育モデル・コア・カリキュラムと併せ、全体の3分の2程度の時間数(単位数)を想定し、卒業までに習得すべき最低限の内容を明記したものである。しかし、教育内容がかなり規定され、各大学の特色や学生の将来の進路に応じた多様な教育が展開されず、特に、基礎医学教育の軽視が憂慮される。
さらに、臨床系教員の多忙化は、指導医の監督の下で学生が患者と接する機会の提供にも影響を与えるとともに、厳しい環境にある診療科等への進路選択に相当な影響を与えていることは否めない。
本検討会としては、こうした状況を踏まえ、卒前・卒後教育を一貫して見通した医学教育の改善の方向性として、
を柱に、施策の方向性と講じられるべき方策を以下に示す。
【方向性】
臨床実習を系統的・体系的に充実させ、診療チームの一員として、患者に接し、診断・治療の判断ができる基本的な能力や医療人としての基本的姿勢を確実に身に付けるとともに、自らの将来のキャリアを明確に見通すことができるようにする
【方 策】
1 大学設置基準の改正等により、5・6年次等に、客観的に能力・適性が評価された医学生が患者の協力を得て診療に関わる臨床実習として必要な最低単位数(例えば50単位)を法令上明確化し、一定の診療能力の習得を確保する。
2 総合的な診療能力の基礎を育成する臨床実習を系統的・体系的に充実するため、以下のような視点からモデル・コア・カリキュラムの改訂を行う。
3 侵襲的医行為等を実施する前提となる診療技能の向上のため、シミュレーション教育に関する教育資源の共同利用を推進する。
4 臨床実習などの臨床教育全体の総括責任者を置くとともに、臨床教育に関わる学外機関、臨床教授、チーム医療に関わる職種も参加し臨床教育を企画・調整を行う委員会などを設け、診療科等の単位を超えた体系的な指導体制を確立し、学外の医療機関や保健所、学会等と連携し臨床教育の充実を図る。
【方向性】
入学者選抜、医学教育、卒後教育を一貫した明確な理念の下、地域医療機関等と連携し、多様な現場に触れ、患者や地域の人々に接し実感させる機会を系統的に設け、患者等から信頼されるコミュニケーション能力や、地域の医療を担う意欲、使命感を高める
【方 策】
1 卒前・卒後教育、生涯教育を一貫して担う大学が、地域医療に関する教育や地域医療との連携に関する全学的な体制の下で、地域の医療機関や関係地方自治体、医師会等と一体となって、卒前・卒後教育を一貫して見通し、地域全体で医師を養成・確保するシステムの構築を推進する。
2 地域の医療を担う意欲と使命感を持った医師を育てるため、以下のような視点からモデル・コア・カリキュラムの改訂を行う。
3 医師確保のための奨学金制度等を有する都道府県等と連携し、地元或いは全国から地域医療に従事する明確な意思や資質をもった者を対象とした入学者選抜枠(地域枠)の設定や、医師不足が深刻な地域や診療科の医師を養成する重点コースの設定などの取組を一層促進する。
4 求める学生像や医学教育を受けるために必要な水準等を示した個性ある入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)を明確にし、時間をかけたきめ細かい面接や社会福祉施設等でのボランティア活動などの考慮を通じて、医師としての資質や目的意識、意欲等を重視した選抜を推進する。
【方向性】
基礎と臨床の有機的連携により、進展著しい生命科学や医療技術の成果を生涯を通じて学び、常に自らの診断・治療技術等を検証し磨き続け、日々の診療の中で患者や疾患の分析から病因や病態を解明するなどの研究マインドを涵養する。
【方 策】
1 まとまった期間研究に関わり、論文やレポートなどを発表させるなど研究者養成を目的とした重点コース、MD-PhDコース等の設定や、研究室配属など実際の研究に携わる機会の拡充を一層推進する。
2 研究マインドの涵養のため、以下のような視点からモデル・コア・カリキュラムの改訂を行う。
【方向性】
共用試験、医師国家試験それぞれが整合性をもって各段階で求められる能力を適正に評価し、臨床実習をはじめとする学習成果を生かす多面的な評価システムを確立する。
【方 策】
1 5・6年次等に臨床実習を行う医学生の能力・適性を客観的に評価する共用試験の位置付けを明確にし、統一的な合格基準を設定し、患者の診療に携わる臨床実習を行う医学生の適正な評価を担保する。その上で、合格者に一定の証明書を発行することにより、医学生の自覚や意欲、患者や国民の理解を高める。
2 前記の共用試験の見直しによる適正な評価を前提に、医師国家試験が、臨床能力を適切に評価できるものとなるよう強く求める。また、各大学における臨床技能評価の実施等により、臨床実習を質量ともに向上させる。
3 全学的に効率的な実習等の実現のため、卒業時や臨床研修の到達目標との整合性や臨床実習段階で可能な医行為を考慮し、各段階で必要な実習内容や技能等の実施履歴や評価を記録・蓄積できるシステムを構築し、卒業認定や臨床研修の採用選考時に積極的に活用する。
4 多様な医療現場に触れ、様々な職種と協働し、患者と接する実習等の評価に、こうした実習等の指導に携わった学内外の他職種関係者や患者なども加わり、特に医療人としての基本的姿勢やコミュニケーション能力などに関する評価を多面的に行う。
【方向性】
臨床実習の充実など医学教育の改善の実現のため、地域医療機関や関係地方自治体等との連携を深めながら、教育、研究、診療を担う大学教員の勤務環境を改善し、指導体制を強化する。
【方 策】
1 医学部と附属病院が一体となって担う臨床教育の充実に対応し、大学設置基準に定める最低必要教員数の拡充を検討する。
2 医師不足が深刻な診療科等の医療の環境整備や医療補助職員の配置などによって教員の勤務環境を改善する。
3 卒前・卒後教育を一貫して、大学が、地域の医療機関や関係地方自治体、医師会等と一体となって、臨床教授制度も活用しながら、地域の多様な機関で経験を積みながらキャリアを高める医師養成システムの構築を支援する。
4 教員の評価や人事において、教員の教育・研究・診療における役割に応じて、研究業績のみならず、教育及び診療能力を適切に評価する。
本検討会は、文部科学省と厚生労働省合同による臨床研修制度のあり方等に関する検討会の提言などを踏まえた卒前の医学教育の改善の方向性について検討を重ねてきた。
平成22年度からの新たな臨床研修制度の実施を控えた今日は、各大学にとって、卒前・卒後教育、生涯教育を一貫して見通した教育の姿を示す極めて重要な時期にあり、大学等の医学教育関係者においては、本提言に基づく改革に直ちに着手し、医学教育の改革に不断に取り組むことを強く要請する。
また、本報告の内容には詳細な検討を要する事項も多く、下記のように、速やかに検討に着手されることを強く望む。
【モデル・コア・カリキュラムの改訂】
本報告で取り上げたモデル・コア・カリキュラムの改訂に関する事項、実習履歴記録システムの構築については、「モデル・コア・カリキュラムの改訂に関する連絡調整委員会」の下で、専門的な検討が速やかになされることを求める。
その際、全体を通じて各大学の個性を生かした特色ある教育が一層推進されるよう、単に指摘事項を追加するのみでなく、実習履歴記録システムとの役割分担を明確にし、到達目標や症例等の示し方を見直すべきである。
【大学設置基準等の改正】
本報告で提言された事項のうち、大学設置基準の改正が必要となるものについては、中央教育審議会において速やかに検討が開始されることを望む。
【卒前・卒後の医師養成を一貫して見通した検討】
医師の養成に関しては、モデル・コア・カリキュラムや共用試験のみならず、医師国家試験や臨床実習における医行為の取扱い、臨床研修を含め、卒前・卒後教育を一体的に捉えた検討が不可欠であり、一連の報告を踏まえ、文部科学省・厚生労働省が緊密に連携し改革の進捗を検証する場が設置されることを強く望む。
平成21年1月27日
高等教育局長裁定
臨床研修制度の見直し、医師不足への対応など医学教育をめぐる状況を踏まえ、医学教育のカリキュラムに関する専門的事項について検討を行う。
平成21年2月1日から平成22年3月31日までとする。
本会議に関する庶務は、高等教育局医学教育課において処理する。
◎ 荒川 正昭 新潟県健康づくり・スポーツ医科学センター長
飯沼 雅朗 日本医師会常任理事/蒲郡深志病院長
石川 雅彦 国立保健医療科学院政策科学部長
今井 浩三 札幌医科大学長
小川 彰 全国医学部長病院長会議会長/岩手医科大学長
北村 聖 東京大学医学教育国際協力研究センター教授
水田 祥代 九州大学副学長
田中雄二郎 東京医科歯科大学附属病院総合診療部長
辻本 好子 NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長
寺尾 俊彦 浜松医科大学長
名川 弘一 東京大学医学系研究科教授
奈良 信雄 東京医科歯科大学医歯学教育システム研究センター長
伴 信太郎 日本医学教育学会会長/名古屋大学医学部附属病院教授
平出 敦 京都大学大学院医学研究科医学教育推進センター教授
平野 俊夫 大阪大学大学院医学系研究科長・医学部長
○福田康一郎 社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構副理事長
南 砂 読売新聞東京本社編集委員
吉田 素文 九州大学医療系統合教育研究センター教授
吉村 博邦 地域医療振興協会顧問/学校法人北里研究所理事
計 19名
杉野 剛 厚生労働省医政局医事課長
※50音順・敬称略
(◎座長、○副座長)
企画係
電話番号:03-5253-4111(内2509)