参考資料5 「確かな臨床能力を備えた歯科医師養成方策」(平成21年1月30日歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議 第1次報告)

歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議 第1次報告
~確かな臨床能力を備えた歯科医師養成方策~

 平成21年1月30日
歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議

目次

  • はじめに
  • 歯科医師としての必要な臨床能力の確保
  • 優れた歯科医師を養成する体系的な歯学教育の実施
  • 歯科医師の社会的需要を見据えた優れた入学者の確保
  • 未来の歯科医療を拓く研究者の養成
  • おわりに

はじめに

歯・口腔は生命活動を支える「食」に不可欠な器官であり、さらに、味覚や発音、表情づくりなど人が生きる上で重要な役割を果たしている。歯・口腔の健康に対する国民の意識は高く、近年の歯科医療の進展と相まって、国民の歯・口腔の健康状態は着実に向上している。

こうした歯・口腔の治療と健康を担う歯科医師を養成する歯学教育については、歯科医療の高度化や専門分化、歯科医療ニーズの多様化の進展によって教育内容が増大するとともに、歯科医師国家試験の難化が指摘される中で6年次を中心とした教育が受験対策に陥る傾向が見られる。これに加え、大学病院の歯科の患者数の減少や患者の意識の変化により臨床実習に協力を得られる患者の確保も困難になる中で、肝心の臨床能力を習得させる臨床実習の時間数が減少し、卒業時の臨床能力の格差が指摘されている。

また、大学全入といわれる大きな環境変化に加え、歯科医師の過剰に伴うキャリアの魅力の低下も指摘される中、これまでのような優れた資質能力を備えた入学者の選抜が困難な大学も出てきており、さらに、医学部入学定員の増員の影響もあり、入学者の資質能力の低下や格差が強く懸念されている、今日の状況を放置すれば、卒業時の臨床能力の低下や国家試験合格率の低下を加速させ、さらに、入学者の確保はもとより、学生が歯科医師となる際の就業環境の悪化、歯科医療の信頼性に関わる深刻な事態も憂慮される。

歯科医療は、高度な技術と細密な作業を要し、質の高い歯科医療を求める国民の要請は強く、こうした国民の要求に十分応え得る臨床能力の確保向上は待ったなしの課題である。本協力者会議は、こうした観点から、国民から信頼される確かな臨床能力を備えた歯科医師を養成する質・量共に適正な歯学教育を目指し、検討を重ね、ここに一定の結論を得たので、第1次報告として公表するものである。

○歯科医師として必要な臨床能力の確保

歯学教育に関しては、モデル・コア・カリキュラム の作成を通じて診療参加型の臨床実習 の強化を図るとともに、診療参加型臨床実習開始前の標準評価試験(共用試験 )を導入するなど、歯科医師となる者の資質能力の向上に向けた取組みが進められてきた。

しかし、特に臨床実習に関しては、講座や診療科の個々の指導教員の影響が強く、大学としての組織的・体系的な到達目標の設定や成績評価の実施等が十分なされているとはいえない。また、歯科の大学病院は、臨床実習・研修の実践の場としての性格が医科と比較しても強いが、臨床実習に適した一般的な疾患の患者が少ないことに加え、患者の意識の変化から臨床実習への協力が難しくなってきていることもあり、臨床実習の内容も、学生自身が実際の歯科医療に携わらない見学型にとどまる傾向が見られる。

さらに、歯科医師として必要な知識・技能については歯科医師国家試験 を通じて一定の水準確保が図られるが、客観式筆記試験という性格上、実際の臨床実習を通じた経験より受験対策としての知識の習得に重きがおかれ、試験の難化も指摘される中、受験対策に追われ、臨床実習の時間数の減少が見られる。

 国民から信頼される優れた歯科医師の養成という基本的使命を果たし、国際的通用性を持った歯学教育の学位の質を保証するためには、実際の歯科医療に携わり歯科医行為を行う臨床実習が世界的趨勢であることを踏まえ、卒業時までに必要な臨床能力を確実に習得させ、その質を保証するシステムを確立する必要がある。このため、以下の取組みがなされるべきである。

  1. 各大学は、臨床実習の到達目標を明確にした上で、各科目の成績評価の基準の明示を徹底するとともに、臨床実習終了時のOSCE(客観的臨床能力試験)の実施等により、歯科医師として必要な臨床能力の評価を行う。その際、評価の客観性、公正さを確保する観点から、国として全国的な標準評価項目を提示するとともに、歯科医師国家試験における臨床能力の評価についての検討に努める。
  2. 国は、卒業時・臨床研修開始時に必要な臨床能力の到達レベルを明確にするとともに、卒業時までに必要な臨床実習項目について、学生の実施履歴が記録できる共通フォーマットを作成し、臨床実習終了時OSCEと共に、臨床研修歯科医の採用等に積極的に活用する。
  3. 国は、歯科医師となるために不可欠な診療参加型臨床実習の単位数の明記など、臨床実習の制度的位置付けの明確化を検討する。
  4. 歯科医行為を伴う診療参加型の臨床実習を行う学生の能力や適性を担保する観点から、国及び共用試験実施評価機構は、各大学の協力を得て、共用試験の統一的な合格基準の設定を検討する。また、臨床実習に対する患者や社会の理解と協力が得られるよう、共用試験の役割・意義の情報発信に努めるとともに、合格者に対する証明書の発行を検討する。
  5. 国・各大学は、歯学教育の実践の場としての大学病院の意義や学生が診療に携わることについて国民の理解と同意を得るために積極的に取り組むとともに、国としてこうした病院の機能の適切な評価に努める。また、基本的な臨床能力の習得など多様な症例の経験を通じて臨床実習を充実する観点から、各大学は関連教育病院としての学外の歯科医療機関の活用に努める。
  6. 上記の臨床実習を充実し、その評価の期間を十分に確保する観点から、共用試験の内容との重複を避けるべく歯科医師国家試験の出題基準を検討するとともに、臨床研修に係るマッチングの時期を遅らせるなど、適切な配慮を要請する。

○優れた歯科医師を養成する体系的な歯学教育の実施

 現行5・6年次を中心に実施されている臨床実習は、単なる技能の習得ではなく、直接に患者と接しながら医療現場で必要とされる診断及び治療等に関する思考力(臨床推論)等の習得を目的とするものである。こうした臨床能力の習得は、病態や診療に係る広範な知識に加え、患者の全人的理解や患者との適切なコミュニケーション能力などを含む広範な歯学教育の内容を基盤とするものであるが、歯科医療の高度化や歯科医療のニーズの多様化に伴い教育内容が増大する中、基礎・臨床の専門教育の早期化が生じている。

 前記の歯学教育モデル・コア・カリキュラムは、生物学等の基礎科学教育に関する準備教育モデル・コア・カリキュラムと併せ、歯学教育全体の6割程度を想定し卒業までに習得すべき最低限の内容を明記したものである。しかし、これに準拠する共用試験への対応から、歯学教育の幅の広さや特色が薄らいできているとの指摘があり、また、共用試験を境に座学と実習が分かれる傾向にある。

 歯科医療の高度化や歯科医療ニーズの多様化、少子高齢化の進展など、歯学教育を取り巻く環境が大きく変化する中、今後の歯学教育には、歯科医師として必要な基本的内容を確実に習得させつつ、こうした環境変化を見据えた特色ある教育が体系的に実施される必要がある。このような観点から以下の取組みが必要と考える。 

  1. 各大学は、基礎と臨床、座学と実習の有機的な連携が図られた順次性のある体系的な教育課程の編成を徹底するとともに、成績評価や進級判定を厳格に行う。そのために、講座や専門分野の壁を越え歯学教育全体を通した体系的な教育課程の編成に当たる専門の教員の配置を進めるとともに、教員相互の共通理解や意識改革、臨床研修の指導の経験も生かした臨床教育能力の開発などのための組織的な取組(ファカルティ・ディベロップメント)の充実を図る。
  2. 国は、上記の体系的な教育課程の全学的な実施を促す観点から、歯学教育モデル・コア・カリキュラムを見直す。その際、体系的で段階的な臨床実習の実施を促す観点から、同カリキュラム中の「臨床実習開始前までに習得すべき知識・技能」の示し方を見直す。
  3. 各大学は、特に侵襲的歯科医行為等を実施する前提となる診療技能の向上のため、シミュレーターやスキルスラボ、模型実習、相互実習などの充実を図る。そのために、これらシミュレーション教育に関する教育資源の共同利用を推進する。
  4. 臨床能力の中核をなす臨床推論能力の育成のためにも、各大学は、臨床実習のみならず、歯学教育全体を通して、学生が主体的に考える力を育成する課題発見・問題解決型の学習を充実する。
  5. 口腔と全身の関わりや高齢者、全身疾患を有する者等への対応、予防歯学、社会医学など今後の歯学教育を取り巻く環境の変化を見据えて、歯科医師国家試験に総合医学系領域を導入するなど、医学・医療との連携を含めた幅広い歯学教育の在り方について検討する。
  6. 知識、技能、態度ともに優れた歯科医師を養成する歯学教育の質を保証するための第三者評価の仕組みの導入について検討する。 

○歯科医師の社会的需要を見据えた優れた入学者の確保

 歯科医師とは高度な専門職であると同時に、人の命と健康を守る極めて高い社会的使命を有し、絶えず患者本位の立場に立って接する職責を担う者であり、基本的な学力のみならず、主体的に学ぶ力、コミュニケーション能力、誠実さ、責任感、倫理観や人の痛みを理解する心などの資質が求められる。

歯科大学・歯学部の入学者選抜に関しては、志願者数の減少傾向は見られるが、総じて言えば優れた入学者を確保し得る選抜機能を維持している。そうした中で、一点刻みの激しい競争と偏差値による大学の序列構造が依然として存在する一方、この数年間に、入学定員未充足となる大学や、入学志願者が著しく減少し、或いは合格者数を急速に増加させるなど入試の選抜機能が大きく低下する大学 も存在し、入学者確保を巡る状況が2極化する傾向が見られる。

 また、歯科大学・歯学部の入学定員に関しては、昭和57年の閣議決定を受けた厚生省の歯科医師需給に関する検討会報告書(昭和61年)において、歯科医師の新規参入を最小限20%以上削減すべきとされたことを踏まえ、入学定員の削減が行われた。その後、平成10年の厚生省の需給検討会において10%程度の削減が提言されたものの、平成10年度以降の入学定員の削減は2%程度にとどまっており、また、歯科医師の地域的集中の状況も見られることから、歯科医師の過剰感は今後さらに増すと見込まれている。こうした中で、臨床実習に必要な患者の確保が十分にできないことによる学生の臨床能力の低下に加え、歯科医師という職業の魅力の低下から志願者の減少を招くなど、歯学教育全体に様々な影響を与えている。

 歯科医師となるための能力や適性を備えた優れた入学者の確保は、国民に信頼される優れた歯科医師を輩出する上の基本であり、入学者選抜の工夫に加え、歯科医師に関する将来の社会的需要を見据えて優れた入学者を確保、養成し得る適切な規模を維持する必要がある。このような観点から以下の取組を求めたい。

  1. 各大学は、求める学生像や歯学教育を受けるために必要な水準等を示した入学者受入れ方針(アドミッション・ポリシー)を明確にし、入学志願者数、受験者数、合格者数、入学者数等の入試に関する情報や教育研究に関する情報とともに、インターネット等を通じて広く公開する。
  2. 各大学は、優れた資質能力を有する入学者の確保のため、歯科医師として必要な基礎学力の検査はもとより、面接の充実をはじめ、高等学校との連携強化、ボランティア活動の評価などを通じ、入学志願者の適性、目的意識、コミュニケーション能力等を見極める実効ある入試の更なる工夫に取り組む。
  3. 各大学は、成績が不振な者に対しては、きめ細かな履修指導や学習支援を行った上で、歯科医師としての適性等に欠ける者に対しては、比較的早い時期に進路変更を勧めるなど適切な指導を行う。
  4. 1 入試の選抜機能が低下し優れた入学者の確保が困難な大学、
    2 歯科医師国家試験合格率の低迷する大学、
    3 学生に対する臨床実習に必要な患者数の確保が困難な大学、
    4 留年(修業年限超過)の学生の多い大学などは、安易な入学者数の確保を優先するのではなく、歯科医師の社会的需要を見据えて、学生が将来歯科医師として活躍し得るかなどの将来性を考え、入学定員の見直しを検討する。

○未来の歯科医療を拓く研究者の養成

 未来の歯科医療を拓く歯科医学の発展の基礎は、歯学に携わる者一人ひとりが、広く生命科学、医学、歯科医学の基礎を基盤として、常に自らの診断・治療技術等を検証し磨き続ける意欲や態度にあり、学部教育の初期の段階から、こうした研究マインドの育成に取り組むことが求められている。

 生命科学の進展や歯科医療の高度化が著しい今日の歯科医学研究にあっては、患者や疾患のきめ細かな分析を基礎研究に結びつけ病態メカニズムを解明し、また、基礎研究の成果を病気の診断や治療の実践につなげるなど、基礎と臨床が有機的に融合された研究が求められる。こうした研究者養成については、国立大学を中心とした歯学系大学院が重要な役割を担っているが、現状では基礎歯学と臨床歯学の間の溝は依然否めず、また、研究者としてのキャリアパスを描きづらいことが指摘されている。さらに、臨床研修修了後数年の診療を経て大学院へ入学する医学と比べ、臨床研修修了直後の入学の多い歯学には、臨床経験が不足し、患者の診療の知見から研究を深める患者研究や疾患研究が不十分であると指摘されている。

 このような状況を踏まえ、未来の歯科医療の発展を担う研究者の養成のため、以下の取組がなされるべきである。

  1. 各大学は、学部教育のあらゆる機会を通じて研究マインドの育成に努める。そのためにも、研究室配属など実際の研究に携わる機会の拡充に取り組む。
  2. 歯学系大学院については、基礎・臨床を問わず未来の歯科医療を拓く研究者の養成と、臨床の発展を目指す研究能力を備えた歯科医師の養成という人材養成の目的に応じ、自らのビジョンと教育内容を明確にし、組織的かつ体系的で魅力ある大学院教育を提供する。
  3. 我が国の歯学研究を牽引する国際的にも優れた若手研究者を養成していくために、各大学の連携により教育研究資源を効率的に活用し、個々の大学の枠を超えたキャリアパスの確保と国際的な協力体制の図られた卓越した教育研究拠点の形成を国として支援する。

おわりに

本協力者会議は、国民から信頼される確かな臨床能力を備えた歯科医師の養成について議論を重ねてきた。今後は、今回の提言を踏まえた各大学や関係機関の取組状況をフォローアップするとともに、第3者評価の導入をはじめとする歯学教育の質保証の方策等の課題について引き続き議論を行う。

歯科大学・歯学部をはじめとする歯学教育関係者においては、本提言に基づく改革に直ちに着手し、歯学教育の改善に不断に取り組むことを強く要請する。文部科学省においては、この提言を踏まえ、各大学の現状と改善計画を把握するとともに、必要な改善を推進することを強く求める。

また、歯科医師の養成に関しては、モデル・コア・カリキュラムや共用試験のみならず、国家試験、臨床研修を含め、卒前・卒後教育を一体的に捉えた検討が不可欠であり、今回の提言を踏まえ、文部科学省・厚生労働省が緊密に連携し専門的な検討の場の設置がなされることを強く望む。 

 

歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議について

平成20年6月30日
高等教育局長裁定

1.目的

大学の歯学教育の改善、充実に関する専門的事項について調査研究を行い、必要に応じて報告を取りまとめる。

2.調査研究事項

(1)学部及び大学院における歯学教育の改善・充実について
(2)資質の高い歯科医師養成の在り方について
(3)教育研究病院としての大学附属病院の在り方について
(4)教育研究の在り方について
(5)その他

3.実施方法

(1)別紙の協力者により調査研究を行う。
(2)必要に応じ、小委員会を設置して検討を行うことができるものとする。
(3)必要に応じ、関係者からの意見等を聴くことができるものとする。

4.実施期間

平成20年7月1日から平成22年3月31日までとする。

5.その他

本会議に関する庶務は、高等教育局医学教育課において処理する。

 

歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議名簿

江藤一洋

東京医科歯科大学名誉教授
社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構副理事長 

江里口彰

日本歯科医師会常務理事

葛西一貴

日本大学松戸歯学部教授

金子譲

東京歯科大学学長
日本私立歯科大学協会副会長

北村聖

東京大学医学教育国際協力研究センター教授

古谷野潔

九州大学歯学部教授

中原泉

日本歯科大学理事長・学長
日本私立歯科大学協会会長

福田仁一

九州歯科大学理事長・学長

福田康一郎

千葉大学名誉教授
社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構副理事長

前田健康

新潟大学歯学部長

前野一雄

読売新聞東京本社編集委員

俣木志朗

東京医科歯科大学教授

米田俊之

大阪大学歯学部長

計13名

〈オブザーバー〉

日髙勝美 厚生労働省医政局歯科保健課長 

※ 五十音順(敬称略)
平成20年11月25日現在

お問合せ先

高等教育局医学教育課

企画係
電話番号:03-5253-4111(内2509)