今後の育英奨学事業の在り方について

平成9年6月1日
文部科学省 

 

 目  次


    はじめに 

1. 育英奨学制度の改善の基本的考え方 
  (1)育英奨学事業をめぐる状況とそれに対応した改善の方向 
  (2)育英奨学制度の改善 
  
2.大学院の奨学金の充実 
  (1)大学院の奨学金の充実
  (2)博士課程について
  (3)修士課程について

3. 返還免除制度の見直し 
  (1)返還免除制度の見直し
  (2)教育職の返還免除制度について
  (3)研究職の返還免除制度について

4.学部学生等に対する奨学金の充実 
  (1)学部学生等に対する奨学金の充実
  (2)予約採用の必要性
  (3)奨学生の在学者採用枠の配分の見直し

5. 学生・生徒の多様化に対応した育英奨学制度の弾力化 
  (1)学生・生徒の多様化や生涯学習ニーズへの対応
  (2)学生・生徒の多様な能力の評価について
  (3)奨学金の支給方法の多様化について
  (4)生涯学習ニーズに対応した奨学金制度について

6. 育英奨学事業の運営等の改善 
  (1)高等学校奨学金の在り方について
  (2)返還回収業務の充実について
  (3)日本育英会の組織・運営体制の改善

7.その他 
  (1)公益法人等の育英奨学事業について
  (2)大学等における相談業務の充実について

はじめに 

  近年、学術研究の高度化や高度な専門的な知識・能力を持つ人材養成のため、大学院の整備充実が進んでおり、科学技術基本計画(平成8年7月閣議決定)等において大学院学生に対する奨学金の充実が求められている。
  また、高等教育への進学意欲の高まりの中で、高等教育の規模が拡大し、そこに学ぶ学生の能力・適性も多様化してきている。高等教育の将来構想についての大学審議会答申(平成9年1月)では、このような進学意欲の高まりを積極的に受け止める必要があると指摘しており、育英奨学事業においても、貸与人員等の充実や学生・生徒の多様化に対応した制度の改善を図っていくことが求められている。
  一方、総務庁の行政監察結果に基づく勧告(平成7年6月)や財政制度審議会特別部会報告(平成8年10月)にみられるように、現下の国の財政事情等を踏まえて、育英奨学事業の見直しを求める指摘もなされている。
  本調査研究会は、このような諸般の状況を踏まえ、平成8年5月から、今後の育英奨学事業の在り方について、関係団体からの意見聴取などを含めて調査研究を行ってきたが、このたび、その結果を以下のとおり、取りまとめたので報告する。


                  今後の育英奨学事業の在り方について


1. 育英奨学制度の改善の基本的考え方
(1)育英奨学事業をめぐる状況とそれに対応した改善の方向
(a)我が国の育英奨学事業は、優れた学生・生徒であって、経済的理由により修学困難な者に対して、奨学の方法を講じることにより、教育の機会均等の確保を図るとともに、国家社会に有用な人材の育成に資することを目的として、その充実が図られてきた。
    我が国の育英奨学事業のうち、国による育英奨学制度は、日本育英会により実施されており、その事業規模は2,538億円(平成9年度)で、我が国の育英奨学事業全体の奨学金支給総額の約73%(平成7年度調査)を占めており、我が国の育英奨学制度の根幹をなしている。
(b)日本育英会による育英奨学事業については、事業実施当初から無利子貸与制度により実施されその拡充が行われてきたが、国の厳しい財政事情の中で、一方では育英奨学事業の質的充実を図るとともに、他方では特に高等教育の量的拡大に対応した規模の拡充を図るため、昭和59年には、無利子貸与制度を国による育英奨学制度の根幹としてその改善を図りつつ、外部資金の導入による有利子貸与制度を大学、短期大学に新たに導入するという制度改正が行われた。その後も、平成6年度には大学院学生の増加に対応し大学院修士課程に、平成8年度には専修学校の需要に対応し専修学校専門課程に、有利子貸与制度を導入する等の改善が図られたところである。
(c)我が国の高等教育については、高等教育の普及と学生の能力・適性の一層の多様化、学術研究の進展に対応した研究者養成ニーズの高まり、社会・経済の変化に対応した高度専門職業人養成ニーズの高まり、生涯学習ニーズの高まりへの対応が求められており、特に、近年の次のような状況の変化に対応した育英奨学制度の改善が求められている。
  ア.大学院の研究者・高度専門職業人の養成への対応
      大学院については、学術研究の高度化に対応した研究者養成や社会の構造変革の進行に対応した高度専門職業人の養成機能等の強化が求められており、量的にも質的にも飛躍的な充実が求められている。例えば、平成8年7月の「ポストドクター等1万人支援計画」を盛り込んだ科学技術基本計画(閣議決定)や、平成8年7月の学術審議会建議「21世紀に向けての研究者の育成・確保について」等により、研究者の養成・確保が、我が国が科学技術創造立国として存立するための最優先課題とされ、大学院に優秀な学生を誘致するための経済的支援の充実が緊急の課題となっている。
      日本育英会の奨学金は大学院を目指す学生に対する経済的支援措置として大きな役割を果たしてきており、大学院学生に対する育英奨学事業の一層の充実を図ることがこれまで以上に強く求められている。
  イ.大学学部等への進学意欲の高まりへの対応
      大学学部等への進学率は年々上昇しており、高等教育の将来構想に関する平成9年1月の大学審議会答申でも、高等教育機関への進学意欲の高まりは、職業その他社会生活に必要な知識・技術の高度化や、より豊かで文化的な生き方が追求されていくこと等を背景に、今後とも継続するものと考えられ、今後の高等教育の方向を考えるに当たっては、このような高等教育機関への進学意欲の高まりを積極的に受け止めていく必要があると指摘している。
      一方、学生生活費のうち授業料についてはここ15年間で国立大学学部で約2.5倍、私立大学学部平均で約2.1倍と大きな上昇を示しており、授業料等の学費と食費や住居費等の生活費を合計した学生生活費についても、約1.7倍の上昇となっている。また、家計負担に占める教育費の割合も上昇傾向にある。今後、進学率が上昇することになると新たに大学学部等に進学することになる層は、従来の進学層に比べ相対的に所得が低いことが考えられることも考慮すると、進学の意欲と能力をもつ学生に対する経済的支援策としての育英奨学事業の充実は大学学部等の段階においても質的にも量的にもますます重要となってくることが予想される。
      また、日本育英会の奨学生の採用方法には、大学等に進学する前にあらかじめ奨学生への採用を予約する予約採用と、大学等への進学後に在学者から奨学生を採用する在学採用とがあるが、現在は、在学採用が大きな割合を占めている。大学等への進学の希望を持つ者が安心して進学のための勉学に取り組めるようにするという観点からは、予約採用に比重を置いた拡充が必要であると考えられる。
  ウ.学生・生徒の多様化への対応
      高等教育機関への進学意欲の高まりや、社会の多様化等により、今後、学生等の能力、適性は一層多様化するものと考えられる。また、大学入学者選抜においても各大学の目的・特色や特性に応じた、学力検査の結果のみに偏しない多面的な評価を行うことが求められている。このため、奨学生の採用に際しても、学力基準の弾力的な運用を可能とすることや、あるいは、学力基準より家計の収入基準に重点を置いた運用の必要性が指摘されるなど、学生・生徒の多様化に対応した育英奨学事業の在り方について検討することが求められている。
      また、生涯学習ニーズの高まりにこたえ、高等教育は、伝統的進学年齢層の学生のみならず、幅広い年齢層の人々が学習できる場へと、より開かれたものとなることが求められており、産業構造の変化や国際化、情報化の進展等に伴い、高度で最新の専門的知識・技術について再教育する場としての高等教育機関の重要性が高まっている。このため、育英奨学事業についても、高等教育機関の生涯学習の場としての機能の高まりに対応した在り方について検討することが求められている。
  エ.厳しい財政状況等への対応
      現在、我が国の財政は極めて厳しい状況にあり、国の政策全般の構造的な改革が求められている。社会システムの基盤である教育についても、行政改革、財政構造改革、経済構造改革等の改革と一体となって国民の期待に応える改革を実行することが求められている。育英奨学事業に関しても、このような状況の中で、公的資金の効率的な運用を図るための制度の見直し等、限られた財源を効率的に活用しつつ、社会の変化に対応した事業の改善・充実を図っていく必要がある。

(2)育英奨学制度の改善
    育英奨学事業をめぐる上記のような状況とそれに対応した改善の方向についての基本的考え方を踏まえ、次の項目を中心に、今後、育英奨学制度を改善していく際の方向を示すものとする。
    ア. 大学院の奨学金の充実
    イ.返還免除制度の見直し
    ウ. 学部学生等に対する奨学金の充実
    エ.学生・生徒の多様化に対応した育英奨学制度の弾力化
    オ. 育英奨学事業の運営等の改善
    なお、育英奨学事業については、国の行う育英奨学事業自体の基本的方向として「育英」的要素と「奨学」的要素のいずれを重視すべきか、大学院と大学等のいずれにどのような重点を置くべきか、あるいは、高等教育に対する公的助成の中の個人助成である育英奨学事業の在り方等の課題があり、今後高等教育全体の在り方についての検討も踏まえつつ、引き続き検討を進めることが望まれる。
  
2. 大学院の奨学金の充実
(1)大学院の奨学金の充実
    大学院の奨学金については、特に近年の大学院学生数の伸びに対応した充実が図られてきており、平成6年度と比較し平成9年度では無利子貸与について  は26.5%の人員増、平成6年度に導入された修士課程への有利子貸与については平成9年度で5.5倍の人員増となっている。しかしながら、大学院の量的拡大はこのような奨学金の伸びを上回るペースで進んでいる。平成3年度には大学審議会が大学院の量的整備について答申をしているが、その平成3年度の博士課程への貸与率(博士課程学生に占める日本育英会の奨学生の割合)が、60.5%であったのに対し、平成8年度では48.5%に、修士課程への貸与率は28.4%から24.2%に低下している。経済的に自立する年齢に達している学生にとって、大学院に進むための学費と生活費を他に求めることは大きな負担である。そのため、大学院学生については、大学院における研究者や高度専門職業人の養成需要の増大に対応した、育英奨学事業の充実を図る必要がある。

(2)博士課程について
  ア.博士課程学生については、将来の学術研究の中核を担うべき者として、また、高度な専門的知識・技術を有する職業人の中核を担うべき者として活躍が期待されており、経済的に安定した状態で勉学に専念できるようにするため、従来から給費制を導入することについて指摘がなされているところである。一方、i)近年の厳しい財政情勢の下で育英奨学制度の充実を図る必要があること、ii)現在、大学院学生については、卒業後に大学等の研究職や教育職に一定期間従事すると奨学金の返還が免除されるという返還免除制度が実施されており、博士課程学生のうち返還免除制度により結果的に給費制奨学金と同様の経済的支援を受けていることになる者が約50%になること、iii)
    現在、博士課程在学者についても日本学術振興会の特別研究員として月額約20万円の研究奨励費が支給され、実質的に給費制の奨学金に近い役割を果たしているが、平成8年度で博士課程在学者の約5%がその対象となっており、「ポストドクター等1万人支援計画」に基づき着実な増員が図られつつあること、を考慮すると、博士課程学生に対する一般的な経済的支援措置としての日本育英会の奨学金については、当面は貸与制を維持しつつ、貸与人員及び貸与月額の充実を図るとともに返還免除制度の弾力的運用を図っていくことが適当である。
  イ.また、大学院学生に対する経済的支援策として、リサーチ・アシスタント
    (RA)やティーチング・アシスタント(TA)等の制度も講じられている。
      RAは、博士課程学生がプロジェクト研究の支援などの補助的業務を行った場合に手当を支給するとともに、その過程で研究遂行能力を身につけさせることを目的として、平成8年度から新たに導入されたものであり、TAは教育上の補助業務に対して手当を支給し、将来、教員・研究者になるためのトレーニングの機会の提供を図ること等を目的とするものである。
      これらの制度は、基本的には特定の補助的な業務を行った場合に対する手当としての性格を有するものであり、今後も、日本育英会の奨学金と併せて博士課程学生の経済的支援措置として充実していく必要がある。
(3)修士課程について
  ア.修士課程学生も博士課程学生と同様、親の家計からの独立性は高く経済的支援への要請は強いが、貸与率は約24%となっている。また、博士課程学生に対しては、奨学金に加え、日本学術振興会の特別研究員等、研究者の養成支援の観点から各種の経済的支援措置が充実されつつあるが、修士課程学生に対する奨学金に加えた経済的支援措置としては教育上の補助業務に対するティーチング・アシスタント制度が主なものであり、その対象となる割合も博士課程学生に対して少数となっている。
      若手研究者支援のための博士課程学生を対象とした経済的支援措置につなげていく観点からも、修士課程学生に対する育英奨学制度の充実を図る必要がある。
  イ.この場合、修士課程については、その果たす役割・機能の多様性を考慮すると有利子制度の活用も含めた貸与人員の増を図ることが緊要な課題である。
      また、特に優れた修士課程学生に対しては、より多くの奨学金が受けられるような増額貸与制度など、複数段階の奨学金額の設定についても検討する必要がある。

3.返還免除制度の見直し
(1)返還免除制度の見直し
    日本育英会の育英奨学事業には、教育職及び研究職に就職した場合の返還免除制度が設けられており、学校教育分野及び学術研究分野に優秀な人材を確保する上で大きな役割を果たしてきたところである。また、特に大学院については返還免除対象者の割合も高く、研究者養成支援の観点からも、その弾力的な運用による積極的活用に対する要請も強い。一方、現下の厳しい国の財政状況の下で大学院の奨学金の充実を図るとともに、学部学生等に対する奨学金についてもその充実を図っていくためには、資金の効率的な運用を図ることが必要であり、日本育英会の育英奨学制度が本来貸与制であることを考慮すると、返還免除制度についても見直しを行い、以下のような措置を講じる必要がある。

(2)教育職の返還免除制度について
  ア. 教育職の返還免除については、明治時代からの師範学校の生徒を対象とした給費制度を受け継いだものであり、以来、学校教育という地道な分野に優秀な人材を確保するために大きな役割を果たしてきたところである。
      しかしながら、近年、公立学校教員等の採用選考試験の競争倍率は高く、児童・生徒数の減少を踏まえた今後の教員採用数の動向や一般公務員に比べて教員の給与が相対的に高いこと等を考慮すると、奨学金の返還免除制度が教員の人材確保の上で果たしている役割は薄れてきていると考えられる。
  イ. 一方、指導的立場に立ちうる高度の専門性を備えた教員の養成という観点等から近年積極的に修士課程の整備が図られており、大学院に対してはなお返還免除制度を維持する必要がある。さらに、大学進学率の上昇等社会の変化や、研究職についても大学院についてのみ返還免除の対象とされていること等を考えれば、今後、人材確保のための奨学金の返還免除の対象としては、大学学部段階ではなく、大学院段階とすることが適当であると考えられる。
  ウ. このため、教育職の返還免除制度については、大学院で貸与を受けた奨学金に係るものについては引き続き維持する一方、大学学部等で貸与を受けた奨学金に係る返還免除制度は廃止することが適当である。

(3)研究職の返還免除制度について
  ア. 研究職の返還免除制度は、大学院で受けた奨学金のみを対象とするものであるが、現在、若手研究者の支援制度の充実を図ることにより学術研究分野に優れた人材を確保することが緊要な課題であることから、研究職の返還免除制度は引き続き維持するとともに、社会の変化に対応して以下のような改善を行っていく必要がある。
  イ.特別研究員等の免除職への就職期限の延期について
      現在、若手研究者支援のため、「ポストドクター等1万人支援計画」に基づき、日本学術振興会・特別研究員のほか、理化学研究所・基礎科学特別研究員、科学技術振興事業団・科学技術特別研究員等の特別研究員等(以下単に「特別研究員」と言う。)の増員が図られている。これらの特別研究員制度は、概ね博士課程修了後の若手研究者を対象とするもので、2、3年程度、大学や国立研究機関等で特定の研究に従事し、自らの専門分野の研究を深めることを目的としている。
      特別研究員の研究期間終了後、大学や国立研究機関に就職する者が多いが、日本育英会の返還免除制度は、大学院修了後原則として1年以内に免除職に就職することが条件とされているため、就職期限の延期が認められている日本学術振興会・特別研究員を除き、特別研究員として2、3年程度、研究に従事すると就職期限が過ぎてしまい、その後免除職に就いた場合でも返還免除制度の適用を受けることができない。若手研究者の支援という「ポストドクター等1万人支援計画」の趣旨からも、これらの特別研究員について免除職への就職期限の延期を認め、特別研究員として研究に従事した後に免除職に就職した場合にも返還免除制度の対象としていくことが適当である。
  ウ.返還免除の弾力的な運用について
      日本育英会の返還免除制度は、教育職又は研究職に、原則として1年以内に就職し、継続して5年以上勤務することを条件としている。就職期限はより優秀な人材を早期に確保するために、在職期間は免除を受けるためには一定期間各分野において貢献することが必要であるとの考えに基づき設定されているものである。このうち、在職期間については、返還免除額が相当多額にのぼること、奨学資金の効率的な運用が必要であることを考慮し、昭和62年に、従来2年間であったものを現行の5年以上へと改正した経緯がある。
      現在、大学教員や研究者はキャリア形成の過程での流動化が進んでおり、研究者については、今後「ポストドクター等1万人支援計画」の推進によって、ポストドクター段階のフェローシップが一層広がり、若手研究者を中心に流動性が高まっていくものと考えられる。また、大学教員についても、大学における教育研究の活性化のため、任期制の導入の提言もなされており、今後その流動性は高まっていくものと考えられる。
      このような大学教員や研究者のキャリア形成の流動化に対応し、今後、就職期限や在職期間の弾力化等、研究職に対する返還免除制度の運用の在り方について検討することが必要であると考えられる。
  エ.返還免除制度における指定研究所等について
      現在、返還免除の指定対象となる研究所等は、国公立、特殊法人立、民法法人立のものに限られている。返還免除制度の対象とするためには、対象機関の業務が、広く国民一般の利益の増進に寄与することを目的とするものである必要があること、日本育英会の奨学金は本来貸与制であり、返還免除制度は限定的に運用する必要があること等から、指定研究所等の対象範囲を拡大することは適当ではないと考えられる。なお、返還免除の対象となる研究所等の指定基準については、より一層制度の趣旨に沿った運用が可能になるよう適宜その見直しを検討する必要があると考えられる。
  
4.学部学生等に対する奨学金の充実
(1)学部学生等に対する奨学金の充実
    大学学部等における貸与率は、10年前の昭和61年に12.4%であったものが、平成8年度には10.4%となっており減少傾向にある。採用率(奨学金出願者に占める採用者の割合)も平成8年度では約66%となっており、希望しながら貸与を受けられない者もなお多い状況にある。また、前述のように大学学部等への進学意欲の高まり、学生生活費の上昇や家計に占める教育費の上昇等を考慮すると、大学学部等についても育英奨学制度の量的充実と併せて質的充実を図る必要がある。この場合、大学学部等の段階の今後の育英奨学事業の整備の在り方としては、予約採用に比重を置いた運用や、国公私立間の採用の差という現状の改善、有利子制度の活用にも配慮しつつ、その充実を図る必要がある。
    
(2)予約採用の必要性
  ア. 現在、日本育英会の奨学生の採用方法としては、大学学部等への進学前に奨学金の支給を予約し、進学後4月から奨学金の支給を行う予約採用と、進学後の学校で奨学生として採用し、7月から奨学金を支給する在学採用との2つの方法がある。予約採用者数と在学採用者数の比率は現在3:7で在学採用者数が予約採用者数を上回っている。
      このように在学採用の割合が高くなっているのは、在学採用を予約採用に比べて重視したことによるものではなく、そもそも制度発足当初は進学保証の観点から予約採用を原則として考えられていたものが、戦後の学生生活崩壊の危機的状況の中で在学生救済が急務となったことを背景に在学採用が原則となり、その後も特別貸与奨学生については原則予約採用とされたものの、一般貸与奨学生については在学採用を原則とする運用が継続されたという、専ら実際上の経緯に基づくものである。
  イ. 大学学部等への進学の希望を持つ者が安心して進学のための勉学に取り組めるようにするという観点からは、大学学部等段階の育英奨学事業については、むしろ予約採用に比重を置いた拡充を図っていくことが適当であり、今後は在学採用より予約採用に比重を置いた運用がなされることが適当であると考える。
      また、予約採用の場合は採用予定者の進学先の選択に応じた奨学生の配分となるため、後述の、国公立と私立間の奨学生の貸与率や採用率に差があることに対する不公平感の改善を図るという観点からも、大学学部等に採用枠を配分する在学採用に比べて、より適切な奨学生の採用方法と言える。
      この場合、大学学部等へ進学後の家計状況の急変等に対する対応として、一定の在学採用数は今後も確保する必要があること、また、在学採用から予約採用への変更に必要な財政負担や事務処理体制の整備等を考慮すると、在学採用から予約採用への比重の置き方の変更は段階的に行うことが適当である。
  
(3)奨学生の在学者採用枠の配分の見直し
  ア. 現在、学部学生等への貸与率で見ると、国公立大学は約21%、私立大学は約8%、採用率で見ると国公立大学は約69%、私立大学は約64%となっている。経済的に修学困難な者は国公私立大学を通じて存在しており、在学採用の採用枠については、国公私立大学を通じた奨学生の採用者数の適正な割当が求められてきているところである。
  イ. 前述のように採用方法の比重を在学採用から予約採用に段階的に移行することになると、このような国公私立大学間の貸与率等の問題の改善が図られていくことが期待されるが、これと共に今後在学採用の拡充を行う場合には私立大学に重点を置いた拡充を行う等、在学採用についても、国公私立大学間の貸与率等の問題の改善を図る方向で整備を進めることが必要である。

5.学生・生徒の多様化に対応した育英奨学制度の弾力化
(1)学生・生徒の多様化や生涯学習ニーズへの対応高等教育の著しい拡大に対応し学生・生徒も多様化しており、高等教育自体の持つ機能も多様化してきている。このような高等教育の多様化に対応し、学生・生徒に学資の貸与等を行うことにより、人材育成と、教育の機会均等の二つの目的を同時に果たしてきた育英奨学事業についても、その在り方についての検討が求められている。
    特に大学学部等段階については、学生・生徒の能力・適性の多様化や大学の機能の多様化に対応し、主に人材育成の観点から学業を重視する「育英」の観点よりも、能力と意欲を持つ者に経済的援助を与えるという経済的困難度を重視する「奨学」の観点に重点を置いた運営を図るべきであるとの意見がある。
    一方、国の限られた予算の中で奨学金の貸与事業を実施する場合、学業成績がより優れた者を優先的に採用するという考え方はなお今日においても妥当なものであり、公的資金による育英奨学事業の対象としては一定以上の学力水準を求めることは引き続き必要であるとの意見もある。
    このような国の育英奨学事業の基本的な在り方をいかに考えるべきかは、なお、高等教育全体の進展の状況、国の行う育英奨学事業の規模等の全体の枠組みを検討する中で検討する必要があるが、ここでは、入学者選抜における多面的評価等に対応した採用に際しての能力評価の在り方、学生・生徒の多様化に対応した奨学金の支給方法、貸与金額及び交付方法の多様化、生涯学習ニーズに対応した育英奨学制度の在り方についての考え方を示した。

(2)学生・生徒の多様な能力の評価について
  ア.日本育英会の育英奨学事業は、教育の機会均等とともに人材育成を目的としており、また、実際にも国の限られた予算の中で学資貸与事業を実施する対象としては、優れた学生及び生徒をより優先的に採用することとしている。
    具体的には、現在、奨学生の採用の際の基準として、大学生の第1種奨学金の場合には高校の成績が5段階評価で3.5以上であること等の基準を設けている。
  イ.一方、社会の多様化は個々人の多様な能力を必要とするようになっており、大学等においてもそうした社会の要請を受けて、大学入学者選抜においても学力検査の成績のみに重きを置いた一元的能力評価に偏することなく、各大学の目的・特色や特性に応じ、調査書・面接・小論文その他の資料により多面的に能力・適性を判定することが求められるようになっている。
  ウ. このため、特に秀でた特定の能力・適性を重視する等大学等において多面的な入学者選抜を行った場合には、従来の採用基準では適切に対応できない場合もあると考えられる。このため、入学者選抜の多様化等に対応し、奨学生の採用についても各大学等が学生・生徒の多様な能力を評価することができるよう、現行の学力基準の適用の弾力化について検討する必要がある。

(3)奨学金の支給方法の多様化について
    学部学生等に限らず大学院学生も含め、今後の検討課題として、次のような奨学金の支給方法の多様化が挙げられる。
  ア.貸与金額の多様化
      日本育英会は、現在、高等学校、大学などの学校別に、授業料等や住居費等の学生生活費の違いから、国公立と私立の設置形態、自宅通学と自宅外(いわゆる下宿)通学の通学形態の区分により貸与月額を分けている。
      しかし、社会の変化や高等教育の普及により学生・生徒が多様化しており、現行の奨学金額では不十分な者も依然として相当数に上る一方で、自らの家計状況や返還金額なども考慮してより少額の奨学金を望む場合もあると考えられる。
      このような学生・生徒の多様なニーズに対応するため、また、公的資金の効率的な活用を図る観点から、現在の貸与月額を多様化し、より少額の貸与や高額の貸与などを行えるような制度を検討していくことが考えられる。
  イ.交付方法の多様化
      日本育英会は、現在、奨学金を奨学生に対して毎月交付することを基本としているが、年度始めなど通常の時期に比べて生活費が多く必要な時期もあり、年間の貸与総額を一度にまとめて貸与する方法など奨学金の交付方法の多様化についても検討していくことが考えられる。

(4)生涯学習ニーズに対応した奨学金制度について
  ア.生涯学習ニーズの高まりと共に、高等教育は伝統的な進学年齢層の学生のみならず、有職者や主婦などの社会人学生に対しても広く門戸を開いていくことが必要となってきており、育英奨学事業においても社会人学生への対応が求められている。
  イ.日本育英会は、平成6年度に社会人入学への対応のため、従来45歳であった大学院博士課程の奨学金の受給資格年齢を50歳に、従来40歳であった修士課程については45歳に引き上げたところである。
  ウ.これらの措置により、現在では概ね社会人の奨学金貸与希望者に対応することが可能であると考えられることや、大学等において奨学金の貸与希望者を全て採用できていないことなどから、社会人を対象とした新たな奨学制度の創設等については、今後の社会人入学等の動向や従来の施策の運用状況等を踏まえて検討していくことが適当である。

6.育英奨学事業の運営等の改善
(1)高等学校奨学金の在り方について
  ア.高等学校の生徒を対象とした奨学金については、平成5年の「育英奨学制度に関する調査研究会」の報告において、「各地域の実情に即した事業を実施するという観点から、今後、高等学校の設置者としての各都道府県における事業の拡大を強く要請するとともに、その動向との関連において、日本育英会の行う高等学校の奨学金については、各都道府県の事業とすべきであり、そのための方途を検討する必要がある」と指摘されているところである。
      その後においても、10県が県単独の事業として育英奨学事業を全く実施していない等、都道府県の事業の充実が十分に進んでいるとは言えない状況にある。
  イ.このため、地方の事務は地方で行うという地方分権の意識の高まり等の社会状況の変化も踏まえ、今後更に都道府県事業とするための方策について都道府県との協議の場を設ける等により具体的に検討することが必要である。

(2)返還回収業務の充実について
  ア.日本育英会の奨学金の平成7年度末までの累積の要回収額は9.473億円であり、このうち97.9%に当たる9.272億円を回収している。
      しかしながら、平成7年度の滞納額は、約200億円の規模となっており、昭和60年度の約57億円と比較すると10年間で約3.5倍となっている。
    なお、滞納者数自体はほぼ横這いで推移している。このことは、滞納額の増加は貸与月額や長期滞納者の増加が主な原因であることを示していると考えられる。このため、従来の返還回収業務の一層の充実に加え、特に、滞納の比率が高い滞納1年未満の者や、長期滞納者を減少させるための取り組みの強化が大きな課題となっている。
  イ. 日本育英会の育英奨学事業は奨学生からの返還金を次代の奨学生に循環運用する制度であり、このような日本育英会の育英奨学事業の趣旨の理解を深めるとともに、上記の観点から返還金の回収業務の一層の充実が必要である。
      このため、i)採用の段階で日本育英会の奨学金の趣旨などを十分説明すること等により、奨学生の返還意識の向上を図っていくこと、ii)従来の年賦払いでは一度に返還する金額がある程度の金額になり滞納になりがちであったことから、返還金の口座振替による月賦払いなど返還しやすい方式を推進していくこと、iii)滞納者、連帯保証人などに対する督促の強化を行う等により、今後とも、滞納金額の減少に努めていく必要がある。

(3)日本育英会の組織・運営体制の改善
    育英奨学事業の改善を円滑に実施していくためには、改善の方向に沿った日本育英会の運営体制の整備が不可欠である。この場合、育英奨学事業自体のみならず、これを実施する日本育英会においても効率的な事業運営に努める必要がある。このため、日本育英会においては、業務自体の効率的運営に一層努めると共に、現在、本部・支所・支部の3つの組織により実施されている業務執行体制を見直し、例えば、事業に関する総合的企画機能の充実と地域における奨学サービスの効率的実施体制の整備を図る等、その組織・運営体制についても見直しを行い、改善の方向に沿った事業運営が効率的に実施できるよう努め必要がある。

7.その他
(1)公益法人等の育英奨学事業について
      公益法人等の育英奨学事業は、設立の趣旨に基づき、特色ある事業を展開することにより、多様な人材の育成に重要な役割を果たしている。
      今後、税制面での支援や育英奨学法人の事業の積極的な紹介、法人同士の情報交換の場の設定等を通じ、公益法人の活動の一層の支援を行っていく必要がある。

(2)大学等における相談業務の充実について
      学生等に対する修学上の経済的支援としての日本育英会や公益法人等の奨学事業の他、保護者等の教育に係る経済的負担を軽減するための国民金融公庫等の政府関係金融機関の行う教育ローンや民間金融機関の教育ローン等、様々な経済的支援策が講じられており、家庭の経済的状況等に応じた組み合わせが可能となっている。このように学生等に対する育英奨学事業以外の経済的支援措置についてもその充実が図られてきているが、大学等においてこれらの制度について十分に把握し、学生等の個々の相談に応じて制度を組み合わせることなどにより、修学上の経済的支援の充実を図っていくことが望まれる。
      また、大学等に進学する前に修学上の経済的支援措置に関する情報を入手することは、今後益々重要になってくると考えられ、高等学校段階での情報提供機能を充実することが望まれる。