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医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議

2000/07/24 議事録 
医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議 (第5回)議事要旨

医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議(第5回)議事要旨

日 時 平成12年7月24日(月) 15:00 〜 18:00
場 所 霞山会館 「さくら」
出席者 協力者:高久座長、鈴木副座長、赤津、大山、岡島、柿田、神津、佐川、佐治、猿田、谷口、西野、藤枝、矢崎 の各協力者
説明者:江藤、福田 の各説明者
文部省:布村医学教育課長、浅野課長補佐、宮田専門官 ほか関係官

議事等

1 開会
(1)主査からコア・カリキュラム及び歯学教育の在り方についての検討状況の説明のために御出席いただいた説明者の紹介があった。
(2)前回の議事要旨(案)については、意見等があれば今週中に事務局まで連絡すること  とされ、特段の意見がない場合は、そのまま公開することとされた。
(3)事務局から配付資料の確認があった。

2 コア・カリキュラムについて、事務局から説明があった後、自由討議。(○;協力者)
○ 「職業人の養成」を基本として捉えるだけではなく、一般国民がどういう職業人を要求しているかという社会のニーズという視点も重要になるのではないか。
○ もし入れるとすれば、「社会が要望する職業人」か。
○ 単に個々の国民が望む医者を養成するだけでなく、例えば疾病構造をもう少し疫学的に考え、今後どういう病気が増えるのかを分析した上で、その分野に対応できる医者を育てるための教育を充実させるというように、逆算的に社会のニーズを反映させることも必要ではないか。
○ 「生命科学研究者の育成にも配慮した」という文言が入っているのは良い。
○ コア・カリキュラムの統合化については、基本概念の理解ということで、全ての科目を統合型にしなければならないのではなく、大学の目標さえ達成すれば良いのではないか。分子生物学や免疫学等コアとしての中身に体系的、総論的なものも加えない限り理解できない学問があるので、全てを統合化することには危惧がある。
○ 二十数年前に統合型のカリキュラムを作ったが、各論的なものを統合して、総論的なものは統合しなかった。
○ 統合という考え方は、統合先にありきではなく、関連付けて学ばせる基本的な方向性を意味するものであり、結果として学体系が90%になってもそれは構わないという考え方。したがって、コアの部分は統合し、より広く、より深く教育体系の中で付け加えたいものがあれば、そこに学体系型のものを付加すれば良いと思う。決して学者を育てるために学体系を学ばせているのではないという点を強調したい。
○ 総論を基本的なきちんと理解しておかないと各論は理解できないので、結果的に診断の能力にも響いてくる。学体系が何十%になっても良いが、各論により近い部分のところは、それが想起できるような問題が提起できれば良いということには、基本的には賛成だが、全く学体系は要らないというのは非常に危険な気がする。
○ 例えば、炎症、免疫、腫瘍等は教えなければならないが、従来の「オロジー」としてあったものを全部教える必要が本当にあるのかということを、カリキュラムを作るときに考えなければならない。
○ 逆に、統合からスタートした結果、具合が悪いので、学体系を入れた大学もある。
○ ワーキンググループの中で、統合型にできる範囲で合意できるところ、あるいは、全国の大学がそれを参考にし、無理なくできるところから作業を進めていきたいと考えている。なお、この会議やワーキンググループでの議論は、医学教育担当者自身がやっているが、ある程度の案が出た段階で、例えばコメディカルの先生や歯学の先生、あるいは一般社会にも提示して、意見を聞く必要があるのではないか。
○ 一つの科目を教えるのは、長年それを研究してきた実績に基づいてやるから、非常にやりやすい面があるが、統合型では、寄せ集めではなく構築力のあるものにするというコーディネーターの手腕によって効果が左右されてしまうという難しさがある。したがって、これは学長なり学部長なりの強力なリーダーシップの下にやらないと、単なる掛け声だけに終わってしまうのではないか。
○ 統合カリキュラムにおける運営組織の重要さを改めて強調しているのは適切。
○ 生命科学に関わる研究者養成にどこまで寄与できたかというと、私学であることもあったと思うが、医学学生論文と称して、3年生ぐらいから希望者には各基礎または臨床の教室に配属し、6年間にわたってそこで論文を書くということも別途やらせている。
○ カリキュラムができて30年経った今、問題になっているのは、教師の意識の問題、教育上の問題、それから、外から来た人には全くなじみがないということ。また、病理が先にあって解剖の各論が後にくるといった逆転現象が起こり得るなどプログラムが十分討議されて学生に提示されてないという反省点がある。それから、特に臨床の場合、教師側の都合で、学生に本来教えるべきプログラムスケジュールどおり教えられないという難点が出てくる。
○ 統合型にするとコーディネーションの機能が強く要求されるが、それをうまくやらないと統合カリキュラムはつぎはぎだらけのものになってしまうので、ある意味で従来より先生方の負担が増えることは覚悟しなければならない。
○ 統合型にすると、学士入学をさせたときにどこに入れるか、補習を別にやるのか、という少しややこしい問題がある。
○ コア・カリキュラムをまとめるに当たっては、何ゆえコアにしなければならないか、その理念は何ぞやということから十分に説明をしなければならない。
○ コア・カリキュラムあるいは統合型のカリキュラムは、臨床の領域では、社会の求める臨床能力のある医師を育てるということで概念的につかめるが、学体系がきっちりしている基礎の領域でどのようにコア・カリキュラムを作るのかが一番大きな問題。
○ 生命科学研究者の育成に関しては、基礎の段階であまりきっちりやっても、生命科学研究者の志望者数の増加には結びつかないのではないか。
○ 医学博士課程の早期進学制度を利用すれば、非常に優秀なリサーチ・オリエンテッドな人は研究の方にいくし、リサーチ・マインドを持って臨床にいく人も育成できるではないか。
○ コーディネーターが重要ということであれば、教務委員長の位置付けが非常に大きくなるので、学部長あるいは病院長になる一つのキャリアパスとして、教務委員長の経験を積んでいなければならないということはできないか。
○ 統合型カリキュラムの基礎部門については、各大学で議論するのは難しいので、この委員会が指導力を発揮して全国の医学部に望むことを示さなければならないと思う。
○ 基礎、臨床を問わず、例えば生理学に外科の教授をアポイントすることはできるのか。ちなみに、アメリカでは、外科の教授で生理学の教授併任ということができる。
○ 基礎の教授に臨床の人がなるのは大学の自由。
○ コア・カリキュラムがなければ生命科学研究者の育成ができないのではなく、全部詰めると自由な教育ができないから、大学の使命に応じて残りの40〜50%を有効に使ってもらうという、極めて単純な話。コアということと統合ということを一緒にすると話がややこしくなるので、まずコアをよく理解していただいて、それを実施するためには統合の方が能率が良いという話の方が進めやすいのではないか。
○ リサーチ・マインドを持った職業人の養成と、生命科学研究者の育成というのは厳然と分けなければならない。「カリキュラムの考え方について」という冒頭のところに、「職業人の育成」だけではなく、「リサーチ・マインドを持った職業人の育成」と入れてはどうか。ただ、医学・歯学部の卒業生の1割にも満たない生命科学研究者の育成についてはどういった形でシステム化するのか。100名のうちの5名か10名のためにコアの中に入れるかどうかは、きっちり考えなければならない問題であり、生命科学研究者の養成について、別途、一本釣りのシステムを作るかどうかというのは、ここに入れるべきなのか、他の場所に入るべきなのか、少し考えていただきたい。
○ コアに抵抗しているのは基礎系の教授で、自分たちがやっているのは全てコアだという発想だから、その辺の意識改革が必要だと思う。また、生命科学研究者というと常に基礎と考えるが、そういう区分けをする必要は全くないと思う。
○ 統合を考えるときには2つの方向性があり、1つは、臨床の側から見て基礎で必要なものは何か、もう1つは、基礎の側から見て将来医師として何が重要かという視点、その両方向性が必要ではないか。
○ 学体系の中で、サイエンスとして最も進んでいて、しかも病態とも関連する部分の教育というのは絶対必要。実際にやっている先生方の授業は学生にとって非常に魅力あるものになると思う。
○ チュートリアル教育については、臨床では大分進んできているが、基礎の部分では導入できない。これは、基礎の先生が自分の講義の時間を手放さないことに原因があるが、これを変えていくためには、カリキュラムの在り方として、例えば、基礎の講義にも臨床の先生が参画するというようなことを入れた方が良いのではないか。
○ 本来、基礎の先生にとっては研究が非常に重要。日本では、大学以外では医学研究、自然科学の研究はやりにくいので基礎の先生方は研究の面で世界をリードしていただきたい。
○ コア・カリキュラムの作成の際には、ただ授業を減らせと言うと反発を食うので、臨床の先生や学生にアンケートを取ったり、シラバスに自分たちの授業内容の到達レベルを全部書かせたりすることにより、どれだけ余計なことをやっているかを明確にすることが必要。
○ 学生と一緒にワークショップをしたら、学生の意見や指摘を聞けた。
○ 基礎の先生が教務委員長になるなど先頭に立って改革をすれば良いかもしれない。また、受益者たる学生の意見を聞いて、それをカリキュラムに反映させることは非常に重要なことだと思う。
○ 医者としてコミュニケーションする相手は患者なので、人間教育の必須のカリキュラムについては、医学部の中だけで全て行うのではなく、地元の社会あるいは一般の方に協力していただく実践ベースのプログラムを考えるのも一つではないか。
○ 老人ホームなどにアーリーエクスポージャーという形で回らせる大学はかなりある。
○ 学士編入生は3年次に編入するが、一般学生が1、2年生で受ける専門教育の部分については補習なり追いかけて学ばなければならないという事態が起きている。そのため、大学によっては基礎の単位を半分にしたり、研究室の実習配属は全くゼロにしているところもあるが、一般学生から見ると、編入学生がやらなくて済むものをなぜ自分たちがやらされるのかという議論になりかねない。学士編入のカリキュラムとコア・カリキュラムというのは内容的に非常に密接な関連を持っているので、十分連携を取る必要がある。

3 臨床実習前の学生の適切な評価システムについて、事務局から説明があった後、自由討 議。(○;協力者、△;文部省)
○ 大学間で共用できる試験システムは、共通の問題の方が良いと思うが、毎年変える必要はある。そうすると、誰もが納得できるような共通の問題を作る組織をどこかで考えなければならないのではないか。
○ アメリカのステップ1に近い試験を行うに当たっては、10とか15の大学で始めても、自然に自分たちはどのぐらいのレベルかを知りたいという意識が出て、次第に普及していくと思うので、最初から全部の大学に強制する必要はないと思う。
○ 問題の作成には、医師国家試験ほどではなくても、かなりの労力が要ると思う。一部の大学が利用するに過ぎないのであれば、作った方は何のために作っているのかという気にならないか。
△ 問題もプールしなければならないし、各大学で毎年作る方のは大変なので、幾つかの大学が集まって、叡知を結集して試験を作れば効率的だという意見があった。
○ 総合試験を臨床実習の前に行うというのが重要な点だと思うが、いつ臨床実習を始めるかのカリキュラムが大学によって大分違う。また、患者への対応能力をステップ1の試験で見るのはなかなか難しい。
○ 6年くらい前から、4年次の最後に総合試験と称して、学識レベルで 450題の試験を2日間にわたって実施している。これは、自分たちが行っている教育をチェックできるということと、患者に触れさせるに当たり、基本的な学識をあるレベルで保証できるということで意味がある。
○ ステップ1をアメリカでやっている理由は、これだけのレベルの教育をしているというスタンダードを証明するためなのか、医学教育の公平さ、公正さを社会的に保障するという意味なのか。また、なぜ期末試験の他にわざわざ学生にとっても教師にとっても負担になる試験をやるのか。
○ ステップ1は、医師免許をとるための必要条件。アメリカで医者としてライセンスされるためには、ステップ1、2、3全部をクリアーしないと医師免許をもらえない。
○ 今、議論している進級認定試験はナショナルボードではないが、日本においてこれを導入する特異的な理由を説明いただきたい。
○ 大学別の試験にはスタンダードが無く、教授によって評価がばらばらなので、そういう恣意的なことがなくなることは利点の一つだと思う。
○ アメリカでステップ1が行われることになった理由は、非常に格差の大きかったメディカルスクールのレベルを全国一定のレベルにすることと、これをやることによって、先生も学生もある程度意識してレベルをキープしなければならなくなり、全体的なレベルアップにつながるということもあったと思う。また、メディカルスクールが終わった時点でステップ3まで全部やるのは大変なので、そのときそのときで勉強すべきことは勉強した方がいいということもあったのではないか。
○ ステップ1を受けるための勉強をすることによって、最初の2年間に各論として習っていたことを自分の頭の中で整理して、一つのフレームワークが作れたのは非常に役立った。
○ チュートリアルを全面導入して5年目になるが、どうしてもチェックが主体となることと、チュートリアルで教え切れないところがあるのが問題。これまでは約2週間だったが、来年から4週間にしてチュートリアルで残ったところ、抜けたところを再教育することにした。また、オスキー的なところも加えたいと考えている。
○ 統一試験を実施する場合、各大学のレベルが違うから、どういう問題をどうやってレベルアップさせ、ある程度のスタンダードに持っていくかのポイントは何か。
○ アメリカでは現に90%以上の人が通るわけで、問題の設定の仕方によっては、最初はあまり意味のない試験かもしれないが、ストラテジーとして何年で全国レベルの基準にするかを考えると、各大学が勝手にやるのではなく、全国的にやらないと意味がない。最終的には全部の大学がやることを前提にして始めるというのであれば、最初からそう言っておくべきではないか。
○ この試験を実施する際に大事なのは、臨床実習に入る前までに何をどこまでできれば良いかという、その内容に対する突き合わせだと思う。総合試験を導入して以来、どのカテゴリーの問題か、難易度及び学生の正答率はどのくらいかという3つのポイントからずっと分析をしているが、こうした努力が、結局はコア・カリキュラムにつながっていくと思う。コア・カリキュラムを作るに当たっても、一応4年までのコア、卒業までのコア等、扱う時期ごとに、それぞれの内容についてきちんと整理して見つめる目を持って教育に当たることが大事だと思う。
○ ステップ1にしても、今検討している統一試験にしても、少なくとも2つの要点がある。1つは、大学を超えて学生の知識をいかにミニマムを保障するかということ。もう1つは、単に知識を覚えて吐き出すだけではなく、応用して答えなくてはならない問題を出すことで、臨床に入るためのウォーミングアップをさせること。
○ 総合試験の出題は、国家試験とは違うレベルで考えねばならないが、全国的に導入するときには、コア・カリキュラムが徹底していないと、大混乱になると思う。最初はセンター試験的なあるいはトーフルのようなイメージで、臨床実習に入るには、このくらいの点数が必要という感じで導入し、コアが定着してから全国試験にする。それをある程度公開で評価すれば、どの大学も加わろうとするのではないか。
○ 統一試験をすると、途中でやめさせるのに良いと思う。最終学年まで引っ張って、国家試験に通らないというのでは、本人にとっても国家的にも無駄。
○ 国立大学で初めて統一試験の導入を決めたが、コア・カリキュラム化したことが前提となっている。統合型にしても、科目間にオーバーラップしたような問題、特に臨床的な問題に関しては個々の科目で評価ができないから、科目を超えた問題を出題する必要があるというのが1つ。それから、学生は科目ごとの試験を通っただけでは、各試験を通過したとしか考えてないので、それを生きた知識とするために統合型の問題を出すことによって、臨床実習を始める前にもう一回勉強させるのがねらいである。
○ 総合試験の問題作成に当たっては、当初、難しすぎる等の問題があった。他大学で作成しているテストと入れ替える、あるいは同時に両方受けさせてどのくらいの点数が取れるかをみてはどうか。
○ それは大学間で合意を得れば良いのではないか。私の大学でも来年ぐらいから2、3の大学と問題の交換をして、教員の負担を減らすことを計画している。
○ 教え方の評価については、特にチュートリアルでは、他大学とレベルの比較ができないが、もしこの会議の命令または要望で、ぜひやれと言われれば大学に持ち帰ってやりやすい。
○ 総合試験は絶対やるべきだと思うが、4年間終えて、適性がないから退学しなさいと言っても、実際にやめさせることは難しいだろうから、進路転換の手立てについては、何か考えていただきたいと思う。
○ オスキーを総合試験の中に取り入れて、人間性を評価するのが一番理想的だと思うが、人材的あるいは時間的な制限でそれが難しいならば、例えば、アーリーエクスポージャーで老人ホームに行く際、単に見学するだけではなく、その施設の人から評価してもらうことを考えてはどうか。
○ 日本の医学部は6年制だから、問題のある学生を4年まで引っ張っること自体も問題がある。もっと早くやめてもらった方が良いのではないか。
○ 6年で卒業という制度があるのに、4年生で退学した場合に何か称号を出すというのは制度的に難しいのではないか。また、人間的には良いのに、能力がなくて国家試験を受けられない、総合試験も通らない人をどうするか。
○ 大学間で国家試験の合格率が最高と最低で50%も違うというのは問題だが、そういう状況でステップ1的な総合試験をやって意味があるのかという問題もある。やるからには、90%ぐらいは通るようにした方が良いと思うが、実際にやってみて結果を見、それを採用するかどうかは、各大学の自主的判断とするしか仕方がないのではないか。
○ 国家試験の合格率のばらつきが大きいのは非常に深刻な問題。質の担保が国家試験だけに任されている現状を何とかしなければいけないという話があったが、センター試験のようなもので、在学中に大学間のばらつきをそれぞれの大学で認識することができれば、学生側よりもむしろ教育者側の意識改革に非常に役に立つと思う。
○ 学生は、国家試験対策と称して、大学で勉強するカリキュラムとは別に勉強しているのが実状だが、臨床実習に入る前の共通進級認定はナショナルボードではない。その辺の整理はどう考えるのか。
○ 現状では、総合試験をナショナルボードにするのは不可能だと思う。もし導入しても各大学の自由参加ということになるし、その結果についての判断も各大学に任せざるを得ないだろう。

4 歯学教育の在り方に関する検討の方向性について、江藤歯学部長から説明があった後、 質疑応答。(○;協力者、△;文部省)
△ 医学のワーキング・グループでも、臨床実習の実習先のローテーションのコアの作成が、各診療科が大幅に抵抗するところで、一番大きな難関になると考えられる。
○ 大学院が重点化されたところの学部は空になっているわけで、今まで持っていた学部の教育の権限は消失している。それによって、教務委員会がコンセプトを新しく作り直して、必要に応じてある学科目をウエートをかけて引っ張り込めるなど戦略的なところもある。
○ 医学の場合、臨床実習はコアを中心とすることが大事だと思う。まず、全科をローテートすると、1カ所につき1週間程度と細切れになり、学生たちはやっとわかり出すとすぐに次に行くことになる上、似たようなところを回ることにもなりかねない。次に、その人の進路に応じてオプショナルな部分を作ることが重要で、それがコアとオプションという考え方への導入になると思う。
○ 歯学も同じだと思うが、医学部の場合には基本的にはプライマリ・ケアを考えなければならない。
○ 歯科はローテートではない。学生が臨床実習をするのは1カ所で、そこに教官が集まって、高頻度に見られる疾患で患者の了解が得られたものについて行っており、基本的にはそれを通じて知識と技術の統合、コミュニケーションスキルをトレーニングさせようとしている。それがコアになって、あとの20%弱は選択で小児歯科、矯正あるいは実際にオペ室に入るということが従来行われてきた。
○ プライマリ・ケアについては、成人歯科できっちり臨床実習ができていないと、子どもに対応するのは大変難しく、大人だけを診察できる人を地域に送り出すのは非常に危険。したがって、小児歯科が成人歯科の外に出ていることは、プライマリ・ケア全体としては捉えにくい。
○ 患者の確保が難しいということについて、例えば学生に見てもらう患者の医療費を少し下げる話があったが、歯科に限らず医科でも同じ。すばらしいコア・カリキュラムを作っても、実際に学生が現場に出たときに、患者の協力が得られないのでは意味がない。例えば、この協力者会議が動いているのと並行して、文部省からあるいはこの会議の名前で、一般社会に対して「今、文部省は医学・歯学教育を変え、良い医者、歯科医を作るためのカリキュラムを考えている」と宣伝し、現段階で社会に問うような形にする。そうやって社会のニーズを組み入れつつ、国民が良い医療を受けるためには臨床教育が不可欠で、その臨床教育は患者の協力なくしてはあり得ないという認識を一般の中に浸透させるなど、一般の意識改革を並行して行う必要がある。 ○ 現在、模擬患者のセンターが、全国で7、8カ所あるが、一般の人は、そんな制度があること自体聞いたこともないという人がほとんど。国民に対して大きく情報を出して、協力要請をすることも、この会の大切な役目の1つだと思う。
○ 一方で、ボランティアとして学生に診てもらう患者が、ある一定の質を守ってもらいたいと言うのは当然。統一試験がポジティブに社会にアウトプットできる形になれば、「国家試験とは違うが、文部省が作った共通試験に通ったということは、客観的に見て臨床を行うのに最低限必要な能力を学生が持っているという証拠」というアピールができ、共通試験をやるもう1つのメリットになるのではないか。
○ 病院で学生が関与した医療事故が起こると、新聞の第一面に学生がやったからどうのこうのと大きく取り上げられるのが現状。我々も注意しなければならないが、メディアが今のような取り上げ方を医療に対してしていると、非常にやりにくい。
○ 資料7のコア・カリキュラム(案)は、内容のばらつきが大きいので、ある程度統一されるといいと思う。また、医療面接とかコミュニケーションのところが、コア・カリキュラムの案の中に少ない気がするので、もう少し入れていただきたい。
○ カリキュラム(案)を看護婦側から見ると、医師はやはり科学者だと感じする。看護と医学、両方の人間がいて、チーム医療をすることの大切さがここにあるのだと思うが、医学の中でも患者の心にどう触れていくかについて、もう少し入れてほしい。
○ オスキーでも同じだが、目標の大事さと、私たちが持っているメジャリングの技術とが添っていないと思う。態度とか考え方に関する技法を、私たちはもう少し磨かなければいけないことを付け加えたい。

5 次回は、コア・カリキュラム案の改訂版を提出して、引き続き検討を進めることとする が、日程については、9月末を目途に事務局で調整する旨、連絡された。


以上
(高等教育局医学教育課)

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