21世紀の命と健康を守る医療人の育成を目指して(21世紀医学・医療懇談会第4次報告)

平成11年4月
 

      はじめに

 

      1   基本的な検討の視点

 

      2   大学における教育研究体制の改善の方向
         (1)学部教育の改善
            A 入学者選抜方法の改善
            B 豊かな人間性の涵養とコミュニケーション能力等の育成
            C 少人数教育の推進と臨床実習の充実
            D 教育内容の精選と多様化
            E 適切な進級認定システムの構築と進路指導の充実
            F 今日の医療の課題に応じた諸分野の教育の充実

         (2)大学院における教育研究の改善
            A 教育機能の重視
            B 今日の医療の課題に対応した教育研究の充実
            C 基礎医学・歯学や学際的領域の教育研究の充実
            D 国際的に卓越した教育研究拠点の整備
            E 卒後臨床研修及び専門医・認定医制度との関係

         (3)教育研究の国際交流の推進
            A 留学生の受け入れ等
            B 国際医療協力に係る人材の育成

         (4)教育研究を支える体制の整備
            A 教育研究の活性化と教員の流動性の向上
            B 学部及び付属病院の組織運営及び評価体制の整備

         

      3   医学・歯学教育に係る制度改正の必要性について

         (1)学部段階
            A 早期卒業の例外措置
            B 大学院への早期進学特例
            C 単位互換等の上限の拡大

         (2)大学院段階
            A 公衆衛生分野の大学院修士課程の設置
            B 修業年限の弾力化

         (3)メディカル・スクール及びデンタル・スクール構想について

 

      4   医師・歯科医師の卒後の育成体制の改善と適性配置の推進

         (1)国家試験の改善

         (2)卒後臨床研修の充実

         (3)専門医・認定医制度の整備

         (4)生涯学習体制の充実

         (5)医師・歯科医師の適正配置の推進

      

      5   医師・歯科医師の需給問題と医学部・歯学部の入学定員の在り方について

         (1)これまでの経緯

         (2)厚生省の医師・歯科医師の需給に関する検討会の報告
            A 「医師の需給に関する検討会」報告
            B 「歯科医師の需給に関する検討会」報告

         (3)医学部・歯学部における今後の入学定員の在り方について
            A 医師・歯科医師の需給に関する本懇談会の考え方
            B 医学部・歯学部の今後の入学定員の在り方について

 


21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方について
−21世紀医学・医療懇談会第4次報告−

 

はじめに

   本懇談会は,平成7年11月の発足以来,来るべき21世紀における我が国の医学・医療の姿を見据え,新しい時代に対応した教育,研究,診療の進展を図る上で必要な諸方策について検討を重ね,これまで,3次にわたる報告をとりまとめ,提言を行ってきた。
   特に,平成8年6月にとりまとめた第1次報告においては,21世紀において国民の命と健康を守る責務を果たすことのできる医療人を育成するためにはどうすべきかという観点から,入学者選抜方法及び学部教育の改善を中心とする幅広い提言を行った。この提言を踏まえ,各大学においては,医学教育の改革に係る様々な取組が行われている。
   一方,医療系の学部を含む大学全般の基本的な在り方については,大学審議会において,平成9年10月に文部大臣の諮問を受けて審議が行われ,平成10年10月に「21世紀の大学像と今後の改革方策について」の答申がまとめられた。この答申には「競争的環境の中で個性が輝く大学」との副題が付され,A 課題探求能力の育成を目指した教育研究の質の向上,B 教育研究システムの柔構造化による大学等の自律性の確保,C 責任ある意思決定と実効を目指した組織運営体制の整備,D 多元的な評価システムの確立による大学等の個性化と教育研究の不断の改善,という4つの基本理念に沿った具体的な改革方策が提言されている。
   また,医療面においては,本格的な少子高齢化社会を迎え,我が国の疾病構造が急性疾患から慢性疾患中心となり,医療も長期にわたって,患者の生活の中で共存しながら行われるような状況へと変化してきている。このような中で,単なる治療成績の向上ばかりでなく,患者の生活と人生の質(QOL;Quality of Life)にも配慮のいきとどいた,良質な医療サービスを受けられるよう,適切かつ効率的な医療提供体制を確立することが緊急の課題とされ,厚生省を中心に各種の検討が進められているが,その一環として,医師・歯科医師の資質の向上とともに,その将来における需給見通しも踏まえた育成・確保体制の適正化の必要性も指摘されている。
   本懇談会では,このような状況を踏まえ,教育部会,研究部会における議論に加え,教育部会の下に医師・歯科医師のそれぞれの育成体制の在り方を検討するワーキング・グループ,さらに教育部会と研究部会の合同による医学・歯学教育制度検討小委員会を設けて,21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方について,幅広く検討を行ってきた。
   このたび,これまでの議論の結果をとりまとめたので,第4次報告として公表することとしたものである。
   国においては,本報告で提言した改革が着実に推進されるよう,関係省庁が連携しつつ,基盤の整備と各大学の取組への支援を進めることを要請する。
   さらに,各大学においては,この報告を踏まえつつ,それぞれの特色を生かし,個性的かつ多様な教育研究が行われることにより,21世紀の命と健康を守る医師・歯科医師が育成されることを期待するものである。


(注)本報告書においては,大学医学部・医科大学における,医学を履修する課程を「医学部」と総称する。また大学歯学部・歯科大学における,歯学を履修する課程を「歯学部」と総称する。

 

 

1   基本的な検討の視点

   今日,我が国の医学・医療は,患者一人一人の人権や意思を尊重した,国民に開かれた医療の実現,少子高齢化,高度情報化社会への適切な対応,世界をリードする先端的な医学・医療の研究開発の推進,地球的規模での医学・医療協力への貢献など,様々な重要課題に当面している。
   今後の医師・歯科医師の育成に当たっては,これらの諸課題を踏まえ,将来における国民の多様かつ高度な医療サービスに対するニーズにこたえる人材や,将来の医学・医療を切りひらく研究の進展に寄与する人材を育成することが求められている。
   こうした要請にこたえるため,各大学においては,学部教育,大学院教育,さらに卒後臨床研修などを通じて,それぞれの特色を生かした多様な教育活動を展開し,幅広い視野を持って生涯にわたり主体的に学習・研究をしていくことのできる医師・歯科医師を育成することが望まれる。
   なお,将来における医師・歯科医師の需給見通しへの対応を考えるに際しても,単に数量的な調整を図るというのではなく,上述の観点から,医学・歯学教育の内容の改善とそのための適切な教育研究条件の確保を図ることを基本としなければならない。
   本懇談会においては,このような基本的視点に立って,21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方を検討し,以下の提言をとりまとめたところである。

 

 

2   大学における教育研究体制の改善の方向

   国民の命と健康を守るため生涯にわたって研鑽に励む医師・歯科医師には,まず明確な目的意識と使命感,倫理観が必要なことは言うまでもない。
   特に,今日の医療においては,医師・歯科医師は,患者の持つ様々な背景に留意しつつ,診療の内容や方針を患者に十分に説明し,その理解を得るとともに,患者の人権や意思を尊重し,相互の信頼関係のもとに,責任を持って,全人的な医療に当たることが要請されている。その際,薬剤師,看護婦(士),保健婦(士),助産婦,診療放射線技師,臨床検査技師,理学療法士,作業療法士,歯科衛生士,歯科技工士などの他の医療人との密接な連携によるチーム医療やチーム・ケアの果たす役割が大きくなっている。このため,医師・歯科医師に求められる資質として,幅広い教養や体験に裏付けられた豊かな人間性と,それに基づく判断力,コミュニケーション能力やマネジメント能力が,ますます重要になってきている。
   また,医療の高度化,専門化の一方で,地域に根ざしたプライマリ・ケアや高齢者医療,救急医療などの身近な医療体制の不十分さが指摘されており,これらに対応した人材の育成が急務になっている。
   さらに,国際化の中で,我が国が,世界をリードする先端的な医学・医療の研究開発に寄与するとともに,国際保健医療協力の分野において一層積極的に貢献することが求められている。
   これらを踏まえ,各大学においては,次のような方向に沿って,教育研究の改革を推進することが望まれる。

 

(1)学部教育の改善

   学部段階においては,明確な目的意識と適性を有する者を入学させ,今日の医療の課題に対応した教育を行い,適切な進級認定等を経て,十分な知識・技能・態度を身に付けた者を卒業させるという観点から,次のような改善を推進すべきである。

A   入学者選抜方法の改善
   医師・歯科医師として適性のある者の適切な選考を行うため,現在,多くの大学で面接や推薦入学の導入等が図られてきているが,引き続き,面接の充実,適性検査の活用,地域を重視した推薦入学の実施など,入学者選抜方法の一層の工夫改善に努めることが必要である。
   また,多様な学習経験,職業経験を有する社会人等で,明確な目的意識を有する者の医師・歯科医師への道を開くため,既にいくつかの大学で編入学制度が導入され,多くの大学において近い将来の導入が検討されている。編入学制度は,人間的に成熟した段階で進路を決定した者を受け入れることにより,幅広い教養を持ちコミュニケーション能力に優れた医師・歯科医師の養成を目指すだけでなく,多様な経験を有する者が共に学ぶ環境を作ることで,他の学生も含めて広い社会的・学際的視野を養うことにつながるものとして期待される。さらに,特定領域の能力を有する研究者の養成という観点からも有効であると考えられる。今後,各医学部・歯学部において,入学者の特性に対応した多様で個性のあるカリキュラムやコースの編成を工夫しながら,編入学制度の導入の拡大と充実を図っていくことが望まれる。

B   豊かな人間性の涵養とコミニュケーション能力等の育成
   医療人としての自覚や患者の立場に立った全人的ケアの重要性についての認識を深めさせる観点から,現在,多くの大学において,入学後の早期の段階における,患者としての病院等への体験入院,医療現場の見学や介護・福祉施設等での実習などの体験学習が行われてきているが,これらをさらに効果的なものとするため,各大学において,受け入れ施設との協力体制を確立し,体験学習の期間,プログラム,評価等について十分な検討を行った上で,取組を推進することが望まれる。
   また,医師・歯科医師として求められる豊かな人間性を涵養していくために,教養教育の果たす役割は重要である。近年,6年一貫教育の導入等により,ともすると教養教育の時間が削減されたり,教育内容が医学・歯学と関連の深い自然科学や外国語の分野に偏るといった傾向も見受けられるが,教養教育の理念・目的を考えれば,十分な時間の確保とともに,幅広い分野から受講科目を選択できるようにしていくことが望ましく,そのため,単位互換制度や,放送大学の活用も検討すべきである。
   さらに,患者や他の医療人等とのコミュニケーション能力を育成するため,コミュニケーション技法や行動科学等に関する教育を行う大学も増加してきているが,これらを促進するとともに,あらゆる教育活動を通じてこのような能力を育成していくという意識を高めていくことが必要である。
   また,医師・歯科医師に求められる資質として,生命の尊厳や個の尊重,医の倫理に関する深い認識を持っていることが不可欠であり,生命の尊厳についての教育や,死についての教育等の一層の充実を図っていくことが必要である。

C   少人数教育の推進と臨床実習の充実
   現代の医学・医療は多岐にわたり,しかも日進月歩で発展しており,医療をとりまく状況が変化し,複雑化する中,学生や卒後臨床研修の段階における教育だけで,必要な知識・技能の全てを修得することは不可能である。このため,医師・歯科医師には,自ら問題を発見し,その解決方法を見出す能力,生涯にわたって自ら学び,その成果を患者に還元していく能力が求められる。このような能力の育成を図るため,少人数教育やチュートリアル教育(*1)の導入を図る大学が増えてきているが,これを一層促進していくべきである。そのためには,学部教育,卒後臨床研修を通じて,学部及び附属病院の全ての教員や医員が協力して,学生や後輩の医員の教育に当たるという意識を高めるとともに,ティーチング・アシスタント制度(*2)の活用も考える必要がある。
   また,学生に対し,専門的な知識にとどまらず,患者,家族や他の医療人とのコミュニケーションの在り方を含む医師・歯科医師としての実践的な臨床能力や態度を体得させるためには,実際の医療の場における臨床実習の一層の充実を図ることが重要である。このため,クリニカル・クラークシップ(*3)と呼ばれる臨床実習の実施,地域の医療機関の臨床経験豊かな人材に学生の教育に協力していただく「臨床教授」制度の導入,大学病院と地域の医療機関との連携による学外実習の実施等を引き続き推進することが必要である。
   さらに,患者の人権や意思を尊重した医療の実現という観点から,インフォームド・コンセントの重要性が高まり,医療情報の積極的な開示が求められるような状況を踏まえ,診療録などの医療記録の記載方法に関する教育等について,臨床実習の前段階及び臨床実習を通じて,その充実を図ることや,看護など他の医療職に係る理解を深めるための教育についても,充実を図ることが望まれる。


*1   具体的事例を用い,グループ討論や個人学習,チューターとよばれる教員による学習援助などの問題解決型学習を通じて,自己開発能力の育成を図る教育プログラム。
*2   優秀な大学院学生に対し,教育的配慮の下に,学部学生に対する助言や実験,実習,演習などの教育補助業務を行わせ,大学教育の充実と大学院学生への教育トレーニングの機会提供を図るとともに,これに対する手当の支給により,大学院学生の処遇の改善の一助とすることを目的とした制度。
*3   学生が病棟に所属し,医療チームの一員として,実際に患者の診療に携わるような臨床実習の形態。

D   教育内容の精選と多様化
   今後,医学・医療に対するニーズはますます多様化し,地域医療はもとより,福祉・介護,国際医療協力,製薬等の様々な分野において,医師・歯科医師の一層の活躍が求められるようになることが予想される。各大学においては,こうした社会的ニーズの多様化に対応して,かかりつけ医機能を担う人材,医療・福祉・介護の連携の要となる人材,国際医療協力に携わる人材,生命科学などの学際的な基礎研究に携わる人材など,様々な人材を養成することができるよう,多様な学科やコースの導入を積極的に図っていくべきである。
   そのためには,まず,精選された基本的内容を重点的に履修させるコア・カリキュラムを確立し,学生が主体的に選択履修できる科目を拡充・多様化することが必要である。例えば,医学部の臨床実習においては,臨床二十数科ある各科を均等に回るのではなく,必須の科を数科にして長期間回り,ほかの科を選択制にして,必須以外の科の必要事項は救急医学実習において補完する等の工夫を行うことが考えられる。
   また,医学部・歯学部においては,特に専門科目について単位制が採用されていない大学が多いが,このことが教育内容の精選や単位互換の実施を推進しにくくしているとの指摘もある。今後,単位制を積極的に導入するとともに,他学部の授業科目の履修を可能とすることや,大学間の単位互換制度を活用し,学生の学外における学修を単位として認定すること,大学病院衛星医療情報ネットワーク(MINCS-UH)などのメディアを利用した遠隔授業の実施などにより,学習内容に関する選択の幅を広げるよう努めるべきである。

E   適切な進級認定システムの構築と進路指導の充実
   医学部・歯学部における教育の効果を高め,質の高い医師・歯科医師を育成するためには,カリキュラムを組織化し,学生が臨床実習に入る際の進級の時点及び卒業認定の時点において,それぞれ必要とされる能力・適性の目標を設定し,段階を踏んで厳正にチェックすることが必要である。特に,臨床実習に臨む学生の能力・適性について,全国的に一定の水準を確保するとともに,学生の学習意欲を喚起する観点から,米国における3段階の試験制度のstep1(*1)を参考にして,各大学における進級認定のための共通の評価システムを作ることについて検討すべきである。また,臨床実習に必要な技能・態度を評価するため,OSCE(Objective Structured Clinical Examination   客観的臨床能力試験(*2))を導入する大学が増えてきているが,今後ともこのような取組が促進されることが必要である。
   さらに,十分な指導を行ったにもかかわらず,医師・歯科医師としての能力・適性に欠けると判断された学生に対しては,できるだけ早期に,適切かつ積極的な進路変更の指導を行うべきである。学部内に臨床医以外に進む者のための学科やコースを設けたり,他学部の授業科目の履修を可能とするなどの連携を図ることは,進路変更を容易にすることにも資するものであり,こういった観点からも,このような取組の推進が必要である。


*1   米国の医師資格試験は3段階に区分されており,そのうちstep1は,基礎医学に関する試験。医学校の専門課程を2年以上修了した段階で受験することができ,ほとんどの医学校において,この試験に合格することを臨床実習段階に進級する条件としている。
*2   医療面接,身体診察法などの基本的臨床能力を身に付けているかどうかを評価するための実技試験。

F   今日の医療の課題に応じた諸分野の教育の充実
   今日の医療においては,プライマリ・ケアや地域医療の充実,高齢者医療の充実と介護・福祉との連携,救急医療体制の整備,医薬品の適正使用,効果的・合理的な医療提供など,様々な課題が指摘されており,これらに対応した医学・歯学教育の充実が求められている。

   (ア)プライマリ・ケアに関する教育の充実と地域医療への貢献
   かかりつけ医機能に対する社会的要請が大きくなる中で,全人的に患者を診ることのできる幅広い知識及び技能を有する医師の役割が高まっており,プライマリ・ケアを専門的に担う医師の育成が求められている。へき地医療や高齢者の介護・福祉を含めた,地域医療に貢献する人材を育成するためにも,プライマリ・ケアを重視した教育の推進は重要であり,医学部における教育の充実の他,大学病院と地域の他の医療機関が連携した実習の実施や,地域における社会医学に関する体験学習の実施等の取組の充実が必要である。近年,各大学病院に総合診療部等が設けられつつあるが,このような組織が,医学部におけるプライマリ・ケアに関する教育の中心的役割を果たす必要があるとともに,大学病院内の各診療科のみならず,地域の医療機関との連携・協力に関するコーディネーターの役割をも担うことにより,プライマリ・ケアに関する教育の充実を図っていくことが望ましい。
   また,歯学教育においては,口腔疾患を局部的な疾患と見るのではなく,患者の全身との関連で把握する必要性が高まっていることから,内科学,外科学をはじめとして,関連する医学教育の充実を図り,患者を総合的に診断し治療する能力の育成を図ることが必要である。
   さらに,地域の一般病院の口腔外科や歯科診療所を含む医療機関との連携により,質・量ともに充実した臨床実習の機会の確保に努めることが必要である。

   (イ)高齢者等の医療に関する教育の充実と介護・福祉との連携
   今後の高齢社会に対応するためには,老年期に係る医学教育研究の一層の充実,寝たきり高齢者や心身障害者等に対する訪問医療やリハビリテーション医療に関する教育の充実,末期医療に関する教育の充実を図ることが必要である。
   また,生活習慣病などの慢性疾患に関しては,患者の疾病に対する理解やライフスタイルの改善などが大きな要素を占めることから,患者に対する必要な助言・指導の在り方に関する教育についても,充実を図ることが必要である。
   歯学教育においては,高齢者や障害者に対して,きめ細かい歯科診療サービスを提供していくため,高齢者歯科学,障害者歯科学に関する教育の充実や,在宅患者等に対する訪問歯科医療に関する教育の推進を図っていくことが必要である。
   さらに,高齢者に対する介護においては,保健・医療・福祉に係るサービスが総合的,一体的に提供されることが必要であることにかんがみ,医学部・歯学部の学生が,単位互換制度を活用して看護・福祉・介護に関する科目を履修することや,これらを通じて関連資格を取得することができるコースを設置するなど,医療・福祉・介護の緊密な連携を促進するための取組を積極的に奨励すべきである。

   (ウ)救急医学教育の充実と大学病院の救急医療体制の整備
   我が国の救急医療体制は,年々増加する需要に十分に対応するものとなっておらず,その再編成が課題とされており,救急医療を担う医師も,その不足が指摘されている。救急医療を担う医師には,複数の診療科領域にわたる疾病や傷害を総合的に把握し,迅速かつ的確な診断・治療ができる能力が必要であり,卒前,卒後を通じた救急医学教育の充実を図ることが急務となっている。
   また,大学病院は,地域の中核的な医療機関としても,学生に対する実践的な救急医学教育の充実を図る観点からも,夜間・休日を通じた24時間の救急医療体制を整備することが求められており,そのための施策を講ずることが必要である。

   (エ)科学的根拠に基づく医療の推進のための教育の充実
   近年,国民に開かれた効果的かつ合理的な医療の提供を図り,その質を向上させるという観点から,EBM(Evidence-Based Medicine)という考え方が注目されている。これは,科学的に証明された証拠を,良心的・明示的で妥当性のある用い方をして,個々の患者の臨床診断及び治療を行うことを目的としたものである。このEBMのための学問的基盤となるのが臨床疫学であり,生物統計学,行動科学,コンピュータ科学などを基盤とした疫学的手法を応用して,医師の検査や治療法などの診療行為の有効性等を評価する学問である。我が国においては,従来この分野の教育研究が十分に行われておらず,今後,その充実を図っていくことが必要である。

   (オ)臨床薬理学教育の充実
   医薬品の安全に関する国民の関心が高まる中で,医療において医薬品を適切に使用することは,医師の基本的な資質として欠くことのできないものであり,また,適切な臨床試験を経た安全で高度な医薬品の研究開発を進める上で,医師の果たす役割には大きなものがある。このような観点から,医学部における臨床薬理学に関する教育の充実を図ることが必要である。

   (カ)予防医学・歯学,医療経済等に関する教育の充実
   疾病の発生を未然に防止し,国民の健康増進を図るための予防医学・歯学に関する教育を充実し,地域や職場における公衆衛生等の確保に寄与する人材の育成に努めることが必要である。
   また,今日の医療においては,患者の生活の質の向上を最大限に重視しつつ,限られた資源の下で効率的な医療を提供していくことが求められており,医学・歯学教育においては,医療経済,医療政策,医療保険制度,医療・病院管理などの医療の社会的・経済的側面に関する教育の充実を図っていくことが必要である。

 

(2)大学院における教育研究の改善

   大学院段階においては,研究的思考法を身に付けさせるための教育機能を重視するとともに,今日の医学・医療の諸課題に対応するための高度かつ多様な教育研究を展開し,我が国が,世界をリードする先端的な医学・医療の研究開発に寄与するという観点から,次のような改善を図るべきである。

A   教育機能の重視等
   大学院の医学・歯学研究科は,研究者のみならず,研究的思考法を備えた高度の専門家を育成するという役割を担っている。しかし,従来,我が国においては,一般に研究者養成のみに重点が置かれ,かつ,その内容は論文作成の指導が中心であり,科学的な思考法や研究の方法論を身に付けさせるための体系的な教育は必ずしも十分に行われていないと考えられる。今後,大学院においても,その教育機能を重視して,体系的な教育目的・内容を明確に持ったコースを設定し,コースワーク中心の学修を導入することも検討すべきである。
   また,医学・医療に関する研究は,いずれも生命を対象とするものであることから,その意義・倫理性,研究が及ぼす影響などについて,十分な理解の下に実施していくことができるよう配慮することが必要である。

B   今日の医療の課題に対応した教育研究の充実
   学部教育において,今日の医療の課題に対応した各種分野の教育の充実や多様な人材養成が必要であることは前述したが,その前提となる研究の充実やより高度の専門性を有する人材養成のためには,大学院の果たす役割は大きい。特に,広い意味での公衆衛生の分野については,欧米等諸外国においては,医療経済,医療政策,疫学,国際保健,生物統計学,行動科学など幅広い領域について,医師,看護婦をはじめとする多様な背景を有する学生が学ぶ公衆衛生大学院(School of Public Health)が存在しているが,我が国においても,公衆衛生の分野における人材養成のためのセンター的な機能を有する大学院を設けることについて,後述のように制度面の整備も含めて検討することが必要である。

C   基礎医学や学際的領域の教育研究の充実
   今日の先端医療は分子生物学を基礎としており,基礎医学・歯学や生命科学に関する学際的な教育研究を,臨床分野と密接な関連を持たせながら推進することがますます重要になっている。
   このため,例えば,米国のM.D.-Ph.D.,D.D.S.-Ph.D.コース(*1)に見られるように,臨床医学・歯学に係る教育と関連させつつ,早期に基礎的な研究能力を育成するための教育を行うコースを設けることや,経済的支援を充実させることなど,将来研究者を志向する優秀な学生を支援する方策について検討することが必要である。
   さらに,各々の大学の特色を生かして,生命科学,行動科学,情報科学,工学等の医学・歯学に関連する諸分野を横断する学際・境界領域の教育研究を行う独立大学院・研究科を設置することについても,各大学の状況に応じ検討が行われることが期待される。


*1   米国の医・歯学校の修業年限は通常4年であり,卒業すると,専門職学位であるM.D.(Doctor of Medicine),D.D.S.(Doctor of Dental Science)が授与されるが,研究を志向する優秀な学生のために,通常の学修と並行して,研究者としての学位であるPh.D.(Doctor of Philosophy)を取得するための学修を行い,6〜7年間の修業年限で両方の学位を取得することのできるコースが置かれているところがある。
   さらに,各々の大学の特色を生かして,生命科学,行動科学,情報科学,工学等の医学・歯学に関連する諸分野を横断する学際・境界領域の教育研究を行う独立大学院・研究科を設置することについても,各大学の状況に応じ検討が行われることが期待される。

D   国際的に卓越した教育研究拠点の整備
   現在,いくつかの国立大学において,教育研究条件の整備方策の一つとして,大学院に重点をおいた整備が進められているが,これらの大学をはじめとして,大学審答申を踏まえた教育研究実績等についての多元的な評価システムの確立とあいまって,教員の業績の厳正な評価とその流動性の促進を図り,教育研究を活性化することにより,国際的に評価を受ける卓越した教育研究拠点の形成を目指すべきである。

E   卒後臨床研修及び専門医・認定医制度との関係
   医師・歯科医師の資質向上のために,現在,後述のように,卒後臨床研修の必修化が検討されている。卒後臨床研修と大学院医学・歯学研究科への進学の時期については,現在のところ,各大学もしくは個々人の判断に委ねられているが,このような状況を踏まえ,今後,臨床系の大学院への進学については,卒後臨床研修終了後とし,一方,基礎系や社会系の大学院への進学については,必ずしも卒後臨床研修後であることを要しないが,臨床に転向する際には,その段階で臨床研修を行うことを基本として,引き続き両者の関係について検討することが必要である。
   また,各学会が設けている専門医・認定医制度の一層の整備の在り方については,現在,関係者による協議が行われている。その状況を踏まえつつ,大学院医学・歯学研究科とこれらとの関係について,今後,引き続き検討することが必要である。

 

(3)教育研究の国際交流の推進

   地球規模での協調・共生が求められる時代にあって,国際的な視野を持って世界に貢献できる人材を育成する観点から,次のような教育研究の国際交流を推進すべきである。

A   留学生の受入れ等
   国際的な見地から医療関係人材の育成に貢献するため,医学部・歯学部及び大学院への留学生受入れの一層の拡大に努めることが必要である。
   その際には,各大学の実態に応じて,外国語による教育プログラムや留学生のニーズにこたえる短期集中型の特別プログラムの整備など,組織的な受入れ体制を整備するとともに,国費留学生等の奨学金制度との連携を図ることが重要である。また,病院建設等のハード面の国際医療協力支援事業と密接に連携した留学生受入れプログラムは,ハード面の事業のフォローアップになるとともに,留学生が我が国で得た教育研究の成果を母国で活かす場の確保にもつながるものと考えられ,このような取組の推進について検討することが望まれる。
   さらに,大学間の教育研究交流の基盤として,単位互換や授業料の相互不徴収等を含む学生交流協定や,学術面での研究協力協定の締結を促進し,双方向の人的交流を一層推進することが必要である。

B   国際医療協力に係る人材の育成
   国際医療協力に貢献することのできる人材を育成するため,医学部・歯学部においては,国際医療協力に関連した大学院の整備充実や研修プログラムの開発等を進めることが必要である。その際,国際医療協力が多様な分野の人材からなるチームによって行われることから,保健専攻など関連専攻との連携に留意した教育体制を充実すべきである。このことについては,前述したような公衆衛生分野の大学院整備の一環として,重点的に取り組まれることが期待される。
   また,海外の大学において臨床実習を行ったり,国際医療協力の現場での体験学習を行ったりすることは,学生の国際的視野を広げ,将来国際医療協力へ従事する動機付けともなるなど極めて有益であり,各大学において,そのような活動を積極的に単位として認定するなどの取組を促進すべきである。
   さらに,結核,熱帯性疾患,寄生虫等,開発途上国において求められている諸分野の研究が,近年我が国において十分に行われなくなりつつあるという現状にあり,これらの分野に係る研究拠点を整備することが必要である。

 

(4)教育研究を支える体制の整備

   以上のような学部及び大学院における教育研究の改善を推進するために,その基盤となる体制についても,次のような整備を図るべきである。

A   教員の教育能力及び流動性の向上
   医学部・歯学部における学生に対する教育機能を充実強化し,学生本位の教育を推進するためには,すべての教員の教育に対する意識を高め,教育能力の向上を図る必要がある。また,患者の意思を尊重した開かれた医療を行うことのできる医師・歯科医師を養成する観点から,豊かな人間性の涵養やコミュニケーション能力等の育成が求められる今日,学生の教育を担当する教員にまずそのような資質が求められることはいうまでもない。現在,文部省と厚生省の共催により,毎年,医学教育・臨床研修の指導者を養成するための全国的な医学教育ワークショップが開かれ,さらにその参加者が中心となって,各大学においても,ワークショップが開催されている。今後,歯学教育を含めて,全国的にも,また,各大学においてもこのようなファカルティ・ディベロップメント(*1)活動を充実し,教員の資質の向上を図ることが必要である。
   特に,チュートリアル教育やクリニカル・クラークシップなどの新しい教育方法や,臨床疫学や臨床薬理学などの新たな分野に係る教育を充実していくためには,これを担当する教員の資質向上が不可欠であり,そのための研修プログラムの開発等を進めていくことが必要であるとともに,医学・歯学教育に係る研究活動についても,その充実を図っていくことが求められるところである。
   教員の採用や昇任の際の業績評価においては,研究業績に偏ることなく,教育に関する過去の優れた実績やワークショップ等の研修活動への参加実績を評価したり,実際に授業を担当させてみるなど,これまで以上に教育に関する能力や意欲を重視するとともに,臨床能力についても積極的に評価すべきであり,そのため,具体的な評価方法・基準について検討すべきである。
   また,教員の流動性の一層の向上を図り,教育研究の活性化を確保するため,各大学において,教員の教育研究業績の定期的な点検,評価に力を入れるとともに,大学の教員等の任期に関する法律に基づく,実情に応じた任期制の導入についても検討することが望まれる。
   さらに,医学・医療に対する社会的ニーズの変化に迅速かつ的確に対応するため,固定的な専門分野に限定されずに幅広い視野での学際的な教育研究を推進することができるよう,近接した学問分野の教員によって構成される大講座制の組織を積極的に導入していくことも必要である。


*1   教員が授業内容・方法を改善し,向上させるための組織的な取組の総称。

B   学部及び大学病院の組織運営及び評価体制の整備
   医学部・歯学部の教育研究体制の改革を効果的に進めるためには,学内において,学部長及び病院長の権限を明確化すること,長期在任を可能とすること,補佐体制を整備すること等により,そのリーダーシップの強化を図ることが必要である。
 また,各大学においては,地域の医療機関等との連携・協力体制も含め,教育研究に係る成果や実績について自己点検,自己評価に努めるとともに,恒常的に質的向上を図る上での基盤となるよう,外部評価や,第三者的機関による客観的評価を積極的に導入することについても検討すべきである。
   さらに,学部及び大学病院における教育研究・診療に関する情報を積極的に提供することにより,国民に開かれた医師・歯科医師の育成体制の構築に努めるべきである。

 

 

3   医学・歯学教育に係る制度改正の必要性について

   「はじめに」で述べたように,大学審議会は,平成10年10月に「21世紀の大学像と今後の改革方策について」の答申(以下「答申」という。)を行ったが,その中では,課題探求能力の育成や教育研究システムの柔構造化を目指した大学制度の改正が提言されている。その中には,医学・歯学教育の分野について,その特性を踏まえた検討を要するものも含まれているため,本懇談会においては,教育部会と研究部会の合同による特別の委員会を設けて検討を行い,次のような結論を得た。

 

(1)学部段階

A   早期卒業の例外措置
   大学の修業年限は,学校教育法上4年と定められているが,答申では,大学の修業年限については,4年という原則を維持しつつ,早期卒業の希望を持ち,厳格な成績評価の下で通常の学生よりも多くの授業科目を優れた成績で修得できる者については,その能力・適性に応じた教育を行い,優れた才能を一層伸長できるようにする観点から,卒業に必要な単位数を修め,大学が適切と判断した場合には,例外的に3年以上4年未満の在学で卒業できる道を開くため,所要の法改正を行うことを提言している。
   しかしながら,修業年限が6年と定められている医学部・歯学部については,以下のような理由から,早期卒業の例外措置は導入しないこととするのが適当である。

   (ア)医師・歯科医師免許との関係
   医師及び歯科医師の国家試験の受験資格は,「大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者」(医師法第11条),「大学において歯学の正規の課程を修めて卒業した者」(歯科医師法第11条)とされており,これらの免許取得のためには,外国の医学校等を卒業した場合を除き,医学部・歯学部の卒業が必須であるとともに,その他の要件(実務経験など)は課されておらず,医学部・歯学部の教育は,医師・歯科医師の免許取得に直結しているのが現状である。
   21世紀の医療を担う医師・歯科医師に求められる資質としては,医学・医療のめざましい進歩が,一方で生命倫理や生命の尊厳の問題を投げかけていることや,人権意識の高まりに伴うインフォームド・コンセントの重要性が指摘されていることなどから,医学・医療に関する専門的知識・技術だけでなく,幅広い教養に根ざす豊かな人間性,人間性への深い洞察力,社会的ルールへの理解,コミュニケーション能力などが求められているところである。
   これらを備えるため,本懇談会第1次報告において,将来における医療人の育成のあり方として,学士号取得者を対象とするいわゆるメディカル・スクール構想を検討課題としたほか,各大学においては,現在学士編入学枠の拡大等に努めており,さらに,免許取得後のいわゆる卒後臨床研修の義務化が検討されるなど,現在,医師・歯科医師については,人格的により成熟した段階で,知識のみならず十分な技能・態度を有する人材を養成する方向での取組が進められている。
   医学部・歯学部における早期卒業の例外措置の導入は,このような今日の医療の要請とそれを踏まえた医師・歯科医師育成の改善の方向に反するものと考えられる。

   (イ)カリキュラム上の問題
   医学部及び歯学部には,医師及び歯科医師免許取得を前提として,医師・歯科医師として必要な基本的知識・技術・態度を修得させるための教育を完了させることが求められており,各大学において,このような観点に立ってカリキュラム編成が行われている関係上,専門課程のカリキュラムの授業時間の約4〜6割を実習が占めている。
   特に臨床実習については,各大学とも1年ないし2年の期間をあてていることから,早期卒業を行うためにはこの期間の短縮も図ることが必要と思われるが,臨床実習は,実際の医療の現場における実務体験・見学等を通じて,多くの症例に接し,必要な知識・技術を修得させるとともに,医師・歯科医師としての態度を養うものであり,実施期間における経験そのものに価値が存在するものであることから,仮に成績優秀者であっても一定期間の学修が不可欠である。また,我が国の医学教育は,米国等と比較して臨床実習が十分でなく,今後の課題として,クリニカル・クラークシップなどの臨床実習の一層の充実が必要であることが指摘されており,このような中で臨床実習の時間を短縮することは適当でないと考えられる。

B   大学院への早期進学特例
   現在,他学部においては,成績優秀者について,学部3年修了時から大学院に進学できる早期進学特例が設けられているが,医学部・歯学部については,国家試験受験資格等との関係から設けられていない。
   しかしながら,我が国が21世紀において,独創的で,世界の医学・医療をリードするような研究成果を発信していくためには,それを担う人材の計画的・継続的な発掘・育成が不可欠である。このため,医学部・歯学部の学生のうち,医師免許取得を目的とせず,臨床行為を伴わない研究を目指している成績優秀者については,より早くから研究に携わらせ,その資質・能力の伸長を図ることができるよう,大学院において研究を行うに足る能力を有すると認められる場合,学部卒業を待たずに,早期に医学・歯学系の大学院に進学することが可能となるような特例を設けることが適当であり,今後,大学審議会において,このことについて早急に検討されるよう要望する。
   なお,このような特例が設けられた場合,この制度を利用して大学院に進学した者は,学部については中退の扱いとなるため,国家試験受験資格は取得できないこととなるが,大学院の課程終了後,研究上の必要性や進路変更などにより,医師・歯科医師免許を取得する必要性が生じた場合には,容易に国家試験受験資格を取得できるよう,臨床実習段階への学部再編入を認めることとするなど,各大学において柔軟な取扱いをしていくことが望まれる。

C   単位互換等の上限の拡大
   答申では,大学が,学生に対する教育の実施にあたって,全ての局面にわたって責任を有するという原則のもと,学生の選択の幅を広げ,国内及び海外の大学間のより一層の連携・交流を可能とする観点から,自大学以外の教育施設等における学習について単位認定できる上限を,現行の30単位から,入学前と入学後を合わせて60単位に拡大することが提言されているが,医学部・歯学部においても,上記のような観点から,自大学以外の学習の単位認定を積極的に推進していくことが望ましい。その際,医学部・歯学部については,卒業要件単位数が188単位以上とされていることから,単位認定の上限を他の学部より高めに設定することも考えられるが,現状では,特に専門教育について,単位制が導入されていない大学が多く,他大学との単位互換等がほとんど行われていないことから,他学部同様60単位を上限とし,その中で制度の一層の活用を図っていくことが適当であり,今後,コア・カリキュラムの導入や選択科目,コース等の拡大により,各大学において学生の選択の幅を広げていく中で,制度の活用が図られることが期待される。その状況を見た上で,将来的には,必要に応じ,さらに単位認定の上限の引き上げを検討することが適当である。

 

(2)大学院段階

A   公衆衛生分野の大学院修士課程の設置
   答申では,国際的にも社会の各分野においても指導的な役割を担う高度専門職業人の養成に対する期待にこたえるため,大学院修士課程において,これまでの高度専門職業人の養成充実と合わせて,これをさらに進め,特定の職業に従事するのに必要な高度の専門的知識・能力の育成に特化した実践的な大学院の設置を促進し,このために必要な制度面での所要の整備を行うことを提言しており,具体的に設置が期待される分野の一つとして,公衆衛生分野を掲げている。
   公衆衛生分野の大学院は,欧米等諸外国においては,School of Public Healthとして,メディカルスクールと並立した大規模な教育研究組織が存在しており,その中に設置されているM.P.H.(Master of Public Health)といわれる修士課程が,公衆衛生の専門家を養成するための機関として高い評価を受けている。こうした大学院においては,医師,看護婦(士)をはじめとする幅広い背景を有する者が学んでおり,その教育研究の領域は,医療経済,医療政策,疫学,国際保健,生物統計など幅広く,今日の医療において重要な課題とされているものが多く含まれている。
   我が国にはこのような大学院や課程がないことから,公衆衛生分野の高度な専門的知識を学びたい者は欧米に留学せざるを得ない状況となっている。特に,国際保健医療協力などで活躍するためには,M.P.H.を取得していることが重要な要素となっており,このような分野で活躍できる人材養成という観点からも,公衆衛生分野の修士課程を設置することが求められている。我が国における公衆衛生分野の専門家だけでなく,アジア諸国をはじめとする諸外国の留学生等の受入れにも資することが考えられるところであり,今後,このような大学院や課程の設置に向けた具体的検討がなされることが望まれる。
   公衆衛生分野の大学院については,将来的には,欧米のように幅広い領域の教育研究を行う独立研究科とすることが理想であるが,当面,医学系研究科の独立専攻として修士課程を設置し,医師,歯科医師,看護婦(士),薬剤師などの医療関係者をはじめとして,多様な職業の者が学ぶことができるようにすることが望まれる。また,医学部・歯学部出身者のこの課程への進学を促進するためには,各大学において,この課程の修了者がさらに基礎系又は臨床系の博士課程に進学しやすいように配慮することが望まれる。
   公衆衛生分野の修士課程の修業年限については,まず2年間の標準修業年限を前提とした教育目標,内容を確立する必要があるが,欧米の主要な大学におけるM.P.H.の課程が1年制を採用していること等にかんがみ,国内の社会人のみならず,海外からの留学生受入れに資する観点から,カリキュラムの集中化等の工夫により,答申で創設が提言されている1年制コースの導入を検討することが適当である。

B   修業年限の弾力化
   答申では,社会人等の多様な学習需要に対応した履修形態の柔軟化・弾力化を図る観点から,大学院修士課程に,履修形態の工夫等により1年以上2年未満の修業年限で修了することが可能なコースや,あらかじめ標準修業年限を超える期間を在学予定期間として在学できる長期在学コースを,各大学院の選択により設けることができるような仕組みを導入することが提言されている。
   一方,医学・歯学研究科においては,現在のところ,一般には博士課程のみを置くこととされていることから,答申に示された大学院における履修形態の多様化・柔軟化という観点に立った場合,博士課程の修業年限の短縮・弾力化を図ることが検討課題として考えられるところである。
   このことについては,特に基礎系の研究分野における他学部の修士課程卒業者の受入れや,M.D.-Ph.D.,D.D.S.-Ph.D.コースの導入に資する観点から,修業年限の短縮・弾力化を各大学院の選択により実施することができるような形としておくのが望ましいとの意見もあった。
   しかしながら,博士課程の修業年限の問題を本格的に検討するにあたっては,まず,大学審議会において,大学院博士課程の在り方等についての議論が十分に行われることが必要であること,また,医学・歯学系大学院は,専門医・認定医制度や,卒後臨床研修と密接な関連を有しており,これらの動向を踏まえた検討が必要であることなどから,博士課程の修業年限の短縮・弾力化については,これらの議論や,現在既に設けられている,優秀な学生について3年で博士号を取得できる制度の活用状況等も踏まえつつ,引き続き検討を行っていくことが必要である。

 

(3)メディカル・スクール及びデンタル・スクール構想について

   本懇談会の第1次報告においては,米国のように,大学の学部4年間において幅広い教養教育の学習を修了し卒業した者を対象として,医療に関する専門的な学修を集中的に行う,いわゆるメディカル・スクール(又はデンタル・スクール)という新しい学校制度を設けるという考え方を提示しつつ,具体的な制度の変革については,なお幅広い議論が必要であるとの提言を行った。
   大学審議会の答申においても,医療の分野に限定していないが,高度専門職業人の養成に関する今後の検討事項として,幅広い分野の学部の卒業者を対象として高度専門職業人の養成を目的とする新しい形態の大学院の在り方等について,今後関係者の間で検討が行われることが必要であるとしている。
   このことについては,本懇談会でもさらに検討を行った結果,将来の方向として基本的にはメディカル・スクール等の制度を導入することが望ましいとの意見が大勢を占めたが,我が国では,リベラルアーツ型(*1)の学部教育が十分に実施されていないという現状があり,学部教育全体の改革状況を踏まえた対応が必要であること,また,現在,国立大学を中心として学士編入学制度の本格的な導入が始められたばかりであることなどから,具体的な制度改正については,これらの状況を見極めつつ,引き続き検討を継続していくことが適当と考える。
   なお,このような将来の見通しも踏まえると,今後,学士編入学枠が拡大される中で,仮にメディカル・スクール等に移行するとすれば,入学者選抜,カリキュラム,教員組織等において,どのような配慮が必要であるかについての先行的な研究も併せて行われることが期待される。


*1   学部段階においては専門教育を行わず,幅広い分野の教養を身に付けさせることを目的とした教育を行うもの。

 

 

4   医師・歯科医師の卒後の育成体制の改善と適正配置の推進

   医師・歯科医師の質の向上のためには,大学における教育のみならず,国家試験及び卒後臨床研修の果たす役割が極めて大きい。さらに,医学・医療を取り巻く環境が大きく変化する中,医師・歯科医師は,生涯にわたり絶えず最新の知識・技術を習得するよう努めることが求められている。
   また,医療に対する社会のニーズに的確に対応した地域や分野ごとの師・歯科医師の適正な確保や配置の促進も重要である。
   これらの点について,次のような改善が図られるべきである。

 

(1)国家試験の改善

   医師・歯科医師国家試験については,医師・歯科医師として具有すべき知識のみならず,技能や態度を総合的に評価するため,画像や模型を利用した実技試験,コミュニケーション能力や倫理面を評価する試験を導入すること,基本的診療能力の評価を重視しコアとなるべき部分を明確化することなどにより,一層の改善を図ることを検討すべきである。
   また,質の高い医師・歯科医師を確保するため,国家試験の受験回数の制限についても,制度的な検討がなされることが望まれる。

 

(2)卒後臨床研修の充実

   卒後臨床研修においては,医師・歯科医師の臨床医としての基本的診療能力を確実に身に付けさせる必要がある。医師・歯科医師の大部分は,大学病院において卒後臨床研修を行っており,その改善充実に果たすべき大学病院の役割は極めて大きい。各大学病院においては,各診療科ごとではなく,大学全体の統一的な理念に基づく研修目標やプログラムを策定し,卒後臨床研修を実施する体制を構築することが必要であり,その際,複数の診療科にわたるローテート方式や総合診療方式の積極的な導入,総合診療部などを活用した全体的なコーディネート体制の充実,学外の多様な医療機関との連携等を図る必要がある。また,研修希望者に積極的に情報提供を行うべきである。
   なお,現在,卒後臨床研修の必修化が検討されている。このことは,医師・歯科医師の臨床能力の向上を図る上で望ましいことであるが,必修化に当たっては,A 指導医の充実,B 研修プログラムの確立,C 研修医に対する経済的支援の保証,D 研修施設・設備の充実などの条件整備が併せて行われることが不可欠である。

 

(3)専門医,認定医制度の整備

   現在,多くの学会が専門医,認定医制度を有しており,社会から一層の信頼と評価を得られるような制度の整備に向けて,関係学会等による協議が行われている。専門医,認定医制度の整備に当たっては,今日の医療に対するニーズを踏まえた質,量,領域のバランスに留意する必要があり,特に,プライマリ・ケアや救急の専門医の育成に力を入れるべきである。また,これらの制度の整備状況を踏まえつつ,臨床系大学院の在り方についても,真に臨床に結びついた教育研究を一層推進する観点から,今後検討する必要がある。

 

(4)生涯学習体制の充実

   医師・歯科医師の生涯にわたる学習については,各学会や医師会・歯科医師会により様々な場が提供されているが,医学・医療に関する最も豊富な教育資源を有する医学部・歯学部は,地域の実情に応じて,医師・歯科医師等の医療人のみならず,社会人に対する生涯学習の機会を提供することが求められており,積極的な取組が必要である。

 

(5)医師・歯科医師の適正配置の推進

   医師・歯科医師の地域的な適正配置を推進し,へき地等における適切な医療提供体制を構築するため,実効性のある誘導措置を講ずることを検討する必要がある。
   また,基礎・社会系の医学・歯学の専門家や救急,麻酔,周産期医療に携わる医師等,特定の専門分野において人材が不足しているとの指摘もあり,医師・歯科医師の専門分野ごとの適正配置を促進する施策についても検討すべきである。
   さらに,医療保健行政や福祉・介護,国際医療協力,製薬など,今後,医師・歯科医師に対するニーズが増大すると考えられる分野に,積極的に関わっていくことを促進するための環境整備についても検討する必要がある。

 

 

5   医師・歯科医師の需給問題と医学部・歯学部の入学定員の在り方について

(1)これまでの経緯

   医師・歯科医師の需給については,昭和61年に厚生省の「将来の医師需給に関する検討委員会」及び「将来の歯科医師需給に関する検討委員会」の最終意見において,平成37年には医師の10%,歯科医師の20%が過剰になるとの需給推計に基づいて,平成7年を目途に医師の新規参入を10%程度,歯科医師の新規参入を20%程度,それぞれ削減するとの提言がなされた。
   また,昭和62年に文部省の「医学教育の改善に関する調査研究協力者会議」及び「歯学教育の改善に関する調査研究協力者会議」の最終まとめにおいて,平成7年に新たに医師になる者を10%程度,歯科医師になる者を20%程度抑制することを目標として,国公私立大学を通じて入学者数の削減等の措置を講ずることが提言された。
   これらの提言を踏まえ,各大学において入学定員の削減が行われ,現在までに,入学定員が最高であった昭和59年当時と比較して,国公私立を合わせ,医学部においては7.7%,歯学部においては19.7%の削減が実施されている。

 

(2)厚生省の医師・歯科医師の需給に関する検討会の報告

   近年,これまでの新規参入医師・歯科医師数の削減計画の下では,将来的になお医師・歯科医師が過剰となることが予想されるため,何らかの対策が必要ではないかとの意見が出されるようになり,厚生省においては,平成9年7月より「医師の需給に関する検討会」及び「歯科医師の需給に関する検討会」を設けて検討を行い,平成10年5月,その報告書がとりまとめられた。

A   「医師の需給に関する検討会」報告
   本報告は,将来の医師需給について,現状の医師供給体制が続けば,将来の医師需要の拡大を考慮しても,平成29年頃から供給が需要を上回り,平成32年には約6,000人,平成37年には約14,000人の医師が過剰になり,その後も乖離の拡大が続くものと予測している。
   その上で,医師数の適正化の目標として,高齢者人口の最も多くなる平成 32年において需給の均衡が達成され,かつその後の供給医師数と需要医師数の乖離を抑制することが可能となるよう,新規参入医師の削減を進めることとし,具体的には,削減率を次第に高め,最終的には上に述べた時期を目途に現在の新規参入者に対して概ね10%の削減を目指すことを提言している。
   また,具体的な対策としては,入学定員の削減だけではなく,医師の卒前教育や卒後臨床研修の充実,国家試験の改善等により結果的に医師の新規参入者数の削減につながる側面を含め,総合的に考える必要があるとしている。
   入学定員については,昭和61年の検討委員会の提言に係る,昭和59年当時の医学部入学定員を10%削減するという目標の達成に向けて,改めて関係者が調整の上,具体的に取り組むことを要請している。その上でさらに,他の対策の実施時期や実現可能性について検討する過程で,新たな入学定員の削減についても,大学関係者の中で調整を行いながら検討する必要があると指摘している。

B   「歯科医師の需給に関する検討会」報告
   報告は,将来の歯科医師需給について,歯科医師の供給は少なめに,また,需要は多めに見積もって推計しても,平成17年以降,供給が需要を上回り,平成37年には9,000人から18,000人程度の過剰が見込まれると予測している。
   その上で,具体的な方策として,新規参入歯科医師の抑制,臨床研修の必修化及び高齢歯科医師の稼働停止等を組み合わせて行うことにより,将来の歯科医師数を適正化していくこととし,新規参入歯科医師数については,歯科医師国家試験の改善が図られる結果生じる削減効果を含めて,歯学部の入学定員の削減等を併せて行うことにより,10%程度の削減を目指すことを提言している。また,将来的には,高齢歯科医師が急増していくことから,その稼働停止が今後の歯科医師の需給対策において,極めて重要であることを強調している。

 

(3)医学部・歯学部における今後の入学定員の在り方について

A   医師・歯科医師の需給に関する本懇談会の考え方
   医師・歯科医師の需給の検討に当たっては,将来のあるべき医療の実現のための医療体制の充実,少子高齢化等の社会の変化に対応した新たな分野における需要の拡大,地域や分野ごとの医師,歯科医師の適正な確保と配置の促進,基礎・社会系分野の医学・歯学の人材の確保,医師・歯科医師以外の医療人の配置状況との関係などについて,十分に考慮すべきであり,そのために,医師・歯科医師や,看護婦(士)をはじめとする他の医療人の活動状況についてきめ細かい実証的なデータを収集・分析し,将来の予測に活用する必要がある。
   このような考え方に立って,このたびの厚生省の検討会報告の需給予測を見ると,なお検討が不十分と思われる点も見受けられるものの,様々な点についてかなり配慮されていると評価できる。
   したがって,本懇談会としても,この報告における需給予測を概ね妥当なものと認め,これを踏まえ,今後の医学部・歯学部の入学定員の在り方を検討したところである。
   なお,この報告においても述べられているように,医師・歯科医師の需給バランスは,患者数の推移や今後の医療制度の改革等様々な事象の影響を受けるものであり,また,前提とする条件の設定の仕方によって,大きく異なってくる。事実,これまで数回行われた需給推計の数値は,その都度変化してきていることから,今後,より一層のきめ細かい実証的データを収集し,継続的に需給動向の推移を分析するよう要望する。

B   医学部・歯学部の今後の入学定員の在り方について
   医師・歯科医師数については,大学の入学定員の削減という養成課程の入口の段階だけでなく,養成課程における学生の適切な評価や進路変更を含めた指導,国家試験の改革などの養成課程の出口の段階,さらには資格取得後の段階も視野に入れ,総合的に対策を講じることによって,その適正化を図っていくことが必要である。
   また,医学部・歯学部の入学定員の問題は,医師・歯科医師の需給というマクロ的な数量調整の観点だけではなく,21世紀の医療の担い手にふさわしい質の高い医師・歯科医師の育成・確保をいかに図っていくべきかという視点から検討されるべき課題である。
   このような観点に立って,厚生省の検討会報告における需給予測を踏まえ検討を行った結果,本懇談会としては,医学部・歯学部の入学定員について,将来における医師・歯科医師の過剰がもたらす弊害等にかんがみ,現状よりさらに削減していくことが必要であるとの結論に達したところである。
   具体的には,医学部の入学定員については,昭和61〜62年に立てられた削減目標が未だ達成されていないことから,当面,この達成を目指して削減を行うことが適当である。
   また,歯学部の入学定員については,厚生省の検討会報告において,歯科医師国家試験の改善による削減効果と併せて,新規参入歯科医師数を10%程度削減することが提言されていることから,このことを踏まえた対応が求められるところである。
   これらの削減にあたっては,医師・歯科医師の育成について,国公私立大学がそれぞれの立場から国民の要請にこたえてその役割を果たしていることにかんがみ,国公私立大学全体で対応すべきであり,

      (ア)国公私立間の均衡
      (イ)これまでの定員削減の状況
      (ウ)各大学の教育研究上の重点の置き方の相違による機能分化の状況
      (エ)卒前・卒後の実習を含む教育体制
      (オ)各地域における現在の医師数等の医療提供体制の現状

等を踏まえ,医療をめぐる諸般の状況の推移を見ながら,それぞれの関係者において対応についての検討を行うよう要請する。
   なお,入学定員の削減を行う場合には,併せて教育研究条件の実質的向上を図る観点から,教員数についてはできるだけ確保するよう努めることが望ましい。また,入学定員の一部を振り替えて,生命科学などの学際的領域や保健・福祉などの社会的ニーズの高い分野など,医療に関連する他の学科に改組転換することなども,各大学の状況に応じて積極的に検討することが望まれる。

-- 登録:平成21年以前 --