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2−4   公法基幹科目・行政法
 
(1)編成の考え方
 
1.    行政法教育として、基礎科目において提供された教育機会は次のようなものである。すなわち、「統治の基本構造」において、行政活動と法の関係が全体的に取り上げられ、「行政活動と訴訟」において、行政活動をめぐる紛争を訴訟に載せるために最低限必要な法的知識やツールのうちの骨格部分が取り上げられている。
   しかし、現実の行政過程を見るならば、それが多様であるのはもちろん、法制的に複雑なものが多い。また、法律や条例に定めのない内部規則や指導が、様々な理由により、重要な役割を果たしている。
   そのため、基礎科目で得られたごく基本的な知識ないしツールは、そのままでは、現実の行政過程に適用することのできる水準のものではない。行政過程そのものについての知見を深めながら、基礎科目で得られた知識やツールについての自らの理解を見直し、もう一歩高められた水準に至ることが必要なのである。
   この一歩高められた水準とは、あくまで、すべての法曹実務家に求められてしかるべき程度の行政法上の能力である。具体的に言えば、現実の法的紛争に直面したときに、そこに行政法上の対処を必要とする側面があるか、あるならばどのような法的問題についてどのような調査をする必要があるかについて、大筋を理解し、簡単なメモランダムを書くことができるという程度の能力である。(そのため、将来、行政訴訟を自分の専門領域のひとつとすることを希望する学生のためには、基幹科目の水準では不十分であり、さらに加えて、たとえば実務家教官との共同授業を含めた、行政訴訟についての展開科目を提供する必要がある。)
   以上に鑑みると、基幹科目・行政法については、次のように考えることができる。行政紛争をめぐる裁判実務において問題となる事柄のうち、行政過程の現実を踏まえて展開されてきた行政法理論に照らして検討する経験を有していることが、法曹実務家に有用と思われる基本問題に絞り込んで、これを集中的に検討する授業として編成することである。
   なお、時間の節約や、学習の効率性という観点からは、租税法や労働法、消費者法、独禁法、環境法、社会保障法などといった、多くの学生の履修が期待される選択科目の行政法的側面を、あらかじめ基幹科目・行政法において取り扱うという工夫がありうると思われる。このモデル案でもその工夫を取り入れている。
   
2.    このような内容の基幹科目・行政法の具体的な編成方法としては、たとえば、次の2種類の科目をたてて、それぞれ2単位で提供することが考えられる。
   第1の科目は、行政活動の適否(違法か否か)が争点となる各種の訴訟における本案審理に焦点をあてるものである。裁判所は、行政活動の適法性ないし違法性を、どのように判定するか(両当事者は、本案審理においてどのような攻撃防御をすべきか)がテーマとなる。
   第2の科目は、行政活動に関わる訴訟の提起の仕方に焦点をあてるもので、現実の行政過程のどの段階を捉えて、どのような判決を求める訴訟を提起するべきかがテーマとなる。
   第1の科目を「行政法演習T・違法判断」と呼び、第2の科目を「行政法演習U・訴訟方法」と呼ぶこととして、次に、その授業イメージを示す。現在各大学で行われている行政法教育の編成とは、異なるところがあるため、やや詳しく各ユニットの内容を示すこととする。あわせて、基礎科目や基幹科目・憲法との役割分担についても記している。なお、損失補償は、時間の制約上、憲法科目(財産権の項目)で取り上げることにした。
   念のため付言すれば、以下で具体的に示す個々のトピックやその解決方法を、全体としてどのような学問的体系のもとで理解するかを、基幹科目・行政法の授業として取り上げる必要はない。それは、個々の学生が、それぞれの好む体系書で、必要に応じて補えば十分であると考えられるからである。
   また、各制度(たとえば行政訴訟、行政不服審査)を、法律条文に即して説明し検討することに授業時間を用いることも、避けるべきである。その概要については、すでに基礎科目「行政活動と訴訟」において触れられているから、学生が各自の必要に応じて、コンメンタールその他の書物を利用すれば十分であると考えられるためである。
   このように、学生には、単に、法科大学院教材の予習復習だけでなく、関連文献を用いた自主的な学習が求められる。
 
(2)「行政法演習T・違法判断」   2単位
 
  〔授業の目標・内容〕
     行政活動をめぐる各種の訴訟における本案審理において、裁判所は、行政活動の適法性ないし違法性を、どのように判定するか、また両当事者は、本案審理においてどのような攻撃防御をすべきかを取り上げる。
   各種の訴訟とは、主に抗告訴訟と不法行為責任訴訟(国家賠償)であるが、それ以外の民事訴訟(契約責任を含む)や刑事訴訟において行政活動の適否が争点となる場面も、余裕があれば、適宜含める。
   そして、法律や条例が定めた、行政活動についての実体的規律(制度の仕組みに照らした法解釈、法の一般原則、行政裁量の範囲)、および手続的規律(行政手続法や個別法など)に照らして、行政活動の適法性・違法性がどのように判定されるか、法律や条例に規定のない行政内部的な規範(通達や要綱など)や、各種の指導といった現象が、裁判所による行政活動の適法性・違法性の判定にどのような影響を及ぼすか、という2本柱のもとに、諸問題を適宜トピック化したうえで、これを教育的配慮によって配列して、検討を進める。
  〔授業の方法〕
     教師と学生の間の問答を通じて、基礎科目で得た知識・ツールについて、個々の学生に自らの理解を見直させ、問題意識を持って考えさせるような工夫が必要である。学生には、予習として、判決についてはその事実と判旨の整理、設問については解答を準備しておくことが、要求される。また、適宜、復習課題を与えることも有用であろう。
   
  〔授業構成の例〕
   
  T.行政活動への実体的規律
   
 
[1] 法解釈1   各種制度の法的仕組み
     行政活動の根拠となる法律の解釈作法を検討する。行政過程がやや複雑な仕組みとして作られている事例を素材とする。
   たとえば、許認可制度における職権取消しと撤回論の理解を深める素材として、風俗営業適正化法の定めるふたつの許可取消し制度について、それぞれいかなる要件によって発動されるべきものか、相互関係はどうかという解釈問題を取り上げる(参照、東京高判平11・3 ・3 判例時報1689号51頁)。
   
[2] 法解釈2   根拠法以外の法律・法の一般原則の適用
     行政活動の根拠となる法律の解釈適用にあたって、当該法律以外の法律の適用があるか(著名例として、民法177条や167条、借家法など)、法の一般原則の適用があるか(とくに信頼保護)といった問題を取り上げる。
   
[3] 法解釈3   各種の行政立法および行政計画
     行政組織が自ら定立する各種の規範(政省令・通達・要綱・回答など)や計画は、いかなる程度で、裁判所が、行政活動の適法性・違法性を判定するために参照すべき規範、または、参照が許される規範となるかを検討する。いわゆる行政解釈の尊重の問題も含める。
   
[4] 行政裁量1   行政裁量の存否と司法審査のあり方
   
[5] 行政裁量2         〃
  行政活動の根拠となる法律の解釈として、行政機関にどのような裁量的判断の余地が認められるか、それに対する司法審査の手法ないし基準についての判例の展開、その手法ないし基準は何によって決まるか、いわゆる裁量基準の存在がどのような影響を及ぼすかを検討する。
   
[6] 行政裁量3   不作為への司法審査のあり方
     監督権限の不行使や行政指導の不作為など、行政機関の不作為の違法性(作為義務)が争点となる場面を取り上げる。主として国家賠償訴訟の事案が素材となろうが、法定外抗告訴訟の事案も考えられる。
   
 
   なお、委任命令の憲法的限界論は、基礎科目「統治の基本構造」で取り上げ、部分社会論・統治行為論は、基幹科目「憲法演習T・憲法訴訟論」で取り上げる。
   
  U.行政活動への手続的規律
 
[7] 行政手続の種類、および行政手続規範の相互関係
     行政手続の種類や存在理由、行政手続を義務付ける諸種の規範の相互関係を理解するため、憲法上の適正手続論、行政手続法、個別法、行政手続条例の相互関係、適用除外を解釈論的に検討する。
   なお、余裕があれば、あわせて、行政ADR、パブリック・コメント、アドバンス・ルーリングなどについての立法論的見通しを得ておくことが望まれる。
   
[8] 手続違反の諸相
  いかなる手続違反が裁判において争点とされうるかを、行政手続法の場合(弁明機会付与や聴聞の適切さ、通知の適切さ、提示された理由の十分さ、文書閲覧の拒否の正当性など)、独禁法などの準司法的手続の場合(職能分離など)、行政不服審査法その他の不服申し立ての場合(審査手続や教示の適切さ)を取り上げて検討する。
   
 
   なお、行政上の不服申立てについては、行政活動の一例として「行政法演習T・違法判断」で扱われる部分(手続違反の諸相・手続違反の効果)と、提訴にかかる諸問題として「行政法演習U・訴訟方法」で扱われる部分(抗告訴訟の前置手続としての行政上の不服申立て)とに分かれる。
   
[9] 手続違反の効果
     行政活動に手続違反が見出されたとき、裁判所が結論に反映させるか(行政処分を取消す、損害賠償を認める、契約を無効にするなど)という問題を検討する。たとえば、行政手続法制定以前の最高裁判決(旅券法の理由付記や運輸審議会の公聴会)、契約手続違反の効果に関する最高裁判決、独禁法の準司法的手続違反に関する東京高裁判決などを検討する。
   
[10] 事実認定――実質的証拠の制度
  実質的証拠の制度(独禁法その他において実定的に規定されているが、労働組合法の解釈としては判例上否定)について、その運用のために必要な行政手続上の要件のほか、実質的証拠の有無についての裁判上の攻撃防御の仕方を検討する。事実認定権限は司法権に必須か、実定法の根拠無くして実質的証拠の運用をすることは可能かという問題にも、言及する。
   
  V.その他の諸問題
 
[11] 国家賠償法1条における違法と過失
     国家賠償法1条における違法と過失の関係(違法一元、過失一元、二元的構成の使い分け)、過失の認定の仕方(職員個人か組織か、等)を取り上げる。立法や裁判といった特殊事案における不法行為責任については、適宜言及するにとどめる。
   
[12] 国家賠償法2条における瑕疵
     国家賠償法2条における瑕疵論については、各法科大学院ごとに、民事法担当者と調整したうえで、行政法の一環として取り上げることが望ましい論点に絞って取り上げる。1条と2条の重複関係についても言及することが望ましい。
   
[13] 行政指導の諸問題
     これまでの学習の復習と整理を兼ねた応用問題として、行政指導(法律・条例に定めのないもの)が争点となる各種の訴訟(国家賠償訴訟が中心となる)において、行政活動の適法性・違法性はいかなる規範に照らして判定されているか、また判定されるべきかを検討する。行政指導は、行政活動の実体法的規律の問題(行政裁量の行使の一態様)や、手続的規律の問題(法定の手続の省略)の一現象として現れるほか、法律や条例の実体的・手続的規律の外で行われる行政活動としても現れている。とくに最後のタイプについては、裁判所がいかなる規範に照らしてその適否を判定しているのかが問題となる。
   
     あわせて、行政手続法の行政指導規定を、判例理論の編み目なかに位置付けて理解させる。
   
  〔授業モデル〕   ユニット[13]
 
東京高判昭和55・9・26判時983号22頁(石油カルテル[生産量調整])
最判昭和57・4・23民集36巻4号727頁(車両制限令の認定留保)
最判昭和59・2・24刑集38巻4号1287頁(石油カルテル[価格])
最判昭和60・7・16民集39巻5号989頁(建築確認の留保)
最判平成5・2・18民集47巻2号574頁(開発負担金)
  注:最判平成5年判決が言及する(旧)地方自治法2条3項(普通地方公共団体の事務の例示規定)は、その後改正され、現行地方自治法には、これに相当する規定はない。
   
  <予習課題>
 
1)    上記の各判決において、行政指導の適否にかかる裁判所の判断の構造を 整理しなさい。たとえば、次の点について、裁判所の理解ないし評価はどのようなものであったかを検討しなさい。
 
行政指導の行われた背景的状況
行政指導の目的は何か、およびそれへの評価
行政指導の態様はどのようなものか、およびそれへの評価
上記の評価は、いかなる法規範に照らして下されたものか
   
2)    上記の整理に基づき、弁護士としてのあなたが、クライアントの受けた 様々な行政指導の適否について、アドバイスするための判定表を作成しなさい。
   
  <授業における設問例>
  各判決の理解について確かめたあと、
 
1) 法律(または条例)が行政活動に対して定めている実体的規律・手続的 規律に照らして、行政指導の適否を判定した判決はどれか。
   
2) 逆に、行政指導を行うことについて、法律(または条例)に定める実体的・手続的な規律とは直接関係なく、その適否を判定した判決はどれか。 その場合、裁判所はいかなる規範を参照しているのか。そのような裁判所 の発想は、「法律による行政」の原理に矛盾するか。矛盾しないとするた めの論理として、いかなるものが考えられるか(それとも、そのようなも のは考えられないか)。
   
3) 食品の安全性に疑義があるとき、関係行政機関が当該食品の製造企業ないし業界に対して行政指導を行うよう、しばしば求められる。この行政指導は、上記の分析に照らして、どのような法的性格を持つものと考えられ るか。
   
4) 以上の整理に基づいて、各自が予習時に作成した判定表を発表し、相互に批判せよ。
   
  <復習課題>
     次の諸判決も、行政指導の絡む事案であるが、最高裁は、行政指導の適否を問題にしなかった。その理由が何であったかを、最高裁が事案をどのようにとらえたか、根拠法をどう解釈したかという観点から、考えなさい。
   
 
最判昭和30・6・24民集9巻7号930頁(食糧管理法の供米数量割当て)
最判昭和56・7・16民集35巻5号930頁(豊中給水拒否)
最判昭和57・7・15民集36巻6号1146頁(消防法における付近住民同意)
最判昭和57・3・9判時1037号3頁(第一次石油連盟事件)
   
  (3)「行政法演習U・訴訟方法」   2単位
   
  〔授業の目標・内容〕
     現実の行政過程のどの段階を捉えて、どのような判決を求める訴訟を提起するべきかについての基本問題を取り上げる。具体的には、抗告訴訟の訴訟要件や、抗告訴訟を含めた各種の訴訟方式の間の選択について理解を深めるとともに、法律や条例に規定のない内部的規則や指導が、現実の行政過程で一定の役割を果たしていることが、提訴の仕方に与える影響についても考察させる。
   
  〔授業の方法〕
     「行政法演習T・違法判断」と同様の工夫が必要である。それに加えて、「行 政法演習U・訴訟方法」においては、判例理論の分析・評価といった解釈論にとどまらず、とくに、立法論的見地も含めた検討を行うことが望ましい思われる。
   
  〔授業構成の例〕
   
  T.訴訟提起の準備
 
[1] 訴状の作成
     架空の行政紛争事例を与えて、訴状を作成させ、訴訟提起の準備段階でどのようなことに目配りをしておくべきかについて、鳥瞰する。    訴訟方式(訴訟ルート)の選び方、訴訟対象の選び方、原告の選び方、被告の選び方・その記載の仕方、請求の併合の可否、取消訴訟の出訴期間の起算点、不服申し立て前置の要否、裁判管轄など、実務上留意すべき行政訴訟に固有の問題があることに気付かせる。当然ながら、訴状の書き方の巧拙は、ここでは関心の対象ではない。
   
  U.抗告訴訟の対象・当事者と前置手続
 
[2] 処分性
     計画、給付行為、規範定立行為(要綱・通達を含む)、行政指導など、処分性の有無が争点となる判例について、何が処分性の有無の決め手であったかを検討する。    あわせて、行政事件訴訟法における行政処分概念の由来、処分性の概念の立法論的な有用性(その有無)についても、適宜言及する。
   
[3] 原告適格
  行政処分の相手方以外の第三者の原告適格を論じる判例について、何が決め手であったかを検討する。
   
[4] 狭義の訴えの利益(客観的利益) (含、事情判決との使い分け)
     いわゆる訴えの客観的利益の事後的消滅を論じる判例を検討して、何が決め手であったかを検討する。また、行訴法の事情判決との間の使い分けにも言及する。
   
[5] 憲法論的見地からの検討
     司法権や法律上の争訟性の観点から、訴訟の適否を論じる判決を取り上げて検討したうえで、〔2〕〜〔4〕で見た処分性・原告適格・狭義の訴えの利益の問題との間に、問題意識の重複が見られないかを検討し、憲法論(司法権論)との関係を確認する。
   時間的余裕があれば、住民訴訟や、新地方自治法で導入された国と地方公共団体の間の訴訟も素材に加えることが有用であろう。
   
 
この問題は、基幹科目「憲法演習T・憲法訴訟論」でも取り上げられうる。
   
[6] 抗告訴訟の前置手続としての行政上の不服申立て
     行政上の不服申立 て制度のうち、抗告訴訟の前提手続としての意味をもつ部分(不服申立て前置の要否、前置義務があるときの裁決・決定の不作   為の取扱い、原処分主義など)を取り上げる。
   
 
   行政上の不服申立ては、行政活動の一例として基幹科目「行政法演習T・違法判断」で扱われる部分(手続違反の諸相・手続違反の効果)と、提訴にかかる諸問題として基幹科目「行政法演習U・訴訟方法」で扱われる部分(抗告訴訟の前置手続としての行政上の不服申立て)とに分かれる。
   
  V.訴訟方式の選択
 
[7] 抗告訴訟の間の選択(含、判決の効力)
     取消訴訟と法定外抗告訴訟の間の選択関係を、取消判決の効力論を含めて取り上げる。行政事件訴訟法の解釈、判例理論の分析評価、立法論的検討を行う。
   
[8] 無効確認訴訟の訴えの利益
     無効確認訴訟の訴えの利益論のほか、無効確認訴訟の性格を検討することで、抗告訴訟と当事者訴訟・(狭義の)民事訴訟との間の区別について、解釈論的・立法論的に理解を深める。
   
[9] 抗告訴訟と他の訴訟方式の関係(1)
   
[10] 抗告訴訟と他の訴訟方式の関係(2)
 
行政処分に対する抗告訴訟と国家賠償訴訟の関係
行政機関のある行為に対して、抗告訴訟を提起すべきか、狭義の民事訴訟(差止めや不存在・無効確認を求める訴え)を提起すべきか
行政処分に対する抗告訴訟と、行政処分の相手方その他の私人を被告とする民事差止め訴訟との関係
行政処分に対する抗告訴訟と、当該処分に続く処分性を欠く行為(工事など)を対象とする民事差止め訴訟との関係
行政上の義務違反者に対して国・自治体が原告となって是正を求める訴訟、行政上の代執行と民事上の強制執行申立ての関係
   
     などといった諸問題をまとめて取り上げる。行訴法の解釈論とともに立 法論的検討を加える。
   このほかに、抗告訴訟と刑事訴訟の間の選択という問題もあること(交 通反則金の最高裁判決)に言及することも考えられる。
   
[11] 租税事件・労働事件の訴訟方式
  [9][10]の応用として、租税事件における、納付済税額の不当利得返還請求訴訟と賦課決定に対する抗告訴訟の関係、労働事件における、労働委員会の決定に対する抗告訴訟と、労使間の民事訴訟の関係などを検討する。
   
[12] 仮の救済
     仮の救済を申し立てる際の諸問題のうち、執行停止と民事保全の使い分け([9][10]の応用例でもある)、執行停止の要件といった基本的な解釈問題を取り上げ、その立法論的評価についても言及する。
   
[13] 住民訴訟
   
  〔授業モデル〕   ユニット[1]
  ・訴状の例
 
訴   状
 
住民票不受理処分取消等請求事件
   当事者の表示   別紙当事者目録に記載のとおり
   訴訟物の価格   金○○○万円
   貼用印紙額   金○万○○○○円
 
請   求   の   趣   旨
被告○○市長が原告らに対し、平成○○年○月○○日になした住民票転入届の不受理処分を取り消す。
被告○○市は、原告らに対し各金100万円、及び右各金員に対する平成○○年○月○○日から支払済み
 
まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに第2項につき仮執行の宣言を求める。
 
請   求   の   原   因
   原告らは○○団体○○のメンバーであるが、原告Aは平成○○年○月○○日より、原告Bは同年○月○○日より、○○県○○市○○○○○○(以下、「本件住所地」という。)に住所を定めて生活を始めた。
   同年○月○○日、原告らは○○市役所市民課の窓口を訪れ、原告Aは転入日を同年○月○○日、原告Bは転入日を同年○月○○日、新住所をそれぞれ本件住所地とする転入届を提出した(甲第一、二号証)。
   ところが、窓口の担当者であるCとDは、転入届を受け付けられない旨述べ、さらに、市民課のE課長は、「最高責任者であるY市長Fの指示により、公共の福祉の観点と近隣住民の不安を考えて、宗教団体○○の住民登録は受け付けられず、その旨を記載した書面も発行できない」旨を述べて、原告らの転入届の受理を拒否した。
   同年○月○○四日付で、原告らは○○県知事に対し、転入届不受理処分の取消を求める審査請求の申立を行った(甲第三、四号証)。
   被告Y市長は、転入者から転入届の提出があった場合には、住民基本台帳法5条ないし8条の規定に基づき、住民票に住民に関する記載をして住民基本台帳に記録すべき義務があるところ、被告○○市長はこの義務を怠っているのであるから、本件不受理処分が違法であることは明らかである。
   よって、原告らは被告Y市長に対し、被告Y市長が平成○○年○月○○日になした住民票転入届の不受理処分の取消しを求める。
   なお、原告らは、審査請求の裁決を経ておらず、審査請求の申立から3か月を経過していないが、転入届の不受理状態が続けば、原告らは選挙権の行使を妨げられるおそれがあり、行政事件訴訟法8条2項2号の「著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するというべきである(福島地裁昭和54年4月2日決定行裁集30巻4号713頁参照)。ちなみに、原告Aは、前住所地である○○県○○町が転入届を受理しなかったことにより、平成○○年○月○○日に行われた衆院選において、選挙権を行使することができなかった。
   被告Y市長が原告らの転入届を受理しないことにより、国民健康保険証が交付されず、高額の医療費を支払わなければ病院で治療を受けることができないほか、住民票の写しや印鑑証明書等が取得できないといった不便を被っている。また、当該市町村の選挙人名簿の登録は、転入届を提出してから引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行われるところ(公職選挙法21条)、転入届の不受理状態が続けば、原告らが選挙権を行使できないおそれもある。
   そして、原告らは、右状況がいつまで続くか分からないという将来の不安を抱えている。
   何より、○○団体○○のメンバーというだけで、転入届を不受理とされている原告らの精神的苦痛は甚大である。
   原告らの右精神的苦痛や不安に対する慰謝料は各自金100万円を下らない。
   右損害は、被告Y市長がその職務を行うにつき、公権力の行使を誤った結果原告らに与えた損害であるから、被告○○市は国家賠償法1条により、これを賠償すべき義務がある。
   よって、原告らは被告○○市に対し各金100万円、及び右各金員に対する平成○○年○月○○日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
 
証   拠   方   法
   甲第一号証の一ないし三原告Aの住民票異動届、国民健康保険異動届及び転出証明書写
   甲第二号証の一ないし三原告Bの住民票異動届、国民健康保険異動届及び転出証明書
   甲第三号証原告Aの申立にかかる審査請求書
   甲第四号証原告Bの申立にかかる審査請求書
 
添   付   書   類
甲号証写し各一通
   
  平成○○年○月○日
 
右原告ら訴訟代理人
弁護士   ××××
 
○○地方裁判所   御中
   
 
架空の紛争事例……複数の訴訟の仕方が考えられるもの
参考条文(行訴法、地方自治法(住民訴訟)などの該当箇所)
   
  <予習課題>
     上記の紛争を解決するために、どのような訴訟を提起することが適切と考えられるか、被告とそれに対する訴訟(求めるべき判決)として考えられるものを、一覧表にしなさい。また、それぞれの訴訟について、訴状例を参考にしながら、訴状を作成しなさい(提訴先裁判所、当事者の表示、訴訟物の価格、印紙額、請求の趣旨と請求の原因などに注意すること)。
   
  <授業での設問例>
 
1) 裁判所がどのような判決をすれば、この紛争は解決されたことになるか。
2) 各自が考えてきた訴訟について、そのすべてを提訴することができるか、両立しない訴訟はあるか。
3) それぞれの訴訟について、その被告と訴訟対象の組合せが最も適切か、より適切な訴訟の組み立て方はないか。
4) それぞれの訴訟は、すべて同じ裁判所に提起することができるか、併合することはできるか、併合について法は規律しているか。
5) 抗告訴訟については、処分性、原告適格、狭義の訴えの利益などについて、どのような反撃を被告から受けそうか、不服申立てをあらかじめしておかなければならないという問題はあるか、被告の記載の仕方に誤りはないか、出訴期間の算定に誤りはないか。
 
 
 
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