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3−4.展開科目

  展開科目は、各学習者が、自らの知的関心・興味や将来の専門的活動分野等に応じて、基礎科目及び基幹科目を通じて得られた専門的知識・法的分析能力をさらに深化させ、また発展させる性格を有するものであり、「検討会議」報告書にいう先端的・現代的分野科目、国際関連科目、学際的分野科目等に対応するものである。
  民事法関係の展開科目には多種多様のものが考えられ(若干の例として、知的財産法、経済法、国際取引法等)、また、多くの場合、種々の法分野にまたがる性格が強いが、ここでは、3−1の末尾にも述べたように、実体法と手続法の融合した分野に関する応用科目として倒産法と、民事法の枠を超えて経済法や公法にも及ぶ多様な法的問題を広く包含する現代的科目として消費者法を例にとり、その授業モデルを提示する。
  なお、展開科目は選択科目として位置づけられ、基礎科目や基幹科目よりも受講者数がより限られることが多いことが想定される。したがって、授業の方法としては、基幹科目よりもさらに徹底した多方向的ディスカッション方式がとられるべきであろう。また、対象となるテーマの性質上、実務家教員との密接な連携が強く求められることも少なくないと考えられる。

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3−4−1.倒産法(第3年次、2単位)

[授業の目的]
  この未曾有の不況の時代にあって、新聞、テレビなどで「倒産」というキー・ワードが氾濫している。一口に倒産といっても、その原因は多様であり、また、法人や個人(自然人)、事業者や非事業者というように倒産者の態様もさまざまでである。さらに、倒産の影響は、家族、従業員、取引先業者、取引先金融機関、さらには地方自治体財政を含む社会全般に広く波及する。山一証券の自主廃業のように、その影響が国際的なものとなることさえある。
  「倒産法」は、今後日常的に体験するかもしれない「倒産」の本質を法的に明らかにすることを第一の目的とし、また、「倒産法」「倒産処理法」の諸分野、とりわけ企業倒産に関する法制度の仕組みを明らかにすることを第二の目的とする。この「倒産法」は実定法の名称ではないが、破産法、会社更生法、民事再生法、商法などによって規律される倒産処理に関する法制度を総称するものであり、破産手続(破1条以下)、会社更生手続(会更1条以下)、再生手続(民再1条以下)、会社整理手続(商381条以下)、特別清算手続(商431条以下)が含まれるほか、広い意味では裁判外の手続である私的整理(任意整理)をも包含する。この授業では、「倒産」を処理するこれらの手続の仕組みを対比しながら、なぜこのような制度が重要なのか、これらがどのように機能するかを考察する。
  また、倒産法の分野は、企業の財務や金融制度などにも密接に関係するものであり、テーマによって財務分析や金融論などの理解もあわせて必要となる。この点からすると、学際的分野科目である「法と経済学」等を併行して履修することが望ましい。新聞・雑誌等の経済関連記事などにも日頃から注意深く目を通しておくことも不可欠である。
  なお、現在、法制審議会で「倒産法」の改正が審議されており、今日の喫緊の課題とされていることは周知の通りであるが、この授業においても、現実の倒産事例を教材としながら、「倒産法」の現在の法状況だけではなく、将来的な立法のあり方をも視野に収めることが必要であろう。

  □倒産法のユニット

[1] 授業のガイダンス
[2] 「倒産」の意味について〜手形不渡りと銀行取引停止処分、給与所得者の破綻など
[3] 倒産処理の全体的枠組み〜破産・民事再生・会社更生・会社整理・特別清算の仕組み
[4] 倒産者となりうる主体〜自然人と法人の破産、特に株式会社の破産を中心として
[5] 「倒産」の法的意味〜支払不能、債務超過、支払停止、貸借対照表の内容による視点
[6] 手続申立てと手続開始決定〜保全処分の役割と事業経営
[7] 手続開始決定の効果〜倒産法人との関係
[8] 倒産手続と債権者との関係〜債権届出、調査、確定、再建計画上の処理、担保権者の地位
[9] 倒産手続上の機関〜各手続における機関の役割
[10] 契約関係の処理−基本原則〜破59条の意義の基本的な理解
[11] 契約関係の処理−各論〜契約(賃貸借・請負・雇用など)と破産における処理
[12] 倒産財団の維持・増殖〜否認権の役割と機能する場面
[13] 倒産手続における再建の手法
[14] 特殊な破綻処理の手続〜金融機関を中心とした破綻処理
[15] 今後における立法のあり方と授業のまとめ

  □授業モデル1=ユニット[2]

[授業のテーマ]
  ユニット[2]の授業では、われわれが新聞などで目にする「倒産」の意味を考えてみる。「倒産」とは経済的に破綻した状態を示すことはいうまでもないが、もう少し具体的に「個人」と「会社」に分けて、経済的に破綻することがどのようなことなのかを考えてみることにしよう。

1.1993年11月1日の日本経済新聞夕刊16面のシリーズ「家族はいま」第64話に次のような記事が掲載されていた。
  「ローンのことは妻に知らせていなかった。知れば心配する。何とか一人で返済しよう。そんな思いが結局家族を苦しめることになった」と東京都に住む中原政孝さん(仮名、30)は反省する。…負債総額は約650万円。年収600万円の政孝さんにとって3人の子供と妻の房子さん(仮名30)を養いながら返済するには限界を超えていた。
  24歳で結婚した時、すでに50万円のローンを抱えていたのだ。20歳の頃、調理師だった政孝さんは、飲食店を経営する知人から「事業を拡大するから出資しないか。年50%の利子をつける」と誘われた。…キャッシングローンなどで200万円を用立てた。…知人は事業に失敗し蒸発。政孝さんの元には借金だけが残った。…政孝さんは昼と夜、2つの店で掛け持ちで働き借金を返済し続けた。4年間でほぼ返済のめどもついたため、人生をやり直す気持ちで結婚を決意した。
  ……結婚1年目に房子さんが妊娠して、仕事を辞めてから返済計画が狂い始める。妻の収入分がなくなる一方で、子供が増えた分出費がかさみ、支出を抑えなければならないのに、一度身についた浪費癖は簡単に直らない。……度重なる出費にそのつどカードでお金を借りた。……一つの支払いをするために、他の会社のキャッシングサービスを利用する。そんな自転車操業が始まった。クレジット会社、銀行、流通、消費者金融などで次々とキャッシングカードを作り、現金を借りまくった。気付いたらカードは12枚になっていた。

Q1  以上の例では負債額が650万円になっているが、10年返済で、年利率は平均15%として、毎月の返済金額(毎月均等返済)はどの程度になるか。なお、中原さんはおそらく自己保有の土地は有していないようである。

Q2  中原さんの年収は600万円であるから、税金、社会保険、アパート家賃を控除した純然とした生計費をどの程度と考えればよいか。さらに、中原さんは三人の子供を抱えていることを前提とすると、これに要する生計費をも勘案して、年収との対応でどの程度の弁済が可能か。

Q3  Q2で試算した返済額を中原さんが今後支払い続けることが可能であるとしても、それは中原さんが仕事を続けてゆけることが前提になるが、その間に病気などで失職した場合には返済し続けることができなくなることも考えられる。このような場合に、それでもなお「債務奴隷」のままで放置するとすれば、どのような問題を生ずるか。

Q4  Q3の場合に、中原さんが完全な意味で支払能力を喪失する状態とはどのような場合か。中原さんは完全な意味で支払能力を喪失した場合、それをどのような行動でそれを表すであろうか。

Q5  東京都提供のテレビのCMで「カードで物を買うことはお金を借りることと同じ」といった趣旨のメッセージがしばしば流されたが、購買心理(あるいは消費者心理)の点からカードの利用をどのように考えたらよいか。

2.1995年2月6日の日本経済新聞夕刊1面に次のような記事が掲載されていた。
  北炭、更生法を申請      負債総額882億円
  ……野々村郁雄北炭社長は6日午後、東京で記者会見し、更生法申請について「空知の閉山提案後、信用不安が生じ、組合との交渉も困難になってきたため、混乱を避けるために裁判所にお任せすることにした」と述べ、やむを得ない措置であることを強調した。……
  ……北炭は1889年(明治22年)に創立された石炭業界の名門だが、燃料転換、安い海外炭に経営が圧迫され、78年に東証一部上場を廃止され店頭管理銘柄として取り引きされていた。人員削減、炭坑閉山など度重なる合理化にもかかわらず、業績は回復の兆しを見せなかった。
  94年9月の中間期の売上高は9億8100万円にとどまり、経常損益が11億6700万円、最終損益も11億8100万円のいずれも赤字だった。単独、連結とも最終赤字が続き、債務超過額は単独で794億円(94年9月末)、連結では1285億円(94年3月末)に達していた。
  同社は1月26日に空知炭坑の閉山を組合に申し出たが、その時の提示された退職金の要求額が大きく、資金繰りのメドが立たなかった。

3.1992年10月12日の日本経済新聞夕刊3面に次のような記事が掲載されていた。
  アイペックが自己破産申請      負債総額170億円
  9月末に2回目の不渡り手形を出し銀行取引停止処分となっている店頭公開企業、アイペックが12日、東京地方裁判所に自己破産を申し立てた。負債総額が約170億円に達する。経営行き詰まりのきっかけとなった帳簿外の債務約80億円の存在を初めて認め、同社が粉飾決算をしていた疑いが一段と強まった。
  9月28日に2回目の不渡りを出した段階では、「現時点で負債総額は約100億円」としていた。しかし、90年の店頭公開以前から同社経営陣が個人的につながりのある資産家からトンネル会社経由でヤミ融資を受けていたほか、今年4月以降は暴力団関係者とみられる人物などに手形を乱発していた事実が判明、過大の簿外債務を認めざるを得なかったとみられる。

4.1997年2月15日の日本経済新聞夕刊3面に次のような記事が掲載されていた。
  企業倒産件数、1月7.5%増      大型相次ぐ
  帝国データバンクが14日まとめた97年1月全国企業倒産状況によると、同月の倒産件数(負債1,000万以上)は前年同月に比べ7.5%増えて1204件となり、1月としては10年ぶりの高水準になった。東証一部上場の京樽や雅叙園観光をはじめ、ココ山岡宝飾店や法華倶楽部などの倒産が相次いだためだ。……倒産原因をみると、販売不振や赤字累積などで行き詰まる「不況型倒産」が引き続き多い。全倒産に占める割合が62.9%となり、5ヶ月連続で60%を超える水準が続いている。……

Q6  2の事例では会社の経営状況からみて資金繰りのめどが立たないことを主たる理由に会社更生の申立てをなしているが、記事の本文には「倒産」の表現はみられない。更生申立によって北炭は「倒産」したといえるか。更生手続申立の理由として、「経常損益が11億6700万円、最終損益も11億8100万円のいずれも赤字だった」「退職金の要求額が大きく、資金繰りのメドが立たなかった」とあるが、このことは「倒産」との関わりでどのような意味をもつか。

Q7  3の事例では2回目の手形不渡りそして銀行取引停止処分になった後にアイペックは破産申立をしているが、銀行取引停止処分があり、それによって「倒産」との表現よくがみられる。「会社」の倒産とはどのような意味か。

Q8  北炭は更生申立をなし、アイペックは破産申立を行ったが、これらの手続の選択に当たって、どのようなことがポイントになったと考えられるか。

Q9  4の記事では、「不況型倒産」の表現が見られるが、特に企業倒産と経済環境とはどのように関連づけられるか。

  □授業モデル2=ユニット[3]

  ユニット[2]の授業で考えた「倒産」の意義を前提として、株式会社についてこれをもう少し掘り下げ、その財務構成までも視野に入れて、「倒産」の事態を考えてみよう。

1.貸借対照表による比較
  われわれが企業の健康状態を知る最も身近な資料としては、貸借対照表や損益計算書がある。そこで、以下に健全とされている会社と倒産した会社の貸借対照表を比較して、財務構造の上から「倒産」の状態を把握してみよう。特に注意してほしいのは、貸借対照表からみた支払能力の点である。

◇アサヒビール株式会社
  貸借対照表(1995年3月31日現在・単位100万円)
資  産  の  部 負  債  の  部
科      目 金      額 科      目 金      額
流動資産 437,248 流動負債 384,191
  現金・預金 132,165
  受取手形  27,837
  売掛金  92,281
  有価証券  113,022
  棚卸資産  44,255 固定負債 493,421
  社債 302,685
  長期借入金 118,135
固定資産 726,749   長期未払金  65,046
  有形固定資産 467,298   退職給与引当金   7,555
負  債  合  計 877,612
資  本  の  部
  無形固定資産   5,326 資本金 129,437
法定準備金 126,221
  投資 254,124 剰余金
(うち当期利益)
 30,726
( 6,124)
資  本  合  計 286,385
資  産  合  計 1,163,998 負債・資本合計 1,163,998

 

◇日本開発株式会社(1974年8月1日更生申立て・10月22日手続開始決定)
  貸借対照表(1974年10月22日現在・単位1,000円)
資  産  の  部 負  債  の  部
科      目 金      額 科      目 金      額
流動資産 15,634,243 流動負債 3,694,304
  現金・預金   702,271
  受取手形   148,481
  売掛金   326,143
  有価証券   121,453
  販売土地建物 1,065,544 固定負債 20,040,286
  未成土地建物 12,112,744   更生担保債務 13,736,027
  優先的更生債務 165,646
固定資産 3,732,874   一般更生債務 5,073,378
  有形固定資産 3,466,799   預り保証金など 1,057,934
  長期借入金     7,301
  引当金    18,415
負  債  合  計 23,753,005
資  本  の  部
  無形固定資産    40,130 資本金   600,000
法定準備金 1,340,458
  資本準備金 1,281,158
  投資   225,945   利益準備金    59,300
繰延資産    14,913 欠損金 △6,311,433
  別途積立金   180,000
  前期繰越損失 △4,837,683
  当期損失 △1.653,750
資  本  合  計 △4,370,975
資  産  合  計 19,382,030 負債・資本合計 19,382,030

Q10  二つの貸借対照表を比較して、その顕著な違いをあげた上で、その違いは企業の財務構成の上でどのような意味をもつのかを明らかにせよ。

2.企業の支払能力をみる指標

Q11  企業の支払い能力を見る場合に23に掲げる指標がよく用いられるが、これらの計算式から、企業のどのような面が判定できるか。
1資産合計と負債合計との対比

  流動資産  
2流動比率= ──────────── ×100
  流動負債  

        当座資産(流動資産−棚卸資産)
3当座比率= ──────────── ×100
  流動負債  

 

【参考文献】 1森田松太郎『企業数字を読む』(講談社現代新書・1987年)
2『新版・経営分析入門』(日本経済新聞社・1993年)

  □授業モデル3=ユニット[3][4]

  倒産を処理するための裁判上の手続としては破産手続、会社更生手続、会社整理手続、民事再生手続、そして特別清算手続がある。これら手続の目的の違いを理解した上で、経営が破綻した会社にとってどのような手続による倒産の処理が望ましいかを理解する。

1.適用対象からみた倒産(処理)手続
  株式会社 有限会社 自然人
再建型手続 会社更生    
会社整理    
民事再生
清算型手続 破産
特別清算    

Q12  以上の分類をみると、株式会社には多様な手続が用意されている。どのような理由が考えられるか。

Q13  わが国ではそれぞれの手続が別個の法律によっているが、これまでの歴史的背景をふまえて、このようなシステムになっている理由を考えよ。

Q14  最近議論されている生命保険会社を含む金融機関の破綻につき、これを処理するにあたってどのような視点に配慮しなければならないか。Q12で考えた破産などの手続は金融機関の破綻を処理する上で適切なものといえるか。その問題点を検討せよ(更生特例法参照)。

2.次のA〜Eの例を比較しながら、いずれの手続による倒産の処理が適しているかを検討せよ。その際、下記の例には検討にあたって考慮されるべきさまざまなファクターが含まれているが、それらのファクターが各手続の構造の違いにどのように関連するかを明らかにせよ。なお、A〜D会社は株式会社であり、会社は有限会社である。

1Aカントリー株式会社
  資本金1億2,000万円のゴルフ場会社である。まだオープンしていないが、会員権(個人会員1口7,000万円)を販売しており、すでにこれを500人が購入している。しかし、同社の代表取締役甲が納金された金員を個人的目的のために費消したため、資金繰りが悪化し、ゴルフ場の造成資金さえも支払える状態にはなかった。負債額は120億で、資産額は80億程度である。倒産した時点では不況期に入り、ゴルフ場業界の先行きは必ずしも良いとはいえず、また、ゴルフ場の造成は6割方終わっている程度で完成までにさらに追加の資金が必要と考えられる。会員権購入者も、会員権の販売に詐欺があるとして支払った金銭の返還を強く求めている。
2B工業株式会社
  一部上場会社で、資本金が35億円である。負債額が100億であり債権者数は都市銀行をはじめとして約150社である。負債のうち、無担保の債権は30,億を占めている。主たる事業は、半導体の生産であるが、時代の趨勢もあって土地投機に手を出し、これに失敗したのが倒産の原因である。しかし、主要な資産として、その当時購入した土地(時価28億)および本社、工場などの敷地(時価15億)を有している。債権者もこの会社に対しては、これまでの取引実績から好意的である。また、会社は10年先の市場を見通した良好な半導体技術を有している。なお、社員500名で構成される同社の労働組合は会社の存続を強く望んでいる。
3C石鹸株式会社
  資本金1億5,000万円の石鹸の製造・販売を業とする非上場の会社である。負債額は15億で、資産額は8億である。債権者数は20人程度であり、そのうち5人が信託銀行であり、それに対する負債額は3億、それ以外の債権者(15人・5億)はこれまで取引を行ってきた業者であった。いずれの債権者も会社には好意的であって、現在の経営者に対して協力的である。石鹸業界は大手を中心として比較的安定した業界である。
4D印刷株式会社
  資本金8,000万円。印刷業を営んでいるが、負債額は1億で、そのほとんどは大手インク会社および製紙会社に対するものであった。債権者はこれまでのつき合いもあり、その支払については経営者と話し合おうとしている。また、支払猶予あるいは一部債務を免除してくれれば、残債務についてはその後長期にわたってでも弁済をしようと経営者は考えている。
5E有限会社
  年商500万程度の菓子製造業(ケーキ・パン製造)である。従業員は5人の家族で、父親がもっぱら経営の責任を負っている零細業者である。駅前の一等地に店舗を構え営業を行ってきたが、近隣に同業店が競合してきたために売上が大幅に減少した。そのために、リニューアルをしたが売上増に結び付かず、設備投資のために要した1,000万円の費用の回収もままならなかった。設備投資の資金は取引金融機関および知人から用立ててもらった。負債額は現在2,000万程度である。

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3−4−2.消費者法(2単位)

[科目の性格]
  以下には、民事法系科目に属する展開科目(選択科目)の一つとして開講することが考えられる「消費者法」を念頭に置いて、授業のモデル案を提示することとしたい。
  消費者法には、いくつかの特色があるが、その一つは、問題先行の法領域であるということであり、もう一つは、これと密接に関連するが、複合法領域であるということである。すなわち、消費者法は、1960年代以降に顕在化した消費者問題に対応するために生成した(いまなお生成中の)法領域であり、そこでは、現実の問題に対応するために、私法・公法、実体法・手続法といった既存の法領域を横断する形で、さまざまな法技術が利用されている。さらに、消費者法はその中に、古典的な私法理論・公法理論とは異なる現代的な法理論の萌芽を含んでいる(たとえば、契約自由の原則は再検討を迫られ、夜警国家・福祉国家のいずれでもない国家像が求められている)。以上のように、消費者法は、基礎科目・基幹科目としての実体法・手続法の学識を総合的に発展・展開させる科目としてふさわしい性質を持っている。また同時に、実務と理論を架橋するという法科大学院の目的にも適った科目であると言える。
  また、消費者法は、日常生活にかかわる法であり、すべての市民に深く関係している。このような法領域においては、市民の有する法意識、市民の行う法形成活動に大きな注意が払われる必要がある。他方、同じく国民といっても、消費者側から問題に関わる場合と事業者側から問題に関わる場合とでは、消費者問題の見え方は異なることがある。以上のような点を勘案すると、消費者法の授業においては、特定の問題に対して、受講者自身がどう考えるか、それとは異なる見方はないかという能動的・反省的な態度がとりわけ重要である。その意味で、教員と受講者(あるいは受講者相互)の多元的なディスカッションによる授業進行の意義はとりわけ大きいので、この点に十分配慮する必要がある。
  消費者問題の実態を知り、複数の観点を考慮に入れ、広い視野に立つためには、消費者問題に関わる弁護士あるいは行政担当者、消費者団体・業界団体の紛争処理担当者、あるいは法学以外の領域の研究者などを場合によってゲストに招くことなども考えられる。授業の資料についても、新聞・雑誌等の記事や一般書(経済・経営・家政・政治・社会・歴史・心理など)・ルポルタージュ類・調査報告書など法学専門書の枠を超えたものを導入する必要は大きい。さらに、学生自体が生の紛争事例に直接に触れることも重要である。
  以上の意味では、消費者法は、経営学・政治過程論・心理学などと交錯する学際科目として位置づけることも可能であるし(この場合、3年次配当が望ましい)、リーガル・クリニックや交渉技法演習と連動させることも考えられるだろう(この場合、消費者法は2年次に、クリニック・交渉技法を3年次に配当することが考えられる)。

[授業の目的]
  労働法が労働問題に対応する法、環境法が環境問題に対応する法であるのと同様に、消費者法は消費者問題に対応する法である。もっとも、消費者法は比較的最近になってその輪郭をはっきりさせつつある法領域であり、なお生成中であると言える。日々、新たな消費者問題が発生し、これに対する法的な対応がはかられていることは周知の通りである。たとえば、ここ数年の立法をだけを見ても、訪問販売法の重要な改正のほか、住宅品質確保法、金融商品販売法、消費者契約法などの新法が相次いで制定されている。授業の第一の目的は、消費者問題の実態を理解し、これに対してどのような法的対応が必要とされるか、それは可能か、また現になされているかを検討することである。いわば、社会と法の相互関係を動的に把握する必要がある(この意味では、消費者法は「立法学」の恰好の素材ともなりうる)。
  他方、消費者法は、理論的にも興味深い法領域である。消費者法は、民商法・行政法・競争法・刑事法・手続法さらには憲法などさまざま法領域を横断して存在するだけでなく、このような伝統的な法領域において前提とされてきた古典的な法原理に変容を迫りつつあるからである。授業の第二の目的は、このような理論的な特色について、消費者法という具体的な素材を通じて理解を深めるという点に求められる。

[授業計画]
  消費者法は生成中の法領域であるために、その原理・体系は十分に確立されていない。そもそもどこまでが消費者法の範囲に含まれるかについても、必ずしも共通の理解は存在しない。それゆえ、少なくとも現段階では、消費者法の授業計画は、他の科目に比しても、はるかに多様なものでありうる。むしろ様々な授業計画を実施することを通じて、消費者法とは何かが明らかになるといった方がよいかもしれない。
  具体的には、たとえば、まず次のような考え方が思い浮かぶ。

<A-1>案 主な法律ごとに検討を加えつつ、既存の法体系との異同などを明らかにしていくアプローチ(例:多くの新法解説)
<B-1>案 既存の法体系も視野に入れつつ、緩やかなまとまりの中で問題を検討していくアプローチ(例:竹内昭夫「消費者保護」以下の多くの消費者法概説書)

さらに、それぞれをより徹底するならば、

<A-2>案 具体的な問題を重視して、問題ごとに法的解決を模索していくアプローチ(例:松本恒雄「トピックス消費者法」法学セミナー連載)
<B-2>案 消費者法の原理・体系の構築に重点を置き、各種の問題と解決をその中に位置づけるアプローチ(例:大村敦志・消費者法)

も、考えられる。
  もちろん、これらの組み合わせや、さらには、これら以外の考え方もありうるだろう。 以下に一つのモデルとして示すのは、<A-2><A-1>(ユニット[7]-[12]と<B-2>(ユニット[2]-[6])とを組み合わせた授業計画である。すでに述べたように、消費者法は複合法領域であり学際性も高い科目であるが、ここではさしあたり「民事法系」の展開科目という位置づけを行っているので、以下の授業計画でも中心は私法的な側面に置くことにする(ただし、消費者私法のかなりの部分を民法や民事訴訟法の枠内で扱うというカリキュラム編成も考えられる。その場合には、展開科目としての消費者法の授業計画は問題中心に構成することになろう)。授業は、各論部分だけでなく総論部分についても、問答形式と解説形式を組み合わせて行う。

  □消費者法のユニット

[1] 消費者法とは何か〔序論1
[2] 出発点としての消費者法以前〔序論2
[3] 消費者契約の過程〔総論1〕 →
[4] 消費者契約の構造〔総論2
[5] 消費者行政〔総論3
[6] 消費者紛争〔総論C〕
[7] 継続的役務提供〔各論1
[8] 住宅品質確保〔各論2
[9] 金融商品販売〔各論3
[10] 消費者契約・その1〔各論4
[11] 消費者契約・その2〔各論5
[12] 電子取引〔各論6
[13] 消費者法の将来〔結語〕

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□授業モデル=ユニット[3](消費者契約の過程〔総論1〕)

(1)授業の目的
  ユニット[3]とユニット[4]では、ユニット[2]での古典的契約法理論のモデル(取引対象の単純性+取引当事者の自己責任=「買主注意せよ」)と対比しつつ、今日の消費者法においては、より複雑な契約法が要請されていることを理解させる。このうち、ユニット[3]では、契約の締結・履行をプロセスとしてとらえるべき場合が増えており、それに適合した法理論の開発が必要とされていることを理解させる。その際には、理論的な説明とともに、具体的な素材を用いるようにする。

(2)授業の概要
  授業の前半では基礎知識の確認を行う。

i) 予め教科書や判例集の該当個所を読ませておく。
  (たとえば、大村敦志・消費者法の47〜128頁および大村敦志・判例法令消費者法の[1]〜[14]事件)

ii) いったん成立した契約の効力を否定するための法技術につき、学生の知識を確認するための簡単な質問をする。

Q1  買ったものは返せないか(返せないのはなぜか=契約の拘束力について)

Q2  返せるのはどんな場合か(具体的な状況、法律上の説明)

iii) 現行法は、なぜ契約の効力を否定することができる場合を一定の場合に限っているのかを考えさせる。

Q3  錯誤による無効(民95条)や詐欺・強迫による取消(民96条)の主張が認められるのはどんな場合か
      公序良俗違反による無効(民90条)の主張が認められるのはどんな場合か

Q4  特別法(たとえば割賦販売法)上の義務違反(たとえば書面交付義務違反)があると、契約はどうなるか

Q5  すべての「まちがい」「だまし」「おどし」が無効取消原因とならないのは、なぜか
      すべての法令違反行為が無効取消原因にならないのはなぜか

iv) 古典的な法律行為理論(意思表示理論+内容規制理論)についてまとめをする。
    「動機」の不考慮、「公序良俗違反」の例外性、「法令違反」の原則有効など。

  授業の後半では、消費者契約にかかわる問題には古典的な法律行為理論では簡単には処理できないものが多いことを認識させ、この限界を乗り越えるためのいくつかの可能性について考えさせる。

i) 具体的な問題として、「豊田商事事件」を取りあげる。まず、ビデオ映像を5〜6分見せる。

NHK総合2000年10月3日放送「豊田商事事件・中坊公平チームのたたかい」の冒頭近くの部分。金取引の状況・ペーパー商法の仕組み・国会での政府答弁・永野会長殺人・被害者の証言など)

ii) この事件における問題点を指摘させ、救済のためにどのような法理が援用できるかを考えさせる。

Q6  被害者はお金を取り戻すことができると考えるべきか(価値判断の面)
      そのためには、どうすればよいか(法技術の面)

Q7  錯誤・詐欺・強迫・公序良俗違反にあたるか
      以上にあたらないとしたら、それはなぜか、また、どうしたらよいか

iii) 判例(秋田地本荘支判昭60・6・27判時1166号148頁)はどのような対応をとったか、そのメリットと限界はどこにあるかを理解させる。

Q8  事件の推移を説明せよ
      そのうち、判決はどのような事実に特に着目しているか
      法律構成はどのようにしているか

Q9  なぜ不法行為(損害賠償)構成をとっているのか
      公序良俗違反あるいは錯誤・詐欺・強迫とはできないか

Q10  無効取消とするのと損害賠償とするのではどう違うか
        メリット・デメリットはどこにあるか

Q11  無効取消とは言えないのに、不法行為が成立するのはおかしくないか

Q12  立法をするとすれば、どうすべきか

iv) 付随的ないくつかの問題について注意を促す。具体的には、会社が無資力の場合にはどうすればよいか(セールスマンの責任追及、業法による預り金の保全措置や消費者債権の倒産法上の保護は不要か、など)、他に似たような事件はなかったか(先物取引・変額保険等々)、実際にはどのような立法がなされたか(預託契約法・消費者契約法。成年後見法も)、などに触れる。

◇参考文献:
  豊田商事事件について、三木俊博「利得商法の問題点と被害根絶――豊田商事事件に関連して」甲斐還暦・現代社会と法の役割(1985)など
  公序良俗違反について、大村敦志・公序良俗と契約正義(1995)、山本敬三・公序良俗論の再構成(2000)など
  法律行為法と不法行為法の関係について、奥田昌道編・取引関係における違法行為とその法的処理(1996)など

□授業モデル2=ユニット[7](継続的役務提供〔各論1〕)

(1)授業の目的
  ユニット[7]では、継続的役務提供に関する問題点を理解させ、最近、これに対処するためになされた法改正に至る経緯を説明した上で、改正法の内容(メリットと限界)について考えさせる。あらかじめ新聞コピーを与えるとともに、関連裁判例(いわゆる永久脱毛機事件)および改正訪問販売法(現・特定商取引法)の関係条文を読んでこさせる。

(2)授業の概要
  前半では、具体的な事例をあげて問題点を考えさせる。

i) まず事前に配布した新聞記事を検討する

朝日新聞2000年10月21日付朝刊「『エステdeミロード』倒産、女心くすぐられ、ついた代償高く」苦情・相談は1万件以上、利用者:目立つ「家族に内証」、信販会社:利用状況を調査、「代替サービス吟味して」村千鶴子弁護士、主な相談・問い合わせ窓口……。なお、同10月19日付朝刊「『エステdeミロード』の客救済、別のサロン紹介、解約応じる用意」も)

Q1  問題のエステサロン「入会契約」にはどんな問題点があると思うか
      契約の成立、契約の期間、サービスの内容、支払の方法…など

Q2  エステサロンの「入会契約」の特徴はどこにあるか(他の取引と比べて)
      それはエステサロンのどのような性格に起因するか
      ・サービスの不可視性(事前の内容確認が困難)
      ・効果の不確実性(誰にでも有効とは限らない、有効かどうかの評価は主観的)
      ・期間の長期性(継続的な施術が必要、多くの場合に前払い)

業界の対応、相談窓口が記事に掲載されていることの意義などについても触れる。消費者の心理(「女心(?)」)についても補足する。

ii) 次に、裁判で争われた類似の例をあげて、検討させる。

  永久脱毛のケース(すね毛などの脱毛を行う機械・治療の効果にかかわる事件。大阪地判昭56・9・21判タ465号153頁=錯誤無効を認めた例。なお、名古屋地判昭56・11・18判タ462号149頁=債務不履行責任を認めた例も)

Q3  判決の内容を要約説明させる
      判決の結論を導くのに重要な事実は何か
      保証された性能がなかったという判断はどのように導かれているか

Q4  エステサロンのケースとの共通点は何か、相違点は何か
      (評価の主観性では類似する、期間の点はやや異なる)

  加持祈祷のケース(難聴治療のための加持祈祷の効果にかかわる事件。名古屋地判昭58・3・31判時1081号104頁

Q5  事案(1年で治すと約束したが2年以上施術を継続し、規定の4倍の料金を徴収)を説明した上で、どこに問題があるかを問う

Q6  どのような法律構成によって、どのように解決することが考えられるかを問うた上で、判例の解決(一部無効=規定額1年分以上は無効)を紹介する

Q7  エステサロンのケースとの共通点は何か、相違点は何か
      (期間の長期性では類似する、しかし、前払いではなく継続は任意。報酬の高額性はどうか?)

  後半では立法に至る経緯を説明し、立法の内容を検討した上で、残された問題についてもふれる。

i) これまでの動向を簡単に説明する(エステサロン・学習塾・英会話教室・家庭教師などの被害状況、これまでの立法論、業界自主規制基準。あるいは、学説のサービス契約論やEC指令なども)。

ii) 新法の内容を理解し、メリットと問題点を指摘する。

Q8  新法の適用範囲は?(なぜ、このようになっているのか)

Q9  新法の定める規律の内容は?

Q10  訪問販売法による他の問題の規律との異同は?
        (共通点:指定制・適用除外、書面交付・威迫困惑・クーリングオフなど
        相違点:中途解約権、関連製品など)

Q11  なぜ中途解約権が認められたのか(サービス契約の特性との関連で)

Q12  この法律で、エステdeミロードの事件は解決できるか?
        (割賦販売法の抗弁の接続について。一括払いとクレジット払いの区別)

iii) 前受金の保全措置の不十分さにかかわる問題に注意を喚起する。どのような措置が考えられるか。他の立法例について紹介する。

iv) 時間があれば、訪問販売法の性質の変容(名称も特定商取引法とされている)にもふれる。

最後に、参考文献を紹介する。
  改正訪問販売法につき、通商産業省産業政策局消費経済課編・Q&A改正訪問販売法「特定継続的役務」(2000)。
  永久脱毛機事件につき、三上孝孜「永久脱毛訴訟と消費者の権利」甲斐還暦(前掲)。

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