法科大学院の構想とその意義 (司法制度改革審議会への報告に寄せて)

平成12年10月6日
法科大学院(仮称)構想に関する検討会議座長 小島武司

�T 司法制度改革審議会の基本的メッセージ

 21世紀において、わが国が自由で公正な国家として独自の法文化を築き地球社会に貢献することのできる存在として確固たる地位を占めていくためには、法の支配の理念が社会の隅々まで貫徹することが不可欠です。政治改革、行政改革、経済構造改革など一連の改革が進展するなかで、最後のかなめともいうべき司法改革が中核的な課題として位置付けられているのはこのためです。司法が「理とことばの力」に基づいて公正で透明なルールを確立していくためには、この機構を動かすにふさわしい人間の営みが根幹となるはずです。具体的には、自立的存在としての個性ある個人が信頼するに足る、利用しやすい司法制度が築かれて、高度の資質と能力を備えた法曹が、法廷において、その期待される役割を果たすこと、また、社会生活において、法へのアクセスの実質的保障のために諸ニーズに適合的な法的サーヴィスを遍く提供し、個人が「個性の発露である独創的着想や新たな価値体系の創造」を可能にしていく支持基盤となることが基本的要請です。このような改革が実現してはじめて、近代の幕開け以来1世紀以上にわたってわが国が背負い続けてきた課題、すなわち、「法がこの国の血肉と化し、『この国のかたち』となる」未来の形成が可能になります。以上が、司法制度改革審議会がその論点整理「司法制度改革へ向けて」などのなかで、公にした基本的メッセージであると解されます。
 同審議会のこのような考え方は「利用者である国民の視点」に立つものであり、平成12年8月の集中審議においてその方向性がさらに固まってきております。すなわち、「現在検討中の法科大学院構想を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、計画的にできるだけ早期に、年間3、000人程度の新規法曹の確保を目指して行く」ことで大方の意見が一致しているのであります。この、法政策に関する公的決定は、国民各層において広く共有されてきた期待ないし希望に応えたものであることから、それにふさわしい重みをもつものとして受け止められなければならないのはもちろんです。このようにして前提条件が整い、法曹の質の向上を図りつつその数の大幅な増加を図るという目標を達成するための国家的事業が動き出そうとしている現今、法曹養成プロセスの中核的存在としての法科大学院は、その重大な使命にふさわしい重厚で活力あるプロフェッショナル・スクールとして構想され運営される必要があります。ここに、法科大学院が法の支配という高い峰を目指すもろもろの努力を支える多彩で良質の人材の供給という使命を果たすならば、わが国の法律制度は、自由で公正な国と社会を築くという理想に向けて力強く歩み出すものと思われます。法科大学院の構想を実施に移しその運営に当たる大学関係者等の責務は、まことに重く大きいと言えましょう。

�U 検討会議における基本的考え方

 本検討会議は、司法制度改革審議会の協力依頼を受けて、その基本的メッセージを踏まえ専門的・技術的見地から法科大学院の構想を具体化するための検討を重ねてきました。検討にあたっては、審議会において示されている公平性、開放性および多様性の確保を旨とし、大学の法学教育に対する批判を謙虚に受け止め、法曹のあり方にふさわしい制度を設計することが、新たな時代の要請であるという共通認識の上に立って、大学や法曹界の利害や既成観念にとらわれることのないようにできる限りの注意を払って中正な姿勢を堅持することに努めてまいりました。
 ここに意見集約をみた法科大学院の構想は、理想の制度を築くための必要最低限度の諸事項、および、標準的モデルを組成する諸事項を含むものであって、検討会議のメンバーの間で基本線においては共有されているところであります。その仕組みは、将来より高次の理想に進むための確実なワン・ステップとしての意味をもつと同時に、現時点において十分実施可能な柔軟性をもつものです。本検討会議が期待するものは、各大学の創意工夫が最大限に発揮されるに適した、この自在な制度設計を通じて、法科大学院が、それぞれ自己向上のために創意工夫を凝らして、自由で公正な明日の社会に真にふさわしい法曹養成制度の中核的存在として大きく成長していくことです。ここで銘記すべきは、果敢な試行が大いに期待されているのであって、各大学はその伸びやかな発想の展開に関しては不必要な拘束を受けるべきではないということです。各法科大学院の旺盛な自助努力こそが制度発展のかなめであることが、共通の確信となっているのであります。

�V 法科大学院の構想

A 法科大学院の枠組み
 法科大学院は、学部ではなく大学院のレベルに設置されるプロフェッショナル・スクールであり、独立の責任体制のもとに運営されるべきものとして構想されています。その標準修業年限については、法律の基礎的学識を有すると認められるか否かで2年と3年に分かれる3年・2年併存制か、3年単一制かのいずれかが選択されます。(「まとめ」3頁)
 法科大学院で学ぶ機会は、多様な能力や考え方をブレンドした教育プロセスを目指すという見地から、法学部卒業者、法学部以外の学部卒業者、さらにはあらゆる社会人に対して広く開かれなければならないとされています。また、法科大学院が自大学の卒業生のみならず他大学の卒業生をも受け入れることは、公器としてのその性格上当然の責務であります(開放性の原則)。
 教育内容については、一つのモデルを示せば、第1年次では、憲法、民法、刑法などの基礎科目群および法曹倫理などの法曹基本科目群などが、第2年次では、事例・判例研究などを中核とする深度のある基幹科目群および先端的・現代的分野科目群が中心であり、さらに、第3年次には、リーガル・クリニックなどの実務関連科目群、国際関連科目群、学際分野科目群などが置かれます。このモデルの考え方は、第1年次で法曹としての活動の土台となる法律基礎知識を修得させ、第2年次で、実務上生起する諸問題を素材として、基礎知識を法曹にふさわしい高度の、かつ、応用力のある水準にまで引き上げ、さらに第3年次で、知識の幅を広げ、また学生自らが現実の紛争にふれる機会を与えることによって、法曹として活動する基盤を築こうというものです。(同5頁)
 教育方法については、徹底した少人数教育が基本となり、例えば、50人程度までの双方向的な講義や10数人程度までの演習を通じて討論による法的思考力の鍛練が集中的に行われることになります。教室は、人間的接触が濃密で、パーソナル・タッチに富み活性化されたものになるはずです。(同7頁)
 教員組織としては、研究者と実務家がその適性に応じて協力し合う態勢がとられ、法理論教育が実務教育と架橋されることになります。(同10頁)
 厳しいプロセスにおける全人的な接触のなかで、ケース・メソッドないしソクラティック・メソッドなどによる探求的な授業が行われます。このプロセスのなかで適性を有しない学生は方向を転換することになりますが、汎用的な力量を養う教育は、他分野での活動にとっても有用なものとなるはずです。(同7頁)
 最終的な卒業者には、JDやLLMなどの国際的通用性もあるプロフェッショナル・スクールにふさわしい学位が付与されて、法曹以外の多様な活動分野が拓かれるでしょう。(同12頁)
 国家試験としては、現行司法試験とは異なる新司法試験が、法科大学院における教育プロセスを反映する内容のものとして導入されます。この新司法試験では、法科大学院修了者のうち相当程度が合格することになると期待されます。(同16頁)
 以上が法科大学院の基本的枠組みですが、これには、いくつかの基本的要素が内包されており、従来の法学教育は、制度的にその面目を一新します。すなわち、成熟した大学院学生、双方向的な学修プロセス、厳格な成績評価、入学等における開放性・公平性・多様性、基本的能力の飛躍的向上、高度の専門分野教育、実務の文脈を踏まえたプロフェッショナル教育、21世紀の法曹像への対応などがこれであります。

B 法科大学院の特徴と問題点
 (1) プロフェッショナル・エクセレンスの達成
 この構想の根幹にあるのは、法科大学院は、社会科学、人文科学、自然科学など、それぞれ多様な知識、あるいは社会経験を備えた入学者を前提とする、法曹養成のための法学教育についての独立の責任主体であるべきである、との視座であります。たしかに、基礎科目群、法曹基本科目群、基幹科目群(以上コア科目)および実務関連科目群(一部)が、必置科目として位置付けられており、各法科大学院において必ず開設すべき科目群となっています。しかし、これらの最低限の基準(ミニマム・スタンダード)を順守する限り、各法科大学院は、自主的判断において、よりよい教育上の創意工夫を行う自由を有し、また、学生も、その意欲と能力に応じ、修学の年限、履修科目の内容やその年次(例えば、一部基幹科目の初年度履修)など一定の事項についても幅広い選択権を与えられ得ます。高度専門教育としての特質からして、各学生は法曹に必要な基本的能力が徹底的に鍛え上げられるという前提から逸脱しない限りは、その志向するそれぞれの分野に学修努力を特化集中して将来の専門分化のために必要な資質及び能力を高い水準において獲得することができます。社会が要請する専門分化の進展に対応していくには、多様な選択科目を開設し(D、E科目群)、基本的能力に加えて、個性的選択に基づく多彩な分野の高度専門能力の涵養ということも重視されて然るべきです。
 法科大学院において、各学生が確実な基本的能力を修得しまた深度のある能力をさまざまな専門分野について獲得するならば、法曹の力量が飛躍的に高まることになり、質の高い法曹が、数多く社会に送り出されていきます。
 この新しいシステムにおいては、司法試験合格者の数量的シェアーの達成ではなく優れた法曹を生み出すことこそ大学の使命であるという発想の内なる転換が大学関係者の間で生じることになり、教育の質の飛躍的向上と専門分化が進むでありましょう。
 ところで、ここにいう教育上の卓抜性との関係では、法科大学院に対してはその公共的使命からして公的資金による財政支援が十分に行われることが不可欠であると思われます。

 (2) 自由、公平および開放の構造
 法科大学院は、標準修業年限3年の枠組み(3年・2年併存制か3年制か)からなる独立の責任体制のもとで、各大学院および入学者が一定の条件のもとにより短期の学修か余裕のある知的成熟に比重をおいてより長期の学修かを選ぶことのできる柔軟なシステムとして構想されています。このシステムの下で、学生は各自、幅広い選択の自由をもって、法曹としての個性の形成について自己責任を負うことになるのです。
 ここで強調すべきは、学生各人の自主的判断が真にその実質に裏打ちされた重みをもつようになるということです。すなわち、法科大学院に進もうとする者は、学部卒業時という自主的判断に適した「成熟した年令」において自らの個性にあった法科大学院を選んでその進路を決定することになり、また、社会人は、その活動の場のいずれかを問わず、人生の各節目にキャリア転換の機会を得て決断することができます。そして、法科大学院に学ぶ者は、法曹資格取得へと連なる学修プロセスに入ることで、「点による選抜」の方式に身を委ねることなく、現実的な希望をもって法曹養成のプロセスを着実に歩むことになります。この場合、経済的な手当て(教育ローン、奨学金など)が整えられることから、経済的に自活した学修のプランを設計することが容易になります。
 ところで、法学教育過程における経済的負担が法律業務のコマーシャリズムを助長するのではないか、との危惧があります。しかしながら、充実した法曹倫理教育が行われ、また、ローンの返済が公益活動などを条件に免除されるなどの適切な措置が講じられるならば、法律扶助や公的刑事弁護、プロ・ボーノの活動が大いに助長され、公職や教職関係など公共的職業が好んで選択されるようになり、均衡のとれた好適な環境のもとで、より多くの公共性に富んだ法曹が輩出されるでしょう。
 このようにして、法科大学院の下では、法曹への道は、はるかに平坦になるはずです。そこでは、学修のための経済的精神的な負担が軽減するばかりか、現行の体制と比べ実際には、修業年数の短縮が生じることも多く、また、夜間や通信制の大学院など多様な形で教育機会が提供されるでしょう。誰もが能力と意欲のある限り生活条件の制約にかかわらず法曹となるという機会を実質的に保障されることから、逆境にある社会人や苦学生などが法曹界へ入ることは、決してまれな快挙ではなく、むしろ法科大学院に内在する恒常的な美質の一つとなることになります。向学の志と学力を唯一の尺度として学生を受け入れるところの、万人に等しく開かれた開放性は、まさしく、法科大学院のシステムを支える構造的な一部となっております。法科大学院における開放性は決して形式的ではなく実質的なものであり、このことこそが、法科大学院制度の創設を支える根源的な理由なのであります。法科大学院のあり方が正義という究極の価値と深く関わるものであるだけに、われわれは、社会各層のさまざまな人々に等しく勉学の機会が開かれる条件を整えるため、あらゆる努力を傾注しなければならないと思われます。もしも、法科大学院がその開放性を十分に達成できないような事態が生じることがあれば、それは由々しい問題であり、開放性の確保のための措置がさまざまな局面で検討されることになりましょう。
 繰り返しになりますが、この問題を考えるについてのわれわれの基本的視点は、まず、法曹のための法曹ではなく、国民のための法曹を養成するためにもっとも適切な制度とは何かを見定め、その上で、その制度が志をもつ人々に広く開かれるよう、合理的な設計をすることであると考えます。

 (3) 法理と実務
 法の支配の血肉化を目指すという課題を達成するにあたって、法科大学院は、法曹の質的向上とその量的拡大を同時に実現するための実効的で信頼感のある場を提供するものとして、一連の司法制度改革の礎となるものです。
 一方において、新たに創設された教育の場において実務の現場と通い合う回路が開かれることで、法学教育は、その内実において、より豊饒で活力あるものとなり、また、実務の文脈が意識されることで、より現実的で、しかも創造的なものになるでしょう。法学教育の核である法理は、現場の感覚と実践知の刺激を受けて、その内発的な力を増して実効性を高め、また、社会生活の隅々まで浸透することのできる汎用性を獲得するものと期待されます。
 他方において、法科大学院において理論と実務との不断の接触が実務家の参画を得て実現することで、実務で育まれた実践知は、透明度と検証可能性を高めて、法曹界の内外において共通のアセットとなるでしょう。その結果、法曹養成プロセスにおける理論教育から実務教育への移行もより円滑なものとなると思われます。

 (4) 多彩な対話のプロセス
 法科大学院における学修は、具体的ケースを素材とするケース・メソッドないしソクラティック・メソッドなどによる双方向的・多角的な討論ないし対話を中心とする少人数教育を通じて行われることになります。授業というプロセスが知的な刺激と感動に満ちた活力あるものとして人間的理解を深める真の道場となるためには、なぜかを問いつめる(無知の知)探求的姿勢に徹した教授陣の熱意や、専門的バックグラウンド、社会的階層、人間としての資質などにおいて異なる学生構成のもつ多様性が欠くことのできないものであります。この意味で、法学部だけでなく他学部の卒業者も加わり、実社会のさまざまな分野から人材が寄り合い、国内のみならず外国からも学生が集い来たって、多様な個性が教場においてひとりひとりかけがえのない存在として知的対話に参加する仕組みは、法科大学院が追求すべき理想として適合的なものであると言えましょう。社会各層から多様な見方をもつさまざまの人材が数多く集い、相互に刺激しあい思索を深めるならば、法科大学院における法学教育は、来たるべき時代における公正な法形成のための意義深いプロセスとなるはずです。

 (5) 法学部以外からの受入れ
 法学未修者という範疇を置いて、これらの者について学修年限3年のうち1年で基礎科目群等を修了することが標準的モデルとされていますが、このことをめぐって提起されている問題があります。一方において、法学部における2年またはそれ以上の法学教育に相当する基礎科目群を1年間で学ぶことは困難であり、教育の質の低下を招くのではないかと危惧する考え方があり、他方に、基幹科目群の一部も1年次に下ろすことでより効果的な学修が可能であるという考え方があります。
 それぞれの考え方にはそれなりの根拠があることから、いずれの可能性をも意識しつつ、各法科大学院がその実践のなかで教育のあり方を考え工夫を凝らしていくことが望まれます。法律学のあり方や司法運営のあり方に連なる根底的な問いが含まれていることを十分に認識し、大局的な観点に立って法学教育の進むべき道を模索することで、新しい調和の姿を見いだして行くべきものと思われます。
 なお、学修の水準や質を問う際に忘れてはならないことがあります。法曹としての長い道程における成長ないし実績こそが大切であり、芳醇な香りを放つ器の大きさを育むことができるか否かが究極の評価基準となるべきであり、目先の成績などに目を奪われることがあってはならないでしょう。

 (6) 法曹養成のプロセスの意義
 プロセスとしての法学教育への転換ということが法科大学院構想の基本的前提となっていますが、ここにいうプロセスとは何かについて確認しておく必要があります。
 このプロセスとは、法学部とは相対的に切り離されたものであって、広義においては、法科大学院に始まり、新司法試験、司法(実務)修習、そして継続法学教育に連なる法曹養成であり、狭義においては、法科大学院におけるプロフェッショナル教育であります。このような把握からすれば、法科大学院は、法学部の上にあるものではなく、全学部の上にある教育機関であるということになります。その結果、法科大学院は、多彩な学際的基盤を得て、法律に閉ざされた堅い思考法に陥ることなく、法的イノベイションに適した創造的思考の温床となることができるのであります。

�W これからの法曹像と法科大学院

A.法曹活動の変容に即した法学教育の刷新
 法科大学院は、社会が質の高い多様な法曹を数多く必要としているという現代的要請を前提として構想されてきております。わが国においては、これまで諸外国と比べて数少ない法曹が司法システムを支えてきました(小司法システム)が、これは、弁護士活動が法廷における訴訟代理に焦点を合わせて訴訟中心の形態を採ってきたことと密接に関連しています。そして、訴訟事件の数量は、提訴率の低さと相俟って、低い水準に保たれてきました。それには、さまざまの原因がありますが、とりわけ弁護士の活動領域が法廷内に限局されていたこととのかかわりを逸することができません。
 ところが近時、個人や企業の日常的なニーズから、また、法の支配の理念の貫徹の要請からして、紛争解決の局面では、訴訟に加えて、調停、仲裁などさまざまの代替的紛争解決ないし裁判外紛争処理(ADR)が相乗的にその力を発揮することが必要とされており、さらには、当事者間における相対交渉の原則的地位が再認識されてきております。法廷を超えて、代替的紛争解決および相対交渉の場に関与することが、弁護士にとって、いよいよ重要性を増しています。
 さらに、紛争解決以外の局面でも、予防が治療に勝ることは言うを待たないことから、紛争を未然に防ぐ予防司法活動の重要性が認識されつつあり、また、単なる紛争予防を超えて、法令遵守や法的策定のための弁護士活動の必要が痛切に感じられています。
 このような状況のなかで、弁護士に限らず裁判官や検察官などを含めて法曹の活動一般は質的に変化してきており、法律の枠を超えた学際性、伝統的なパターンに縛られない創造性、将来の展開を見据えた先見性などが欠かせないものになっています。また、そこでは、法廷弁論のほかに裁判所の内外を問わず交渉が中枢的位置を占めつつあることが、とりわけ注目に値します。法曹の活動のなかでは、学際的な知見などを踏まえて、柔軟で協調的な交渉方式(統合的交渉)が重みを増しており、また、第三者不在の交渉空間では、法曹倫理が決定的な重要性をもつことになります。
 ところで、法曹の質的向上および量的増大については、その副作用としていわゆる「訴訟社会化」の弊害が生じるのではないかとの危惧が指摘されています。個人や企業にとって弁護士の法的サーヴィスが近づきやすいものとなり、司法サーヴィスの容量が十分な水準に達するならば、訴訟を待つまでもなく法が貫徹されるようになり、また、そのことが社会的に遍く予見されることから、代替的紛争解決、より原則的には、当事者間の相対交渉を通じての紛争解決が一段と活発に行われることになります。そこでは、一方において、訴訟が法の明確化などの役割を果たし、他方において、代替的紛争解決や相対交渉がより調和的な調整の機能を発揮することになり、各紛争解決方法は、それぞれの特色を発揮し、全体として均衡のとれた役割分担を果たすようになります。ある訴訟類型では、訴訟が増加するという動きが生じるものの、他の訴訟類型では、提訴率が低下していくという動きが生じ、全体としては均衡のとれた司法運営が実現されると思われます。このことは、紛争解決システムに内在するダイナムズムから生ずる自然の傾向であります。もっとも、これに加えて、このような動きを背後から支える要因である、法曹倫理の確立および個人が節度と自律心をもって行動するというエレガントな法文化の成熟ということも無視できません。
 新しい法曹像にふさわしい人材を世に送り出すためには、従来の司法試験制度の手直しでは足りず、法曹養成制度全体の抜本的な刷新が是非とも必要になっております。法科大学院の構想が21世紀の法曹養成方式として浮上してきたのは、しごく自然な展開であると言えましょう。

B.法曹活動のグローバルな展開
 法曹活動、とりわけ弁護士活動の展開の垣根としての国境がいよいよ低くなり、外国法事務弁護士(foreign legal consultant)などが国境を越えて相互に乗り入れるということが大きな潮流になっています。このトレンドは、国際法律業務が閉鎖システムから開放システムへと移行しつつあることと照応しています。
 このような状況のもとで、わが国においては、国際的舞台で活動することのできる法曹が不足していることは、まことに切実な問題であります。このニーズを満たすために外国語によるコミュニケーション能力と国際感覚の豊かな法律家を養成していく必要があるとの声が大きくなるのは当然であります。
 地球社会ともいうべきものが誕生し、個人の日常生活または企業の生産や取引が国境を越えて展開される今日、日本の法や文化に詳しい外国人法律家を養成することも、新しい課題として受け止められる必要があります。留学生は、その国情や学修動機からして、わが国の法文化を学んで外国の法曹資格に基づいて活動しようとする者、わが国の法曹資格を得て国際的な活動をしようとする者など多様であります。いずれにせよ、海外に開かれた法科大学院の創設は、新しい時代の要請であるといってよいと思われます。

C.法学教育改革における重層的課題
 わが国において、唐突の観があるほどに突如として、法科大学院の構想が浮上してきた理由については、すでに論じ尽くされているので、ここでは、その理由に二つの異質なカテゴリーがあることを確認しておきたいと思います。
 一つは、明治維新が積み残した課題としての、人材の養成であります。これは、これまでの延長線上において同質の法曹人口の増加を図ることで、そのニーズに応えることができないものではありません。いま一つは、新しい世紀を見据えての人材の養成であります。これは、これまでとの連続性を断っての新たな法曹の養成を必要とするものです。
 これら二つの課題のいずれをも同時に解決する切り札ともいうべきものが、法科大学院であると期待されるのであります。

�X 法科大学院と法学部の全体的位置付け

A.法科大学院との連関における法学部の役割
 法科大学院が、実学的教育という社会的要請に応えるものとして創設されても、法学部は、引き続きその存在の根拠と活力を保持し、さらに教育機関として多様な展開の機会を与えられることになります。
 各法学部は、自主的な選択により、独自の方向に向けて新たな展開を推し進めることになります。たとえば、法的素養を備えた人材を社会の多様な分野に送り出し、社会における法の理解と浸透に寄与することを目指すか、法科大学院における教育課程の基礎部分を特色ある形で担当し、将来の法曹の個性ある成長にかかわるという役割を果たすか、あるいは、そのいずれをも同時に追求するかなど、さまざまな方向があり、その選択は、各法学部に委ねられています。これとは方向を異にして、他の専門分野の学位をも併せて取得することのできる法学部(dual degrees)の展開ということも、実社会における学際的要請に応える道であります。いずれにせよ、法学部における法学教育は、基礎法理や社会基盤をより重視したものへと変容を遂げてゆくことで、その社会的使命をよりよく果たすことになるでしょう。
 なお、法学部と大学院とが相対的に独立することで、これまでの偏差値中心の既存の大学ランキングに地殻変動が生じる可能性が生まれ、大学は、法学部と大学院のそれぞれにおいて独自の目標を追求して、多様な可能性を追求することになります。これも、法科大学院などのプロフェッショナル・スクールの誕生に伴う副次的な効果として、無視できない要点であります。

B.日本独自の制度設計
 法曹養成のあり方の再検討は、新たな歴史的段階を迎えて独自の時代的様相を呈しています。いまや、法曹養成は世界各国に共通の重要課題となっており、その改革の動きは多彩で、きわめて流動的です。われわれは、その制度設計にあたって、ある特定の国のこれまでの制度を模倣することなく、新しい世紀の理想と社会状況を見据え、期待される法曹像がどのようなものであるかを考え抜くことを通じて懸命の模索を続けるべきであると思います。
 グローバルな改革の流れの中で、法科大学院の構想は、比較制度論からみて、一つのユニークな試みであり、法系学部で学んだ上で法科大学院に進む学修ルート、非法系学部を経ての法科大学院学修ルート、および社会人等としての経験を踏まえた法科大学院学修ルート、これらの異なる教育プロセスを通じての法曹が生まれる点で、多様性を特色としています。
 いずれにせよ、現行制度の改良ではなく、新しい制度的枠組みの導入がぜひとも必要であるということが痛感されます。司法修習生の質の低下を嘆く声が、司法研修所などの法曹養成中枢機関を含むさまざまの方面から聞こえてきます。大学教育の現場においても、そのような問題が生じるであろうということを予感する見方が多数を占めます。これは、深刻な一つの問題でありますが、より重大な問題がその先に存在するのではないかと思われます。
 一つは、司法試験の一点に集約される現行制度のもつ本質的制約であり、さらにいえば試験に過度に依存することが教育にもたらすマイナス効果という、より一般的な制約があります。いま一つは、社会的ニーズの劇的変化に対応するためには、法科大学院という新しい制度設計のなかで法学教育の仕組みを根本的に変革することが必要になっているという時代的背景の問題であります。プロフェッショナル・スクールという教育の場が欠けていることこそ根源的な問題であり、従来とは別次元の教育組織の創設なくしては、現状の打開は難しいでありましょう。
 このようにして制度改革が推し進められるならば、われわれの時代は、これからの世代のために靭く美しいシステムを生み出し、グローバルな課題である法曹養成のために独自の寄与をすることができるでありましょう。

おわりに

 本検討会議は、以上のような基本的視点から検討を進めて、法科大学院の在るべき姿を探ってきましたが、これは、あくまで専門的・技術的見地からの検討であり、今後われわれ関係者は、より広い国民的視点からの更なる検討を真摯に受け止め、懸命な思索を継続することが大切であると考えております。法科大学院を構想しその運営にかかわる際にわれわれが堅持しなければならないのは、課題の大きさに対する恐れと謙虚さであると考えております。
 その意味では、ここにお示ししたとりまとめは、法科大学院制度を創設するにあたって踏まえなければならない基本条件を主な内容とするものであり、仮に法科大学院が現実の制度として発足することになった後は、関係者の不断の努力によってその教育内容を充実し、法曹養成制度を理想の姿に近づけるための努力を続けるべきであることは言うまでもありません。
 司法制度改革審議会が示された大局的な方向に即して法科大学院の構想を検討してきた過程において、検討会議に参加された審議会委員からは貴重なご意見をいただき、また、全国の大学法学部などから寄せられたご意見をも参酌することができました。さらに、検討会議の委員の方々のご尽力に負うところが大きかったことは言うまでもありません。すべての関係者の方々に深く感謝申し上げたいと存じます。

-- 登録:平成21年以前 --