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資料  4
国際教育協力における現職教員の途上国への 派遣の意義について
 
東京学芸大学教育学部
下條   隆嗣
   
平成13年11月26日
 

■現職教員派遣の意義
   国際教育協力のために,豊かな教職経験を持つ小・中学校の優秀なベテラン教員を発展途上国へ一定期間派遣することは,派遣教員が国際的感覚を身に付け,日本の教育を外から見る視点を獲得することを助け,それは,ひいては日本にとっても未来への教育の展開に大きく寄与すると考えられる。すなわち,現職教員の派遣は,以下に述べるように,当該国の教育の向上のみならず,新しい教育への脱皮が期待される日本自体のためにも望ましいことと考えられる。

■派遣で期待される効果
1) 派遣は,「人を育てる」という教育の原点を顧みる機会を教員に与え, 日本自体の教育の国際化や改善に寄与する。
   日本に比較して,もの不足,人材不足,システム不足などの教育環境が未整備の地域での教育活動は,教員にとって,「生きる」という根源的なところから教育を考えるなど,いわば教育の本質や原点を再認識する機会を与える。そのことにより,教員は,国際平和や人間性向上など,教育の基本的機能について自覚を高め,それは,日本自体の教育の改善に寄与する。
2) 派遣は,教育を成立させている社会・経済的基盤についての教員の自覚 を高め,教育改革を進める協力者となる。
   派遣により教員は,日本と途上国を比較し,教育がいかに社会・経済の発展や人間性の向上に寄与するかを身をもって体験し,視野を広げることができる。教育は@文化・経済・社会,A教育制度,B大学・学校・教育機関の3つのレベルからなるシステムとして捉えられる。@はAを含み,AはBを含む。国際教育協力はこれらの各レベルに関連する。派遣は,教員にとって海外で異なる社会・文化に浸りながら教育活動を行うことになるので,日本のみに在住して自覚が困難な社会・文化・経済などの教育の背景と(学校)教育の関係をより深く認識することになる機会を与える。こうした意味で,派遣は教育を成立させている社会・経済基盤についての教員の認識を高める。社会・経済環境の激しい激しい変容が進行してゆくと考えられる今世紀の前半においては,そうした広い視野をもった教員は,日本の教育界にとって優れた人的資源であり,教育改革を進める協力者として貴重な存在である。
3) 派遣は,教員にとって日本の教育を外から見る客観的視点を与え,優れ た点の保持・発展や改善すべき点の改革を促す。
   教員は,国際比較により,日本の教育についての認識を高めることができる。日本の教育の優れた点として,日本の教育制度,自律的教育研究,先端的科学技術の教育への応用などが考えられる。これらは,途上国の教育向上に寄与するものも多い。教員は,帰国後,これらの優れた点の保持・発展を心掛けるようになるであろう。一方,日本の教育においても改善すべき点は多い。例えば,「いじめ」の存在は,子どもが文化や考え方・習慣の多様性や異質な価値観を認めることができず,高い志をもてず,人間性を高められず,また社会・教員・親も子どもに将来展望を抱かせることができず,子どもの心が低迷している表れとも考えられる。派遣は,こうした日本の教育の改善すべき点を自覚させる。日本と途上国の教育の普遍的な点・共通点や日本の教育の優れている点,改善すべき点などについて,外から見て初めて気付くことも多いであろう。教員がこうした客観的な視点を獲得することは,今後の日本の教育改善に寄与する。
4) 派遣は,教員を国際人にし,国際理解教育や外国人子女教育・帰国子女 教育等に寄与する。
   日本人の国際化が必要とされていることは言を待たないが,学校が国際化の場として真に機能することは,日本人全体にとって大きなメリットである。それは日本全体の「生きる力」を長期的に育成するものである。そのためには,教員が海外の教育事情の視察に終わらず,教員が海外における教育活動を通して自ら国際的センスを身に付けることが望ましい。また,派遣は,教員のコミュニケーション能力を向上させる。自ら主体的に考え,分かりやすく,明確に他人に自分の意見を伝えるコミュニケーション能力は,国際化時代にあって日本人に最も欠けている能力と思われる。
   すなわち,派遣による教員の国際的センスやコミュニケーション能力の獲得は,「教員を国際人に」する。そのことにより,教員は国際的視点をもって,日本の子どもを育てる道が見えてくる。すなわち,派遣は日本の教育の「内なる国際化」に寄与する。具体的には,国際理解教育の推進,外国人子女や帰国子女の教育への対応や改善,不登校児対応などに寄与すると考えられる。
5) 派遣は,時代に対応する新しい教育について教員の理解を増進し,教育実践活動・研究の強化・活性化に寄与し,変革の加速を促す。
   近年,持続可能性追求社会,高度科学技術依存社会,高度情報化社会,国際国際的流動化社会,知識依存社会,少子化社会のような変化が顕在化してきている。これらは少子化を除いて国際的な課題といえる。これは,先進国のみならず途上国も巻き込まれる動きである。
   教育も,これらの従来とはかなり異なる社会への変化に対応しなければならない。これからの教育として,新しい社会をつくりあげてゆくことに参加できる市民,専門家の養成が急務であり,新しい時代を切り開く資質・能力の育成,capacity-building を中心とした教育が求められている。
   先進国・途上国にかかわらず,世界のどの国も,新しい時代状況に対応する新しい教育を模索しなければならず,これは各国共通の課題である。特に日本の場合,21世紀には,国際社会で活躍できる新しい日本人像が求められている。これを実現する新しい教育への期待がある。派遣によって教員が新しい教育への視野を拡大し,さらにそれによって国際的にも通用する骨太で足腰の強い実践活動・実践研究の活性化が期待される。途上国の活動においても,国際的に最も新しい教育理論を踏まえなければならないこともある。日本でも今後そうした新しい教育についての研究や実践が徐々に進められることになれば,それが途上国・先進国共通の課題であるがゆえに,派遣は両者にとってその普及・向上に寄与するであろう。また,それは途上国や日本における新しい教育への変革を加速すると考えられる。
■派遣にふさわしい学校教員
   途上国への派遣は,概ね10年程度以上の教員経験を持つベテランの優秀な現職教員が望ましいと思われる。それは,概ね10年経過すると,子どもの発達への理解,子どもの心,思考のレベルなどの子どもの実態や,指導の内容,指導法,教育内容の適時性などの学習指導の実態について一通り認識が深まると考えられるためである。
   派遣教員として,@学校運営,A生徒指導,B実践的な学習指導に強い教員などのいろいろなタイプの教員が考えられる。最後のタイプの教員については,実践研究を行っている教員がふさわしい。近年,教員養成大学・学部では,現職教員教育の充実に努めており,そのため,修士号取得者も多くなりつつあるが,後者として修士号を取得した現職教員の活用も考えられる。
■派遣教員へ期待するもの
  派遣教員に期待したい業務は,当該国の発展状況により大きく異なると考えられる。教員の場合,教育の基盤整備についての業務よりも,学校運営や指導上の協力が向いていると考えられる。海外協力隊の活動分析が参考になると考えられる。
1)派遣先の教育の普及と質の向上
  派遣教員には,実践的な学習指導や学校運営への協力が期待される。
教育環境改善
    就学指導,識字率向上
    施設・設備,教科書,文具,教材等の整備
    Informal education への協力
    諸機関との連携指導
学校運営
    校務分掌,教務,学校行事,新任者研修,教育実習
学級運営・生徒指導
    学級崩壊の対処
    生徒指導
授業(学習指導)
    学習指導案作成
    授業(学習指導)法
   
    基礎学力向上,興味・関心の高め方,探究活動
    問題解決学習,総合的内容
    視聴覚機器活用
    新しい内容−環境教育,総合化,校外学習など
    教育内容の適時性
授業研究法
    教材開発,学習評価,個別対応,研究授業の持ち方
    新しい学習理論の実践(構成主義的観点)
その他

2)日本との交流(外国人小・中学校教員の日本の学校への受け入れ)の窓口
   後述するように,外国の小・中学校教員を,短期間派遣することが望ましい。日本人教員派遣経験者はその窓口になることができる。
   
■教員派遣において考慮すべき点
外国人小・中学校教員の日本の学校への受け入れ
日本人派遣学校教員の支援システム
通訳者の確保と養成
  言語の問題(非英語圏・非漢字圏,英語・現地語の習得)→通訳の活用。教育用語(教育理論),専門用語(特に中等レベルの教科)に詳しい通訳の養成(日本人に限らない)。通訳者は,教育についての知識が必要と考えられる。
現地の誤解→政府間ベースで調整を。
事前研修の内容
教員の不適応(食事・文化・コミュニケーション)→選別時に注意を。

■日本人派遣学校教員の支援システム
   単独あるいはグループで活動する日本人派遣教員に対し,現地の必要に応じて,機材・教材等を送付したり,情報を提供する支援システムの構築が望ましい。その機関は,都道府県教育委員会,NGO(内外),現地の教員養成機関,日本の大学,JICA,国際機関などとの協調が必要となるであろう。
   
■外国人小・中学校教員の日本の学校への受け入れ
   派遣を一過性の体験に留めず,相互理解を一層促進するために,双方にとって半永続的な交流を維持することが望ましい。そのため,派遣教員の帰国後の日本の学校へ,外国の小・中学校教員を,短期間派遣することが望ましい(日本の学校での授業は担当しない)。外国人教員は日本で,日本の教育環境,学校運営,授業,生徒指導,母国語での教育,教科書,教材,校務分掌,組織,教育実習などなどについて学べるであろう。日本人教員派遣経験者は,その窓口になることができる。
   
■事前研修の内容
   日本人教員の派遣を有効にするために,派遣前に次のような内容の研修が必要と考えられる。
A 国際教育協力の基盤についての認識形成
    ・国際教育協力の国際的枠組み
    ・人権・ジェンダー等の国際的教育課題
    ・国際教育協力に当たっての自覚
B 赴任先の理解
    ・赴任先の社会・文化(通信事情を含む)・宗教・経済事情
    ・赴任国の教育事情(識字教育の現状を含む)。
    ・Informal educationの実情(NGO活動の紹介を含む)
C 国際教育協力に必要な資質・能力の育成・向上
    ・問題把握・問題分析手法(デザイン・マトリクス−JICA)
    ・言語(英語,現地語)
    ・コミュニケーション・スキル(プレゼンテーション・スキル,IT活用を含む。)
    ・国際的マナー
D 教育活動の基盤の認識形成
    ・現地に合った教材作成法
    ・教育評価の視点と方法
    ・教育研究の新動向(国際的),新しい教育観
E 協力方法
    ・問題解決手法
    ・本人が協力できる業務内容の明確化
F 国際教育協力の実態の把握
    ・体験談をきく。
G その他
    ・安全管理
    ・精神安定管理
    など。

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