北極域は、近年、他の地域よりもはるかに速い速度で温暖化が進行しており、急激な海氷の減少や氷床融解の加速など、気候変動の影響が最も顕著に現れている。また、こうした北極域における環境変化が地球全体の環境や生態系に大きな影響を与えることが科学的に指摘されており、将来への深刻な懸念が国際的に共有されている。
我が国は、平成27年10月に我が国初の「北極政策」を総合海洋政策本部において決定した。「北極政策」においては、北極に潜在する可能性と環境変化への脆弱性を認識し、持続的な発展が確保されるよう、我が国の強みである科学技術を基盤として、国際社会において、先見性を持って積極的に主導力を発揮していくこととされている。
このような状況のもと、科学技術・学術審議会海洋開発分科会北極研究戦略委員会では、平成28年2月から今後の北極域研究の在り方についての議論を実施し、平成28年8月に北極域研究全体を俯瞰しつつ、我が国として今後、どのように戦略的に取り組んでいくべきかについて、議論の結果を取りまとめた。
本取りまとめでは、今後の北極域研究の在り方について、引き続き、北極域研究に積極的に取り組んでいくこととし、
・これまで取り組んできた北極域に関する研究・観測を引き続き着実に実施していくこと、
・これまで組織的な研究プロジェクトとして十分に取り組まれていないような課題や我が国が主導的立場を取りうる課題についても、新たに取り組み、政策形成、課題解決に向けた研究・観測等を実施していくこと、
・北極域において研究・観測を実施するためには、観測機器等の開発及び維持するための技術、技術力の開発・維持、技術を担う人材の育成が必要であること、
・各国の研究者が利用する国際的なプラットフォームは、それを保有する国のプレゼンスの発揮に直結することも認識しつつ、長期の研究・観測体制を確保するための観測基地や観測機器などの施設・設備の整備などが必要であること、
とされている。
特に、北極域研究船については、「北極域は海洋の占める割合が大きいことから、多くの課題の観測プラットフォームとして研究船が必要とされており、北極域で活動できる研究船の役割は非常に大きい。他国の研究船を傭船した研究・観測の実施については、所有者の意向が最優先されることから、希望する運航航路、日数、観測の実施が確保できない等、様々な制約が課せられる。 我が国が主体的に研究・観測を実施していくためには、今後、取り組むべき課題に対応する観点から、どの程度の規模(大きさ、砕氷・耐氷能力等)で、どのような装備の研究船が必要かについて、費用対効果の面も含め、さらに検討を進める必要がある。」とされている。
これを受け、本検討会では、我が国が北極域研究船を保有するのであれば、どの程度の規模、どのような装備の研究船が必要か等について検討し、その結果を取りまとめた。
(1)北極海における観測プロジェクトの状況
北極海においては様々な観測プロジェクトが実施されている。主な観測プロジェクトは次のとおり。
海域 |
プロジェクト名(実施主体) |
プロジェクトの概要 |
使用された主な研究船 |
日本の研究者の参画状況 |
太平洋側及びカナダ側北極海 |
DBO(PAGの下で) Distributed Biological Observatory (As one of the synthesisactivities of Pacific Arctic Group: PAG) |
・海洋物理 ・海洋化学 ・海洋生物 |
S.W.Laurier(加)、 「みらい」(日)、Healy(米) |
・「みらい」による観測を実施 ・共同解析による主著及び共著論文を発表 |
JOIS(Joint Ocean Ice Studies: 加)、Beaufort Gyre Exploration Project(米) |
・海洋物理 ・海氷観測 |
Louis.S.St-Laurent(加) |
・「みらい」との連携観測を実施 ・共同解析による主著及び共著論文を発表 |
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シベリア側北極海 |
NABOS (Nansen and Amundsen Basins Observational System: IARC/UAF) |
・海洋物理 ・大西洋側からの暖かい水の挙動の観測 |
ロシアの砕氷船 |
・JAMSTEC-IARC間の共同観測 ・2017年航海へJAMSTEC研究員が参加 |
カナダ多島海 |
ArcticNet(加) |
・海洋生物を主とした分野横断型観測 |
Amundsen(加) |
・2014年航海を共同して実施 ・共同解析による主著及び共著論文を発表 |
デービス海峡モニタリング(加) |
・北極から多島海への海流について観測 |
Amundsen(加) Atlantis(米)他 |
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北極海中央部 |
GEOTRACES |
・海洋化学 |
Healy(米)、 Polarstern独立行政法人 Amundsen(加) |
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UNCLOS |
・海洋地形観測 ・海氷観測 |
Laurent(加) Oden(スウェーデン) |
・カナダ海洋科学研究所(IOS)とJAMSTECの共同によるXCTD観測を実施 ・共同解析による主著及び共著論文を発表 |
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大西洋側北極海、バレンツ海、グリーンランド海 |
フラム海峡モニタリング |
・フラム海峡における海氷観測 |
Polarstern独立行政法人 Lance(ノルウェー) |
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バレンツ海回廊モニタリング |
・バレンツ海における海氷観測 |
ノルウェー、ポーランドの研究船 |
|
また、2020年の実施を目指して、SAS(Synoptic Arctic Survey)という、国際連携による複数の砕氷船、研究船を使用した北極海集中観測が計画されており、我が国からは、国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」という。)が運用する海洋地球研究船「みらい」の参加が期待されている。
(2)諸外国の研究船の状況
1 北極圏国が保有する主な研究船(PC5相当以上)
国名 |
船名(所有機関) |
建造年 |
Polar Class(相当を含む) |
主な特徴等 |
米国 |
Healy(沿岸警備隊) |
1999年 |
PC2 |
・全長約128m、約16,000t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:観測、資源、救助 ・両極(北・南)で活動。 |
Polar STAR(沿岸警備隊) |
1976年 |
PC2 |
・全長約122m、約14,000t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:輸送、観測 ・両極(北・南)で活動。 ・2012年再生工事済み。 |
|
Sikuliaq(国立科学財団(運航:アラスカ大学) |
2014年 |
PC5 |
・全長約80m、約3,7000t ・主な目的:観測、教育 ・比較的小型で観測を強く意識。 ・太平洋域の活動実績あり。 |
|
カナダ |
Amundsen(沿岸警備隊) |
1979年 |
PC3 |
・全長約98m、約5,900t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:観測 ・ムーンプール設置。 |
Louis S.St-Laurent(沿岸警備隊 |
1969年 |
PC2 |
・全長約120m、約15,300t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:救助、観測 ・2017年に廃船、代船建造予定あり。 |
|
Sir Wilfrid Laurier(沿岸警備隊) |
1986年 |
PC4-5 |
・全長約83m、約3,800t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:救助、観測 ・比較的小型で、沿岸域で活動。 |
|
スウェーデン |
Oden(スウェーデン海事局) |
1988年 |
PC2 |
・全長約108m、約13,000t ・ヘリ搭載可能 ・主な目的:観測、資源 ・両極(北・南)で活動。 |
ロシア |
Akademik Fyodorov(北極南極研究所) |
1987年 |
PC2-3 |
・全長約141m、約16,200t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:観測、資源 ・両極(北・南)で活動。 |
Akademik Tryoshinikov(北極南極研究所) |
2011年 |
PC4-5 |
・全長約134m、約16,500t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:観測 ・両極(北・南)で活動。 |
|
ノルウェー |
Kronprins Haakon(極地研究所(運航:海洋研究所) |
建造中 |
PC3 |
・全長約100m、約9,000t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:資源、観測 ・ムーンプール設置。 |
2 非北極圏国が保有する主な研究船(PC5相当以上)
国名 |
船名(所有機関) |
建造年 |
Polar Class(相当を含む) |
主な特徴等 |
ドイツ |
Polarstern(アルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所) |
1982年 |
PC2 |
・全長約119m、約17,300t ・ヘリ2機搭載 ・主な目的:観測 ・両極(北・南)で活動。 |
イギリス |
James Clark Ross (南極研究所) |
1990年 |
PC4-5 |
・全長約99m、約7,800t ・主な目的:観測、輸送 ・両極(北・南)で活動。 |
Sir David Attenborough (自然環境研究会議) |
建造中 |
PC4 |
・全長約130m、約13,000t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:観測 ・両極(北・南)で活動予定。 |
|
中国 |
雪龍(極地研究所) |
1993年 |
PC4-5 |
・全長約167m、約21,300t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:資源、観測 ・両極(北・南)で活動。 ・2隻目の砕氷船建造計画あり。 |
韓国 |
アラオン(極地研究所) |
2009年 |
PC5 |
・全長約110m、約9,000t ・ヘリ1機搭載 ・主な目的:観測、資源 ・両極(北・南)で活動 ・2隻目の砕氷船建造計画を準備中。 |
(3)まとめ
1 世界各国の観測プロジェクト及び研究船の状況
北極海は少数の沿岸国に囲まれ、ルートもある程度限られることから、各国がそれぞれエリアを定め、2000年前後から継続的に研究・観測を実施している。例えば、我が国が主体となって研究・観測を実施しているのは、太平洋側北極海と周辺海域としてベーリング海、北部太平洋であり、これらの海域における「みらい」を活用した継続的かつ学際的な高精度観測が我が国の強みとなっている。
また、北極域で研究・観測を実施する主要な北極圏国および非北極圏国は北極海の海氷域での研究・観測が可能な砕氷機能を有する研究船を有している。さらに、国によっては、複数の砕氷研究船を保有もしくは今後保有する予定を有している国も見られる。
なお、近年新たに建造される研究船の特徴としては、砕氷能力だけではなく、定点保持機能などの、観測機能も重視する傾向が見られるところである。
2 中国、韓国の状況
特に非北極圏国で我が国と同様に東アジアに位置する、中国、韓国の状況については次のとおり。
(中国)
中国が保有する砕氷船「雪龍」は、1993年にウクライナで建造され、1994年に中国が購入後、極域用研究船として改造されたものである。1999年以来、数年おきに北極海において観測を実施しており、2016年には第7回航海を実施し、ベーリング海・チュクチ海、カナダ海盆等の総合調査を実施している。
また、「雪龍」に続く2隻目の砕氷船の建造を計画中であり、完成予定時期等の詳細については不明な部分が多いが、機動性を高めるために「雪龍」と比べると小型の船舶として、全長約120m、排水量約8,000t、1.5mの氷を2~3ノットの速度で連続砕氷可能な砕氷能力(ポーラクラス(以下「PC」という。)3程度)とされている。
(韓国)
韓国が保有する砕氷船「アラオン」は2009年に建造されている。2010年以来、毎年、北極海におけるエコシステム等の地球科学及び地球生物学関連調査を実施し、2015年の北極海航海では、7月末から9月初旬にかけて、ベーリング海、チュクチ海等における調査を実施している。
また、「アラオン」に続く2隻目の砕氷船の建造を計画中とのことであるが、完成予定時期、船体規模当の詳細については不明である。
(活動時期、活動海域)
中国の「雪龍」、韓国の「アラオン」は、北極海での活動に加え、南極地域における中国、韓国、それぞれの観測基地への物資輸送や観測を実施している。このため、北極海における活動時期は、南半球が冬季で南極地域での活動が不可能な北半球の夏季(7~9月)となっている。
また、「雪龍」「アラオン」の活動海域は、ベーリング海、チュクチ海等となっている。「雪龍」「アラオン」の活動海域は、「みらい」が活動する太平洋側北極海の海氷融解域から若干北側の海域となるが、「みらい」の活動海域とほぼ同じ海域となっている。
3 我が国の状況
我が国はJAMSTECの「みらい」により北極海における研究・観測を実施している。具体的には「みらい」は、1998年の第1回北極海航海以降、2016年までに14回の北極海航海を実施し、太平洋側北極海の海氷融解域において、海氷融解と海洋酸性化の進行や北極気象が日本に与える影響等に関する観測を実施している。前述のとおり、「みらい」と中国の砕氷船「雪龍」や韓国の砕氷船「アラオン」の活動海域を比較すると、「雪龍」「アラオン」は「みらい」の活動する太平洋側北極海の海氷融解域から若干北側の海域における観測を行っているものの、ほぼ同海域での活動となっている。「みらい」の特性を活かした継続的観測及び高精度観測の結果は、北極海において酸性化の進行により炭酸カルシウムが溶け出しやすい海域が既に広がっている現象をいち早く発見したことや、Science誌などの著名な国際誌への論文掲載等、国際的にも高い評価を得ている。
また、太平洋側北極海においては、日、米、加、中、韓による国際共同研究コンソーシアムであるPacific Arctic Group(PAG)の下で、共同・連携による研究・観測に参加している。我が国は、当該海域での研究・観測を継続的に実施するとともに、2016年からはJAMSTECの研究者がPAGの議長に選出されるなど、国際的な観測活動をけん引している。
さらに「みらい」による研究成果は、北極評議会(Arctic Council)の作業部会における資料作成・改訂への貢献や、我が国研究者が太平洋側北極海の環境評価の著者に就任するという形で国際的な北極コミュニティに貢献している。
上記に示したように、我が国の「みらい」による継続的・高精度な研究・観測は国際的にも高い評価を得ている。
しかしながら、「みらい」は耐氷船で砕氷機能を有していないため、その性能上、氷が存在する海域での航海には制限があり、観測活動中においても、海氷の分布状況によっては当初計画を変更せざるを得ない状況が発生しており、研究・観測が実施できる海域や時期が限定される。
また、他国研究船の傭船による観測や共同観測への参加では、研究船の所有国の意向が最優先され、希望する運航航路、観測日数が確保できない等、様々な制約も生じ、我が国の主体的な研究・観測が難しい。
さらに、アジア諸国においては、中国、韓国が砕氷研究船を保有しており、今後、その研究・観測活動の活発化が予測され、砕氷研究船を有しない我が国の研究・観測における優位性が脅かされる可能性が高いと考えられる。
こうしたことから、我が国が砕氷機能を有した北極域研究船による観測海域や観測時期の拡大は、北極域研究・観測の飛躍的な発展や研究・観測におけるトップランナーの地位の維持、更なる発展が期待できる。
また、北極海海氷域で活動可能な研究船を保有することにより、共同観測プロジェクトの主導的な実施や国際的な観測プラットフォームとしての活用及び北極域研究における我が国の存在感を示すことが期待できる。
さらに、砕氷性能を有する研究船を建造し、運航することにより、砕氷船の設計・建造技術の蓄積や船舶運航人材の養成への寄与等、幅広い分野における波及効果が期待できる。
このように、北極域研究船は、我が国における北極域研究の中核である北極域研究推進プロジェクト(ArCS(アークス):2015~2019年度)によって得られる研究・観測成果をさらに発展させ、我が国の強みである科学技術を活かして北極域研究を主導的にリードしていくことへの貢献が期待される。また、前述の2020年の実施を目指しているSAS(Synoptic Arctic Survey:国際連携による複数の砕氷船、研究船を使用した北極海集中観測)も、2020年以降の継続的な実施を計画している。さらに、既に多くの国で北極域で活動する砕氷研究船を有しており、英国、中国、韓国においては、2隻目の砕氷研究船の建造に取り組んでいるところである。こうしたことを踏まえ、我が国としても諸外国に後れをとらないためにも、遅くとも2020年代前半に北極域研究船を保有していることが望まれる。
新たに北極域研究船を保有した場合に、北極海及び北部太平洋、ベーリング海等の北極海周辺海域を含めた我が国における研究・観測を継続しつつ、我が国が強みを有する研究課題を更に強め、あるいは新たな強みを生み出し、国際的なプレゼンスの向上に結び付くと考えられる研究テーマは次のとおり。
1 温暖化によって広がる結氷・融解域における現象の解明に係る研究
これまで夏季融解域において、海洋酸性化が進行している海域の世界に先駆けた発見や、海氷融解によって活発化する海洋の渦活動が海盆域の生物活動も活性化させる原動力になることの発見などの成果を上げてきた。
北極域研究船により、春季・秋季の観測も可能となれば、海氷の消長に伴う酸性化や生物活動の変化に関する理解も進み、この分野での研究がより一層推進される。
2 夏季海氷激減のメカニズム解明に係る研究
夏季海氷激減には、北極海に蓄えられた熱による寄与が大きいことが、我が国の研究によって示唆されている。
しかしながら太陽放射が強い初夏(6-8月)や海に蓄えられた熱が大気に放出される秋季から初冬(10-12月)は海氷の影響のため、現時点では船舶による高精度の観測を行うことができない。
北極域研究船により夏季のみならず他の季節における観測が可能となることで、そのメカニズムの詳細の解明が期待できる。
3 北極海航路の活用に資するための海氷予測の高度化等に係る研究・観測
我が国の海氷予測モデルの精度は世界有数である。この精度をさらに高めるためには、夏季以外の観測や海氷上での海洋・海氷・気象観測が必須である。
北極域研究船により、春季、秋季の観測が可能となり、氷海域及び氷縁域での海洋―海氷―大気相互作用に関する理解などが進み、モデルの予測精度向上が期待できる。
4 氷海航行する船舶の建造技術の高度化に資する船体挙動、着氷等の船舶工学的モニタリング研究
我が国は、高性能な海洋調査船建造能力を有しており、この能力を、極域航行船に応用することで、他に類をみない「砕氷観測研究船」の建造や極域航行船建造技術の伝承が期待できる。
また、「北極古海洋研究」、「北極域のテクトニクスの解明」に係る研究については、これまで「みらい」の活動範囲や観測能力では十分に実施できなかった研究テーマであり、国際的な関心は高いものの、未着手あるいは十分に実施されていないテーマである。これらのテーマが北極域研究船によって実施可能となることにより、我が国の研究・観測に新たな強みを生み出すことが大いに期待されるとともに、北極域研究に関わる研究人材の拡大に寄与することが期待される。
「みらい」では行動することができなかった氷海域、観測できなかった時期での高精度多目的観測が可能となれば、北極海におけるより精緻な海洋環境変動の把握が可能となる。このため、我が国において北極域研究船を保有するのであれば費用対効果等に留意しつつ、次の能力を有する研究船の建造が望まれる。
(1)砕氷能力
我が国の強みである高精度多項目観測の実施海域、実施時期を拡大するため、「みらい」では実施することができなかった海氷域での観測を行うことが可能な砕氷能力、具体的には、多年氷が一部混在する一年氷の中を通年航行できる能力が必要と考える。(ポーラークラス(以下「PC」という。)4~5以上)。これにより砕氷能力としては北極海における通年観測も可能となる。
一方、砕氷・耐氷能力を上げすぎると、航行性能や船体の定点維持性能等、観測に直結する各種性能が低下するなど、砕氷・耐氷能力と観測能力はトレードオフの関係にある。また、砕氷能力の向上は、船体規模や機関の大型化が避けられず、コストの増大を招く可能性が高いことに留意する必要がある。
さらに、ヘリコプター、無人探査機(ROV、AUV等)、観測ブイ等、研究・観測を実施する上で、研究船の砕氷能力を補完する技術の高度化と活用も考慮し、総合的に判断していくことが重要である。
(2)観測能力
これまでの「みらい」による観測は国際的に高い評価を得ており、この我が国の強みを今後とも維持、向上させていく観点から、引き続き「みらい」と同等以上の観測能力を保有させることが必要である。
また、4.に記載した各研究テーマを効果的に実施するためには海氷域における観測能力の向上が必要である。このため、氷海での観測に不可欠な、ヘリコプター、無人探査機(ROV、AUV等)、観測ブイ等の運用を想定した研究船とすることが必要である。
さらに、国際プラットフォームとしての活用を見据え、外国人研究者も含めた60人程度の研究者が乗船できるスペースや船上において速やかな分析等ができるようにするための船上ラボ等が必要である。
(3)運航・運用能力
北極海等の遠距離航海を効率的に航行するため、燃費等の運用コストを考慮しつつ、「みらい」程度の速力(16ノット)は必要である。
また、我が国では、氷海の運航経験を有する乗組員は限られているとともに、氷海航行に関する教育の機会も限定的であるため、乗組員の養成・確保について更なる検討が必要である。
さらに、氷海域における観測や緊急時のためのヘリコプターは不可欠であるため、その離発着や格納庫に必要なスペース、運用のあり方等については更なる検討が必要である。
(4)建造費用
本検討会においては、砕氷能力の異なる研究船の、研究・観測能力や建造費用について、費用対効果の観点を含めた議論を行った。その際、会議資料において示された建造費の試算は次のとおり。
・PC2程度の研究船:430億円程度(含む主な観測機器、分析機器等)
・PC5程度の研究船:300億円程度(含む主な観測機器、分析機器等)
(※:金額は試算額であり、実施に必要な金額とは異なる可能性がある。)
なお、運用に要する費用についても、研究船の意義や能力を十分に発揮できるよう確保されることが必要である。
(5)その他
我が国の海洋観測船の効率的・効果的な運用という観点から、必要に応じ北極域以外の海洋の研究・観測にも対応できる機能とすることが重要である。
南極観測船「しらせ」については、南極昭和基地への人員・物資の輸送が主目的であるため、観測機能には制限があるが、PC2程度の砕氷能力を北極域においても有効活用を図れないかという観点での議論が行われた。
「しらせ」が物資輸送を行っている昭和基地周辺は非常に氷状の厳しい地域であるため、「しらせ」であっても輸送業務を終了し帰国した後は、船体等の損傷も激しく、毎年の航海を安全・確実に行うためには修理等が必要である。また、「しらせ」乗組員の約半数が毎年交代することから、乗組員の訓練期間も必要である。このように、現在の「しらせ」の年間スケジュールはこれまでの実績を踏まえて計画されているものであり、南極地域観測事業の確実な実施に不可欠な修理・訓練等の期間となっている。
このため、この修理・訓練等の期間を短縮して、「しらせ」を北極域研究船として活用することは困難である。
現在、我が国が実施している、主として太平洋側北極海及びその周辺海域における継続的な研究・観測及び高精度多項目による研究・観測については、海洋環境変動把握の見地から国際的にも高い評価を得ている。
このような我が国の強みをさらに活かし、地球環境変動の諸課題等を解明するためには、これまで「みらい」が実施してきた観測を継続しつつ、北極海及び北部太平洋・ベーリング海等における研究・観測の拡大が重要であり、これにより、我が国の北極域研究・観測の更なる進展、発展が期待されるとともに、我が国の北極政策の考え方にも合致するものである。
こうしたことから砕氷能力を有する研究船を保有し、海氷域における観測の実現を目指すことにより、北極海から北部太平洋・ベーリング海等において、これまで我が国が実施してきた研究・観測をさらに発展させていくことが期待される。
その際、砕氷能力に関しては、現時点で我が国が北極域研究船を建造・運用するのであれば、まずは、これまで我が国が培ってきた北極域における研究・観測面でのプレゼンスを発展的に向上させるという観点から、AUVや観測ブイ等の観測手段も活用しつつ、PC4~5の砕氷研究船により、これまで「みらい」で実施してきた観測内容、観測精度を保ちつつ、研究・観測の海域や実施時期を拡大していくことが適当である。
さらに、このような北極域研究船は、機能的にはすべての海域において観測活動が可能であり、必要な運航費の確保や運用方法の工夫により、我が国の海洋観測に対して、観測海域の拡大や観測機会の増加といった波及効果が期待される。
加えて、砕氷能力を有する北極域研究船を建造・運航することは、北極海航路活用の活性化が予想される中、砕氷研究船の設計・建造技術や船舶運航人材の養成への寄与等、幅広い分野における波及効果が期待される。
なお、よりPCの高い研究船であれば、北極海中央部を含む全域での冬季を含んだ通年観測が可能となる。このため、PC4~5程度の北極域研究船による実績や成果、研究者のニーズ、今後の北極域研究の動向や我が国の極域研究の状況等も見つつ、中長期的な観点から検討していくことが期待される。
本検討会においては、我が国において北極域研究船を保有する場合に求められる砕氷能力や搭載すべき観測機器等について、その大枠の在り方についての議論を行った。
今後、北極域研究船の保有に係る政策判断に向けて、より具体的な項目の調査研究が必要であり、我が国の強みである科学技術を活かした北極域における諸課題の解決に貢献していくためにも、本検討会における検討結果を踏まえつつ、JAMSTECにおいて速やかに調査研究に取り組まれることを期待する。
研究開発局海洋地球課