資料1 海洋分野における国家基幹技術について(案)

1.はじめに

 世界的な人口増加によるエネルギー・資源のひっ迫化、地球温暖化による世界的な地域環境や海洋環境の変化、グローバル化の進展による産業構造の変化等、我が国をとりまく情勢が大きく変化している。このような中、新たな海洋基本計画が策定され、今後5年間の我が国が取り組むべき方針が示された。
 我が国が海洋立国として発展していくためには、海洋基本計画を具現化していく必要があるが、このための技術的基盤は必ずしも確立していない。必要な技術的基盤を確立・獲得することは、我が国が直面している取り組むべき課題の達成のみならず、技術の産業展開や国際展開をも視野に入れると、国内の海洋産業の振興と創出や世界の中でのプレゼンスの向上にもつながる非常に重要なことである。このため、海洋分野における国家基幹技術検討委員会(以下、「当委員会」と言う。)において、今後10~20年程度の展開を視野に入れた上で、海洋基本計画の具現化のため国を挙げて取り組むべき、国家存立の基盤となる海洋分野の国家基幹技術のあり方について検討を行った。
 この検討を通じ、当委員会は我が国が取り組むべき国家基幹技術プロジェクトを選定するとともに、プロジェクト遂行に当たっての体制、必要な人材育成について提案をとりまとめた。いずれも海洋大国として発展していくために必要な取組であると考えており、国を挙げての取組を期待したい。

2.国家基幹技術の検討の視点

 我が国として取り組むべき国家基幹技術を検討し選定するに当たり、当委員会としての考え方を以下のとおり整理した。

(1)検討の前提

●新たな海洋基本計画における海洋国家日本の目指すべき姿※の達成のために必要であり、国が取り組むべき重要技術
●個別要素技術ではなく、これらを統合してシステムもしくはツールとして上記に貢献するもの
●今後10~20年の展開を想定

※海洋国家日本の目指すべき姿

○国際協調と国際社会への貢献
 -アジア太平洋を始めとする諸国との国際的な連携を強化。
 -法の支配に基づく国際海洋法秩序の確立を主導し、世界の発展・平和に貢献。
○海洋の開発・利用による富と繁栄
 -海洋資源等、海洋の持つ潜在力を最大限に引き出し、富と繁栄をもたらす。
○「海に守られた国」から「海を守る国」へ
 -津波等の災害に備えるとともに、安定的な交通ルートを確保。
 -海洋をグローバルコモンズ(国際公共財)として保ち続けるよう積極的に努める。
○未踏のフロンティアへの挑戦
 -海洋の未知なる領域の研究の推進による人類の知的資産の創造への貢献。
 -海洋環境・気候変動等の全地球的課題の解決に取り組む。

(2)選定における評価軸

●高い競争優位性を有するか
●国際展開の可能性と国際貢献効果が高いか
●産業展開の可能性が高いか
●期待される効果・効用が大きいか
●波及効果が高い基盤的・根源的なものであり先導性があるか
●日本ならではの視点があるか、他国では成り立たない技術戦略かどうか、他国との差別化がなされているか
●今着手しなければならない必然性があるかどうか

(3)選定の際の留意事項

●国家基幹技術を支える基盤技術にも着目する
●技術の検討に当たっては海洋分野のみならず全分野を視野に入れる
●産業展開、国際展開につなげることを考慮する
●技術のソフト面やオペレーション面に留意する
●基幹技術を開発していくための体制も検討する
●中長期的な視点で技術の蓄積や人材の育成を行っていくことを念頭に置く

3.我が国が取り組むべき国家基幹技術

 国家として取り組むべき国家基幹技術プロジェクトと、それらのプロジェクトを達成するために不可欠な重要基盤技術をそれぞれ記す。

3-1.国家基幹技術プロジェクト

(1)次世代海洋資源開発システム

 我が国は、世界第6位といわれる排他的経済水域等を抱え、その周辺海域には世界でも有望と言われるメタンハイドレートや海底熱水鉱床等の存在が確認されている。また、海洋資源開発を中心とした関連市場は、今後大幅に拡大することが見込まれている(海洋資源開発船舶市場3.8兆円(2010年)→10.8兆円(2020年)など)。海洋基本計画においても、海洋資源開発について平成30年代後半以降の商業化を見据えた取組が求められており、我が国として、このために必要な技術基盤を早急に獲得する必要がある。
 海洋資源開発において核となり、かつ必要不可欠である基盤技術として、広大な海域から迅速かつ効率的に有用資源の存在を確認する探査技術、資源を経済的に生産する生産技術、開発と環境の保全を両立していくための環境影響評価・管理技術の3つがあげられる。
 以下に、これら3つの技術開発プロジェクトについて記すが、今後10~20年の中長期的な産業戦略の観点からは、資源の探査・掘削・生産等に係る個別の機器開発のみに注力するではなく、資源開発の計画策定からシステム設計・建設、生産システムの運営・維持管理のサービス提供までをパッケージ化することにより、将来、我が国の資源開発関連産業が資源開発ビジネスで国際展開を目指すことを目標とする必要がある。

(ア)次世代海洋資源調査システム

 我が国周辺海域には多くの有用資源が存在していることが分かっているが、この資源ポテンシャルは必ずしも明確でない。海底資源開発に民間企業が参入するにあたっても、資源ポテンシャルの明確化は必要不可欠であり、今後の成長が期待される海洋資源開発分野における産業展開を考えても、海洋資源について広域を効果的・効率的に探査するシステムの開発が求められる。
 同システムの開発においては、我が国が得意とするロボット技術やセンサー技術をコア技術として用いるとともに、音響通信技術、複数無人探査機運用技術、衛星通信技術等を統合化することが必要である。我が国がこれまでに開発してきた自律型無人探査機(AUV)や遠隔操作型無人探査機(ROV)を有効に活用し、更に我が国が先導する技術を統合し機能を高度化することにより、世界に類をみない非常に有効かつ調査ニーズに適した開発が期待される。
 なお、太平洋島嶼国や東南アジアは、我が国にとって非常に重要な経済上、外交上のパートナーであるとともに、周辺海域に多くの海洋資源を有していると考えられている。次世代海洋資源調査システムをこれら国々に展開することは、外交上極めて戦略的なツールになり得る。

(イ)次世代海洋エネルギー・鉱物資源生産システム

 我が国は周辺海域には世界でも有望と言われるメタンハイドレートや海底熱水鉱床等の存在が確認されている。しかし、メタンハイドレートも海底熱水鉱床も天然ガスや金属鉱物として経済的、技術的に生産することができなければ、真に「資源」とはなり得ない。
 このため、世界に先駆けてメタンハイドレート、海底熱水鉱床等を開発するための「次世代海洋エネルギー・鉱物資源生産システム」を確立し、将来の国際産業展開や安全技術基準作り、環境対策等を主導する。
 具体的には、メタンハイドレート開発においては、まずは、既に確立している石油・天然ガスの開発技術をベースとして、メタンハイドレートの特性を踏まえた商業化に必要な技術開発を行うことが必要である。
 また、海底熱水鉱床等の開発については、深海底(サブシー)で鉱石を掘削する浚渫機や採掘機を始め、視界不良の深海で無人作業を可能にする各種センサー、外洋の厳しい環境で採鉱・揚鉱を支える浮体、生産物積み出しに係る舶用機器等、陸域用、海域用を問わず幅広い既存技術、新規技術が求められる。こうした前例のない生産技術を確立するためには、基礎・基盤的研究の積み重ねに加えて、実海域での実証試験が不可欠である。

(ウ)次世代海洋監視・管理システム

 海底資源開発においては、これに伴う環境影響を評価するとともに、開発時における環境への影響を適切に監視・管理することが必要不可欠である。長期にわたる資源開発期間を通じて、深海において物理的・化学的データを計測するとともに、生態系への影響を評価するために必要な生物データを取得することが必要であるが、その手法はまだ確立されていない。海底資源の商業開発に向けた取組が進められている現状にあっては、環境への影響監視や現場管理のため、海底をモニタリングするシステムの構築が早急に求められる。
 より具体的には、一定程度の範囲(数km×数km程度)の海域において、様々な環境要素を継続的・長期的に観測するため、電力の供給やリアルタイムでのデータ伝送が可能な海底ケーブル式の観測プラットフォームを中心に、長時間稼働するセンサーやグライダーなどの技術を組み合わせたシステムを構築する。さらに、水中の音響用灯台(位置把握)及び給電・データ読み取りステーション技術等の確立により、海中ロボットによる観測も統合した高精度な観測システムを目指す。
 海底資源開発の環境影響評価については、国際的な基準がまだ確立されていないが、本システムによって得られる高精度の現場データを活かした現状把握、我が国が蓄積している深海に関する科学的知見を活用した開発による影響予測とその検証、科学に基づく評価というスキームを構築できれば国際的な基準として確立することが期待できる。日本が発信する環境影響評価手法が国際的に確立されれば、本分野において我が国がリーダーシップを発揮することも可能である。また、本システムを構成する技術は、今後の海洋開発において非常に汎用性が高い重要技術であり広範な波及効果が期待できる。さらに本システムは、我が国において大きな課題である遠隔離島や国境離島の保全や管理においても大きな貢献をしうるものである。

(2)次世代広域海洋環境観測システム

 地球温暖化をはじめとした様々な気候変動の予測と適応策の検討は世界的に喫緊の政策的課題であり、海洋基本計画においても、我が国として世界を主導する又は世界に貢献していくことを目指すとされている。このためには、気候変動予測の精度を高めていくことが必要であり、特に二酸化炭素吸収量の変動予測など大きな不確実性が残されている部分を中心に定量化をしていくことが求められる。これを達成していくためには、季節海氷域を含む北極海、南大洋や沿岸域も含めた広域の重要海域において、海表面から海中深部までの様々な物理・化学・生物データを充実することが必要であり、これを達成するためには、各種センサー技術、自動観測システム、海中情報伝達システム、衛星との連携、データ同化手法の開発など、重要技術を高度に統合したシステムが必要である。
 より具体的には、スーパーサイト観測システムや自走式環境変動観測システム、超小型プロファイリングフロート観測網など、得られる海洋情報の質を飛躍的に高めるための技術開発を行うとともに、それらのデータを同化する技術の高度化も行う。
 このシステムにより、気象・気候分野だけでなく水産や沿岸管理等への活用が期待される。また、我が国周辺の環境を我が国の技術で観測することは、安全保障上の観点や海洋開発を進める上でも重要である。

(3)未踏領域探索システム

 我が国は科学技術の先進国であり、今後も科学技術において世界をリードしていくことにより、未来を切り開いていく国家である。海洋にはまだ多くの未踏のフロンティアが存在しており、そこには地球や生命誕生のメカニズムとその変遷や未知の生命圏など、世界でもいずれの国も明らかにできていない様々な科学的課題を解くためのヒントが眠っていると考えられている。これ解き明かすことは、人類の知的財産の蓄積だけでなく、これまで知られていなかった特異な現象や生物、物質の発見等による社会的課題の解決への貢献や、我が国周辺の深海底などで起きる自然災害に対する防災・減災を促進し、人的・社会的資本の保全することにもつながる。さらに、海洋の未踏領域の多くを占める大水深海域のような超高圧等の極限環境へ到達するための技術やシステムを開発することで、その技術的基盤の水準が高まり、産業への応用展開などにも繋がる。
 このため、これまで我が国が世界を先導してきた深海探査技術や深海掘削技術をより高度化し、海洋の世界最深部である11,000mでの調査活動を行う次世代有人探査船や、前人未到のマントル掘削を実現する超深海掘削船など、これまで技術的に困難であった超深海へのアクセスを可能にするシステムを開発する。この開発にあたっては、極限環境に耐える新たな素材や形状、さらに運用技術なども含めて、既存のシステムの概念を覆すイノベーションが必要となる。

3-2.重要基盤技術

 上記の国家基幹技術プロジェクトを達成するにあたり、共通して基盤となる重要技術がある。代表的なものを以下に示すが、これらについては、国として、継続的な技術開発が求められる。

  • ケーブル式海底観測プラットフォーム技術
  • 環境影響評価技術
  • 採鉱・揚鉱技術
  • 有人潜水船技術
  • 高効率AUV/ROV技術
  • 浮体位置保持・係留技術
  • 海象・気象予測・計測技術
  • 衛星観測技術
  • 深海底~洋上~衛星~陸上リアルタイムデータ通信技術
  • 超大深度・超大水深掘削技術

4.国家基幹技術プロジェクト推進のあり方

 国家基幹技術プロジェクトを推進するに当たっては、プロジェクトを支える重要基盤技術の開発はもとより、これら重要基盤技術等をシステム化・統合化するための総合エンジニアリング、また、プロジェクト全体を整合的に制御・機能させるためのソフトウェアが重要となる。
 重要基盤技術については、各国家基幹技術プロジェクトにとって共通の基盤となるものであり、国として、絶えざる技術の蓄積と発展が求められる。現時点において、このような基盤技術は独立行政法人、民間、大学等に分散して個別の取組が行われているが、蓄積されている技術やノウハウを今後とも継続的に蓄積・発展させる体制は必ずしも十分とは言えない。このため、これら技術やノウハウを国内外の実プロジェクトで活用し、産業展開、国際展開していくことが非常に重要であり、民間の実プロジェクト進出への支援等の取り組みを国として戦略的・効果的に行い得る体制を整備することが求められる。
 総合エンジニアリングは、国家基幹技術プロジェクトの鍵となるものである。特に海洋における技術開発は、海況の影響や深海といった特殊環境への対応が求められるため、真に現場で有用な技術やエンジニアリング能力の獲得や蓄積のためには、実海域(フィールド)におけるプロジェクトの展開が必要である。このような、いわば実践の場における技術開発を通じて初めて、国内企業等に技術力や経験が蓄積され、海に強い総合エンジニアリング会社の育成にもつながると考えられる。また、実践の場における取組は、これに参画する国内企業にとっては一つの海洋開発実績となるということも考慮すべきである。技術を国際展開していく上で実績は必要不可欠のものであり、国家基幹技術プロジェクトを進めるに当たっては、国内企業に実績を積む機会を与えることを常に検討すべきである。
 さらに、国家基幹技術プロジェクトの推進においては、人材育成の観点を忘れてはならない。重要基盤技術開発を支える、基礎的・先端的な研究開発を担う人材、主要重要技術を理解し、これらをシステム化・統合化するための総合エンジニアリング能力を持つ人材、機器やインフラを運用するオペレーターなど、多様な人材が求められており、これら人材を育成する取組を、国家基幹技術プロジェクトの推進体制の中、あるいは企業、大学等との連携を通じて進めていくことが求められる。また、将来を見据え、プロジェクトに大学等の若手研究者や学生を参画させることも検討すべきである。
 以上のようなことを踏まえ、以下に国家基幹技術プロジェクトを推進するための体制について提示する。

○各プロジェクトの推進体制

  • 中核となる組織のもとに産学官の人材を結集することを基本とする。
  • プロジェクト内容に応じ、関係企業による技術研究組合の設立、独立行政法人を通じた取組、国からの補助金等を適切に組み合わせて実施。
  • 技術とノウハウの蓄積と産業界への移転を念頭に置き、技術移転が期待される企業は必ず当初から参画する。
  • プロジェクトの達成目標と達成時期を明確にする。

○重要基盤技術の開発体制

  • 各国家基幹技術にとって共通的な基盤となる重要基盤技術の開発を継続的に行い、技術やノウハウの蓄積を行う拠点を国に整備する。
  • 同拠点は各国家基幹技術プロジェクトと一体的に研究開発活動を実施。
  • 基礎的・先端的な研究開発を担う人材の育成の場とし、企業、大学等からの人材を積極的に受け入れ。
  • 技術の産業展開・国際展開を行うための組織を整備する。

5.まとめ

 今後の取組への期待等

お問合せ先

研究開発局海洋地球課

水野,邉田
電話番号:03-5253-4111(内線4142)、03-6734-4142(直通)
ファクシミリ番号:03-6734-4147
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