ここからサイトの主なメニューです

資料5−1

原子力損害賠償に関する紛争処理の在り方の見直しについて(案)

1.原子力損害賠償に関する紛争処理

(1)原子力損害賠償制度における紛争処理の位置付け

 「被害者の保護と原子力産業の健全な発達」の目的のため、「原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度」(原賠法第1条)の柱の一つとして、原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」)が位置付けられている(原賠法第5章)。

  • 賠償責任 無過失責任・責任集中
  • 国の措置 事業者に政府が必要な援助
  • 損害賠償措置義務 民間保険・政府補償契約
  • 原子力損害賠償紛争審査会 和解の仲介

(2)現行の審査会の性格・所掌事務

 審査会は、万が一原子力損害が発生し、その賠償に関して紛争が生じた場合に紛争を円滑・適切に処理するため、政令により臨時的に設置される特別の紛争処理機関であり、所掌事務は次のとおり(原賠法第18条第1項・第2項)。

  • 1 原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行うこと。
  • 2  1の事務のため必要な原子力損害の調査及び評価を行うこと。
  •  現在、JCO臨界事故(平成11年)の賠償の紛争処理のため、政令により「当分の間」設置されている。

(3)審査会の第三者機関としての意義

 和解の仲介は文部科学大臣が自ら行ったり、その諮問等により開始されるものではなく、以下の理由により、当事者の申立てを受けた審査会において、職権により自律的に仲介を行い、調停案を提示し、仲介を打ち切る仕組みである。

  • 1中立性 損害賠償措置に政府との補償契約の締結が含まれるため、政府も賠償に関する紛争(事業者・政府間、保険会社・政府間)の当事者となりうるため、中立公正の担保された第三者機関において行う必要があること。
  • 2専門性 原子力損害の賠償責任は無過失責任であり、放射線の作用等と相当因果関係のある損害のすべてが含まれ、原子力事故の科学的性質・規模・態様を踏まえた損害の調査・評価に基づき、賠償責任を法的に評価するには、法律・医療・原子力工学等に関する高度の専門的知見を要すること。

2.JCO臨界事故時の経験を踏まえた紛争処理の在り方の見直し

(1)賠償の対応の概要

  • 1 最終的な賠償件数は8,000件以上、賠償総額は約150億円。
  • 2 行政による支援や仮払いの実施等の工夫により約半年間に約6,000件の示談(和解)が成立し、その後も交渉が円滑に継続した結果、審査会に申し立てられた和解の仲介は2件、裁判上の請求に至ったものは11件であった。

(ポイント)

  • JCOが「JCOの補償等の考えと基準」を提示したが受け入れられず
  • 科学技術庁(当時)の委託調査により専門家からなる「原子力損害調査研究会」を開催し、損害の状況を調査・評価の上、損害費目ごとに相当因果関係の範囲、損害額の算定方法等に関する基本的な考え方をとりまとめ
    (当事者間の交渉の目安となるとともに、交渉開始のトリガーとなった)
  • 茨城県・東海村が被害申出の窓口となり、賠償交渉にも同席
  • 年内に請求額の1/2を基準とする仮払いを実施

(2)重層的な紛争解決支援システムの構築の必要性

 原子力損害の特殊性に鑑みると、損害賠償の実施を当事者間の処理に委ね、申立て待って和解の仲介を行うだけでは、「原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度」としては不十分である。このため、JCO臨界事故の経験を適切に制度に反映させる観点から現行の紛争処理の在り方を見直し、紛争が生じた場合における紛争処理に加え、その前段階における当事者間の自主的な解決の促進を支援するシステムの構築が必要である。全体像は別紙を参照。

イ 原子力損害の特殊性

  •   当事者の心理状態、事故に伴う混乱等の実態に適切に対応する必要。
  •   短期間において膨大な数の請求事案が生じ、これらを同時に解決していく必要があるため、個別の事案の解決にまして、多数の当事者間の交渉が円滑になされるような条件を確保することが重要。
  •  一定の範囲で損害項目を特定した場合、その項目ごとに多数の事案の内容に類似性があり、被害者間の公平な賠償の確保を図ることが重要。
  •  原子力損害に関して、一般に被害者の有する知見の水準に配慮する必要。

ロ 当事者間の交渉による自主的な解決の促進の必要性

  •  多数の請求事案を円滑かつ公平に解決するためには、申立てを待って個別事案の紛争処理を行うのみならず、紛争処理の前段階も含めて、当事者間の交渉による自主的な解決を促進することが必要であるが、当事者間の処理に委ねていては進展しない実態があり、一定の行政的措置を講じて支援することが必要。
  •  短期間において膨大な数の請求事案が生じた場合に、和解の仲介・裁判の紛争処理が機能不全に陥るおそれがあるため、これらの実質的な紛争処理能力を確保し、困難な事案の解決に集中することができるような環境を確保することが重要である。

(3)賠償基準の策定及び審査会の活用の制度化

 上記(2)のためには、中立的・客観的に「賠償の一般的な基準」が提示され、かつ当事者間に妥当なものとして早期に受容・共有されることが交渉の促進にとって不可欠であるため、当事者の信頼に応えられる仕組みとして、行政的措置として「賠償の一般的な基準の策定」を審査会に担わせることが妥当である。ただし、この基準については、当事者(訴訟に至った場合には裁判所)に対する法的な拘束力の付与を目的とせず、当事者間の自主的な解決による円滑かつ公平な賠償の確保に資する観点から提示されるものとする。
 また、こうした措置は、原子力損害賠償制度における現行の審査会による紛争処理の枠組みを拡張するものであるため、紛争解決支援システムを支える特別の機関としての適切な設置目的を明確化することが妥当である。
 具体的には、審査会の設置の目的及び所掌事務(原賠法第18条第1項・第2項)を次のとおり改めることとする。

(条文イメージ案)

【設置目的】
  • (現行)
    原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合における和解の仲介を行わせるため
  • (改正案)
    原子力損害の賠償に関する紛争が生じた場合における紛争の自主的な解決を促進し、又は和解の仲介を行わせるため
【所掌事務】
  • 1  原子力損害の賠償の実施の参考となるべき賠償の範囲等に関する一般的な基準を策定すること。(新規追加)
  • 2 原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行うこと。
  • 3  12の事務のため必要な原子力損害の調査及び評価を行うこと。

 なお、公平を重視した一般的な基準の提示と個別の和解の仲介におけるその適用・調整とは、相反関係となることもありうるため、上記12の事務を行う部会を内部組織として分けて設置し、目的・性質を踏まえた適切な運営を確保する運用を行うことが妥当である。

イ 一般的な基準の策定の効果

  •  当事者間の不信感や事故後の当事者の混乱状況を乗り越え、冷静な話合いを開始するためのトリガーとなる。
  •  賠償の一般的な基準が公表されることにより、個別の情報・交渉力の違いによって賠償内容が異なる不公平が回避される。
  •  請求の内容に類似性のある多数の事案の交渉が円滑化する。
  •  技術的・法的に高度の知見を有さない被害者にとっては自らの請求の内容の相場に関する不安が解消され、また、基準に盛り込まれた範囲において因果関係の立証負担も軽減される。
  •  和解の仲介や裁判は個別の事案の解決を目指すものであるが、実際には、一般的な基準の定立とその適用・調整という過程を経ることから、紛争処理における審理の短縮・円滑化にも資する。

ロ 審査会が基準を策定することの妥当性

1 中立性
  •  当事者間にの交渉を促進するという観点からは、基準の策定に当たっては、当事者に受容・共有されるよう配慮することが不可欠であり、基準の策定主体には、和解の仲介と同様に、厳格な中立公正が要請される。
  •  政府は補償契約の保険者として潜在的に紛争当事者たりうるほか、原子力損害が賠償措置額を超えるおそれがある場合には、事故後早期の段階において損害の専門的な調査・評価に基づき、国による事業者への援助の必要性を判断しなければならず、基準の策定はこれらと利益相反関係となるおそれがあり、国が直接の策定主体となることは妥当でない。
2 専門性
  •  原子力事故の規模・態様は様々であり、また、原子力損害は放射線の作用等との相当因果関係のある損害がすべて含まれるため、適切な調査・評価に基づき損害項目を特定し、賠償範囲、損害額の算定方法等を判断するには、和解の仲介と共通する高度の専門的知見を要する。
3 効率性
  •  審査会は和解の仲介の実施のため中立性・専門性を担保された第三者機関であるが、同時に上記1及び2の要請も満たしている。
  •  審査会は原子力損害が発生した際に臨時的に設置され和解の仲介を行うことが予定されているが、賠償の一般的な基準の作成についても同様に、原子力損害が発生した際にその機能が発現すれば足りる。
  •  和解の仲介における個別事案の紛争処理の前提としても、賠償の一般的な基準が整理されることが有益である。
  •  原子力事故の発生の蓋然性が低く、その賠償処理に関する専門家の数が拡大することも見込まれないため、和解の仲介か事前の解決の促進かを問わず、原子力損害の賠償に関する紛争解決支援に係る知見・経験を審査会において集約・継承していくことが重要。

<参照条文>

○原子力損害の賠償に関する法律(昭和三十六年法律第百四十七号)

(原子力損害賠償紛争審査会)

第十八条  文部科学省に、原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合における和解の仲介を行わせるため、政令の定めるところにより、原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)を置くことができる。
2  審査会は、次の各号に掲げる事務を処理する。
  • 一 原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行なうこと。
  • 二 前号に掲げる事務を行なうため必要な原子力損害の調査及び評価を行なうこと。
3  前二項に定めるもののほか、審査会の組織及び運営並びに和解の仲介の申立及びその処理の手続に関し必要な事項は、政令で定める。

○原子力損害賠償紛争審査会の組織等に関する政令(昭和五十四年政令第二百八十一号)

(雑則)

第十三条  この政令に定めるもののほか、審査会の運営並びに和解の仲介の申立て及びその処理の手続に関し必要な事項は、会長が審査会に諮って定める

○原子力損害賠償紛争審査会の設置に関する政令(平成十一年政令第三百三十二号)

 平成十一年九月三十日及び同年十月一日に茨城県那珂郡東海村大字石神外宿二千六百番地所在の株式会社ジェー・シー・オー東海事業所において発生した核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三十二年法律第百六十六号)第十三条第二項第二号に規定する加工施設の事故に関して原子力損害の賠償に関する法律第十八条第一項に規定する和解の仲介を行わせるため、文部科学省に、当分の間、原子力損害賠償紛争審査会を置く。

<いわゆる紛争処理以外の解決支援策の例>

○個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成十三年法律第百十二号)

(当事者に対する助言及び指導)

第四条  都道府県労働局長は、個別労働関係紛争(労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)第六条に規定する労働争議に当たる紛争及び特定独立行政法人等の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二十六条第一項に規定する紛争を除く。)に関し、当該個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
2  都道府県労働局長は、前項に規定する助言又は指導をするため必要があると認めるときは、広く産業社会の実情に通じ、かつ、労働問題に関し専門的知識を有する者の意見を聴くものとする。
3  事業主は、労働者が第一項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

(地方公共団体の施策等)

第二十条  地方公共団体は、国の施策と相まって、当該地域の実情に応じ、個別労働関係紛争を未然に防止し、及び個別労働関係紛争の自主的な解決を促進するため、労働者、求職者又は事業主に対する情報の提供、相談、あっせんその他の必要な施策を推進するように努めるものとする。
2  国は、地方公共団体が実施する前項の施策を支援するため、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。
3 (略)

○住宅の品質確保の促進等に関する法律(平成十一年法律第八十一号)

(技術的基準)

第七十四条  国土交通大臣は、指定住宅紛争処理機関による住宅に係る紛争の迅速かつ適正な解決に資するため、住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準を定めることができる。

○環境基本法(平成五年法律第九十一号)

(公害に係る紛争の処理及び被害の救済)

第三十一条  国は、公害に係る紛争に関するあっせん、調停その他の措置を効果的に実施しその他公害に係る紛争の円滑な処理を図るため、必要な措置を講じなければならない
2 (略)

○雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)

(紛争の解決の援助)

第十七条  都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができる。
2  事業主は、労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

○鉱業法(昭和二十五年法律第二百八十九号)

(賠償についての基準)

第百十二条  経済産業局長は、損害の賠償に関する争議の予防又は解決に資するため地方鉱業協議会に諮問して損害の賠償の範囲、方法等についての公正且つ適切な一般的基準を作成し、これを公表することができる。
2  何人も、前項の基準に拘束されるものではない。