論点 |
科学的知見・事実関係等 |
.これまでの航空機乗務員等の宇宙線被ばくに関する知見 |
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ア. |
宇宙線の発生の源及びその成分はどのようなものか? |
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宇宙線は、太陽系外における超新星爆発や太陽活動の際に放出される高エネルギー粒子である。
・ |
1次宇宙線:宇宙空間における陽子、アルファ粒子、重粒子 |
・ |
2次宇宙線:大気圏内における陽子、中性子、電子、ガンマ粒子、パイ中間子、ミューオン |
航空機乗務に伴う宇宙線被ばくは、2次宇宙線によるものである。
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イ. |
太陽活動(フレア)に伴う地球での宇宙線の線量変化はどうなっているのか? |
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太陽活動
・ |
フレア(太陽表面の爆発現象) |
・ |
コロナ質量放出 |
・ |
フィラメント消失 |
・ |
コロナホール |
フレア等に伴い突発的に高エネルギー粒子が放出される現象を太陽粒子現象といい、特に、フレアに伴い放出される粒子を太陽フレア粒子と呼ぶ。
太陽活動が活発な時期は地球の磁場が圧縮され、地球で観測される宇宙線量の総和は必ずしも増加するとは限らず、逆に減少して観測されることもある(フォーブッシュ現象)。
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1) |
確定的影響
しきい線量が存在し、しきい線量を超えなければ健康影響は現れない。また、被ばく線量の増加により、重篤度が増加する。
<全身被ばくに関するしきい線量>
200 以下 |
: |
臨床症状は確認されない |
500 |
: |
末梢血中のリンパ球の減少 |
1000 |
: |
悪心,嘔吐(10パーセントの人) |
7000 以上 |
: |
100パーセント死亡 |
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2) |
確率的影響
しきい線量が存在しないと仮定されており、被ばく線量の増加に伴い、健康影響の発生率が増加すると考えられている。 |
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○ |
日乗連の意見
日乗連の試算では原子力発電所の放射線業務従事者の年平均被ばく線量の2〜3倍となるので、生涯乗務期間(35年)の被ばく線量を考えると、果たしてどの程度の健康影響があるのか、不安を感じている。 |
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広島・長崎原爆被害者17万人の60年にわたる調査データから、100〜200 以下の低線量域では長期的な健康影響の発生の有意な差が認められていない。 |
○ |
日乗連の意見
LNT仮説に基づいた日乗連の試算では、日本の全運航乗務員約6000名中、約30名が将来致死的な癌になるということになり、「航空乗務員等の年間宇宙線被ばく線量は多くても数 であり、健康上問題ない」と言う説明には疑問を抱いている。 |
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LNT仮説は、低線量域の放射線防護基準を安全側に立って考えるための管理目標値を示すために作られたものであり、LNT仮説を用いて致死的な癌になる人数を計算することは、本来正しい用い方ではない。このことは、モナザイト産地など世界の中で自然放射線量が比較的高い地域において、致死的な癌になる割合が他の地域と比べても特に高くなるということがないことからも明らかである。
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3)放射線影響のリスクマネジメント |
イ. |
運航路線(高度,緯度,巡航時間)により被ばく線量はどう変化するのか? |
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<高度による変化>
宇宙線は大気に入射すると、大気の原子核と相互作用を繰り返すことによりエネルギーを失いながら進んでくるので、より低い高度を飛行した場合は被ばく線量が減る。
長距離飛行で一般的な高度 12,000 :5〜6
中高度 8,000 :3
<緯度による変化>
磁力線に沿って宇宙線が入りやすい北極・南極に近い地域(地磁気緯度の高い地域)では、他の地域よりも被ばく線量が約3倍高くなる。
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1965年の太陽活動極小期に高度12,000 を1,000時間飛行したと仮定して計算すると、
赤道付近を飛行した場合:4 1000
地磁気緯度の高い地域を飛行した場合:12 1000 |
<巡航時間による変化>
巡航時間が長いと被ばく線量は増える。
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年間200時間乗務:5〜6 200 =1〜1.2
年間1000時間乗務:5〜6 1000 =5〜6 |
北極地区通過路線(以下、ポーラルートという。)は、高度、緯度が高く、巡航時間も長いので、他の路線と比較して、航空機乗務員等の被ばく線量が大きい。 |
ウ. |
我が国の自然放射性物質(NORM)及び技術的に濃度が高められた自然起源の放射性物質(TENORM)による被ばく線量はどの程度か? |
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《産業利用》 モナザイト、リン鉱石、チタン鉱石、酸化サマリウム等
年間約0.13〜0.38
《一般消費財》 衣類、寝具、壁紙等
年間約0.01〜0.22
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ア. |
我が国の主な航空機乗務員はどのような構成なのか? |
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乗務員等の集団数(特色として、客室乗務員の女性の比率が高い)
客室乗務員数は運航乗務員数よりも2.5〜3倍多く、ほとんどが女性である。
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イ. |
飛行経路・乗務時間などの我が国の航空機乗務実態はどうか? |
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JALにおいては、全航空機のブロックタイムの合計の4分の3が国際運航、4分の1が国内運航である。
JALにおいては、全航空機のブロックタイムの合計の約14パーセントがポーラルートを運航している。ANAにおいては、それよりは少ないと思われる。
航空会社の就業規則により、年間最大乗務時間数が1,000時間を越えるケースはない。
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4. |
交絡要因(睡眠時間、飲酒、喫煙等)による健康影響はどうか? |
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.航空機乗務員等の宇宙線被ばく線量の評価等について |
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ア. |
宇宙線量の評価には、どのような方法があるか? |
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<主な測定器>
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多減速材付比例計数管(ボナーボール) |
・ |
電離箱 |
・ |
プラスチック固体飛跡検出器 |
航空機が運航する高度の宇宙線は高LETであるため、簡易な線量計による実測の精度の信頼性には疑問が残る。
中性子スペクトル測定については、測定者のデータ処理方法よって測定結果の差が大きい。
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<主な計算コード>
FLUKA、CARI−6、EPCARD等
飛行高度、緯度・経度、飛行時間等のパラメータ変更することにより、様々なケースの被ばく線量評価が可能であるが、実測値の再現性には、計算コード間に差がある。
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イ. |
国際放射線防護学会(IRPA11)において、航空機乗務員等の宇宙線被ばくの測定・評価についてはどのような発表があったか? |
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・ |
実測、計算により航路線量あるいは年間線量を評価。 |
・ |
実測値と計算値の比較では、大きな差はない。 |
・ |
太陽活動の影響は、飛行高度が通常(12,000 以下)であれば大きな影響はない。太陽活動の影響よりも、緯度による影響のほうが大きい。 |
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ウ. |
NASA(ナサ)において、宇宙線の測定・評価ついてはどのような調査が行われてきたか? |
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・ |
太陽の黒点数と地上における中性子線量の相関を見ると、黒点数と中性子のカウント数が逆相関になっている。 |
・ |
太陽活動期の極小期と極大期の宇宙線強度について、地表面近くでは緯度及び太陽活動の依存性はほとんどない。 |
・ |
一般的な航空機の高度(10,000〜12,000 )では、中性子線量の割合は約60パーセントであり、航路による差は小さい。 |
・ |
宇宙線量の緯度依存性は大きく、北極近傍では高線量領域が存在し、カナダ上空ルートは被ばくが最も多いルートと考えられる。また、赤道をはさんだ広大な領域に低線量領域が存在する。 |
・ |
FLUKAコードによる中性子スペクトル解析結果は、実測値をほぼ再現しているが、LUINコードによる解析結果は、実測値を再現していない。 |
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ア. |
諸外国において、航空機乗務員等の宇宙線被ばくに対してはどのように取り組まれているか? |
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欧州放射線防護指令 (Council Directive 96/29/EURATOM,13 May,1996) 第42条
・ |
EU加盟国に対し、2000年までに、企業が搭乗員の被ばく線量が1 (高度8 )を超えそうな宇宙線被ばくについて検討するように体制を整えるように求めている。 |
・ |
企業に特に以下のような処置を要求している。
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関係する搭乗員の被ばく線量を評価すること |
- |
被ばく線量の高い搭乗員の線量を低減する観点から、勤務スケジュールを作成する際に、評価した線量を考慮すること |
- |
勤務に関連するリスクについて、当該搭乗員に通知すること |
- |
女性搭乗員については、以下の条項を適用すること
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妊娠を申告し、胎児の線量を、申告後の妊娠の残りの期間における被ばく線量が1 を超えないように、できる限り低く保つ。 |
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・ |
6 を超える被ばく線量を受ける個人に対しては、より詳細な医療監視を行うとともに、警告と個人被ばく線量測定を含む追加の要件が加えられる。 |
欧州放射線防護指令では、ドイツで開発されたものや米国(CARI-6)の計算コードなどいくつか紹介されており、どの計算コードを使っても実測値と良い一致がみられると記述されている。そのため、EU加盟国は計算による評価が一般的である。 |
< |
英国、ドイツ、デンマーク、アイルランド、スペイン、米国、オーストラリア> |
< |
デンマーク企業の取り組みの一例> |
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イ. |
我が国の航空会社において、妊娠中の女性の航空機乗務員等に対してはどのように対応されているのか? |
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航空法施行規則等により、妊娠中の女子運航乗務員の搭乗は許可されていない。
また、JAL及びANAにおいては、運航・客室乗務員共に、妊娠確認(本人からの申告)から乗務復帰可能(産業医の判断)と認められるまでの間は、乗務資格が一時停止とされる。
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○ |
日乗連の意見
妊娠中の女性の航空機乗務員等について、胎児への放射線影響が最も大きいといわれる妊娠初期では、妊娠の自覚がないことが心配である。 |
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胎児に放射線影響の出る線量(100 以上)を被ばくするまでには、相当な時間を要し、それまでには妊娠に気付くと考えられる。 |
ウ. |
日本人宇宙飛行士等の宇宙線被ばくはどのように管理されているのか? |
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<被ばくの種類>
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宇宙飛行による宇宙線被ばく |
・ |
地上における放射線業務による放射線被ばく |
・ |
航空機による高々度飛行訓練における宇宙線被ばく |
・ |
国際宇宙ステーション(以下、ISSという。)搭乗宇宙飛行士に特有の医学検査による放射線被ばく |
<被ばく線量の制限値>
JAXA(ジャクサ)では生涯実効線量制限値が宇宙飛行開始年齢階層別に定められている。 |
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女性:600〜1,100 、男性:600〜1,200 |
ISSに参加する各宇宙機関によりまとめられたFlight Rules(ISS飛行時の運用手順書)には、飛行中止レベルが暫定的に定められている。 |
<被ばく管理>
太陽地球圏の宇宙環境及びISS放射線環境を地上で連続監視。
個人被ばく線量に評価については、ISS滞在中は常時NASA(ナサ)の個人線量計を装着。
<教育訓練>
放射線防護の基礎及び実務の知識について教育訓練を行う。(6時間以上)
ISS搭乗前には、飛行した場合の発がん等のリスクついて説明を行い、そのリスクがあっても搭乗するという意思を同意書により確認する。
<健康診断> |
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宇宙飛行士に放射線障害が発生していないことの確認 |
・ |
宇宙飛行士としての医学的適性の確認 |
・ |
実際に線量制限値を超えるような被ばくがあった場合の情報提供 |
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.一般的な放射線防護の考え方について |
1. |
ICRP勧告における航空機乗務員等の宇宙線被ばくの取り扱い |
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ア. |
ICRPの放射線防護体系の基本的な考え方はどのようなものか? |
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従来、自然放射線は放射線防護の対象外としてきたが、1990年勧告から、線源あるいは被ばくの管理の可能性に注目し、自然放射線であっても管理可能なものは放射線防護の対象とした。
・ |
放射線防護の目的
放射線被ばくの原因となる有益な行為を不当に制限することなく、人を防護するための適切な標準を与えることであり、具体的には確定的影響の発生を防止、確率的影響の誘発を制限するための、合理的な手段を確実に取ることを目指す |
・ |
行為(行為の正当化、防護の最適化、線量限度) |
・ |
介入(介入の正当化、防護の最適化、介入レベル) |
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イ. |
Pub.60,Pub.75において、航空機乗務員等の宇宙線被ばく防護はどのように記載されているのか? |
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< |
Pub.60>
ジェット機の運航については、主に航空機乗務員に関係する項目であろうが,他の乗客よりも頻繁に飛行する添乗員といったグループにも注意を払うべきである。 |
< |
Pub.75>
ジェット機乗務員の被ばくは職業被ばくとして扱うべきである。年間の実効線量は、飛行時間と該当する航路の典型的な線量率とから導かれるべきである。他に実際的な制御手段がないため,指定区域の使用を考慮する必要はない。航空機乗務員の飛行時間については、現在ある制限により被ばくが十分制御されることもありうる。 |
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ウ. |
一般公衆の介入レベルはどのように記載されているのか? |
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<Pub.82 長期放射線被ばく状況における公衆の防護>
100 : |
介入が正当化されるレベル |
10 : |
介入が必要かもしれないレベル |
1 : |
介入免除レベル |
航空機に年間1000時間搭乗した場合の被ばく線量(5〜6 )は、公衆の介入免除レベル(1 )よりは大きいが、介入が必要かもしれないレベル(10 )よりは小さい。
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エ. |
妊娠中の女性乗務員の宇宙線被ばく防護はどのように記載されているのか? |
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<ICRP Pub.75 5.1.3節 ジェット機中の宇宙線>
航空機乗務員のうち妊娠しているメンバーは,妊娠の終了より十分前もって搭乗任務を解かれるのが普通である。委員会は,3.3.6節に与えた目標の慣行によって十分達成できるであろうと信じており,またそれ故,胎児に対してさらなる防護手段を行使する理由はない。
○ |
3.3.6節 女性の職業被ばく
作業者が妊娠したとわかったときは、胎児についてもっと高度の防護基準を勧告する。
妊娠申告後の妊娠作業者の作業条件は、胎児に対する追加の等価線量が、妊娠の残りの期間中においておおよそ1 を超えることがないようにすべきである。
妊娠女性の被ばく条件は雇用主により注意深く観察されるべきである。とくに、彼女らが偶発的な高線量被ばく及び放射性物質摂取の可能性が少ない職種に就かせるべきである。 |
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2. |
我が国の既存の法令において、宇宙線被ばくはどのように扱われているのか? |
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< |
放射線障害防止法>
自然放射線による被ばくは規制の対象から除外されているので(数量告示第24条)、宇宙線は規制対象外である。 |
< |
航空法>
宇宙線は規制対象外である。 |
< |
労働安全衛生法>
電離放射線障害防止規則で定める放射線業務には、宇宙線に係るものはないことから、規制対象外である。 |
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3. |
我が国において、自然放射性物質(NORM)による被ばくについてはどのように対応されているのか? |
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< |
放射線審議会基本部会報告書「自然放射性物質の規制免除について」>
自然放射性物質による被ばくも放射線防護を目的とした規制の対象とすべきと考えられる。しかし、自然放射性物質は放射能濃度に大きな幅があり、免除レベル濃度を設定してそれを超えるものをすべて規制するという方法をとることは困難である。また、産業に利用される原材料に含まれる自然放射性物質は、放射性物質として作られたものではなく、その放射性を意図して用いられてはいない。
さらに、自然放射性物質を含む各種原材料は、過去から長く利用されており、「すでに被ばくの経路が存在している」と考えられるので、「介入」の対象としての要素が大きい。ICRPでは、「介入」の対象に対して、規制の規準も「行為」のそれとは異なるものが提案されている。より適切な規制を行うことにより、効果的なリスクの軽減が期待される。
以上の観点から、自然放射性物質の利用については、それぞれの特性に沿った規制の方法や免除又は介入免除について、被ばく線量に基づいた方法で対応する必要があると考えられる。 |
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.一般的な放射線防護の考え方について |
1. |
航空機乗務員等の宇宙線被ばくへの対応の必要性及び対応方法(システムの運用方法) |
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ア. |
航空機乗務員等の宇宙線被ばくを新たに規制の対象とする必要があるのか?また、制限値を設定する必要があるのか? |
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イ. |
航空機乗務員等への宇宙線被ばくに関する説明と教育はどうするのか?(方法・内容・時期) |
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○ |
日乗連の意見
飛行実績に基づいて、航空機乗務員がどの程度被ばくしているのかを常に知っておきたい。航空機乗務員に対する適切な教育・管理をして欲しい。 |
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被ばく防護のための航空機乗務員等への教育は必要ではないか。 |
ウ. |
航空機乗務員等の宇宙線による被ばく線量の評価はどうするのか? |
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エ. |
航空機乗務員等の宇宙線による被ばく線量の通知、記録及び保存はどうするのか? |
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○ |
日乗連の意見
航空機乗務員等の宇宙線被ばくに関する疫学調査等の調査研究をして欲しい。 |
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キ. |
フリクエントフライアーの扱いはどうするのか? |
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比較的年間搭乗時間の多い者の存在は認識しておき、副次的に議論すればよいのではないか。 |
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我が国の航空機乗務員等の宇宙線被ばくへの対応は、諸外国の対応と比較してどうか? |
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