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2.

「教育の役割と教育を取り巻く環境の変化

(1) 教育の役割

   ここでいう「教育」とは、上述のように人の全生涯を通じたものであり、教育の対象者も教育の内容も幅広く捉えている。これを前提とした広義の教育の役割を整理すると、以下の通りである。

1人格の形成
   教育の最終的な目標の一つは「人格の形成」である。「人格」の基本的な要素としては、自己の確立と他者の認識、社会性の獲得、豊かな感情の発達と心の理解などをあげることができるが、そうした人格を形成するそれぞれの要素の健やかな発達を助けることが教育に課せられた大きな役割である。具体的には、真・善・美といった価値に対する認識や、人として生きるための支えとなる価値観の獲得を手助けすることも、教育の役割と捉えることができる。さらに、他人を思いやる心、相手の立場に立てる心を育むことも大切である。

2社会で生きていく力の涵養
   教育の大きな目標として、社会で生きていく力を育むことがあげられる。そのため教育には、他人とのコミュニケーション能力の確立や、家庭・学校・職場と自己との関係づくりに関わる能力の育成、ストレスに対応できる心身の育成などに向けた働きかけが求められる。さらには、創造性・独創性の涵養や、物事に取り組む際の意欲の向上や動機づけも大きな役割としてあげられる。また、健康な身心を育むためにはスポーツの視点、さらに、志や意欲・情熱の原点を育む芸術の視点も大切である。

3効果的な学校教育の実施
   児童生徒に対する基礎的・基本的な知識・技能や思考力、表現力、問題解決能力などの育成をいかにして効果的に進めるかは重要な課題である。このため、個々の教科・科目に関する教育課程や指導方法、教材などについては、不断にその改善に向けた検討がなされてきている。また、情報教育、外国語教育など、情報化社会や国際化などの環境条件の変化などによってますます重要性を高めている教育内容もある。
   また、体育・スポーツを通じて心身の発達と調和を促すことも学校教育の大切な役割の一つである。


4生涯の様々な段階における能力の開発と自己実現の支援
   人の生涯における様々な段階において、幅広い分野における能力を開発し、職業生活、文化生活などの向上を支援することも、教育の大きな目的である。例えば、職業に関わる知識や技能の教育訓練、芸術・スポーツなどに関する能力開発、文化生活・余暇生活を豊かにする生涯学習の実施などがある。また、さらなる高齢化が見込まれる中、痴呆の予防・改善につながる高齢者などの学習活動の推進もこれからの教育の重要項目である。

5障害のある人々の学習への対応
   障害があるかないかに関わらず、人は、他者との関わりの中で影響を受け、成長し、社会的な関係を作っていく。脳機能の障害についてはまだ解明されていないことも多く、まずその障害についてより詳しく理解する必要があり、その障害の状態に即した適切な教育・療育が重要である。


(2) 教育を取り巻く環境の変化

   学校をはじめとする教育の場は、今日、社会的な環境の変化の中で様々な影響を受けており、それに対応するような内容、方法による教育を行うことの必要性が高まっている。大きな環境の変化としては、次の点をあげることができる。

1情報化
   情報が氾濫する現代社会においては、社会から届いた情報を処理することが生活の大きな部分となっており、脳の負担が高まることから心身に問題を生じる可能性も指摘されている。また、社会の情報化が進むことによって、間接体験による情報処理が大きな位置を占めるようになってきており、子どもの発達過程における直接体験の機会の減少によるコミュニケーション能力の育成にも問題が生じている可能性が指摘されている。また、情報化は教育の手法・技法にも影響を与えている。

2効率化
   今日では社会の効率化が進み、時間面、空間面、人や社会との付き合いなどの面でゆとりやあそびという部分が少なくなったことが、教育にも影響を与えている可能性がある。例えば、原っぱなどの無意味と思われている空間の消失と時間の効率化が子どもたちの成長に大きな影響を与える可能性が指摘されている。一見無意味な空間や時間から価値を見出すことができなくなり、人の創造性、適応能力、ストレス耐性などに影響を与えている可能性も指摘されている。また、生活習慣の変化にともない、睡眠の取り方や食生活にも変化が生じており、こうしたことが、乳幼児や児童の脳の発達に影響を及ぼしている可能性がある。

3個人化
   モノや情報が豊富になったことの反映として、家族や社会が協力する必要性が希薄になり社会の個人化が進んでいる。そのため、人や社会とのコミュニケーションの方法がわからないといった対人関係の病理現象が生じている。また、他者の理解や社会性の涵養というような、人格の形成にかかわる面でも様々問題を生じ、反社会的な行為の増加につながっているという指摘もある。

4少子化
   少子化が進んだ結果として、親が子育てや教育に当たって過剰に子どもに関わる状況が生じ、また子どもの側としても、兄弟・姉妹や遊ぶ相手が少ないといった状況が生じている。こうしたことが、情報化、効率化、個人化などの影響と相まって、子どもの主体的な学習意欲や社会で生きていく力の減退をもたらしたり、社会性に欠ける子どもを生じさせたりしているのではないかともいわれている。

5競争社会の進展
   社会生活や学校生活における競争や、社会と個人との関係の変化、産業、経済や技術の激しい変化などにより、ストレスの多い社会になってきている。こうしたことから、教育の場においても、こころの問題への対応の重要性が指摘されるようになっている。また、社会の変化に対応するための職業教育や訓練の重要性も高まっている。

6高齢化
   高齢化が進む中で、人生の様々な段階において新たな知識・技能の修得が求められている。また、学習活動、文化活動などを通じて自己実現を支援するような生涯学習の重要性も高まっている。さらに、高齢期においても、心身の健康と知的活動の活性を維持することが必要となっている。

7化学物質の影響
   環境や食品などに含まれる様々な化学物質による脳への影響が、成長制御の不全や様々な学習や心の障害の原因となっている可能性も指摘されている。特に、脳関門の未発達による胎児や新生児の脳への蓄積に関する問題がある。


(3)

教育の場における課題

   教育の場における具体的な課題のうち、「脳科学と教育」研究による取組が期待されている課題を、人の成長の過程に沿って分類すると以下に示すとおりである。これらの課題の多くについては、教育を取り巻く環境条件の変化による増加が指摘されているものもあり、このような広義の教育関連課題の解決に向けて「脳科学と教育」研究の進展が期待されている。なお、以下の課題例はあくまでも各時期において特徴的なものをあげているにすぎず、各課題は必ずしもその時期に限定されるものではない。

1 一般的な課題
1 乳幼児期(0歳―5歳)
特異行動、被虐待児   など
2 学童期(6歳―15歳)
不登校、無気力、いじめ、反社会的行動、非行・暴力、学習意欲の低下、極端な自己中心行動、体力・運動能力の低下、青少年の性に関する問題   など
3 青年期(およそ16歳―29歳)
反社会的行動、ひきこもり、慢性疲労症候群   など
4 壮年期(およそ30歳―59歳)
ひきこもり、産業ストレス・情報化ストレス   など
5 高齢期(60歳以上)
加齢による脳機能低下   など

2 障害のある人々への教育・療育にかかわる課題
1 乳幼児期(0歳―5歳)
発達障害(知的障害、自閉性障害、レット障害*、脳性麻痺など)、感覚障害   など
2 学童期(6歳―15歳)
発達障害(学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、自閉性障害、脳性麻痺など)、精神障害(行為障害、摂食障害など)   など
3 青年期・壮年期(およそ16歳―59歳)
若年性痴呆症   など
4 高齢期(60歳以上)
痴呆症、高次脳機能障害   など
 

*( 注釈):レット障害
1966年にAndreas Rettによって見出された症例群。女児に起こる進行性の神経疾患で、知能・言語・運動能力に遅滞が生じる。手もみ動作などを繰り返す特徴があるが、原因・治療法などは不明の部分が多い。


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