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デジタル化に伴う著作権の課題への対応のあり方
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デジタル化に伴う著作権の課題の状況
近年のデジタル化・ネットワーク化により、著作物を巡る環境が急激に変化している。著作物に関する財やサービスの提供がより円滑になる一方で、国境を越えた権利侵害の危険性や規模が格段に高まっている。このため、新たな取引や利用形態に対しては、国際的に対応することが必要になっている。
国際的にもデジタル化・ネットワーク化に対応した著作物の保護の強化の必要性は強く認識され、1996年にはWCT及びWPPTが採択され、利用可能化権、技術的保護手段、権利管理情報に関する国内での措置等を講じることとなっている。
しかしながら、最近では、さらにWCTやWPPTの採択当時には念頭になかった技術であるP2P(Peer to Peer)技術 によって、新たな課題が発生し、それに対する取り組みが必要となってきている。すなわち、P2P技術は、仲介者、管理者の中央集約的な管理を要しない自律的なネットワークを構築する上で重要な技術である。しかしながら、P2P技術を用いたファイル交換については、現状そのかなりの部分が著作権を有するコンテンツの利用 であり、かつ世界的な規模で行われているため、権利者の許諾を得ないファイル交換による権利侵害が大きな問題となっている。
また、P2P技術のように著作権保護に脅威を与えるデジタル技術がある一方で、コンテンツの安全な取引を推進するデジタル技術として、デジタル著作権管理(以下「DRM」 (Digital Rights Management)と言う。)技術がある。DRMは、権利侵害の危険性を防止しつつ、ネットワークを通じた新たな著作物に関するサービスを提供する上で、非常に有効な技術である。一方で、販売者やサービス提供者ごとに様々なDRMが開発されている現状に対しては、標準化の必要性や相互運用性の改善などの課題が指摘されることもある。また、そもそもDRMと権利制限規定との関係をどのように捉えるかについても、DRMの普及に伴い大きな関心が集まり、種々の議論が行われるようになってきている。
既に、P2P技術やDRMの進歩に伴う対応の在り方については、WIPOや日米規制改革イニシアティブの場でも検討が行われているが、今後とも国際的な議論の機会は増加すると考えられるため、我が国としても将来の国際的な議論に備えて、積極的に検討していくべきである。
そこで、本小委員会では、近年のデジタル化の進展に伴う新たな著作権の国際的な課題として、「P2P技術を用いたファイル交換とDRMへの対応の在り方」について、各国の産業界の実態や訴訟の状況等も参考にしながら、我が国の対応の在り方について検討を行った。
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不特定多数のコンピュータを相互につないで、ファイルなどの情報のやり取りを行うインターネットの利用形態。またはそれを可能とするアプリケーションソフト。 |
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OECD Information Technology Outlook 2004, Peer To Peer Networks In OECD Countries参照。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会、社団法人日本レコード協会「2005年ファイル交換ソフト利用実態調査結果の概要」(2005年5月)によればアンケート回答者がファイル交換ソフトを利用して最近ダウンロードしたファイル名から推測されるコンテンツのうち、音楽では約90パーセント、映像では約86パーセントが著作権等の権利の対象であり、かつ権利者の許諾がないものと推定される。 |
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デジタルデータの著作権を保護する技術。複製の制限技術や画像ファイルの電子透かしなど。 |
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2. |
デジタル化に伴う著作権の課題への対応の方向性(ファイル交換)
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ファイル交換の種類
P2P技術を利用したファイル交換(以下「ファイル交換」という。)とは、インターネットを介して不特定多数のコンピュータ間でファイルを交換する行為をいう。技術的には、中央サーバーを設置して、ユーザーの情報やファイルリストの維持・管理は中央サーバーで行い、ファイルの転送のみを利用者間で行う「中央管理型」と中央サーバーを設置せずに全ての情報がバケツリレー式に利用者間を流通する「非中央管理型」がある。
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(2) |
各国におけるファイル交換に伴う課題への取り組み状況
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各国の利用の状況
ファイル交換は、90年代後半、米国でNapsterが利用されて以降、世界中に広まっている。当初は、Napster(アメリカ)、File Rogue(日本)、Soribada(韓国)、WinMX(日本)など中央管理型が主流だったが、その後、KaZaA(アメリカ、オランダ、オーストラリア、カナダ)、Gnutella(アメリカ)、Morpheus(アメリカ、カナダ)、Winny(日本)等の非中央管理型が普及してきており、匿名性や機能性も高まっている(別添6(PDF:28KB)参照)。
ファイル交換の特徴として、情報処理や伝達の最適化が図られるメリットがある一方、匿名性のあるコンテンツの取引のため、著作権者の許諾を得ずにファイル交換が行われ、著作権侵害の生じる危険性が高いことが挙げられる。
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各国におけるファイル交換に関する議論の動向
ア) |
ファイル交換による権利侵害に対する対応の方向性
ファイル交換が盛んになるとともに、ファイル交換に係る著作権侵害訴訟が提起されるようになった。訴訟の形態は、ほとんどが民事訴訟であり、その形態は、ファイル交換のユーザーを被告とする「直接的な侵害」訴訟とファイル交換システムの提供者を被告とする「間接的な侵害」訴訟に分けられる。
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イ) |
「直接的な侵害」に関する議論の動向
ファイル交換は、ファイルのアップロード行為とダウンロード行為から構成される。
アップロード行為に対しては、日本や、ドイツ等ではWCT及びWPPTで合意された利用可能化権が適用されている。利用可能化権を規定していない米国等では、頒布権や複製権等が適用されている。また、カナダでは、著作権法に「利用可能化権」及び「公衆送信権」が規定されておらず、ファイル交換行為が「私的使用」として権利侵害に当たらないと判断された判例もある(別添7参照)。
ダウンロード行為に対しては、我が国では、「私的使用」として権利制限されている場合がある。一方、米国では、私的使用に特化した権利制限が定められておらず、ダウンロード行為についても「フェアユース」に該当しない場合は、複製権侵害となることがある。また、ドイツでは、2003年に「ダウンロードを行う場合、違法サイトであることについて利用者が悪意である場合には、私的複製行為であっても違法行為として扱われる」とする著作権法の改正が行われた。
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ウ) |
「間接的な侵害」に関する議論の動向
「間接的な侵害」に対する責任追及のあり方については、国によって法制度や適用状況が異なっている(別添5参照)。
米国では、「寄与侵害」や「代位侵害」責任が判例法で認められており、適用要件は判例を通じて明らかにされている。近年、ファイル交換システムが「中央管理型」から「非中央管理型」に変化するに従って、システム提供者の寄与侵害・代位侵害責任共に追及が困難になる傾向も見えたが(Grokster事件連邦控訴審判決 )、2005年6月に、ファイル交換システム提供者がユーザーによる直接侵害を積極的に助長・誘引したことに責任の根拠を認める最高裁判決が示された(Grokster事件最高裁判決 )(別添7参照)。
オランダでは、「非中央管理型」のファイル交換の提供者に対して、侵害責任がないとする判例が示されている(オランダKaZaA事件最高裁判決)(別添7参照)。
我が国では、「自らコントロール可能な行為により侵害の結果を招くこと」として、ファイル交換サービスの提供者を「侵害の主体」と捉えている (File Rogue事件控訴審判決)が、ファイル交換システムの変化に伴い、我が国においても新たな形態の「間接的な侵害」に関する責任論に注目が集まっている(別添7参照)。
なお、ファイル交換に関する訴訟上の請求の内容として、損害賠償請求や差止請求が考えられるが、各国の実体法、訴訟法の体系により取扱が異なっている。
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Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. v Grokster,LTD., 380 F.3d 1184 (9th Cir. 2004) |
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Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. v Grokster,LTD., 525US (2005) |
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「File Rogue」事件(東京高裁平成17年3月31日) |
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エ) |
原告の挙証責任
ファイル交換は匿名性が高く、また、実際に発生した損害額の立証が難しい。
我が国では、損害額の挙証責任の軽減の観点から、「損害額の推定」や「相当な損害額の認定」の制度を設けている。一方、米国では、「法定損害賠償制度」を設けており、原告は侵害の発生を挙証すれば、原告の選択により、「実額損害賠償制度」と「法定損害賠償制度」を選択することができる。「法定損害賠償制度」を選択すれば、損害額として法定の金額(著作物当たり750ドル〜30,000ドル)が認定される。また、カナダでも、同様に「法定損害賠償制度」を設けており、法定の損害賠償額(著作物当たり500カナダドル〜20,000カナダドル)が認められる。
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ファイル交換に関連する国際的対応の在り方
まず、WCT、WPPTに未加入若しくはこれらの条約が規定する利用可能化権が国内法に規定されていない国については、これらの条約に加盟するとともに利用可能化権を国内法に規定するよう促すべきである。
次に、国際的な議論の動向、各国のファイル交換の利用や法制度の状況を考慮すると、我が国においても、ファイル交換に伴う権利侵害への対応策について引き続き検討していくことが必要である。たしかにP2P技術自体は、自律的なネットワークを構築する上で、大きな可能性を秘めた有用な技術であるが、これを悪用することにより、他人の著作物を無断でファイル交換する違法行為を放置することは適当ではなく、こうしたアップロード行為に対する著作権法の「送信可能化権」の適用のみならず、ファイル交換システムの提供を通じた違法行為の助長行為についても民事法の一般原則により対応することが考えられる。
また、欧米先進国や国内外の権利者団体を中心に、ファイル交換による権利侵害に対し、官民一体となった国際的取組みの要望が強まっており、今後とも緊密な連携による取り組みが求められる。
ファイル交換に関する対応については、特に間接侵害責任論など、各国法体系に係わる問題も多く、条約等の形で早急にハーモナイゼーションすることは難しい。ただ、一方で、世界的規模でファイル交換が行われている実態にも鑑みると、関係各国で密接に情報交換や比較法研究を行い、関係国間で、バランスのある対応を共通理解として醸成することが重要である。
さらに、ファイル交換はインターネットを通じて国境を超えた侵害を引き起こすことが多いため、適用法令等が論点となってくる。国際的なハーモナイゼーションを目指して、国際的な場での議論等を参考にしながら、我が国における裁判管轄と準拠法の問題を検討していくことが必要である。
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3. |
デジタル化に伴う著作権の課題への対応の方向性(デジタル著作権管理(DRM))
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普及の状況
コンテンツのデジタル化には「品質の維持」と「効率的な伝達」というメリットがあるが、デジタル化されたコンテンツは複製や転送が容易であるため、違法行為により権利者にとって甚大な被害が生じるデメリットも有する。このため、権利者やコンテンツ産業等の関係者は、安全なシステムを構築した上でサービスを提供することを目指すことになる。
近年、安全な取引を実現するために、DRMの開発、利用が急速に進んでいるが、その普及状況は機器、ネットワーク、放送など分野によって様々である(別添8(PDF:147KB)及び別添9参照)。
DRMの主たる目的は、価値のあるコンテンツが権限のない他者に渡ったり、無断で複製されたりすることを防ぐことにある。このため、多くの場合、コピーコントロール信号とともに、暗号化技術が付加されている(別添9参照)。また、顧客管理の必要性から、顧客の認証、履歴の記録、課金機能が付加されるものもある。さらに、違法行為を事後的にとらえられるよう、電子透かしなど権利管理情報に係る機能を付加されるものもある。
DVDなどの機器分野では、関連する業界間で、コンテンツの保護のあり方や機器の魅力、実装コスト、ユーザーの利便性等が種々勘案され、DRMを利用したビジネスモデルが構築されている。
ネットワーク分野では、一部違法と考えられるファイル交換が広まったことから合法的なネットワーク上の取引を行うことが難しい環境であった。しかしながら、近年、音楽配信サービスや携帯電話コンテンツのように適正な価格、操作性、安全性を考慮したシステムが構築されることにより、新たな市場が誕生してきている。各社が世界的な開発競争を行っており、システムの統合や互換性の確保が課題となっている。
放送分野については、我が国では、デジタル放送において、コンテンツのコピー制御を目的に、コピーコントロール信号システム及びB-CAS(BS-Conditional Access Systems)を用いた暗号化システムが導入されている。
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各国におけるDRMに関する議論の動向
我が国では、著作権法においては、コピーコントロールの回避は規制対象になっているが、アクセスコントロールは対象にはなっておらず、アクセスコントロールに関しては、不正競争防止法により専らコピーコントロール又はアクセスコントロール回避のみに用いられる専用機器(コンピュータプログラムを含む)の販売・輸出入が規制されている。
こうした現状に対し、アクセスコントロール技術そのものについても、結果的に複製を抑止する効果があるという観点からアクセスコントロール回避装置等について著作権法の規制の対象とすべきという意見もある。しかしながら、著作権法の支分権の対象ではない「単なる視聴行為」をコントロールする技術的手段の回避を制度的に防止することは、実質的に視聴等の行為に関する新たな権利の創設にも等しい効果をもたらすという意見もあり、今後も引き続き慎重に検討していく必要がある。
一方、米国におけるDRM保護については、DMCAにおいて、コピーコントロールに加えて、アクセスコントロールに関する技術的保護手段の回避行為規制と回避機器規制が定められている。このようにDMCAにおいてはDRM保護強化の規定が設けられているが、裁判においては、互換製品排除等の目的で技術手段が利用されている場合にDMCA違反が否定された裁判例(Skylink 訴訟及びLexmark 訴訟)もあり、DRM保護に伴う権利者と利用者の利益、技術革新や競争についてのバランスが考慮されているものと考えられる(別添10参照)。
DMCA後の立法の動向としては、全ての機器にDRMを強制するHollings法案が提出された一方で、DMCAのDRM保護規定によって損なわれたとされるフェアユースを回復することを目的とするBoucher法案も提出されるなど、DRM保護を強化する動きと緩和する動きの双方が見られる。
立法以外では、FCC(米連邦通信委員会)がTV受信機に基準適合義務を課すことによってDRMによって放送コンテンツの保護を強化しようとしたが(ブロードキャストフラッグ)、2005年5月、コロンビア地区連邦控訴裁判所において、FCCには、そのような義務を課す権限がなく無効とされた。
また、EUにおけるDRM保護の動向としては、2001年のEU著作権指令第6条に定められた加盟国の技術的保護手段回避規制に基づく各国の立法の動きがある。ただし、2004年末時点で、必ずしも各国の国内法化作業が完了しておらず、国内法化が完了した国においてもDRMと権利制限規定のバランス等について、必ずしも各国の調和が図られているとは言えない状況にある。
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The Chamberlain Group, Inc. v. Skylink Technologies, Inc., 381 F. 3d 1178 (Fed. Cir. 2004) |
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Lexmark Int'l, Inc. v. Static Control Components, Inc., 387 F.3d 522 (6th Cir. 2004) |
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DRMに関連する国際的対応の在り方
今後、DRMを用いたネットワーク上のコンテンツの取引がさらに盛んになることが想定され、権利者保護の観点からも利用者の利便性向上の観点からも信頼性の高いDRMが進展するとともに、DRMを活用した適切な著作権保護を国際的に広げていくことが望ましい。
そこで、政府としては、国際的に以下のような取組みに努めることが重要である。
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著作権関連条約への加盟
WCT等の著作権関連条約では、加盟各国の判断により、技術的手段に関する措置、権利管理情報に関する措置を講じることとされている。DRMを活用した適切な著作権保護を世界的に達成していくためには、WCT等の著作権関連条約への各国の加盟の促進に努めることが重要である。
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裁判管轄と準拠法
DRMの普及は、国境を越えたネットワーク上の取引を増大させることになるが、技術的保護手段の回避について、どの国の法律を適用するか等が問題となる。国際的な場での議論等を参考にしながら、我が国における裁判管轄と準拠法の問題を検討していく必要がある。
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主要国間の連携強化
著作権関連条約によって、一定水準の国際調和は確保されているが、今後、DRMの進歩に伴う新たな法的論点が生じ続けることが予想される。このため、各国間で緊密に裁判例や実務状況についての意見交換を行い、国際的な調和の促進と法的安定性の確保に努めることが望ましい。
また、技術の標準化や相互運用性の確保については、原則として、関係者が自主的に取り組んでいくべきものであると考える。なお、DRMや著作権保護サービスに関して、WIPO等の場で国際的な検討が行われる場合には、前記の原則を踏まえつつ、政府としても積極的に議論に参加していくことが必要である。 |
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以上 |
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