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第2   これからの時代に求められる国語力

1   国語力の向上を目指す理由

   「第1   国語の果たす役割と国語の重要性」において述べたように,国語の果たす役割は極めて広範囲にわたり,文化の基盤である国語の重要性はいつの時代においても変わるものではない。その意味で,国語力の向上に不断の努力を重ねることは時代を超えて大切なことである。

   しかし,人々の生活を取り巻く環境がこれまで以上に,急速に変化していくことが予想される「これからの時代」を考えるとき,国語力の重要性について改めて認識する必要がある。社会の変化は様々な方面で同時並行的に進行しているが,これらはいずれも国語力の問題と切り離せないものと考えられるからである。
   例えば,都市化,国際化により増加した見知らぬ人や外国人との意思疎通,少子高齢化によって変化しつつある異なる世代との意思疎通,近年急速に増加した情報機器を介しての間接的な意思疎通などにおいて,多様で円滑なコミュニケーションを実現するためには,これまで以上の国語力が求められることは明らかである。また,少子高齢化や核家族化に伴って家庭や家族の在り方が変容し,従来,家庭や家族が有していた子供たちへの言語教育力が低下していると言われていることも大きな問題である。

   さらに,近年の日本社会に見られる人心などの荒廃が,人間として持つべき感性・情緒を理解する力,すなわち,情緒力の欠如に起因する部分が大きいと考えられることも問題である。情緒力とは,ここでは,例えば,他人の痛みを自分の痛みとして感じる心,美的感性,もののあわれ,懐かしさ,家族愛,郷土愛,日本の文化・伝統・自然を愛する祖国愛,名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め,理解できる力である。
   この力は自然に身に付くものではなく,主に国語教育を通して体得されるものである。国語教育の大きな目標は,このような情緒力を確実に育成し,それによって確かな教養や大局観を培うことにある。そして,そのためには情緒力の形成に欠くことのできない読書が特に大切であり,「自ら本に手を伸ばす子供を育てる」国語教育が必要である。

   現在,国際化の進展に伴って,自分の意見をきちんと述べるための論理的思考力の育成,日本人としての自己の確立の必要性,英語をはじめとした外国語を習得することの重要性が盛んに言われるが,論理的思考力を獲得し自己を確立するためにも,外国語の習得においても,母語である国語の能力が大きくかかわっている。
   更に言えば,国際化された世界とは,種々の異なる楽器が調和して初めて美しい音楽を奏でることができるオーケストラのようなものであり,日本人は日本の文化や伝統を身に付けて世界に出ていくことが必要である。自国の文化や伝統の大切さを真に認識することが,他国の文化や伝統の大切さを理解することにつながっていく。このことは,日本に限らず,どの国にも当てはまることである。各国の文化と伝統の中心は,それぞれの国語であり,その意味で国際化の時代に極めて重要なのが国語力である。

   また,情報化の進展に伴っては,膨大な情報を素早く正確に判断・処理する能力の大切さや,自らの考えや主張を的確にまとめて情報として発信していく能力の重要性がつとに指摘されている。この情報の受信・発信能力の根底にあるのが国語力であることは異論のないところであろう。

   上述のような社会状況の変化は,言葉の在り方や人間関係の在り方にも大きな影響を及ぼしている。すなわち,言葉の変化のうち語彙に関するものの多くは,新語,流行語や,外来語,外国語,専門用語等の増加であり,そのことが言葉遣いなどの変化とあいまって世代間で使用する言葉の差を広げる結果ともなっている。言葉が伝達手段として十分に機能するには,相手や場面にふさわしいものでなければならず,不適切である場合には伝達不能となるだけでなく,人間関係の阻害にさえつながりかねない。
   また,若い世代においては,言葉を適切に用いて人間関係を築き維持していく,「人間関係形成能力」が衰えているとの指摘もある。近年,頻発する子供をめぐっての社会的な諸問題の根底には,異世代間や同世代間で円滑な人間関係を築いていくための国語の運用能力(特に,話す力,聞く力など)が十分に育成されていないことが,大きくかかわっているのではないかとも言われている。

   国語力がその人間の能力を構成する大きな要素となっていると考えられるが,近年の日本人の国語力をめぐっては,言葉遣いや語彙,発表能力や文章作成能力などに種々の問題点を指摘する声が多い。これらの問題点の要因の一つとして,中学生以降の年代における読書量の低下を挙げることもできよう。
   例えば,全国学校図書館協議会と毎日新聞社が毎年行っている全国の小・中・高等学校の児童生徒の読書状況の調査によれば,平成15年度における5月の1か月間の平均読書冊数は,小学校では8.0冊であるのに対し,中学校では2.8冊,高等学校では1.3冊という結果が出ている。また,1か月に1冊も本を読まなかった者の割合は, 小学校では9%にすぎないのに対し,中学校では32%,高等学校では実に59%に達している。

   これまで述べてきたような種々の社会変化やそこから引き起こされている様々な問題に柔軟に対応していくためには,国語の重要性やその果たす役割を踏まえて,一人一人がこれまで以上に国語力を高めていくことが必要である。これからの時代の中で,各人がより良く生きるために国語力を一層向上させていくことが求められるゆえんである。


2   国語力を構成する能力等

(1)国語力のとらえ方について
   審議会では,以下に示すように,「これからの時代に求められる国語力」を大きく二つの領域に分けてとらえることとした。
   ただし,ここでの目的は,国語力一般の「全体像」を詳細に描くことではなく,飽くまでも「これからの時代に求められる国語力」として,何が必要な能力なのかを明確にすることである。したがって,以下に示すものは,「これからの時代に求められる国語力の構造」を模式的に表したものである。
   1    考える力,感じる力,想像する力,表す力から成る,言語を中心とした情報を処理・操作する領域

   2    考える力や,表す力などを支え,その基盤となる「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域
   1は国語力の中核であり,言語を中心とした情報を「処理・操作する能力」としての「考える力」「感じる力」「想像する力」「表す力」の統合体として,とらえることができるものである。2は,「1の諸能力」の基盤となる国語の知識等の領域である。
   この二つの領域は,相互に影響し合いながら,各人の国語力を構成しており,生涯にわたって発展していくものと考えられる。
   なお,読書は,1の「考える力」「感じる力」「想像する力」「表す力」のいずれにも関連しており,2の国語の知識等の領域とも密接に関連している。国語力を高める上で,読書が極めて重要であることは,この点からも明らかである。

(2)国語力の中核を成す領域
   この領域は,「考える力」「感じる力」「想像する力」「表す力」の四つの力によって,構成されている。これらは,言語を中心とした情報を「処理・操作する能力」であり,国語力の中核と考えられるものである。
   また,この四つの力が具体的な言語活動として発現したものが,「聞く」「話す」「読む」「書く」という行為であると考えられる。日常の言語生活の中では,この「聞く」「話す」「読む」「書く」という言語活動が様々な状況に応じて,複雑に組み合わされて用いられている。
   
【考 える力】とは,分析力,論理構築力などを含む,論理的思考力である。
   分析力は,言語情報に含まれる「事実」や「根拠の明確でない推測」などを正確に見極め,さらに,内在している論理や構造などを的確にとらえていける能力である。また,自分や相手の置かれている状況を的確にとらえる能力でもあり,知覚(五感)を通して入ってくる非言語情報を言語化する能力でもある。
   論理構築力は,相手や場面に応じた分かりやすく筋道の通った発言や文章を組み立てていける能力である。

【感 じる力】とは,相手の気持ちや文学作品の内容・表現,自然や人間に関する事実などを感じ取ったり,感動したりできる情緒力である。また,美的感性,もののあわれ,名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め,理解できるのも,この情緒力による。
   さらに,言葉の使い方に対し,微妙な意味の違いや美醜などを感じ取る,いわゆる「言語感覚」もここに含まれる。

【想 像する力】とは,経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り,頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力である。また,相手の表情や態度から,言葉に表れていない言外の思いを察することができるのも,この能力である。

   なお,物事を考え,感じ,想像することにより,言語を中心とする情報の内容を正確に理解できることから言えば,上記の「考える力」「感じる力」「想像する力」をまとめて,【理解する力】と位置付けることもできる。

【表 す力】とは,考え,感じ,想像したことを表すために必要な表現力であり,分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として,相手や場面に配慮しつつ展開していける能力である。

(3)「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域
   この領域は,「考える力,感じる力,想像する力,表す力」が働くときの基盤を成すものである。また,「考える力,感じる力,想像する力,表す力」に直結している「国語の知識」の部分と各人の「教養・価値観・感性等」の部分に分けることができる。
   ここでは,後者を国語力の構成要素に含めて考えているが,もう少し正確に言えば,後者自体が主として国語力によって形成され,かつ,「考える力,感じる力,想像する力,表す力」の基盤の役割をも果たしているものである。さらに,後者はすべての活動の基盤となるものであり,その意味で,「人間として,あるいは日本人としての根幹にかかわる部分」でもある。
   両者とも,基本的には読書などの方法を通じて生涯にわたって形成されていくものであるが,前者の「国語の知識」については学校教育の果たす役割が極めて大きい。
   なお,「国語の知識」とは具体的には,
      (例) 1 語彙(個人が身に付けている言葉の総体)
  2 表記に関する知識(漢字や仮名遣い,句読点の使い方等)
  3 文法に関する知識(言葉の決まりや働き等)
  4 内容構成に関する知識(文章の組立て方等)
  5 表現に関する知識(言葉遣いや文体・修辞法等)
  6 その他の国語にかかわる知識(ことわざや慣用句の意味等)
といったようなものである。

 

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