はじめに
文化審議会は,平成13年4月に文部科学大臣から「文化を大切にする社会の構築について」の諮問を受けました。本審議会は,今後の社会における文化の機能・役割について検討し,それを踏まえながら,文化を大切にする社会への転換を図るための方策について審議を進めてきました。
社会の急激な変化が進む中で,人々が心豊かに生きる社会を築いていくためには,一人一人が文化について考え,文化を大切にする心を持つことが重要です。
こうした考え方に立って,以下に述べる「中間まとめ」をとりまとめました。
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文化は, 人間が人間らしく生きるために極めて重要であり, 人間相互の連帯感を生み出し,共に生きる社会の基盤を形成するものです。また, より質の高い経済活動を実現するとともに, 科学技術や情報化の進展が,人類の真の発展に貢献するものとなるよう支えるものです。さらに, 世界の多様性を維持し,世界平和の礎となります。
このような文化の果たす機能や役割にかんがみ,社会のあらゆる分野や人々の日常生活において,その行動規範や判断基準として「文化」を念頭において振る舞うような社会,いわば「文化を大切にする社会」を構築することが必要です。
そのためには,一人一人が文化を大切にする心を持つとともに,国や地方公共団体などの行政機関においては,文化を機軸にして施策が展開される必要があり,また,企業も社会の一員として,文化の価値を追求して行動することが求められます。
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「文化」は,最も広く捉えると,人間が自然とのかかわりや風土の中で生まれ育ち身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとした暮らし,生活様式,価値観など,人間と人間の生活にかかわることの総体を意味しますが,本審議会では,主として「人間が理想を実現していくための精神の活動及びその成果」の側面から文化を考えました。
そして,このような文化の機能や役割について,人間にとって文化の持つ意味を確認した上で,変化する社会や経済,科学技術や情報化の進展,グローバル化との関係において考えました。
1.人間と文化 〜 人間らしく生きるために
文化は,人々に楽しさや感動,精神的な安らぎや生きる喜びをもたらし,人生を豊かにするものであり,豊かな人間性を涵養する上で重要です。また,正義感や公正さを重んじる心や,他人を思いやる心などは文化を大切にする環境の中で培われます。
21世紀は,社会の様々な分野で変化が進み,先行き不透明な時代と言われ,私たちは人類の繁栄と平和のために,今までに体験したことのない新たな課題に挑戦していかなければなりません。こうした中で,文化は人々の創造力の源泉である想像力を育てるほか,他者に共感する心を通じて,他人を尊重し,考えを異にする人々と共に生きる資質を育むものです。
また,人間は前の世代からの歴史や伝統を継承し,その基盤に立って新たな創造を行い,生活の豊かさを増してきました。人間の生活における知恵の結晶と言える文化は,次なる時代の新たな創造の基盤となります。
日本の古来からの文化は,人間は自然を征服するのではなく,人間もその一部であるとの意識を持ち,人間が自然と共生する文化であったと言えます。これからの時代にあっては,「進歩・発展」という考え方よりは,「循環」という考え方を再評価し,重視していく必要があります。
なお,人間は本質的に,邪悪な心や欲望など,決してきれい事だけでは済まされない部分を持っています。文化を考える際には,そうした部分を無視することなく,むしろそのエネルギーを望ましい方向へ変えていくことについても考える必要があります。
2.社会と文化 〜 共に生きる社会をつくるために
現在,都市化や過疎化,少子化や高齢化が同時に進行する中で,社会に様々な変化がもたらされています。都会では,人々の疎外感や孤立感が高まり,一方,地方では地域住民の流出などにより,連帯意識が薄れるとともに,都会の文化の影響を強く受け,地域の個性が失われてきています。人々が心のよりどころを失い,また,人と人との触れ合いが希薄となる中で,文化は,人と人とを結び付け,相互に理解し,尊重し合う土壌を提供するものであり,人間が協働し,共生する社会の基盤となります。
郷土の豊かな自然や言葉,昔から親しまれている祭りや行事,歴史的な建物,地域に根ざした文化活動などは,それ自体が独自の価値を持つだけでなく,郷土への誇りや愛着を深め,住民共通のよりどころとなります。そして,各地域において多様な文化の花が開くことが,国全体の文化の内容を豊かにし,そうした文化が国民共通のよりどころとなります。
3.経済と文化 〜 より質の高い経済活動の実現のために
文化の在り方は,人間の生き方や暮らし方,生活様式に大きなかかわりのある経済活動に多大な影響を与えます。
同時に,今日の社会においては,文化そのものが経済活動になっています。文化の持つ創造性は経済の発展に欠かせませんし,製品におけるデザインなど様々な産業において,文化は高い付加価値を生み出す源泉となっています。また,映像・音楽産業や余暇関連産業など文化に関連する産業は,今後更なる成長が期待されます。さらに,文化への投資は,投資額の2倍以上の生産誘発効果があるとの調査結果もあり,文化が新たな需要を喚起し,また,知識集約的な産業として,多くの雇用を創出することが期待されます。文化は経済を活性化させ,より質の高い経済社会への転換を促します。
このように,経済活動と文化は不可分の関係にあるわけですが,文化の中には,一見すると経済の発展とは関係のないと思われる基礎的な学問研究や,当面は少数者にしか支えられないであろう先駆的な文化活動,文化遺産の保護など,重要な部分があります。これらの効率性や合理性だけでは図ることのできない文化の厚みが,長期的に見て,国力を支えるのであり,これらに対して国や地方公共団体は積極的に支援していかなければなりません。
4.科学技術・情報化と文化 〜 人類の真の発展のために
急速に発展する科学技術について,近年,地球環境問題や資源・エネルギー問題の立場から,これまでの効率性の追求や量的拡大の方向は修正を求められています。また,クローン技術など生命科学の分野では,倫理観や価値観にかかわる新たな課題を人類に投げ掛けています。こうした問題に対して,人間尊重の価値観に基づき,文化の側からの積極的な働きかけが求められます。
人類の真の発展のためには,科学技術に文化の視点を忘れてはいけません。
また,情報化の進展は,個人の能力や想像力を発揮する可能性を増大させていますが,その一方で,情報の海に溺れたり,人間関係の希薄化,実体験の不足といった,いわゆる影の部分が指摘されます。こうした中で情報を主体的に活用していくためには,学問の重視や,人間同士の直接のぶつかり合いの中での経験の積み重ねなどが求められ,それらを提供するものとして,文化の役割が期待されます。
他方,科学技術,特に情報通信技術の発達は,一瞬にして様々な音声・画像・映像情報を提供するほか,新たな演出や表現を可能にするなど,文化に大きな影響を与えています。また,コンピュータ・グラフィックスのように新たな表現を生み出すなど,創造活動の牽引力となっています。さらに,デジタル・アーカイブ(大規模な記録や資料などを電子映像にして記録・保管する方法)など,文化に関する情報の莫大な蓄積が可能となっています。
5.グローバル化と文化 〜 世界平和のために
古来,人類は多様な文化を創造し,それらの異なる文化は交流することにより進歩してきました。文化の交流は,それぞれの文化に深さや広さをもたらすものであり,その結果,総体としての人類の文化が発展してきたと言えます。
近年,インターネットの急速な普及などによるグローバル化が進む中で,個人や社会の様々な営みが同質化されることが懸念されています。人々の価値観や思考方法などが多様であることは,個々人の持つ価値観やものの見方,考え方を補完し,一元的な思考が陥る危険を回避するものです。今後世界が共存していくためには,各国,各民族が互いの文化を尊重し,多様な文化を認め合うとともに,文化交流を通じて,国境や言語,民族を超えて,人々の心を結びつけることによって,世界平和の礎を築いていくことが極めて重要です。
文化の交流に当たっては,まず,自らの歴史と伝統を理解し,自己のアイデンティティーを確立しなければなりません。他の文化を理解するためには,自己の文化を知らなければなりませんし,自分という軸がしっかりしていなければ,他の文化を無秩序に受け入れることにもなりかねません。また,自己の文化の持つ良い点を相手に分かりやすく伝えるためにも,自己の文化についての理解を深めることが必要です。こうした中で,他の文化に対する寛容や尊敬の気持ちが育まれます。
また,我が国の文化を支えてきた母語としての日本語を大切にし,継承・発展させていくことは極めて重要です。グローバル化が進む中で外国語の能力を身に付けることの重要性が言われていますが,そのためにも,まず,母語で自分の意思を明確に表現できる言語能力を涵養する必要があります。
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