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資料4−2

諸外国における保護期間に関する議論の動向

1. EU

(1)  1993年 EU指令(注1)について

 1993年のEU指令が著作者の権利は著作者の生存間及び死後70年間存続することを指示した結果、EU諸国はベルヌ条約の義務を越えて保護期間を著作者の死後70年間とする法改正を行った。
 EU指令は、著作物の保護期間を死後70年とすることについて、以下のような理由を列挙している。


  加盟国間で保護期間に相違があるため、自由な商品の移動とサービスの提供を妨げ、共通市場における競争を歪められる傾向がある。域内市場を円滑に機能させるために、共同体全域にわたって同一の保護期間を確立するように調和されるべき【前文2】。

ベルヌ条約の死後50年の保護期間は、著作者と子孫の最初の2世代に保護を与えることを意図したものであるが、共同体の平均寿命はより長くなっており、この期間はもはや2世代を保護するには不十分である【前文5】。

特定の加盟国は、著作者の著作物の利用に関して世界大戦の影響を埋め合わせるために死後50年よりも長い保護期間を許与している【前文6】。

保護期間の調和により、共同体において現に権利者が享受している保護を縮小する結果となることはできないため、調和は長期的基礎(long term basis)に基づいて行うべきである【前文9】。

前文2の保護期間に相違のために自由な商品の移動が妨げられた例として、保護期間の経過により権利の消滅したデンマークで販売されたレコードをデンマークより保護期間の長いドイツ国内で販売することについて、欧州裁判所は、デンマークから輸入されたレコードの販売差止請求を裁判所が認めることは、欧州経済共同体条約30条(輸入制限の禁止)に反しないと判断し、原告の差止請求が認められた1989年の判例がある。
前文6はフランスやその他いくつかの国が戦時加算を行っていることを指していると思われる。
前文9について、当時EU内で最長だったドイツの保護期間にあわせる形で、EU内の著作物の保護期間は死後70年で統一されることとなったと言われている。

(注1) EU指令(EU Directive)とは、EU加盟各国に対して、関連する国内法の整備を求めるものであり、加盟国は指令の趣旨・目的を考慮し、国内法を整備する必要がある(EC条約第249条)。

(2)  英国におけるレコードの保護期間延長に関する議論について

 2006年12月に作成されたガワーズ・レビュー(Gowers Review of Intellectual Property)では、著作隣接権の保護期間について50年を維持するべきであると提言されている。2007年5月には、英国下院の文化・メディア・スポーツ委員会が、著作隣接権の保護期間延長を支持すると表明したが、これに対して政府は7月に現時点での保護期間延長は適当ではないと判断している。


ガワーズ・レビュー

 本レビューは、財務省が自国の知財制度に関する評価報告をアンドリュー・ガワーズ氏に委託して作成された。レコード、実演家の保護期間の延長による経済的な影響についても調査が行われた結果、欧州委員会はレコード・実演家の保護期間について50年を維持するべきだと提言している。

 その理由として、保護期間の延長により

1 投資のインセンティブが働かない(50年以上売られるレコードは殆どない)
2 消費者の著作物へのアクセス性が低下する
(創作又は利用可能な著作物の数が増加しない、権利関係の複雑化による許諾獲得の困難化、著作権者の捜索の困難化)
3 貿易収支に悪影響を及ぼす(主要仕向先である米国、豪州では既に内国民待遇により長い保護期間を享受できているため輸出は伸びないが、国内音楽市場の半分弱が輸入であるため、輸入は増加する)
4 産業界のコスト増につながる(録音物の使用許諾にかかる費用の増加)
5 結果として、経済全体に与える影響も大きい

等が挙げられている。

議会による提言および議会提言への政府の見解

 英国下院文化・メディア・スポーツ委員会は2007年5月、「ニューメディアとクリエイティブ産業」と題した2006-07会期第5次報告書を発表した。その中で、ガワーズ・レビューは経済的理由によるところが大きいという点を指摘し、人格権的観点から、実演家が作曲家及びアーティストと同じ権利を享受していないのは不公平であるという主張について音楽業界に賛同すると述べている。また、英国の創作産業の強みと重要性に鑑みるとともに実演家が生涯にわたって合理的な利益を得られるよう、政府は欧州委員会がレコードの保護期間を少なくとも70年に延長する提案を行うよう働きかけるべきであると提言している。

 これに対し、政府は7月に出した回答書の中で、ガワーズ・レビューは実演家の待遇に関する人格権的側面についての議論を含め、提示されたあらゆる主張に関して詳細な分析を行ったものであると述べた。また、報告書で示された経済効果全体を入念に検討して得られた事実に加え、実質的な反証が存在しないことを勘案し、政府が現時点で欧州委員会に、レコードの保護期間を70年に延長するよう働きかけることは適当ではないと結論づけた。

2. 米国

(1)  1998年 米国ソニー・ボノ著作権保護期間延長法(CTEA)について

 EUに追随する形で、1998年にソニー・ボノ著作権保護期間延長法(CTEA)を制定し、保護期間を著作者の死後50年間から70年間に延長した。同立法の背景と理由は上院報告書104-315に詳述されている。


第1章 目的(Purpose

  この法案の目的は、外国における米国の著作物の適切な保護と、著作物の利用による貿易収支の健全な黒字という経済的な利益を確保することである。

この延長は、EUの著作権法に米国の著作権法を実質的に調和させることにより相当の貿易利益をもたらすと同時に、米国の著作者がその著作物の利用の利益を十分に享受することを可能とする。

新たな著作物の創作を促し、既存の著作物を保存する経済的動機を強化することにより、この延長は長期的にパブリックドメインの量、存続性及びアクセシビリティーを高める

第3章 議論(Discussions

  著作権法の調和は著作物の市場の自由流通を促進し、また、米国の権利者の利益の増加に向け、世界の市場における米国の著作物の商業的価値を最大限活用していくために極めて重要。米国は将来の国際的な標準を採用することにより知的財産保護の世界的リーダーの地位を確固としたものとしていくべき。

EUが外国との間で短い方の保護期間が適用される相互主義をとっている結果、米国の著作物はEUの著作物よりも20年間早くパブリックドメインに入る

米国民の平均寿命が延びており、高年齢で子供を産むようになってきている。

保護期間延長により著作物の現在価値が高まるため、著作者は著作権の譲渡による利益を増加させることができ、追加的な価値は創作インセンティブを高める。

第10章、第11章 少数意見(Minority Views

  著作権は会社等に譲渡されている場合が多く、保護期間の延長は必ずしも著作者本人の収入を増加させない

保護期間の延長は既存の著作物についても遡及的に適用されるが、既存の創作物については何らのインセンティブにもならない

パブリックドメインが縮小することにより創作活動が制約される場合がある。

権利の独占期間の延長は、小売価格の値上がりにつながる。

法人名義の著作物については発行後95年に延長することによりEUとの差が拡大する。

(2)  2003年 エルドレッド判決について

 ソニー・ボノ著作権保護期間延長法(CTEA)について、ネット上で非営利の電子図書館を開くエリック・エルドレッド氏の他、著作権の保護期間が切れてパブリックドメインに属することとなった作品を利用する個人や企業が原告となり、合衆国憲法著作権条項(注2)と修正第1条(注3)に違反するとして争ったが、2003年1月、連邦最高裁判所は7対2の多数決により保護期間の延長は合憲であるという判決を下した。


判決の概要
 憲法は、連邦議会に現在及び将来の著作権者に同じ程度の期間の保護を付与することを授権しているとし、「死後70年間」は憲法上の「限定された期間」という制限に反したものではなく、1831年、1909年、1976年の法律による保護期間延長と比べても、CTEAのみ憲法上の閾値を超えたという立証はできていない

 CTEAは、著作者のオリジナルな表現を第三者の無制限な利用から保護することを目的としたものであるから、修正第1条に反することにはならず、「厳格な違憲審査基準」は不要である

反対意見
 保護期間延長は、その経済的効果に着目すれば、事実上永続的な著作権を認めるのと同じであり、著作権の処理コストが嵩むために、学問研究や表現活動の停滞を招くことになりかねず、以下の点からも、ほとんど利益をもたらさない。

1 新しい著作物を創造するインセンティブにほとんどならないこと
2 保護期間の国際的な統一から生じる利益はあるのか疑わしいこと
3 著作権は新たな創作へのインセンティブを生み出すことが目的であり、既存の著作物の再販売や再頒布の必要性を理由として延長を図ることは著作権条項に違反すること
4 エンターテイメント産業という特定分野の利益の擁護を目的に延長を行うことは、「文化の発展」という公益実現を目的とする著作権条項に違反すること
5 人口動態的、経済的、技術的変化に対応するという主張は根拠薄弱であり、むしろ延長を否定する理由になること

(注2)  アメリカ合衆国憲法 第1条8項8号
著作者および発明者に、一定期間それぞれの著作および発明に対し独占的権利を保障する。
(注3)  アメリカ合衆国憲法 修正第1条
合衆国議会は、国教の樹立、または宗教上の行為を自由に行なうことを禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに市民が平穏に集会する権利、および苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。

(3)  利用円滑化に関する法案提出の動きについて(注4)

 権利者不明著作物の懸念や、利用者の過大な負担への意識が高まるなかで、スタンフォード大のレッシグ教授等をサポーターとする登録主義的なパブリックドメイン強化法案(Public Domain Enforcement Act)が2003年及び2005年に議会へ提出された。その後、2006年1月に著作権局から出された「権利者不明著作物に関する著作権局長報告書」(Report on Orphan Works)の勧告に沿いつつも幾つかの点で相違するオーファンワークス法案(Orphan Works Act)および著作権現代化法案(Copyright Modernization Act)が2006年に議会へ提出された。しかし、両法案は業界団体などの反対により取り下げられている。


パブリックドメイン強化法案(Public Domain Enforcement Act
 著作物の公表後50年が経過した後には、作品を登録し、1ドルの管理費を支払う。支払い期日の後、6ヶ月の猶予期間中に著作権局への管理費の支払いがなされない場合には著作権は消滅し、パブリックドメインとなるとする制度を提案。

著作権局の報告書が勧告した法律案
 以下の場合については、著作権者が後に出現して著作権侵害の請求を行ったとしても、本来受けられる救済(損害賠償金、差止命令)が制限されるとしている。
真摯な調査を合理的に行ったが著作権者の所在を特定できない場合
可能な限りにおいて合理的な著作者・著作権者の表示を行ったことを利用者が証明した場合

<救済の制限について>
(1)  金銭的救済
 損害賠償金の認定は、侵害された著作物の利用に対する合理的な報償金の支払を侵害者に義務付ける命令を除いては行ってはならない。ただし、侵害が商業的利得の目的なく行われ、かつ侵害者が侵害請求の通知を受領した後速やかに侵害を停止した場合には、損害賠償を命じてはならない。
(2)  差止命令
 侵害者が著しい量の自己の表現とともに侵害された著作物を改作、変形等した二次的著作物を作成または作成を開始した場合には、裁判所による差止め・救済は、侵害者による二次的著作物の継続的作成・使用を妨げてはならない。ただし、侵害者が合理的な報償金を支払いかつ著作者・著作権者の表示を行うことを条件とする。
 その他の場合、裁判所は差止命令を行うことができるが命令が侵害者に及ぼす害を考慮するものとする。

(注4)  権利者不明著作物についての報告書、法案の内容等については、著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)資料4を参照。

3. オーストラリア

 2001年政府は、保護期間延長は考えていないとの立場を示していた。しかし、米豪FTA(自由貿易協定)の内容に保護期間の延長が含まれていたことから、その締結により2005年1月より保護期間を死後50年から70年に延長した。


延長問題に関する豪州政府の見解
(2007年7月 FTA交渉における日本政府からの質問に対する豪州政府の回答)

創作のインセンティブについて
  米豪FTAの経済分析(Economic analysis of AUSFTA, April 2004)は、20年の保護期間の延長は新たな著作物の創造のための小さなインセンティブにしかならないとしている。
2006年に公益とパロディ・風刺目的の利用の権利制限を含む創作活動の促進を目的とした著作権法改正を行った

著作物の流通と利用について
  同経済分析によると、保護期間の延長の消費者へのコストは恐らく極めて小さいとしている。
米国、EUのような豪州への著作物の輸入国との保護期間の調和は国内の著作物の流通を促進する。

貿易収支について
  通信メディアの進歩により、デジタルの著作物の国境を越えた流通が増加し、保護期間が統一されていないことにより著作物の輸出入業者に不確実性と複雑性を与えることになる。

著作者不明の著作物の量について
  保護期間の延長は孤児作品(orphan works)を増加させるという議論があるが、これを経験的に証明する事実は豪州政府としては今のところ把握していない。

4. 韓国

 保護期間を死後70年以上とすることが合意内容に含まれている韓米FTAが2007年4月に合意された。今後、韓国では保護期間を50年から70年に延長するための著作権法改正を行う。


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