ここからサイトの主なメニューです
資料4

権利者不明の場合等の利用円滑化方策についての米英での議論について

明治大学 情報コミュニケーション学部
専任講師 今村哲也

1. 米国での議論

 権利者不明著作物(orphan works)に関連する問題については、米国の現行法制度の下でも、図書館・文書資料館による利用(注1)、一定の場合の強制使用許諾(注2)、善意侵害に対する法定賠償の減免に関する規定(注3)等、権利者不明著作物を利用する場合にも活用しうる幾つかの制度は存在する。しかし、1998年の著作権保護期間延長が合憲であることを確認した連邦最高裁判所のEldred判決(2003年)(注4)を背景として、権利者不明著作物への懸念や、利用者の過大な負担への意識が高まるなかで、これらの規定では、権利者不明著作物の問題を解決するには限界があると認識されてきた。そうした中、2005年1月に至って上院法務委員会のHatch上院議員およびLeahy上院議員の依頼により、米国著作権局が調査を開始し、2006年1月に『権利者不明著作物に関する著作権局長報告書』(“Report on Orphan Works”)が提出された。(注5)
 著作権局の報告書は、1権利者不明著作物の問題は現実のものであること、2権利者不明著作物の問題を数値化し、または包括的に説明することが困難であることを認めた上で、3現行の著作権法で対応可能なものもあるが、多くの問題はそうではないこと、4現在の問題に対して意義のある解決を行うためには新たな立法が必要である、と結論づけた。
 その上で、著作権局の報告書が勧告した法律案は、真摯な調査を合理的に行ったが著作権者の所在を特定できない場合であること、そして2可能な限りにおいて合理的な著作者・著作権者の表示を行ったことを利用者が証明した場合、著作権者が後に出現して著作権侵害の請求を行ったとしても、本来受けられる救済(損害賠償金、差止命令)が制限されることを内容としている。
 著作権局が提案した法案は以下の通りである(後掲参考文献116頁から抜粋)。

「第514条:救済の制限:著作権者不明著作物
(a) 第502条ないし第505条にかかわらず、侵害者が
(1) 侵害の開始前に、侵害された著作権の所有者の所在を特定するために善意かつ合理的に誠実な調査を行い、かかる所有者の所在を特定せず、かつ
(2) 状況において可能でありかつ適切な態様にて、侵害の過程を通じて著作物の著作者および著作権者の表示を行った場合には、
侵害に対する救済は第(b)項に定めるとおり制限されるものとする。

(b) 救済の制限
(1) 金銭的救済
(A)  損害賠償金(現実損害、法定損害、訴訟費用または弁護士費用を含む)の認定は、侵害された著作物の利用に対する合理的な報償金の支払を侵害者に義務付ける命令を除いては行ってはならない。ただし、侵害が侵害された著作物のコピーまたはレコードの販売による場合などの直接または間接の商業的利得の目的なく行われ、かつ侵害者が侵害請求の通知を受領した後速やかに侵害を停止した場合には、損害賠償を命じてはならない。

(2) 差止命令
(A)  侵害者が著しい量の自己の表現とともに侵害された著作物を改作し、変形しまたは翻案した二次的著作物を作成しまたは作成を開始した場合には、裁判所による差止めまたは衡平法上の救済は、侵害者による二次的著作物の継続的作成および使用を妨げてはならない。ただし、侵害者がかかる作成および継続的使用につき著作権者に合理的な報償金の支払を行いかつ裁判所が状況において合理的と判断する態様にて著作者および著作権者の表示を行うことを条件とする。
(B)  その他全ての場合においては、裁判所は侵害の全部を防止しまたは停止するために差止命令を行うことができるが、救済は実際的な限りにおいて、侵害者が侵害にあたる行為を行うにあたり本条に依拠したことにより当該命令が侵害者に及ぼす害を考慮するものとする。」

 著作権局の報告書を受けて、上下両院の小委員会においてそれぞれ公聴会が開催されている。他方、2006年の会期では、著作権局の勧告に沿いつつも幾つかの点で相違する法案がLamar Smith下院議員により提出された(Orphan Works Act of 2006(H.R.5439)およびCopyright Modernization Act of 2006(H.R.6052))。しかし、いずれも業界団体などの反対により取り下げられている。両法案を提出したLamar Smith下院議員は、H.R.6052を2007年度会期中に再提出する意向を示しているといわれるが、可決の見通しは立っていない。

2. 英国での議論

 権利者不明著作物に関連する問題について、英国の現行法でもまったく取り扱われていないわけではない。1988年CDPA(Copyright, Designs & Patents Act 1988)では、著作者の身元が合理的な調査によっても確認できない場合や身元が知られていない著作物を適法に利用できる場合について定める規定等、幾つかの関連規定がある。(注6)
 しかし、近時、民間団体や英国政府内にもこれらの規定では不十分であるとの認識があり、権利者不明著作物を巡る政府レベルでの動きが加速しているのが現状である。とりわけて、先般、英国財務省がアンドリュー・ガワーズ氏(Financial Timesの元編集長)に委託し作成させ、2006年12月に最終答申が公表された“Gowers Review of Intellectual Property”(以下、Gowers Reviewという)では、権利者不明著作物についても、政府が採るべき具体的な対応が提言されている。(注7)なお、Gowers Reviewは、知的財産権制度全般を対象とした報告書であるが、権利者不明著作物の部分については、British Screen Advisory Council(以下、BSACという)(注8)に調査を委託し、BSACから“Copyright and Orphan Works”と題するGowers Reviewへ向けた準備報告書が提出されており(注9)、そこでは更に具体的かつ詳細な提言がなされている。
 まず、BSAC報告書の方では、権利者不明著作物に関して「権利の例外」を設けることを提言し(権利の例外アプローチ)、その規定の在り方について詳細に述べている。その概要について、米国著作権局による侵害アプローチないし救済制限アプローチを基礎とした提言内容と対比すると以下のようになる。

<例外アプローチと侵害アプローチとの対比(概要)>
  例外アプローチ(BSAC報告書の提案) 侵害アプローチ(救済制限アプローチ)(米国著作権局提案)
権利者捜索の要否 必要 必要
権利者捜索の程度 最大限の努力
best endeavours)(注10)
真摯で合理的な調査
reasonably diligent search)(注11)
利用者の行為 非侵害 侵害
権利者への支払い手続 著作権審判所の手続 裁判所における訴訟(但し、著作権局の提案は、あくまで利用者がまず著作権者を特定し、両者が利用許諾について任意に合意しうる制度とすることを主とする)
緩和条件を満たす場合の支払い額 合理的なロイヤルティ額 合理的な補償額
差止めの可否 不可(非侵害のため) 可能。但し、一定の場合には制限される
国際条約との関係 権利者不明著作物について権利の例外を認めることは、スリーステップテストにも適合しうる 権利の例外を認めるよりも、国際条約に適合的

 他方、Gowers Reviewの方では、準備報告書であるBSAC報告書の提言内容をそのまま引き写しているわけではなく、著作者不明著作物の定義および課題、権利者不明著作物による新たな価値の創出の可能性、米国での議論について解説した上で、より現実的な3つの提言をまとめている。第1は、欧州委員会に対し、2001/29/ECを改正して権利者不明著作物についての条文を提案すること、第2は、英国特許庁(注:2007年4月より英国知的財産庁(UK Intellectual Property Office)に改称)は、著作権使用料徴収団体、権利者、権利者団体、アーカイブ団体等と協議し、権利者不明著作物の例外が適用されるための「合理的な調査」の要素に関する明確なガイドラインを発行すべきであること、第3は、英国特許庁(英国知的財産庁)が自らあるいはデータベース保有者と共同で、2008年までに任意の著作権登録システムを構築すべきこと、である。
 第1の提言で言及されているEC情報社会指令(Information Society Directive(2001/29/EC))(注12)は、情報化社会における著作権ならびに著作隣接権の調和に関する指令であり、その第5条ではそれらの権利の例外と制限規定について規定している。Gowers Reviewでは、BSAC報告書における例外アプローチを紹介した上で、「そのような例外は情報社会指令の下での英国の義務と整合しないだろう」とし、その理由として「指令第5条は、許される例外について規定しているが、権利者不明著作物の商業的な利用に関する例外については想定されていないと思われる」と述べている。現在EU加盟国から権利者不明著作物についての条文を提案させるという動きがあるため、Gowers Reviewでは、「英国政府はそのような例外を許容するよう当該指令を改正するために加盟国と作業を行うべきである」とし、「かかる例外規定では、利用者が合理的な調査(reasonable search)を行い、かつ可能な場合には表示を行うことを条件として、真正の権利者不明著作物の利用を認めるものとするべきである」と提案している。
  Gowers Reviewにおける第2と第3の提言内容は互いに関連している。Gowers Reviewは、権利者不明著作物に対する一つの重要なポイントが、利用者による「合理的な調査」の条件を明らかにしていくことであると示唆するが、そのために、英国特許庁(英国知的財産庁)が中心となり、権利者団体、著作権使用料徴収団体、図書館やアーカイブ団体らと「合理的な調査」の要素を定める明確なガイドラインを作成するべきであるとしている。他方で、音楽、文芸、美術の分野により参照するべきデータベースや文献、連絡すべき著作者団体等は異なるため、「合理的な調査」のガイドラインは著作物のメディアによって相違することになるが、多くの場合、創作者の死亡日時やその後の権利者に関する情報が検索の要素として利用されることになるから、そうした検索を促進するために、ベルヌ条約の無方式主義に抵触しない任意の登録システムを構築することを提案している。

参考文献(邦語によるもの)
1 三菱UFJリサーチ&コンサルティング編『コンテンツの円滑な利用の促進に係る著作権制度に関する調査研究報告書』(平成19年3月)
2 菱沼剛「孤児著作物問題を巡る議論について−認識された論点、提案された解決策および残された問題点」知的財産法政策学研究15号(平成19年5月)229頁

(注1) 17 U.S.C.セクション108(h).
(注2) 17 U.S.C.セクション115.
(注3) 17 U.S.C.セクション504(c)(2).
(注4) Eldred v. Ashcroft,537 U.S.186(2003).
(注5) US Copyright Office, Library of Congress, Report on Orphan Works,2006.当該報告書は以下で入手可能である:http://www.copyright.gov/orphan/(※米国著作権庁へリンク)(2007年7月6日所在確認)。
(注6) 1998年CDPA9条(5)(「著作者の身元が知られていない著作物」)、41条(2)条(司書による複製―他の図書館への複製物の提供)、CDPA 57条、66A条(無名又は変名の著作物)、190条(実演家の権利に係る同意を付与する審判所の権限)、著作権保護期間及び実演家の権利に関する1995年規則23条(4)および33条(4)(SI 1995 ナンバー3297)等。このうち、CDPA 190条は、要するに実演家の所在不明の場合の裁定制度であるが、この規定が適用された事例のうち判例集において報告されているものは、これまで、Ex p.Sianel Cymru,[1993] E.M.L.R.251の1件しかなく制度の運用状況は低調のようである。See, K Garnett, J R James, and G Davies, COPINGER AND SKONE JAMES ON COPYRIGHT (15th edn; London: Sweet & Maxwell,2005)para 29-154.
(注7) 最終報告書は英国財務省のウェブサイト(http://www.hm-treasury.gov.uk/(※英国財務省のホームページへリンク)において公表されている:http://www.hm-treasury.gov.uk/independent_reviews/gowers_review_intellectual_property/gowersreview_index.cfm(※英国財務省のホームページへリンク)(2007年7月6日所在確認)。
(注8) BSACは、英国の映像・音楽産業に携わる多様な団体の意見をとりまとめ、その共通の考え方を政策立案者に対して働きかけることを目的とした組織である。
(注9) BSAC報告書(British Screen Advisory Council, Copyright and Orphan Works)はBSACのウェブサイト(http://www.bsac.uk.com/index.html(※BSACのホームページへリンク)において公表されている:http://www.bsac.uk.com/reports/orphanworkspaper.pdf(※BSACのホームページへリンク)(PDFファイル)(2007年7月6日所在確認)。
(注10) BSAC報告書では、2004年に英国の特許法の分野に導入された最大限の努力(best endeavours)のテストに関して、Lord Sainsburyが貴族院における審議の過程で政府の解釈について「その者が絶対的な基準に対して最善を尽くしたかを判断するものではない。そうではなく、その者が達するべき基準は、慎重で断固とした、かつ合理的な(prudent, determined and reasonable)人が、その者の立場で行うであろう努力ということである。そのため、その人が認識した状況というものは(その人にとって利用可能な手段も含めて)、重要な考慮要素となる」という解釈を援用して、著作権者の捜索に関しても、事案の状況に応じて柔軟な手法によって判断されるべきことを示している。See, British Screen Advisory Council, Copyright and Orphan Works, p 25-6.
(注11) 著作権局の報告書では、ケースバイケースで一般的な基準は立法できないとし、権利者・利用者による自主的ガイドラインの創設を期待している。なお、Lamar Smith下院議員が提出し、すでに取り下げられたOrphan Works Act of 2006(H.R.5439)では、少なくとも著作権局の保有する情報の調査を要する等、基準の明確化が試みられている。
(注12) Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of copyright and related rights in the information society


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ