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資料3

過去の著作物の保護と利用に関する小委員会における検討課題に対する意見

2007年5月16日

慶應義塾大学教授 糸賀雅児(図書館情報学)

0   はじめに
 図書館は、その作成時期が過去であるか未来であるかを問わず、世界中に存在するあらゆる情報資源(主として刊行された物)へのアクセスを市民に対して保障することを任務とする、すぐれて公共性の高い機関(注1)である。
 このため、過去の著作物の保護と利用のあり方を考察にあたっては、市民への情報アクセスがよりよく行われる方向性が確保されるかどうかを念頭に行うことになる。したがって、市民への情報アクセスが不当に制限される方向での制度設計がなされることには、公共的・公益的な観点から反対せざるを得ない。
 もちろん、情報資源は、生み出す行為(著作物の創作等)及びそれを流通する行為(出版、放送、インターネット配信等)によって初めて存在することができることから、これらの行為を行う意欲を失わせるような方向での制度設計は行われるべきではない。ただし、これらの行為を行う意欲が失われないにもかかわらず、諸外国の動向や既得権益の保護等の理由のみによって保護強化がなされることは行われるべきではない。
 以上の観点に立った上で、お尋ねの項目につき、以下のとおり意見を述べる。

(注1)  「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」においても「図書館は、国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない」とある。

1   過去の著作物等の利用の円滑化方策について
(1) 図書館の所蔵資料の多様性
 図書館は、購入、寄贈等の方法により情報資源を収集し、市民にその利用を円滑に行わせるあらゆる方法を用いて情報資源を提供している。その中には、郷土資料、SPレコード、写真、著名人の文書類、歴史文書などの非刊行資料をはじめ、組織内部向けのパンフレット、機関誌紙、絶版図書等、もはや入手不可能な資料も少なくない。

(2) 図書館の利用の阻害要因
 これらの資料を市民に幅広く提供するためには、当然のことながら、著作権制度の趣旨に沿った方法により行わなければならない。著作権法では、図書館が有するこのような機能に着目し、多くの権利制限規定(注2)を設けている。
 しかしながら、これらの入手不可能な資料については、出版等による他の流通が期待できないため、前述のような図書館の任務上、権利制限規定の範囲を超える情報提供を行わなければならないことがある。ところが、次に掲げるような、この情報提供を阻害する要因があるため、これらの提供を諦めざるを得ないことが多い。

(注2)  著作権法第31条(図書館等における複製等)、第38条第1項(非営利・無料の上演等)、同条第4項(非営利・無料の貸与)等。

1 経年による関係者(著作権者等)の範囲の拡大
 著作権は、原則として著作者の生存年及びその死後50年まで存続することとされている(著作権法第51条)ところ、死後の著作者の著作物の著作権の帰属に関して遺族間で取り決めがなされることは、著名作家・芸術家の場合を除きごく稀であると考えられる。図書館が取り扱う資料は、小説以外のものも多数を占めるため、死後の著作者の著作物の著作権は、複数存在する(ことが多い)遺族に共有されることになる。このことから、権利制限規定の範囲を超えて特定の著作物の利用を行おうとすると、これらの遺族すべてから許諾を得なければならないことになる。
 なお、経年により死亡する人間が増大するため、保護期間の延長が行われると、それだけ許諾を得なければならない者の人数が増加することになる。

2 著作(権)者の所在情報の拡散
 著作(権)者が団体である場合を除き、一般に、著作(権)者の所在情報は公開されていない。したがって、利用しようとする著作物(とりわけ無名・変名の著作物)の著作(権)者に関する所在情報を確認するには、通常、当該著作物を流通させた者(出版者、放送事業者、レコード製作者、ウェブサイト管理人等)に対して行うことになる。
 ところが、当該著作物の流通時期から時が経つにつれ、出版行為等を行った者の担当からの異動や退職等により、当該著作物を流通させた者に問い合わせても、その所在がつかめなくなることが多い。また、出版社等がすでに存続していないこともある。このような場合、著作(権)者の所在情報を掴むことはほぼ不可能となる。
 これらの状況に加え、2005年4月1日からは、いわゆる個人情報保護五法が施行され、第三者への個人情報の提供が制限されることとなったため、所在情報の入手が更に困難となった。

3 著作(権)者による公共財たる著作物の「独占」(利用拒絶)
 著作物は公表され、パブリック・ドメインにおかれた時点で公共財としての性質を有すると考えられる。しかしながら、著作権の存続期間の間には、理由のいかんを問わず、著作(権)者にはその著作物の利用を拒絶する権利が付与されており、適正な使用料の支払い等、本来著作者の経済的利益を保障するだけの条件が整っているような場合であっても(注3)、その利用を拒絶することができることとされている。著作物を創作した著作者本人の意向であればまだしも、著作権の譲渡や相続によって著作権を取得した者の恣意的な意向により、著作物の利用が拒絶される場合、その著作物を流通させる手段は無くなることになる。

(注3)  もちろん著作者人格権の侵害を行わないような形態で利用する場合であってもである。

(3) 過去の著作物等の利用の円滑化の具体的方策
 過去の著作物等の利用の円滑化を図るためには、著作権者の経済的利益を害することなく、公共の利益に資すると認められる著作物の利用について、新たな権利制限規定を設けると同時に、上述の3つの阻害要因を効果的に除去できる方法が必要となる。具体的には、次に挙げるような方法が考えられる。

1 著作者情報の網羅的提供
 論文集のような非商業出版物に掲載された著作物の著作者や、外国人の著作者を含めたあらゆる著作者の没年が網羅的(注4)に検索可能なデータベース(「没年データベース」)を構築し、無料で国民に提供する。これにより、利用しようとする著作物の著作者の没年を確実に確認することが可能となり、利用が円滑化する。

(注4)  日本において利用するであろう著作物のすべての著作者の約8割程度を想定する。

2 著作権者情報の網羅的提供
 論文集のような非商業出版物に掲載された著作物の著作権者や、外国人の著作権者を含めたあらゆる著作権者の所在が網羅的(注5)に検索可能なデータベース(「著作権者所在情報データベース」)を構築し、無料で国民に提供する。これにより、利用しようとする著作物の著作権者の所在を確実に確認することが可能となり、利用が円滑化する。

(注5)  日本において利用するであろう著作物のすべての著作権者の約8割程度を想定する。

3 著作権の集中的利用許諾体制の構築
 私的録音録画補償金制度のように、ある特定の団体(注6)に対し、公共財の利用という観点から公的機関が定めた使用料を支払えば(注7)自由に著作物を利用することができるという制度(指定団体制度)を構築する。これにより、所在情報の確認等において必要な様々なコストが軽減(注8)され、権利者ならびに利用者の双方にとって有益であり、利用が円滑化する。

(注6)  一つの団体に集中することが困難であるならば、複数団体のいずれかに使用料を支払えば仮に利用しようとする著作物が当該団体の管理著作物でなかったとしても、利用することができる地位を得ることとする制度を設けることとする。
(注7)  現在権利制限規定の範囲内にある行為については、もちろん支払い対象からは除外することとする。
(注8)  軽減されるであろうコスト分の一部又は全部を使用料に充当することが可能となり、著作権者の経済的利益の増大にもつながる。

4 著作権の利用拒絶事由の制限
 著作者以外の者が著作物の利用を拒絶する事由につき、ベルヌ条約のいわゆる「スリー・ステップ・テスト」の要件を勘案し、拒絶を行わなければ「著作物の通常の利用を妨げる」こととなる場合、著作権者の「正当な利益を不当に害する」こととなる場合に限定する。これにより、本来財産権たる著作権が付与された趣旨から逸脱する事由による著作物の利用の拒絶がなされなくなり、利用が円滑化する。

2   アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
 この事項については、1で述べたことが妥当する。

3   保護期間の在り方について
 保護期間の在り方については、前述のとおり、市民の情報アクセスと著作者や著作物流通者の意欲とを勘案して判断すべきであり、現行の保護期間であってもこれらの者の意欲が失われていないにもかかわらず、諸外国の動向や既得権益の保護等の理由のみによって保護強化がなされることは行われるべきではない。著作物には公共性があるということを前提に保護期間の有限化が全世界で措置されていることを踏まえて議論すべきである。
 また、1で述べた3つの阻害要因は、保護期間の延長により更に阻害の度合いが強くなっていくため、保護期間の延長を議論するためには、1(3)において述べたような、これらの阻害要因の除去のための整備がなされることが前提となるものと考える。
 特に、1で述べた3つの阻害要因のうち、「3著作(権)者による公共財たる著作物の「独占」(利用拒絶)」は、保護期間の長さを決定する重要な要素であるものと考える。著作権制度が著作物の創作を保護する制度なのであれば、その保護の恩恵を受ける範囲は、著作者本人、配偶者及び創作に関わる意識が共有できる範囲の直系親族(注9)にまで限定されるべきである。そうすると、現在の保護期間程度が限度ではないかと思われる。

(注9)  せいぜい子が亡くなるまでの期間であると考える。著作者本人のこともよく知らない世代がその著作物から恩恵を受けるのは妥当ではないからである。

4   意思表示システムについて
 意思表示システムの普及は、著作物の利用の円滑化のためには望ましいものと考える。しかし、現状では、意思表示システムは普及しているとは言い難い(注10)。
 また、著作物の作成を業とする者(作家、画家、写真家、映画監督、作詞家、作曲家、脚本家等)を除き、著作者が自らの著作物に対して権利意識を持つことは極めて稀であると思われるため、そのような著作者が自らの著作物にわざわざ意思表示システムを付与するとは考えられない。
 このような状況において、自由利用を認める意思表示である「意思表示システム」を導入するのであれば、これを促進するための何らかの方策が必要になるものと思われる。
 例えば、著作物の流通に寄与する者(出版社、レコード会社等)が、出版物等の作成過程においてこのようなシステムの存在を著作者に告知し、著作者に自由利用マーク等を表示するかどうかの判断を行う機会を設けるようこれらの者に義務付ける制度、自由利用マーク等の表示実績により著作者や出版社等に税制上の優遇措置を講じる制度などが考えられるが、このような何らかの方策がない限り、表示に対するインセンティブは働かないものと考える(注11)。

(注10)  視覚障害者関係の意思表示システムに限定されるが、EYEマークの認知率が全国の地方自治体の5パーセント、大阪の地方自治体の8パーセント、関西の出版社の30パーセントであり、障害者利用OKマークについてはこれより低い。記載率に至ってはEYEマークは自治体でほぼ0パーセント、関西の出版社で数パーセントであり、障害者利用OKマークもほぼ同様の結果となっている。山本隆史「視覚障害者の識字問題を解決するためのマークについての現状と問題点」(修士論文,2005.3.21)<http://info.gscc.osaka-cu.ac.jp/abstract/m03uc532.html(※大阪市立大学大学院創造都市研究科都市情報学専攻ホームページへリンク)>(要旨)を参照のこと。
(注11)  アメリカ合衆国著作権法においていわゆる「マルCマーク」や著作権登録に認めている一定の優遇措置なども参考になるものと考える。

以上


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