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資料1-1

過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会における発表資料

2007年5月16日
慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ(DMC)統合研究機構
准教授
金 正勲

3 著作権の保護期間について
 著作権制度の政策目標は、「文化の発展に寄与すること」である。文化の発展は、知の創造と利用によって実現するもので、その知の創造と利用を最大化するために‘適正‘な保護範囲、保護水準、そして保護期間とは何かを考えるのが、著作権制度である。
 著作権制度を変更する際には常にトレードオフ問題が発生する。保護期間も例外ではなく、その変更に際しては、費用と便益が伴う。その費用と便益には、定量的に測定できるものと定性的にしか考慮できないものがある。
 今回の政策決定においては、定量的・定性的分析の両方を十分に考慮した上で、特定の利害に左右されることなく、「文化の発展に寄与するのかどうか」という原点を忘れないことが重要であろう。

創作誘引の観点からみた著作権保護期間延長問題
 著作権保護期間延長問題を考える際には、「過去の著作物に対する保護期間延長」と「未来の著作物に対する保護期間延長」を明確に区別した上で議論すべきである。なぜなら、保護期間延長がもつ意味が両者間で異なるからである。
 まず、過去の著作物に対する保護期間延長が直接的に創作誘引を促進するとは常識的に考えられず、議論の余地はないと考える。
 一方、未来の著作物に対する保護期間延長の場合、創作者の創作誘引を促進する側面があることは自明である。ただ、著作権の保護問題は常に便益だけではなく、何らかの費用を伴うものである。よって、最終的には「延長による創作誘引促進効果(イコール便益)」と「延長による利用制限効果たす創作制限効果かっこイコール費用かっことじ」間での実証的な比較分析に基づき、政策決定を行う必要である。
 この点についての私のポジションは、過去の著作物に対する保護期間延長については「反対」、未来の著作物に対する保護期間延長については、「実証的分析を踏まえた上での議論を通じて結論を出すべき」である。

取引費用の観点からみた著作権保護期間延長問題
 著作物の利用においては常に取引費用が発生する。ここでいう‘取引費用‘とは、著作物を探すために必要な「検索費用」、特定された著作物を利用するための契約に必要な「契約費用」、そして契約済み著作物利用が契約通りに行われているのかどうかをチェックするための「監視費用」等を指す。ちなみに、著作物の利用料は取引費用に含まれない。
 取引費用は一貫して著作物の利用を制限する効果を持つ。つまり、著作権によって保護されている著作物の利用は、保護されていない著作物の利用に比べ、高い取引費用を発生させるため、著作物の利用が制限されることになる。
 もちろん、現状、著作物の利用における取引費用を削減するため、著作権者や著作権者団体は、データーベースの構築や集中権利処理など、様々な方策を講じている。しかし、その対象になる著作物は、著作権者によって‘商業的に価値‘があると判断される著作物が大半である。これは集中権利処理等において経済的な投資が必要であることを考慮すれば、経済的に合理的な考え方であるといえる。一方、権利権者は(潜在的に)商業的な価値がないと判断される著作物については、取引費用を削減するための十分な経済的誘引を持たないことになる。
 そこで、今回の著作権保護期間延長問題を考えてみよう。創作者の死後50年経った時点で、まだ商業的な価値があり、且つその価値実現のために(取引費用削減策を含め)権利権者が経済的投資を行う誘引を持つ著作物はどれくらいの割合で存在するだろうか。これについては実証的な分析を待つ必要があるが、私は極めて低い割合ではないかと推測する。
 ここで問題は、創作者の死後50年経った時点で、投資に見合う十分な商業的な価値がないと判断される‘大半‘の著作物の場合、保護期間が死後70年に延長されることで、‘引き続き‘、利用されることなく死蔵される可能性が極めて高いという点である。こうした著作物の死蔵は著作物の利用のみならず、過去の著作物の利用を土台にして次なる創造を行う機会までも奪うことになりかねない。
 青空文庫に代表される、見返りを求めない善意のボランティアによる著作権切れの著作物のデーターベース構築や公開、という一連の取り組みが可能になったのは、著作権料の支払いが不必要という点だけではなく、著作権利用のための取引費用がかからない(又は十分に低い)という点が大きいのではないだろうか。保護期間延長は上述した‘極めて低い割合の著作物‘がもつ商業的な利益を守るために、著作権が切れることによってその利用が見込まれ、次なる創造の土台となる可能性のある‘大半の著作物‘をさらに20年間、死蔵させる結果を招くことになるだろう。

 以上の理由から、保護期間延長に対する私の基本的なスタンスは否定的であるが、次の条件が満たされれば、保護期間延長を前向きに考慮する余地はある。

更新料を伴う登録制による保護期間延長
 著作物の創作や著作権の取得に、何らかの投資(金銭に還元できないものも含め)を行った著作権者が、その投資回収のために保護期間延長を主張することは、個人的には理解できるところもある。そこで、‘仮に‘保護期間延長に踏み切る場合は、保護期間延長による弊害を最小化する実効性のある制度的な措置を講じることを強く希望する。
 一つの案として、「創作者の死後50年の時点で、保護期間の延長を希望する著作権者は、更新料を支払い、登録することによって、保護期間の延長を認めてもらう」ことが考えられる。登録の際に支払われた更新料は、著作権切れの著作物の利用を促進するために使われるべきだろう。
 こうしたopt-in方式を採用することによって、著作権者の一定の利益を守りながらも、取引費用の存在によって不必要に制限・死蔵されている著作物の利用を活性化させることが出来るのではないか。

以上


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