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資料3−2

デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について<検討経過報告>

平成20年5月29日
デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会

1.検討の背景

 デジタル化やインターネットの普及、ブロードバンドの進展は、双方向型の大量の情報流通と劣化しない複製を可能とし、誰もが容易に情報にアクセスでき、それを利活用できる環境を生み出している。また、これら情報環境の変革は、新しいネット関連ビジネスやコンテンツ・ビジネスを創出するとともに、新たな創作・公表の場として注目を集めており、コンテンツの創造と利用の在り方に大きな変革をもたらしている。今後、我が国が国際社会において競争力を発揮するためには、デジタル情報技術の進展のメリットを活かし、新たなネットビジネスの発展や技術開発を促すとともに、クリエーターの創作インセンティブを高めるための基盤を確立することが不可欠になっている。

 欧米諸国においては、この問題を国家戦略として位置付け、多くの課題に対して取組を強化している。一方、我が国においては、契約ルール、法制度等の知財制度が、「社会全体としてデジタル情報やネットの機能を十分活用し得る環境」を提供できていないのではないかといわれている。

 我が国においても、社会経済全体の活力の向上につなげるべく、デジタル化、ネットワーク化によってもたらされるメリットを最大限活かし得る知財制度の構築に向けた総合的な検討を行う必要がある。

 このような認識の下、本専門調査会は3月に設置されて以来、現在までに3回の会合を開催し、デジタル・ネット社会における著作権制度の役割等について議論を行いつつ、解決すべき具体的な問題点の抽出に努めてきた。これらの問題点は多岐にわたっており、本専門調査会として引き続き検討を行っていくこととしているが、一部の問題については、緊急性が高い課題であることから、「知的財産推進計画2008」に位置付けることにより、早急に解決すべき事項として提言することとした。その上で、本専門調査会として今後取り組む課題を整理し、ここに報告するものである。

2.デジタル・ネット社会における著作権制度の役割

 著作権制度については、著作物が自己の思想・感情を表現したものであるため、創作者は自然発生的に当該著作物の利用に対し独占的な権利を有するという「精神的所有権」としての意義と、創作者の利益の保護することにより、創作へのインセンティブを高め、それが更なる創作を生み出し、文化や産業を豊かにするという「創作インセンティブ」としての意義を有していると考えられる。

 デジタル・ネット社会においては、誰もが安価で、簡単にデジタル・コンテンツの作成、複製、改変、発信ができ、多様な文化的活動の相互作用が飛躍的に高まっていると言える。このため、こうした相互作用を円滑に進めて新たな文化創造が生まれ得る法的環境を整備する観点から、著作権等の範囲やその行使の在り方について、バランスのとれた考察が必要である。

 特に、デジタル・ネット環境の進展により、著作権法がビジネスローとしての性格を強めつつあることに配慮しつつ、新たなビジネスの発展を阻害しない中立的な制度とすることや、著作者の権利保護と利用の円滑化のバランスを図りながら、文化や産業を豊かにすることに資する制度としての役割が重要になると考えられる。

3.改革が必要な課題について

 現行著作権法は、1970年の制定以来、時代の変化に合わせて逐次改正を行ってきたものの、近年のデジタル化・ネットワーク化の進展により、著作権法制定当時には予想できなかった新しい状況が生まれている。今後我が国がデジタル・ネット環境のメリットを活かし、国際競争力を強化するためには、以下に掲げる課題について著作権制度の見直しも含めた検討を行い、早急に解決の方向性を示す必要がある。

(1)単一の利用方法を前提としており、マルチユースに対応していない。

 現行の著作権制度では、利用のたびに権利者の許諾を得ることが必要となっているため、権利者の思いとは裏腹に、許諾権がコンテンツの有効利用を阻む要因となってしまうこともある。
 例えば、過去に一定のメディアを想定して創作されたコンテンツを新たなメディアを用いて利用する場合には、関係権利者から改めて許諾を得る必要があり、これに係る権利処理コストの問題が指摘されている。このため、業界内においては、権利の集中管理の拡大や二次利用を想定した契約締結促進などの取組が進んでいるところであるが、これを更に進めるためには、情報通信技術を用いた技術的解決を探る姿勢も重要である。また、コンテンツの流通を一層促進する観点から、法的な枠組みについても、権利者の利益確保に留意しつつ、総合的な検討が必要である。

<具体的課題>

  • 1 二次利用に際しての権利関係、権利行使の在り方。
  • 2 コンテンツに関わる権利情報の整備。
  • 3 所在不明の権利者がいる場合の対応策。
  • 4 多数の権利者のうち一部の反対がある場合の対応策。
  • 5 明確な契約がない場合や集中管理の対象ではないアウトサイダーへの対応策。

(2)デジタル・ネット上の豊かな情報を活かした新しい利用方法に対応していない。

 著作権法の権利制限規定が、デジタル・ネット上の豊かな情報を活かした新しい利用方法に十分対応しきれていないため、公共目的や情報の利活用の促進などを目的とした利用で、権利者の利益を不当に害しないものであっても、形式的には著作権が障害となって、コンテンツの利用が萎縮する場合がある。デジタル・ネット上の豊かな情報を社会が活用できるよう、利用とのバランスに配慮した権利制限規定をスピーディーに整備していく必要がある。

<具体的課題>

  • 1 検索エンジンサービスを推進するための法的環境の整備(4.参照)
  • 2 研究開発目的でのデジタル・ネット情報の蓄積等に係る法的問題の解決(4.参照)
  • 3 遠隔教育を推進するための法的環境の整備。
  • 4 図書館等における資料のデジタル化等を推進するための法的環境の整備。
  • 5 通信と放送の融合に対応した法制度の見直し。

(3)技術的過程に付随する行為の取扱いが明確ではない。

 新規産業の創出を促進する環境を整備するため、通信過程に付随する一時的な蓄積や、コンピュータ・プログラムの相互運用性や情報セキュリティの確保のためのリバース・エンジニアリングなど、技術的過程に付随する複製等の行為についての法的問題の解決を早急に図る必要がある。(4.参照)

<具体的課題>

  • 1 通信の効率化・安定性確保のための通信過程における一時的蓄積に係る法的問題の解決。
  • 2 コンピュータ・プログラムのリバース・エンジニアリングに係る法的問題の解決。

(4)投稿サイトやブログなどで他人の創作物を相互に利用し合いながら創作するケースなどの新しい創作形態への対応が明確ではない。

 一般の人々のコンテンツの創作・公表が新たなビジネスモデルを生みつつある。ネット上における一般の人々のコンテンツの創作・公表に伴う法的な課題を解決し、コンテンツの創造と流通を一層促進する必要がある。

<具体的課題>

  • 1 投稿サイト等への投稿に当たって他人の著作物を利用する際のルールの整備。
  • 2 写り込みなどの付随的な利用に関する法的問題の解決。
  • 3 自由利用を容認する権利者の意思表示システムの改善。
  • 4 多数の者の関与によって作成されたコンテンツの権利管理ルールの明確化。

(5)新たな技術やビジネスモデルの出現に際して、柔軟に対応し得る規定がなく、新たな動きが萎縮しがちである。

 情報通信技術は、従来の技術に比べ、その普及の速度と範囲は桁違いであり、現状の技術への対応のみに終始すると、制度は常に時代遅れのものとなってしまう。また、現行著作権法では想定されていない新たな技術やビジネスモデルについては、企業等は著作権侵害となることを恐れ、挑戦することに萎縮しがちになるという指摘がある。
 このため、技術革新や新しいビジネスの創出を促す観点から、今後の技術の進歩や新たなビジネスモデルの出現に対応しうる一般的な権利制限規定を設け、今後の変化に柔軟に対応できる法制度とすることが考えられる。一方で、情報通信技術の発展に応じたいわゆる間接侵害に係る法的責任の明確化を図ることにより、新しいビジネスモデルに対する法的評価についての予測可能性を高めることが必要である。

<具体的課題>

  • 1 権利者の利益を不当に害しないと認められる新たな利用について柔軟に対応し得る包括的権利制限規定の導入。
  • 2 コンテンツの流通に対して間接的に関与する者の法的責任の明確化。

(6)ネット上の違法な利用に対する対策が不十分である。

 デジタル・ネット社会では、誰もが容易にコピーを作成し、グローバルに流通させることができる。このような環境は新しいコンテンツ・ビジネスを生む一方、コンテンツの違法複製や違法流通を蔓延させ、権利者の適正な利益の確保を阻害している。権利者が安心してコンテンツをネットに提供するためには、ネット上の違法な利用に対する対策を一層強化する必要がある。

<具体的課題>

  • 1 著作権保護技術に対する法的保護の在り方。
  • 2 外国ISPの活動に対する実効性のある国際協力の在り方。
  • 3 違法な利用を繰り返す利用者への対応の在り方。

4.早急に対応すべき課題について

 「3.改革が必要な課題について」に掲げたとおり、デジタル・ネット社会のメリットを享受するために対応すべき課題には様々なものがあるが、国際競争がますます激化する中、イノベーション(技術革新等による新たな価値の創造)の創出に関して我が国に許される時間的猶予は限られている。このため、「3.改革が必要な課題について」に掲げたもののうち、イノベーション創出に関連する以下のものについては、「知的財産推進計画2008」に反映し、2008年度中に必要な法的措置を講ずることにより、早急に課題解決に取り組むべきことが必要である。

(1)検索サービスの適法化

 ネット検索サービスは利用者が多種多様な情報の中から必要なコンテンツを選び、アクセスすることを可能とする機能であり、情報社会における基盤的な役割を果たすものである。また、検索サービスで得られる利用者の消費動向を踏まえた広告手法の多様化や、大規模サーバーの設置等による経済的な波及効果も期待できる。さらに、利用者の個別のニーズにきめ細かく応じた新たな検索サービスの創出に向けた研究開発も行われている。

 しかし、我が国においては、サーバーへの情報の収集・格納等の行為が著作権法上の複製等に該当するおそれがあるため、事業者は法的リスクを避ける観点から海外のサーバーを利用せざるを得ない状況となっており、円滑な事業活動に支障が生じている。また、新たな検索サービスについても著作権侵害のリスクをおそれ、フェアユース規定のある米国での事業展開を優先する動きがある。

検索サービスの円滑な実施に必要な複製、翻案又は公衆送信を行うことができるよう早急に法的措置を講ずるべきである。

(2)通信過程における一時的蓄積の法的位置付けの明確化

 日本は世界最高水準の情報通信環境を有しており、これら環境を活かした新規事業の創出が期待されている。

 しかし、コンテンツの配信等に係るネットワークの経路における中継サーバー(キャッシュサーバー)への蓄積やコンピュータ内の主記憶(RAM(注1))への蓄積など、コンテンツ流通に伴う一時的な蓄積が著作権法上の複製に該当するおそれがあり、新しいサービスを提供する際の不安定要因となっている。

通信過程における一時的蓄積についての複製等の問題を解決するため、早急に法的措置を講ずるべきである。

  • (注1)Random Access Memory;コンピュータの内部記憶装置

(3)研究開発に係る著作物利用の適法化

 科学技術によるイノベーションの創出を促進するためには、研究開発活動を充実させることが不可欠である。

 特に、高度情報化社会の下、取り扱われる情報量が爆発的に増大する中、利用者が必要とする情報・知識を容易に抽出し、高度な知的処理を実現するためには、画像・音声・言語・ウェブ解析技術等の基盤的技術が重要となっている。これらの技術に係る研究開発を行うためには、放送番組に係る情報やウェブ情報等の膨大な情報を蓄積・改変することが必要となる。このほか、幅広い分野の研究開発において、学術論文以外にも様々な著作物が利用されている。

 しかしながら、このような行為は、著作物の通常の利用形態とは異なるものであり著作権者の正当な利益を害するおそれは少ないと考えられるにもかかわらず、著作権法上の複製・翻案に当たるおそれがあるため、実際の公的研究機関や産業界における研究開発活動に相当程度萎縮効果が働いている。

 他方、米国においてはフェアユース規定に基づき一定の範囲内における研究開発目的の権利制限が認められており、英国においても研究目的の権利制限の対象範囲の拡大が検討されている。このため、現状を放置したままでは、我が国著作権法上の制約が我が国の国際競争力の低下を引き起こしかねない。

著作権者に及ぼす影響にも配慮しつつ、研究開発に必要な範囲において著作物の複製や翻案を行うことができるよう早急に法的措置を講ずるべきである。

(4)コンピュータ・プログラムのリバース・エンジニアリングの適法化

 技術の発展のためには、他者の製品を解析し、そこから技術を習得するリバース・エンジニアリングが不可欠である。このため、産業財産権法制ではリバース・エンジニアリングに必要な権利制限について規定している(特許法第69条第1項等)。

 しかしながら、コンピュータ・プログラムについては、リバース・エンジニアリングの過程で生じる複製や翻案が著作権法侵害に当たるおそれがあるため、プログラムの脆弱性の調査・修正のためのプログラム解析等に相当程度の萎縮効果が働いている。

 他方、欧米においては、フェアユース規定等に基づき、相互運用性確保のためのリバース・エンジニアリングは権利侵害に当たらないとされ、かつ、プログラムの脆弱性の調査・修正のためのプログラム解析も広く行われており、現状を放置したままでは、革新的ソフトウェアの開発や情報セキュリティ確保に当たって我が国の著作権法がその障害となりかねない。我が国の主要な情報産業事業者が加盟する社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)からも「知的財産推進計画2008」の策定に当たってリバース・エンジニアリングを広範に認めるべき(注2)との意見が提出されている。

相互運用性や情報セキュリティの確保等のためのコンピュータ・プログラムのリバース・エンジニアリングに必要な範囲において、その過程で生じる複製・翻案を行うことができるよう早急に法的措置を講ずるべきである。

  • (注2)本年4月に「プログラムの研究・開発、性能の検証、バグの発見・修正、相互運用性確保等を目的として行う当該プログラムの複製・翻案を可能とするための権利制限規定につき積極的な検討がなされるべき」という意見が提出された。

5.今後の検討課題

 本専門調査会では、今後、「3.改革が必要な課題」に掲げた課題のうち、デジタル・ネット環境を活用した新規ビジネスの創出の観点から重要な法制度上の課題、また、政府部内において十分な検討が進んでいない下記の課題を中心として検討を深めることとする。また、これらに関連するその他の課題についても適宜検討を進め、本年末までに全体の報告を取りまとめることとする。

(1)コンテンツの流通促進方策について

 インターネットを活用した新しいビジネスにおけるコンテンツの二次利用を円滑に進める観点から、コンテンツの流通を一層促進する新たな枠組みについて、権利者の利益確保に留意しつつ、総合的な検討を行うとともに、一般の人々によるネット上での新しい創作形態への対応方策について検討する。

(2)包括的な権利制限規定(日本版フェアユース規定)の導入について

 将来の多様な発展を後押しし、新たなビジネスモデルの開発や新規事業の参入を促す観点から、個別具体の権利制限規定との役割分担を明確にしつつ、著作権者等の利益を不当に害しないと認められる利用を包括的に合法化し得る一般的な権利制限規定(日本版フェアユース規定)を導入することについて検討する。

(3)ネット上に流通する違法コンテンツへの対策の強化

 ネット上でのコンテンツの流通を促進するためには、違法コンテンツの蔓延を防ぎ、ビジネスの対価が正当に権利者へ還元される環境を作ることが必要不可欠である。このため、ネット上の違法コンテンツの流通防止策の強化や、グローバルに流通する違法コンテンツへの国際的な対策などについて検討する。