平成20年5月22日
デジタル対応ワーキングチーム
1.問題の所在
情報処理技術や伝送技術の発達に伴い、社会生活における情報サービス利用の重要性がますます増大している一方、情報の大容量化・ブロードバンド基盤の整備により、ネットワーク上を流通するトラフィックが毎年増加傾向にある。このような問題に対処するためには、より迅速かつ効率的に情報をやりとりするようなシステムを社会全体として構築することが必要であり、ネットワーク伝送過程における頻繁なアクセスによる通信量の増加を防ぐためのキャッシュサーバ等の仕組み等の導入が重要となっている(注1)。
また、情報化社会においては、ネットワーク上で流通する情報量は膨大であり、それらが持つ価値も極めて大きい。したがって、このような情報を物理的要因に影響されずに、常に安定的に提供可能な状態におくため、ミラーサーバ等を活用した信頼性向上のための措置の重要性も増している。
上記の仕組みや措置においては、著作物の蓄積や蓄積された著作物の公衆送信といった著作権法上の権利の対象となる行為が含まれることがあるが、このような通信過程における蓄積等の利用行為については、その著作権法上の位置づけがこれまで不明瞭であったことから、このような取組を推進する上での萎縮要因として働いていたとの指摘がなされている。
平成18年の文化審議会著作権分科会報告書(第1章第3節デジタル対応ワーキングチーム)(以下「18年報告書」という。)においては、機器等を用いて著作物の視聴等を行う場合に機器内部で技術的に生じる蓄積行為と、情報通信過程において送信の効率化等のために蓄積装置等を設置して行う蓄積行為を、包括的に「一時的固定」の問題として整理し、権利を及ぼすべきでない範囲の要件が検討された。このため、権利を及ぼすことが適当でないと考えられる行為であっても要件に該当しないものが生じる等、通信過程における蓄積に伴う公衆送信行為については検討されていなかった(注2)。
本ワーキングでは、こうした状況を踏まえ、通信過程における蓄積等の利用行為について、「一時的固定」という観点ではなく、通信の効率性や安全性の観点から、著作権法上の権利を及ぼすべきでない範囲(注3)とその具体的対応のあり方について総合的に検討する。
- (注1) 総務省の「ネットワークの中立性に関する懇談会報告書」(平成19年9月ネットワークの中立性に関する懇談会)において、通信インフラの安定的な運営の観点から著作権を巡る論点についても触れられているところである。
- (注2) 平成18年報告書では、「例えば、通信の効率性を高めるために行われるミラーサーバにおける蓄積や、災害時等のサーバの故障に備えたWebサイトのバックアップサービスなどは「不可避的又は付随的」とは言い難いため、上記の要件から外れてしまうが、通信の効率性や安全性の点から、権利を及ぼすべきではないとする社会的な要請が強いと考えられる。(略)必要な場面を想定し、個別に別途の権利制限規定を設けるなど、必要な措置を追加して検討する必要があると考えられる。」と論じられている。
- (注3) ここでは、権利制限、免責規定などの措置を「権利を及ばないこととする措置」として総称するものとする。
2.通信過程における蓄積等の利用行為に関する検討の視点
通信過程において生じる具体的な蓄積行為としては、例えば以下のようなものが挙げられる。
- 伝送過程での中継・分岐の際などで生じる瞬間的・過渡的な蓄積
- システム・キャッシングの際の蓄積(送信者と受信者の間での情報送信を可能な限り省略し、処理速度の向上等を図ることを目的として、サーバの記録媒体になされる蓄積とその際に生じるメモリへの蓄積(注4)(注5)
- ミラーリングの際の蓄積(アクセスが集中するマスターサーバの負荷を分散させることを目的として、別のサーバの記録媒体になされる蓄積とその際に生じるメモリへの蓄積)
- P2P(ピア・ツー・ピア)型の通信の中継過程において生じる蓄積(注6)等
また、通信過程における蓄積は送信に供されることとなるが、かかる送信が公衆送信に当たる場合があるものと考えられる。
これらの蓄積及び公衆送信に関する法的安定性の確保を検討するに当たっては、通信事業者の立場からは、通信過程における蓄積は通信の媒介者としての行為に過ぎないのであるから、例えば、これら通信過程における蓄積行為の主体を送信者であると解すること又は法定することによる解決策を取るべきとの主張もなされたところである。しかしながら、実際には、著作権法の解釈上、自動公衆送信を受信して作成される蓄積物の作成主体が原則として送信者であるとは考えにくいこと、また、仮に法定することができたとしても様々に解釈される可能性もあることなどから、このような方法で安定的に対処することは困難である。
また、権利を及ぼすべきでない範囲を検討するに際しては、通信過程にかかわる蓄積装置の設置主体に着目して対象範囲を整理するという考え方もある。しかしながら、その設置主体は、実態としては、通信の秘密の遵守義務が課せられている「電気通信事業者」及び「『届出・登録を要しない電気通信事業』を営む者」のみならず、LANを設置する大学や企業など広範にわたるため、一概に特定することは困難であることから、設置主体の属性に着目して蓄積等の取扱いを区別することは慎重に検討することが必要であると思われる。
- (注4) なお、キャッシュサーバ、ミラーサーバ、バックアップサーバなどの記録媒体に書き込む際に生じるメモリの蓄積については、「3.機器利用時における蓄積」としても、一部重畳的に整理される可能性もあるものと考えられる。
- (注5) 有害対策のフィルタリング等のように、その行為の総体としては著作物の流通の円滑化そのものを目的としないものであっても、よりブレイクダウンして見た場合には、バッファリングとキャッシングなど通信の円滑化のための個別の蓄積行為の組合せとして考えられる。
- (注6) (注1)の「ネットワークの中立性に関する懇談会報告書」(平成19年9月ネットワークの中立性に関する懇談会)において、トラフィック分散の手法について、「P2Pの持つプラス面の活用(マイナス面の抑止)を進めるための技術的・社会的なシステムの在り方について、具体的な検討を進めていくことが適当」としている。
3.法的評価について
現行の著作権法においては、通信過程における蓄積等の利用行為に関する法的安定性の確保を目的とした特別の規定は存在しないため、その取扱いは解釈に委ねられる。したがって、まずは法目的に照らしつつ、現行法下での解釈による対応の可能性を模索し、その適否を検討する必要がある。
(1)現行法での法的安定性の検証
契約・権利者の意思の推認等による対応可能性
一般に、権利者の許諾を得て適法にコンテンツを配信するサービスなどの場合、その配信者が送信行為の円滑化や信頼性向上のために行う通信過程における蓄積等の利用行為については、そのコンテンツの権利者との事前の契約による対処が可能であると考えられる(注7)。
他方、プロキシサーバ等における受信者側からの求めによるシステム・キャッシング行為等においては、受信者がネットに接続した世界中のサーバから求める著作物を利用することについて事前に許諾を得ることは困難である。
この点については、例えば、権利者は自らの著作物をネットワーク上で伝送する場合、その中継過程における蓄積や公衆送信によって著作物の円滑な伝送という利益を享受していることを認識しているものとしたうえで、権利者が最初の公衆送信を許諾した場合には、中途過程における蓄積や公衆送信も、一般に黙示的に許諾されていると推認することができるとの考え方がありえよう。また現実には、権利者は通信過程の最初のアップロード行為に対して権利行使ができること、仮に最終的な受信後に何らかの利用行為が行われれば当然その行為にも権利が及ぶことから、通信過程の円滑化のために行われる蓄積や公衆送信に対して、権利者が販売機会の喪失等の経済的不利益を主張する根拠も乏しいものと思われる。
しかしながら、必ずしも全ての権利者が、上記のような事実を認識しているとの保証はないうえ、権利者の許諾を得ず違法に著作物等が送信される場合については、蓄積や公衆送信について契約や黙示の許諾の推認によって対応することは無理である。また、仮に権利者が権利行使を行うとした場合、一般的には著作物等を最初に違法にアップロードした者が対象になると考えられ、通信過程で行われる蓄積や公衆送信に対してまで権利行使が行われる可能性は小さいであろうが、このようなリスクが全く払拭されるわけでもない。
なお、通信過程における蓄積及び公衆送信のように頻度が高く一般的に行われている行為に対して権利者が権利行使することは、社会的妥当性を超えたものであり、権利濫用として許されないとする考え方もありえるが、この法理の適用自体がかかる利用行為の適法性を予め保証するものではないことから、その法的リスクを完全に払拭するものとはならない。
以上を踏まえれば、通信過程における蓄積等の利用行為について、直ちに問題が生じているとは考えにくいものの、契約や権利者の意思の推認等による対応では、法的安定性が十分に保証されうるとはいいがたいと考えられる。
- (注7) なお、著作権法第63条5項によって、送信設備を持つコンテンツプロバイダとコンテンツホルダ(権利者)との間で著作物の送信にかかる契約がある場合は、契約の範囲内でたまたまコンテンツプロバイダが送信にかかる装置、回数について違反しても権利侵害を問われることはない。
プロバイダ責任制限法による対応可能性
インターネット上のサービス提供者の責任を制限する法規として代表的なものに特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成十三年法律第百三十七号)(以下「プロバイダ責任制限法」という。)がある。
プロバイダ責任制限法によって制限される特定電気通信役務提供者の責任は、アップロード者が他人の権利を侵害する情報を流通させることにより生じる損害についての間接的な不作為責任であると考えられる。
そのため、特定電気通信役務提供者は、例えば当該特定電気通信役務提供者が提供する特定電気通信設備を通じて他の者(発信者)によって「特定電気通信による情報の流通」による他人の権利の侵害がなされる(著作権等の侵害を例にあげれば、著作物等が違法に自動公衆送信される)ことにより生じる損害についての間接的な不作為責任は制限されるものの、当該発信者が送信した著作物等を当該特定電気通信役務提供者がミラーリングのために行った蓄積自体が複製にあたる場合などの直接的な責任までは免責されていないとの解釈が成り立ち得る。
したがって、本法によって、法的リスクを払拭することはできないと考えられる。
(2)立法措置による対応可能性
権利を及ばないこととする措置については、著作物の公正な利用を図るという観点から設けられるものであることから、権利者の私権との調和を図りつつ検討することが必要である。
また、ベルヌ条約第9条(2)や、TRIPS協定第13条及び著作権に関する世界知的所有権機関条約(WCT)第10条(2)に規定されているスリー・ステップ・テストの要件を満たす必要があることは言うまでもないことから、以下ではこれらの点について吟味する。
イ.立法措置の必要性があると認められる事実
通信過程における蓄積及び公衆送信については、1.で述べたとおり、権利を及ぼさないこととする立法措置の必要性を検討するに足る事実を認めることができると考えられる。
4.むすび
以上を踏まえれば、通信の円滑化等の観点から、通信過程において生じる蓄積等の利用行為の法的安定性を確保することは重要であり、そのためには、かかる行為に対して権利が及ばないこととする立法措置を講ずることが望ましいといえる。
しかしながら、具体的にどのような方法でこれを法定することが適切であるかについては、3.(2)ロの
)〜
)に掲げられた各々の方法とその論点について、引き続き詳細に検証をした上で判断することが不可欠であるといえる。