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資料3

文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 契約・利用ワーキングチーム検討結果報告

平成18年7月
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
契約・利用ワーキングチーム

1. はじめに

   昨年度の契約・利用ワーキングチームでは、平成17年1月に著作権分科会が取りまとめた「著作権法に関する今後の検討課題」にあげられた課題のうち「著作権法における契約規定全般の見直し」について検討を行った。検討にあたっては、これに関連する6つの論点を抽出し検討を行ったが、このうちの一つとして、契約によるオーバーライドの問題を扱った。

 契約によるオーバーライドの問題とは、著作権法第30条以下の権利制限規定が定めている自由利用の態様や範囲を契約により「ひっくり返す(オーバーライドする)」ことが可能かどうか、また、より広く問題を捉えた場合、これらのほか、著作権の保護期間が満了した著作物の利用やそもそも著作権により保護されないもの(事実情報など創作性がないもの等)の利用を契約により制限することが可能かどうか、という議論である。

 検討の結果、この問題に関しては、以下の3つの観点から更なる検討が必要であり、本ワーキングチームにおいて引き続き検討し、立法による対応の必要性も含めて結論を得るとした。

 
著作権法において、どのような場合にあってもそれをオーバーライドする契約が無効であると言えるような権利制限規定(いわゆる強行規定)が存在するか。
権利制限規定も契約の無効を判断する要素の一つとしつつ、いくつかの要素から判断して「一般的に」無効となると考えるべき契約としてどのようなものがあるか、また、権利制限規定以外の判断要素としてはどのようなものが考えられるか。
以上の諸要素を確定させた上で、契約の有効性に関する判断についての立法的対応が必要か。

   契約・利用ワーキングチームでは、これを踏まえ、平成17年11月から平成18年7月にわたり検討を行った。

2. 検討方法

   検討にあたっては、まず、著作権法をオーバーライドしている例が実際にみられる契約をとりあげ、個々の条項について、著作権法との関係ではどのような観点から問題になりうるか、また、これら条項に係る契約の有効性を判断する要素としてどのようなものが考えられるかについて議論を行い、次に、これらの結果を踏まえ、一般論として、著作権法と契約の関係についてどのようなことが言えるかを検討するという手順を踏んだ。

 オーバーライドが見られる契約の事例としては、具体的には、ソフトウェア契約、音楽配信契約、データベース契約、楽譜レンタル契約の4つをとりあげ、検討を行った。また、オーバーライドを可能な限り広い意味で捉えることとし、第30条以下の権利制限規定をオーバーライドするものの他に、そもそも著作権により保護されないものの利用を契約により制限すること等も含め、検討を行った。

3. 契約の有効性に係る関連法制

   具体的条項の検討に入る前に、契約の無効について規定する関連法制のうち、主なものとして、民法第90条と消費者契約法第10条の規定について触れておく。というのは、著作権の保護対象から外れるものはもちろん、著作権の保護対象となるものについても、著作権法は第63条に契約に関する規定をおいているものの、その有効性に関する判断基準には言及しておらず、実際の契約条項の有効性は、現行法制上、他の関連法令の基準により判断するしかないためである(もっとも、権利制限規定が強行規定と解される場合には、当該規定に反するということのみにより契約は無効となる)。

 
(1) 民法第90条

   契約の有効性の判断について第一に考えられるのが、契約法の一般原則を定める民法第90条の公序良俗に関する規定である。公序良俗に反する契約については、伝統的には、犯罪に関わる行為や取締規定に反する行為、人倫に反する行為に係る契約など、主として国家秩序や社会秩序の維持という観点から判断されていたが、契約により形成される市場取引の領域の拡大に伴い、近年では、暴利行為や不公正な取引行為に係る契約など、市場秩序の維持という観点も考慮されている。

   著作権契約との関連では、例えば、表現の自由や知る権利の実現を妨げる内容のもののほか、独占禁止法第19条の定める不公正な取引方法に該当するものなどが、公序良俗に反する契約として、無効とされる可能性があると考えられる。

(2) 消費者契約法第10条

   消費者契約の有効性を判断するための一般法として、消費者契約法がある。同法は、消費者と事業者との間での情報の量と質及び交渉力における格差を考慮し、民法の規定を補完する特別法として、平成13年に制定されたものであり、大きく分けて、消費者契約の意思表示の取消しに関する規定と、消費者契約の条項の無効に関する規定からなる。

   著作権契約との関連では、後者のうち、特に、消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする第10条の規定が問題となる。第10条は、「民法、商法そのほかの法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項(注)に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」と規定しているところ、具体的な判断基準は現時点では必ずしも明確ではないが、例えば、シュリンクラップによるソフトウェア契約等のうち、事業者と消費者との間で法律及び技術面での専門知識の格差を背景として消費者に過剰な制約を強いるようなものは、当該条項に基づき無効と判断される可能性がある。

 
(注) 民法第1条第2項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と定める。

4. 個別条項の検討

 
(1) ソフトウェア

  <ソフトウェアについての契約条項例>
 
まる (インストール及び使用)
   本ソフトウェアのコピー1部をパーソナルコンピュータ等の1台のデバイスにインストールして使用することができます。

まる (バックアップコピー)
   本ソフトウェアをインストールした後は、本ソフトウェアが提供されたオリジナルの媒体を、バックアップ又は保存の目的でのみ保管することができます。また、デバイス上で本ソフトウェアを使用するために本ソフトウェアのオリジナルの媒体が必要な場合、本ソフトウェアをバックアップ又は保存する目的でのみ、本ソフトウェアのコピーを1部のみ作成することができます。

まる (リバースエンジニアリング等の制限)
   本ソフトウェアをリバースエンジニアリング、逆コンパイル又は逆アセンブルすることはできません。

   ソフトウェアの契約においては、使用するハードの台数やバックアップコピーの部数、リバースエンジニアリング等を制限するような条項がみられる。ソフトウェアの契約については、シュリンクラップ契約という形態の契約の有効性がそもそも議論のあるところであるが、契約が有効に成立するとした場合、私的使用のための複製(第30条)やプログラムの著作物の複製物の所有者による複製(第47条の2)との関係、リバースエンジニアリング等を制限することが認められるかどうかが問題となる。

 
1 私的使用のための複製の制限について

   私的使用のための複製を制限する条項については、ビジネスの観点から一定の合理性が認められるのが通常であり、合理性が認められる限りにおいて、ユーザーに不当な条件を強いるものでない限り、基本的には、このような制限を無効とすべき理由もないと考えられる。

   ただし、ビジネスの観点からの合理性があるかどうか、あるいは、ユーザーに不当な条件を強いるものかどうかの評価にあたっては、個々の複製行為がビジネスに与える影響について考慮する必要がある。

2 バックアップコピーの制限について

   法第47条の2との関係で、契約が認める1部以外のバックアップの可否が問題となるが、コピーを使用しているときにはもとのソフトウェアがあり、また、もとのソフトウェアを使用しているときにはバックアップ用のコピーが一部あれば足りると考えられるため、ユーザー側としても2部以上のバックアップは通常は必要なく、基本的には、契約を無効とする理由はないと考えられる。

3 リバースエンジニアリング等の制限について
   リバースエンジニアリング、逆コンパイル、逆アセンブル等を行うこと自体は著作権が働く利用行為ではないものの、これを制限することについて、当事者間で合意をしたのであれば、契約自由の原則に基づき、基本的にはこれを無効とする理由はない。

 ただし、特許法では、試験又は研究のためにする特許発明の実施については特許権が及ばないものとされており(特許法第69条)、リバースエンジニアリング等により試験又は研究を行うことが認められている。これは、特許権の効力を試験又は研究にまで及ぼすことは、かえって技術の進歩を阻害するという趣旨によるものである。同様の発想に基づけば、技術的性格の強いプログラムの著作物についても、リバースエンジニアリング等を認めることで技術進歩が促進されるという観点も考えられることから、リバースエンジニアリング等を制限するような契約条項について、場合によっては無効とすべきであるとの考えもありうる。

 また、競争法の観点からも、とりわけ相互接続性の確保を目的として行うものについては、リバースエンジニアリング等の制限を無前提に認めるのは問題があると考えられる。

 なお、仮に、契約によるリバースエンジニアリング等の制限が不当であり、契約が無効と判断されるべき場合があったとしても、一般に、リバースエンジニアリング等を行う過程には複製及び翻案行為を伴う。このような複製及び翻案行為については、現行著作権法の解釈で一定の範囲で許容されると考えられる一方で、著作権法上の複製権及び翻案権の侵害の責任を問われる可能性もあることから、これに対応するため、必要な範囲で権利制限規定を設けることも考えうるのではないかとの指摘があった。

(2) 音楽配信

  <音楽配信についての契約条項例>
 
まる (著作物等の使用)
   本サイトからダウンロードされた楽曲等の著作物は、会員本人の視聴目的に限り使用できるものとします。会員は当社が個々のデジタルコンテンツごとに指定する複製回数等の利用制限を遵守し、許可のない複製、改変、転載等はできないものとします。

   音楽配信についての契約には、楽曲の利用を購入者本人の私的使用に限定する条項や、楽曲の複製回数を制限する契約条項が見られる。また、複製回数の制限については、技術的に制限がかけられ、そもそも指定の回数を超えた複製ができないようになっているのが通常である。ここでは、私的使用のための複製(第30条)との関係や、著作物の利用の目的を制限することが認められるかどうかが問題となる。

 
1 複製回数の制限について

   複製回数を制限する条項については、ソフトウェア契約と同様、ビジネスの観点から一定の合理性が認められるのが通常であり、合理性が認められる限りにおいて、ユーザーに不当な条件を強いるものでない限り、基本的には、このような制限を無効とすべき理由がないと考えられる。

 なお、ソフトウェアと音楽配信で異なる点として、音楽配信については、契約による制限とあわせて、技術的にも複製が制限されているケースが多いことがあげられる。このことから、契約の有効性が問題となるケースは実際には多くないと考えられるが、仮に技術的に複製が制限されていない場合、あるいは、技術的な制限が効果的に機能しない場合であって、私的複製が技術的には自由にできる場合であっても、契約において複製を制限している条項は、基本的には有効であると考えられる。

2 利用目的の制限について

   著作物の利用の目的を制限する条項についても、合理性が認められる限りにおいて、ユーザーに不当な条件を強いるものでない限り、基本的には、無効とすべき理由がないと考えられるが、権利制限規定で認められている範囲の行為を制限する条項については、当該権利制限規定の趣旨等を考慮して個別に判断されるものと考えられる。

(3) データベース

  <データベースについての契約条項例>
 
まる (目的外の利用禁止)
   会員は、内部使用目的でのみ、本サービスを通じて入手した資料を利用することができるものとし、内部使用目的を超える範囲での資料の複製、公衆送信、出版又は頒布については、当社の許可なく行うことはできません。

   データベースの利用契約においては、法令や事実情報など、著作権の対象とならない個々のデータについて、その複製や公衆送信を制限するような条項がみられる。ここでは、そもそも著作権の対象とならないものについて、あたかも著作権があるようにその利用を制限することが認められるかどうかが問題となる。

 このような条項については、不正競争の防止という観点から合理性があるものについては、基本的には、有効と考えられる。ただし、当該条項の内容に合理的な理由がない場合や、合理的な理由があったとしても、例えば「表現の自由」等のその他の利益を総合的に勘案して、対象となる情報の使用を制限した場合に損なわれる法益のほうが大きいと判断されるのであれば、無効とすべき場合もあるとの意見が大勢を占めた。

 また、そもそも法令等はパブリックドメインに開放されたものであり、データベース提供者によって管理されるべき性質の情報ではないため、利用方法に条件を付すような契約条項は無効であり、仮にデータベース提供者がこれらの情報について何らかのコントロールを及ぼしたいのであれば、データベースへのアクセスの段階のみにおいて課金等を行うべきであるとの意見もあった。

(4) 楽譜レンタル

  <楽譜レンタルについての契約条項例>
 
まる  
   楽譜の無断複製は禁止されています。

   楽譜レンタルの契約においては、あらゆる複製を制限するような条項がみられる。ここでは、あらゆる態様の複製を制限することや、著作権の保護期間を過ぎた著作物の複製を制限することが認められるかどうかが問題となる。

 
1 複製の制限について

   私的使用のための複製や学校教育目的の複製など、権利制限規定により認められるものを含むあらゆる態様の複製を制限するような契約についても、ビジネスの観点から合理性が認められる限りにおいて、ユーザーに不当な条件を強いるものでない限り、基本的には、このような制限を無効とすべき理由がないと考えられる。

2 保護期間を過ぎた著作物の複製の制限について

   楽譜レンタルについては、貸し手に楽譜の所有権があり、これに基づき契約が有効に結ばれているケースと考えられるが、所有権や著作権などの具体的な権利の裏付けに基づかない契約条項であっても、当事者間で合意をしたのであれば、契約自由の原則に基づき、基本的にはこれを無効とする理由はない。

 なお、著作権法において、パブリックドメインの著作物は自由に使わせるべきであるとの政策判断が含まれるのであれば、情報の囲い込みを行うような契約条項を無効に傾かせる要素となるとの指摘や、ビジネスに影響を与えることのない私的な複製まで禁じるのは過剰ではないかとの指摘があった。

5. 検討結果

 
(1) 著作権法と契約の関係

   今回の検討の対象としたソフトウェアや音楽配信、データベース、楽譜レンタルに関する契約にみられる条項について言えば、著作権法の権利制限規定に定められた行為であるという理由のみをもって、これらの行為を制限する契約は一切無効であると主張することはできず、いわゆる強行規定ではないと考えられる。これらをオーバーライドする契約については、契約自由の原則に基づき、原則としては有効であると考えられるものの、実際には、権利制限規定の趣旨やビジネス上の合理性、不正競争又は不当な競争制限を防止する観点等を総合的にみて個別に判断することが必要であると考えられる。

 また、今回は個別の権利制限規定について具体的な検討はしなかったものの、例えば、第32条の引用や第42条の裁判手続き等における複製の規定についても、これらをオーバーライドするあらゆる契約が一切無効であるとまでは言えず、この意味で強行規定ではないと考えられる。ただし、各権利制限規定が設けられている根拠には必要性や公益性という点で濃淡があり、これらは公益性の観点からの要請が大きいことから、オーバーライドする契約が有効と認められるケースは限定的であると考えられる。

 強行規定ではないと考えられる規定をオーバーライドする契約の有効性を判断するにあたっては、ビジネスの実態全体をみて、制限の程度・態様やその合理性、関連する法令の趣旨等を考慮する必要があるため、いくつかの要素を特定してある類型について「一般的に」その有効性を判断することは困難である。

 なお、実際に無効を主張する際には、前述したような様々な観点等などを総合的に勘案して行った価値判断に基づき、例えば、3.で触れた民法や消費者契約法の規定を根拠に対応することが考えられる。

(2) 立法の必要性

   著作権法をオーバーライドするような契約条項の有効性の判断に関し、実例があり、今回検討したようなケースに関する権利制限規定は強行規定ではないと考えられるが、これらの解釈については、一律の基準によるのではなく、個々の実態に即し柔軟に行うことが求められる。

 したがって、現行著作権法上において直ちに立法的対応を図る必要はないと考えられ、この契約による著作権法のオーバーライドの問題については、今後の議論の蓄積を待つことが適当であると考えられる。


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