< 問題の所在> |
1.現状について |
(1)これまでの著作権法における改正の経緯 |
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著作権侵害罪等の罰則については、社会の情勢や産業財産権各法をはじめとした他法とのバランスに鑑み、随時引き上げが行われてきた。
近年は、以下のような法改正が行われている。
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○ |
平成16年改正[施行日:平成17年1月1日]について |
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近年、パソコンやインターネットの普及など、情報化の急速な進展により、誰もが簡単に著作物を無断利用できる状況になっており、著作権侵害の可能性が格段に増加してきていることから、自然人への懲役刑及び罰金刑並びに法人への罰金刑を引き上げる等の改正を行うとともに、懲役刑及び罰金刑を併科できることとした。
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改正前 |
改正後 |
個人罰則 |
懲役刑 |
3年以下 |
5年以下 |
罰金刑 |
300万円以下 |
500万円以下 |
併科 |
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 |
法人罰則 |
1億円以下 |
1億5千万円以下 |
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また、裁判所法等の一部改正によってインカメラ審理手続が導入され、裁判所が意見を聴くため必要であると認めるときは、その裁量で当事者等に対し当該書類を開示することができることとするとともに、開示された秘密の保護を図るため、裁判所は秘密保持命令を発することができ、命令違反に対しては、刑事罰を科すこととした(秘密保持命令違反罪)。
・ |
個人罰則 |
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懲役刑:3年以下/罰金刑:300万円以下 |
・ |
法人罰則 |
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1億円以下 |
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【参考】 |
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「秘密保持命令」とは、 |
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準備書面又は証拠の内容に営業秘密が含まれていること、 |
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当該営業秘密の使用や開示により事業活動に支障が生ずるおそれがあり、これを制限する必要があること、について疎明された場合には、裁判所は、当事者の申立てにより、当事者等、訴訟代理人又は補佐人に対し、当該営業秘密を訴訟追行以外の目的で使用し、又は秘密保持命令の名宛人以外の者に開示してはならない旨の命令を発することができることとし、「秘密保持命令」違反の罪については、刑事罰を科すこととするものである。 |
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○ |
平成17年改正[施行日:平成17年11月1日](「秘密保持命令違反」に対する罰則強化)について |
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不正競争防止法上の営業秘密の刑事的保護を強化し、個人にかかる営業秘密侵害罪について「5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はこれらの併科」に引き上げるとともに、同法及び産業財産権4法に設けられている秘密保持命令についても同様の量刑とすることを踏まえ、著作権法における秘密保持命令違反についても同様に改正。
また、不正競争防止法上の営業秘密保持命令違反の罪について、法人等の代表者等が罪を犯した場合の法人に対する罰金額を1億円から1億5千万円へと引き上げることから、著作権法上の秘密保持命令違反の罪について同様に改正を行った。 |
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改正前 |
改正後 |
個人罰則 |
懲役刑 |
3年以下 |
5年以下 |
罰金刑 |
300万円以下 |
500万円以下 |
併科 |
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法人罰則 |
1億円以下 |
1億5千万円以下 |
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(2)罰則強化の必要性について |
著作権侵害罪について |
近年、知的財産侵害における被害はおおむね増加しており、また、その被害額は高額になっている。 |
○著作権における損害賠償額について(単位:百万円、百万円以下は四捨五入)
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著作権 |
特許権 |
実用新案権 |
意匠権 |
商標権 |
平均 |
13 |
183 |
35 |
37 |
20 |
最大 |
164 |
3,059 |
198 |
450 |
200 |
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※ |
平成10年1月1日から平成15年12月31日までの期間に判決が下された損害賠償請求事件であって、当該請求が全部又は一部容認されたものを対象 |
出典: |
『平成15年度我が国経済構造に関する競争政策的観点からの調査研究報告書』知的財産研究所 |
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○知的財産権侵害事犯の検挙状況(平成12年〜16年) |
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平成12年 |
平成13年 |
平成14年 |
平成15年 |
平成16年 |
件数 |
人員 |
件数 |
人員 |
件数 |
人員 |
件数 |
人員 |
件数 |
人員 |
総数 |
829 |
399 |
655 |
371 |
642 |
412 |
789 |
407 |
1,233 |
640 |
商標法 |
504 |
252 |
417 |
253 |
476 |
287 |
524 |
271 |
910 |
479 |
不正競争防止法 |
19 |
8 |
40 |
17 |
15 |
5 |
15 |
20 |
7 |
1 |
著作権法 |
304 |
139 |
187 |
82 |
147 |
115 |
229 |
110 |
315 |
159 |
特許法 |
1 |
2 |
3 |
7 |
2 |
2 |
2 |
4 |
0 |
0 |
意匠法 |
0 |
0 |
7 |
10 |
2 |
3 |
0 |
0 |
1 |
1 |
実用新案法 |
1 |
1 |
1 |
2 |
0 |
0 |
1 |
2 |
0 |
0 |
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出典:『平成17年警察白書』 |
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また、政府の知的戦略である「知的財産推進計画2005」において、知的財産権の侵害に係る刑罰(懲役)の上限引き上げについて、検討を行い、必要に応じて制度を整備することが明記されていることから、著作権侵害の個人罰則の懲役刑についての引き上げを行うべきか否か検討を要するところである。
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○「知的財産推進計画2005」(抄) |
第2章 知的財産の保護
. 知的財産の保護を強化する
3. 知的財産権制度を強化する
(10)知的財産権侵害に係る刑罰を見直す
知的財産権侵害に対する抑止効果を高めるため、知的財産権の侵害に係る刑罰(懲役)の上限を10年とすることについて2005年度から検討し、必要に応じ制度を整備する。 |
(法務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省) |
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近年のこのような動向を踏まえ、産業財産権各法において、罰則の強化について検討を行い、法改正を行うことを予定している。著作権法における刑罰については、平成16年1月の文化審議会著作権分科会報告書においても、「他の知的財産法における刑罰のバランスを踏まえ、特許法及び商標法と同程度に引き上げることが適当」と指摘されていることから、他の知的財産法との刑罰のバランスについても考慮しつつ、刑罰の引き上げについて、検討することが必要である。
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秘密保持命令違反罪について |
特許権侵害罪に係る法人罰則が引き上げられる場合、特許権等と同様の有用性・非公知性をもった情報であるものの、公開に馴染まないことや営業上の情報であること等の理由により、戦略上、特許権の取得ではなく、相応の努力による秘密管理により保護をはかる必要のある「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)の侵害罪についても、バランスを考慮して、その営業秘密侵害罪の法人罰則を引き上げる必要がある。
また、営業秘密侵害罪の法人罰則が引き上げられる場合には、営業秘密が漏えいすることで、営業秘密の財産的価値が減少するという法益とほとんど違いはないことから鑑みて、秘密保持命令違反罪にかかる罰則もあわせて引き上げる必要がある。
このため、現在、特許権侵害罪の引き上げにあわせて、不正競争防止法上の秘密保持命令違反罪及び特許法等の秘密保持命令違反罪の引き上げについて法改正案が提出されていることから、「知的財産権の侵害訴訟において提出される証拠等に営業秘密が含まれる場合にこれを保護する」という保護法益で共通の著作権法の秘密保持命令違反罪について、バランスを考慮しつつ、罰則の引き上げについて検討をすることが必要である。
なお、著作権法の秘密保持命令違反罪にかかる罰則の引き上げを検討する際には、著作権侵害罪との罰則の軽重のバランスについても考慮する必要がある。
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その他の著作権法違反の罰則について |
著作権侵害罪及び秘密保持命令違反について罰則を引き上げる検討を行う場合、著作権法における他の罰則についても(下記表 部分)、著作権侵害罪及び秘密保持命令違反罪とのバランスを考慮して、引き上げを行うべきかについても検討を行う必要がある。
現在の著作権法に係る罰則については以下の表の通りである。
条文 |
罪となる行為 |
現行法 |
§119 |
1号 |
著作者人格権・著作権・出版権・実演家人格権・著作隣接権の侵害(権利管理情報・国外頒布目的商業用レコードに係るみなし侵害を除く。)(私的複製の例外違反を除く。) |
5年併500万 |
|
2号 |
営利目的による自動複製機器の供与 |
5年併500万 |
§120 |
死後の著作者・実演家人格権侵害 |
500万 |
§120の2 |
技術的保護手段回避装置・プログラムの供与 |
3年併300万 |
技術的保護手段回避業の営業 |
営利目的による権利管理情報の改変等 |
国外頒布目的商業用レコードの頒布目的輸入等 |
§121 |
著作者名詐称複製物の頒布 |
1年併100万 |
§121の2 |
外国原盤商業用レコードの違法複製等 |
1年併100万 |
§122 |
出所明示義務違反(著作権・著作隣接権) |
50万 |
§122の2 |
秘密保持命令違反 |
5年併500万 |
§124(法人刑罰) |
1項1号 |
第119条第1号(人格権侵害を除く)、第122条の2の罪 |
1億5,000万 |
1項2号 |
上記以外 |
各本条の罰金刑 |
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公訴期間について |
また、罰則強化に関連した問題として、平成16年著作権法改正による個人罰則の懲役罰引き上げ(3年から5年)に伴い、著作権法の法人罰則規定について、一つの罪に対する複数の侵害主体の公訴時効の期間が異なってしまう事態(法人が公訴時効3年である一方、法人に属する侵害行為者は公訴時効5年)が生じている。
この点、知的財産法上の犯罪は、類型的には、個人の利得よりも法人の業務を利する意図で犯されるものも多い。また、法人の代表者の行為は直接にその法人に帰属するが、その代表者による法人の侵害行為も個人の侵害行為も、その悪質さにおいて同じであり、さらに、その侵害行為の発見ないし告発に相当長期間を要すると認められる場合には、法人のみについて早期に公訴時効を完成させるのは適切ではないと考えられることから、法人についての公訴期間変更を検討する必要がある。
○刑事訴訟法における公訴時効の期間について
第250条時効は、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一 |
死刑に当たる罪については25年 |
二 |
無期の懲役又は禁錮に当たる罪については15年 |
三 |
長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については10年 |
四 |
長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については7年 |
五 |
長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年 |
六 |
長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については3年 |
七 |
拘留又は科料に当たる罪については1年 |
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2.産業財産権各法・不正競争防止法における罰則強化の動向について
特許権法をはじめとした産業財産権各法及び不正競争防止法については、平成17年に産業構造審議会知的財産政策部会のもとに設置された各小委員会などにおける罰則の強化についての検討を踏まえ、以下のように法改正案を提出している。
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(1)産業財産権侵害について |
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個人罰則について |
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特許法を始めとした産業財産権については、産業財産権侵害・不正競争防止法における個人罰則について、実用新案法を除く産業財産権各法及び不正競争防止法については懲役を10年以下、罰金を1,000万以下に、実用新案法は懲役を5年以下、罰金を500万以下に罰則をそれぞれ引き上げるとともに併科を認める法改正案を提出。
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著作権法 |
特許法 |
実用新案法 |
意匠法 |
商標法 |
不正競争防止法( ) |
個人罰則 |
【懲役】
5年以下
【罰金】
500万円以下
(§119) |
【懲役】
5年以下
【罰金】
500万円以下
(§196) |
【懲役】
3年以下
【罰金】
300万円以下
(§56) |
【懲役】
3年以下
【罰金】
300万円以下
(§69) |
【懲役】
5年以下
【罰金】
500万円以下
(§78) |
【懲役】
5年以下
【罰金】
500万円以下
(§21) |
■ |
平成18年法改正案 |
|
・ |
実用新案法を除く産業財産権各法・不正競争防止法( ) |
|
⇒(懲役)10年以下 (罰金)1,000万円以下 |
・ |
実用新案法 |
|
⇒(懲役)5年以下 (罰金)500万円以下 |
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|
併科 |
○ |
× |
× |
× |
× |
○ |
|
行為態様によって、罰則が異なる。
内については、平成18年法改正案が提出されている。
|
|
法人罰則について |
|
法人罰則については、現在特許法及び商標法は1億5千万円、実用新案法及び意匠法については1億円であるところを、産業財産権の法人罰則について、統一的に「3億円以下」に引き上げを行う法改正案を提出。
|
|
|
著作権法 |
特許権 |
実用新案権 |
意匠権 |
商標権 |
不正競争防止法( ) |
法人罰則 |
1.5億円以下
(§124) |
1.5億円以下
(§201) |
1億円以下
(§61) |
1億円以下
(§74) |
1.5億円以下
(§82) |
3億円以下 |
|
行為態様によって、罰則が異なる。
内については、平成18年法改正案が提出されている。
|
|
(2)秘密保持命令違反罪について |
|
特許法の法人罰則を引き上げたことに伴い、産業財産権における営業秘密保持命令違反及び秘密保持命令違反の法人罰則について、統一的に「3億円以下」に引き上げを行う法改正案を提出。
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|
著作権法 |
特許権 |
実用新案権 |
意匠権 |
商標権 |
不正競争防止法( ) |
個人罰則 |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§122の2) |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§200の2) |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§60の2) |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§73の2) |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§81の2) |
【懲役】5年以下
【罰金】500万円以下
(§21) |
併科 |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
○ |
法人罰則 |
1.5億円以下の罰金(§124) |
1.5億円以下の罰金(§201) |
1.5億円以下の罰金(§61) |
1.5億円以下の罰金(§74) |
1.5億円以下の罰金(§82) |
1.5億円以下の罰金(§22) |
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行為態様によって、罰則が異なる。
内については、平成18年法改正案が提出されている。
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(3)公訴期間の延長について |
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本年の実用新案法、意匠法、不正競争防止法改正による個人罰則の統一的懲役罰引き上げ(3年から5年)に伴い、著作権法と同様に産業財産権法全ての法人罰則規定について、一つの罪に対する複数の侵害主体の公訴時効の期間が異なってしまう事態(法人が公訴時効3年である一方、法人に属する侵害行為者は公訴時効5年)が生じるため、個人罰則に合わせて公訴時効を5年に延長する法改正案を提出。 |
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< 論点> |
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1. |
著作権侵害罪の罰則を引き上げるべきか |
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個人罰則について、懲役刑の上限を10年に、罰金刑の上限を1,000万円に引き上げることについて
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著作権侵害罪に対する法人罰則を、各産業財産権法に合わせて引き上げることについて(1億5千万円から3億円)。
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2. |
秘密保持命令違反罪における法人罰則について、著作権侵害罪とのバランスを考慮しつつ、各産業財産権法に合わせて引き上げるべきではないか(1億5千万円から3億円)。
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3. |
著作権侵害罪及び秘密保持命令違反について罰則の引き上げを行った場合、著作権法における他の罰則についても、引き上げを行うべきか。
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4. |
法人罰則に係る公訴時効期間について、各産業財産権法に合わせて刑事訴訟法の特則を設けるべきか。 |
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