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資料4

2005年8月25日

福祉施設・図書館・教育機関における権利制限の拡大について

日本文藝家協会常務理事・知的所有権委員会委員長
日本文藝著作権センター事務局長
三田 誠広

1. 基本的な見解
   わたしたちは福祉施設・図書館・教育機関における著作物の利用に関して、利用者と著作者を対立するものとは考えていない。当然のことながら、わたしたちも将来障害者として福祉施設を利用する可能性があり、現に図書館を利用し、子弟の教育のために教育機関に頼っているからである。さらにこれらの施設で文芸文化の普及が推進されれば、この国の文芸文化の発展につながると考えられる。もう一つ、重要なことは、国民には文芸文化を享受する権利があるということである。その権利を保証する試みが「公共性」をもつことは言うまでもない。
 以上のことを前提としながら、福祉施設、公共図書館、教育機関から提案されている、著作権の権利制限に関する要望について、わたしたちの見解を報告したい。
 わたしたちはこれらの要望が、「公共性」を根拠に提案されていることを認めながらも、著作権が「私権」であるということを、強調しなければならない。「公共性」を根拠として「私権」が制限(実質的には剥奪)されるということは、民主主義国家では考えられない事態である。たとえば空港や道路の建設のために個人の土地が強制的に収容され、建物が撤去されるということはある。ここでは私権よりも公共性が優先されている。しかしこのような場合でも、土地代金は支払われるし、移転の費用なども補償される。無償で私権が剥奪されるということはありえない。
 にもかかわらず、すでに著作権の一部は制限されている。そこには次のような条件があるものと考えられる。
 
  1  著作者の損害がほとんどないと考えられる場合(点字の作成など)。
  2  多少の損害はあるが使用料の徴収が困難な場合(私的コピーなど)。
  3  公共性を優先するために権利者に補償金を支払う場合(教科書への掲載など)。
   こうした前提については、議論の余地があるかもしれないが、この問題に深入りするよりも、利用者からの要望に即して具体的な検討を進めたい。


2. 録音図書(音訳図書)のネット配信について
   録音図書のネットは配信はすでに始まっている。これは日本点字図書館(東京)と日本ライトハウス(大阪)が協同で展開している事業で、現在のところは著作者の許諾が必要である。日本文藝家協会の著作権管理部では、NPO日本文藝著作権センターの協力を得て、「一括許諾システム」で対応している。しかし、視覚障害者が「読みたい」と考える録音図書は文芸作品に限るものではない。視覚障害者には、健常者と同等の「読書権」が保証されなければならない。その点を考えれば、ネット配信についての権利制限拡大の要求は、きわめて妥当である。
 ここで注意しておきたいのは、福祉施設による録音図書の作成はすでに権利制限になっている(37条)ということである。上記の二施設には、膨大な量の録音図書のライブラリーがある。古いライブラリーはアナログ録音のテープであるが、これは時間さえかければデジタル化するのは容易である。最近ではデイジーというシステムが普及している。これはデジタル録音のCDROMを専用の装置で聞くもので、このライブラリーはそのままネット配信のコンテンツとすることができる。
 録音図書の作成そのものはすでに権利制限になっているので、作成に関して新たな権利制限が発生するわけではない。録音図書のデータを郵便で送るか、ネットで配信するかの違いである。この場合、著作者にはいかなる新たな損害も生じない。このネット配信については、その当初から文藝家協会も協力してきたもので、コピー防止措置というわたしたちの提案も充分に受け入れられている。配信にはスクランブルがかけられ、一般の健常者が聞けないことはもとより、障害者のパソコンにコピーが残ることもないようなシステムが実現している。従って、福祉施設による録音図書のネット配信については、権利制限の拡大は認められるべきであると考える。
 ただし、公共図書館によるネット配信は、この限りではない。なぜなら、公共図書館における録音図書の作成は、権利制限には含まれていないので、条件がまったく異なるからである。


3. 公共図書館における録音図書の作成について
   公共図書館における録音図書の作成は、権利制限ではない。従って、著作者の許諾が必要である。日本文藝家協会の著作権管理部では、前述の福祉施設におけるネット配信と同様、「一括許諾システム」で対応しているが、それだけで充分でないことも、同様である。公共図書館における録音図書の作成を権利制限に含めてほしいという要望が妥当なものであることを、ある程度は認めなければならないと考えている。
 しかし、前述の福祉施設によるネット配信とは、状況の相違があるということも指摘しておかなければならない。公共図書館で録音図書が貸し出されるのは、視覚障害者だけではない。筋ジストロフィーなどで本を持てない人、脳梗塞などで文字が読めない人、学習障害児童など文章が読めない人など、広範囲の利用者を対象とする。この場合、障害の程度によっては、通常の書籍を読めるのではないかと思われる人まで含まれてしまう可能性がある。その点について、前述の「一括許諾システム」では、日本図書館協会と協定を結び、「ガイドライン」を作成している。法律改正にあたっては、そのような点も考慮していただきたい。
 また録音図書の作成は、一冊の本の全体を朗読するところから、ラジオドラマのような脚色や抜粋ではなく、一種の完全な「複製」の作成にあたると考えられる。わたしたち著作者は、出版契約を結ぶことによって、一定期間、出版社に複製権を委託することになっているが、この場合の委託は、排他的独占権である。従って、権利制限の拡大は、出版社の独占権を奪うことになるという点も考慮していただきたい。
 なお、図書館に関しては、図書の無償貸出によって、著作者に損害が生じているという問題提起を、わたしたちは従来から続けてきた。これについて「権利制限の縮小」を求めてきた経緯があるのだが、この問題については、諸外国の実状を調査してみると、多くの国で「国家基金による補償金制度」がすでに実施されていることがわかった。これは著作権法の改正だけでは対応できない問題であるし、制度の確立を国に求めていくということが必要である。そこで、とくにわたしたちの方から、新たな提案をするということはしていないのであるが、一部の著作者の間に、ベストセラー小説が一館に何冊も置かれる(複本と呼ばれる)ことに対する反撥があることも事実である。この点については、出版社の側にも、図書館に対する批判がある。
 著作者や出版社が、図書館と対立を続けることには、問題が多い。文藝家協会としては、図書館関係者との話し合いを続け、よりよき関係を求めたいと考えている。図書館に関する問題は、そうした経緯を見守りながら、慎重に検討されるべきであるが、しかし、福祉に関する問題は、障害者の立場を考えれば、早急に対策を立てなければならない。こうした事情をご配慮の上で、検討を重ねていただきたい。


4. 教育機関における教材の作成について
   学校等の非営利教育機関における複製の作成は、権利制限に含まれている(35条)。ただし「教育を担任する者」に限られ、また「著作権者の利益を不当に害すること」があってはならないとされている。今回の権利制限拡大の要求も、この35条を前提として、この権利制限をさらに拡大することを求めている。
 わたしたち文芸家は、数年前から、この35条の見直し(権利制限の縮小)を求めてきた。そこには二つの状況の変化がある。この35条が制定された時代には、ガリ版印刷や粗悪な湿式コピー機しかなかった。一方、数年前までは、学校で使われる教材会社のドリルについて、著作者に使用料を払う慣習はなかった。
 しかし現在では、普及しているパソコンとプリンターを使って、市販の教材と品質がまったく変わらない教材が教育現場において、教員や事務職員の手によって作成されている。また数年前の裁判の判決によって、教材出版社が作成する教科書準拠ドリル等については、十年前の過去にさかのぼって使用料が支払われ、今後も一定の使用料が支払われることになっている。入試問題集やその他の問題集、ネットにおける過去の問題のデータベース等も同様である。市販の教材を使えば、著作者に使用料が支払われる一方、「担任教員」がパソコンでドリルを作れば、権利制限で無償になるというのは、「著作権者の利益を不当に害すること」に該当するのではないかというのが、わたしたちの問題提起である。
 このように、「担任教員」が作る教材に対しても、わたしたちは問題があると考えているのであるから、これをさらに拡大するという要求を、そのまま認めることはできない。しかし現実には、多くの教育機関において、35条を逸脱する複製が作られている。たとえば、一学年を複数の担任が分担している場合、学年の全員が同じ教材を用いているとすれば、それは「教育を担任する者」が作成した複製とはいえない。前年度の担任が作成した教材を、今年度も用いたとすれば、それも35条を逸脱した行為といえよう。
 わたしたちは、教育現場から提出された要求を、すべて拒否しようと考えているわけではない。パソコン等の機器が発達した現代においては、教員が作成したデータをサーバーに蓄積して、学校全体で利用するというのは、教育の合理化という点で、避けられない方向性だと考えている。また、教育現場の先生方が、これは合法か違法かといった判断に悩みながら、教材を作成するといった事態は、早急に解決しなければならない。しかし無制限の権利制限の拡大は、公共性の名のもとに、私権である著作権を剥奪することになる。
 そこでわたしたちは従来から、権利制限の拡大を、補償金制度の確立という条件つきで実施すればどうかという提案を続けてきた。たとえば生徒一人あたり50円程度(金額については今後検討されなければならない)の補償金を、学校単位、あるいは教育委員会単位で支払うことで、教育現場で実施されている教材作成の大部分が、著作権フリーとなるようなシステムを構築できないかと考えている。
 わたしたちはこの問題について、文化庁の法制問題小委員会に付属した教育ワーキンググループや、そのあとを受け継いだ協議会を通じて、教育関係者と議論を続けてきた。その議論の中で、教育関係者から提出された疑問点の中で最大のものは、補償金制度が実現した場合、どのように著作者に分配するかという点である。これについては、どのような教材を作ったかのデータを、現場の教員の方々に作成していただくしかない。しかしそれは教員の方々に負担を強いることになる。以上のような議論の末に、結論が出ないまま、協議会は中断されて現在に至っている。
 しかしこれとは別に、新たな可能性の模索が、すでに始まっている。それは私立中学高校の有志の先生方が、教育現場における著作権の問題を早急に解決したいという強い理念をもって、「著作権利用等に係る教育NPO」という組織を結成され、わたしたちとともに、補償金制度の確立に向けての実験的な取り組みをスタートさせるという、画期的な試みである。この実験では、教育NPO参加校が、一校5万円を基金として拠出し、事務経費を差し引いた上で、一校2万円を文藝家協会著作権管理部に支払うというものである。補償金の支払いはすでに昨年度からスタートし、利用に関するデータ作成の試みも本年度から実施されている。いまはデータを集めている段階なので、実際に補償金を分配するのは来年になるが、全国で250校を越える参加校があり、この実験的な取り組みに積極的に加わっていただいている。また学校内における著作物の利用に際しては、ガイドラインを作成し、出版社や著作者に不当な損害を与えないように配慮している(本一冊丸ごとのコピーの禁止など)。
 こうした実験の経過を踏まえて、システムの練り直しをした上で、全国の教育機関に、現場の先生方の負担を極力軽減したシステムの提案が可能になると確信している。わたしたちとしては、実験の経緯を分析した上で、法律の改正に関しても提案ができると考えていたのであるが、今回、教育関係者の方からの提案があったため、途中経過として状況を報告したのである。ここまで述べたような新しい試みが継続中であるので、いまの段階で、今回の無償を前提とした一方的な権利制限の拡大について、応じることはできない。むしろ、補償金制度を盛り込んだ権利制限の拡大という方向で検討がなされるべきであると、こちらから提案させていただきたい。


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