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資料2

2005年8月25日

著作権制限規定の見直し審議についての意見

株式会社 医学書院
代表取締役社長
金原 優

1. 権利制限規定見直しに対する基本的な考え方
 
(1)   公共目的利用が全て権利制限の対象となるのは必ずしも適切ではないこと
 現在審議されている権利制限規定の見直しは、主として公共の利益を目的とした複製利用にかかるものであり、基本的にそれ自体を否定するものではないと考える。但し、そういった場面において複製利用される出版物のなかには、もともと公共の利益を目的とした状況において有償で利用されることを目的に出版されているものが存在し、そのようなものまでを含んで公共目的利用であることを理由として権利制限規定の対象とすることは著作者ならびに出版者の利益を大きく損ねることになってしまう。
  特許審査手続、薬事行政それぞれにおいて利用される理工学専門書や医学専門書、あるいは学校教育において利用される教科書あるいは問題集や参考書といった出版物は、もともと学術研究、医学医療、学校教育といった公共の利益に適う場面で利用されることを目的に出版されているものである。公共の利益に適うことを目的とした出版物の複製利用が公共目的のために権利制限の対象となり、本来の利用者に無償で複製提供されてしまえば、それらの出版物にとっては市場の基盤を失い、特に、もともと発行部数の少ない理工学書、医学書の出版が困難となる。その結果、科学技術情報の伝達に影響が出るばかりでなく、著作者の発表の機会が失われる。これらの出版物は対象となる読者に購入して頂くことによって出版が継続するという前提を作り上げなければ学術専門書の出版事業は成立しない。

(2)   ベルヌ条約との整合性、特にスリー・ステップ・テストをクリアすることは当然であること
 権利制限規定見直し審議全体を通しても言えることであるが、特に特許審査手続および薬事行政に関する権利制限規定見直し全体について、その要望当事者が該当する複製の全体量を明確にしたうえで審議を進めていただきたい。特に、製薬企業によって行われている医療従事者に対する情報提供は膨大であり、製薬業界全体では年間数千万ページもの複製が行われていると言われる。医学専門書にとっては医療従事者に対する情報提供が主な業務であり、製薬企業による情報提供はまさに出版社の業務そのものの無償代行である。これは明らかに著作物の通常の利用を妨げるものであり、要望されている権利制限規定の拡大は、量的にも性格的にも明らかなベルヌ条約第9条2項違反である。権利制限規定見直し審議にあたっては常にベルヌ条約との整合性、特にいわゆるスリー・ステップ・テストはクリアすることが当然のこととして求められる。

(3)   複写管理団体が既に存在し、複写許諾は事後報告方式としていること
 出版物の複写にかかる許諾業務を管理している団体は複数存在するが、現在のところ日本複写権センター、学術著作権協会、日本著作出版権管理システムの3団体合計で年間約8億円の複写使用料を徴収している。そのうち製薬企業による薬事法関連の複写使用料は約4億円であり、既にこの領域では多くの製薬企業は権利者から許諾を得て、利用料を支払った上で複写利用している。権利制限規定の拡大によってせっかく権利者・利用者間で築き上げてきた複写許諾システムが機能しなくなってしまう。
  複写権管理団体における委託出版物についての許諾と利用料の支払は事前の包括契約、あるいは事後処理によって可能となる制度を取り入れており、厚生労働省が要望の理由としている、許諾に時間がかかるといった実態はなく、少なくとも上記3団体においては要望の根拠は存在しない。日本複写権センターにおいては頒布目的複写包括許諾契約、学術著作権協会においては頒布目的複写期間限定一括方式契約、日本著作出版権管理システムにおいては著作物年間複写利用等報告許諾契約によってそれぞれ一定期間に複写利用した著作物を事後に報告することによって自動的に許諾が得られる契約方式を用意している。


2. 個別項目についての意見
 
(1)   特許審査手続における複写利用(1-A,1-B,1-C,1-D)、厚生労働省へ提出用の複写利用(2-A,2-B)
 学術論文誌は特許技術あるいは薬剤にかかる臨床報告等を伝達することもその出版目的としており、これらの出版物にとっては技術関係者あるいは製薬関係者も大きな市場である。これらの論文誌が審査手続と薬務行政の迅速化という理由で権利制限され自由に複写利用されてしまうことはこれらの論文誌の販売にとって非常に影響が大きい。特許あるいは医薬品開発にかかる権利は個人あるいは私企業に属するものであることから、無許諾無報酬で複写できるとすることには公平性の観点から問題がある。このような行政手続における複写が認められるとその範囲は特許審査にとどまらず、建設、道路工事、運輸、エネルギー、その他全ての官庁承認申請、届出等の行政手続にも適用される可能性があり、更に拡大される可能性が出てくる。

(2)   医療従事者に対する情報提供(2-C)
 医学専門の学術論文誌は医薬品の効果、適正使用とその安全性、その他の医薬情報を含む最新の医療技術と医学研究成果、臨床報告等を医療従事者に提供することをその使命としており、その販売対象は通常医療従事者である。しかし、実際問題として医療従事者はそれらの情報を製薬企業に要請すれば薬事法に基づく情報提供として製薬企業からその複写物の入手が可能となっている。こういった製薬企業による情報提供は膨大であり、一部を除いてこれまでその複写利用は権利者、出版者の許諾を得ることなく、また利用料を支払うことなく行われてきている。その複写提供は年間数百万件、ページ数にすれば数千万ページにもなると言われているが、製薬企業が医薬品の販売によって利潤を得ている以上、こういった医薬品が適正かつ安全に利用されるために必要なこれらの情報を製薬企業が利用者に提供することは製造者である製薬企業の責務である。製薬企業によってこれらの出版物が複写され、無償で医療従事者に提供されたのでは医学専門書出版社にとっては市場を失い、販売の道を閉ざされ、医学学術論文誌は成立しなくなる。学術論文誌がなくなれば医学情報は流通しなくなり、研究者は情報が入手できなくなるばかりか研究発表の場を失い、医学研究にとって大きな障害となり、最終的には医学医療研究の衰退を招く。
 出版社は製薬企業によるこれらの複製利用を拒否していない。複写管理団体を通じた簡便な方法による然るべき利用料の支払によってこれらの出版物の複写利用は可能となっている。

(3)   他館から図書館間相互貸借(ILL)によって借り受けた現物図書の複製(3-A)
 図書館はその設置範囲の需要に応えてそれぞれの図書館単位で自ら資料を購入・配置すべきであり、31条における複写もその前提で許容されるべきものである。例外的に資料現物の貸借がやむを得ない場合に行われていることを否定するものではないが、これはあくまでも例外的な措置であり、その措置についてはどのような状況において、どのような出版物についてどの程度行われているのか、あるいは今後どのように行うのか、といった実態と今後の対応を明確にした上で検討したい。

(4)   図書館等に設置されたコンピュータ端末におけるインターネット上情報のプリントアウト(3-B)
 インターネット上の情報は「図書館資料」とはいえず、図書館における複写利用のなかで結論を出すことは不適当。これは、図書館だけの問題ではなく、30条との関係からも慎重な検討を要する問題である。

(5)   「再生手段」の入手が困難である図書館資料の保存のための複製(3-C)
 既に図書館側と権利者側の当事者間協議では結論を得て、平成15年1月の著作権分科会の報告書でも一定の条件の下で認めることが相当であると明記されている。その時の条件として示された5項目(1複製部数は1部に限定する、2複製したものの譲渡は認めない、3旧形式の著作物の廃棄は求めない、4「再生手段」の入手が困難とは、新品市場で入手し得ないことを意味する、5当該著作物について新形式の複製物が存在しない)が前提とされるのであれば、認めることに異論はない。

(6)   障害者向けに複製方法を録音に限定しない、利用者を視覚障害者に限定せず読書が困難な他の障害者も含める、対象施設を視覚障害者福祉施設に限定しない、読書に障害を持つ人の利用のための公衆送信(3-E)
 利用されるのが障害者のみであって、健常者の利用に供することがないようすることが必要。対象施設を限定しないことに関しては、既に日本文藝家協会と日本図書館協会との間でガイドラインが締結され、一定の条件の下で公共図書館での複製も可能になっている。このように当事者間での解決が図られており、あえて権利制限規定を見直す必要性は乏しい。障害者への公衆送信については、健常者に与える利便以上のサービスを提供してしまう可能性があり、慎重に検討すべきである。

(7)   ファクシミリ、インターネットによる複製物の送信(3-F
 図書館間相互貸借(ILL)に基づく複製に関しては、すでに一部の著作物に関して大学図書館と複製管理団体の間で、図書館間の受け渡しに公衆送信を用いることについて無償許諾契約が締結されている。これは各大学における教員と学生個人の研究を目的として行われる複製であり、当該の契約書にも明記されている通り、大学図書館は、大学構成員以外の者−例えば営利目的の利用者−には提供しないこととなっている。それ以外の場合については著作権者、出版社の利益を不当に害することになり賛成できない。

(8)   視覚障害者の用に供する録音図書の公衆送信(4-A)、聴覚障害者の用に供するための「手話」「字幕」の付与及びその公衆送信(4-B)、障害を持つ個人が所有する著作物の「第三者」による変換(4-D)
 障害者の特定とその範囲内の利用が担保できること、ならびに非営利であることが必要である。

(9)   eラーニングに利用するために著作物をサーバ内に蓄積し受講者に公衆送信(5-A)、授業で利用した著作物のサーバ内に蓄積と他教室における再利用(5-B)
 有償の著作物、利用を拒否する著作物を除外し、現行35条但し書きが尊重される前提ならば異論はない。

以上


(参考)

学術専門雑誌の複写利用の実態について

 医学、理工学系の学術研究は領域別に極端に専門化・細分化されている。医学、理工学系の研究者は特定の専門分野において研究を重ね、一つの成果の上に更に研究活動を積み重ねている。

 医学、理工学系の専門雑誌も専門化・細分化されたそれぞれの領域の研究者が必要とする新しい発見や研究成果を提供し、その領域の研究者の論文を掲載し、あるいは研究者に対して発表の場を提供し、研究に不可欠である情報の流通を担っている。これらの専門雑誌も学術研究の専門化・細分化に応じて専門化されており、殆どの雑誌についてそのカバーする領域は非常に狭い。こういった専門特化された雑誌は読者対象となる研究者も少なく、発行部数も雑誌によっては500部から1,000部程度と極端に少ない。発行部数が少ないということは価格も割高にならざるを得ず、商業的に発行を継続することが困難な雑誌も少なくない。

 雑誌が専門化・細分化されていることによって商業出版社あるいは学会・協会等からは全ての領域をカバーするために多くの雑誌が発行されているが、実際問題として研究者あるいは研究施設はこれらの雑誌を全部講読することは物理的・経済的に不可能である。しかし研究者にとってこれらの情報利用は自己の研究にとって必要不可欠であり、自己の研究領域の専門雑誌は利用せざるを得ない。昨今のデータ処理能力の進歩によってこれらの研究論文誌のデータベース管理は効率的に運用されるようになってきた。研究者はどの論文がどの雑誌のどの号に掲載されているかを瞬時に検索できるようになってきており、研究者は必要に応じてデータベース検索と複写利用によって必要な論文を入手することが可能である。こういったデータベース検索ならびに文献複写は様々な団体が営利非営利を問わず研究者のために提供しており、医学、理工学領域の殆ど全ての研究者はこういった機能をフルに活用している。つまり多くの研究者にとって専門雑誌に掲載されている最新の学術情報は実際に雑誌を購入、あるいは定期購読しなくても必要なものを必要に応じて入手できるようになってきた。

 実際問題として医学、理工学系の専門雑誌の販売部数は過去10年間程減少しており、雑誌によっては部数が半減したもの、あるいは発行そのものを中止したものも少なくない。勿論部数減少の原因は購読に代わる複写利用だけではないであろうが、大きな原因であることは明らかである。

 これらのデータベース管理と複写物作成は著作権法第31条が適用となる施設、ならない施設を含めいくつか存在しており、その主なものは下記の通りである。

 独立行政法人 日本科学技術振興機構
 財団法人 国際医学情報センター
 財団法人 日本医薬情報センター
 株式会社 サンメディア
 株式会社 伸樹社

 これらの施設が行っている文献複製はそのほとんどすべてが医学・理工学系の学術雑誌の論文であり、複写論文数は合計で200万件と言われている。この他に国立国会図書館、各医学理工学系の大学図書館が直接利用者に提供している論文複写も相当数あり、実態は更に大きい。学術論文の多くはこういった複製利用によって研究者に提供されている。

 医学、理工学系の専門書出版社はこのような複製利用あるいは部分利用も現実的な問題として止むを得ないと考えている。著作者ならびに出版社は複写利用を決して否定していない。また図書館の目的と機能についても理解している。しかし専門雑誌が必要に応じて複製利用されるという状況が今後更に増え、更にはそういった企業あるいは研究施設による複製利用が権利制限規定の対象となって権利者・出版社に何の対価の支払も行われないということになると、当然のこととしてこれらの民間出版事業は成立しなくなる。出版社はこれまで医学、理工学の専門情報を研究者に提供し、学術研究の進歩に貢献してきた。しかし今後こういった複写利用が増えれば出版事業は成立せず、学術情報は伝達されなくなり、研究者は情報を入手できなくなり、最終的には日本の学術研究は衰退する可能性は否定できない。

以上



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