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(別紙) 山本委員意見

権利制限の法理について

  (1) 権利制限の法理
     著作権法には,さまざまな権利制限規定が,権利者と利用者との利害調整のために定められている。一見,そこに統一的原理があるようには見えない。
 しかし,権利制限規定は,ベルヌ条約9条2項およびTRIPS協定13条に基づいて,いわゆる「スリー・ステップ・テスト」に適合するものでなければならない。したがって,スリー・ステップ・テストは,権利制限規定の立法のみならず,解釈においても基準とされなければならない。スリー・ステップ・テストの観点から分析していくと,現行著作権法上の各権利制限規定には一見しては見えなかった統一原理が浮かび上がってくる。
 ベルヌ条約9条2項は,「特別の場合について(1)の著作物の複製を認める権能は,同盟国の立法に留保される。ただし,そのような複製が当該著作物の通常の利用を妨げず,かつその著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件とする。」と規定する。
 スリー・ステップ・テストの第1要件は,権利制限のある特別な利用行為が立法措置において特定することである。第2の要件は,その利用行為が「当該著作物の通常の利用を妨げない」ことであり,第3の要件は,その利用行為が「著作者の正当な利益を不当に害しない」ことである。

  第2要件
     では,利用行為が「当該著作物の通常の利用を妨げない」とは,どのような場合であるのか。米国著作権法110条(5)に関する2000年5月5日のWTOパネル報告書は,第2要件について,つぎのように判示する注釈1

注釈1 an exception or limitation to an exclusive right in domestic legislation rises to the level of a conflict with a normal exploitation of the work (i.e., the copyright or rather the whole bundle of exclusive rights conferred by the ownership of the copyright), if uses, that in principle are covered by that right but exempted under the exception or limitation, enter into economic competition with the ways that right holders normally extract economic value from that right to the work (i.e., the copyright) and thereby deprive them of significant or tangible commercial gains” (6.183)

  本パネルは,原則として当該権利の範囲内にあるが例外または制限に基づき免除を受ける利用が,権利者が著作物に対する権利から経済的価値を引き出す通常の方法と経済的競争を生じ,これにより権利者から多量のまたは実質的な商業的利得を奪う場合には,国内立法における排他的権利に対する例外または制限が著作物(すなわち,著作権またはむしろ著作権を有することにより付与される排他的権利の束の全部)の通常の利用を妨げる程度のものとなる,と考える。

 これは,結局,以下の3つの場合であると考える。
1 優越的価値(表現の自由などの憲法的価値や著作権法の目的)のために必要な利用行為:
たとえば,裁判手続における複製(42条)は,裁判の公正(デュー・プロセス)という憲法的価値のために著作権を制限する必要がある。また,たとえば,教科用図書への掲載(33条)は,著作権法の目的が究極的には文化の発達であるが,学校教育において模範的な表現方法を学習することは社会による文化の共有の基礎を成すものとして,文化の発達のために著作権を制限する必要があると考えられる。
このような優越的価値のための利用行為は,そもそも著作権者がこれを拒むことは許されるべきではないので,著作権者に留保されるべき「通常の利用」の範囲に属さない。

2 著作権者に被害を生じない利用行為:
たとえば,私的複製(30条)の一態様として,購入したCDをラジカセで再生する際にRAMに生ずる複製は,この複製行為によって著作権者に何らかの経済的損害を与えるわけではない。したがって,このような利用行為は,著作権者に留保されるべき「通常の利用」の範囲に属さない。

3 市場の失敗を生ずる利用行為:
たとえば,図書館におけるコピー・サービス(31条1号)は,著作権者に排他的権利を与えたとしても,許諾取得手続に費用(取引費用)がかかり零細な使用許諾料の額を回収できないことになり,そもそも利用許諾の市場が成立しない。したがって,このような零細な取引市場は,著作権者に排他的権利を与えたことによって留保されえないので,著作権者に留保されるべき「通常の利用」の範囲に属さない。

     ところで,著作権法32条1項の引用の抗弁は,引用の目的として「報道,批評,研究」を例示することから明らかなように,上記の優越的価値(表現の自由など)のために必要な利用行為として権利制限が認められていると考えられる。

  第3要件
     つぎに,その利用行為が「著作者の正当な利益を不当に害しない」とは,どのような場合であるのか。
 米国著作権法110条(5)に関する2000年5月5日のWTOパネル報告書は,第3要件について,つぎのように判示する注釈2

注釈2 The crucial question is which degree or level of "prejudice" may be considered as "unreasonable", given that, under the third condition, a certain amount of "prejudice" has to be presumed justified as "not unreasonable". In our view, prejudice to the legitimate interests of right holders reaches an unreasonable level if an exception or limitation causes or has the potential to cause an unreasonable loss of income to the copyright owner” (6.229).

  決定的に重要なのは,第3条件において一定の『被害』は『不当ではない』ものとして許容されるものとすれば,どの程度またはレベルの『被害』が『不当』と考えられるのかという問題である。われわれの見解においては,権利者の正当な利益に対する被害は,例外規定または権利制限規定が著作権者の収入に不合理な損出を生じさせまたは生じさせるおそれが生じる場合に,不合理なレベルに達する。

これを前述の利用行為に則して検討すれば,つぎのとおりである。
1 優越的価値(表現の自由などの憲法的価値や著作権法の目的)のために必要な利用行為:
たとえば,裁判手続における複製(42条)は,著作物を鑑賞し,その経済的価値を引き出す行為ではない。著作権者に排他的権利を与える意図は,その経済的価値の利用行為から対価を回収させることにある。しかし,このような鑑賞を目的としない行為に対しては,そもそも著作権者に所得を生じさせることが予定されていないのであるから,著作権者の所得に不当な損失を生じさせることはない。したがって直ちに「著作者の正当な利益を不当に害しない」という第3要件を充足する。
他方,たとえば,教科用図書への掲載(33条)は,著作物を鑑賞し,その経済的価値を引き出す行為であるので,著作権者に別途報酬請求権を付与するなど,著作権者の所得を補填する措置がとられなければ,「著作者の正当な利益を不当に害しない」という第3要件を充足しないと考えられる。
したがって,優越的価値のために必要な利用行為に対する権利制限においては,利用行為が著作物の鑑賞行為でなければ直ちに第3要件を充足し,利用行為が著作物の鑑賞行為であるときは第3要件を充足するため著作権者に別途報酬請求権等を付与することが必要な場合があると考える。

2 著作権者に被害を生じない利用行為:
たとえば,私的複製(30条)の一態様として,購入したCDをラジカセにて再生する際にRAMに生ずる複製は,この複製行為によって著作権者に何らかの経済的損害を与えるわけではない。したがって,このような利用行為は,著作権者の所得に不当な損失を生じさせることはないので,第3要件を充足すると考える。

3 市場の失敗を生ずる利用行為:
たとえば,図書館におけるコピー・サービス(31条1号)は,著作権者に排他的権利を与えたとしても,許諾取得手続に費用(取引費用)がかかり零細な使用許諾料の額を回収できないことになり,利用許諾は成立しない。すなわち,もともと著作権者に所得を引き出す手段がなく,著作権者の所得に不当な損失を生じさせることはない注釈3
したがって,市場の失敗における利用行為に対する権利制限は,第3要件を充足すると考える。
     以上をまとめると,第2要件を充足する利用行為(優越的価値のために必要な利用行為,著作権者に被害を生じない利用行為または市場の失敗における利用行為)は,原則として第3要件を充足する。ただし,(1)利用行為が観賞行為であり,(2)これに対する権利者への対価が払われておらず,かつ(4)報酬請求権制度が実効的である場合には,第3要件の充足には,権利者に対する報酬請求権の付与が必要であると考えられる。

注釈3 なお,ここで,排他的権利に代えて報酬請求権を与えることも考えられるが,報酬請求権の行使に必要な取引費用の額が報酬の額を超えるので,ここでは報酬請求権の付与も現実的ではない。
 このような場合には,現実的な代替措置として,課金制度が考えられる。ただし,その課金制度にはいくつかの問題があるので,必要的措置とはいえないと考える。すなわち,第1に,課金制度は,著作権で保護されていない資料の複製物にも課金されるので,パブリック・ドメインにある資料の使用を抑制する効果を生じる。第2に,課金制度に基づいて徴収された金銭が権利者に分配されない,または実質的に分配されない場合,著作物の創作を促進する効果はなく,著作物の使用を抑制する効果のみを生じる。その場合,金銭の徴収は,著作物の使用に対する懲罰でしかなく,著作物を作り出すインセンティブであるという著作権法の目的に反する結果となる。したがって,促進効果および抑制効果のバランスを考えれば,著作物の通常な利用を妨げない限り,多くの場合,市場の失敗の場合には課金制度よりも自由利用の方がより良い解決方法でありえることに注意する必要がある。


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