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資料5

平成15年9月29日


司法救済制度小委員会
主査   松 田 政 行   殿

委員   山 本 隆 司


差止請求権制度の見直しについて


   差止請求権を定める著作権法112条1項の見直しについて、以下のように提案します。

1. 提案
   著作権法112条1項に以下の但し書きを追加する。

「ただし、訴えの提起のときに侵害していた者は、その後に侵害を停止したといえども、侵害するおそれがある者とみなす。」

2. 理由
   訴えの提起のときに侵害していても口頭弁論終結時までに侵害を任意に停止すれば、理論的には、侵害するおそれがないと認定される可能性が存在する。
これを排除することによって、以下の問題を解消・改善することができる。

(1) 原被告の利益バランス
   訴えの提起のときに侵害していてもその後に侵害を停止した場合に、侵害するおそれがないと認定されれば、原告の主張が認められたにもかかわらず、原告敗訴・被告勝訴の判決となる。
   そもそも訴えの提起のときに侵害していた者に対して差止命令を下した場合、仮に将来侵害するおそれがなかったとしても、被告が差止命令を受けても不利益はない。
   他方、原告は、敗訴の不名誉を受けるとともに、被告が将来侵害するかもしれないリスクを負担することになる。多大な事件と費用を掛けて被告による侵害を証明した原告に、せめてこのようなリスクは回避してやるべきではないか。
そのためには、訴えの提起のときに侵害していたことが認められる限り、その後に侵害を停止したとしても、抽象的・類型的に「侵害するおそれ」が存在するとみなすべきである。

(2) 不合理な結果
   積算くん事件は、原告が被告の製造販売する建築積算ソフトウエアWARP1.03は原告の著作権を侵害するとしてその差止等を求めた事件であるが、被告は訴え提起後にWARP2.00にバージョンアップし、WARP1.03の販売を停止した。大阪地裁平成12年3月30日判決は、WARP1.03が原告の著作権を侵害することを認めたが、以下のように論じて、旧バージョンのWARP1.03の販売に対する差止請求権を否定した。

       「確かに、証拠(甲5、乙3)によれば、WARPバージョン一・〇三から同バージョン二・〇〇への変更に当たっては、本件で問題となっている表示画面が大幅に変更されていることが認められるため、特にバージョン一・〇三からバージョン二・〇〇への変更は、本件訴訟対策の意味合いもあった可能性は否定できないが、そうであるからといって、被告コムテックなどが、いったんバージョンアップしたWARPを旧バージョンに戻したり、バージョンアップした製品と旧バージョンとを並行して販売、頒布するとは考え難い。」

   この理屈に従えば、旧バージョンのWARP1.03の在庫が存在するとしても、著作権法112条2項に基づいてその在庫の廃棄請求も否定されることになってしまう。この結果はいかにも不合理ではないか。
   また、そもそも「バージョンアップした製品と旧バージョンとを並行して販売、頒布するとは考え難い」とは思えない。たとえばWindowsXPが販売されていても、旧バージョンであるWindows2000も販売されているし、さらに古いWindows95やWindows98の需要もある。他の関連ソフトが旧バージョンにのみ対応している場合があるからである。
   そもそもの問題の所在は、かつて侵害していたが侵害を停止した者について、「侵害するおそれ」を厳格に解釈することにある。かつて侵害していた者については「侵害するおそれ」を個別具体的に認定する必要はなく、抽象的・類型的に「侵害するおそれ」を認定すべきと考える。また、そう解しても、全く侵害したことのない被告とは異なり、このような被告には特段に不利益はないと思われる。

(3) 訴訟経済
   かつて侵害していたが侵害を停止した者について、「侵害するおそれ」を認定する場合、裁判所は、かなり丁寧な認定を行っている。しかし、このような丁寧な認定をするまでもなく、抽象的・類型的に「侵害するおそれ」を認定することは訴訟経済に資する。
   たとえば、スマップインタビュー事件・東京地裁(民事46部)平成10年10月29日は、「侵害するおそれ」を認定するについてつぎのように詳細に事実認定を行っている。

       「《証拠略》によれば、被告らは、原告個人らの代理人である弁護士から、被告書籍のかなりの部分は原告らの著作権及び同一性保持権の侵害となるので出版を取りやめるよう文書による警告を受けたにもかかわらず、被告書籍を出版し、販売したこと、原告らの申し立てた被告書籍の販売、配達等の差止めを求める仮処分事件(当庁平成七年(ヨ)第二二〇五二号)の審理中、被告鹿砦社は、書籍取次業者等に被告書籍を絶版にした旨の通知をする一方、原告らと徹底的に闘う旨の文書を作成してマスコミ等に配布したこと、右仮処分の申立てが認容された後、被告鹿砦社は、原告個人らが所属する事務所に関係する書籍を一〇冊以上出版し、そのうちの一冊についてはプライバシー侵害を理由とする出版差止めの申立てを認めた仮処分が発令されていること、被告松岡は、本件を含めて書籍の出版差止めを求められた事件につき、売られた喧嘩は買わざるを得ない旨述べていることが認められる。
   右認定の事実によれば、被告らは、被告書籍の発行により原告記事に係る著作権及び著作者人格権を侵害した上、現に右侵害の有無を争っていて、将来的にも同様の侵害行為を繰り返すおそれがあると認められるから、本件において差止めの必要性を否定することはできない。」

   また、ダリ小冊子事件・東京地裁(民事29部)平成9年9月5日判決「侵害するおそれ」を認定するについて、つぎのように詳細に事実認定を行っている。

       「被告朝日は、本件カタログに本件絵画を複製するという著作権侵害行為をしたものであり、本件カタログの印刷用原版を廃棄した事実を認めるに足りる証拠はないから現在なお右原版を所持しているものと推認され、具体的証拠を示されてもなお原告の著作権をかたくなに否認する態度に照らし、その原版中本件絵画の印刷用原版を用いて本件絵画の複製を含む本件カタログを制作し、頒布するおそれがあるものと認められる。
   《証拠略》によれば、本件カタログは本文三頁の被告朝日名義の挨拶と奥付頁の展覧会の会期、会場、主催者、後援・協賛・協力者の記載を改変、削除するのみで本件カタログと実質的同一性を維持した一般図書となり得るから、本件展覧会が既に終了していることを理由に被告朝日が本件カタログを複製し頒布するおそれが全くないということはできない。
   被告朝日が本件展覧会開催期間中に、本件カタログが著作権を侵害する行為によって成された物である情を知って本件カタログを頒布したものと認められないことは前記五2に判断したとおりであるが、本件判決の言渡し後間もなく確実に行われる送達によって未確定とはいえ裁判所の判決による本件カタログヘの本件絵画の複製が著作権侵害であるとの判断を知り、これによって本件カタログが著作権侵害行為によって作成された物であるとの情を知ることになる。
   したがって、著作権法一一二条一項及び一一三条一項二号に基づく、被告朝日に対する、本件絵画を本件カタログに複製する行為及び本件カタログを頒布する行為の差止請求(頒布差止については本件判決送達時以後の将来請求の限度で)には理由がある。
   また、同法一一二条二項に基づく、被告朝日に対する、本件カタログの印刷用原版中本件絵画の印刷用原版の廃棄請求、本件カタログの廃棄請求も理由がある(本件カタログのうち販売された分以外の六二六部が寄贈され又は資料用とされたことは前記三認定のとおりであり、現在なお被告朝日が本件カタログを所持しているものと認められる。)。」

(4) 早期救済
   通常、権利者は、訴訟提起前に、侵害者に対して侵害の停止を警告する。この時点において侵害者が停止しなければ、権利者は訴えを提起せざるを得ない。
この程度により、侵害者は訴え提起前の停止にインセンティブを与えられるので、権利者は訴えを提起せずに満足を得ることができる可能性が大きくなる。


   以上のとおり意見を申し上げますので、よろしくご検討下さるようお願い申し上げます。

以上

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