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第1章 法制問題小委員会

第4節 契約・利用ワーキングチーム

1  はじめに

   他人の著作物あるいは実演等の著作隣接権の対象となるもの(本節1において「著作物等」という。)を利用しようとする場合,その自由利用が制限規定により認められる場合にあたらない限り,著作権者等から当該著作物等に関する権利を譲り受けるかあるいはその利用につき許諾を受けることが必要となる。このため,著作権あるいは著作隣接権に関する譲渡又は利用許諾の契約(本節1において「利用契約」という。)の締結に関する現行著作権法の規整が,著作物等の円滑な利用及び流通のために重要となる。本ワーキングチームにおける検討は,著作権法公布から35年の経過の中で,現行著作権法が著作物等の利用及び流通の実態面との整合性において,広い意味で欠けるところが生じているのではないか,という問題意識からのものである。

 この検討のために,本ワーキングチームは,以下の理由から6つの検討項目を選定した。まず,著作権等の制限規定により自由利用が認められている場合,著作物等の利用は自由であるから,著作物等の利用と流通に制限を加えることはないはずである。しかし,しばしば指摘される問題は,著作権法第30条以下の制限規定が確保している自由利用のこの態様と範囲を契約により「ひっくり返す(オーバーライドする)」ことが可能か,というものである。この問題は,技術的保護手段との関係もあることに加え,そもそも各制限規定が様々な立法趣旨に基づくものであるところから広範な議論を必要とすることにかんがみ,ここではまず著作権に関する契約と民法第90条及び第91条との関係における基礎的な検討を行うこととした。

 次いで,利用契約のうち,譲渡契約の適正化ないし明確化を促進する観点から,書面性を求めることの当否を検討する。かつて,著作権制度審議会も,著作権譲渡契約の要式契約化による契約関係の明確化と紛争発生を未然に防止する観点からこの問題を肯定的に捉えていたことに加え,外国法においても書面化を求める立法例が少なくないことから,再度,本ワーキングチームにおいても検討の必要性を認めたものである。

 譲渡契約における著作者を含む著作権者の保護の観点から,譲渡契約時に知られていない著作物等の利用方法について,譲渡人に経済的な利益の配分を含むなんらかの追求の可能性を認めるかどうか,さらに第61条第2項の規定の必要性についても検討を行うこととした。これは,第61条第2項が,「第27条及び第28条の権利が契約において特掲されていないときは,これらの権利は譲渡人に留保されたものと推定する」規定を置いていることから,契約当事者の意思に反するものではないか,という見解もあるところであるが,この規定が,現行法の制定時に,譲渡する著作権の範囲について契約上限定が付されていないときは,その契約上予想されない方法により著作物を利用する権利は譲渡した者に留保されたものと推定する(著作権法草案(文部省文化局試案)第55条)旨の規定に代えて導入された経緯があるためである。このような立法の経緯からすれば,第61条第2項を廃止する方向で仮に検討するにしても,著作権を全て譲渡した場合においても,著作物等の未知の利用方法等につき,譲渡人の保護がなお必要とされる理由の有無を踏まえた上で,第61条第2項の問題を検討する必要がある,と考えられるからである。

 さらに,譲渡契約においては,権利の一部譲渡が認められているところであるが,著作権法に具体的に規定されている個別的な利用態様別の権利よりも更に細かい分割譲渡が許されるのか,という問題も検討することとした。また,裁判例によれば,地域および期間を限っての分割譲渡契約が認められているところであるが,「この契約の実体は著作物等の利用許諾であって,著作権等の譲渡として理解することは困難である」との指摘も想定されるところである。著作物等の利用許諾制度が用意されながら(第63条),このような著作権等の一部譲渡が多く利用されているのは,排他的利用許諾制度を欠く我が国著作権法の構成,更には利用許諾に対抗力を導く制度の在り方にもつながる問題である。本ワーキングチームにおいて近い将来検討することになるであろう「ライセンシーの保護」及び「登録制度の見直し」,そして法制問題小委員会において検討することとされている「著作物の「利用権」に係る制度の整備」の前提問題として,この問題を検討しておく必要があると判断した。

 著作物等の利用許諾との関係において,著作権法第63条第2項に規定する「許諾に係る利用方法及び条件の範囲」について,講学的な観点からの検討を行うこととした。第63条第5項は著作権侵害による効果と利用許諾契約に基づく債務不履行による効果を分けて規定するところであるが,同条第2項の「許諾に係る利用方法及び条件の範囲」に反して著作物等を利用した場合にも,利用の許諾を受けた者はどの範囲において著作権等の侵害の責めを負いまた債務不履行による責めを負うことになるのか,を理論的に整理しておく必要があると認めたためである。

 以上に述べた理由から,本ワーキングチームは6項目の検討項目を決定したものであり,以下の順番で,検討を行う。

2  検討内容

 
(1) 著作権法と契約法の関係について(いわゆる契約による著作権法のオーバーライド)

 
1 現行制度

   著作権法は,第2章第3節第5款(第30条以下)に「著作権の制限」を規定しており,私的使用のための複製(第30条),図書館等における複製(第31条),引用等の利用(第32条)等が認められている。制限規定が置かれている趣旨及び目的は,規定ごとに異なる。

2 問題の所在

   制限規定に関しては,制限規定により認められる著作物の利用を禁止又は制限する内容の契約が有効かという問題があるとされる。
 この問題は,一般に「契約による制限規定のオーバーライド問題」と呼ばれており,そもそも著作権法制定時から想定可能な問題ではあったが,我が国においては,近年になって,後述する米国におけるProCD事件でシュリンクラップ契約の成立性が肯定されるといった流れの下,UCITA(Uniform Computer Information Transactions Act;統一コンピュータ情報取引法)制定過程での議論,欧州におけるコンピュータ・プログラム指令,データベース指令等を巡る議論等が紹介される中で,制限規定と契約法との関係に関して先行的研究と問題提起がなされている。

3 過去の検討

 
 著作権制度審議会答申(昭和41年)

   旧著作権法時代も含めて,制限規定により認められる著作物の利用を禁止又は制限する内容の契約が有効であるかどうかについての議論はなかったと言ってもよいようである。昭和41年の著作権制度審議会答申及び答申説明書も,制限規定と契約の関係について言及していない。

 コンピュータ・プログラムに係る著作権問題に関する調査研究協力者会議(平成6年)

   「契約による制限規定のオーバーライド問題」については,プログラムの著作物の著作権の制限に関する検討の過程において,平成6年の上記協力者会議において検討された。
 コンピュータ・ソフトウェアは,小売店においてパッケージ製品として販売されるが,製品のパッケージを開封した場合に,購入者はソフトウェアの製造会社と,パッケージに印刷してある条件について合意したとする,いわゆる「シュリンクラップ契約」の形で,様々な使用条件を付けて提供される場合が多い。そして,その使用条件には,制限規定によって認められる利用を禁止等する条項や,著作権の内容にない行為について使用許諾を与える条項等がしばしば存在する。
 このように,制限規定で認められる利用を行う者に対して,著作権者やソフトウェアの製造業者が,直接契約関係を構築することを求めることが可能になったことを背景に「契約による制限規定のオーバーライド問題」に注目が集まることになったとも言える。
 協力者会議の結論は,この問題は論理的にはプログラムの著作物に限らない問題であること,各制限規定の趣旨,目的及び契約の実態等について詳細な検討を行う必要があること,当面は今後の判例等の蓄積を待つことが適当であることを述べ,法改正につながる結論を出すには至らなかった。
 また,「シュリンクラップ契約」については,「プログラムの使用者と権利者との間の契約が法律上有効に成立しているかどうかについて極めて疑問がある」との意見が有力であり,契約条項の有効性の議論以前の問題として,そもそも契約の成立性が問題とされる状況であった。

 技術的保護手段と制限規定との関係

   制限規定により認められる利用を禁止等することができる有力な方法としては,契約の他に技術的保護手段がある。コピープロテクションと呼ばれる著作物を含む情報一般の複製を規制する技術やアクセスコントロールと呼ばれる情報へのアクセスを規制する技術が一般的である。
 これら技術的保護手段が契約法との関係で重要なのは,技術的保護手段を用いることにより,一般的な技術レベルしか有しないユーザーに対して,契約の締結を強制することが容易になるという事実である。
 確かに,契約によるオーバーライドの問題は,コンピュータ・プログラムが著作権法で保護される前後から検討がなされるなど,従前から存在した。しかしながら,技術的保護手段の問題が登場したこと,加えてインターネットの爆発的な普及により,コンテンツそれ自体の取引が容易になったこと等により,それが一般ユーザーレベルにまで拡張し,問題がより一層顕在化したと指摘できる。

 著作権法は,事実を知りながら技術的保護手段の回避を行うことにより私的使用のために著作物を複製することを著作権の制限から外している(第30条第1項第2号)。この前提として,著作権法(第120条の2第1号,第2号)と不正競争防止法(第2条第1項第10号,第11号)によって技術的保護手段の回避を目的とする機器の公衆への提供が規制されている。
 なお,平成9年から平成10年に開催された著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ(技術的保護・管理関係)において,制限規定により認められる利用を技術的保護手段により禁止している場合に,技術的保護手段を回避して当該利用を行うことを著作権侵害とすべきかどうかの検討が行われた。ただし,技術的保護手段により著作権の制限により許される複製等をできないようにすることについては「当然できる」と考えているため,検討はしていない。

4 検討内容

 
 検討の前提

   「契約による制限規定のオーバーライド問題」は,我が国においては以上に述べたような形で論点として登場したが,その後米国におけるProCD事件においてシュリンクラップ契約の成立性と有効性が承認され,次いで情報取引を規制する新規立法(UCITA)を巡る議論が我が国に紹介される過程において,1990年代後半から再び問題提起されている。
 この問題は,換言するならば,著作権法が何らかの形で自由利用を認めている領域について,契約によって当該利用を「規制」することは可能であるかどうか,仮に可能である場合には,その限界をどこに見出すべく法制度の整備を行うのかということである。
 なお,自由利用が認められる領域としては,著作権法が認める制限規定に限定列挙された類型の利用のほか著作権の保護期間が満了した著作物の利用,そもそも著作権が発生しないもの(事実情報などの創作性が否定されるもの)の利用等,様々である。最終的には,契約法との関係について,これら全てを統一的に把握する横断的考察がなされることが望ましいものの,これらの問題についての議論が乏しい我が国においては,自由利用が認められる著作物等の特質ごとに考察を行うことが先決であり,統一的な問題分析は,かかる基礎的な作業の後になされるべきものである。そこで,ここでは主として,制限規定により認められる著作物の利用と契約法との関係について検討し,それ以外の自由利用が認められる領域についての詳細な検討は今後に委ねることとする。

 はじめに,平成6年以降の前提となる状況の変化,米国及び欧州における議論を概観し,特に米国における議論が我が国著作権法制との関係でどのような問題として設定されるべきかを検討する。

 我が国の状況等

   平成6年当時,「契約による制限規定のオーバーライド」が論点となった背景には,コンピュータ・ソフトウェアの販売に際してのシュリンクラップ契約の存在があった。シュリンクラップ契約については,現在においても,一般公衆向けのコンピュータ・ソフトウェアの販売形態として一般的である。加えて,1990年代後半以降インターネットが普及し,インターネット上で著作物等に係る取引が行われており,クリックラップ(クリックオン)契約(注62)と呼ばれる契約形態が登場している。
 当初,その成立性について疑問視されていたシュリンクラップ契約であるが,現在,我が国においては,シュリンクラップ契約やクリックラップ契約の成立の有効性については,経済産業省の「電子商取引等に関する準則」によって,一定の要件を満たしていれば成立を肯定する考え方が示されている(注63)。

 このように,我が国においては平成6年以降現在にいたるまでに,シュリンクラップ契約以外に,インターネットの登場とそれを介した著作物等の取引に関してクリックラップ(クリックオン)契約と呼ばれる新たな契約形態が登場したこと,シュリンクラップ契約等の成立性について議論が進展したという2つの状況の変化があった。特にシュリンクラップ契約等の成立性についての議論の進展は,契約内容に関する議論の必要性を更に高めたと言える。

 米国における議論

 
(ア) シュリンクラップ契約の有効性の議論
   米国においては,1996年のProCD事件上訴審判決(注64)により,シュリンクラップ契約の成立性と有効性が承認されるに至った。ProCD事件において問題となった点は,事実情報を集積したデータベースの利用行為に関してであり,日本法の文脈で捉えるならば,制限規定の問題が直接に関係するものではない点に留意が必要であるが,契約の成立性が承認されたという点は重要と考えられる。後述するUCITA制定を巡る議論においても,ProCD事件でシュリンクラップ契約の成立が認められたことは少なからぬ影響を与えている。

(イ) 米国著作権法
   米国著作権法は,排他的権利の制限として公正使用(fair use)の規定(第107条)を置いているが,米国では,制限規定は強行規定かといった議論は一般的には行われていない(注65)。

(ウ) UCITAを巡る議論
 
1 UCITAの成立経緯
   米国においては,契約法の一般的な規律を行うものとして,UCC(Uniform Commercial Code;統一商事法典)があるが,これは原則として有体物(あるいは有体物と役務の混合)の取引を規整するものである。情報が有体物に化体して取引される以上は,UCCの適用が認められる(現にProCD事件で問題となったのは,統一商事法典の第2編であった)が,情報それ自体が取引の対象となる現代社会において,その法的規整を行う一般的な制定法が必要であるという認識が高まり,当初は,UCCの第2編を改正するという形で立法作業が開始された。
 この改正作業は,NCCUSUL(National Conference of Commission on Uniform States Laws;全米統一州法委員会全国会議)及びALI(American Law Institute;米国法律協会)で検討が進められたが,立法過程は紆余曲折を極め,最終的にはUCCに盛り込むことは断念され,UCCとは独立したUCITA(Uniform Computer Information Transactions Act;統一コンピュータ情報取引法)としてNCCUSULで成立した。現在,州レベルで採択が進みつつある。

2 UCITAにおける論点
   UCITAにおいて興味深いのは,マスマーケット・ライセンス(Mass-Market License)について規定した第209条,そして「基本的な公共政策(Fundamental Public Policy)」に反する契約を無効化することを規定した第105条である。第209条では,契約条件がライセンスの一部にならないと掲げられているところの「非良心的(unconscionable)な契約条件,又は第105条(a)(連邦法による専占(Preemption)の場合)若しくは(b)(基本的な公共政策(Fundamental Public Policy)に反する場合)に基づき実施できない契約条件」が問題となる。
 いかなる契約条項が,有効又は無効とされる可能性があるのかに関し,オフィシャル・コメント(注66)によれば,「マスマーケット取引の場合,複数のコピーを作成すること,商業的な利用を禁止すること,情報にアクセスできる利用者の数を制限することといった条項は有効である。」と説明される。その一方で,リヴァース・エンジニアリング,教育や批評の目的で引用すること,図書館のライセンシーがバックアップコピーを取ることといった行為を禁止する条項は,「通常は(ordinarily)」無効とされると説明する。続けて,多くの領域における公の情報政策は絶え間なく変化しており,広く議論されていると述べ,その後にリヴァース・エンジニアリングに関する制限条項は無効とされるべきという点に関してのコメントが続く構成になっている。この点は,第118条で「互換性(Interoperability)」と共に再度確認されている。

 このように,オフィシャル・コメントにおいては,幾つかの類型について具体的に有効又は無効となる契約条項が列挙されているものの,それらの類型に対しても,「通常の場合には(ordinarily)」という文言が再三に渡って用いられており,常に無効となるとまでは言い切っていない。なお,リヴァース・エンジニアリングに関しては,繰り返し述べられていることから,一般的にそれを制限する契約条項は無効とされるべきなのだろうということは看取し得る。

 欧州の動向
   欧州においては,1991年のコンピュータ・プログラム指令,1996年のデータベース指令等が,それらの法が認める一定の利用行為に反対する契約は無効である(null and void)と説く(例えば,前者においては,リヴァース・エンジニアリングの際に問題となる逆コンパイルがそれに当たる(コンピュータ・プログラム指令第6条))が,各国が国内法化する過程において対応に違いが生じているようである。
 この点,データベース指令に対応する形で改正がなされたベルギー著作権法が,教育目的や科学研究,行政手続や司法手続等での複製等について強行性を認める対応を行っている点が注目される(第23条の2)。その他,ドイツ著作権法が,「独立して作成されたコンピュータ・プログラムと他のプログラムとの互換性を確保するために不可欠な情報を得るためには」という条件つきで,逆コンパイルを許容する立法を行っている(第69e条)。

5 検討結果

   米国における議論を概観したかぎり,特定の類型が無効となるという一義的指針を得ることはできず,この問題を我が国において議論するに当たって,我が国著作権法の制限規定は強行規定か否かという問題設定を行うことには困難も予想される。もっとも,欧州におけるコンピュータ・プログラム指令,データベース指令における議論では,ある特定の類型が強行性を有すると規定されるケースも見受けられ,米国における議論だけが普遍的であると考えるのには留保が必要である。
 現段階で重要なことは,米国における議論にせよ,ヨーロッパにおける議論にせよ,かかる議論が本格的になされていない我が国においては,以下に述べる作業を着実に行うことであると思われる。その過程において,ある特定の利用類型について強行規定とすべきと考えられるならば,その旨を立法することで対応すべきである。

 今後,検討しなければならない点は,著作物の利用に関し,ある種の契約は無効としなければならないのではないか,その要素としてはどのようなものが考えられるかということである。米国では,UCITA第105条に,契約成立の有効性に関する一般条項があり,これにより無効となる契約の類型を,著作権法の考え方も1つの判断要素として議論している。以下,これらの諸問題を3つの段階に分けて論じることとする。

 第1に,この問題を「制限規定が強行規定か否かという問題」として議論した場合,結論としてある制限規定が強行規定であるという場合には,契約における他の要素を一切考慮することなく,当該強行規定に反する契約は無効となるのだが,どのような場合にあっても絶対に無効であると言えるような制限規定が著作権法に果たしてあるだろうかという点である(注67)。とりわけ欧州の議論から伺えるように,制限規定について個別に検討し,強行規定である制限規定を抽出する作業を行うことも可能である点は前述のとおりであるが,この洗い出し作業を行うには,更なる検討が必要である(注68)。

 第2に,本問題の大前提として,著作物の利用に関して,ある種の契約は無効となるべきではないかという問題意識が存在するのであり,従ってこの問題は,制限規定も一つの契約無効を判断する要素としつつ,いくつかの要素から判断して「一般的に」無効となると考えるべき契約としてどのようなものがあるか,また,制限規定以外の判断要素としてどのようなものが考えられるかという点から検討がなされるべきである。

 第3に,これらの諸要素を確定させた上で,契約の有効性に関する判断についての立法的対応が必要か(民法第90条,あるいは消費者契約法第10条で対応するのか,それだけでは足りないとして著作権法に契約無効に関する何らかの一般条項を置くのか)を検討すべきである。

 なお,制限規定との関係を直接的な要素とはしないものの,保護期間の満了した著作物,非著作物の利用契約についても,今後の作業の見通しのために若干記述する。
 保護期間の満了した著作物が契約によって流通する形態は,現在においても,保護期間の満了した映画や音楽の複製物等の流通や絵画等のアーカイヴといった領域で見受けられるところであり,また非著作物に関しても一般に契約を通じた利用がなされていることから,このような情報等の利用に関する法的規整について検討することも必要であると思われる。なお,データベース等を通じた利用がなされているという場合には,個々の情報の利用に関する法的規整の検討に加えてデータベースの法的保護との関係といった問題も念頭に置いた検討がなされるべきである(注69)。

(注62)  クリックラップ(クリックオン)契約とは,例えばコンピュータ・ソフトウェアのインストール途中に画面に現れる利用に係る文書を読み,「同意する」というボタンを押すことをもって,画面に表示された条項に合意したものとする契約をいう。
(注63)  「電子商取引等に関する準則」平成16年6月版経済産業省87頁以下
(注64)   ProCD, Inc. v. Zeidenberg, 86 F.3d 1447 (7th Cir. 1996).
(注65)  この点,米国著作権法第107条が定める公正利用(Fair Use)に倣い,一定の場合には,公正な契約違反(Fair Breach)を認めるべきであるという議論もないわけではないが,一般的な承認を得られる状況にはないと思われる。ここで興味深いのは,ProCD事件における議論において,契約法にとって創造される権利が,連邦著作権法によって専占(preempt)される権利と「等価(equivalent)」なものであるかという議論がなされている点である。これは連邦制という政治システムを有する米国に固有の議論に根を持つという意味でこの議論を直接に日本に持ち込むことはできないが,著作権法と契約法との関係性を考察する上で大変に示唆的であると考えられる。今後の研究が待たれる。
(注66)  NCCUSULによる条文の注釈
(注67)  例えば,裁判所が契約無効の判決する場合,強行規定(民法第91条)違反だけを理由とすることはほとんどなく,様々な理由を挙げて,公序良俗違反(民法第90条)を用いて無効とすることが一般的である。
(注68)  コンピュータ・プログラムにおけるリヴァース・エンジニアリングに関しては,一定の類型(例えば,互換性確保の目的)に限定し強行性を有すると規定する可能性が残されていることは,米国,欧州の議論からも伺えるところである。
(注69)  米国においてシュリンクラップ契約の成立が認められたProCD事件で問題となったのは,事実情報を集積したデータベースの利用行為に関してであったという事実は示唆的であろう。この問題は,本来,不正競争法(米国での不正領得法理(Misappropriation))との関連性も深く,総合的な視野に立った考察が必要である。

【参考資料】

・コンピュータ・プログラムに係る著作権問題に関する調査研究協力者会議報告書
─既存プログラムの調査・解析等について─平成6年5月文化庁
2  権利制限規定の性格
 
(1) 問題の所在
 著作権法第47条の2をはじめとする著作権法上の各種の権利制限規定について,当該規定によって許容されている行為を契約により禁止することができるかどうかという問題がある。
 特に,パッケージ・プログラムの場合,いわゆるシュリンク・ラップ・アグリーメントの形式で提供されているケースが多いが,その中には著作権法上の権利制限規定によって許容されている行為を禁止するような条項が盛り込まれている場合があり,その場合の権利制限規定との関係が問題になるとの指摘がある。

(2)

(3) 権利制限規定の性格についての考え方
 この問題については,次のような意見があった。
 
ア. 著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約は有効である。もっとも,この契約に反する行為は著作権侵害となるわけではなく,契約違反となるにとどまると解する。[また,契約に関する一般法理により,その内容が公序良俗に反する場合は無効となることもあり得る。]
  (理由) 著作権法上の権利制限規定によって許される行為であっても,当事者が合意したのであれば契約により禁止することに問題はない。規定に反する契約が無効であるとするには,相当な公益上の合理的理由が必要であるが,著作権法上の権利制限にそこまでの合理的理由は認められない。なお,契約に反する行為は著作権侵害ではないとすれば,刑事罰の適用において法的安定性を欠くという問題も生じない。
イ. 著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約はその限りにおいて無効である。
  (理由) 権利制限規定は著作物の公正な利用という観点から設けられるものであり,それに反する契約は無効とすべきである。規定に反する契約が有効であるとした場合は,結局,契約に縛られることとなるので,規定の意味がなくなってしまう。
ウ. 著作権法の権利制限規定によって許されている行為を禁止する契約の効力については,規定の設けられている趣旨,著作物の性格,利用の態様等に応じて判断されるべきである。
  (理由)(権利制限規定は,各規定ごとにその趣旨が異なるものであり,また,同じ規定であっても適用される著作物の性格によって許容される範囲が異なるものである。したがって,規定に反する契約の効力については,このような様々な要素を考慮して具体的なケースに応じて判断すべきである。
 なお,パッケージ・プログラムのシュリンク・ラップ・アグリーメントについては,そもそもこれにより使用者と権利者との間の契約が法律上有効に成立しているかどうかについて極めて疑問があるとの意見が多かった。また,仮にシュリンク・ラップ・アグリーメントが契約として有効に成立しているとした場合でも,プログラムに係る著作権法上の権利ではないその使用に関する契約上の権利と著作権法上の権利とを明確に区別していない等,その内容についての問題点が指摘された。

(4) 結論
   本協力者会議においては,この問題はプログラムに固有の問題ではなく著作物一般に関する問題であり,各権利制限規定の趣旨,目的及び契約の実態等について詳細な検討を行う必要があり,当面は今後の判例等の蓄積を待つことが適当と考える。
 なお,シュリンク・ラップ・アグリーメントについては,実務関係者において,契約法上の見地から現在の内容を調査し,適切な契約の在り方を検討することを期待する。

・著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ(技術的保護・管理関係)報告書 平成10年12月10日
第5節 規制の対象とすべき行為
4. 権利制限規定との関係
   現行の著作権法は,著作権者等に複製権等の排他的権利を付与する一方で,権利制限規定を設け,著作物等の公正利用等様々な観点から,私的使用のための複製,図書館や教育機関での複製,引用等,一定の場合には,著作権等を制限し,著作権者等の許諾がなくとも複製等の利用を行うことを適法としている。
 このため,技術的保護手段が施されている著作物等について,技術的保護手段の回避を伴って利用を行うことも,権利制限規定の範囲内とすることが適当かどうかという問題がある。
権利制限規定は,著作物等の公正な利用を図るという観点から設けられているが,その趣旨は様々であり,(a)著作物等の利用の性質からして著作権等が及ぶものとすることが妥当でないもの,(b)公益上の理由から著作権等を制限する必要があると認められるもの,(c)他の権利との調整のため著作権等を制限する必要のあるもの,(d)社会慣行として行われており,著作権等を制限しても著作権者等の経済的利益を不当に害しないと認められるもの,というような趣旨に基づいて設けられていると考えられる。
 このうち,私的使用のための複製については,次のように考えられ,技術的保護手段の回避を伴ってまで行われる複製についてはこれを適法な複製として認めることは適当ではないと考えられる。
そもそも私的使用のための複製を認めている趣旨は,上記(a)に該当し,個人や家庭内のような範囲で行われる零細な複製であって,著作権者等の経済的利益を害しないという理由によるものと考えられる。一方,技術的保護手段が施されている著作物等については,その技術的保護手段により制限されている複製が不可能であるという前提で著作権者等が市場に提供しているものであり,技術的保護手段を回避することによりこのような前提が否定され,著作権者等が予期しない複製が自由に,かつ,社会全体として大量に行われることを可能にすることは,著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあると考えられるため,このような,回避を伴うという形態の複製までも,私的使用のための複製として認めることは適当ではないと考えられる。なお,現行著作権法においても,公衆用自動複製機器を用いて行う複製については,社会全体として大量の複製を可能ならしめ,著作権者等の経済的利益を著しく害する形態の複製であるとして,私的使用のための適法な複製から除外されているところである。一方,私的使用のための複製については,幅広い観点から,デジタル化・ネットワーク化の進展とそれに伴う著作物等の利用形態の変化をふまえ,権利者と利用者のバランスを考慮した全体的な見直しが必要であるとの意見,回避を伴う複製を規制することについてのコンセンサスが必ずしも社会一般に形成されているに至っていないとの意見等もあったところである。
 図書館等における複製や教育機関における複製等公益上の理由から認められている権利制限規定に基づく利用については,当該規定が設けられている趣旨が,原則として,公益を著作権者等の意思に優先させているものと考えられることから,また,引用等社会慣行として行われており,著作権等を制限しても著作権者等の経済的利益を不当に害しないとして認められている権利制限規定に基づく利用については,技術的保護手段の回避を伴う利用であっても,著作権者等の経済的利益を著しく害するおそれがあるとまでは現状では言えないと考えられることから,それぞれ規制の対象とすることは適当でないと考えられる。一方,これらの場合においても利用実態をよく見極めた上で公益性そのものの見直しを行うべきとの意見もあったところである。
 なお,上記(a)の趣旨に該当する権利制限規定には,プログラムの著作物の複製物の所有者によるバックアップやバージョンアップ等のための複製等も該当するとも考えられるが,この場合の複製等は利用に必要と認められる限度において認められるものであり,例えばゲームソフトのバックアップ等のような複製はこれに該当しないと考えられていること,所有者自身の複製等の行為であること等から見て,必ずしも著作権者等の経済的利益を著しく害するとは言えず,規制の対象とすることは適当ではないと考える。

(2) 著作権法第63条第2項の解釈について(許諾に係る利用方法及び条件の性質)

 
1 現行制度

   著作権者は,他人に対し,その著作物の利用を許諾することができ(第63条第1項),許諾を得た者は,その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において,その許諾に係る著作物を利用することができる(第63条第2項)。

2 問題の所在

   著作物の利用許諾(ライセンス)契約では,複製,上演,貸与,放送等の,著作権法が著作者に排他的な利用を認めている利用形態のいずれを許諾するのかを明確にしている条項の他,利用部数,演奏回数,利用場所,利用時間,対価の額等や更に各利用形態を細分化した条項等様々な事項を定めることが一般的である。
著作権法第63条第2項は,「許諾を得た者は,その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において,その許諾に係る著作物を利用することができる」と規定しているが,次の点について解釈が明確でないという問題があるとされる(注70)。

1 第63条第2項の「利用方法及び条件」には,利用許諾契約で定められている全ての条項が該当するのか。
2 第63条第2項の「利用方法及び条件」の範囲に反して著作物を利用した場合,ライセンシーは,著作権侵害を問われるのか。
3 これに付随して,ライセンシーの契約違反を理由に契約を解除した場合,解除前に行った利用は著作権侵害となるのか

3 立法趣旨

 
 旧著作権法及び著作権制度審議会答申(昭和41年)

   旧著作権法は,著作物の利用の許諾についての規定を置いていない。
 著作権制度審議会答申においても,利用の許諾に関する答申はなく,答申を受けて作成された文部省試文化局試案(昭和41年10月)においても,利用の許諾に関する条文案はない。
 しかしながら,その後の検討において,「権利行使の最も普遍的かつ普通の態様である利用許諾の規定がないということは適当ではない」とされ,現行著作権法第63条第1項から第4項と同様の条文案が作成された。しかし,第1項及び第2項については,当たり前のことを確認的に規定したものとして理解されていたようであり,当該条項についての議論は見当たらない。

 著作権法改正(平成9年)

   第2項に関連する規定として,第63条第5項が平成9年の著作権法改正で追加されている。第5項は,送信可能化の許諾にかかる利用方法及び条件のうち,送信可能化の回数,又は送信可能化に用いる自動公衆送信装置に係るものについては,これに反しても公衆送信権の侵害とならないと規定している。

4 検討内容

 
 考え方の整理

   第63条第2項の考え方としては,第1に,(ア)「利用許諾契約で定める事項は全て第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であるとする考え方」があり得る。この考え方は,更に次の2つに分けられる。(1)「許諾に係る利用方法及び条件(=利用許諾契約で定めた事項)」にライセンシーが違反した場合,全て著作権侵害となる。(2)「許諾に係る利用方法及び条件(=利用許諾契約で定めた事項)」にライセンシーが違反しても,著作権侵害になる場合とならない場合がある。
 (1)については否定的な見解が多い。例えば,出版物や録音物の譲渡先や譲渡場所を限定する事項については,譲渡権の規定の趣旨からも,それが著作権侵害になることはないとする説明が一般的である。
 (2)を採る場合,第2項は「利用者は契約を守らなければならない」という一般的なことを確認的に規定する条項に過ぎないということになる。

 第2の考え方は,(イ)「利用許諾契約で定める事項のうち,ライセンシーが違反すると著作権侵害になるものだけが,第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であるとする考え方」である。この考え方を採ると,第2項は,「許諾に係る利用方法及び条件」に反して著作物を利用することは著作権侵害であると規定する条項ということになる。
 しかし,この場合,許諾契約で定める事項のうち,何が著作権侵害となる事項であるか,つまり,何が「許諾に係る利用方法及び条件」であるかが,少なくとも条文上明確ではないという問題がある。
 従って,(ア)(1)の考え方を採用しない限りにおいては,第2項に規定する「許諾に係る利用方法及び条件」の文言を解釈することに実質的な意味はなく,むしろ,第2項に関しては,利用許諾契約で定める事項のうち,「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」が明確化されることに意味がある。

 利用許諾契約の解除とその効果

   利用許諾契約において定めた事項の違反が著作権侵害とならないとしても,当該事項に違反したことをもって著作権者が利用許諾契約を解除できる場合には,解除の効果が解除前に行った利用行為について遡及する(例えば,契約関係が当初から存在しなかったことになる)とすれば,当該利用行為は結局著作権侵害となるとも考えられる。
 そして,この場合には,利用許諾契約において定めた事項の違反が,著作権侵害となるかならないかに関係なく,利用許諾契約の解除によって利用者の著作権侵害を問うことができることとなるので,4「考え方の整理」における分類は意味をなさなくなり,むしろ,利用許諾契約を解除できる契約違反として,どのようなものが認められるかが重要となる。
 第5項についても,「送信可能化の回数」と「送信可能化に用いる自動公衆送信装置」に係る利用方法及び条件についての契約違反を理由に利用許諾契約を解除できるのであれば,解除の効果によっては,規定の実質的な意味がなくなるおそれがある。

 したがって,今後,どのような場合に利用許諾契約を解除できるのか,利用許諾契約の解除がどのような効果をもつのかについて検討する必要がある。例えば,継続的利用許諾契約の解除の効果,利用により作成された著作物の複製物を購入した第三者への効果,刑事罰の適用などについて整理が必要である。

5 検討結果

   一般的な著作物の利用許諾契約では,複製,上演,貸与,放送等の著作権法が著作者に独占を認めた利用形態のいずれを許諾するのかを明確にしている条項の他,利用部数,演奏回数,利用場所,利用時間,対価の額等や更に各利用形態を細分化した条項等様々な事項が定められている。
 このうち,対価の額等や更に各利用形態を細分化した条項等については,これらの条項に違反したからといって著作権侵害とは言えず,従って,通常の利用許諾契約には著作権者が著作権に基づく差止請求権を行使しない旨を定めた著作物利用適法化条項と,対価の額等の契約解除事由にしかならない単なる契約事項があるといえる。
 第63条第1項の「許諾」は,契約の他に単独行為によっても可能であると解されている。従って,第62条第2項でいう「許諾に係る利用方法及び条件」を著作権者が単独行為で決められることに限定し,著作権者が差止請求権を行使しない範囲のみが第63条第2項の「許諾に係る利用方法及び条件」であり,これ以外は単なる債務不履行の問題であると考えても不自然ではない。
 しかし,上記4「考え方の整理」で述べたように,どの立場を支持するかは重要ではなく,実質的な意味は「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の峻別である。
 第63条第2項の問題は,特許法と同様,現時点では直接的に立法的解決を図る必要性に乏しく,契約の解除の効力の問題を含めて,解釈論に任せるべき事項であると考える。

 ただし,一方で利用許諾契約における利用者の保護の問題において,著作権者の破産や,著作権者が第三者に著作権を譲渡した場合に利用者の著作物利用を保護する制度の導入について検討が行われている。そこでは,利用許諾契約の契約上の地位の承継の問題と,許諾の対抗の問題を分けるべきであるとの議論もある。今後,この議論に際し,上記の「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の峻別が必要になってくる可能性があるので引き続き注意すべき事項であるといえる。

(注70)  特許法では,第78条第2項が著作権法第63条第2項のような規定ぶりではないにもかかわらず同種の問題が指摘されている。ここでは通常実施権は,差止請求権等の不作為請求権であるとの前提に立ち,通常実施権契約で定めがない場合に実施許諾者は実施協力義務,登録義務,ノウ・ハウ提供義務,侵害排除義務等は当然には負わないと結論し,通常実施権そのものと契約の問題を明確に区別する。(中山 信弘「工業所有権法上 特許法 2版増補版 444頁」)
 また米国においては,著作物利用許諾契約における「違反すると著作権侵害になる事項」と「違反しても単なる契約違反にしかならない事項」の区別について,連邦著作権法と州の契約法との適用関係として議論がある。

(3) 著作権の譲渡契約の書面化について

 
1 現行制度

   著作権は,著作権者による任意の移転が可能である(第61条1項)。そして,著作権の移転は,所有権その他の物権の移転と同様,当事者の意思表示のみによって効力を生じる。すなわち,著作権の売買,交換,贈与,信託等の契約(譲渡契約)成立により移転する。ただし,著作権の移転は,登録しなければ第三者に対抗することができない(第77条)。
我が国においては,一般的に売買等の契約は当事者の意思の合致で成立し,契約書の作成は契約成立の要件ではない。

2 問題の所在

   著作権の譲渡について書面により当事者の意思が明確に確認されないことにより,後日,その契約の解釈について問題となることが多いとされる。そして,この問題は次の2つに場合分けすることができる。
 
 譲渡された権利の範囲等の明確化の問題

   第1に,契約が譲渡契約であるということについては争いがないが,譲渡した著作権の範囲や条件等について事後に争いがある場合である。
 これは,(ア)譲渡に際しての著作権の細分化が相当程度自由に認められていることや,(イ)著作物の利用が技術の進歩や社会の変化により多様化するため当初契約に含まれていたかの判断が難しい新しい利用(媒体・形態)の登場が避けられないこと等に起因する問題であると思われる。ただし,これは譲渡特有の問題ではなく,利用許諾においても同様の問題が生じる(注71)。

 契約が譲渡契約であったかどうかの問題

   第2に,契約が譲渡契約であったかどうかを争う場合である。
 例えば,著作物の制作を第三者に委託する制作委託の場合の著作権の帰属を巡る問題がある。著作物の制作委託契約において,委託者と受託者が,契約時に著作物の著作権の帰属を明確化しないことにより,委託時に両当事者が明確に認識していた利用については(少なくとも利用許諾は認められるだろうから)争いは生じないが,それを超えた利用を行う場合に顕在化する問題である。
 また,出版業界等における「買取契約」と呼ばれる契約も,原稿,写真,イラスト等の著作権の譲渡契約であったのかどうかが問題となりやすい。
 これらの問題は,譲渡に特有の問題であると思われる。
 また,これらの契約の解釈という問題の他に,あまり論じられることはなかったが,譲渡契約時の弱者保護の必要性や諸外国との法制度の調和という問題もあると思われる。

3 検討内容

 
 契約書作成の効果等

   具体的検討に先立ち,契約書作成の効果と当事者に契約書を作成させる立法手段を整理してみたい。
 契約書を作ることの効果としては,一般的には,契約当事者の意思を明確にする効果,契約締結時に当事者に慎重な判断を促す効果,訴訟等の争いになった場合の証拠としての効果,契約書を提示することで譲受人が第三者に対し自らが権利者であることを公示する効果等があると考えられる。また,当事者に 契約書を作成させる立法手段としては,以下のような方法が採り得るだろう。
(ア) 要式契約とする(契約書がなければ契約は成立しないとする。)。
(イ) 諾成契約であるが,書面作成義務又は書面交付義務を,両当事者又は一方に課す。
(ウ) 契約書がない場合,裁判所が契約の存在を認めない。
(エ) その他

 (ア)については,契約は当事者の意思表示の合致により成立するという原則を変更して,要式契約とすることには相当の理由が必要であるし,契約書がなければ契約の成立を認めないとすることまで必要かどうかの検討が行われなければならない。
 (イ)については,このような立法例は,特に事業規制として我が国にも見られるところであるが,いずれにせよ必要性について十分な検討を行わなければならない。
 (ウ)については,我が国の訴訟における自由心証主義の例外として,書証主義を採ることになるので,アと同様に相当の理由が必要であろう。

 過去の検討の整理

   過去2回の検討は,いずれも契約の要式化について検討しているが,著作権制度審議会では譲渡契約のみを,著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループでは利用許諾契約を含む著作物に係る利用契約全般を対象としている。
 従って,特に著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループにおける議論は,「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」についての議論であったと考えるべきであろう。一方,著作権制度審議会における議論では,要式契約化の意義を,当事者間の関係を明確にして将来における紛議を回避し,また,紛争が生じた場合における事実認定を容易にする等の点に認めていたようであり,それが「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」と「契約が譲渡契約であったかどうかの問題」のどちらを念頭においていたのかは明らかではないが,おそらく両者を区別せずに議論していたものと思われる。ただし,「書面による契約を期待すること」ができない譲渡契約の実態に言及している点は,主に「契約が譲渡契約であったかどうかの問題」を念頭にしていたと思われる。

 また,いずれの議論にも共通することは,要式契約化(すなわち,契約書のない契約の成立を認めないこと。)について,そこまでの必要性を認めていないということ,そして著作権だけの特別なルールを作ることについては消極的であったということである。
 我が国では,例えば不動産の所有権の譲渡契約についても諾成・不要式契約であるし,特許権の譲渡契約についても,登録しなければ移転の効力を生じないが,口頭の譲渡契約であっても無効ではなく,譲渡人は,譲受人に対して移転登録手続を行うべき契約上の義務を負う。そうすると,なぜ著作権の譲渡契約についてのみ書面を要求し,要式契約とする理由の説明は難しい。もっとも,不動産については登記することが一般的であるし,特許権については登録しなければ特許権が移転しない等,契約自体の成立とは別の面で当事者合意の書面による明確化が図られる仕掛けとなっている(書面がなければ登記又は登録を行うことができない)一方,著作権は登録が第三者対抗要件となっているがほとんど登録が利用されておらず,補完的役割を担っていないという違いもある。
 また,著作物の制作委託等の契約を行う際には,契約内容の具体的な条項の詰めを行う前に,受託者が著作物の制作に取りかかる場合も多いが,このように契約の履行行為が契約書の作成に先行するということは,著作物の制作委託に限らず我が国の契約実態としてしばしば見られるところである。
 我が国の契約法はこのような実態とも相互関係にあるため,著作権の譲渡だけに特別のルールを作った場合,著作物の制作委託等の実態等がこれに対応できるかどうかは疑問があり,少なくともそのためには大きな努力を必要とすると思われる。

 なお,契約書を作成させることで譲渡人である著作者に慎重な判断を促すといった著作者保護の発想は,過去の検討からは明示的には読み取れない。また,諸外国と法制度が異なることによる,書面なき外国著作権の譲渡の有効性や訴訟等の場面における扱いに係る国際私法上の問題の議論は一切行われていない。

 第1の問題点「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」の検討

   「譲渡された権利の範囲等の明確化の問題」は,利用許諾における「利用許諾契約における利用権の範囲の解釈問題」とも共通する契約の解釈問題である。当事者は契約の存在又は有効性を争っている訳ではないので,過去の議論と同様に,契約書がなければ譲渡契約の成立を認めないとする対応によって解決を図ろうとするのは適当ではないと思われる。
 もちろん,その他の手段により契約書作成を強制することで,一定程度の契約内容の明確化の効果は期待できるが,契約書を作成したとしても当事者の意思表示が書面上不明確であれば何の問題解決にもならないし,契約書があっても解釈についての争いが起きている実態にかんがみれば,要式契約化その他の契約書作成の強制は,問題に対する完全な解答とはならない。

 第2の問題点「契約が譲渡契約であったかどうかの問題」の検討

   契約が譲渡契約であったかどうか争う場合に,その解決策として譲渡契約の要式契約化及びその他の契約書作成の強制を制度化(証拠ルール化)することによって,紛争解決を容易にすることは可能であるが,これは,「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」について「契約成立の有効性を認めない」というペナルティを与える制度であり,このペナルティが課せられるのは著作権の譲渡を受けたと主張する側となる。
 しかし,この問題は,「当事者が著作権の帰属について明確に取り決めをしない(著作権の譲渡について書面で意思表示しない)」ことが原因であるなら,問題の解決法として著作権の譲渡を受けたと主張する側だけがペナルティを負う制度には疑問がある。

 もちろん,約款規制的な視点や独占禁止法的な視点から,例えば,個人の著作者が制作委託契約において,大企業である委託者から一方的に提示された制作委託契約約款中に著作権の帰属について一切触れられていなかったような場合に,当事者間で著作権の譲渡があったかどうかが紛争となったとすれば,裁判所が「表現使用者に不利に解釈」して譲渡契約の存在を否定するということがあるかもしれない。しかし,「著作権の譲渡について書面で意思表示しないこと」一般について,他の要素を考慮せずに,著作権の譲渡を受けたと主張する側に不利に判断することは適当ではない。

 なお,このような問題に対する判例からも特に基準は抽出できない。例えば,同一案件について,下級審と上級審で,事実認定が異なる場合も見られる。(注72)

 下請代金支払遅延等防止法の施行

   なお,弱者保護の観点からの対応としては,平成16年4月1日から施行された改正下請法により,新たにプログラムや映画・放送番組等の情報成果物の作成に係る下請取引等が規制対象となっている。同法では,下請取引の公正化を図ることを目的として,発注元である親事業者に対し,下請の内容,下請代金の額,支払期日及び支払方法等を記載した書面(3条書面)の下請事業者への交付義務を課しており,これによって,著作物の制作委託契約に関する契約の問題についても,一定程度の手当が行われていることにも留意すべきである。(注73)

4 検討結果

   諸外国の立法例をみると著作権の譲渡について書面の作成を要求する立法例は多い。しかし,我が国において同様の立法を行うことは,必ずしも適切であるとは言えない。

 その理由として,
1 不動産の所有権その他の物権の譲渡契約一般が要式契約とされていない我が国の法制度の中で,著作権の譲渡契約についてのみ要式契約とするだけの十分かつ合理的な理由を見いだせないこと,
2 著作権の譲渡について書面の作成を要求する国には,著作権に限らず,不動産の所有権や一定価値以上の権利の譲渡にも書面を求める等の法制度を採っており,それとは異なる法制度を採る我が国において同様に考えるべき必然性はないこと,
3 我が国の民事訴訟では,著作権の譲渡につき争いがある場合には,著作権の譲渡があったと主張する者がその点について主張・立証責任を負うとされ,契約書面がない場合には,それ以外の証拠方法によって譲渡契約の存在が認定されない限り,著作権の譲渡はなかったものと判断される。従って,契約書面のないことによる不利益は,現行法制度のもとでも譲渡を主張する側に発生しており,契約書面以外の方法により著作権譲渡を立証し得る場合にもそれを否定する法制度の必要性・妥当性について疑問があること,
4 むしろ自由心証主義のもとで裁判所が個別事案に応じた適切な事実認定及び契約解釈を行うことにより,合理的かつ公平な結論を得られると期待できること,
を挙げることができる。
 また,実態としても,
5 著作物の中には映画やゲームソフトのように経済的価値の大きいものや,小説や芸術写真のように高度の精神的活動の所産であるものが含まれる反面,業務報告書やスナップ写真のようにごく日常的に作成されるものも多数含まれ,それらの著作権の譲渡に一律に契約書面を要求するのは必ずしも適切ではないと思われる。

 なお,弱者保護の検討の必要性については,以下の理由から,著作権の譲渡契約に関して何らかの手当が必要な差し迫った状況にはないと考える。
6 原始的著作権者には零細な個人の著作者のみならず,大規模なソフトウェア会社・映画製作者等の法人や,個人であっても強大な立場を有する著作者もおり,原始的著作権者が必ずしも社会的・経済的弱者であると断じることはできないこと,
7 社会的・経済的弱者保護の法制度としては,制作委託契約に伴う著作権譲渡のケースに対象が限られると思われるが,既に下請法による規制が存在しており,著作権法とは異なる法制度のもとで社会的・経済的弱者である著作者の保護を図る余地があること,

 ただし,諸外国の法制度と比較した場合,我が国の法制度がかなり特殊であることから,今後,仮に我が国において著作権の譲渡契約を要式契約化した場合にどのような不都合が生じるおそれがあるかについて,更に議論を深める必要がある。

 また,国際化の進展に伴い,著作権が国際取引によって譲渡される場合が多くなっているが,我が国の法制度が著作権譲渡について契約書面の作成を要求しないとすれば,諸外国では契約書面を要求されることが多いことから,
  1)我が国の著作権を譲渡する契約の準拠法が契約書面を要求する国の法律であった場合,2)逆に,著作権譲渡に契約書面を要求する国における著作権を,我が国の法律を準拠法とする契約によって譲渡する場合,
のそれぞれに生じる国際私法上の問題(注74)を検討しておく必要がある。
 また,外国の裁判所で争われた際にどのような結論になるのかについても,注意が必要である。

(注71)  社団法人日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)は,「著作権法改正に関する要望事項」として著作権等に係る契約の要式化が出されているが,譲渡に限らず利用許諾を含む要望であること,また理由の中に著作物等の多種多様な利用形態の登場をあげていることから,特に1の問題についての要望であると考えられる。
(注72)  原色動物大図鑑事件(東京地裁昭和62年1月30日判決・判例時報1220号127頁,東京高裁平成元年6月20日判決・判時1321号151頁) なお別事件であり,事情も異なる事案ではあるが,類似するケースで著作権譲渡の有無に関し結論を異にした判決例としてブランカ写真事件(東京地裁平成5年1月25日判決・判例時報1508号147頁)とアイビーロード写真事件(東京高裁平成14年7月11日判決)がある。
(注73)  同法の運用に関する公正取引委員会の運用基準(「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(全部改正)平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号)は,情報成果物作成委託に係る作成過程を通じて発生した知的財産権につき,親事業者がその作成の目的たる使用の範囲を超えて知的財産権を自らに譲渡等させることを『下請事業者の給付の内容』とする場合には,3条書面に情報成果物に係る知的財産権の譲渡・許諾の範囲を明確に記載する必要があるとしている。
(注74)  著作権譲渡の原因関係である契約と,目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とは区別され,それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきであり,前者については法例第7条により準拠法が定められ,後者については保護国の法令が準拠法となるものと解される(東京高裁平成13年5月30日判決・判例時報1797号111頁,東京高裁平成15年5月28日判決・判時1831号135頁参照)。そして,著作権譲渡に契約書面を要するかどうかは,前者の問題に属する(したがって我が国では法例第7条によって定められる準拠法に従う。)ことになると思われるが,なお検討が必要である。

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