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3   インターネットを通じた著作権侵害に係る国際裁判管轄及び準拠法の在り方について

(1)ハーグ国際私法会議における検討状況について

   ハーグ国際私法会議は,1992年の米国の提案を受け,2000年に「民事及び商事に関する裁判管轄及び外国判決に関する条約」を採択することを目指し,作業を進めてきた。当初,国際裁判管轄及び外国判決の承認,執行のルールを定める相当に包括的な条約の策定を目指していたが,主に米国と欧州間の裁判管轄に対する基本的な考え方に大きな隔たりがあることから,様々な管轄ルールを盛り込むことは困難との結論に達した。この結果,裁判所の選択合意に限定した条約を策定することとし,2003年12月に特別委員会が開催された。
   「裁判所の選択合意に関する条約作業部会草案」における著作権に関する検討事項は以下のとおりである。

1 「草案」においては,特許,商標などの登録を要する知的財産権の有効性に関する訴訟は適用除外することがほぼ固まっているが,著作権については,その有効性についても適用対象に含めるとの考え方が有力である。

2 著作権については,すべて条約の適用対象とされ,当事者による裁判所の選択が有効と認められることで問題は生じないか。
   同条約が適用されることにより,専属的管轄合意がなされている裁判所の判決は,締約国内において原則として承認,執行されることとなるが,これにより我が国の権利者及び利用者にとって不利な状況が生じないか。
   適用除外としなかった場合でも,例えば懲罰的損害賠償など,被告にとってあまりに不利な判決が下されたときは,条約上,承認(執行判決)が求められる限度で執行することができることになるが,これで問題ないか。

(参考3)ハーグ条約第1条
       1. この条約は,民事又は商事に関する裁判所の選択に関する合意に適用される。
  2.              (省略)
  3. この条約は,次の事項に関する手続には適用されない。
(a)〜(j)   (省略)
(k)特許権,商標権及び〔その他の知的財産権−追って定義〕の有効性
       4〜7          (省略)

(参考4)ハーグ条約第7条   承認及び執行
       1. 裁判所の選択合意により指定された締約国の裁判所が下した判決は,この章に従って他の締約国の裁判所において承認され,又は事件によっては執行されるものとする。承認及び執行は次の場合にのみ拒否することができる。
(a)〜(d)    (省略)
(e)承認又は執行がそれを求められた国の公序に明らかに反する場合
       2〜5          (省略)

(参考5)ハーグ条約第11条   損害賠償
       1. 非填補的な損害賠償(懲罰的損害賠償を含む。)を命じる判決は,承認又は執行を求められた国の裁判所が類似又は同等の損害賠償を命じたであろうとされる限度で承認及び執行される。この規定は,承認又は執行を求められた裁判所が判決をした裁判所の命じた損害賠償額の全額までの額について自国法に基づいて承認又は執行することを何ら妨げるものではない。
  2.             (省略)

(2)国際裁判管轄に関する最近の判例について

   国際裁判管轄については,国際ルールが存在しないだけではなく,我が国においても直接規定する法規がない。一方,我が国では,以下のような判例法が確立している。
1 当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定することが相当であること。
2 民事訴訟法に規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは,我が国において裁判を行うことが,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に反するような「特段の事情」が存在しない限り,当該訴訟事件につき,日本の国際裁判管轄を肯定するのが相当であること。
   なお,著作権を巡る国際裁判管轄については,平成13年6月に最高裁判決が出された「円谷プロ事件」及び平成14年11月に東京地裁判決が出された「鉄人28号事件」がある。

(参考6)最高裁平成13年6月8日判決
【事件の概要】
       被告タイ在住のタイ人は,「ウルトラマン」などのテレビ映画について原告日本法人から独占的利用許諾を受けていると主張して,原告から別途許諾を受けている第三者とその取引先に警告書を送付するなどの行為をした。そこで,1当該著作物の著作権者である原告が著作権を有すること,2被告に対する損害賠償などを求めて日本国の裁判所に提訴した。
【判決要旨】
    ・「特段の事情」は認められないとして,日本の国際裁判管轄を肯定
   原告の請求は多岐にわたるが,判決は,1被告の日本における本件著作物に関する著作権不存在確認については,「請求の目的たる財産が日本に存在するから,日本の民訴法に規定する財産所在地の裁判籍が日本内にあることは明らかである。」とし,また,2本件警告書送付による不法行為に基づく損害賠償請求については,日本に住所などを有しない被告に対し提起された民事訴訟法の不法行為地の裁判籍の規定に基づいて,「原則として,被告が日本においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。」とした上で,本件において,被告が本件警告書を日本において宛先各社に到達させたことにより,原告の業務を妨害した客観的事実は明らかであるなど判示して,結論としてすべての請求について日本の裁判管轄を肯定した。
   なお,判決は,本件訴訟とタイ訴訟の内容は同一ではなく,訴訟物が異なることから,本件訴訟について被告を日本の裁判権に服させることが当事者間の公平,裁判の適正・迅速に期するという理念に反するものということはできないとして,日本の裁判所の国際裁判管轄を否定すべき「特段の事情」は認められないとした。

(参考7)東京地裁平成14年11月18日判決
【事件の概要】
       原告日本法人は,「鉄人28号」をアメリカで発行することを被告米国法人に対し許諾をしていたが,被告が第三者に対し当該著作物のTシャツを複製及び販売することを原告に断りなく許諾したため,被告の行為は原告の米国著作権を侵害するとして,米国内での侵害行為の差止め及び損害賠償を求めて日本の裁判所に提訴した。
【判決要旨】
    ・裁判所は職権により国際裁判管轄の存在を否定して,訴えを却下
   判決は,1被告が米国州法に基づき設立した外国法人であり,かつ日本国内に主たる事務所又は営業所を有し,あるいは被告の代表者などが日本国内に住所を有することを認めることができないため,日本国内に被告の普通裁判籍はない。2不法行為地は米国内であるため,不法行為地の裁判籍も日本国内にない。3被告は本件につき応訴していないので,応訴管轄も認められない。4損害賠償支払の義務履行地としての裁判籍が日本国内になると解する余地はなくはないが,日本で訴訟が提起されることについての被告の予測可能性,被告の経済活動の本拠地などを考慮すると,「日本の国際裁判管轄を認めて日本で裁判を行うことは,正に当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に著しく反する」との理由から,日本の国際裁判管轄を否定。

(3)準拠法に関する最近の動向について

   我が国においては,「法例」(明治31年法律第10号)により,準拠法決定ルールが定められており,不法行為については,第11条第1項で「原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律」によるとされ,「不法行為地法主義」が採用されている。その不法行為地の決定に当たっては,「加害行為地法説」と「結果(損害)発生地法説」の2つの考え方が存在する。
   現在,法制審議会において「法例」の現代化が検討されている。具体的には,不法行為一般について,1一定の要件の下で結果発生地法によることとするか否か,2当事者による事後的な準拠法指定を認めるべきか否か,3当事者間の法律関係を侵害する不法行為についてはその法律関係の準拠法によることとすべきか否か,4当事者が同一の常居所地を有するときはその常居所地法によることとすべきか否か,5一般的な例外条項(回避条項)を設けるべきか否か,6不法行為を類型化して特則を置くか否かなどが検討されており,知的財産権侵害について特則を設ける可能性についても検討されている。
   著作権についてはベルヌ条約第5条第2項の「保護国法主義」の原則が適用されるとされている。この「保護国法主義」の明確化を国際的に働き掛け,国際的な規模での法的安定性を実現するとともに,上記の我が国の国際私法立法に設けられるルールがこの国際約束に反することがないように注意していく必要がある。

    (参考8)法例第11条第1項
事務管理,不当利得又不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル。

  (参考9)ベルヌ条約第5条第2項
1の権利の享有及び行使には,いかなる方式の履行をも要しない。その享有及び行使は,著作物の本国における保護の存在にかかわらない。したがって,保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法は,この条約の規定によるほか,専ら,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。

(4)今後の対応について

   国際裁判管轄については,ハーグ国際私法会議での包括的な管轄ルールの作成が困難となり,また,国内法上も明文の規定がなく,さらに,蓄積された判例も少ないため,実際にインターネット上で著作権侵害が起きた場合など,どの国に国際裁判管轄が認められるか,予見可能性が低いことが問題と考えられる。
   著作権は,登録などの行政手続きを要しない私権の一つと位置付けられるので,登録国にその有効性についての争いの専属管轄を認めるという特別の取扱いをする必要がなく,一般の民事事件と同様に国際裁判管轄を定めればよいというのが一般的見解である。とはいえ,著作権は無体財産権であるので,不法行為地管轄や財産所在地管轄の場合,どこにその「地」を見出すかが問題となる。この点については,昨年の報告書でも記載したように,一般的な不法行為での法的評価や国際的動向を見極めつつ,慎重に検討を進めるべき問題である。
   他方,著作権侵害の準拠法については,国内法においては法例第11条第1項,条約においてはベルヌ条約第5条第2項といった規定が設けられているものの,著作権の場合の「不法行為地」や「保護国」の特定は容易ではなく,特にインターネット上での著作権侵害については,どの国の法律が準拠法となるかについては予見可能性が低いことが問題となる。引き続き,ベルヌ条約第5条第2項の解釈の明確化を国際的に働き掛けていくことが求められる。

 

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