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3   利用者の保護の在り方について

   利用者の保護の在り方については,平成15年1月の文化審議会著作権分科会審議経過報告(以下「審議経過報告」という)において整理されたように,利用者が利用許諾契約による法律関係を著作権等の譲受人に主張することができる手段を与える対抗要件による保護と,それ以外の方法による保護が考えられる。

   なお,利用者の保護については,著作権等が第三者に譲渡された場合だけでなく,権利者が破産したときに破産管財人が行う利用許諾契約の解除の問題もある。これについては,本年9月に法務省の法制審議会が出した「破産法等の見直しに関する要綱」によると,破産管財人の双方未履行の契約に関する解除権の規定は,「賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約については,相手方が当該権利について登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件3を備えているときは,適用しないものとする」ことで改正が予定されている。この制度改正により,通常実施権の登録制度が整備されている特許権や商標権は現行制度のままでも,破産法改正の効果を享受できるが,著作権等の場合は,新たに制度を創設しない限り,破産法改正の効果を享受できないことになる。

   対抗要件による保護とそれ以外の方法による保護を整理すると次のとおりである。

(1)対抗要件による保護


   1

現行制度

   著作権法では,著作権等の譲渡やこれらの権利を目的とする質権の設定・譲渡等については,取引の保護の観点から,登録をしなければ第三者に対抗することができない(第77条,第88条,第104条)。また,当該登録については,登録原簿に申請の内容が掲載又は記録され公示されることになっている。不動産や他の知的財産権についても,その権利変動について,対抗要件の制度又は効力発生要件の制度が整備されているところであり,登記・登録により権利変動の内容が公示されることになっている。

   また,物権又は物権的権利の権利変動だけでなく,例えば特許法等の産業財産権の場合,物権的権利ではない通常実施権について特許権の譲受人等に対抗するためには,登録が必要である。不動産の場合についても,民法では,物権ではない賃借権は登記がないとその後に不動産の物権を取得した者に対抗できないことになっている(民法第605条)が,借地借家法により,例えば借家の場合,登記がなくても建物の引渡しがあった後は,賃借人による建物の占有を公示と考え,その後にその建物の物権を取得した者に対し対抗できることとしている(借地借家法第31条第1項)。

   なお,著作権法の著作権又は著作隣接権に関する登録は,特許権等の産業財産権の権利設定登録や不動産登記の保存登記と異なり,著作物等を創作等した時点では何らの登録も必要としなことから,対抗要件の登録であれば,権利変動があって始めて,登録申請が行われ,著作物等ごとに登録原簿が作成されることになる。この登録制度は,様々な理由から活用されているとは言えず,平成14年度実績で,例えば,著作権譲渡の登録は,プログラムの著作物が67件,その他の著作物が237件の合計304件にとどまっている。

2 公示による制度

 
ア.

登録

(ア)基本的な考え方
   著作権等の譲受人が第三者に著作権等を主張するためには登録が必要であるとの現行制度を前提にすると,それに対抗して利用許諾契約に基づく利用者を保護するためには,現行制度との均衡上,利用許諾契約に関する登録制度を創設するのが最も分かりやすい方法である。

   著作権等に関する登録制度は余り利用されていないとはいえ,著作権等の場合においても,他の物権又は物権的権利と同様,著作権等の二重譲渡等が行われた場合,誰が本当の権利者であるかを確定するためには,登録を必要としている。権利変動に関する登記・登録制度の必要性の有無については,物権又は物権的権利全体の問題にも係わることであり,この制度の変更が難しいと言うことであれば,著作権等の譲渡取引と利用許諾に係る取引との優劣を争う際に,特に利用許諾に係る取引について,登録による公示の必要性がないという特別な理由が見出せない限り,特許等の通常実施権の登録のように,登録による公示の制度を基本として制度の仕組を考える必要がある。

(イ)問題点等
   ただし,利用許諾に係る登録制度を考える場合,例えば次のような問題があるので,現在の登録制度と同様の制度にするかどうかは再検討が必要である。

   a.    現在の登録申請は著作物等ごとに行われており,登録原簿は著作物等ごとに調製される。利用許諾に関する登録について,この制度との整合性をとろうとすると,申請は著作物等ごとに行う必要があるが一つの契約の中で多数の著作物等の利用を許諾することも多いこと,著作権等の譲渡取引に比べて利用許諾に関する取引の件数は比較にならないぐらい多いことなどから,現行の制度の拡大による登録制度は,申請に係る手続きの煩雑さや登録免許税などの経済的負担の問題から,利用者が活用しにくい制度になる可能性がある。

b.    利用許諾契約の内容が公示により明らかになることは取引内容の秘密保護の点で支障となる場合がある。

c.    著作物等の利用許諾の取引は,著作権等の譲渡の取引とは異なり,著作権等の移転が伴うものではないこと,一の権利者が多数の契約を結ぶものであること等から,権利者(許諾者)及び利用者の両者による登録申請しか認めない場合,権利者の協力が得られない可能性がある。

   このような理由から,登録による公示制度を採用する場合には,必ずしも著作権等の譲渡のような精緻な登録制度である必要はないのではないかと考える。
   例えば,著作物等ごとの登録ではなく利用許諾契約ごとの登録にした上で,登録原簿を見ただけでは利用許諾契約の内容の詳細はわからないが,著作物等を譲り受けようとする者が調査することが可能な程度に対象となる著作物等を示し,誰と誰とが何時利用許諾契約を締結したか等,著作物等を利用する権利を識別し得る最低限の情報を公示するだけの簡易な登録制度なども検討の余地があると考えられる。

   この場合,著作権等を譲り受けようとする者は,利用許諾の具体的な内容を把握するためには,権利者に説明を求めたり,利用許諾契約の開示を求めたりしつつ,契約内容を確認する手続きの負担を負うことになるが,著作権等の譲渡に限らず,業務上取引をする場合は相手方の信用度や説明の信憑性などについて調査を行うのは当然のことであるから,このような調査を行うことは大きな問題ではないと考える。

イ.

事業化の事実

(ア)基本的な考え方
   登録によらない制度としては,利用許諾契約に基づき,著作物等の複製物の製造・販売等の事業を行っているという事実をもって,著作権等の譲受人に対抗することができることとする制度が考えられる。これは,事業化の事実があれば著作権等を譲り受けようとする者は,著作権等の譲渡取引の前に当該事実を認識できたはずであるとして,事業化の事実を一種の公示と考え,対抗要件を付与しようとするものであり,先述の不動産の占有を公示と考える制度と類似している。また,特許法では,対抗要件の制度ではないが,先使用という考え方があり,特許出願の内容を知らないで発明の実施である事業をしている者又は実施の準備をしている者は,一定の条件の下で,その特許出願に係る特許権について通常実施権を有するとしており(特許法第79条),この制度も参考になっている。

(イ)問題点等
   この制度については,不動産の占有の場合は一般に占有の事実が外部から容易に確認できるのと異なり,事業を行っている事実の認定が難しいものにならざるを得ない。例えば適法な利用かどうかを見極めるため利用許諾契約の内容を開示させる必要があるかどうか,継続的に著作物等が利用されているかどうかの判断基準をどのように定めるか等の解決すべき問題が多いと考えられる。また,かかる事実の認定は最終的には裁判所が決めることになるが,認定基準があいまいなものであれば,著作権等の譲受人や利用者は,事業の新たな実施や継続的な実施に大きな危険負担を抱えることになり,かえって利用秩序が混乱することも考えられる。

   なお,特許法の先使用制度に類似した制度として,対抗要件によらない制度と位置付けることは可能であると考える。例えば,事業化の事実があれば,独占性は保護されないが引き続き著作物等を利用できるという制度が考えられるが,著作権等の譲受人が被る不利益や独占性の保護の問題などの検討が必要なことに加え,破産法改正との関係で対抗要件によらない制度には問題がある。


3

公示によらない制度(書面による契約)

(ア)基本的な考え方
   公示によらない制度としては,利用許諾契約が書面(電子契約を含む)によりなされているときは,その事実をもって,著作権等の譲受人に対抗できるとすることが考えられる。法体系が異なるため対抗要件制度とは言えないが,例えば米国著作権法(第205条(e)4)に類例がある制度であり,利用許諾の膨大な件数に関し登録機関に申請する必要がないこと(煩雑な申請手続きや登録免許税の支払いが不要)や本来秘密にしておきたい取引実態が明らかにされないことなどの点で利用者側に利点があり,考慮に値する制度と考える。

(イ)問題点等
   制度上の問題としては,我が国のように物権又は物権的権利の変動について,登記・登録等による公示を必要とする制度の下で,債権が物権又は物権的権利より優先的効力を有するとの一般原則に関する例外的措置として,公示を必要としない簡単な方法によって対抗要件を付与する制度を設ける理由をどう説明するかである。

   この場合,著作権等の譲渡等の取引との比較において,著作権等の譲受人は利用許諾契約の存在を知らないまま著作権等の譲渡契約を結ぶ可能性があるという著作権等の譲受人側の不利益(著作権等の譲渡取引の安全性の低下)についてどう考えるか,また,特に著作権等の場合は,権利の対象となる著作物等は日常的に創作等が行われており,著作権等の譲渡取引や利用許諾の取引も日常的に行われているが,先述したように登録制度が余り利用されているとは言えない現状において,著作権等の譲受人は登録機関に申請し登録しないと利用許諾契約に基づく利用者に対抗できないこととのバランスをどう考えるか等の検討が充分行われる必要がある。

   著作権等の譲受人が被る不利益については,著作権等の無体物に対する権利は,有体物のそれとは異なり,仮に著作権等の譲受人が著作権等の譲渡契約時に利用許諾契約の存在を知ることができなかったとしても,当該利用許諾契約の利用者に対し,著作権等を主張できないだけであり,自ら利用すること,及び第三者と新たに利用許諾契約を締結することができるので,著作権等の譲受人が被る不利益は受忍限度内であり問題ないとする意見があるところである。

   確かに有体物と無体物では権利の性質は違うが,後述する「利用許諾契約に基づく許諾者の地位の承継」との関係で,利用許諾契約により,利用者が著作物等を独占的に利用することができる権利を有している場合には,許諾者の地位の承継の態様によっては,著作権等の譲受人は第三者に新たに利用を許諾することが制限される可能性があるなどの問題もある。

   以上のように,この制度は著作権等の譲受人にとって利益になるものとは考えられないが,この不利益が譲受人にとって受忍限度内のものであるかどうか。また,仮に当該不利益が受忍限度外とすれば,それを軽減するための制度的措置が考えられるかどうかなどについて詳細な検討が必要である。

   なお,書面による契約については,著作権等の譲渡が行われたのを知ってから契約書を作成するなどの可能性もあることから,契約締結の事実が客観的に証明されるよう確定日付きの証書にしておく必要性も検討する必要がある。

(2)対抗要件によらない保護(利用許諾契約の承継)

   1 基本的な考え方
   著作権等の譲受人が悪意の場合,すなわち利用許諾契約を承知している場合に利用許諾契約を承継させる(譲受人が善意無過失で利用許諾契約を承知していない場合には譲受人は利用許諾契約を承継せず,譲受人に軽過失があって利用許諾契約を承知していない場合には譲受人は利用許諾契約を承継するものの独占性については承継せず,譲受人に故意又は重過失がある場合には譲受人は独占性を含め承継することとする)制度は,利用許諾関係が,著作権等と結合する一種の状態債務関係として著作権等とともに移転するという考え方に基づくものであり,我が国の物権又は物権的権利に係る対抗制度の在り方に影響を与えず,かつ著作権等の譲受人が契約関係を承継するため,利用者が著作物等を利用する権利は保護することが可能である。

2 問題点等
   この制度については,主として譲受人側の事情によって契約関係の承継の形態等が決まるため,利用者側が主体的に利用の継続のための措置を講じる手立てがない等の点で,利用者の保護に欠けるとの意見がある。また,先述の破産法の改正との関係で,対抗要件によらない制度は,破産時の保護に問題を残すことになる。



3   無体物の利用許諾は,有体物のそれとは異なり複数の者になしうることから,他に利用許諾を受けた者に対抗するための登録等は考えられないので,「破産法等の見直しに関する要綱」の趣旨は,著作権等をその後に取得した者に対抗するための登録等という意になると解される。
4    第205条(e)矛盾する著作権の移転および非独占的使用許諾の間の優先
 
       非独占的使用許諾は,使用許諾の対象となる権利の保有者またはその適法に授権された代理人が署名した書面によって証明され,かつ,以下のいずれかにあたる場合には,登記されているか否かを問わず,矛盾する著作権の移転に優先する。
(1)使用許諾が移転の実行前に受けられたこと。
(2)使用許諾が移転の登記の前に行われかつそれを知ることなく善意で受けられたこと。
出典:山本隆司・増田雅子 共訳『外国著作権法令集(29)―アメリカ編― 』(社団法人 著作権情報センター,2000年)p.123
    ※なお,米国著作権法では,「独占的使用許諾(exclusive license)」を「譲渡(assignment)」と同様に「著作権の移転(”transfer of copyright ownership”)」の概念に含めている。(第101条)

 

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