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3   文化庁が著作権教育を実施するための重要な視点

   パソコンやインターネットに代表される情報技術の急速な発達・普及により、学校、家庭、企業、団体、地域などあらゆる「場」で、その「目的」や「形態」は異なるものの、著作物等が創作され、利用されている。

   著作物の利用手段が限られていた時代は、一部の関係者が著作権に関する知識を有していれば特に問題は生じなかった。しかしながら、現在のように誰でも著作者になれ、利用者になれる時代にあっては、国民一人一人が著作権に対する知識を身に付け、他人の著作権を尊重する気持ちを持つことが必要である。国民の著作権に関する認識が低ければ、無断利用が横行し、例えば正規品の市場を脅かすことによって、著作者の創作意欲を奪うことにもなりかねず、ひいては我が国の文化の発展を阻害することにもなる。

   一方で、現状では、国民が著作権について学習しようとしても、著作権等の知識を身に付けることができる「場」は少なく、著作権知識の普及に適した「資料」や「教材」等も不足している。また、地域や職場で著作権知識を普及したり、そのための研修会等を企画したりできる「人材」も極端に不足している。

   このようなことから、国民の著作権を尊重する意識を涵養し、我が国文化の発展に寄与するためには、関係者の協力を得て著作権教育に関する施策を強力に推し進めることが重要な課題となっている。

   著作権教育小委員会は、昨年度の同委員会の検討結果と本年度の検討結果を踏まえ、このような状況を少しでも改善し、著作権に関する知識の普及の促進を図るために、文化庁が留意すべき重要な視点について、以下のとおり提言する。


   著作権教育に関する実態を把握し中期的な目標を策定すること

   学校、大学、地方自治体、社会教育施設、一般企業などの団体や地域社会においては、一般に著作権に関する意識は低いといわれているが、実際に関係者がどの程度の著作権に関する知識を有しているのか、実際に著作権教育が行われているかどうか、行われているとすればどのような形で行われているのかなど、今後著作権教育に関する施策を有効に展開するために必要な基礎資料がないのが現状である。

   今後文化庁や著作権関係団体等が事業を推進する場合、効率的で効果的な事業を実施するためには、信頼できる基礎資料が必要であり、文化庁は、関係者の協力も得て早急に実態の把握に努めるべきである。

   また、著作権教育に関する施策は、長期にわたり継続的に実施する必要があり、例えば単年度で一定の効果が得られる事業はほとんどないと考えてよい。
   したがって、事業の実施に当たっては、長期的な目標を念頭に置きつつ3年から5年程度の中期的な目標を設定し、目標の達成度や内容の評価を行いながら、事業の改廃を進めていくべきである。


   著作権に関する研修の機会を拡大すること

   文化庁では、一般向け、教職員向け、図書館職員向け等を対象とした著作権講習会等を開催しているが、社会の著作権に対する関心の高まりとともに受講者数も年々増加している。これらの講習会は、著作権について学ぶ機会が少ない人にとって大変有意義なものであるので、今後も常に内容等に改善を加えながら、引き続き実施することが望ましい。

   しかしながら、従来型の講習会では、文化庁が相当の努力をしても受講者数に限界があるので、文部科学省のエル・ネットやインターネットなどの新しい情報提供手段を活用し、受講者数の拡大に努めるべきである。

   また、関係機関・団体等で行われる研修会・講習会等にも積極的に協力し、講師の派遣・紹介、資料や教材の開発・提供に努めるべきである。

   学校向け事業を優先的に実施すること

   文化庁では、国民各層に対する著作権に関する知識の普及を促進するため、各種講習会の実施、学校向け指導書や教材の開発、研究協力校による著作権教育の指導法の研究、インターネットであらゆる著作権に関する質問に答える「著作権なんでも質問教室」(バーチャル著作権ヘルプデスク)などを内容とする「著作権学ぼうプロジェクト」を実施している。これらの事業は今後も推進していく必要があるが、限られた人員及び予算で行うことから、効率よく事業を実施し、最大限の効果をあげるためには、事業の対象者について優先順位を付して実施していく必要がある。

   この場合、最も高い優先順位が付されるものは学校教育を対象とした事業であり、その中でも教育を担任する教員向けの事業の充実に努めるべきである。また、事業の内容についても、基本的知識を学ぶための講習会の実施、指導法・教材等の開発・提供などに際し、研究協力校における実践の成果を有効に活用して、よりよいものとなるよう常に改善に心がける必要がある。

   著作権教育指導者を養成すること

   学校、大学、地域社会など多くの場所で著作物の創作及び利用が行われており、関係者の著作権に関する意識は高まりつつあるものの、現実には著作権に関する知識は不十分なものであり、これらの関係者に対する著作権教育は一つの課題である。これらの関係者に対する文化庁の施策としては講習会の実施などが考えられるが、文化庁が直接事業を実施することには限界がある。また、それぞれの場において啓発的で実用的な内容の体系的な研修会・講習会を企画することについても、各機関や地域の現状では難しい面がある。

   このため、文化庁は、教育機関、地方自治体関連機関、社会教育施設などのうち、著作権教育の拠点になる機関の職員や、著作権関係団体等の職員を対象とした著作権教育指導者の養成に力を入れるべきである。

   この著作権教育指導者は、各機関や地域からの著作権相談を受けたり指導・助言を行ったりするとともに、研修会・講習会の企画や教材作りなどの核になる人材として活躍するものである。

   著作権教育指導者の養成に当たっては、文化庁は、各機関や地域から推薦された人に対し、ある程度の期間をかけて、著作権制度に関する知識をはじめとして、著作権教育事業の企画・立案能力の向上、指導方法の取得、教材等の活用方法等の幅広い知識を取得させるととともに、再研修や継続的な資料や教材の提供などにも配慮する必要がある。なお、研修の成果が一定水準以上の者には修了証書を授与するなどして、各機関等において著作権教育指導者が人材として活用されやすいように一種の資格制度のように機能させることも効果的である。

   分野等の要望にあった研修用標準カリキュラムを開発すること

   著作物等はあらゆる場所で創作され、利用されているが、著作物等が利用される場所や形態によって必要とされる知識が異なるのは言うまでもない。例えば大学では、著作物の創作形態も多様であり、その利用についても権利が働く場合と働かない場合があるなど法律関係が複雑である。一方、例えば企業における利用については、権利者に無断で利用できる場合はほとんどなく、その意味で著作権問題としては単純である。

   このような状況を踏まえると、著作権教育指導者の業務を支援し、著作権教育が円滑に行われるようにするために、文化庁は、学校関係者、大学関係者、地方自治体職員、図書館・博物館・美術館・公民館職員、一般企業など異なる分野ごとに、研修用の標準的なカリキュラムの開発・提供を行うことが効果的である。

   この研修用標準カリキュラムは、当該分野に直接関係する事項及び一般的に理解しておく事項などを整理し、内容項目及びその配列、内容項目ごとの理解の到達目標、時間配分、関連する話題、関連団体や専門的人材の情報などを体系的に構成したもので、これをモデルとして、著作権教育指導者がその分野の要望にあった研修会や講習会を企画することができるものである。

   また、学長、校長、館長、所長、社長などの組織の責任者やリスク・マネジメントの管理者に対して啓発するための研修プログラムと、例えば窓口担当者や契約担当者などの実務者が学習するための研修プログラムとでは、研修の観点や内容の重点事項も異なってくるため、分野別の視点のほか、階層別・職種別の研修用標準カリキュラムの開発・提供を行うことも有意義である。

   なお、これらの研修用標準カリキュラムの作成に当たっては、分野ごとにいくつかの機関で試験的に実施してみるなど、その効果を実証した上で普及を図っていく必要がある。

   文化庁と著作権関係団体等との連携・協力を深めること

   文化庁は、今後も著作権教育の充実・強化に努めるべきであるが、著作権教育の充実は、著作物等の創作や流通に携わっている著作権関係団体等にとっても共通の課題である。著作権関係団体等では、関係団体が関連する業界の実情や、関係団体における人材や予算の状況に応じ、特色のある著作権教育関連事業が実施されている。また、これらの事業は、各団体が独自に行っているものや、利害が一致する複数の関係団体が共同して行っているものなど様々であり、その対象としている分野や年齢層などもまちまちである。

   このような著作権関係団体等が行う事業は、基本的に尊重すべきであるが、著作権教育の充実という課題に対処するためには、一方で、文化庁の事業と著作権関係団体等が行う事業が、うまく連携・協力して、相乗的な効果をあげるような施策も必要と考える。

   著作権関係団体等が組織している「著作権教育連絡協議会」などの場を利用して関係者が協議し、例えば、学校向けの多様な教材を提供するため、いくつかの団体が連携・協力して、それぞれの団体の特色を生かしながら教材を製作し、文化庁が作成した教材も含めて一つの窓口で提供できるような仕組みを構築するなどの施策が実現できれば、著作権教育に関する施策は大きく前進すると考えられる。

   また、著作権関係団体等が多様な教材を作成し、それを提供することのほか、例えば、各種の研修会や学会等が開催される際に、教材その他の情報が提供されている関係団体の情報を一括して紹介した資料を配布することや、各団体間でホームページのリンクのはり方を工夫することなどにより、教材の所在やその内容の情報が得やすくなるよう努めるべきである。

   さらに、「著作権教育連絡協議会」の場を通じて、著作権関係団体が利用者団体等と積極的に交流をもち情報交換を行ったり、あるいは権利者関係団体、利用者団体、著作権に関心をもつ団体等が関心のある課題について協議を行ったりすることにより、それぞれの事業に対する新たな要望を把握したり既存の事業の改善を図ることにもなると考えられる。

   その他配慮が求められる事項

(1) 広報の充実

   著作権制度に関する正しい認識を国民各層に普及し、啓発していくためには、文化庁のホームページや各種広報誌を活用したり、各種マスコミと連携するなどして、現行制度の概要や法改正による新たな制度などの最新の情報について、広報の充実に努めるべきである。

   なお、この場合、利用者の一番の関心事は、ある利用行為を権利者の許諾なく行った場合に、それが権利侵害となるのかどうかである。特に学校、大学等においては、著作権が制限されて権利者に無断で利用できる場合があるので、利用者側の関心も高い。しかし、複雑な事例であれば個別の状況に応じて判断せざるを得ない問題でもあるため、一般的に解説することが難しい面もあるが、一般国民がある程度の理解がしやすいような解説の方法について、今後研究していくことが望まれる。

(2) 外部評価基準の導入の研究

   大学においてその教育・研究の質的向上を目的として外部評価の視点が導入されつつあるが、例えば、大学の管理運営が適切に行われているのかどうかの基準のひとつとして、2、1「大学における著作権教育の在り方について」示した具体策の取組状況なども評価の観点として取り入れることができないかなどについても、今後研究していくことにも意義がある。






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