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知的財産の創造,保護及び活用に関する推進計画(総論)


1.はじめに

我が国を取り巻く状況》
   これまで我が国は,欧米の先進的な技術を貪欲に導入し,これを基盤としながらその上に漸進的な改良・改善を積み重ねるとともに,勤勉で良質な労働者のチームワークを如何なく発揮することで,世界に冠たる「ものづくり」のシステムを築き上げることに成功した。この結果,80年代の我が国は,発展途上国のみならず欧米諸国の注目を集める存在であった。
   しかしながら,「失われた10年」と言われる90年代に入って,こうした状況は一変した。いわゆるバブル経済が崩壊して以来,長期化する不良債権問題など数々の要因が複合的に重なり合って,我が国はいまだに未曾有の不況から本格的に脱却できない状況にある。

環境の変化とそれへの対応の遅れ》
   90年代初めまで世界のトップであった我が国産業の国際競争力が,近年著しく低下した要因には様々なものが考えられるが,その一つとして,近年の急速な環境の変化の中で,我が国がこれまでの成功体験ゆえに,旧態依然とした制度に甘んじ,従来の「日本型モデル」を大胆に変革することができなかったという側面を挙げることができる。
   例えば,経済活動のグローバル化,世界的な競争の激化・加速化といった環境の変化の中で,我が国産業の事業形態がいまだに総花的であり,国際競争力のある事業分野への「選択と集中」が進んでいないといった問題がある。
   また,アジア諸国が,我が国産業の国際競争力に与える影響も無視し得ない。アジア諸国は,近年の急速な技術水準の向上と格安な人件費などを武器に,低コストで規格化された製品を大量に作り出すという作業において,今や我が国を凌駕しつつある。一定の品質を維持しながら,コスト競争力を活かして競争優位を追求するという我が国産業がこれまで得意としたアプローチは,今日,その有効性が低下している。

知識経済下におけるイノベーションの重要性と改革の必要性》
   現在の我が国経済を考える上で,上記に加えて,経済成長の源泉に関するもう一つの要因変化に着目する必要がある。それは,今日の先進国の経済成長において,技術革新・イノベーションが果たす役割の重要性が増大しているという点である。「知識経済」という言葉に象徴されるように,今日の経済活動において知識が生み出す付加価値の重要性は,以前に比べて格段に高まっている。現在,企業が直面している競争は,同一製品・サービスをめぐる伝統的な価格競争というよりも,他社とは差別化した革新的な製品・サービスをめぐる,よりダイナミックな競争にその比重が移りつつある。
   このような状況の下では,絶え間なくイノベーションを生み出し続ける必要があり,そのためには,卓越した個人の能力とそれを十分に活かすシステムが重要となる。しかしながら,この点に関する限り,我が国にはまだまだ改善すべき点が多いと思われる。今後,少子高齢化の進展に伴い労働人口が減少し,また,これまでのような旺盛な投資活動にも限界があるとすれば,我が国の経済成長の鍵を握るのは,まさにイノベーションによる生産性向上なのである。
   したがって,今後とも我が国が持続的な経済成長を遂げていくためには,一刻も早く,イノベーションが持続的に生み出される仕組みを整える必要があり,そのために大胆な改革を早急に進める必要がある。幸い,我が国の産業界や大学等には,これまでの経済発展を支えた知的ストックが存在しており,「知識経済」という新たな環境に対応した独創的・革新的な成果を生み出していくことは,決して不可能なことではない。我が国は,勤勉で有能な労働力にあふれている。知識・技術といった無体の資源は,土地やエネルギーといった有体で有限の資源とは異なり,それを創造する独創的な個人が存在する限り枯渇することはないのである。
   また,近年,我が国の映画,アニメ,ゲームソフトといったコンテンツは,世界で高い評価を受けている。国内においても,ブロードバンドを利用したコンテンツビジネスが新しい産業として飛躍する可能性に注目が集まっている。このため,狭義の技術だけでなく,コンテンツの創造,保護及び活用を図ることも重要となっている。

「知的財産立国」の実現に向けて》
   「知識経済」という新たな環境の下でイノベーションやコンテンツを生み出し,それらを経済成長の糧としていくためには,まず,大学等における知的創造活動を刺激・活性化する必要があるが,それだけでは十分と言えず,その成果を知的財産として適切に保護し,それを有効に活用することによって,初めて経済の活性化が図られる。
   このような認識に基づき,知的財産を戦略的に創造,保護及び活用することにより活力ある経済社会を実現するための国家像として,知的財産戦略会議は,昨年7月に知的財産戦略大綱を取りまとめ,その中で「知的財産立国」を目指すこととした。「知的財産立国」とは,発明・創作を尊重するという国の方向性を明らかにし,「ものづくり」に加えて,技術・デザイン,ブランドや音楽・映画等のコンテンツといった価値ある「情報づくり」,すなわち無形資産の創造を産業の基盤に据えることにより,我が国経済社会の再活性化を図るというビジョンに裏打ちされた国家戦略である。
   米国においては,特許訴訟における控訴審レベルの判決が不統一であり,その弊害が大きくなっていたことから,1982年に特許訴訟を専属的に扱う連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が設立された。CAFCの設立は判例の統一を主眼としたものであったが,それにより権利の安定性や判決の予測可能性が向上したことで,結果として,特許を重視した事業活動の展開に貢献することとなった。そのため,CAFCの設立は,米国における特許重視(いわゆる「プロパテント」)の流れの中で中心的な役割を果たしたと考えられている。
   また85年には,大統領の諮問委員会により,米国の競争力に関する報告書,いわゆる「ヤング・レポート」が取りまとめられた。その後,米国は,ガット・ウルグアイラウンドにおいて締結された知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)や二国間交渉を通じて,知的財産権の保護が不十分な国において保護水準の引上げを図り,米国企業の海外展開を側面的に支援した。
   このように,米国における80年代の諸般の改革や知的財産を重視するという姿勢への変化が,本格的な情報化時代の到来や知識経済化の進展といった社会経済情勢の変化に呼応した形で,米国産業の国際競争力を回復強化させ,長期にわたる経済成長の実現に貢献したことは確かであると思われる。
   他方,我が国においては,昨年11月に知的財産戦略大綱を受けて知的財産基本法が制定された。本年3月からは,同法に基づき,内閣に知的財産戦略本部(以下「戦略本部」という。)が設置されている。これにより,知的財産推進計画(以下「推進計画」という。)を策定する体制が整い,「知的財産立国」の実現に向けた新たな一歩を踏み出したこととなる。そして,米国に遅れること20年,先の見えない重苦しい閉塞感に包まれる今こそ,既存の枠組みや従来の発想にとらわれない推進計画を策定して,知的財産戦略を推進していかなければ,我が国の経済再生は手遅れになってしまう虞がある。
   ただし,このことは,単に米国の制度をそのまま導入すればよいということを意味するものではない。知的財産制度は国際的な広がりを持つものである以上,それは国際的に通用するものでなければならないのは当然のこと,それにとどまらず,我が国独自の確固たる戦略に基づき構築されなければならない。
   このような認識に立って,今後,戦略本部は大胆な改革を実施できるよう,推進計画に盛り込まれた施策の推進を強力に後押ししていく必要がある。特許やノウハウ,映画・ゲームソフトなどのコンテンツといった知的財産を国富の源泉として,これを最大限に活用することにより,一刻も早い「知的財産立国」の実現を目指すことこそが,我が国経済が持続的成長を続けていく上での喫緊の課題であるといえる。
   そのためには,大学,企業,政府等のあらゆる部門で,従来の制度や慣行をゼロから見直し,世界に通用する制度を作り上げることが必要である。

知的創造サイクルの活性化》
   知的財産を有効に活用して国富を増大させるためには,研究開発部門やコンテンツの制作現場において質の高い知的財産を生み出し,それを迅速に権利として保護し,そして産業界においてその付加価値を最大化させていくことが求められる。さらに,そうした流れが確固たるものになればなるほど,その流れは骨太かつ盤石なものとなり,より拡大された知的財産の再生産が始まることになる。つまり,そこに好循環(「知的創造サイクル」)が生じることになる。
   「知的財産立国」とは,一部の知的財産に関係する人々の営みによってのみ実現されるものではなく,知的財産によって得られる果実を万人が享受し,そしてその恩恵に啓発されて,万人による知的財産の創造活動が始まる流れの中で実現されるものである。
   そうした意味において,真の「知的財産立国」を実現するためには,創造,保護,活用,そしてそれらの活動を支える卓越した人材の育成など,国民全体の社会的参画の視点を踏まえた上で,それぞれの取組を最大限に行うことはもちろんのこと,それらを一体的,有機的な連携の下に行わなければ,知的創造サイクルを早く大きく展開させることはできない。

「知的財産立国」により実現される社会》
   「知的財産立国」は,発明や創作を尊重するという国の方向性を明らかにし,「ものづくり」に加えて,技術・デザイン,ブランドや音楽・映画等のコンテンツといった価値ある「情報づくり」によって,我が国経済社会の再活性化を図るということである。
   戦後,荒廃した我が国経済を強力に牽引してきたのは,様々な製造業に代表される「ものづくり」であったが,今後は,他国の追随を許さない我が国独自の「情報づくり」を基盤としていくことになる。また,そうした情報から生み出される付加価値を最大限活用することによって,アジア諸国の急速な追い上げを受けている「ものづくり」も活性化させることが可能となる。
   「情報づくり」とは,これまで我が国を支えてきた「ものづくり」の基盤をなすものであると同時に,新たな事業分野を切り開くものである。したがって,「知的財産立国」の実現により,我が国製造業の技術力・競争力の回復・強化のみならず,新たな雇用機会の創出を通じて,経済を活性化させることも期待できる。
   また「情報づくり」は,我が国産業の国際競争力の強化やその持続的な発展,そこからもたらされる国民全体の所得水準の向上に伴う物質的な豊かさの実現だけに寄与するわけではない。それは同時に,音楽や映画,アニメ等のコンテンツを作ることでもあり,それはとりもなおさず,我が国の「文化」そのものを作ることである。したがって,「知的財産立国」においては,質の高い魅力ある文化が育まれ,それを我々が広くあまねく享受することによって,精神的な豊かさも実現することが期待できるのである。


2.「知的財産立国」実現に向けた取組方針

3つの視点》
   我が国の知的財産制度は,特許法にせよ著作権法にせよ,その起源は明治時代にまで遡り,今日の経済社会に深く根ざすものとなっている(現行法の枠組みが形成された昭和34年(特許法),昭和45年(著作権法)からも既に数十年以上が経過している。)。他方で,古くから社会に存在する制度であればある程,その制度が時代の要請に応えているか否かを不断に検証する必要があり,これまでも累次の制度改正が行われてきたところである。
   しかしながら,今日の経済社会の変化のスピードは極めて早く,その変化の度合いはダイナミックである。現在,我が国はいまだ長期にわたる不況から脱することができず,将来に対する明確なビジョンを模索している状態である。「知的財産立国」という目指すべき方向が明らかとなった今こそ,社会経済情勢の変化に受動的に対応するのではなく,これを先取りする改革を行って,早急に経済を再生させる必要がある。
   このため,以下のような方針をもって,「知的財産立国」の実現に取り組むこととする。

    (1)「従来の枠にとらわれない,知的財産に関する特例を作る」
   我が国産業の国際競争力を強化し,活力ある経済社会を実現できるよう,知的財産制度の国際調和を推進するとともに,それと方向性を一にしつつ国富の増大に資する制度であれば,従来の既成概念にとらわれることなく,大胆かつ柔軟にそうした仕組みを構築すべきである。

    (2)「国際競争力のある,世界に通用する制度を作る」
   今や世界はボーダレスエコノミーとなっており,魅力ある市場環境を求めて,企業が国を選ぶ時代になっている。そして,知的財産戦略を企業経営の中核に位置付ける会社が多くなる中,事業者にとって魅力ある知的財産制度を構築した国は,そこに世界各国の企業が集まり,様々な事業活動が活発となって,結果として国が発展することになる。既に世界各国において,知的財産制度の競争は激化しつつあり,我が国においても,それに遅れることなく世界に通用する魅力ある制度を構築すべきである。

    (3)「時機を逸することなく,迅速に改革を行う」
   「私は,かなり現実に拘泥せずに世界を見つめていたつもりであるが,やはり日本の現状に心をとらわれ過ぎていた。今や世界はものすごいスピードで進歩している。」とは,今から50年前の本田宗一郎氏の言葉である。
   いわんや,現在の世界は,「ドッグ・イヤー」と言われるほど大変なスピードで変化し続けており,その中で淘汰されないためには,時機を逸することなくその変化に適合できるよう,企業もさることながら,国の制度も変化し続けなければならない。

実施体制》
   「知的財産立国」を実現していく上で,我が国にはもはや一刻の猶予も残されていない。
   推進計画に盛り込まれた施策の実施に当たっては,担当府省が責任を持って取り組むこととする。また,担当府省が複数に及ぶ場合には,互いに緊密な連携を確保することで,実施の推進を図ることとする。このため,推進計画における具体的施策ごとに担当府省が付されている。
   戦略本部は,担当府省の取組状況を恒常的に確認するとともに,施策の取組が遅れている場合などには,その実施を促すものとする。また,担当府省が複数に及ぶ場合などで,意思疎通が十分に図られていない等の理由により,施策の実施が遅れている場合には,戦略本部が総合調整を行うこととする。推進計画における具体的施策の担当府省として,特に戦略本部は明記されていないが,以上のような意味において,戦略本部はすべての施策の実施に関与することになる。
   さらに,重要性の高い政策課題については,担当府省の取組と同時に戦略本部においても調査審議することとする。そのため,知的財産戦略本部令(平成15年2月政令第45号)第2条の規定に基づき,戦略本部に専門調査会を設置する。
   また「知的財産立国」は,広く国民全体が意識を共有することによって初めて実現されるものである。そのため,戦略本部は,広く一般からの意見を不断に求めるとともに,地方における取組を活性化させると同時に忌憚のない意見を聴取するため,本年秋以降,全国各地において,知的財産に関するミニ・タウンミーティングを開催することとする。

スケジュール》
   推進計画策定後の当面の目標は,2003年度中に取り組むべき施策の着実な実施とともに,2004年に開かれる通常国会に,できる限り多くの知的財産関連法案を提出することとする。
   また,2003年度末を目途に推進計画の進捗状況をフォローアップし,その結果とともに知的財産を取り巻く環境の変化も踏まえつつ,必要な施策の追加・拡充を図ることとする。


3.「知的財産立国」実現に当たって配慮すべき事項

    (1)中小企業・ベンチャー企業への支援
   中小企業は,我が国の産業基盤を支え,地域経済の担い手として極めて大きな役割を果たしている。またベンチャー企業に対しては,新産業の創出の観点から期待が高まっている。昨今の厳しい経済情勢の下,追加的な労働力や十分な運転資金の確保が期待できない今こそ,多様で活力ある成長発展をしていくために,中小企業・ベンチャー企業は知的財産の重要性を改めて認識し,その戦略的な保護・活用に取り組む必要がある。
   しかし中小企業・ベンチャー企業は,多くの場合,事業を支える革新的な技術を有していても,それを知的財産として保護し活用するという意識が乏しく,また大企業に比べて,実施体制も決して十分とはいえない。
   このため政府は,知的財産の創造,保護,活用及び人材育成のあらゆる分野において,中小企業・ベンチャー企業向けの必要な施策を行う必要がある。

    (2)地域の振興
   近年,地方分権の流れの中で,地域の特性を活かした特色ある地域社会が実現されつつある。
   そうした中で,地方自治体においても,知的創造の拠点たる大学等を地域の核として,関連研究機関,研究開発型企業との産学連携によって,革新的な技術開発を実現するなど,知的財産に関する取組が本格化しつつある。また,そこで生まれる人的ネットワークを基盤とし,技術情報,経営情報などの経営資源を関係者間で共有することを通じて,地域クラスターを形成し,地域特有の新規事業を開拓するという動きもみられる。
   政府は,今後とも引き続き,全国各地において特色ある発明や創作が生み出され,国全体が知的財産を核として豊かになれるよう,こうした取組を推進していく必要がある。

    (3)行政・司法のサービス向上
   「知的財産立国」の実現に向けて,行政や裁判所は真摯にユーザーの要望に耳を傾け,不断にサービスの向上に努める必要がある。
   また,一般の国民にとって,知的財産はその技術的専門性や法律的専門性ゆえに,これまで馴染みが深かったとはいえない状況にある。
   したがって,行政や裁判所は,社会のネットワーク化が進展している状況を踏まえ,知的創造サイクルを早く大きく回すために,国民に対して積極的に一層の情報提供を進め,出願手続きの合理化や,先駆的な発明等の知的財産権に関する紛争処理手続きの見直しなどサービスの向上に努めるべきである。

    (4)競争政策の重要性と表現の自由などの重視
   知的財産権の強化は情報化時代の必然である反面,権利の強化には弊害も伴い,具体的には,競争上の弊害と,表現の自由等の現代社会が有している基本的価値との抵触が考えられる。
   競争上の弊害の除去については,独占禁止法を中心とした競争法がその中心をなし,必要に応じてその強化もかかせない。米国においては,知的財産の独占に対しても独占禁止法が厳しく適用されており,そのことが競争を生み出し,その結果として新たな産業の発展につながっている。我が国においても,バランスのとれた適切な対応が必要である。
   また,知的財産の保護があまりに過度となった場合には,公正かつ自由な競争,学問・研究の自由,表現の自由などといった現代社会が有している基本的価値と抵触する可能性がある。したがって,これらの基本的価値に留意しつつ,バランスのとれた知的財産制度を目指す必要がある。
   なお,大学においては,知的財産の創造,活用への期待に応えていくことが求められる一方,大学における本来的な役割である教育を忘れてはならない。さらに,大学における知的財産に関する制度設計は,大学における学問・研究の多様性を踏まえた柔軟なものとすることが肝要である。


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