1. |
概要
世界知的所有権機関(WIPO)では、近年のデジタル化・ネットワーク化に対応して、著作隣接権による放送機関の保護の在り方が検討されている。1998年以降、WIPO著作権及び著作隣接権に関する常設委員会(SCCR)にて議論がなされており、今回会合(2004年6月7日〜9日)が第11回に当たる。我が国からは、文化庁(池原国際課課長、岩松国際著作権専門官)、総務省、ジュネーブ代表部が参加した。
これまでに、各国政府から条約形式で提案がなされるとともに、放送条約の具体的な内容について議論がなされてきた。我が国も第2回会合(1999年)において論点に関する文書を提出し、第5回会合(2001年)において条約形式の提案を行い、第9回会合(2003年)においてインターネット放送機関の取扱いについて文書を提出するなど、積極的に関与してきた。
本年4月に、これまでの議論及び各国からの提案を踏まえて議長より「各国提案をまとめた条約案(Consolidated Text、以下「条約テキスト」)」が提示された。今回会合では、条約テキストに基づき、 放送条約の保護の対象、 放送機関に付与される権利等、 今後の進め方について議論が行われた。
放送条約の保護の対象、放送機関に付与される権利等については、後に述べるとおり、各国政府及びNGOから様々な意見が述べられた。その後、今後の進め方について検討したが、ブラジル、エジプト、インド等からは、「放送条約の具体的な内容について各国の隔たりが大きいことから、外交会議の開催は時期尚早」との発言もあったが、我が国、EUをはじめとする各国から、「デジタル化・ネットワーク化に対応した本条約締結の必要性を認識し、外交会議の開催の検討を求める」旨の発言がなされた。この結果、本年9月に行われる一般総会にて、放送条約の外交会議の開催について議論されることとなった。また、本年11月に第12回SCCRを開催し、修正された条約テキストに基づき、さらに実質的な議論を進めることとなった(第11回SCCR会合の合意事項を参照)。
以下、条約テキストの概要並びに今回SCCR会合の結果概要について述べる。
【第11回SCCR会合の合意事項】
著作権等常設委員会は、第11回会合において、以下のとおり推薦する。
1. |
放送機関の保護について
(1) |
一般総会
2004年9月に行われる一般総会の冒頭において、放送機関の保護のための外交会議の可能性について検討を行う。 |
(2) |
第12回SCCR会合
SCCR議長は第12回会合(2004年11月17日〜19日)のために、条約テキストの修正版を用意する。条約テキストでは、ウェブキャスティングの条項や各国の支持が少ない提案を括弧書きにする。第12回会合の議論の結果を評価し、外交会議の開催の開催日や準備作業について決める。その上で、議長は外交会議で用いる基本条約案を作成する。 |
(3) |
地域会合
一般総会及びSCCRでの検討を受けて、WIPOは参加国から要望のあった適切な場所にて地域会合を開催する。 |
|
2. |
データベースの保護について
データベースの保護は第13回SCCR会合の議題とする。関係国の要望があった場合には、その後、適切な間隔を置いて議論する。 |
|
|
2. |
条約テキストの内容
これまでのSCCRでの議論を踏まえて、本年4月にSCCR議長が各国提案をまとめたものである。本テキストはあくまで各国提案を束ねたものであり、基本条約案に当たるものではない。今後の議論で修正されるものであるが、現時点での条約テキストの事項は以下のとおりである。
第1条 |
|
他の条約との関係 |
第2条 |
|
定義 |
第3条 |
|
適用範囲 |
第4条 |
|
受益者 |
第5条 |
|
内国民待遇 |
第6条 |
|
再送信権 |
第7条 |
|
公衆への伝達権 |
第8条 |
|
固定権 |
第9条 |
|
複製権 |
第10条 |
|
譲渡権 |
第11条 |
|
固定された放送の送信権 |
第12条 |
|
固定された放送の利用可能化権 |
第13条 |
|
放送前信号の保護 |
第14条 |
|
制限及び除外 |
第15条 |
|
保護期間 |
第16条 |
|
技術的手段に関する義務 |
第17条 |
|
権利管理情報に関する義務 |
第18条 |
|
方式 |
第19条 |
|
留保 |
第20条 |
|
適用期間 |
第21条 |
|
権利行使の確保に関する規定 |
第22条 |
|
総会 |
第23条 |
|
国際事務局 |
第24条 |
|
締約国となる資格 |
第25条 |
|
この条約に基づく権利及び義務 |
第26条 |
|
署名 |
第27条 |
|
効力発生 |
第28条 |
|
締約国について効力が生ずる日 |
第29条 |
|
廃棄 |
第30条 |
|
言語 |
第31条 |
|
寄託者 |
|
3. |
保護の対象
条約テキストでは、保護の対象として、 (伝統的)放送、 有線放送、 ウェブキャスティング、 放送前信号が規定されている。
(伝統的)放送、 有線放送を保護の対象とすることについては、各国、概ね合意が得られた。
ウェブキャスティングとは、コンピュータネットワーク上での音声又は影像の送信行為をいう。ウェブキャスティングの保護については、米国から「放送条約は技術の進展を踏まえて策定すべきであり、近年、盛んになってきているウェブキャスティングも保護の対象とすべき」との発言があったが、米国提案を支持する国はほとんどなかった。我が国の方針は「ウェブキャスティングはその性質上(伝統的)放送と差異が大きく、保護の対象や要件など検討を要する事項が多いため、今回の放送条約の議論とは切り離して検討する」というものである。
また、EUはウェブキャスティングを保護の対象とする米国提案には反対するものの、「(伝統的)放送機関がウェブキャスティングを行う場合には、放送機関には、放送の権利に加えて、ウェブキャスティングの権利を付与する」案を主張している。これは、欧州でBBC放送等がインターネット上での同時送信事業を開始しており、放送機関がインターネット上での海賊行為に対して権利行使ができることを目的とするものである。欧州提案は、同一のウェブキャスティングを行う場合、(伝統的)放送機関であれば、著作隣接権が付与される一方、ウェブキャスティングのみを行う機関であれば、著作隣接権が付与されないものであり、我が国、米国等は、保護の公平性の観点から反対している。以上の議論の結果、ウェブキャスティングに関連する事項は引き続き検討することとなった。
放送前信号については、多くの国から、何らかの保護が必要である旨の発言があった。
また、本テキストでは、米国等の提案を受けて「放送機関」が定義されている。同定義によれば、「放送機関」とは「音声または影像の公衆への送信を行い、かつ、コンテンツの収集及び編成について主導し、かつ責任を有する法人」を意味する。ローマ条約では「放送機関」の定義がないが、本テキストでは「放送機関」は放送を行うだけではなく、送信内容にも責任を持つものとされている。今後、我が国の法制度及び実態も踏まえながら、「放送機関」の定義について対処する必要がある。
|
4. |
具体的な権利等
放送機関に付与される具体的な支分権、権利の制限・例外、内国民待遇、技術的保護手段・権利管理情報に関する義務、保護期間、締約国となる資格等について議論が行われた。
(1) |
放送機関の支分権について
条約テキストでは放送機関に付与される支分権が規定されている。このうち、ローマ条約で付与されていないものとしては、 再送信権、 固定された放送の送信権、 固定された放送の利用可能化権、 譲渡権が挙げられる。これらに関する議論の結果は以下のとおり。
 |
再送信権、 固定された放送の送信権
ローマ条約の制定当時、放送形態は主に生放送であったことから、同条約では、同時の再放送に限定して「再放送権」が規定されている。現在は、固定された放送の異時の再放送が一般的に行われていることから、放送の海賊版対策を目的として、異時の再放送に係る権利の付与が求められている。条約テキストでは、 「再送信権」として「同時の送信」を対象にし、 「固定された放送の送信権」として「異時の送信」の行為を対象としている。この場合の「送信」は「有線、無線、コンピュータネットワーク等のあらゆる手段による送信」を対象としている。
本規定によれば、コンピュータネットワークも含めたあらゆる手段による再送信が対象となる。本権利は、WPPTでは認められていない「公衆送信権」とも一部重なることから、他の隣接権とのバランスも考慮しつつ、慎重に対処する必要がある。
|
|
 |
固定された放送の利用可能化権
インターネットの普及により、コンピュータネットワーク上で放送の違法掲載・送信が行われる恐れがある。利用可能化権は、アップロードの段階で違法行為を捉えることができることから、インターネット環境において有効であり、条約テキストでは、固定された放送の利用可能化権が規定されている。
一方、利用可能化の形態としては、 サーバー等のメモリーに蓄積する(固定を伴う)形態と ストリームなどメモリーに蓄積されない(固定を伴わない)形態があることから、我が国は、固定された放送の利用可能化権のほか、固定されていない放送の利用可能化権の付与を提案している。これに対し、欧米は、コンピュータネットワークによる「再送信権」を主張しており、今後、本権利について調整が求められる。
|
 |
譲渡権
放送番組の海賊版の流通を防止する観点から、譲渡権の付与が検討されている。本権利は「著作権に関する世界知的所有権機関条約(WCT)」、「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)」でも付与されており、本権利の付与について、特段、各国から反対する意見はなかった。 |
|
|
(2) |
技術的手段に関する義務について
我が国においても、昨年末、地上波デジタル放送が開始されており、放送機関からは、暗号化された放送に対する何らかの保護が求められている。放送条約の検討においては、アルゼンティン等は「暗号化された番組信号の暗号解除について、技術的手段による法的救済を講じるべき」として、詳細な規定を提案している。暗号解除にかかる法的措置に関しては、WCT、WPPTでもアルゼンティン等から同様の提案がなされたが、同措置はアクセスコントロールという新たな権利の付与につながるとの懸念から、最終的には導入が見送られている。本件については、著作権・他の著作隣接権とのバランスを考慮しつつ、慎重に対処する必要があると考えられる。
|
(3) |
締約国となる資格
米国等は、放送条約はデジタル化・ネットワーク化に対応したものであり、同様の趣旨であるWCTやWPPTの締結への動機付けとなるよう、放送条約の締約国の資格として、WCT、WPPTの締結を条件として求めている。これに対して、他の国は、他の条約と同様、放送条約を独立した条約として扱い、WCT、WPPTの締約の要件を課すべきではない旨主張した。 |
|
5. |
今後の進め方
最終日、SCCR議長から、放送条約に関する今後の進め方についての案が提示された。放送条約について、外交会議に向けて検討を進めるべきとする議長案に対し、ブラジル、エジプト、インド等からは、未だ各国意見の隔たりが大きいことを理由に、現時点では条約締結に向けたとりまとめを行うことに反対するとの主張がなされた。これに対し、我が国、EU等から、これまでの議論を踏まえ、外交会議開催に向けて検討を進めるべきとの主張がなされた。その後、一般総会に向けた推薦内容の具体的な記述について議論がなされたが、ブラジル、エジプト、インド等の意向を受けて表現が修正され、最終的には、前述のとおり合意された。
今後、外交会議に向かって、9月の一般総会及び11月の第12回SCCR会合で検討が進められることとなる。今後の具体的なスケジュールは以下のとおり。
9月27日〜10月5日 |
第38回一般総会(外交会議の開催について議論) |
11月17日〜19日 |
第12回SCCR(本テキストの修正案に基づき検討、
外交会議の開催についても議論) |
2005年以降 |
基本条約案の作成
地域会合(未定)
外交会議の開催(未定) |
|
6. |
データベースの保護に関する議論
今回SCCRでは、放送条約の検討のほか、データベースの保護に関する意見交換がなされた。その中で、米国からは、個人・法人を対象としたデータベースの保護に関する法律が議会で検討されている旨の報告がなされ、EUからは2002年に発出された「データベースの保護に関するEUディレクティブ」の内容とEU加盟国の対応状況について報告があった。
その後、本件の今後の取扱いについて議論がなされた。インド、ブラジル等からは他の優先度の高い案件との関係から、本件をSCCR検討事項から落とすべきとの主張がなされたが、欧米等の先進国から、国際的な調和によるデータベース保護の必要性が主張され、引き続き、第13回SCCRで検討することとなった。
|
7. |
おわりに
1998年以降、放送機関の保護の在り方が検討されてきたが、今回、初めてSCCR議長から条約テキストが提示され、議論が行われた。今後、条約の具体的な内容について、本格的な交渉が始まる。
また、9月の一般総会において、放送条約の外交会議の開催が議論されることとなる。一般総会では、本件のほか、 国際特許収入の減少に伴う予算の見直し、 特許の国際的な調和のための条約策定、 伝統的知識の保護の在り方等が議論される予定である。近年、WTO等において、途上国の影響力が高まってきていることから、一般総会では、放送条約の策定に向けて検討が進むよう、関係国の意向も聴取しながら、慎重に審議を進める必要がある。
放送条約は、デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権・著作隣接権の見直しの一部をなすものであり、他の権利者とのバランスを確保するためにも、早期の条約採択が求められる。我が国としても、未解決課題の合意など、実質的な議論の進展に向けて、積極的な役割を果たしていきたい。 |