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資料4

2003年10月31日
道垣内正人

著作権をめぐる事件の国際裁判管轄


1.はじめに

   特許権をはじめとする工業所有権については、その付与の国家行為性に故に、その有効・無効についての裁判は登録国の専属管轄とされるのが一般的であるのに対し、著作権は私権の一つと位置づけられ、特別扱いをする必要はなく、一般の民事事件の管轄規則に従うものとされている。したがって、著作権をめぐる事件であるからといって、特別の議論にはならない。
   ただし、著作権が目に見えないものであることから、不法行為地管轄、財産所在地管轄の有無の判断において、どこで侵害されたか、どこに所在するかについて、有体物とは異なる問題がある。

2.日本法

   一般に、日本では、国際裁判管轄について次のような判例法が確立している。最高裁昭和56年10月16日判決(民集35巻7号1224頁)は、1日本には国際裁判管轄を直接規定する法規はないこと、2そこで、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であること、3もっとも、民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、国際裁判管轄を肯定するのが右条理に適うこと、以上の基本的枠組みを示した。そして、これを受けた下級審裁判例は、1から3に、4として、たとえ3により管轄が認められるべき場合であっても、具体的事案において管轄を肯定することがかえって右条理に反するような結果となるような「特段の事情」があれば、管轄を否定するという調整装置を追加して具体的妥当性の確保につとめてきた。そして、今日では、この4は最高裁も認めるところとなっている(最高裁平成9年11月11日判決(民集51巻10号4055頁)。
   学説は、4が一般条項化して管轄ルールが不明確になることを懸念する見解も相当にあるが、基本的には判例法を支持している。というのは、事件の国境を越えた移送ができない以上、何らかの形で具体的妥当性を図る余地を認める必要があることは確かであり(通常は日本に管轄を認めないような場合であっても、外国では法律上・事実上裁判ができないようなときには、緊急管轄として管轄を肯定する余地もある)、国際裁判管轄についての明文の規定がない現状のもとでは、曖昧さが残ることは仕方がないと考えられているからである。
   立法論としては、明文の規定を置くことが必要であり、後述のハーグ国際私法会議の条約作成プロジェクトは期待がかけられていた。

   著作権をめぐる事件については、次のような判決がある。

最高裁平成13年6月8日判決(民集55巻4号727頁)
   「ウルトラマン」のテレビシリーズについて被告(タイ在住のタイ人)がその著作権者である旨主張し、日本法人に対して警告書を送付する等の行為をしたため、原告(日本法人)が提訴した事件。
   諸請求のうち、2被告が日本において本件著作物についての著作権を有しないことの確認請求についての国際裁判管轄は、「請求の目的たる財産が我が国に存在するから、我が国の民訴法の規定する財産所在地の裁判籍(民訴法5条4号、旧民訴法8条)が我が国にあることは明らかであ」り、訴えの利益もあるとして管轄肯定。
   4原告が本件著作物につきタイにおいて著作権を有することの確認請求、及び、5被告が本件著作物の利用権を有しないことの確認請求などは、これらが、「いずれも本件著作物の帰属ないしその独占的利用権の有無をめぐる紛争として、本件請求1(警告書送付による損害賠償請求)及び2と実質的に争点を同じくし、密接な関係があるということができる」として併合の裁判籍(民訴法7条本文、旧民訴法21条)に依拠して国際裁判管轄を肯定。

   なお、原審の東京高裁平成12年3月16日は、財産所在地管轄について、次のように判示している。
   「2   本件において、我が国に財産所在地の裁判管轄があるかどうかについて検討する。
(一)   民訴法五条四号は、日本国内に住所がない者又は住所が知れない者に対する財産権上の訴えは、請求若しくはその担保の目的又は差し押えることができる被告の財産の所在地の裁判所にこれを提起することができると定めている。
   本件についてみると、控訴人は、前記のとおり、本件訴訟において、訴えの交換的変更の申立てにより、被控訴人が、本件著作物の日本国における著作権を有しないことの確認を求めているものであり、控訴人主張のとおり、日本国における著作権の所在地が日本国内に存在することは、権利の性質上明らかというべきである。そうすると、控訴人の新請求については、我が国に財産所在地の裁判管轄があるものというほかない。
(二)   しかしながら、控訴人の新請求については、確認の利益を認めることができない。すなわち、・・・控訴人の新請求に係る、日本国における本件著作物の著作権に関しては、未だ日本国内においては具体的な紛争が存在せず、抽象的に紛争発生の可能性があるというにすぎないものであるから、新請求について確認の利益の存在を認めることができず、その確認を求める訴えは、却下を免れない。そして、このように訴えの却下を免れない請求に基づき、他の請求につき併合請求による裁判管轄を認めることは、不合理であるから、許されないと解すべきである。」
「(三)   訴えの交換的変更前の請求(旧請求)は、タイ王国における著作権を目的とするものであるから、新請求における財産所在地が我が国にあるのと同じように、その財産所在地はタイ王国であるものというべきである。」

   これについて、「無体物についての対世的権利である著作権の所在地の特定には擬制を伴うが(たとえば民事執行法167条3項)、被告の普通裁判籍等がなくても、財産権としての著作権の帰属等を決する裁判についての管轄を肯定する必要があるというべきであり、右の判断は相当であろう。なお、著作権についても「属地主義」と言われることがあり、右の判断もこれとの関係で理解しようとする向きもあり得る。しかし、公法的な位置づけから「属地主義」という表現の妥当する特許法等とは異なり、著作権を私権の一つに過ぎないと解する以上、著作権の準拠法は保護国法であるとの表現が用いられるべきであり(ベルヌ条約5条2項参照)、権利の準拠法と権利の所在地はそのまま直結するわけではないので(一般の債権の場合、外国法を準拠法とする債権でも債務者の住所地が所在地とされる)、たまたまそれが一致するとしても、準拠法とは区別して議論すべきである。」との見解がある(著作権判例百選(最新版)・道垣内)。

東京地裁平成14年11月18日判決(判例時報1812号139頁)
   漫画「鉄人28号」をアメリカで「ジャイガンダー」として発行することを原告(日本法人)が被告(米国法人)に許諾していたところ、被告は第三者に本件著作物の登場人物をTシャツに複製して販売することを許諾した。そこで、原告は被告の行為は原告の米国著作権を侵害するとして、米国内での行為の差止め及び損害賠償を請求する訴訟を提起。被告は応訴せず。
   裁判所は職権により国際裁判管轄の存在を否定して、訴えを却下。
   その理由として,差止を求める請求について、これが「不法行為に関する訴えに当たると解することができるとしても、不法行為地は合衆国内であり、不法行為地の裁判籍(民訴法5条9号)が我が国内にあるということもできない。」 損害賠償を求める請求についても同じ。
   「原告は、損害賠償金支払の義務履行地は原告の住所地(東京都豊島区)である(民法484条)と主張するところ、仮にこれを肯定すれば、形式的には、義務履行地としての裁判籍(民訴法5条1号)が我が国内にあると解する余地がなくはない。しかし、前記のとおり、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。本件訴えは、我が国に住所を有する原告がアメリカ合衆国に住所を有する被告に対して提起したものであり、我が国に訴訟が提起されることについての被告の予測可能性、被告の経済活動の本拠地等を考慮すると、同訴えについて、我が国の国際裁判管轄を認めて我が国で裁判を行うことは、正に、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に著しく反するものというべきである。」

3.ハーグ国際私法会議での議論

a. 「民事及び商事に関する裁判管轄権及び外国判決に関する条約案」

   
(1)    1999年10月の特別委員会で採択され、2001年6月の外交会議に提出されたもの
  第12条   専属管轄
1   不動産の物権又は賃貸借を目的とする手続においては、当該不動産が所在する締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。ただし、賃貸借が目的となっている手続において、賃借人が他国に常居所を有する場合はこの限りでない。
2   法人の有効性、無効若しくは解散又は法人の機関の決定の有効性若しくは無効を目的とする手続については、当該法人の準拠法の属する締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。
3   公的な登記又は登録の有効性又は無効を目的とする手続においては、当該登記又は登録が保持されている締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。
4   特許権、商標権、意匠権その他の寄託又は登録を要する類似の権利の登録、有効性、無効、[取消し又は侵害]を目的とする手続については、寄託又は登録が申請され、行われ、又は国際条約の条項によって行われたとみなされる締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。前段の規定は、著作権又は著作隣接権を登録することができる場合であっても、それらの権利には適用しない。
[5   前項の規定は、特許権の侵害を目的とする手続に関し、この条約又は締約国の国内法に基づく他の裁判所の管轄権を排除するものではない。]
[6   前各項の規定は、同項に定める事項が前提問題として生ずる場合には適用しない。]

 
(2)    2001年6月の外交会議での審議の結果まとめられたもの。

  第12条   専属管轄
[1   不動産の物権又は賃貸借を目的とする手続においては、当該不動産が所在する締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。ただし、[6か月以下の期間について締結された]賃貸借が目的となっている手続において、賃借人が他国に常居所を有する場合はこの限りでない。]
[2   法人の有効性、無効若しくは解散又は法人の機関の決定の有効性若しくは無効を目的とする手続については、当該法人の準拠法の属する締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。]
3   公的な登記又は登録の有効性又は無効を目的とする手続においては、当該登記又は登録が保持されている締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。

  知的財産権
選択肢A
4   特許権及び商標権等の付与、登録、有効性、放棄、取消し又は侵害についての判決を求める手続においては、それらの付与又は登録をした締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。
5   登録されない商標権等[又は意匠権]の有効性、放棄又は侵害についての判決を求める手続においては、商標権等[又は意匠権]が生じた締約国の裁判所が専属的な管轄権を有する。]

  選択肢B
5A   特許権、商標権、意匠権その他の類似の権利の侵害を目的とする手続については、前項[又は[第3条から第16条まで]の規定]に定める締約国の裁判所が管轄権を有する。]

  選択肢A及びB
[6   第4項及び第5項は、各項に定める事項の一が当該項によれば専属的な管轄権を有しない裁判所における手続において前提問題として生ずる場合には適用しない。ただし、その事項についての判断は、後の手続に対して、たとえそれが同一の当事者間のものであっても何ら拘束力を有しない。ある事項について判断することが判決を導く理由付けにおいて必要なステップであっても、その事項についての判決を下すことを裁判所が求められていない場合には、その事項は前提問題として生ずるものとする。]
7   [この条において、その他の登録される工業所有権[(著作権又は著作隣接権を登録又は寄託することができる場合であっても、それらは除く。)]は、特許権及び商標権等と同様に取り扱うものとする。]
[8   この条の適用上、「裁判所」とは特許庁その他類似の機関を含むものとする。]

b. 「裁判所の選択合意に関する条約作業部会草案」
   (上記の外交会議の結果、そのままでは多数の国が締約国となる条約を作成することが紺案であるとの見通しから、合意管轄だけを対象とする条約に縮小される方向となり、作業部会での検討の結果、2003年3月にまとめられたもの。2003年12月にこれをもとに特別委員会開催の予定。)

          1章   序
第1条:適用範囲

   この条約は、民事又は商事に関する裁判所の選択に関する合意に適用される。
   この条約は、次の事項には適用されない。
(a)   主として個人的、家族的若しくは家事的な目的のために行為する自然人(消費者)と取引上若しくは職業上の目的のために行為する相手方との間、又は消費者間の契約
(b)   個別的又は集団的な労働契約
この条約は、次の事項に関する手続には適用されない。
(a)   自然人の地位及び能力
(b)   扶養義務
(c)   夫婦財産制並びに婚姻又はそれに類似する関係から生ずる他の権利及び義務
(d)   遺言及び相続
(e)   倒産、和議その他類似の事項
(f)   [海事][海上物品運送契約]
(g)   [反トラスト又は競争法上の請求]
(h)   原子力責任
(i)   不動産に関する物権
(j)   法人の有効性、無効又は解散及びこれらに関する決定
(k)   特許権、商標権及び[その他の知的財産権   −   追って定義]の有効性

[4   第3項に定める事項が前提問題としてのみ生ずる場合には、それに関する手続はこの条約の適用範囲から除外されない。ただし、そのような手続において下された判決は、その当事者間においてのみこの条約に基づく効力を有する。]
5   この条約は、仲裁及び仲裁に関する手続には適用されず、判決を下した裁判所による裁判管轄権の行使が仲裁合意に反する場合にその判決の承認及び執行を締約国に義務づけるものではない。
6   政府、その部局又は他の政府を代理して行為する者が手続の一方当事者であるとの一事をもって、当該手続は、この条約の適用から除外されることはない。
7   この条約は、主権国家若しくはその機関又は国際機関の特権及び免除に影響を与えるもではない。

   以上の通り、著作権・著作隣接権に関する事件ついては、一貫して、特許・商標等の工業所有権とは異なり(それらについては少なくとも有効性等については登録国の専属管轄であることについてコンセンサスあり)、通常の民事・商事事件と同様、被告住所地、不法行為地等の管轄原因による裁判管轄が決定されるべきであると考えられている。
   なお、合意管轄条約案においては、特許等の有効性は適用除外とされるが(専属管轄都の考えを前提とすると合意管轄を認めることはできないから)、著作権・著作隣接権に関する事件については通常の民事・商事事件と同様、合意管轄を認めてもよいことになるので、適用範囲に入れられている。

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